ウマ娘 ~英雄は東北より来たれり~   作:コングK

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後三話で完結します。


第14R 「運命の岐路」

 マイルチャンピオンシップ南部杯でアブクマポーロに一矢報いたメイセイオペラはその余勢を駆って十一月には同じ盛岡で行われる重賞北上川大賞典を勝利。暮れの東京大賞典へ向けての調整を兼ねて、佐々原は再度メイセイオペラをテンコーへと預けることに決めた。

 

 テンコ―トレーニングセンターでは、場長の小山の指示の下、再び坂路を中心としたトレーニングと激戦の疲れを癒すためのマイクロ波治療が行われた。

年末の東京大賞典まで準備万端といった形だったメイセイオペラ陣営だったが、思わぬ横やりが入ったのは十二月に入ってからのことである。

「足の甲にむくみがある?」

 場長の小山からの報告に、佐々原はどきりとさせられた。

「経過を観察していましたが、どうも休むとむくみが出るようなのです」

 軽いトレーニングをすれば、むくみは消える。レースに出場できないというほどではない。そう小山から伝えられ、佐々原は悩んだ。無理をして出場し、怪我をしては元も子もない。

「本人はどう言っていますか?」

「お聞きください」

 受話器越しに聞こえるのは、参戦を訴えるメイセイオペラの声だ。

「出ます、出ーまーす! 佐々原さん! 出ないと五分になりません!」

アブクマポーロとの対戦成績のことを言っているのだろう。これまで参戦して一勝二敗。マイルチャンピオンシップ南部杯でようやく勝つことができたが、借りを返したとは言えない。さらに今回の東京大賞典は中央でフェブラリーステークスを勝ったガストロノモフロンテラが参戦する。今後へのステップアップを考えれば出ておきたいところではあった。

「分かった。出走は取り下げん。その代わり、しっかりケアだけは忘れるなよ」

佐々原の念押しに、メイセイオペラは当然だと受話器越しに大きな声で頷いた。

 

 東京大賞典。特別区ウマ娘組合が大井レース場で開催する、日本のダートレースの一年を締めくくる総決算となるレースである。夏に行われる帝王賞と並び、南関東の強豪の多くがこのレースを目標として一年間を戦うため、当然出場するウマ娘達は一流のダート巧者ばかりだった。

 右脚にむくみが出たメイセイオペラには、本人の様子を見ながらぎりぎりまで福島で過ごし、前日に大井入りするという選択がとられた。これは脚のむくみもさることながら、遠征先の水に慣れず、下痢を起こすことが多いメイセイオペラの体調面を慮ったという側面もあり、早く現地に着きたいメイセイオペラもこの決定には頷かざるを得なかった。

 

 十二月二十二日。師走の風吹く大井に前日入りしたメイセイオペラは、これまでとは逆にアブクマポーロに話しかけられた。

「この間は負けたが、明日はそうはいかない」

 日頃の彼女からは考えられぬ発言に、周囲にいた他のウマ娘がざわついた。

相手が自分のことをどう思おうと関係ない。常に自分のペースを貫くだけ。そう言っていたアブクマポーロが、ここまで明確に勝ちを意識していようとは誰も思いもしなかった。

「もちろん、私も負けません!」

 王者からの挑発にもメイセイオペラは動じない。やることは変わらない。自分のレースをするだけだ。

 

「まるで、お前たちだけの勝負だとでも言いたげだな」

 手にしたカップを乱暴にテーブルに置き、二人を睨みつけてきたウマ娘があった。

コンサートボーイ。昨年の東京大賞典の覇者であり、上り調子だったアブクマポーロに土をつけた大井の強豪。

「私はまだ走れる。今年はお前にやられているが、明日はそうはいかない。見くびるなよ」

 ホクトベガの抜けたダート戦線で一躍名を馳せたのがコンサートボーイだ。多くの地方ウマ娘は彼女と勝負することを望み、日々研鑽に励んでいた。その彼女と入れ替わるように台頭したアブクマポーロに対し、意識するなという方が無理というものだろう。

「もちろん」

 アブクマポーロの返答は短かった。

 その反応に満足がいかなかったのか、コンサートボーイは荒々しく扉を開くと談話室を出て行った。

「あなたが盛岡で負けたくなかったように、私もこの南関東では負けるつもりはない」

 アブクマポーロははっきりとそう宣言すると、用があると立ち去った。

 普段の彼女と違うその態度に、アブクマポーロの本気を感じ、メイセイオペラは背筋がぞくりとする。南部杯の敗北を彼女は糧とし、さらに成長しようとしているのだ。

 

(負けられない)

 王者の本気を受けとめたメイセイオペラを横合いから伸びた手がつつく。

「え?」

 振り向けば、そこにいたのは小柄なウマ娘。

「へへっ。あんたの南部杯、観させてもらったぜ。すげえな。あのアブクマさん相手に逃げ切るなんてよ」

「貴方は?」

「大井所属のパウリスタさ。一つ言っておくぜ、メイセイの姉ちゃん」

「め、メイセイの姉ちゃん?」

 慣れない呼び方に戸惑うメイセイオペラを気にせず、パウリスタは不敵な笑みを浮かべた。

「付け焼刃の逃げが早々何度も通用すると思うなよ。逃げが得意なウマ娘はあんただけじゃない」

無言で頷くメイセイオペラに、パウリスタは小さく手を振ると、食堂へと行くと言って飛び出した。

 談話室に取り残されたメイセイオペラは持参したペットボトルで喉を潤すと、立ち上がった。

(ん……)

 気づくと、一人のウマ娘がじっと自分を見ていた。どこかで見たことのあるウマ娘だ。記憶の片隅から自分と同じような名をした彼女の名前を引っ張り出す。

(まさかそんな……)

 クロイワクラブに掲げられた卒業生の名前の中にその名はあった。

 アマゾンオペラ。

 船橋が誇る名ウマ娘であり、あの砂の女王ホクトベガとも競い合ったダート巧者。

「お初にお目にかかります。水沢のメイセイオペラです」

 後輩からの挨拶に、先輩は意外そうに目を瞬いた。

「あの子のことを怒らないでやってね」

 やや間があった後、アマゾンオペラは困ったような表情を見せた。

「一度こうと思うと梃子でも動かぬ子だから」

 アブクマポーロのことを言っているのだろう。そう言えば、二人は船橋の先輩後輩ではないか。

「私に引退しろってうるさいの。引き際ぐらい自分で決めたいのに」

 ホクトベガと争い、船橋の雄とも呼ばれたアマゾンオペラ。川崎記念で勝利し、帝王賞でも二着に入ったこともある彼女も、近年は勝てない日々が続いていた。ウマ娘に必ず訪れる本格化が限界を迎え、その能力はゆっくりと下り坂に差し掛かっている。

 

「だから、明日は私なりに頑張るつもり。いくら同じ名前でクロイワクラブの後輩だと言っても、手は抜かないわ」

 その瞳に宿る熱に、メイセイオペラは圧倒された。確かに昔に比べその能力は落ちたかもしれない。だが、彼女には長い間多くの強敵と戦い続けて来た経験がある。

「私は自分の走りをするだけです」

メイセイオペラの返答に、アマゾンオペラは無言で頷くのみだった。

 

 十二月二十三日、晴れ。

 三枠に入ったメイセイオペラはコース状態を確認するように、足を踏み鳴らす。前回の帝王賞とは違い、バ場状態はいい。とすると、盛岡で使ったような逃げの作戦では厳しいかもしれない。

(好位につけての力勝負。駆け引きなしでいくしかないか)

 地の利を生かして前回は勝てた。だが、今回地の利は確実にアブクマポーロにある。

(それでも、私は自分のペースを守るだけ)

『さあ、盛り上がって参りました、統一GⅠ、東京大賞典。今年はURAより四人、岩手より一人、迎え撃つ南関東勢十人の計十五人での出走です』

ファンファーレが鳴り響き、スタートを待つ間、隣二枠に入ったパウリスタがにっとメイセイオペラにいたずらっ子のような笑みを浮かべてみせた。

(どういうこと? まさか……)

 

 ゲートが開き、各ウマ娘が一斉にスタートする。

 前回前々回の経験を活かし、内をとろうとするメイセイオペラ。

 集団がばらける中で、快足を飛ばしてトップに躍り出たのは、パウリスタだ。

「へへっ。お先に失礼~」

 互いにけん制し合う後続を嘲笑うかのように、気持ちのいい走りっぷりをみせ、ぐんぐんと差をつける。

(やっぱり逃げたか)

 昨夜の分かりやすい程の挑発。自らの逃げに追いついてこられるかという自信からくるものだろうが、メイセイオペラに今回その気はない。不良バ場で良タイムが出るのは、水で砂が締まり走りやすくなるからだ。逆に良バ場では砂を搔くために力を使わねばならない。ダートレースには力が必要と言われるゆえんである。

(あのペースでは捕まる)

 

 第一コーナーを曲がって、依然先頭はパウリスタ。二番手を追走するのは、同じく大井のグレートロマン。メイセイオペラは三番手につけたが、その右側には機を伺うように、コンサートボーイが並走している。

 

『さあ、注目のアブクマポーロは中団より少し前。向こう正面に入り、先頭は依然パウリスタ。パウリスタの一人旅だ。パウリスタ気持ちのいいほどの大逃げを見せています。二番手との差は十バ身と言ったところです。パウリスタこのまま逃げ切ることができるのか!』

 

 向こう正面の直線に入っても落ちることのないパウリスタのペースにメイセイオペラは内心焦りを覚えるも、いやいやと自分に言い聞かせる。

(この大井であのハイペースがもつ筈がない。最終直線でバテるに決まっている)

無理に後を追おうとせず、二番手のグレートロマンと互いにけん制し合いながら、好位をキープする。

 第三コーナーから第四コーナーにかけて、大胆に外に抜け出し、するすると上がって来たのは最後尾に位置していたURAのガストロノモフロンテラ。今年二月に行われたGⅠフェブラリーステークスの覇者である彼女が、最後の直線に向けて体勢を整える。

 

「ぐっ!」

 第四コーナーを回り切ったところで、がくんとパウリスタのペースが落ちた。

 ここまでの道中、想像以上の大逃げを見せた彼女だったが、やはり距離が長すぎたのだろう。

 好機とばかりに仕掛けようとして互いにけん制し、それぞれのウマ娘が固まる中で、最初に動いたのがメイセイオペラ。

 

『外からやってきたメイセイオペラが先頭に変わった! メイセイオペラが先頭だ! 拍手大歓声巻き起こって、メーセー、メーセー、メーセー!』

集団から突き抜けて、メイセイオペラがハナを切る。

 

(このまま行きたいところだけど……)

 そう願いながらも、コース幅の広い大井レース場の特徴を誰よりも知っている彼女が、この集団がばらけた状態を黙って見過ごす訳がない。六月の帝王賞では微かな間隙をぬって勝利した彼女であるならば。

 わっとスタンドが沸き、王者の到来を告げる。

 緑のメンコを潮風に揺らし、上がって来たのは、船橋の帝王アブクマポーロ。

 

『内からさあ来た! さあ来た! さあ来た!』

 

 ラジオのアナウンサーの声がどこか遠くに佐々原には聞こえた。第四コーナーに入った時、アブクマポーロはまだ中団に位置していた。大井レース場のコース幅は広い。最内をいくパウリスタが後退し、生まれたスペースを突く、それは分かる。だが、だからと言って。

(パウリスタとグレートロマンの間を抜けるだと⁉ 一つ間違えばお互いにぶつかる距離じゃねえか)

 まさに天性のインコースを突く才能。そして、彼女の才能はそれだけではない。

 

 右側から聞こえる怒涛の足音にも、今日のメイセイオペラは怯みはしなかった。これまで何度となく繰り返されて来た彼女の差し脚が今日も炸裂しただけだ。

(でも、今日は私も脚を残している!)

 前半に暴走気味に逃げたパウリスタについていかず、必死になってペースを守ったお陰でまだ彼女と競り合うことはできる筈だ。

 南部杯の勝利の後にテンコ―で行ったトレーニングの成果を今こそ見せる。

 そう意気込んだメイセイオペラは見た。

 これまで見たことのない気迫を漲らせたアブクマポーロが自らの右隣りを駆け抜けていくのを。

(躱させるか!)

 追いすがろうと必死になるメイセイオペラ。

 だが、アブクマポーロを捉えることはできない。

 青白いオーラをまとった王者は、後を追ってくるものの存在をかき消すようにさらに一段ギアを上げた。

(嘘でしょ……)

「くそっ!」

 外を走るコンサートボーイが悔しさに顔を歪めながら走っていた。

 メイセイオペラは痛い程その気持ちがよく分かった。

 常識外れの豪脚。この直線でライバル達を追い抜いていく様は観客の目には映えるに違いない。そのことが分かっていながら止められない。来ると分かっていても対策ができない。

(なんて、強いの、本当に!)

 諦めず最後まで食い下がるメイセイオペラだったが、段々とその差は開いていく。

 

『アブクマポーロ、一気に、あっという間に捉えた! メイセイオペラは二番目! コンサートボーイは今三番手! アブクマポーロ、勢いは止まらない! その勢いは止まらない! やっぱり強い! 今年はこのウマ娘の年だった! アブクマポーロ優勝~~~‼』

 

 大井レース場が揺れんばかりの地響きを立てながら、ゴール板を駆け抜けたアブクマポーロ。その強さに、誰もが唖然とし、我に返って大きな拍手を送る。

 二番手でゴールしたメイセイオペラはやりきれぬ思いを込めて膝を叩いた。

(悔しい……)

 体調は万全で、作戦通りにレースは進んでいた。自分にとってのベストを尽くした。

(それなのに)

 帝王賞の時とは違い、好位で勝負した。電光掲示板に映る二バ身差は川崎記念でつけられた八バ身差に比べれば、成長した証だろう。だが、雨の大井でスピード勝負に出た時とまるでその差が縮んでいないのは納得がいかなかった。南部杯での勝利と、テンコ―での再トレーニングを経て、今度こそ星を五分にできると思っていた。

 

「あ~あ、きっつ。さすがに距離が長かったかあ」

 パウリスタは悪戯が失敗した子どものように舌を出した。

 序盤大逃げで集団を引っ張った彼女は、その無理がたたったのか、最下位に沈んでいた。

「まあ、今をときめくアブさんやオペさんとやれたんだからよしとするか」

 朗らかな笑みを浮かべるパウリスタとは逆に、じっと目を閉じスタンドに背を向けているウマ娘がいた。

 アマゾンオペラだ。

 船橋トレセン学園に所属し、南関東を引っ張って来た彼女は十二着。中央・地方で台頭してきた若手たちに挟まれ、いいところなしで東京大賞典を終えた。

「アマさん……」

 そんな彼女にすっと歩み寄る者があった。

 アブクマポーロだ。勝者である彼女は、自らを称えるスタンドに背中を向け、敗者であるアマゾンオペラに寄り添っていた。

「もう辞めろと言いたいの?」

 こくりとアブクマポーロは頷いた。

 大舞台での二桁順位。これまで一線級の活躍をしてきた彼女の雄姿を間近で見て来た身としては辛いものがあった。

「体はどこも悪くないわ。怪我もしてない。どうして走ってはいけないの?」

「ソクラテス曰く『老いては慎重なれ』。大きな怪我を負う前に引退をすべきです」

 アブクマポーロの発言を船橋トレセン学園の理事長が聞いたら勝手なことを言うなと怒り出すことだろう。だが、あながち暴言とは言えなかった。各地を転戦する地方トレセン所属のウマ娘達は皆大なり小なり怪我をした経験があり、積み重なった疲労をだましだましレースに出場している。そうしなければ生活が成り立たないためだが、中には無理が祟り、体を壊すウマ娘も少なくない。中央よりも遥かに観客が少なく収入の低い地方ウマ娘は、常にぎりぎりの生活を強いられている。身体が丈夫なうちに次の人生について考えるのは間違ってはいない。

 後輩からの厳しくもその身を慮った指摘に対し、アマゾンオペラは有難迷惑だと切って捨てた。

「大きなお世話よ。いかに古人の名言金言といえど、私が歩みを止める理由にはならない。私はまだ老いているつもりはないのだから」

 彼女自身、自分がもはや通用しなくなっているのは分かっている。けれども、走れないというほどではない。身体はまだしっかりとしており、気持ちも十分あるのだ。

「ウマ娘だから走りたい。ただそれだけ。レースに出ない日々を考えられる? みっともなくても走り続ける方がマシよ。だってそのために生まれてきたのだから」

 俯きながら声を絞り出すアマゾンオペラに、メイセイオペラは地方ウマ娘としての矜持を見た気がした。その身がすり切れ、ボロボロになろうとも、走れる限りはレースに出たい。代わりが潤沢にいる中央ではそれは叶わない。無理やりに引退させられてしまう。だが、地方なら自分の納得がいくまで走り続けることができる。

「分かりました。これ以上は言いません」

 目に悲しみの色を帯びさせ先輩に一礼すると、アブクマポーロはウイニングライブの準備があると控室に戻って行った。

 取り残されたメイセイオペラは、何と声をかけていいか悩んだが、敢えて口を挟まなかった。

 いくらクロイワクラブの後輩であるとはいえ、アマゾンオペラとアブクマポーロの関係ほどに濃くはない。部外者と言ってもいい自分は無言を貫くべきだろう。

 ウマ娘として走るか、走らざるべきか。選択するのはアマゾンオペラ自身なのだ。

 

 年が改まった元旦。

 メイセイオペラは、モーニングピコたちと共に盛岡神宮へと初詣に来ていた。

 盛岡神宮は今から三百年以上前に南部重信公により建立された由緒ある神社で、県下一の大社として、年間を通して多くの参拝者で賑わっている。

 正月三が日はどの時間帯に行っても混んでいる盛岡神宮だが、早朝や夕方以降は穴場とされており、年越しの客が退けたタイミングでお参りに行こうと三人が出かけたのは午前四時だった。

「まったく、オペの野郎がTVにかじりついて離れねえから結局この時間になっちまったよ」

「いやいや。笑っちゃあかんでを見ようって言ったの、ピコだよね!」

「そだな。それで、一番先に寝でらったのもピコだ」

 二時ぐらいに出発をしようと言っていたが、年越し番組に想像以上にハマってしまい、結局寝たのが深夜であるため、誰一人として起きることができなかった。

「まあ、過ぎたことを気にしてもしょうがねえ。さっさとお参りして帰ろ」

「全く、調子がいいんだから」

「ピコは昔っからそうだがらな。就職して少しは落ち着いたと思っだけどよ」

 行列に並びながら階段を上がり、三人はようやく賽銭箱の前へ来る。

「んじゃ、さっさと願って帰るかね。あたしは豊作祈願かな」

「早っ。ど、どうしようかな」

 メイセイオペラは腕組みをしながら考える。

 普段のお参りであるならばゆっくりとお願いできるのだが、後ろに人が並んでいる状況では焦らされているようで考えが浮かばない。結局慌ててした願いは健康長寿で、奮発して五百円をお賽銭に入れた身としては何とも不満の残る結果となった。

「あ~失敗した。きちんとお願い考えてくればよかった」

「本当セコイ奴だねえ。五百円ぽっちであれこれ願うもんじゃないんだよ」

「おや、ピコ。それは誹謗中傷ですか」

 くいっと眼鏡を上げる仕草をメイセイオペラが見せると、モーニングピコはぶっと飲んでいた緑茶を噴き出した。

「あんだ、そのシャー先輩の真似はよ~。全然似てねえ! だけど分かるのが辛い!」

「どっちなのよ。って、そう言えばアンジェは何てお願いしたの?」

「ああ、別な道でも頑張れるようにってな」

 アンジェラザントの返答に、笑い合っていた二人は真顔になった。

「そっか。決めたか」

「ピコは知っていたの?」

「この間うちに来たときに聞いた」

 大井に転籍し、南関東で戦っていたアンジェラザントだったが、そのレベルの高さに思ったような成績を上げることができなかった。六月のみなづき賞で二着に入ってからは低迷の日々が続き、年末の中山で二桁順位に沈んだことで踏ん切りがついたのだという。

「今度の二月の末の中山で最後にする。トレーナーとも相談済みだ」

「そう……」

 メイセイオペラは目を伏せた。翻意を促すような状況ではないことは分かった。地方・中央関係なくレースの世界は厳しい。すぐにトレセン学園で鍛えられた若手が入ってきては、自分の立場を脅かされる存在になる。アマゾンオペラのように走り続けようとするには余程の覚悟が必要だ。

「他人の話聞いて、暗い顔されちゃたまんね。おめはどうすんだ」

 アンジェラザントにあっけらかんとそう尋ねられ、メイセイオペラは聞き返す。

「どうするってどういうこと?」

「そんなん決まってるべ。川崎記念に出てアブクマポーロともう一度戦うんだろ」

「あ……、うん」

「なんだい、その生返事は。まさか迷っているのかい?」

 モーニングピコが目敏くツッコむと、メイセイオペラはこくりと頷いた。

「佐々原さんに年末に言われたの。川崎記念に出るだけじゃなく、もう一つ出てみてもいいレースがあるんじゃないかって」

「川崎と二択ってことはGⅠだろ。一月に他にあったかGⅠが」

「川崎と二択にするGⅠなら心当りあるな」

 アンジェラザントはすっと目を細めた。

 一月の末に行われる川崎記念。それとどちらかを選ぶというのなら、レースの間隔が近いものである筈だ。一月の末に東海ステークスがあるが、これまで一度も遠征したことのない中京にいきなり行くとも思えず、ましてや川崎記念と二択にするとは考えにくい。それならば、一つしかあり得ない。

「フェブラリーステークスじゃねえが。GⅠの」

「な⁉」

 緑茶を飲みかけていたモーニングピコが驚きのあまりむせる。

「いや、おめ。フェブラリーステークスは二月だろうがよ」

「今年はフェブラリーが一月、川崎が逆に二月にあるんだ」

 フェブラリーステークス。言うまでもなくURAが主催するGⅠ競走の中で、唯一のダートレースだ。出場するのは軒並み中央トレセンで鍛えられたエリート達であり、多くの地方所属のウマ娘達がその牙城を崩せず敗れ去った。

「その、フェブラリーステークスと川崎記念のどちらかを選択しろって」

 メイセイオペラは大きなため息をつき、頭を抱えた。

URAが主催するGⅠフェブラリーステークスに出るか。それとも、統一GⅠである南関東の川崎記念に出るか。年末年始、メイセイオペラの頭の中はそれ一色だった。

URAのフェブラリーステークスは何といっても中央の檜舞台だ。地方所属として、中央のウマ娘達と戦っていくと宣言した以上、避けては通れない。だが、川崎記念にはあのアブクマポーロが出走を予定している。現在まで一勝三敗。大きく水を開けられたライバルに対し、雪辱を期したい気持ちも十分にあった。どちらにするのか。佐々原はその選択をメイセイオペラに委ねた。

「無責任じゃないですか。ちゃんと考えてくださいよ!」

 己をなじる教え子に、佐々原はこう答えた。

「人生で重大な決断は自分でするべきだ。そうだろ」

「……」

 自らを心から可愛がってくれていた祖父の言葉に、メイセイオペラは黙るしかなかった。きっと今祖父が存命でも同じことを言うだろう。孫のためにと優しい中にも厳しさのある人だったから。

「だから、誰にも相談せずに一人でうんうん悩んでいたってのかい。相変わらずあんたは学習能力がないねえ」

 とっくに飲み終わったペットボトルをぐしゃりと潰しながら、モーニングピコは呆れ顔を見せた。

「そんなもん、いくら悩んでいたって解決しないよ。悩めば悩むほどあれはどうだ、これはどうだってなるのがあんたじゃないか」

「ご明察……」

 モーニングピコの言う通りだった。決めようとする度に選ばなかった方が気になってしまい、悩んだまま既に五日が過ぎようとしている。

「馬鹿が、おめ」

 アンジェラザントはそんな元級友を一刀両断に切り捨てた。

「そんなのどっちがよりやりでえがに決まってら。アブクマに一矢報いたいのか。それとも中央の連中に一泡吹かせたいのか」

「どっちがよりやりたい?」

「おうよ。この世界に入って来た時にどんなこと考えて入って来たのよ。強い奴ど戦いだがったのが? それども華やがな舞台で活躍したがったのが?」

 アンジェラザントの真っ直ぐな瞳がメイセイオペラを見据えた。

 そもそも自分は何のためにわざわざ中央に行かずに水沢トレセン学園に入ったのか。中央トレセン学園に入学した同郷のユキノビジンのように芝の世界で活躍するということもできた筈だ。

(それをしなかったのはなぜ?)

 激戦の日々の中、片隅に追いやっていた気持ちがむくむくと頭をもたげる。

(地方にいながら、中央を倒す)

 それはあの怪物と呼ばれたオグリキャップすらも成し得なかった快挙。

いや、歴史上誰一人としてそれを成し遂げたものはいない。

 中央のGⅠを勝つには、中央に所属しなければならない。人々はそう口にし、それゆえ地方から中央への人の流れは止まらなかった。

(だからこそ私はここで戦うことを選んだんだ)

とんとんと胸を叩き、己の意志を確認する。

アブクマポーロは教えてくれた。

『希望とは目覚めている人間が見る夢』という古代の哲学者の言葉を。

(そうだ。私は地方のみんなに希望を与えたかったんだ)

地方は中央の二軍扱い。たまに来る地方回りの中央の遠征組に好きなようにされる日々。そんな毎日が続く中、いつしか人もウマ娘も地方を離れていった。

(地方にいても叶えられる夢はある。そのことを伝えたくて、私は……)

 メイセイオペラはぐっと拳を握ると、明け方の空に向かって勢いよく突き出した。

冬空の下、いまだに星は瞬いて見える。

きっとこの星々のように、ウマ娘も生まれながらにしてランク付けされていることだろう。

中央のトップできらめく一等星達。その輝きに自分がどれだけ対抗できるか分からない。

(でも、やってみよう。どこまで中央に通用するのかを)

無謀な挑戦かもしれない。中央の壁に屈するかもしれない。

(それでも、やってみることに意味がある)

一度で無理ならもう一度挑戦すればいいだけだ。あの王者アブクマポーロにも挑み続けて三度目で勝利することができたのだから。

「よし!」

 勢い余ってその場で電話する。元旦だというのに、佐々原は三コールもしないうちに通話に出た。

「佐々原さん、決めました! 私、フェブラリーステークスに出ます!」

「そうか。アブクマとの勝負はいいんだな」

 佐々原が確認すると、

「いいわけないじゃないですか!」

 メイセイオペラは大声でそれを否定した。

「フェブラリーステークスに勝った上で、アブクマポーロさんと再戦するんです。それならばどっちもできるでしょう!」

「何ともぜいたくな奴だな」

 電話の向こうで佐々原は苦笑しているようだった。

「だが、それでこそ俺が見込んだ奴だ。中央の連中に見せてやろうじゃないか。地方の意地って奴をな」

「はい!」

 嬉しそうに尻尾を振るメイセイオペラに、ただと佐々原は付け加えた。

「お前外にいるだろ。まだ明け方なんだ。近所迷惑だから、もう少しボリュームは控えろよ」

「あ……」

 気が付けば、いつの間にかモーニングピコもアンジェラザントも自分とは距離をとっている。

 こちらに好奇の視線を向けて来る通行人にぺこぺこと頭を下げながら、メイセイオペラはまた来た道を戻る。

「何やってんだ、オペ。車はこっちだぞ!」

「アンジェとピコは先に戻ってて~。私、必勝祈願してくるから!」

 明るく答えて走り出すメイセイオペラ。その後ろ姿を、二人は呆れ顔で見送った。

 

 

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