「すみません。麦と葉野菜を下さい」
「はいよ。毎日ご苦労さん」
数か月来の馴染みの、八百屋の女将が笑う。
「ちょっと色を付けてあげよう。ほら、無花果だ。二つでいいかい?」
「ありがとうございます、助かります」
先の王位争いで砂糖菓子等の嗜好品は高騰したままだ。ちょっとした果物が、今口にできる最高の甘味となる。
「それにしても、その子は相変わらず眠ったままだね。ちょっとでいいから顔を見せてほしいものだけど」
「手のかからない、良い子でしょう」
苦笑し、眼鏡を上げる。
抱いた子供を抱え直した。
子供の頭には柔らかな帽子が被せられ、それが金色の髪をひた隠す。
***
中村はかつて、王族に士官していた。
というと仰々しく思えるが、母が先王の長子の乳母だっただけだ。
兄は王子と乳兄弟にあたるが、中村自身はそれほど重要な役目を持たなかった。
数多くいる遊び相手の一人、それが中村だった。
***
帰宅し、ことことと湯を沸かす。いつ子供が目覚めても良い様に、無花果は皿に出しておく。
湧いた湯に麦を入れて、柔らかくなるまで煮る。十分食べられる程度になったら、塩を適当に入れ、切った葉野菜を放り込む。
焦げ付かないように様子を見ながらかき混ぜると、良い匂いに子供が薄目を開ける。
「起きたか」
子供の身なりは五、六歳ほど。一人で起き上がると、そのまま食卓に着く。
「本当に最低限のことしかしないんだな、お前は」
中村が一人呟くが、反応はない。
「申し訳ないが、今日の夕ご飯はこれだ」
二人分を皿に盛り、匙と共に出す。
中村が今日の糧を得られたことを、神と王印と海常の王に感謝する。
その間に子供は匙を操り、粥を口に運ぶ。
中村の祈りに子供の髪がほんの少し、シャラ、と光ったような気がするのは、おそらく間違いではない。
子供の食事は至極ゆっくりとしたもので、祈りを終えた中村が食べ終わっても子供は未だ匙を操っている。
粥を食べ、無花果を中村の分まで口にし、腹を満たした子供は寝台へ向かって足を運ぶ。
食卓に着いたままそれを見届けた中村は、自分と子供の皿を手に洗い物をすませると、子供の衣服を整え、自分の仕事に移る。
王宮で身に着けた読み書きが、これほど役立つとは思わなかった。
中村の現在の賃仕事は、書き物が苦手な人間の代わりに手紙や書類を書くことだ。
自分はこのまま王宮勤めになるのだと思っていたため、昔から様々な書式に触れている。
王位争いで人口が減り、また家族も散り散りになっているため、人探しの書状が最も多い。
夕刻になると酒場まで赴き、依頼人に渡す。その対価に金銭を得て、二人の暮らしは成り立っている。
***
今日も今日とて酒場から戻る。
手にするは数枚の依頼書だ。勿論文字が不得意な人が依頼するのだ、依頼書と言っても中村個人の覚書と言っても差し支えない。
懐に多少の金銭を隠し、子供が眠る場所に帰ろうとした時。
傍らの暗所から、数人の男が行く手を遮った。
行き過ぎるのかと思いきや、彼らは中村に向かって言葉をかける。
「文書士のシンヤ=ナカムラか」
不穏な気配に、依頼書を折りたたむ。
「……依頼なら親父さんの酒場で聞きましょう」
「チガう」
僅かに、地方の訛りを感じた。
「家具も服も間に合ってます、食物は懇意の店から仕入れているのでお引き取り下さい」
「チガう」「んなわけねーだろ、モノ売りたいわけじゃねーんだオレらぁ」
「でしたら他を――」
ひゅ、と中村の頬を、刃がすり抜けた。
「俺らぁ、お前んとこのガキを探してンだ」
中村は、目を丸くした。
「なぁ、『オウイン』、ってガキをくれよ」
中村は弱い。
元が王の傍付きになる予定だったのだ。
近衛に言われて護身の術は身に着けたが、それだって六四を五五にする程度のものだ。
男たちの言葉に一歩後ずさり、そのまま塒とは正反対の方向へ走り出した。
行った先にあるのは職場、すなわち酒場だ。
「親父さんっ」
「おぅ? 中村か。こんな時間にどうした」
「少し通らせてください!ごめんなさいっ」
戸締りしかけた店を表から裏口へ通り抜け、さらにそのまま繁華街へ向かう。
人通りが多い街で物騒な輩はいない。
そのまま普段は縁がない商品を覗く。
手にした本日の儲けから、夜の街に溶け込む外套に買い替える。
繁華街からひと気が無くなると、さらに夜が遅い色街へ。
いざとなれば、長靴の中に隠した足環も質に。
***
海常の王族の子供達の間で、「兵士と盗人」という遊戯が流行したことがある。
子供が兵士と盗人の二手に別れ、兵士が盗人の在り処を探るのだ。
王の子と近しいと、必ず兵士側になった。
王子の不興を買うと、盗人側になった。
そして、盗人側は王子の歓心を買うために、必ず見つかる場所に隠れなければならなかった。
「お兄さん、一晩どう?」
「他の店より良い娘がいるよ」
「若いコとゆっくりしたいならウチがいい」
様々な呼び声に応え、中村はそっと、店を値踏みする。
王宮にいた分、中村の目は肥えている。
虚飾に彩られた街の中、一際派手に悪趣味に飾り立てた店がある。
近くの店員に声をかけ、一晩休んだ時の値段を交渉する。
派手に悪趣味に飾られていることは、それだけの隆盛を誇っている。
更に言うなら、王位争いの招いた混乱は、未だ収まっていない。
幸い、足環を質に入れる必要はなさそうだ。
店員が提示した、もっとも安価な一室に、それで良いと頷いて、中村は部屋へ導かれた。
見つかる場所は、狭い所。
低い所、何かの隙間、ひとけのない場所、明るい所。
見つかりにくい場所は、広い所。
高い所、何かの死角、ひとけのある場所、暗い所。
そして何より、女のひとの、いるところ。
呼ばれた女性に、自分は旅人で、夜遅くに着いて宿が取れなかったのだと釈明し、黙って休ませてもらう。
早朝には発つことも知らせてあるから問題ない。
長靴は履いたまま、中村は粗末な寝台に身を休ませた。
***
複数人の女性が行き交う。
囁くような衣擦れの音に、小鳥の羽ばたきのような話し声が響く。
王女の居室は、王子のそれとはまったく違う。
『まぁ、真也くん。また遊びに来たの?』
ころころと笑う声は、幼馴染の姉だ。
『あにうえが、でんかといっしょなのです』
『さあさあ中にお入りなさい。充洋も喜ぶわ』
ころころと笑う声に、中村は中に入る。そして、陽光のもと、美しい女性たちに可愛がられた純朴な少年と出会うのだ。
***
朝になった。
中村は身を起した。
女性の姿はない。長靴が脱がされたりものを盗られた気配もない。
店の入り口に座る男を起こし、既定料金を支払う。
重い瞼をこすりながら、受付番は毎度、と呟き、再び毛布にくるまった。
中村は振り返ることなく、足を動かす。
粗末な寝台に長靴を履いたまま眠ったため、疲れは残っている。
昨夜の男たちが、中村を諦めたとは思えない。
しかし、今は子供の無事を確認したかった。
***
王位争いで、一度海常は滅びた。
そう噂されるほどひどい状態になったのには、理由がある。
一つは、最も有望視された一の王子が、開戦間もなく斃れたということ。
加えて、国を前例がないほどの飢饉が見舞ったということ。
更には、それを受けた民衆が暴動を興し。
またある一部の街は害獣の巣となった。
この場所のはるか遠く王都では、新王が起ったという。
末の王子が、兄たちの殺し合いを見て、決起したのだと。
そんな時、子供が目覚めた。
一の王子が城から持ち出した、中村の兄が守り抜き死んだ、不思議な伝承の絶えない王印から。
***
子供はすやすやと眠っていた。普段の朝と変わりない。
中村はほっと息をつき、朝食の支度をした。
朝食が出来る頃合いに、子供が再び目を覚ます。
着替えて席に着かせると、中村は子供に祈りをささげ、子供は知らぬ顔で匙を握る。
腹が満ちると子供は眠る。中村は子供に帽子を被せ、夜の出費で減った蓄えを持ち出す。
懐には少し。靴の中に大目に。子供の懐に多少。外套の小袋にも少額。
数か月の塒をぐるりを見渡し、鞄一つに旅装を詰める。
護身の剣は腰に挿し、受けた依頼の仕事を終える。
中村は子供を抱えると、普段通りを取り繕って表に出た。
仕事場である酒場に立ち寄り、受けた依頼を言づける。
そのまま街門近くに行くと、男たちが姿を現す。
「よぉ、昨日ぶりだな」
中村は眼鏡の奥の目を、少し伏せた。
「そのガキがオウインか? なあ、雇い主がお呼びだぜ」
「すみません。この子は大切な人なんです」
言いながら、周囲を伺う。
街門に近づくほど、害獣の被害を受けやすい。
街門脇の路地など、スラム街に近い。
皆が皆その日暮らしの世界で、中村を気にする者はいない。
子供は腕の中で眠る。中村は、剣の鍔に手を添えた。
その時――
素早く、乱入者が入り込んだ。
男たちと中村の間に、一頭の猪がいる。
呆けた男たちより先に我に返った中村は、彼の名をひとつ、呟いた。
「はや、か、わ……?」
前のページのを続けるつもりはありませんでした!ごめんなさい!
取りあえず金髪の子供=王印=黄瀬です。
王印は王が王たることで成長します。
つまり黄瀬は笠松さんと対面してからようやくまともに起きて活動できるようになります。
この後早川君は男たちを叩きのめして中村くん黄瀬くん連れて王都まで行きます。
早川君中村君+眠りっぱなしだけどショタ黄瀬君ってすっごく家族っぽくて萌えるの私だけですか。
この世界は同性愛OKにして関所とか通る時に
「身分証明書?家族だから一つで十分ですよね?」とか言って飄々と入ってしまえばいい!
平然とそんなこと言うけど実はちょっと顔が赤い中村君と、それを聞いてまっかっかになって動けなくなった早川君ってすっごく可愛いと思います。
王印を差し出すときに笠松さんと謁見する中村君。
「その子供も一緒か?つーか、その子、お前の子か?」とどこか渋い顔の森山さんに、
「この子も連れて行った方がいいと思います。俺が育てた、という意味では俺の子です」
と断言しちゃう中村君下さい。
その発言を受けて「なかむ(ら)の子供だったのか…」と変に曲解しちゃって落ち込む早川君下さい。
落ち込むけど、なんで落ち込むのかわからない無自覚な早川君下さい。
落ち込む早川君見て、ひそかに早川君の初恋を応援している小森が影から応援していればいい。
黄瀬君はひと月ほどで十五、六歳くらいの見た目になると思います。
ただ、中村が「王印だから」って上げ膳下げ膳してたことと、生まれて間もないことから、世間知らず&無邪気に暴君。笠松さんからシバかれればいい。
産まれたばっかの時に中村君や早川君と旅したんだよ、黄瀬は俺が育てたんだぞ、昔の小さい黄瀬は本当にかわいかったのになぁ、なんていつか先輩方から言われて「もう子供じゃないッスー!」と叫びながら笠松先輩に猛アタックするきーちゃんぎゃんかわ。
中村君の足環は、書けなかったけど昔早川君からもらったものです。
早川君はお姉さんや王女様に可愛がられていて、お姫様たちが宝石箱を広げていたら、たまたま遊びに来た中村君に
「これ、中村に似合いそう!」
と足環を見せたら、お姫さま方が「確かにそうだわ!」「見る目があるわね」「真也くん、せっかくだからこれあげるわ。私には似合わないし」って感じで意気投合して中村君のものになったとかだと私得。
王位争いのどさくさまぎれにしっかり持ち出してきっちり持ち歩いてたのは、「いざという時にお金になるから」という名目で実は「持っていきたかったから」だと激しく萌える。
森山さんは笠松さんと小さいころから仲良しで、先王時代に女の子大好き!な森山さんが笠松先輩を下町の娼館に遊びに連れていったら色々あって笠松さんが女の人苦手になったみたいな話ありませんか。
笠松さんのせいで男友達を娼館に誘うのを辞めた森山さんが、なんかつまんないなー女の子の話出来る友達欲しいなーって思ってたらそういうの全く関係なさそうな小堀さんに興味湧いてくるみたいな話ありませんか。
***
2023/11/26メモ 続きはありません。