早川が、泣いたらしい。
その話を聞いた時、中村はどう反応して良いのかわからなかった。
「正気ですか。冗談ですよね」
「だったら良かったのになぁ」
森山が、力なく笑う。
早川という男は、一言で表すなら熱い男だ。嬉しいことがあれば笑い、哀しいことには耐え、怒りは率直に伝え、辛いことには努力で返す。それが判るくらいには、中村は早川と共にいたし、早川を見ていた。
「そうか。お前も知らなかったか……」
「というか、何故俺に聞くのですか」
森山は、海常高校バスケットボール部の中でも、もっとも人付き合いが巧い。小堀は人当たりが良すぎて本音を引き出したり厄介事を仲介したりまではいかないし、笠松は生真面目すぎて一部の人種には反感を買う。一年の黄瀬は論外だ。確かに人当たりが良いが、あれはキセキだのモデルだの、妬みを買う要素を持ち過ぎている。更に本人もそれを気にしない。そんな経緯から、消去法で森山は、海常高校バスケットボール部でも対人関係のあれこれを処理する役回りになることが多かった。
だからって、何で俺に。
「だって、お前、一年の頃から早川と良く話してただろ」
「偶然です。実力が拮抗していてポジションが違うんですから、良くある話でしょう」
「うん。だから、何か聞いてないかと思って」
「心当たりはありません」
断固として言うと、森山は困ったように笑った。
違う。困っているのだ、この人は。
だが、早川だって、出すものがないのだから、どうも出来ない。
「すみません、他を当たってください」
「当たった結果が『早川に聞け』だったんだよ」
曰く。早川が尊敬して已まない笠松に聞いたところ、「知らねーよ、中村じゃあるまいし」
曰く。レギュラー同士、あるいは笠松の後輩同士仲が良い黄瀬に尋ねた所、「力になれなくて申し訳ないッスけど、中村先輩に聞いた方が」
曰く。部の良心、皆のお母さん、困ったときの小堀さんに泣きついても、「だったら仕方ないな、中村に訊こうか」
「ふざけないでください」
「ふざけてねーよ」
「ところで、早川はなんて言ってたんです?」
中村が訊くと、森山は「何言ってるんだコイツ」という顔をした。
「早川が泣くほど辛いことなんだろ?早川にわざわざ聞いて掘り返すことじゃねーだろ」
「バカですかアンタ」
***
結局、「だったらお前が聞き出せよ」と森山に乗せられ、中村が聞き出すことになった。部活の自主練を各々こなし、笠松が鍵を取りに行く。シュート練習に使ったボールを篭に戻して倉庫に向かうと、同様に篭を引く早川と会った。
「あ」
「あ! なかむ(ら)!」
喜色を浮かべ話しかけてくる早川を、ちょうどいい、と倉庫の中に引きとめる。
「なぁ、早川」
「なんだ?」
にこにこと、笑う。今日は何か良いことでもあったのだろうか。上機嫌だ。中村の気も知らずに。
「この間、泣いたって、本当か?」
ぱっと顔色が変わる。中村の耳に入るとは思っていなかったらしい。
「え、っと、確かにそうかもしえないけど、なかむ(ら)の気にすうことじゃ――」
「俺が気になる」
「で(も)本当に、個人的なことで」
早川らしくない物言いに、なぜかイラッとした。
「個人的なことで、森山先輩がわざわざ俺に理由を探りに来るかよ」
「だ、って……」
「だっても何もない。そんなに俺に言えないのか」
中村の激しい言い方に、早川がうなだれる。
「だって俺、なかむ(ら)に幻滅されたくない」
一瞬、虚を突かれた。
「幻滅、って……」
「なかむ(ら)、絶対呆れる。だから」
「しない」
中村は断言した。
「俺が、早川に幻滅なんて、絶対しない」
そう、相手は早川だ。
合宿で散々共にしごかれたのは誰だと思っている。
インターハイで、ウィンターカップで、一緒に笑って泣いた。
情けない所なんて、数年間分山ほど見ている。
そう告げると、早川は顔をあげて、大きな目で中村を見た。
そして、笑った。
「あ(り)がとう」
早川を泣くほど落ち込ませた原因は微々たるもので。
中村は呆れはしたものの、早川らしいと笑ってしまった。
海常二年ちゃんまじかわいい