「まさかこんな日が来るとはな」
水沢トレセン学園理事長である南部シアンにとって、その挑戦は悲願とも言えた。
これまで岩手のウマ娘と言えば、全国的にレベルが低いと思われていた。その認識を打ち砕いたのがトウケイフリートだ。地元岩手で重賞を五勝した彼女は、岩手のウマ娘もやるのだということを知らしめた。そのトウケイフリートに続き、活躍したのがスイフトセイダイ。岩手の看板娘と呼ばれた彼女は猛特訓の末、南関東大井での暮れの東京大賞典を二年連続二着と好走。岩手のウマ娘達に可能性を示してくれた。そんな彼女と共に岩手のレース界を引っ張ったライバルのグレートホープ。そして、トウケイフリートの妹であるトウケイニセイ。脈々と受け継がれる岩手のウマ娘の意志を継ぎ、ついに中央の檜舞台に立とうとするウマ娘がいることに感慨を覚えぬ訳にいかなかった。
「しかし、まさかフェブラリーステークスに出るか……」
フェブラリーステークスと言えば、URA主催のGⅠであり、中央のダート巧者が軒並み出走する。地の利は相手にあり、しかもライバル達は中央トレセン学園で育った選りすぐりのエリート達ばかり。
『地方の雄メイセイオペラが中央に殴り込み‼』
新聞の一面に踊った言葉に、多くの岩手のファンが熱狂した。ただ出走するだけではない。地方所属のウマ娘が歴史上初めて中央のGⅠを制する可能性が高いのだ。マスコミの注目は高く、シアンの元にも取材依頼が殺到している。
「当の本人たちは今?」
「ちょうど中央トレセン学園への一時滞在手続きをとっている筈です」
秘書の言葉にシアンはさもありなんと頷いた。フェブラリーステークスに出るにあたり、メイセイオペラ陣営が考えたのは、これまでのようなレース直前の移動ではなく、十一日も前に移動をしておくことだった。
「よければ、レースまでの間うちの寮で過ごさないか」
そう提案してきたのは中央トレセン学園で理事長を務める秋川やよい。中央トレセン学園には、地方トレセン学園からの短期留学生や、遠征組の生徒のための宿舎があり、その上で申請を出せば、中央トレセン学園の施設をも利用することができる。レース本番まで最高の環境で自分のウマ娘を過ごさせることができると考えた佐々原は、この提案にもろ手を挙げて喜んだ。
「それにしても、解せません。打倒中央を目指す我々に対して、なんと気前のいいことか」
「余裕なんだろうさ、向こうさんは」
秘書の疑問に、シアンは皮肉めいた笑みを浮かべた。中央と地方には天地の差がある。向こうからすれば、例えメイセイオペラを受け入れたところで何の問題もないと思っているのだろう。
(さて、二人はどう迎えられているのやら)
ちょうどその頃、中央トレセン学園に到着した佐々原とメイセイオペラは、中央トレセン学園理事長秋川やよいとその秘書駿川たづなの出迎えを受けていた。
「歓迎! よくぞやって来た。岩手からの道中は長かっただろう。汗を流してくるといい」
「こちらの美浦寮がメイセイオペラさんに使っていただく宿泊施設です。寮の中に一時宿泊者用の部屋がありますので、そちらをお使いください」
「ありがとうございます」
二人揃って理事長室を出るなり、大きなため息をついたのは佐々原だ。見るもの全てが水沢とは違う。真新しい校舎はどこの宮殿かと思うほど広く新しく、古い校舎を騙し騙し使っている自分達とは雲泥の差がある。さらに案内された寮も、
「な、なんなんですか、ここ。ホテルみたいですよ?」
思わずメイセイオペラが漏らすほどの広さと部屋数を誇り、打倒中央と意気込んでやってきた二人はいきなり冷水を浴びせられた気がした。
「参ったな……」
学園内にあるカフェテリアでは多くのウマ娘達がお茶を楽しんでいた。学園生であれば無料というのは水沢も同じだが、とにかく品数が多く、室内は清潔で都心のお洒落なカフェを思わせた。
「お待たせしました、大野です」
「この度はお世話をおかけします」
「いえいえ。小山からくれぐれもよろしくと言われていますので」
そう朗らかに笑いながら、大野は佐々原の手を握った。
中央トレセン学園に所属する大野英治は、日本ダービーを制したアイネスフウジンを担当したこともある熟練のトレーナーで、テンコートレーニングセンターの場長の小山とはトレーナー養成学校の同期という間柄だった。今回中央トレセン入りすることを事前に佐々原より伝えられた小山が、自ら旧知の大野にアドバイザーとなってやって欲しいと要請し、大野もまたこれを快く引き受けた。トレーナー養成学校の同期として互いに苦労し、同じ釜の飯を食べた者としてその絆は深い。仲間の願いは叶えてやりたかった。
初めての中央トレセン学園の規模に圧倒される二人に、大野は実際に中央トレセンにいる者として具体的なアドバイスを行った。
中央トレセン学園には北と南のトレーニングコースがあり、それぞれが芝、ダート、ウッドチップなどのコースを備えており、南には坂路コースまで用意されている。たまに地方から遠征してくるウマ娘が戸惑うのがまさにこの恵まれ過ぎた環境で、地元のコースにはない物珍しさも手伝って、脚元への負担を少なくするウッドチップのコースをひたすら練習するといったことにもなりかねない。
「ですが、南はあまりお勧めできません。坂路もあるので、皆南の方を使いたがるんです」
「成程。確かにそれは敬遠しておいた方がいいかもしれないな」
皆が使うということはそれだけコース状態が荒れているということだ。人が多いということでのデメリットもある。メイセイオペラは大人しい性格だが、トレーニングで他のウマ娘と一緒になると相手を意識してしゃかりきになってしまうことが多い。ましてや今回メイセイオペラは地方から中央制覇を目指してやってきたということで、必要以上の注目を浴びている。中央のウマ娘には負けまいと無理をする心配があった。
「北の方が人通りは少ない。お勧めです」
大野は早速行ってみましょうと、二人を連れ出した。
北のトレーニングコースに行ったメイセイオペラはその大きさに度肝を抜かれた。普段自分達が使っている水沢が一周千二百メートルだというのに、中央トレセンのコースは一周千八百メートルの広々としたコースで、多くのウマ娘が練習できるようにコースが内外でコースが三つも存在している。
「一番内側が芝ダート。障害を行うウマ娘用のコース。次いで千六百、千八百とダートコースが続きます。最近は一番外側を最終調整に使う人が多いですね」
「成程、参考になります」
「北側コースの近くには室内プールもあります。中にサウナが併設されていますから、トレーニング後のクールダウンも兼ねて使用する子もいますよ」
「さ、サウナ⁉」
大野の言葉にメイセイオペラは動揺を隠せない。水沢にもプールはあるが、屋外で夏場に使用されるだけで、その辺の小学校のプールと変わらない。年間を通して使用でき、さらにサウナまで備えられているとは。しょっちゅう浴場のシャワーが壊れる水沢とは天と地の差だ。
担当ウマ娘のトレーニングがあるからと去った大野を見送った二人はレース当日までのトレーニング内容を確認した。
「ウッドチップや坂路はいらん」
「ちょっと気にはなるんですが……」
楽しいアトラクションを見つけたようにそわそわとするメイセイオペラに、佐々原はその理由を説明する。
「水沢の平坦なコースでばかりトレーニングをしてきたお前がいきなりここの坂路やウッドチップを走ってみろ。調子にのって余計な力がかかり過ぎて怪我をしたり、フォームを崩したりする可能性がある。今回は特訓に来ている訳じゃない。事前の調整に来ているんだ」
「そ、それは確かにそうですけど……」
唇を尖らせ、なおもやりたそうなそぶりを見せるメイセイオペラだったが、佐々原は重ねていつも通りにしろと厳命した。
「今までのやり方で効果が出ているんだ。今更余計なことをする必要はない」
ウッドチップのコースをメイセイオペラは今まで一度たりとも走ったことがない。効果があることは分かっているが、慣れない調整が悪い方向に働く可能性を佐々原は懸念していた。
「ここまで順調に仕上がっているんだ。今までの俺達のやり方を貫いていけばいい」
「はい……」
途端に肩を落とすメイセイオペラに、佐々原は付け加える。
「これだけの施設。俺達とは雲泥の差だ。でもな、勝負は施設だけじゃない。そうだろ」
確かにそうだとメイセイオペラは改めて己に言い聞かせた。自分は物見遊山に来たのではない。飽くまでもここには勝負をしに来たのだ。
地方所属のウマ娘が中央のGⅠを初めて制するかもしれない。周囲の期待は高まる一方だった。メイセイオペラと佐々原が中央トレセン入りしてから報道はさらに過熱し、地方・中央のウマ娘界を巻き込んで多くの人の耳目を集めていた。
連日の取材攻勢を慣れた手つきで理事長秘書の駿川たづながさばいていたが、一番困ったのがメイセイオペラへの激励に訪れる人々への対応である。
今も昔も地方の若者が都会で一旗揚げることには一種の憧れがある。ましてや、メイセイオペラは地方トレセンに所属したままで、中央のエリート達と戦おうとしている。判官びいきも手伝い、同郷の士を名乗る者の訪問がひっきりなしだった。
「余程これはというもの以外は断るに越したことはない」
理事長秋川やよいの方針で規制された面会だったが、本番まで後五日と迫ったその日、唐突にやってきたウマ娘が面会を希望するや直ちに許可された。
「お前、彼女と知り合いなのか」
「いえ! そ、そんなことないじゃないですか」
面会相手の名前を聴いた佐々原は、最初冗談だろうと思っていた。縁もゆかりもない自分達に会いにわざわざ彼女がやって来る筈がない。
URAの象徴が七冠ウマ娘シンボリルドルフであるなら、彼女もNAUの象徴の一人と言ってもいいだろう。なぜなら彼女こそは当時影をも踏ませぬと言われ絶対的な強さを誇った皇帝に肉薄し、唯一その影を踏んだ地方ウマ娘なのだから。
「こちらです」
たづなに案内されてきたのは黒髪のウマ娘だった。既に本格化は終わり、一線から退いて指導者の道を歩いているという彼女だったが、かつて南関東で覇を競った頃そのままのスタイルに、佐々原は内心驚きを隠せなかった。
「お会いできて光栄です、ロッキータイガー」
「め、メイセイオペラと申します!」
直立不動で挨拶をする佐々原とメイセイオペラに、脇に控えたたづなは無理もないと二人の内心を慮った。
ロッキータイガーは船橋の英雄と謳われた地方船橋所属のウマ娘であり、南関東を中心に活躍したダート巧者である。
だが、彼女はただそれだけのウマ娘ではない。
最大のライバルであるテツノカチドキとの競り合いに勝利した彼女は、そのままの勢いで当時招待制だったジャパンカップにただ一人地方所属のウマ娘として出場。芝経験が皆無でありながら、世界各国の代表ウマ娘やURAで活躍する強豪達を向こうに回し、皇帝に次ぐ一と四分の三バ身差の二着に入り、居合わせた観衆の度肝を抜いた。
公営の星、船橋の英雄、そして、皇帝の影を踏んだ虎。
当時最強と名高かったシンボリルドルフにあと少しと迫った彼女には様々な異名が与えられた。そして何より彼女はその活躍により地方ウマ娘の未来を切り開いた存在だった。これまで明らかに中央より格下と見られていた地方のウマ娘だったが、ロッキータイガーの激走は地方ウマ娘の実力を世に知らしめ、中央と地方の交流の扉が開かれた。彼女の活躍が無ければ、後に続くオグリキャップやユキノビジンの中央挑戦という話も無くなっていたかもしれないのだ。
「そう固くならないでくれ。変なあだ名ばかりが独り歩きしていて迷惑しているんだ」
その異名とは似ても似つかぬ穏やかな声でロッキータイガーは二人に着席を促した。
「まずは急な面会の希望だというのに、承知してもらい感謝する」
「貴方に対して門扉を閉じる地方関係者はいませんよ」
ロッキータイガーは笑って受け流したが、佐々原は大真面目だ。かの皇帝に追いすがるロッキータイガーの雄姿に、中央との差に忸怩たる思いを抱いていた多くの地方ウマ娘関係者は快哉を叫んだ。
「案内してくれた彼女に聞いたら、特別なトレーニングはしていないとか」
「ええ。普段通りで臨もうと思っています」
「正解だ」
ロッキータイガーは満足げに頷いた。
「地方から中央にやってくると、どうしても恵まれた施設面に目が行ってしまう。そして、持っている者の余裕からかどうしても空気が弛緩する。君たちがウッドチップだの坂路だのとうつつを抜かしているようなら苦言を呈そうと思っていたが、いらぬ心配だったようだ」
「恐れ入ります」
「ではもう一つ助言を与えておこう。府中はダートも芝も最終の直線が長い。そのつもりで走ることだ」
「成程」
慌ててポケットから出したメモにペンを走らせるメイセイオペラにロッキータイガーは苦笑しながらも、形を改めると言った。
「勝ってくれ」
その真剣な眼差しに佐々原は一瞬返す言葉が見つからなかった。地方出身という事では同じくくりだが、常日頃競う相手だ。ましてや、船橋にはあのアブクマポーロもいる。そのライバルに向かい、勝ってくれとはどういう訳なのか。
「私が皇帝に敗れたジャパンカップを知っているか?」
「も、もちろんです。あの皇帝を追い詰め、二着。未だにその記録は破られていません!」
「何が追い詰めただ!」
ロッキータイガーは拳をテーブルに叩きつける。その表情は悔しさに歪んでいた。
「一と四分の三バ身差……。確かに初めての芝であの皇帝相手。善戦と言ってもいいだろうさ。だが、追い詰めたなどとんでもない。最終の直線、あの野郎は追いすがる私を嘲笑うようにもう一段加速しやがったんだ」
地方ウマ娘としてジャパンカップに初めて出場したロッキータイガー。彼女の目的は地方ウマ娘として初めてジャパンカップを勝利することだった。もし彼女が勝利すれば、これまで日陰の立場にいた地方ウマ娘達にスポットが当たることになる。覚悟を決めて府中に乗り込んだのであり、決して好走したいなどと思っていた訳ではない。
「集団から抜け出し、奴の背中が見えた時にイケると思ったさ。前を行く海外の連中ももたついていたからな。無我夢中だった。とにかく足を飛ばしてトップでゴールを駆け抜ける。それしか頭にはなかった。だが、奴には並ぶことができなかった。私が追いついてきたのをあの野郎は分かっていやがったんだ」
ノーマークの地方勢など気にも留めていないだろう。その隙を突こうと必死になったロッキータイガーが見たのは、居並ぶ強豪を物ともせず、再加速する皇帝の姿。
「追っても追っても追いつけない。そう思いながらも必死に脚を動かした。だが、結果は御覧の通りさ。今でも夢に見る。どうにかして追いつけないかとな」
当時並ぶ者無き強さを発揮していた七冠ウマ娘皇帝シンボリルドルフに対し、初の芝挑戦で一と四分の三バ身差。余人ならば満足していることだろう。だが、彼女はその記録を悔しいと言う。
「一と四分の三バ身差。地方が中央につけられた差は未だに覆っていない」
地方なりのやり方で中央に勝つ。確かにオグリを筆頭とした地方出身ウマ娘の活躍は、地方ウマ娘に希望を与えた。だが、地方にいるトレーナー達にとってはどうか。素質があるウマ娘が中央に行く流れが加速すると共に、自分達が劣っていると付きつけられているようなものだ。
「私達のやり方で連中にやり返して欲しい」
施設も不十分、規模もURAに比べて小さい。そんなローカルシリーズを戦うウマ娘だってやりようによってはやれるんだということをみせてくれ。ロッキータイガーの言葉に、佐々原はぐっと心臓を鷲掴みにされた気分になった。ずっと自分が思っていたことを、目の前の偉大なるウマ娘は思い続けてきたのだ。
「今度はこちらが差をつけてやります」
まなじりを決し胸を叩くメイセイオペラに、ロッキータイガーはふっと笑みを見せた。
「大言壮語だなと皇帝に笑われるぞ」
「笑いたければ笑えばいいです」
「随分と頼もしい答えだな。あいつの言った通りだ。強いな、君は」
「あいつ⁉」
まさかと聞き返そうとしたメイセイオペラだったが、ロッキータイガーは失言だったと慌てて
「いや、何でもない。聞かなかったことにしてくれ」
と席を立つと、フェブラリーステークスでの好走を期待すると一言告げて立ち去った。
「来るのが急なら去るのも急だな」
ふうとネクタイを緩めかけた佐々原だったが、続いてたづなより告げられた来訪者の名前に、慌ててそれをきつく締め直した。
「面会の予定もなく突然の訪問、すまない」
そう鈴が鳴るような声で話すウマ娘に、メイセイオペラの目は釘付けとなった。
皇帝シンボリルドルフ。URAの象徴であり、前人未到の七冠ウマ娘。彼女が日本のウマ娘界に遺した足跡は計り知れない。
「本来ならば君たちにいらぬプレッシャーを与えかねないと控えていたのだが、タイガーが来ると聞いて居ても立っても居られなくてね」
「ロッキータイガーさんなら先ほど帰られましたが」
たづなからの一言に、皇帝は一足遅かったかと嘆息した。
「画竜点睛か。初めから彼女に来訪を告げておけばよかったな。びっくりさせようとしたのが裏目に出るとは」
皇帝というその異名にそぐわぬお茶目な一面を見せるシンボリルドルフにメイセイオペラは親近感を抱いたが、佐々原の表情は固いままだった。
(これが皇帝シンボリルドルフか……)
彼女を越えるウマ娘の育成は中央・地方を問わず全トレーナーの夢だ。だからこそ、皇帝の影を踏んだ虎として地方のウマ娘関係者はロッキータイガーの活躍に喝采を送った。どうしたものかと思案顔の皇帝に、佐々原は先ほどのロッキータイガーとの会話について語った。
「彼女がそんなことを? 相も変わらず自分に厳しいな」
(あんたに言われたくないとは思うがね)
自らを鉄のように律する意思が無ければ到底七冠などとれる筈がない。
「確かに最終の直線、彼女の気配には気づいていた。追ってくる彼女に対し、私がもう一段ギアを上げたのも事実だ。だが、内心は彼女の思っているものとは違う」
「と言うと?」
「この身を包んでいたのは差別感などではない。欣喜雀躍とした高揚感だ。世界中のウマ娘が立つ檜舞台。初めての芝挑戦でありながら、国内・国外の選ばれたウマ娘達を向こうに回し、堂々と地方を代表して戦う彼女の姿を目の当たりにして、奮い立たぬ者などいまい」
地方からやってきた刺客の強烈な追い込みは、地方のウマ娘関係者や観客だけではなく、皇帝の胸さえも高鳴らせた。ゆえに受け止めた。正々堂々と、己の全てをもって。
「ロッキータイガーは誤解しているようでしたが……」
差し出がましいと思いつつも、佐々原は口を挟まざるをえない。皇帝自身が評価しているというのに、当の本人はそれに気がついていないのだ。
だが、皇帝はそのままで構わないと首を振った。
「そのことが彼女のモチベーションアップに繋がっていると言うのなら敢えて訂正する必要はないだろう。事実、中央と地方には依然として差があるのだから」
何気なく呟かれたその一言から感じる圧力に、佐々原とメイセイオペラは唇を噛み締めた。
彼女の言う事に誤りはない。突出した才能をもつ者以外、地方ウマ娘が話題に上ることはない。怪物と呼ばれたオグリキャップが一世を風靡し、ユキノビジンが話題となっても、地方と中央に差があるのは誰の目にも明白だ。
でもだからこそ。
「地方だってやるということをお見せします」
震える脚に喝を入れ、メイセイオペラは皇帝を見返した。
「漫言放語とは言うまい。君にはそれだけの実績がある」
ウマ娘史上に名を残す皇帝は己に送られる鋭い視線を嬉しそうに受け止めると、口の端に笑みを浮かべ立ち去った。
中央と地方のウマ娘界の大物二人に会い、気疲れをした佐々原とメイセイオペラはその日のトレーニングを軽めに上げ、それぞれ自由時間をとることにした。ロッキータイガーの話を聞いてからもやもやが抑えきれなくなったメイセイオペラは、寮に戻るなり、たづなに頼み調べてもらった番号に電話を掛けた。
「……」
唐突にかかってきた電話に戸惑っているのか、電話口の相手は無言だった。
「あの、アブクマポーロさんで間違いないですか?」
恐る恐るメイセイオペラが声を掛けると、
「間違いない」
受話器の向こうからようやく反応が返ってきた。
「今日いきなり船橋からロッキータイガーさんが来られたんです。もしかして、アブクマポーロさんがお願いしてくれたんですか?」
「若干異なる。彼女は貴方と話をしたがっていた。彼女の話を聴くことは貴方にとってもメリットがある。双方にとって有益だと判断したからこそ声を掛けてみただけ。まさか事前のアポもなしに行くとは思わなかった」
「そのことはありがとうございます。お蔭で身が引き締まりました」
素っ気ない言い方の中に、彼女なりの優しさを感じると共に、未だ完全にライバル視されてはいないのかと悲しい気持ちになる。そんなメイセイオペラの気持ちが受話器越しに伝わったのか、アブクマポーロが口を開いた。
「貴方がフェブラリーステークスを勝って、私が川崎記念を勝つ。そして、帝王賞で決着」
「え……」
決着。アブクマポーロの口から出た言葉に、メイセイオペラは思わず携帯を落としそうになった。ライバルとして認められている嬉しさもさることながら、彼女はメイセイオペラがフェブラリーステークスを勝つことを疑っていないのだ。
「面子を見れば、十分に可能性はある。後は貴方次第」
レースが近づくにつれ、不安が増していたメイセイオペラにとって、その一言は何より嬉しいものだった。
「やりましょう。決着をつけましょう、帝王賞で!」
昨年の帝王賞ではアブクマポーロの圧倒的な末脚の前に敗れている。その借りは返さなければならない。そのための手土産に日本一のダートレースを勝ったという称号はふさわしい。
「やるからには負けない」
「もちろんです!」
メイセイオペラは携帯を切ると、拳を握り突き上げた。
フェブラリーステークスに向かって高まる緊張に周囲からの期待。
船橋の英雄や皇帝からの叱咤激励。地方代表として中央勢に負けてはいられないと色々なものが頭の中を駆け巡っていた。
けれど、もっと単純に考えればいいのだ。ダート日本一のウマ娘に挑戦するために、フェブラリーステークスに出場するのだと。自分の精一杯を見せるために闘うのだと。これまで歩んできた道が確かなら、きっと負けはしない筈だ。
(おじいちゃん、おばあちゃん。私、やるから!)
携帯の待ち受け画像に設定したあの日の写真に誓う。
運命のフェブラリーステークスまで後五日と近づいていた。
ロッキ―タイガーは、ロツキ―タイガーと表記するのが正確な表記なのですが、読みやすさを考慮して敢えてロッキ―タイガーと表記しています。