『早川、頼みたいことがある』
早川は走っていた。一日で山を一つ越えた。二日で山を三つ超えた。
早川は獣人だ。その気質に違わぬ、猪の遺伝子を持つ。
『お前にしか頼めないことだ』
海常の王が言った。
『俺がふがいないせいで、済まない』
唯一無二の海常の王が。笠松が。
とても広い謁見の間には王と自分しかおらず。実は扉の影で森山や小堀が心配そうに窺ってはいたけれど。
『お前をこれから任務に出す』
淡々と、告げる声。
『友に声かけることは叶わない。親に会うことも許さない。上司に断る必要もない。部下を頼ることも出来ない』
冷淡な言葉とは似合わぬ、どこか申し訳なさそうな表情。
『だが、その友を、親を、上司を、部下を守るための任務だ』
早川の四肢は土埃にまみれ、その体にはどこでこさえたのか、無数の擦り傷が出来ている。
背中に負う荷は最低限の食物と水分で、それすら必要ないと判断すれば捨てて走った。
休息を取るのは陽が落ちてから。ただでさえ短い冬の昼は、全てを駆けることに使う。
地図は何度も読み返し擦り切れたが、辿るべき道筋ははっきりと脳裏に焼き付いた。
『王印を』
海常の国は、一度滅びた。
先王は跡継ぎを決めることなく亡くなった。
国は王族の食い物となった。
跡目争いの決着は、国の荒廃を憂いた末子がつけた。
笠松、海常の王。
今となってはそれを疑う国民はいないが、非国民となるとそうではない。
王印は、海常の先王の長子が持っていた。
争いの中、当の本人は亡くなった。今はその乳兄弟が持っているという。
『王印を、一刻も早く』
情報が、漏れた可能性があるのだと、そう言った。
先王の二男が未だ王位を諦めず、追い落とす機会を狙っているらしいとも。
『そして、彼を保護してくれ』
笠松の兄の乳兄弟、その弟にあたる、中村真也を。
***
教えられた街には、巨大な街門があった。
山野に潜む害獣から守るためのものだ。
街門の近くで、早川は身なりを人のものに戻した。
少ない荷物の中から衣服を取り出す。僅かな飲料水で手巾を湿らせ、手足をぬぐう。
足を冬の皮靴に押し込み、急に寒く感じられた体を標準的な旅人の外套に押し込める。
身分を証明する符牒があるのを確かめると、門へと向かった。
門番は暫く前から早川の様子を伺っていたらしく、彼の符牒の官印を確認して、ほっと息をついた。
早川も下っ端時代には門番のところへ遊びに行ったことがあるから判る。獣人の違法者ほど厄介なものはないのだ。
「今回はどうしてまたこの街に?」
「人に会いに」
同情と労りを込めた問いかけに、端的に答える。
「早く、会いたいんだ」
わざわざ言葉にせずとも感じ取れる早川の様子に、門番は苦笑した。
「どうぞ、お進みください」
言われ、先行く道を示されると、早川は礼もそこそこに、駆け出した。
その背を見ながら、門番は、あの先にいるのはどんな愛しい人なのだろうと首を傾げた。
***
中村。中村。中村。
王位争いの際、姉を庇って得た障害のため、早川の声帯は不自由になった。
もう、彼の名前を正確には発声できない。
けれど、声は変わらないはずだ。
なかむら。
会ったのはずっと昔。別れてからもう五年は経つ。
けれど早川は忘れない。中村の姿を、声を、表情を。
笠松に示された中村の筆跡に、感動して涙が出た。
もう会えないと知りたくなくて、行方を探すことすらしなかったけど。
なかむら。
生きていてくれて、ありがとう。
はやく、あいたい。
元は十二国記パロ読んでヒャッハァした結果です。色々考えて普通のファンタジーにしました。
実は早川が三番目くらいの笠松の姉の親友の弟で、中村とは幼馴染だったとか、
それを知ったうえで笠松は早川を指名したとか、
中村は立場上応援できなかったけど昔から笠松贔屓だったとか、
実は王位争いに決着がつくまで王印をずっと保護してたとか、
そんな妄想をしていました。
森山は笠松の幼馴染兼第一の従者、乳兄弟くらい?
小堀はお城の侍従長の息子。
……黄瀬の、というかキセキの設定全く考えてないんですが、どうしましょう。
王印=キセキの卵、とかで、その国の王が即位したら王印が孵化するとかだったら私得なんですが……。
ファンタジーを適当に考えるって楽しいですね。日常描写もこれくらい筆がすすんでくれれば……