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阿良々木暦という人間が、どれだけ愚かで、自分勝手で、頭が悪くて、救いようがない存在であるかについては、皆さんはとうにご存じだろう。
語り尽くされている。
いい加減終わってもいいだろう、というぐらいに語られきっている。
だが、その、阿良々木暦のどうしよもなさについて、僕こと、阿良々木暦が気にしていないかというと、全然そんなことはない。きっと誰よりも気にしている。
世界中の誰よりも、阿良々木暦という人間を変わって欲しいと思っている。
変わってくれと、願っている。
もうちょっと、マシな生き方しろよ。
そんな内なる声を常日頃から抱えていることについては、もしかしたら過去の語りで、言外に、あるいは直接的に話しているかもしれない。
もしくは、その想いそのものが具現化した存在がいる――なんて事は、語るまでもないことである。
「相変わらず面白いこと言いますね、阿良々木先輩は。自戒してはい自己改変! なんて簡単に出来るようであれば、この世には愚かな人間というものは存在しなくなるでしょう。いいですねぇ。早くそんな時代が来て欲しいものです」
そりゃあ、そんな、スイッチオン! オフ! みたいな感じで人間は切り替わらないだろう。変わらないだろう。だが百歩譲れば、いや単行本を三十冊ぐらい時間をかければ、きっと――変われるかもしれない。僕だって、いつかは。
などと、まるで夏休みの宿題のように、じりじりと変化を、改新を、改心を、変革を、先に先にへと引き延ばしていた結果のようなものが、今の僕である。
三つ子の魂百まで――という言葉が呪わしい。
百一歳になったら変われるだろうか。
だが、変わらないと言っても、肉体的な意味では変化はしている。
変幻自在というぐらい、変わってしまっている。
身長が多少伸びた、とか、そういう話でもあるが。
高校生三年生の頃、あの鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼に出逢い、半人半吸血鬼になった。
今もそれは、完全な意味では治っていない。
人体が真っ二つになった事は、数えきれないぐらいある。縦にも、横にも。
一度死んで、復活したこともあった。
だが、まあ、それについては、肉体の変化については、別にどうでもいい。
伸びた爪ぐらい、切り離していい内容だ。
肉体という器よりも、中身の問題。
正直なところ。
警察官となり、風説課などという怪しげな部署に配属された後も。
FBIに所属し、国際的に飛び回って、様々な事件と相対するようになっても。
今も。
阿良々木暦という存在から、全然変わってない。
阿良々木暦から変わらない。
変えられない。
「ああそういえば前に『苗字を戦場ヶ原にしたい』って言っていましたね。でもそれって結局名前が、いや苗字か。いずれにしても、どちらを変えたとしても、名称が変わったとしても、阿良々木先輩自身は、結局何一つ変わらないんじゃないですか」
耳が痛い、完全に当たってる。
奇しくも、やんごとなき事件と遭遇して(ちなみにその件は僕は悪くない、詳しい事情が知りたい人は『戦物語』を参照して欲しい、好評発売中)。
『阿良々木暦』という名前を世間で名乗れなくなってしまった。けれども、僕は変わってない。
変えられない。
変えることが出来ない。
せいぜい、これもまた特異な理由で、髪型が金髪になった、のだが、それでも、見た目の変化だけである。
そういえば、前に、どうしても、どうしようもなく変わりたかった中学生時代。
『正しい人生の生き方』なんて胡散臭いタイトルの本に惹かれ、手に取って読んだことがあった。
曖昧な記憶ではあるが、確かこんな言葉が書かれていた。
人の為になることをしましょう。そうしたら自分にも返ってくるかもしれません。
そんなアドバイスが、書いてあった。
愚かにも、そんな言葉に真を受けた中学生時代の僕は、勝手に、本当に身勝手に、人の為になると思い込んで、色々なことをやった。
それはそれは、色んなことを。
恐ろしい想像だが、もし、あの頃の僕と、忍野メメが相対していたら、とんでもないことになっていたと思う。
オイ、クソガキ。いい加減にしろ。
そう詰られて、ぶん殴られていたかもしれない。
え? 忍野はそういうことしない?
いや、あの忍野メメすら豹変しかねないほど、あの頃の僕は、今よりも、ずっとずっと、どうしようもなかった。
救うまでも無く、足を掬っていた。
手が付けられない程に、救いようがなかった。
そう思い返すと、中学生時代の阿良々木暦と、今の阿良々木暦は違うと言えるかもしれない。
変化ではなく、差異。
あの頃から、今に至るまでに、様々なことを学んだ。
身の丈に合わない、限度があることを知った。
人は勝手に助かるだけ、そう教わった。
けれども、それで僕が変わったかというと、そんなことはない。
そうではない。
どうしようもない。
結局のところ、相変わらず阿良々木暦は、阿良々木暦でしかない。
論じるまでも無く、定まった答えであり、結論。
『阿良々木暦=阿良々木暦』。
変えようのないロジック。
それ故に、今回この
阿良々木暦は、阿良々木暦でしかない。
人の為にしたことは、自身に返ってくる。
それだけのお話だ。
語るまでもなく、オチた話だ。
それでは、本編に入ろう。
散々言い訳染みた言い訳にして、益体の無い愚痴のような前振りを、語り尽くしてしまったが。
途中で逸れたり無駄な語りを入れるだろうが。
それでも最後を結ぶ言葉はもう既に決めている。
ごめんなさい。