002
妹からの依頼はとりあえず、さておくことにした。それよりも、だ。
僕が生まれ育った場所、直江津町について話そう。
アニメ化によって小説という文字列の情景から、具体的に写実的に様々な情景をアニメーションで映された結果、直江津町のことをまるで近代都市のように勘違いしてしまっている読者が多数おられるかもしれないが、実際はごく普通の田舎町である。
なんなら、直江津町という名前が判明したのがコミカライズした際の単行本おまけの地図というオチもあり、原作では全然出ない。正式に直江津町という表記なのかすら怪しい。原作者がちゃんと考えていたのかぶっちゃけ分からない。
ともかく。
直江津町は、大都会の東京とは大違いの、いわゆるベットタウンであり山あり工場ありと目玉となるような観光地はこの地に存在しない。
地元民としては、あの新規一掃した北白蛇神社を名所として誇りたいところではあるが、他の街の人たちを訴求する力はないだろう。
なので僕は、海外から数年ぶりに戻る故郷に対し、およそ期待と呼べる気持ちは抱いていなかった。むしろ不安だった。よく通っていた店が変わっていたり、商店街が軒並み閉店しているならまだしも、下手したらゴーストタウンになっていたとしてもおかしくない。そんな風に考えていた。
それほどまでに田舎というのは、新陳代謝が悪い。変化に乏しいのではなく、劣化。
そんな身勝手な暗澹たる気持ちを抱えつつ、お忍びで再度、故郷へと舞い戻った僕を出迎えたのは――
――ドデカいショッピングモールだった。
『ナオエツ・ウィングストリート』
駅と一体化したショッピングモールであり、かつてあった商店街どころか駅すらも呑み込んで、まるで産まれたての都市かのように大きく真新しい施設がそこにあった。
学生や会社員、子供連れや観光客など、様々な人々が笑顔で歩いており、もはや町ではなく、街と言えるほどの賑わいだ。
いやいやいや、うちの田舎町にどんな予算があってこんな施設が出来上がるんだよ! 宝くじでも当たったのか!? と入ったと同時にツッコミを入れたが、そのモールの中心にある『英知と平和の願い像』という名前の、羽が生えた少女の像、銅像じゃない、金の像の前に書かれた文面を読み理解した。
――このナオエツ・ウィングストリートは、とある匿名の方による寄付と支援により建設されました。
ああ、なるほど。
今や変化どころか名すらも消失した少女は、故郷に恩を返したらしい。何も故郷に錦を飾らずに海外へと飛んだ僕とは大違いすぎて困る。だからといって同じように金を出せと言われても……いや金は多少はあるか。
ということで、精々僕に出来る最低限の貢献として、自身の経歴と名前を抹消するという不毛どころか不問な仕事帰りに、地元へと金を落とすことにした。
様変わりした故郷のショッピングを見て、いやでも海外の方がどでかいカートとかあったし意外と割と普通かもしれないな、などと我ながら生意気な感想を抱いている僕とは裏腹に、忍は忍で別の感想を持っているらしい。
「しっかしこの町は変わらんのう。まあオールドファッションが変わったらむしろ困るのだが」
ドーナツ屋(以前に通っていた店舗は閉店した)で休憩していると、忍はドーナツを食べながら独り言ちた。
そうか? 全然違うだろ。こんなに騒がしくも、栄えてもいなかっただろ。
「うーん、前々回来たときは森と更地と池だったからのう。それに比べたら二回目と三回目は似たようなものじゃ」
そりゃそうに決まっている。100年もの期間を空けた凱旋と、たった数年の里帰りが同じものであってたまるか。
とは思ったものの、今やスマホなどという電子の石板みたいなものを持って練り歩くのが普通となっている日本の世の中となり、変化していると言えば変化していると言えるし、まだ完全にシンギュラリティに到達していないとも言える。遅々たる変化は、ぼくにとって変化に見えないのかもしれない。
果たして生きている間に車が空中を飛んでいる街並みや人工ロボットがそこら中に歩いているような、旧世代に考えられた近未来は来るのだろうか。
『お待たせしましたニャン、ご注文の料理を持ってきましたニャン』
「おー来た来た! さんくー!」
猫型給仕ロボットが追加で頼んだドーナツを持ってきた。ごめん、普通にロボットがいたわ。ファミレスとかでも普通の光景となりすぎて意識から抜けていた。凄えよな現代。ひょっとするとドラえもんも夢でも無くなるのかもしれない。あと五十年後ぐらいに。
忍が料理をひょいと受け取り、完了ボタンを押す。猫型給仕ロボットはニャンニャン言いながら戻っていき、忍は受け取ったドーナツをホクホクと食べていた。
──ロボの扱いすら手慣れてしまった元吸血鬼が存在する世界。和洋折衷ならぬ怪科折衷。
「そういえばお前さん、新しい名前はどうするんじゃ」
出し抜けに、今の僕の名称不徳を指摘してきた。おい、周りに聞こえたらまずいだろ。と、思ったが他の客たちは普通に歓談していた。あちらから見れば、もしかしたら単に仲の良い親子が食事しているだけに見えるかもしれない。自意識過剰。
新たな名前、偽名というべきか、新名と呼ぶべきか、とにかく僕は新しい名を考えないといけないことに困り果てている。
いや、ぼく達、か。
そういえばしの…‥、お前の名前も変えなければいけないけれども。どうする? お前は何て名前にしたい?
「儂はローラでいいんじゃないのか?」
変化どころか遡及した。アセロラ姫。旧名・ローラ。
いやいやそれは――と思ったが、でも確かにこの金髪妖女、某国産まれで亡国の姫、確かに『ローラ』と名乗ってもおかしくない。多分、僕の細君も気に入るはずだ。その案決定。一つ目は解決だ。
それじゃあ次。僕の名前はどうしたらいい。
「そうじゃな」
と忍は腕を組みながら考えた。
「歴史郎」
……全然変わってない、わけでもないが、なんか嫌だ。こう……センスがひと昔前どころか生死郎時代なネーミングじゃねえか。というか生死郎と歴史郎でシロウ被り。あちらも嫌だろう。却下だ。
「こういうのは向いておらん。というか何かに名前を付けたことなど一度もないからのう」
カカカっとローラは笑った。笑い方にローラらしさがない。お前こそ名前を考慮し直すべきなんじゃないか。もう一度考えようか?
「考えても無駄じゃ。大奥様はお前さんの案を却下してたじゃろう」
そうだよ。僕は細君に悉く、この名前でいいんじゃないか? という提言を却下されていた。主従共々ノーセンスノーネーミング。その為、なんとかこの帰郷の間に納得してもらえる名前の候補を手に入れなければならない。
「ちなみに大奥様はなんと名乗るつもりじゃ?」
「ヴァルキリア」
「…………ええんやないの」
何故か片言で返事をした。かつて彼女はヴァルハラコンビと言われてたが、まさかそのヴァルキリアを名に冠するとは、ぼくも思ってはいなかった。そんなに気に入っていたのかあの呼び名。
ローラとヴァルキリア。字面だけ見れば違和感はない。
「ラテン語と古ノルド語は大違いじゃろ。まあ、些細なことか」
と、ローラは言って話を終わらせた。名前に関しては無頓着なだけある。
現在の僕の家族の新しい名前。
ヴァルキリア、ローラ、そして歴史郎(仮)。
……このままだとマズイ。
僕は何とかもっと良い名前を求めて、神参りに行くことにした。今も残っているはずの、北白蛇神社に。
――その道中、思わぬ形で"彼"に出会った。