「成程ねえ。そうして、二人は戦っていったんだねえ」
ダートウマ娘の資料を紐解きながら、ワンダーアキュートはうんうんと頷いた。
「でも悲しいねえ。怪我はつきもんだと言っても、神様もあんまりだよ」
三日後の川崎記念に勝ったアブクマポーロだったが、その後怪我が発覚。一年以上の長期離脱となり、メイセイオペラとの再戦はならず、地元船橋でのダイオライト記念での勝利を手土産に引退していった。
ライバルがいなくなったメイセイオペラはその後帝王賞を含めて五連勝を飾るも、どこか目標を失ったように東京大賞典はまさかの二桁順位に沈み、地方ウマ娘として初のドバイワールドカップへの参戦も回避された。連覇を願ったフェブラリーステークスは健闘するも、前年度以上に実力者を揃えた中央の本気の前に敗れてしまう。地元盛岡のみちのく大賞典を勝利し、復活の兆しを見せるも、屈腱炎を発症し引退。GⅠ初制覇をしてから僅か一年後のことであった。
「ファンのみんなも無念だったろうねえ。きっと二人の決着を見たかったんだろうし」
ワンダーアキュートはTV画面を見ながら微笑んだ。
「だったらきっと喜んでくれるに違いないよ。何より先輩達がねえ」
中央トレセン学園の中庭に設置されたオーロラビジョンの前には在校生だけではなく、近隣住民が鈴なりになって集まっていた。今頃全国各地のレース場のターフビジョンでは同じような光景が映されていることだろう。
「壮観! よもやこのような光景が見られるようになるとはな!」
中央トレセン学園理事長秋川やよいは満面の笑みを浮かべる。
サトノグループの開発したVRソフトメガドリームサポーターを使用してのウマ娘の育成。その育成を経験し強くなった一人のダートウマ娘がこう提案したのだ。
「ダートで活躍した先輩達にこのソフトを使ってもらい、歴代のダートウマ娘を集めた夢のレースを開けないか」
これまで芝に比べて一段低く見られていたダートレースも今では、多くの先達の活躍によって市民権を得ている。彼女からすれば、これまでダートを支えてくれた先輩達に恩返しがしたい。そして、もっとファンを楽しませたいという思いからの発言だった。
これを面白いと考えたサトノグループが全面協力し、URAとNAUの全面協力の下で開かれるようになったのが、ドリームダートレースだ。ファン投票で上位に挙がったウマ娘達にはそれぞれ現役時代そのままに設定されたデータが用意され、一年間という月日をトレーニングに充てることができる。
中央地方の垣根を超えた現役のダート王者と歴代のダート王者の対決。真の砂の王者を決める戦い。
仮想空間の中とはいえ、それはまさに夢のレースだとマスコミやファンは大いに盛り上がった。
「慣れたつもりだけど、本当にこれVRなんだよね」
足元を確かめながら、メイセイオペラは一人呟いた。突然サトノグループからVRマシンが送られてきた時には何かの詐欺に引っ掛かったかと思ったが、添えられた手紙に書かれた名前に是が非でも参加を決めた。
現実には叶わなかった勝負。それができるのであれば、例え仮初めのものでも構わない。
「すごい人気……」
画面を埋め尽くさんばかりに書かれたコメントと仮想空間の中に現れた観客型のアバターにメイセイオペラは苦笑する。
今や中央と地方の垣根は無くなり、NAUの収支も大幅に改善している。ネット環境を使った観戦スタイルが定着した中、レース場に足を運ぶ人も増えてきている。
(でも、いまだに芝では中央のGⅠを制した者はいない……)
地方と中央の差は再び開き、その差を埋めんと多くの後輩達が挑み続けているのが現状だ。
「ルソー曰く。『生きるとは呼吸することではなく、行動すること』。後輩達の勧めに従って行動したけれど、正解だった」
その声を聴いた瞬間、メイセイオペラは昔に戻った気がした。
「アブクマポーロさん……」
「約束を守れなかった。ごめんね」
現役時代さながらの恰好で頭を下げるアブクマポーロの身体をメイセイオペラは抱きしめる。
「いいんです。私こそ、アブクマポーロさんの後を継ごうと思いましたが、上手くいきませんでした……」
アブクマポーロの引退した後、佐々原と共に悩み抜きながら戦い抜いた日々が思い出される。永遠の目標とした相手が目の前から消え、どこかやりきれない中での毎日だった。
「でも、今日ようやくその約束を果たすことができる」
「はい……」
メイセイオペラは胸の高鳴りを抑えきれない。仮想空間の中とはいえ、彼女と再び相まみえることができようとは思わなかった。全ては自分を支持してくれたファンと、このようなレースを思いついたあのウマドルのお蔭に違いない。
『それでは、開会に先立ちまして、今回のドリームダートレースの発起人であるスマートファルコンさんから一言頂戴したいと思います』
壇上に立つスマートファルコンに画面を埋め尽くさんばかりのコメントが並ぶ。
その全てを見通すかのように笑顔を振りまきながら、彼女はマイクを取った。
『皆さんは、ダートのレースについてどう思いますか。ファル子は正直この世界に入ったばかりの頃は芝のレースが一番で、ダートのレースには出たくないって思っていました。だって、いつも注目されるのは芝のレースばかりで、ダートのレースは砂だらけで苦労する割に、目立ちもしない。そんなマイナスな気持ちばかり抱いていました。それを変えてくれたのがトレーナーさんです。トレーナーさんはダートを有名にすればいいと言ってくれました。今は芝の方が有名だけれど、ファル子達の力でダートレースを盛り上げる。そして、いつかは芝のレースを越えるほどの人を集める。そんな思いに共感し、今日まで戦って来ました。ファル子を目標と言ってくれる後輩も育ち、ダートレースに貢献できたかなと思った時に気づいたんです。ファル子がダートを目指すよりも前に多くの先輩たちがダートレースを支えてきてくれたんだって。今この世界はVRなので分からないから、現実の世界で一度ダートレースを観に行ってください。その砂の上には多くのウマ娘の汗と涙がしみ込んでいます。ダートを走るウマ娘達は、汗をかいても、べそをかいても、それでも最後には笑顔で踊ってきました。そんな尊敬する先輩達と何かをしたい。ファンのみんなと楽しみたい。そう考えて、このドリームダートレースを思いつきました。今日まで協力していただいた皆さんには感謝の言葉しかありません。そして、引退したというのにもう一度レースの場に引っ張りだしてしまった先輩方には申し訳ない思いでいっぱいです。でも、ファンのため、何より私達後輩のために、もう一度その力をお貸しください』
スマートファルコンは一旦マイクを離すと、大きく息を吸い込んだ。
『フラッシュさん、ごめん! ファル子最後に付け足すね! 難しいことたくさん言ったけれど、思いは一つだけ。先輩達、これまでダートを盛り上げてくれてありがとう! どうかファル子達と正々堂々と戦ってください!』
全世界に中継される中での堂々とした宣言に、画面の中だけでなく、日本全国あちこちで笑いが漏れる。彼女のこの明るさがあったからこそ、実現不可能だと思われた今回の試みが成功したのだ。
『ありがとうございました。それでは、出場する各選手を紹介いたしましょう‼』
司会のマイクと共に、画面いっぱいに映し出された各ウマ娘は、中央、地方の砂の歴史にその名を刻んだいずれ劣らぬダートの猛者。
『一番。ダートGⅠ十勝を達成した苫小牧の観光大使。今日もその勝利を遥か北の大地へと届けることができるか、ホッコータルマエ!』
「レースに勝って苫小牧を宣伝します!」
『二番。オールカマーではあのオグリキャップとも対戦した南関東は川崎が生んだ白百合。ロジータ!』
『三番。真の勇者は戦場を選ばない。芝も一流、ダートも一流。二刀流アグネスデジタル‼』
「駄目、もう限界。右も左もレジェンドが多すぎる……」
『四番。ドバイの無念を晴らすべくこのウマ娘もやってきてくれました。再び見せるか一等星の輝きを。元祖砂の女王、ホクトベガ!』
『五番。燦然と輝く歴代ダート最多勝利十一勝。今日の運気はいかなるものか。勝利を呼ぶ縁起者コパノリッキー‼』
「今日のここは吉方位! みんなのラッキーのために頑張るよ!」
『六番。未だ続かぬ彼女の後に。前人未踏。地方トレセン所属での中央GⅠ初制覇。東北から来た英雄。栗毛の来訪者メイセイオペラ‼』
仮想空間の電光掲示板に素早く流れるコメントに、メイセイオペラは目が追いつかない。未だ自分を支持してくれているファンがいると思うと、嬉しさで胸がいっぱいになる。
(それにこの面子……)
次々に呼ばれるダートウマ娘達は歴史に名を残した者たちばかりだ。対決を望みながらも叶わなかったホクトベガまでがまさか参戦してくるとは思いもしなかった。
『十番。南関東は船橋所属。その豪脚での一気のまくりでファンを沸かせた船橋の帝王、南関東の哲学者アブクマポーロ‼』
司会者の紹介もどこ吹く風。ちらりと横目で確認すれば、アブクマポーロはゲートの中で何やらぶつぶつと呟いている。
(変わらないな)
思わず笑みが零れそうになるのを慌ててメイセイオペラは抑える。もう二度と戦えないと思った相手と走れるのだ。せっかくのチャンスをふいにしてはいけない。
『十一番。皆さんご存知ナンバーワンウマドル。砂の隼、スマートファルコン‼』
「みんなー! ファル子を応援してね~!」
再びすごい勢いでコメントが流れる。その中に見知った親友の名前を見かけ、メイセイオペラは唇を尖らせる。最近仕事が忙しくて連絡がとれないと言っていたが、どうも違うことに時間を使っているようだ。
居並ぶ歴戦のダートウマ娘を見ながら、これまでの思い出を振り返る。
いいことも悪いこともあった。フェブラリーステークスに勝ちながらも、結局はその後故障してしまい、ドバイに行くことはできなかった。
(でも、それは仕方ない)
頑張った結果なってしまったことを悔いても仕方ない。
それよりも、後輩が作ってくれたこのレースを存分に楽しみたい。
『さあ、遂に最後のウマ娘になります。シークレットとし、事前に発表をしませんでした』
「え⁉」
聞き覚えのある名前が連呼され、メイセイオペラは思わずそちらを向いた。
『十六番。NAUの各委員からの推薦で一番票を集めました。四十三戦三十九勝。岩手が生んだ魔王、トウケイニセイ‼』
その異名とは似ても似つかぬ穏やかに微笑むウマ娘がそこにいた。
(あの人が、佐々原さんが言っていた……)
岩手の生ける伝説と呼ばれた彼女。そして、自らがこの世界に入るきっかけをくれた先輩。
(まさか、あの人とも戦えるなんて)
両足にサポーターは見えない。仮想空間で怪我のない状態であるならば、きっと様々なレースを走ってきたに違いない。じっと見ていることに気が付いたのだろう。トウケイニセイはメイセイオペラの方を見ると、唇を動かした。
「負けない」
彼女はそう宣言していた。込み上げる喜びにメイセイオペラも唇を動かす。
「負けません」
同じトレーナーに鍛えられた身としては何としても負けられない勝負だった。
(まあ、佐々原さんはニセイさんを応援するだろうけど)
事あるごとに、トウケイニセイの話を聞かされた身としては、トレーナーの依怙贔屓には文句をつけたいところだ。
今回のために特別に用意されたファンファーレが鳴る。
過去と現在のダートレースをけん引してきたウマ娘達は一斉にゲートに入った。
『各ウマ娘、準備完了。今、夢のレースがスタートします‼』
勢いよくゲートが開かれた。コパノリッキ―とスマートファルコンの先頭争いを見ながら、レースに戻って来たんだとメイセイオペラは実感する。
横目でちらりと確認すると、アブクマポーロやトウケイニセイは中団に控えたままだ。
あの日できなかったこと。
現実では叶わなかった夢の続き。
(希望とは目覚めている人間が見る夢か……)
ならば、これはこのレースはきっとダートの世界に生きるウマ娘達の明日に続く希望になる筈だ。
今日もまた、どこかで砂にまみれ、汗を流しているウマ娘がいることだろう。
どうかその彼女がこのレースを観て、何かを感じてもらえたら。
そう願い、メイセイオペラはただ前を向いて走り出した。
あとがき
「地方は中央の二軍じゃない」
走れマキバオーの中の地方船橋の雄サトミアマゾンの言葉です。地方所属でありながら、果敢に中央に挑む彼の姿に痺れ、気が付けば地方馬について調べていました。その中で当然のように出てきたのがメイセイオペラとアブクマポーロです。この二頭の関係がウマ娘になったら面白いと思っていましたが、いつまで経っても地方ウマ娘が実装されず、勢い余って自分で書くことにしました。メイセイオペラやアブクマポーロの性格は書物に書かれたものから想像しました。
本書を書くにあたり、過去の地方競馬の実情も盛り込みました。華やかな中央で活躍する馬だけではない。地方で地道に頑張っている地方競馬関係者がいることを伝えたかったためです。
最低限、実馬の名前は変えましたが、この馬は必要というものに関してはそのまま出させていただきました。実馬を貶めたいという気持ちは全くありません。ご理解をいただけたら幸いです。
史実通りに進むのは、ウマ娘のアニメでいつまでもスペシャルウィーク等がいるのが気になっていたからです。あれでは新しく入って来るウマ娘が出ないのではないか。そもそもこれまでのウマ娘達がずっとい続けるのはどうなのか。色々と考えた末に、今回のようにいたしました。メイセイオペラとアブクマポーロが現実には再戦しないのも史実の通りにしたいという意図からです。
ドリームダートレースには敢えて全員名前を入れていません。クロフネをいれたい、いやフリオーソも入るだろう。人によってのドリームレースは違うだろうと考えました。
最後までお読みいただきありがとうございました。一日も早い地方ウマ娘の実装を願っています。