正物語   作:九兆

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こよみエクスターナル 其ノ貮

001

 

「なあなあ、兄ちゃん。すっげぇ困った事があるんだ。助けてくれないかな」

 ひたぎと、ああ、もう『ひたぎ』と呼んじゃいけないのか。

 妻と(まさかこの僕がそんな言葉を使うなんて思ってもいなかった)。

 新婚旅行をした後、ちょっとした世界大恐慌に揉まれてしまい、証人保護プログラムとやら何やらで、自身の名前に関わるモノ全てを抹消しないといけないという非人道的にして人道溢れる対応に追われて実家に戻った際、妹の火憐から相談を持ち掛けられた。

 というか、妹にそんな素直に頼られるだなんて、もしかしたら産まれて初めてかもしれない。阿良々木家史上初かもしれない。

 まあ、妹はといっても、今の僕はそのプログラムの関係上、書類上では血縁すら抹消されているのだが。

 あれ? ひょっとして今なら火憐と結婚すら可能――。

「兄ちゃん、流石に新婚旅行帰りでいきなり浮気宣言は、あたしも引くよ」

 冗談だよ(半分くらい)。

 で、困った事があって、助けて欲しい?

 というか、それを解決するのがお前じゃないのか? 阿良々木火憐警部殿。

「あー…。まあ、そうなんだけどさぁ」

 バツが悪いというような表情を浮かべていた。

「なんっつーか。()()()()()()()()()()みたいなマジで厄介な問題が街に起きているというか……」

 それを聞いて、真っ先に僕は怪異絡みではないか、と疑った。

 いやでも、もしそうであれば風説課の人たちが、今は懐かしき元職場の人間が対応するはずだ。

 というよりも、火憐がそういう怪異譚に直接関わるというのは、正直、前例にない。精々あの終息不明の詐欺師に関わった時だけだ。

「とても、()()()()がいるんだ」

 なんだ、そういう話か。結婚式には呼んでくれ。海外からだろうが飛んできてやるよ。新郎と戦うから。

「ちっがーう!!」

 まるで往年の暴力ヒロインのように強いツッコミが入った。

 こういうやりとりすら、懐かしさを覚える。

「街中で、やたらと人助けをやる奴がいるんだ。んで、困ってるんだよ」

 ……人助けをする良いヤツがいる? だったら別に良いじゃないか。

 良いことだ。

「その"人助け"が、こう、困った感じなんだよ。乱暴というか。粗暴というか」

 中学生の頃、まるで暴力の化身かのように人助けをしていた火憐が言うのだから、そりゃあ"暴"なんだろう。

 で、具体的にはどんなことやってんだ?

「まず、虐めっ子と、虐められっ子がいたとするだろ」

 うん。

「で、ソイツは、何イジメなんてくだらねえことやってんだ! と言って」

 ナイーヴな問題に堂々と入り込めるタイプの奴か。

「虐めっ子と、虐められっ子を両方虐めてた」

 なんでだよ。

 つうか虐めっ子が二人に増えただけじゃねえか。今すぐ止めろ。

「いやいやいや、違うよ兄ちゃん。虐めっ子と虐められっ子がソイツに虐められているから、虐めっ子が虐められっ子にチェンジして、つまり虐めっ子が一人に虐められっ子が二人になった訳だよ」

 被害者が増えてるじゃねえか。それを解決すればいいのか?

「でさ、その虐められっ子を虐めてた虐めっ子が、ソイツに虐められてからどうも虐められっ子と意気投合するようになって、事が収まった後、その二人は親友になっちゃった、ってオチ」

 虐めという概念がゲシュタルト崩壊していた。

 それは随分、いや、ご多分に漏れず聞かない程、乱暴な話だ。

 もしかしてソイツ。

「うん、"自身が虐めっ子になること"で"虐めを無くした"んだよね」

 とんでもない奴だ。

 結果だけ見れば、そりゃ丸く収まったと言えるかもしれない。

 だが、そんなのは暴力でいう事を聞かせているに過ぎない。圧政どころか暴政だ。

 叱っとけよ。二度とすんなって。

「いや言ったさ! というかあたしが捕まえた! で、なんて言ったと思う?」

 なんだよ。俺は悪くない、とかか?

「『目障りだから二人とも虐めただけだ、処罰したいなら好きにしろ』って」

 なんとも評価しがたい。

 自ら正当化するのであれば、そりゃ正しい方向に導けるだろう。

 だが、悪しき事だと理解した上でやっているとしたら、そりゃ重傷だ。

 叩きなおしたって、直るか分からない。

「喧嘩している人に割り込んで喧嘩するなんてしょっちゅうだし、近所で騒音迷惑をしている住民を襲撃して収めたり、あと子供が轢かれそうな所を車をぶっ壊して助けたり、なんかそういうことばっかりする子でさ……」

 子、というとソイツ、子供なのか?

「うん、バリバリの高校生」

 バリバリなんて久々に聞いたが、確かにそんな感じしか思えないぐらいバリっている。

 悪い事をするだけなら、無理やり牢屋にでも閉じ込めておくなり、逮捕すればいいが、よりにもよって子供という。

 いやまあ今は成人年齢は引き下げられているが、そうとはいえ、おいそれ捕まえるというのも難しいだろう。

 何より。

「なんっつーか。確かに乱暴なんだけどさ、ソイツのおかげで助かっている人がいることは確かだし。むしろ擁護する人もいるし。本当にどうしたらいいか分からないんだよ」

 問題は全て正解なのに名前欄だけ間違っている答案を見たかのような表情で火憐は評した。

 まるで、昔のお前みたいな奴だな。正義ごっこをやってた頃の。

「ごっこじゃないよお兄ちゃん」

 そして火憐は続けて。

「ソイツは、本気で、自身を正義だと思ってない。見返りも周りも気にしてない」

 そして、恐らく、自身の事すら勘定していないのであろう。

「だからさ、お兄ちゃん。一度でいいから、ソイツと会ったらなんか話して欲しいんだよ。先輩として」

 なんかって、なんだよ。

 いや、どちらかというと関わりたくないぐらいの存在なんだが。

 そもそもなんで僕が、ソイツの面倒を見ないといけないんだよ。

「だってソイツ、こう名乗ってるんだよ」

 まるで火憐は、しょうがないような奴の面倒を見るかのような。

 悪意すらも飲み込んで、仕方がないなぁ、と慈しむような。

 そんな表情を浮かべて、言った。

 

「俺は『阿良々木暦の生まれ変わり』だ。って名乗ってんだよ、ソイツ」

 

 おい、僕は生きてるぞ。

 何度も死んではいるが。

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