すばらしきせかい【黒バス宝石パロ】 作:mizuhara_0-0
実家が店というのは、なかなかどうして忙しい。長期休暇は当然のように働き手として数えられるし、家族旅行というのも家業のついで、親の仕事に同行するだけということもある。それすら数えるほどで、休み明けのお土産交換などでは一方的に気拙い思いもした。
だがこうして成長してみると、父が自分の仕事でとことんまで家族を振り回した理由が判る。特に、昨年、父が仕事中の事故で亡くなってからは。
黛千尋は、古物商「かげや」の主だ。主ではあるが、学生だ。学生だが、店主だ。
ただ単にそれは、父が亡くなり母も老いたからであるだけなのだけど。
黛が店主であるとはいえ、大学生という身分なので主に店番は家族に任せる。金銭関連や帳簿なども母に任せきりだ。では黛はどんな仕事をしているかというと、鑑定及び値段付けの類いだった。
古物商とは幅広く、「かげや」は骨董や宝飾の類いも扱う。人脈とは底知れぬもので、千尋自身の知り合いの知り合いだという医院の息子や腰の曲がった老婆が亡き人の遺品を持って来たり、時にはどこそこの画家の絵が欲しいだのあれこれの時代の書物が欲しいだのという依頼すらある。父が世界を飛び回るはずだ。そういった依頼に正当な値段を付け、入手希望には適当な心当たりを紹介する。それが今の黛の主な仕事だった。
[chapter:赤司編:黛千尋と降旗光樹]
古い木の扉が、重い音を立てて開いた。ごろんごろんと、控え目だが確かに存在感を主張するドアベルが鳴る。千尋はその音に、読んでいたライトノベルから顔をあげて入り口を見た。
客は青年だった。柔らかな茶色の髪と目をしている。とりたてて特徴はないが、愛嬌のある顔立ちをしている。服装から青年としたが、その体格だけを見ていると高校生くらいにも見える。千尋がそうではないと知っているのは、その顔を見たことがあるからだ。
「こんにちは、降旗」
青年――降旗は、千尋を見て驚いたように目を丸くした。そして、蝶番の働きで自然に閉まろうとする扉を手で支えて、引きずったコロコロ(千尋はあのキャスターつきトランクケースの正式名称を知らない)とそれに括り付けた長い箱を中に引きこんだ。
扉を完全に閉めてから、ようやく安心したようで、一息つく。そして思い出したかのように、挨拶をした。
「こんにちは、ええと――」
首を傾げる。その仕草は千尋の長くない人生でもよく見かけるものだった。
「黛千尋。一応、君のOBに当たる」
表情筋が仕事をしないのは、仕様である。
千尋の言葉に、降旗は思い出したと手を打った。
「サークルの!」
「そう。久しぶり。その様子だと、俺個人に会いに来たわけじゃないみたいだな」
「ごめんなさい」
降旗の存在は、大学のサークルで知った。一つ下の後輩の友人が目をかけている、期待の新人、だったか。黛は既に引退している上頻繁に顔を出している訳ではないので、薄い縁だ。向こうが覚えているかも微妙だったが、もともと千尋は影が薄いので思い出してもらえるとも期待していなかった。つながりを言い当てられただけでも嬉しい。
「謝る必要はないけど。うちに何? 見た所、売り付けにきたみたいだね」
というのは降旗の持つ特別長い箱とコロコロ鞄を見てのことだ。
「えっと……ここ、黛先輩の家なんですか? バイト先とかじゃなく?」
「残念ながら。多少の小遣いは貰っているけどね」
バイトするくらいなら手伝え、というのが母の主張だ。
「えっと、じゃあ黛先輩のお父さんに頼むんでしょうか。ここに、凄腕の鑑定士がいると聞いてきたんですけど……」
「父のことだな。昨年亡くなった」
「えっと……お悔み申し上げます?」
降旗が、妙な顔になる。黛は表情を緩めた。
「ありがとう。まぁ、そこそこ幸せそうな最期らしいし、過ぎたことだ。ちょっと上がってくれ。その大荷物じゃ疲れただろう」
降旗を促し、自分も店の奥の座敷に上がる。
降旗は慌てたように再び動き始めて、おそるおそる千尋の後ろについてきた。
「……お店屋さんらしく、ないですね」
「よく言われる。普通の古物商にもいくつか知り合いがいるけど、普通に棚があって、品物が飾ってあって、値札と一緒に展示されている形態が多い」
「かげや」は違う。入り口を入ってすぐに、レジと座敷がある。座敷はそこそこの広さがあり、片隅に店番の時に読むためのライトノベルや新聞雑誌が積まれている。座敷の奥はいくつかの扉で母屋や蔵につながっている。商品は全て蔵の中にあり、客の要望に併せて店主が取り出すことになっている。蔵の鍵は現在千尋だけが持っている。鍵自体は江戸の蔵前錠の改良型で、破られることはないだろうというのは千尋の知り合いの錠前師の言だ。そもそも千尋の家自体が警備会社に加盟しているのでセキュリティには心配していない。
千尋は座布団を出し、奥の扉からお勝手に入って二人分の緑茶を煎れた。
「あ、ありがとうございます」
降旗はコロコロをそのままに、長い箱を丁寧に畳の上に置いた。
「まぁ、楽にしろ」
降旗は再度礼を言うと、千尋の茶を啜った。
「……このお茶、苦くありませんか?」
「この苦さが良いんだろうが。ああ、茶菓子が欲しいか。ちょっと待ってろ、煎餅か何かがあったはずだから」
「お、お構いなく……?」
遠慮がちな降旗に、黛は首を振る。
「気にするな。どうせ暇なんだ、面白い話の一つ二つ落としていけよ。そういえば木吉は元気か? 膝は悪化していないか」
共通の知人の話を向けると、降旗は瞳を輝かせた。
「元気ですよ。この間も、安静にしていた方がいいのにストバスコートを覗きにきてカントクに叱られてました」
「通院中でもバスケする気力があるのはすげーよ。俺どうやって練習さぼるかばっか考えてたのに」
「そういえば、黛先輩はサークルは……」
首を傾げる降旗に、黛は苦笑した。
「店番があるから、なかなか行けないな。悪い」
「あ、そっか。……じゃあじゃあ、この辺りにストバスコートってあります?」
噴き出した。
「え、俺何かおかしなこと言いました!?」
「いや、バスケバカだなぁと思って……非難してるんじゃないぞ」
そう言いながらも唇の端が吊りあがってしまうのは仕方がない。
この後輩、めっちゃ可愛い。
「ええー。でも俺、黛先輩と1on1してみたいです。せっかくバスケつながりで縁があるんですし!滅多に顔を出さないOBと1on1なんて、めっちゃ贅沢ですよ!」
腕を動かして熱弁する降旗に、千尋はなぜ彼を特別に覚えていたか思い出した。猫可愛がりされているのだ。先輩連中に。
その落としっぷりたるや、千尋の可愛くない後輩たちまで餌食になる始末で、「ねーちょっと一緒に遊ばない?」「抱きしめていい!?」「お前きっと成長するぞー」とうりうりするくらいなのだ。
かくいう千尋も既に彼に落とされつつあった。身長は普通だし、きちんと先輩って呼んでくれるし、先輩にお茶を淹れさせたことに今更気付いて「しまった!」という顔をしているし、先輩って呼んでくれるし、丁寧語つけてくれるし、あー可愛い。
「話が終わった時に母親が買い物から帰ってきてたらな。ほらほら本題入るぞー。鑑定を頼みたいのは、この箱の中身か?」
足を楽に、と言っても聞かなさそうな降旗に苦笑して、千尋は傍らの箱に目を向けた。降旗はこくんと頷いた。
「祖父のものらしいんですけど……」
「亡くなった……訳じゃないよな」
そこそこの収集家の遺品の整理ならば、近親者が鑑定士を呼んでそれぞれの価値をつけ、値段相応の配分を行うものだ。間違っても孫の大学生がコロコロを引いてはこない。
「祖父は既に亡くなっています。祖父が祖母に譲って、その祖母が今度入院することになりました。そこで、『何なのか判らないけどおじいちゃんが大切にしていたものだから、こうちゃんにあげるね』とか言われて、一応今は俺の、です」
降旗は視線をうろつかせた。
「祖父は、あぁ母方の祖父なんですが、本当にこれを大切にしていたらしくて。昔は触っただけで叱られたとか、とても大きな宝石で出来ているから博物館にあってもおかしくないとか。親も絶対に値打ちものだから一度詳しい人にって言って譲らなくて……」
不安そうな降旗に、黛は頷いた。
「大丈夫、俺考古学専攻だから。手に余りそうなら、教授なり同業者なりを紹介する」
きっぱり他人を当てにする黛の言葉を冗談ととらえ、そうですね、と降旗は笑った。
「箱は中身と同年代のものか?」
「何度か作り変えられていると思います」
黛は、確かに、と頷いた。降旗の話が正しければ相当の値打ちのはずなのに、包んだ箱は安物のベニヤ板でできている。本当に価値のあるものはそれ相応の梱包がされているはずなので、実際にはそこまで価値がないか、途中で外の箱が失われたのだろう。
箱を縛るビニール紐をほどく。そのままそっと蓋を持ち上げる。箱の蓋は、少しの抵抗と共に浮き上がるように持ち上がった。湿気や何かで固化していたら数日預かることになるだろうと覚悟していただけに、拍子抜けする。
「かび臭いですね。……祖父が亡くなってから、あけられていないかもしれません」
「これは黴より樟脳の匂いだろう。おじいさんが亡くなったのは、何年前だ」
「数年前だったかと……俺が高校の時だから、ええと」
降旗は黛と二学年差だ。
「わかった、大体検討はついた」
黛はそっと蓋を開けた。中には、室内の光を一身に取り込む赤い王錫があった。
ぶわり、と風が吹く。
「うわ、」
「っぷ、」
一瞬、目を閉じる。
そして瞬きして目を開けると、そこに王錫はなく、見覚えのない少年が二人の傍らに座って微笑んでいた。
「こんにちは。始めまして」
闇の中でも光を失わない紅玉のような瞳と髪を持つ少年は、二人の驚きも気にせず、「俺にもお茶を出してくれないかな」と言った。