ウマ娘 ~英雄は東北より来たれり~   作:コングK

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中央と地方の違いについては様々な本を参考にしています。
今のところウマ娘といっても(中央の)ウマ娘なアプリ版にはがっかりしている所です。
(すごく好きで未だにやっていますが)舞台の雰囲気的にはシンデレラグレイが近いです。
メイセイオペラの祖父やトレーナーの名はジョッキー、厩務員、調教師、馬主さんをイメージしてつけさせていただいています。

こちらの小説は冬コミを目指しているもので、アップは遅くなります。


第2R「運命の天秤」

 

 唐突なスカウト宣言から三日と経たぬうちに、佐々原の姿は水沢にあるメイセイオペラの実家にあった。本来ならば会ったその日にでもすっ飛んで行きたい衝動に駆られていたが、さすがに先方の都合もあり、逸る気持ちを抑えての訪問だった。

 

(十中八九、反対だろうな)

 わざわざ県外にあるクロイワクラブへ留学させるような教育熱心な保護者である。当然、中央志向が強いに決まっている。いくらメイセイオペラ自身に決断が委ねられていると言っても、両親からすれば将来を考えて中央に入って欲しいのは山々だろう。その彼らをいかに説得するか。この二日間、同僚の協力を経て作成した資料を持参し、佐々原はメイセイオペラの実家の門を叩いた。

 

「あっ、佐々原さん。この間はどうも」

 玄関で出迎えてくれたメイセイオペラはこの間と変わらずクロイワクラブのジャージを着たままだった。

「いや、あの。べ、別にこれしかない訳じゃないですからね⁉ 部屋着としてちょうどいいんで使っているだけで」

 言い訳がましいメイセイオペラに佐々原は苦笑した。

「なんだ、トレーニング後かと思ったぞ。それなら、感心だなと思ったんだが」

「お客さんが来るのにトレーニング後の汗だくなまま出る訳ないでしょう! いいから上がってください」

 

居間に通された佐々原を待っていたのは眼鏡をかけた初老の男性だった。

メイセイオペラの祖父小野田義正だと自己紹介をした彼は柔和そうな笑みを浮かべ、佐々原に座る様促した。

「彼女の両親が海外出張中でしてね。代わってお話を聞くように言われています。それにしても驚きました。一昨日孫娘が帰って来るなりスカウトされたなどというもんですから。悪い虫でもついたのかと思っていたら、まさかあの佐々原さんだったとは」

「お爺ちゃん、佐々原さんを知っているの?」

 メイセイオペラの言葉に少なからず佐々原はショックを受けた。自分ではこの岩手ならウマ娘たちの間では有名人の端くれのつもりだったが、どうやらそうでもないらしい。

「ははは。佐々原さん、申し訳ない。孫はずっと北海道で育ちましてね。どうも、こちらの事情には疎いんです。オペ、佐々原さんはこの岩手では知らない者がいないくらいの名トレーナーなんだよ。なんたって、あのトウケイニセイのトレーナーだったのだから」

「え⁉ さ、佐々原さんが……」

「ニセイのことは知っているのか」

「はい。お爺ちゃんからよく話を聞いていました。中央だけじゃない、この岩手にも魔王と呼ばれる強いウマ娘がいると」

「本人は嫌がっていたがな」

 在りし日を思い出し、佐々原は口元を綻ばせた。

女王なら分かるが、魔王は酷い。そう言って、事あるごとに頬を膨らませて怒っていたっけ。

 

「そんな有名人のあなたにわざわざお越しいただいているというのに誠に恐縮ですが、実はオペには中央のチームからの誘いがありましてね」

(やはりな)

 嫌な予感が的中し、佐々原は思わず舌打ちをしそうになったのをこらえた。

 クロイワクラブのような大手クラブに所属していれば、必然的に中央からのスカウトの目にも止まりやすい。保護者もそれを見越して高い授業料を払って中央に比するトレーニングを積ませているのだ。せっかく巡ってきたチャンスをふいにするとは思えなかった。

「今美浦寮の空きを待っている状態です。連絡があり次第、入学の手続きをとろうかと思っています」

 隣に座るメイセイオペラが意外そうな顔を祖父に向けた。彼女にとっては寝耳に水だったのだろう。孫娘に任せるように話してはいても、大事な所の決断を誤らぬようにするのが彼の役目らしい。

「うちなら、水沢ならお待たせしませんよ」

 佐々原はどんと胸を叩いた。

「空き部屋を待っていると言っても、いつ空くか分からんのでしょう? その点うちは大丈夫です。今すぐ電話して入寮することだってできます」

「寮のことばかりではありませんよ。施設や待遇面でも中央は別格です。可愛い孫娘には良い環境でレースに臨んで欲しいと思うのは祖父として当然のことです」

 淡々と、それでいながら有無を言わせぬ口調の義正。だが、佐々原は退かない。

「仰っていることは分かります。確かに待遇も施設も中央とは比べるまでもない。歴然とした差はあるでしょう。しかし、その分育成面では我々に一日の長があります。これをご覧ください」

 佐々原は柴田や高橋に協力してもらい作り上げた資料を義正の前へと広げる。

 まず出したのは、中央へ転籍していったウマ娘達のその後を調査したもの。

 いくら地方でエースであっても、競争の激しい中央でもトップでいることは難しい。中央転籍を叶えはしたが、結局は鳴かず飛ばずで、やむなく中央トレセン学園を退学したという話は珍しい事ではない。

 オグリキャップ等の活躍により、中央への門戸は開かれた。その門を潜り抜けるのは条件が揃えば誰でもできる。だが、門をくぐった先で簡単にトップをとれるほど中央は甘くはないのだ。

「中央は華やかな世界です。多くのウマ娘がその舞台に立とうとします。お孫さんもそうした中でスターになれる可能性はあるでしょう。しかし、もし万が一怪我でも負ったら? 人の入れ替えの多い中央ではそれは命取りです。すぐに次がやってきて自分の地位を奪われてしまう。いち早くデビューし、引退する時まで輝き続けなければなりません」

 カバンから佐々原は次の資料を取り出した。

「ですが、我々は違います」

 彼が出したのは水沢に所属するウマ娘を個々に分析し、考えられたトレーニング計画書。それぞれのウマ娘の脚質から癖や怪我の状況、そのリハビリ方法に至るまで、事細かに書かれたそれらを見せながら、佐々原は熱弁を振るう。

「中央のトレーナー達のウマ娘を大切にする気持ちを否定するつもりはありません。ですが、我々地方トレーナーは彼等が見ているウマ娘達よりも弱い立場のウマ娘を大事にしているという自負がある。世の中早熟の天才ばかりではありません。本格化が緩やかで、長い目で見れば活躍できたであろうウマ娘が、中央の荒波に揉まれたばかりに潰されることもあるのです。おじいさまは可愛い孫娘をそうしたいと思うのですか?」

 常にスターを欲している中央はウマ娘もトレーナーも人の出入りが激しい。必然的にそのサイクルは早く、ついてこられぬウマ娘は資格なしとしてふるい落とされることが多い。

 

「……」

 義正は腕組みをしたまま、佐々原をじっと見つめる。

「ゆっくりとその子の適性を見定め、レースで慣らしていく。我々ならそれができます。例え怪我を負っていたとしても、本人が走りたいと願う限り何とかしてその方法を探します」

「滅多にないシンデレラのガラスの靴が孫娘のところにやってきたんですよ。貴方はそれをわざわざ捨てろと仰るのですか?」

「ええ、そうです」

 きっぱりと言い切る佐々原。

「あんなろくでなしにはしませんよ」

「ちょっと言い方! 女の子の憧れに対して、なんですか、それ」

 目をひん剥いて怒るメイセイオペラに、佐々原はその理由を説明する。

 意地悪な義姉に虐められ、働かされていたのは可哀そうだ。だが、シンデレラは舞踏会に出るために何か努力をしたのか。ただ不思議な力で着飾り、舞踏会に出ただけではないのか。

「うぐっ……」

「惨めな境遇にいたらきっと誰かが救ってくれる? いつかは幸せになれる? 違うだろ。幸せは自分で掴むものじゃないか」

 そこまで言うと、佐々原はがばっとその場で頭を下げた。

「小野田さん。お孫さんは誰かにガラスの靴を与えてもらわなければ輝けないと思いますか? 私は思いません。彼女ならきっと自らの力で輝けるでしょう」

 義正は静かに口を開いた。

「どうして、そこまで言い切れるのですか。貴方だってこの子に会ったのはつい三日前のことでしょう?」

 側でこくこくと頷くメイセイオペラに向かって、佐々原は向き直った。

「お孫さんと同じ眼をしていた子を知っているんです」

「それは……」

「彼女はどんな困難にもめげず、諦めず戦い続けました」

 ウマ娘にとって致命的といえる屈腱炎。その痛みに耐えながら何十戦と戦い抜いた彼女を人は魔王と呼ぶ。だが、佐々原にとって彼女は魔王などでは決してない。常に微笑みを絶やさなかった彼女がいかに悩み、その怪我と闘ってきたかを知っているから。

「これをご覧ください」

 佐々原が掌に載せたものを見て、メイセイオペラはそれが何かすぐに気づいた。

一見すれば砂に汚れ、ボロボロとなったただの布切れ。

だが……。

「これ、サポーターですね。足を痛めたウマ娘が使う……」

「ああ。彼女、トウケイニセイが使っていたものだ」

 左足を痛めながらも走り続けたトウケイニセイ。その影響は右足にも及び、引退レースでは両足共にサポーターを巻くまでとなった。

(このサポーターにはあのトウケイニセイの汗と涙が染みついている……)

そっとサポーターを手渡されたメイセイオペラは身が引き締まる思いがした。

「引退する時にお守りとしてもらってね。こいつがあればどんな困難にも打ち勝てる、おれも頑張ろうと思えるんだ」

「そんな貴重な物を……」

 感極まり言葉に詰まった孫娘の様子を見て、義正が口を挟んだ。

「これは大変貴重な物をお見せいただきありがとうございます。ですが、佐々原さん。うちの孫があのトウケイニセイに似ていると言うのなら、なおさら中央に挑戦させる方がよいのではないですか。ユキノビジンの無念を晴らすためにも」

「仰っていることは正論です」

 地方出身のウマ娘が中央に転籍し、中央のGⅠを制覇する。あのオグリの再来となる偉業を成し遂げればトレーナーとしても鼻が高い。

 だが。

「わたしが望んでいるのは中央を盛り上げることじゃない。地方を盛り上げることです」

 佐々原は最後の手札を出した。

 URAとNAUの年度別の年間収支。右肩上がりのURAと比べ、NAUはある時期を境にがくんとマイナスに転じている。

「オグリキャップは怪物でした。地方出身の彼女が中央で活躍する。そのシンデレラストーリーは大衆を惹きつけ、ブームを巻き起こして社会現象にまでなった。彼女のお蔭で中央も地方も潤いました。ですが、その後のウマ娘業界がどうなったかをご存知ですか? 中央を目指すウマ娘が増え、次から次へとスターが出る中央は右肩上がりの成長。一方地方はある時を境に右肩下がり。今や多くの地方トレセンがその経営に苦しんでいます。なぜだか分かりますか?」

 ぐっと佐々原はトウケイニセイのサポーターを握りしめた。

「夢がないからです」

いつも同じ面子が走り、たまに来れば中央からの地方回りの連中にいいようにされる。素質がある者は中央でスターになることを夢見、地方はその踏み台でしかない。自分達がいつも応援しているウマ娘が赤子の手をひねるように中央の連中に負ける。そんな所を誰が観たいと思うのか。

「佐々原さん……」

「確かにオグリキャップやユキノビジンのように中央に転籍し、華やかな舞台で活躍することも地方の夢の一つです。けれども、トウケイニセイがライブリマウントに敗れた時、わたしは地方のウマ娘ファンのもう一つの夢を見たのです」

皆、自分達の知っているウマ娘が中央に行く姿は観たい。だが、彼等は感覚として分かっている。大リーグへと挑戦したメジャーリーガーが最後は地元の球団に戻るような奇跡はウマ娘の世界ではあり得ない。中央への切符は片道切符で、活躍した者達が故郷に錦を飾ることはないのだと。ゆえに彼らはトウケイニセイの敗北する姿に落胆したのだ。自分達の故郷で中央の強敵を相手に地元のウマ娘が勝利する姿も観てみたかったと。

 じっと、義正は佐々原の話に耳を傾けていた。

 それはあの日本中を熱狂の渦に変えた怪物オグリキャップとは別な夢の形。

 地方に残り、中央からの刺客を迎え撃ち、中央へと遠征してそのレースに勝つ。

 いつでも会いに行ける自分達のヒーローが地元で活躍する姿とて、人々を元気づけることができるのではないか。

「地方でだって夢は叶う。その通りです。私は彼女にここで夢を叶えてほしい」

「大切な孫娘に砂まみれになれと仰るのですか」

 盛岡レース場には地方では珍しい芝のコースがあるが、あくまでもレースの中心はダートだ。芝に慣れたウマ娘は砂に汚れるのを極端に嫌う。

「砂だけではありません。泥にもまみれるでしょう。ですが、必ず取らせます。地方にいながら中央を倒したウマ娘という肩書を」

「それが可能だとお思いですか?」

 義正の射るような視線を佐々原は受け止めた後、横にいるメイセイオペラをじっと見つめると断言した。

「もちろん。だからこそ、彼女をスカウトに来ました」

「!」

「メイセイオペラ。改めて言わせてくれ。おれと一緒に地方の夢を叶えないか」

「わ、わたしでいいんですか?」

「ああ。君がいい」

「おじいちゃん……」

 どう答えていいか分からず、メイセイオペラは視線をさまよわせる。

「オペ。これはおじいちゃんが決めることじゃないよ。たしかにわたしは君の両親から進路の相談に乗って欲しいと言われたが、最終的に決めるのはオペ自身だ。大切な決断は他人任せにしちゃいけない。後悔がないように、自分で選びなさい」

「分かった……」

 そう言うと、そっとメイセイオペラは目を瞑った。

 少し時間が欲しい。そう思いながらも、自分自身でその考えを否定する。

(時間は十分あった。ここで答えを先延ばしにしても、きっと変わらない)

 クロイワクラブを中央のスカウトが訪れた時から彼女は悩み続けてきた。

 皆が中央に行くのが当然と言う中で。

(どうしてなんだろう)

 そう自分に問うてみて、メイセイオペラは頭の片隅にしまっていた古い記憶を思い出した。

 

 クロイワクラブの旅行で東京に行った時のこと。

 クラブの中でもお洒落で有名だった子が、バスガイドに話し掛けていたのを思い出した。

「ねえ、ガイドさん。わたし達って、訛ってないよね?」

 冗談めかして言っていたが、その表情は真剣で、まるで懇願するようだった。

(どうしてそこまで必死になるの? 別にいいじゃない、田舎者なんだし。馬鹿にする奴が悪いに決まっているのに)

 中央に行こうと訛りを直さず、ありのままで闘い続けていたユキノビジンは中央でも人気者だった。その彼女でさえ、方言丸出しのインタビューを面白おかしく揶揄され、TV番組の中で散々に弄られている姿にメイセイオペラは都会の排他主義を感じた。

 自分達と違うイントネーションの者は彼らにとっては異物でしかないのだ。

 笑われないようにするためには、彼等と同じようにするしかない。

(ああ。だからか。だからわたし、悩んでいたんだ)

 自分の訛りはきつくない。恐らくは彼らの中に普通に溶け込める。だが中央に行ったら、中央の目で地方を観るようになるのではないか。

現役で活躍するクロイワクラブのOGが来たときのこと。

スカウトの目に留まり、中央に行くことになった彼女は門別の町が大好きだった。

そんな彼女の口から出た言葉に、メイセイオペラは衝撃を隠せなかった。

「こんな田舎にいないで、早く中央に来なさい」

まるで自分は初めからここにはいたことなどないかのように言ってのけた彼女は、クロイワクラブにいた時とは異なり、洗練された美しさを身に付けていた。多くの同級生が彼女を褒めそやしていたが、メイセイオペラは内心別なことを感じた。

(その田舎で育ててもらったのに)

 故郷を愛するメイセイオペラにとっては彼女の変身は残念の一言に尽きた。

 中央に行くと、皆あんな風に人が変わってしまうのか。

 

(だったら、答えは一つしかないじゃない)

 こくりと頷くと、メイセイオペラはしっかりと佐々原を見返した。

「受けます。佐々原さんのスカウトを」

「な……」

 メイセイオペラの返答に佐々原は思わず声を洩らした。熱心に誘ってはいたが、まさかすんなり彼女が首を縦に振るとは思っていなかったのだ。むしろ義正の方が、うんうんと嬉しそうに頷き、孫娘の決断をさもあろうと微笑えんでいた。

「本当にいいのか」

「ええ。佐々原さんのお言葉、胸に響きました」

 もう一度トウケイニセイのサポーターに再び触れながら、メイセイオペラは朗らかに答えた。

「水沢トレセン学園でお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」

 

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