ただ、この馬はなぜか有名なわりには資料になるものが少なく、本当に困りました。
昨年と違い、年始を実家で過ごしたメイセイオペラだったが、三が日を過ぎるとすぐに水沢トレセン学園へと戻り、佐々原と今後について話し合った。
大怪我をしてからの復帰。そして今の実力を推し量るための二つの重賞への参加により、明確に進むべき道が見えてきている。
「このままの流れで上の連中と戦っていくぞ。目指す相手がどれだけ強いのか。身をもって知っていくんだ」
怪我明けの調整不足の中でつけられた十バ身以上の差。ならば、万全の状態であればどこまで食らいつくことができるのか。この先ダートで戦っていくためには今のトップとの差はどれぐらいなのかを確かめる必要がある。
「一月の末に行われる川崎記念。そこから始動するぞ。今のダートのトップが出るからな」
「アブクマポーロ……」
その名を口にしただけで、メイセイオペラは自然と気分が高揚するのを感じた。
アブクマポーロ。南関東は船橋トレセン学園に所属する彼女こそ、現在地方ウマ娘のトップに君臨する存在だった。強豪ひしめく南関東を中心に勝ち星を上げ続け、砂の女王と呼ばれたホクトベガに対し、船橋の帝王と謳われている彼女は、その豪快な勝ち方でファンの心を掴んでいた。中団でペースを保ちながら走り続け、最終の直線に入るや否やその豪脚で先行するウマ娘達を一気にまくり、あっという間に置き去りにしてしまう。その力強い走りはまさに王者というにふさわしく、最強の凄みさえ感じさせるほどだった。
入院中暇を持て余したメイセイオペラは同じダートを走るウマ娘達に興味を持ち、様々なウマ娘の走りやその経歴について調べていた。その中で、自らと同じ匂いを感じ、強烈な憧れを抱いた者こそがアブクマポーロだ。
中々勝てずにいた彼女だったが、遅い本格化を迎えた後は、一気にその才能を花開かせた。七連勝を飾った後での大井の帝王賞では当時の地方最強ウマ娘コンサートボーイの前に敗れはしたものの、シンコウウインディ等中央勢を蹴散らして二着。さらに十一月の中央のGⅡ東海ウインターステークスでは出場十六人中ただ一人の地方ウマ娘として参戦。居並ぶ中央のダート巧者達を尻目に一番人気を獲得した彼女は、好位からの直線一気の差し切りで、中央でも有名なセーヨーマリン、エヌジェイタイムを抑えて圧勝。東京大賞典こそ距離の長さが仇となり三着に沈んだが、中距離のダートでは並ぶ者無き絶対的な王者だった。
あのアブクマポーロと走れる。そう聞いただけで、かっかとメイセイオペラの胸の中で燃え盛るものがあった。格闘家が強い相手と戦うことに無常の喜びを得るように、ウマ娘にとっての喜びとは強い相手と競い合うことだ。どれほど速いのか。その走り方はどうなのか。画面越しでは分からぬ生の凄みを感じてみたい。相手は紛れもなくダート界最強の存在。しかも、自分と同じように時流に逆らい、地方に所属したまま中央のウマ娘達と戦い続けている。意識するなという方が無理な話だった。
いつも以上にトレーニングに熱が入り、佐々原に控えるようにと苦言を呈される有様だったメイセイオペラの気持ちに拍車をかけたのは、誰あろうアンジェラザントだった。南関東の大井に転籍した彼女は、帰省した際アブクマポーロの印象について一言こう答えたのだ。
「あれはバケモンだ」と。
その理由を問うメイセイオペラにアンジェラザントは五月の大井記念での走りを上げた。ゲートが苦手だというアブクマポーロは、スタートから大きく出遅れたが、ぐんぐんと順位を上げ好位につけると、先行するウマ娘をひとまくりで突き放して圧勝。まさに格の違いを見せつける堂々たる走りっぷりに、見ていたアンジェラザントは思わず鳥肌が立つほどだったという。
いつ会えるのか。一日千秋の思いで日々練習に励んでいたメイセイオペラは一月二十八日、ついにその日を迎えた。
持参した水筒に口をつけると、故郷の懐かしい匂いがした。
大井もこの川崎も南関東の水はどうも自分の口には合わない。無理に飲もうとするとお腹を壊してしまう。佐々原が用意したポリタンクに水を入れて水沢から持参したメイセイオペラは、水筒に入れて持ち運ぶようにし、水問題を解決していた。
「結局話せなかったなあ」
前日調整ルーム入りした後のことを思い出し、メイセイオペラは項垂れる。談話室でアブクマポーロの姿を見つけ、話し掛けに行こうとしたメイセイオペラだったが、アブクマポーロが読書中だと分かるとそれを断念せざるを得なかった。いつかは中断するだろうと、隣からきょろきょろと覗き見をしながらお茶を飲みつつ様子を伺っていたのだが、一向にその気配はなく、結局部屋に戻りそのまま寝てしまった経緯がある。
結局昨日分かったことと言えば、アブクマポーロは落ち着いた雰囲気の物静かで本が好きなウマ娘という事だけだった。談話室では多くのウマ娘が彼女に話しかけたそうにしていたが、熱心に読書をするアブクマポーロを邪魔するのが憚られるのか皆が遠慮をしていた。その性格や走りなどレースに繋がるものは一切知ることができなかった。
「どうだった、アブクマポーロは」
控室にやってきた佐々原からの質問に、メイセイオペラは首を振った。
「何も分かりませんでした。強いかどうかも」
強いウマ娘が持つ独特の雰囲気というものをアブクマポーロからは感じることができなかった。その印象は優し気で、穏やかに本を読む姿からは、とても強烈な末脚の持ち主とは思えない。
「性質が悪いな」
「どういうことです?」
メイセイオペラの疑問に、佐々原は答えた。
その大きな体格や鍛え抜かれた身体を持つ者は外見だけで強いと判断し対処ができる。だが、一見大して強そうに見えないのに強い者こそ厄介だった。
「そういった連中は強さの底が分からない。常に強さというものを見せつけていないから、こちらも油断しやすい」
佐々原の言葉にメイセイオペラはこくりと頷いた。油断するようなことはない。相手は地方最強を謳われるウマ娘であり、自分はあくまでもその挑戦者なのだ。
連続で二桁順位と大敗した頃に比べれば、桐花賞をきっかけに調子は戻ってきている。今の自分をぶつけてアブクマポーロ相手にどこまで戦えるのか。
メイセイオペラは気合を入れると、控室の扉を開けた。
『さあ、九人のウマ娘が出揃いました、統一GⅠ川崎記念。一番人気はやはりこのウマ娘。船橋の帝王アブクマポーロ。二番人気セーヨーマリン、三番人気エムギガントという中央でも実績充分の二人を迎えながらも圧倒的なファンの支持を集めました。岩手からの参戦メイセイオペラは五番人気。昨年ダービーグランプリ、スーパーダートダービーと立て続けに十着と二桁順位。ファンをやきもきさせましたが、地元岩手の桐花賞で見事復活を果たし、この川崎に初参戦です』
ゲートに入ったメイセイオペラは、右隣りにいるアブクマポーロの様子を観察する。ゲートが上手くないとのアンジェラザントの話だったが、すんなりゲートに入っている所を見ると、嫌いとかそういう問題ではないらしい。
「今日は考えない」
ポツリとアブクマポーロが呟いた一言に、メイセイオペラは首を傾げた。
静かなその眼差しからは何を考えての発言なのかうかがい知ることができない。こちらの動揺を誘っているのか、それとも自分に言い聞かせているのか。確かなことは嫌というほど見た映像の中でのその豪快な末脚が要注意ということだ。
川崎レース場の砂質は深さ八・五メートル。地方のレース場の中ではダントツにその砂圧は軽く、踏み込む力が他に比べていらないと言われている。だが、走りやすいコースかと言われればそんなことはない。敷地面積が日本のレース場の中で最も狭い川崎の一周は千二百メートル。直線が長い上に極めてコーナーが短く、急カーブでスピードを落とさず回る器用な足さばきが要求される難しいコースだった。
『統一GⅠ川崎記念、スタートしました。まず好ダッシュを見せたのは九番のスピードロイヤル。インコースからそれを躱していきます、三番のメイセイオペラ』
逃げ先行有利と言われるダートで砂質の軽いレース場。初めての川崎で、メイセイオペラが選択したのは前での勝負。
「おっと。逃がしはしないよ」
その動きに呼応するかのように同じタイミングで前に出てきたのが、中央のエムギガントだ。地元盛岡で行われたダービーグランプリでは彼女の前にメイセイオペラは何と十二バ身もの大差をつけられ、十着に沈んだ。
するすると速度を上げていくエムギガント。その一方、初めての川崎の急カーブに慎重になりスピードを抑えたメイセイオペラはトップを奪われる。
『さあ、ゆったりとしたペースから第四コーナー回りまして直線です。先手を取りましたのは一番のエムギガント。エムギガントが二バ身のリード。二番手には岩手のメイセイオペラ。その後ろですが、海外出身のセーヨーマリン。その内側、一歩前には四番のアブクマポーロ』
前を行くエムギガントを視界に収めながらも、メイセイオペラは左後方に位置するアブクマポーロに気を配る。
第一コーナー。前を行くエムギガントに外から迫り並びかけようとしたメイセイオペラだったが、エムギガントはそれを許さない。
「こちとらあちこち走り込んでいるんだ。ポッと出のあんたに気軽に抜かれちゃ困るんだよ!」
直線で逆に突き放しにかかり、先頭をキープする。
「くっ!」
狙い通りに行かず唇を噛んだメイセイオペラの耳に、後方から複数の足音が迫った。
『ここで八番メインタイトル、五番セーヨーマリン、七番のフレンドマジックが動いた。四番のアブクマポーロは六番手に後退しました』
ここが勝負所と見て仕掛け、ペースを上げてくる他のウマ娘に対し、インコースを走るアブクマポーロはまるで動じない。
どういうことなんだろう、これは。
今までの相手と違うそのレース運び。自分のやり方はこうだとばかりのその余裕ある様子にメイセイオペラは混乱し、迷いが足の動きを鈍くする。
(行くしかない。とりあえず、ここで仕掛けよう)
不安を頭から振り払うように、そう決断し、前を行くエムギガントに再び並びかけたメイセイオペラだったが、突如左後ろから聞こえて来た足音に思わずびくりと体が震える。
「まさか、ここで?」
セーヨーマリンと競っていたかと思われたアブクマポーロが三コーナーでするすると進出し始めていた。まるで、このレース場の戦い方は知っているとばかりに最内を攻めながらも第四コーナーで加速するその姿に、メイセイオペラは思わず目を見張る。
『内から四番のアブクマポーロ。アブクマポーロ。三番手から今二番手に上がりました!』
わっと大歓声が巻き起こった。
メイセイオペラは何が起こったのか分からなかった。確かにアブクマポーロはつい先ほどまで自分の左後方にいた筈だ。それがなぜ、今、自分の前にいるのか。
(冗談でしょ……)
第四コーナーから直線コースに入った瞬間、メイセイオペラは全身が総毛立つのを感じた。
並ぶ間もなく風のように通り過ぎて行ったアブクマポーロ。その標的はただ一人逃げ切りを図るエムギガントだ。
(狙っている!)
そう感じた刹那、メイセイオペラは見た。
それまでまるで強さというものを感じさせていなかったアブクマポーロから、青白い炎のように揺らめくオーラが立ち昇るのを。
『一番エムギガント逃げる。逃げるエムギガント! 外から捉えた、アブクマポーロ! アブクマポーロがエムギガントを捉えた! ぐんぐんぐんぐんとその差を開いていく!』
化け物だと、彼女を知るアンジェラザントは言った。
船橋の帝王と世間は彼女を称えた。
どれだけの強さなのだろう。彼女のレース映像を観るにつけ、その強さへの興味は尽きることがなかった。
今戦って初めて分かる。
これまで戦ってきた相手とはまるで次元が違う。
その強さにはただただ呆れるしかない。
遠くなる背中を見ながら、とにかく離されまいともがくメイセイオペラだったが、アブクマポーロの強さに気圧されたようにその脚はまるで動かなかった。
『二番手はエムギガント、五番セーヨーマリンは伸びがない! アブクマポーロ一着! アブクマポーロ一着! アブクマポーロ、一番人気に応え、今ゴールイン!』
豪脚と評されるその強烈な末脚を爆発させたアブクマポーロは、直線で粘りを見せるエムギガントを一瞬で抜き去ると、そのまま地響きを立てんばかりの勢いで加速を続け、トップでゴール板を駆け抜けた。
エムギガント、セーヨーマリンに続き、四着に入ったメイセイオペラはゴールの瞬間、崩れ落ちそうになるのを何とかこらえながら、観客に向かって手を振るアブクマポーロを見つめた。
仕掛けのタイミング、レース運び。全てが完璧だった。ライバル達が先を行こうとも焦らず、直線一気の差し切りでいつも通りに勝利する。まるで計算通りとでも言いたげなほど余裕の勝利だった。自らが惨敗したあのエムギガントが並ぶことすら許されず、あっという間に取り残され、アブクマポーロと競っていたセーヨーマリンもその猛烈な末脚の前にはついていくことができなかった。
これが地方最強のウマ娘。そして、現ダート王者の実力。
「八バ身差か……」
電光掲示板を見ながら、メイセイオペラは自分との差を痛感する。間違いなく今の自分が出せる全てを出した。けれど届かなかった。相手の何もかもが強すぎた。
ここまでの差があるのか。呆然としながらも、胸中悔しさが沸き上がってこない。
余りに格が違うアブクマポーロの強さを前にして、メイセイオペラが抱いたのは純粋に賞賛の念だった。
すごい人とレースができた。満足感を得て控室に戻ろうとくるりと振り返ると、そこに立っていたのはアブクマポーロだった。
一体なんの用だろう。怪訝な表情をするメイセイオペラを一瞥すると、アブクマポーロは口の端に笑みを浮かべた。
「岩手のメイセイオペラ、初めまして。私はアブクマポーロ。船橋に所属している」
「水沢トレセン学園のメイセイオペラです! ご挨拶ができずすいません!」
恐縮し頭を下げるメイセイオペラを、アブクマポーロはじっと見つめる。
全てを見通すかのようなその澄んだ瞳に、メイセイオペラは何やら気恥ずかしくなり目を逸らした。
「右目の状態は良好そう。良かった」
「え……」
意外な一言にメイセイオペラは思わず聞き返した。
「どうして私の目のことを?」
「新聞。ウマ娘のことが書いてあるからよく読んでいる」
「研究熱心なんですね」
メイセイオペラとしては褒め言葉のつもりだったが、アブクマポーロはきょとんとした顔をする。
「勝ちたいから読む。ただそれだけ。他に意味はない」
その言葉に、メイセイオペラは背中から冷水を浴びせられたような気がした。
「哲学王プラトン曰く。『いかに知識を身につけたとしても全知全能になることなどはできないが、勉強しない人々とは天地ほどの開きができる』。トレーニングもそう」
それだけ告げると、ウイニングライブの準備があるからとアブクマポーロは控室へと戻って行った。
(勝ちたいからこそ日々努力する……)
アブクマポーロの言っていることを心の中で反芻し、メイセイオペラは恥ずかしくて逃げ出したくなった。
彼女と戦えてよかった? 強い人とレースが出来て満足?
一体自分は何を考えていたのだろう。
勝ちを意識し、努力をし続けなければ勝つことはできない。
だからこそ、今まで自分なりに努力をしてきたつもりだった。
地元岩手を盛り上げるため、地方・中央の区別なく活躍するため、日々鍛錬を続けてきた。
だが、今のアブクマポーロの走りを見、その話を聞いた後で、メイセイオペラはその自信が大きく揺らぐのを感じた。
本当に自分は心から努力をしていたのだろうか。頑張っていたのだろうか。
勝つために死に物狂いになり、少しでも勝ちの可能性を高めようと知恵を振り絞っていたのだろうか。
答えは否。
努力はしていた。それを否定はしない。
だが、それは所詮トレーニングの中だけであり、普段の生活まで勝ちを意識し、日々を送ってはいない。
TV、雑誌、新聞、インターネット。あらゆる媒体でウマ娘のことを、コースのことを調べることができる。トレーニングの仕方を考えることもできる。
トレーナー任せにせず、自ら考え行動しているかという点でアブクマポーロに大きく引けを取る自分が、メイセイオペラは情けなかった。
王者ですら地道な努力を重ねているのに、自分は何をやっているのだろうか。
担当トレーナーが考えたトレーニングを繰り返すだけ。
確かに佐々原は優秀で、そのトレーニングは完璧だ。
だが、それを行う自分の態度はあくまでも受け身ではなかったか。
(このままじゃ、駄目だ……)
日々努力をしてきたからこそメイセイオペラには分かる。
自分とアブクマポーロがどう違うのか。
言われたことを唯々諾々とこなすだけの自分と、それに加えて自ら思いついたことを次々に実行するアブクマポーロ。どちらが勝利を目指しているかと問われれば一目瞭然だ。
(足りない……。何もかもが……)
目指す場所が明確になったからこそ、理解した己の未熟さ。
だとしたらすることは一つしかない。
「アブクマポーロは強かったな」
控室へとやってきた佐々原は、暗い中膝に手をつき座るメイセイオペラに尋ねた。
「ええ」
「川崎はスタンドから仕掛けが見やすいからな。ウマ娘同士の実力差がもろに分かる」
ぐびりと佐々原は缶コーヒーに口をつけた。
「恥ずかしかった……」
俯きながら、メイセイオペラは声を絞り出した。
「彼女に挑戦するのに見合うだけの実力が自分にはありませんでした。それなのに一緒に走りたい、走りたいってそればっかりが頭にあって……」
「心を折られたか?」
ふるふるとメイセイオペラは首を振る。
「そんなことじゃないんです。これまでの自分が恥ずかしくって……。佐々原さんに言われた通りにトレーニングをしてきました。タイムも速くなったし、実力もついたつもりでいた。怪我をしても奇跡的な回復を見せたのはそのお陰だって……」
「あんなことがあったと言うのにな。立派だよ、お前さんは」
「でも、それじゃあアブクマポーロさんには全く届かなかった!」
ぐっとメイセイオペラは膝に爪を突き立てる。
「これまでの経験も! 毎日のトレーニングも! 彼女と戦うためには何もかもが足りていなかったんです!」
そんな未熟な身で王者の前に立つなど、恥ずかしい以外の何物でもない。強い相手と走りたいのはウマ娘の性だ。だが、その強者の前に立つには資格がいることを自分は失念していた。
戦って満足。そんなことのために自分は走っているのではない。あくまでも勝つために走っているのだ。
「強くなりたい……。強くなりたいです、佐々原さん。 このままじゃ私、あの人と一緒に走ることができない」
悔しさに涙を流すメイセイオペラを前に、佐々原は無言だった。
根が素直な彼女がここまで自らの感情を爆発させたことが、ストレートな要求を伝えてきたことがあっただろうか。アブクマポーロという自分と同じ境遇でありながら、二段も三段も突き抜けた存在に、メイセイオペラの感情がいい意味で揺さぶられたのだろう。
「お前の言うことは正しい。このまま水沢で練習しているだけじゃあ、限界がある」
「佐々原さん……」
メイセイオペラは申し訳なさそうに目を伏せた。中央に比べ、施設も予算も少ない地方トレセン学園ではトレーナー達は自ら知恵を絞り、ウマ娘を鍛えているという自負がある。誰よりも佐々原が悔しいだろう。今のままでは勝てないということを認めるということは。
「あちこちに遠征に行き、勝負勘をとことん磨くという手もあるが、お前の場合は根本的なものから鍛え直す必要がある。そうしなければ、あいつには、あのアブクマポーロには勝てない」
「勝つ……。あのアブクマポーロさんに……」
「そうだ。それぐらいでなきゃ到底太刀打ちができない程あいつは強い。そして、その場所の目途も立っている。金はかかるが、俺達地方の連中が劇的に強くなるにはあそこに行くしかない」
「あそこ?」
「福島だ。テンコ―トレーニングセンターだよ」
佐々原はそれだけ言うと、携帯を持って、控室を飛び出した。