すばらしきせかい【黒バス宝石パロ】 作:mizuhara_0-0
「黛さん、ちょっとサークルに顔を出してもらえませんか?」
「は?」
ゴールデンウィークが終わり、大体の新入生がそれぞれのクラブに落ち着いた頃。赤司の主の片割れ・降旗光樹が言った。それに首を傾げたのは黛だ。
「何言ってんの、お前。俺もう引退したんだけど。何? 部室に機構少女でも残されてた? あれは後世に引き継ぐべき名作だからそのまま部室に置いて構わねーよ」
「いや、あの……そうじゃなくて。この間、赤司がうちのサークルに顔を出したんです」
知ってますか? と首を傾げる降旗に、そういえば征十郎がそんなことを言っていたな、と黛は頷く。余談だが、二人は僕様何様魔王様の方を赤司、俺っ子ぽわぽわどじっ子属性の方を征十郎と呼び分けている。赤司の主は降旗で征十郎の主は黛だ。魔王と降旗が果たしてうまくやっていけるのかと不安だったが、征十郎の話を聞く限り、何とかなっているらしい。
「話だけは聞いている。征十郎は、『僕がまたふらふらと出歩いて降旗君の大学に行ったらしい』くらいしか言ってなかったけど。何かあったのか?」
「それだけですか?」
「というと?」
「『宝珠の気配がする』」
「はぁ?」
黛は顔を顰めた。
「宝珠がそこらに落ちててたまるか」
「赤司が言ってたんですよ。それに、天下の帝光大ですよ?」
降旗の言葉に、それもそうだ、と黛は思い直した。
帝光大学は、帝光国一の学び舎だ。暗黒の時代の前から存在したと主張する帝光国の神話の真偽はともかく、その歴史ある土地柄から宝珠が眠っていてもおかしくはない。
「帝光国に眠っているとしたら、どの宝玉だ? 陽泉地方の異類神婚譚のやつはきちんと社に祀られてるって話だったよな」
「秀徳の預言者はどうでしょう。あれは各地に伝承が残ってたはず」
「救われぬ者を救う民の味方が、どうして帝光みたいな大都会に来るんだよ。桐皇の剣護りは壊れたって話だっけ?」
首を傾げる二人に、涼やかな声が降った。
「桐皇の柄飾りは既に修復されて主を待つばかり、とのことです。薔薇水晶の小太刀と共に眠っているとか。ですがあれもまた、どこぞの神社に収められていたと思いますよ」
「黒子」
「じいさん……」
「宝珠の話に花が咲いていたようでしたので、つい」
無表情の下に感情を隠す彼は、黒子テツヤ。黛千尋の先祖にあたるという、赤司征十郎と同時代に生まれた宝珠だ。人の形をしてはいるがそれは幻影、本体は風信子石と煙水晶の腕輪だという。黒子は湯呑片手に二人の間に座ると、急須を手に取り茶をすすった。
「それで、どうしたんです?」
首を傾げる黒子に、降旗は帝光大学で赤司が感じたという気配について説明した。
数分後――
降旗はなぜか黒子に、所属するバスケットボールサークルの勧誘を行っていた。
「すっげー楽しいよ。ボールのハンドリングが上手くいって、初めて手の周りを一回転した時は感動したもん。初心者なら初心者なりに、成長を実感できる機会が沢山あるってことじゃん。初めはキツイかもしれねーけど、その分先輩たちも優しく教えてくれるし、俺も教えるし。活動回数もそんなに多くないし、公式の部活動って訳じゃないからインカレとかには出ないけど、近くの大学との交流戦はあるから、試合は沢山できるよ。体育館の時間は多めに取ってあるから、自主練はし放題。やる気があれば上達も早いって」
「でも僕、ルールは詳しく知らなくて……」
「本、貸すよ。てか、黛先輩も持ってるはず。俺もルールは丸暗記してないよ、よく使うことだけ頭に入ってる。皆最初はそんなもんだって。試合していくうちに覚えていくんだ」
「おい降旗……」
「もし良ければ、今度赤司と一緒に見学に来る? あいつ、俺のとこに遊びに来てから、やたら月バスの記事とかバスケのニュースとか気にするようになってさ。先輩に世界大会のDVD焼き増ししてもらったら、知らないうちに再生してたんだぜ」
「そんなことが」
「そう。試しに、で良いから。何事も初めてみないと。別に大学関係者以外NGって訳でもないし、OBの木吉先輩とか伊月先輩とかもしょっちゅう顔出すし。桜井とか、後輩できたらすっげー嬉しいと思うんだ。勿論俺もだけどな!」
「おーびー、というのは何でしょうか?」
「あ、宝珠って外来語には疎いんだっけ。えっと、引退してからも顔を出してくれる人のことだよ。社会人になってからも続けてる分、熱意と技術がすげーんだぜ!」
降旗が熱心にサークルの勧誘をしている。
「千尋君、僕……」
降旗の言葉に輝かせた瞳を見て、黛は色々諦めた。
「あー、行ってきたいなら行けば? 序でに宝珠の気配について、探ってくるんだろ?」
「はい」
「黛さん、黒子のことは俺に任せて下さいね!」
楽しそうに笑うが、降旗。
宝珠はけっこう主に干渉したがるし、実際征十郎は千尋の私生活にずかずか踏み込んでくるのだが。
黒子と仲良くしすぎて、赤司に妬かれてもしらないぞ。
……まぁそれも楽しそうだからいいか、と黛は苦笑した。
***
「あれがゴールで、この白のラインがバスケのやつ。あのゴール下の曲がった線がスリーポイントラインね」
などと光樹が説明しているが、これらは主に黒子に向けたものだろう、と赤司は推測した。
三人は今、降旗属する帝光大バスケサークルに顔を出していた。赤司が前に零した、『宝珠の気配』が気になったらしい。自分が零した言葉を気にかけてくれたのは嬉しいが、どうして黒子がついてくるのか。せっかくの逢引なのに。『でぇと』なら良いのか。これは『でぇと』だと言って誘えば良かったのか。
「スリーポイントラインより外からボールをゴールに入れると、普通よりも得点が高いんだよ」
「そうなんですか」
スリーポイントラインより外から得点することをスリーポイントフィールドゴールと言うんだ、と内心囁く。スリーを入れることを生業とするSGの有名どころも一通り覚えたし、光樹のポジション、PGの基本的な戦術と動かし方も理解している。光樹のサークルのスターティングメンバ―も、主なOBの名前もポジションも、皆ビデオや記録、サークルのHPで確認した。全て光樹と仲良く話すために。
なのに。
「光樹、そんなことより試合は未だか。僕は規則は一通り知っているのだけど」
「もうちょっと。黒子は初めてだから、知らないだろ」
赤司が一人機嫌を害していると、一人、サークルの部員が声をかけてきた。
「ルールは知っているのなら、俺と1 on 1でもしてみないか?」
「え?」
「一対一の模擬戦。どっちがボールに早くゴールを入れるかを競うやつ」
声をかけてきた人を知っている。大学院に通っている人だ。光樹と同じPG、確か名前は。
「笠松さん?」
「ああ。ま、初心者ならそれなりに手加減はするつもりだけど」
視線を光樹に向ける。主(あるじ)に意見を伺おうとしただけだったのに、光樹はこちらを見もしなかった。心なしか、黒子の顔が輝いているようにも見える。
腹が立ったから、笠松さんに大人げない真似をしてしまった。
アングルブレイクの真似事をしたのは、反省したい。
***
「降旗こいつすげーぞ! 本当にバスケは未経験なんだよな?」
「え、ええ……そのはずです……」
降旗は顔を引き攣らせた。
宝珠というのは、基本スペックが人よりも高いことが多い。外見を愛でるために生み出されたのだから容姿が優れているのは勿論、頭の回転が速かったり、異様な身体能力を持っていたり、そうでないなら黒子の様に特殊な体質であることがほとんどだ。降旗はそのことを、うっかり忘れかけていた。
そう、赤司が笠松から3Pを二本先取するまで。
黒子が、小さく、「やっちゃいましたか赤司君」と呟いた。降旗も、赤司征十郎の記憶力と観察力の良さは薄々感じていただけに、顔を引き攣らせるしかない。
赤司のプレーは明らかに、昨日今日身に着けた動きとは思えなかった。バスケのルールに何一つ触れることなく、あたかも笠松の動きを先読みするかのようにボールを自在に操り、しかも彼の足のもつれを誘発した。ディフェンスは体格差まで緻密に計算され、シュートはリングに触れることなく網を揺らした。
なお、笠松はチームの元キャプテンである。エースでこそないがその戦術と求心力は他の追随を許さない。当然スタメンの一人であり、かつてインターハイでその名を轟かせたサークル有数の実力者だ。
赤司は降旗の引き攣った表情と笠松のしぐさから、何かを感じたらしい。
「笠松さん、手加減して下さったんですね。ありがとうございます」
「あ、ああ……」
征十郎はにっこりと笑うが、実際手加減していたかどうかは、笠松の普段の実力と顔から明らかだ。降旗は、もうやめてくれと叫びたくなった。
そこへ、丁度ゲームが終わったのか、一人の男が近寄った。
「へぇ、お前見学者? バスケ初めてなの?」
赤司よりも濃い赤を身に着けた彼に、赤司はニコリと余所行きの笑みを張り付けた。
「ああ、降旗君の友人で赤司と言うんだ。君は?」
「俺は火神。さっきの動き、初心者とは思えねーぜ。高校の頃はバスケやってたのか?」
「いや。だが、もともと運動神経は良かったんだ。降旗君から、バスケについては色々教えてもらっていた、っていうのもあるだろうな」
「へぇ、フリ教えるの上手なんだなー」
降旗は赤司にバスケのルールについてのみ教えていたが、火神は降旗が赤司にバスケの動きから教えたのだと思ったらしい。加速する勘違いに降旗は逃げ出したくなったが、黒子が片手をがっしり掴んで「あの人は誰ですか」と聞いてくるのでどうも出来ない。
諦めて、答えた。
「火神大我。俺と同じ学年で、うちのエースだよ。ポジションはパワーフォワード……って言っても判らないか。敵陣の真正面に向かっていくのが役目」
「かっこいいですね」
「そう見えるだろ? けど、成績が結構残念なんだよ。テスト前に練習試合があったら、試合に出してもらえない。勉強しないといけないからな」
「え? その時はどうするんですか?」
「助っ人を呼ぶ。火神と似たプレーをするヤツがいるんだ。うちの大学じゃないから、時々しか顔を出さないけどね」
降旗は苦笑した。黒子は、彼にしては珍しいことに、声を弾ませた。
「そんな人もいるんですね。火神君は帝光大学の生徒なんですか」
「気になるんなら、赤司の後にバスケしに行ったら? あいつバスケバカだから、バスケが好きなヤツならあっと言う間に仲良くなれるよ」
二人の視線の先では、火神と赤司の1 on 1が始まっていた。体格差もあり、赤司の思うようにはいかないようだ。今回はアングルブレイクは使わないらしく、なかなか苦戦している。赤司がほんのわずか表情を歪めるが、火神は楽しそうだ。
「降旗君」
「何?」
「僕、このバスケ部に入りたいんですが、この部に入るには帝光大の学生の方が都合が良いんでしょうか」
「いや、練習に来てくれるなら大学の縛りはないけど……え? 入るの? 本当に?」
降旗は驚いた。そもそも黒子のサークル勧誘は、ダメ元だった。降旗が熱く語りすぎたという自覚もある。
「はい」
黒子ははっきり頷いた。
「大丈夫です。籠球は、戦後に多少嗜みましたから」
「いやいやいや。そこじゃなくって。いいの? 『かげや』の店番とか……」
「千尋君もこの部活動に所属していたのでしょう? その間は僕が店番をしてきたわけですから、これからは千尋君にその分の店番を頼むだけです」
黒子は、ボールを追いかける二人を見た。
火神が、大きく跳んでボールをゴールにたたきつけた。赤司は涼しい顔をしているが、降旗には内心悔しがっているのが見て取れる。笠松は、エースが見学の初心者に勝ったことに安心していた。
その光景に、目を細める。
「宝珠と主は引き合う。僕らは、彼等に再び会うために、存在しているんです」
「黒子?」
首を傾げる降旗に、黒子はなんでもないですよ、と笑った。
***
『仕方ない。××に、この国の王獣になってもらおう――』
知らない、男の声が聞こえた。
「何でだよ。本当に、それしか道はないのか」
これはきっと、自分の声だ。今とそう違わない。
『けれど、火神君。そうしなければ××君は死んでしまうわ』
年上の、女性の声。
『彼は王獣なのだから。王を戴かない国にいる事自体、間違っていると思うの』
「××がここにいることが、間違いだって言うのかよ!」
『そうよ』
厳しい、声。
『彼は王獣だから。王を戴かない王獣は、もう違うイキモノになってしまうわ』
***
【王獣】[オウ-ジュウ] ①過去に存在した獣の一種。現在は絶滅している。②国を代表する獣。国獣。③宝珠の別称。
むぅ、と火神は首を傾げた。王獣。図書館の机一杯に資料を広げてはみたが、何の事だか、さっぱりわからない。
「こんにちは」
掛けられた声に顔を上げると、最近サークルに入った降旗の友人がこちらに近寄ってきた。名前は確か、
「黒子」
「はい、黒子です」
黒子は頷いた。当然の様に火神の向かいに座る。火神が探した「それっぽい」題名の本を手に取りながら、ぱらぱらとめくる。
「調べものですか」
「ああ。課題で、ちょっとな」
黒子は納得したように頷き、勉強熱心ですね、と言った。
「黒子も勉強か」
「はい」
サークルに入った時期こそ黒子の方が遅いが、火神と黒子は同学年だったはずだ。ひょっとしたら、と火神は黒子に尋ねた。
「お前、白金教授の歴史学取ってる? 王獣のレポート、これからやるなら一緒にやろうぜ」
「その授業は生憎とっていませんが……王獣のレポートなら、書いたことがあります。お手伝いしましょうか」
火神は、顔をほころばせた。
「頼んだ! うまくいったら、夕食奢るからさ!」
***
結局、資料集めを黒子が行い、火神が指定された部分を読んで文字に起し、更に黒子が手を入れる形で落ち着いた。火神は大喜びで黒子に礼を言った。
「サンキュー! こんな早く終わるとは思わなかったぜ」
「それは良かったです」
無邪気に喜ぶ火神に、黒子は表情を変えずに頷いた。
「なぁ、夕飯どうする? 約束してたし、奢るよ」
火神が勝手に言い出したことではあったが、黒子は首を横に振った。
「そんな、お手伝いしただけですので。そこまで感謝されることではありませんよ」
「いや、まじで。白金教授のレポートとか、資料集めだけで一日かかるって評判のやつだぜ? タダって訳にはいかねーよ。どっか行きたい店とかあるか? あ、あんま高いやつはダメだけど」
黒子は暫く考え、それでは、と頷いた。
「火神くんの手料理、はいかがでしょう」
火神は、目を丸くした。
「俺の?」
黒子は平然と言う。
「キミの趣味は料理でしたよね。降旗君か誰かから聞いた記憶があります」
「あー……」
思い当たる節があるのか、火神は曖昧な声を出した。
「だめ、ですか?」
「や、別にいーんだけどさ。口に合わなくても知らねーぞ」
***
「降旗ー」
「どうしたの、火神」
降旗は首を傾げた。
授業後のバスケットコートだ。帝大の敷地は広いので、サークル名義で自主練用のコートが確保できる。バスケバカばかりなので、自主練と言えど結構な人数がボール片手に顔を出している。
「質問したいことがあるんだ」
火神は真剣な顔をして言った。降旗は首を傾げながら何、と問う。
「最近入ってきた、黒子ってヤツいるだろ? お前の友達だったよな」
その言葉に、降旗は頷きながら目を丸くした。もしかして、火神が宝珠なのか?
いやいや、宝珠は基本的に頭が良いはず。あの青峰と並ぶバカが宝珠な訳……ない、うん。ないない。
心の中で失礼なことを考えながら、降旗は「一応、そういうことになってるけど」と答えた。
「でも、俺も知り合ったのは最近なんだ。赤司って覚えてる?この間見学に来て笠松さんと1 on 1してた。あいつか、もしくは黛先輩のが黒子さんとの付き合いは長いよ」
「あー……でもいいや。ちょっと聞きたいんだけど」
「だから何って」
「お前、黒子の好きなもん、知ってる?」
降旗は、ぽかん、と火神を見上げた。
火神はほんのわずか顔を赤らめながら、「いや知らないならいいんだけど」「つか、あいつ、俺の作ったもんなら何でもとか言いやがるし」とぶつぶつ照れ隠しの様に呟く。
降旗は頭痛を感じ、細かいことは気にしないことにした。
「黒子さんの好きなもの……あ、この間バニララテ飲んでた」
「バニララテか……」
「俺も詳しくは知らないけどさ、甘い物が好きなんじゃないか」
火神はうんうん唸りながら、「バニラ、バニラ……」と首をひねっている。
「てか、火神って黒子さんと知り合いだったの?」
「この間、図書館で歴史学のレポート手伝ってもらったんだ」
その答えに納得した。黛が日頃から『生きた化石』と揶揄する黒子だ。歴史学なんて、生で見たあれこれを生き生きと語ってくれるだろう。
「へぇ。黒子さんなら、教えるの上手だったろーな」
「おう。すっげー楽だった。だからその礼に、今度夕飯作るんだ」
声を弾ませる火神に、降旗は、良かったな、と笑いかけた。
(いや、本当良かったー……この調子で黒子さん、期末試験も火神の面倒見てくれないかなー……)
中間試験の悲惨さを思い出しながら、カントクに伝えておこう、と降旗は、決心した。
***
なんでもない、路地裏だった。
オフィスビルの背中の間隙。かろうじて道と呼べる、車一台通るのがやっとの道路。
舗装されているのが奇跡のようなそこには、ビルの裏口同士が背中を向けあっている。
もう一本外れると、このビルで溜めた鬱憤を晴らすための歓楽街があるような、そんな路地の影で。
ごぼり。
闇が湧いた。
ごぼり。ごぼり。
雪の降る音を雪音と言うが、それならこれは闇音だ。
ごぼり、ごぼり、と重油の様にアスファルトから湧き出た怪物未満の闇は、月光に己が身を晒そうとして。
きん、とどこからともなく飛来した弓矢に貫かれ、消えた。
あとには、なんでもない路地裏が存在し続けた。
***
「なぁ、何喰いたい?」
「何でも構いませんよ。火神君の作ったものなら」
火神は困ってしまった。その様子を見て慌てたのは黒子だ。
「では、二拓で尋ねて下さい。本当に、僕は、これといって好きな食べ物ってなくて」
「じゃあ……肉と魚。どっちがいい?」
そう尋ねると、黒子はふわりと表情を和らげた。
ここ数日、サークルで顔を合わせて、自主練も時々パスを投げてもらうようになった。図書館で認識してからこちら、サークルに顔を出す度に黒子を目で追ってしまう。黒子はバスケは初心者に毛が生えた程度だったが、教え下手の火神の説明も熱心に聞いてくれた。今まで年上に囲まれてきた火神は、誰かに教えるという経験が楽しくてたまらない。
「どちらも食べられますが、強いて言うなら魚でしょうか」
「和、洋、中。何がいい?」
「では和食で」
決して多いとは言えないレパートリーの中から、脳内で絞り込んでいく。
「あー、と。俺海外長かったから、鮭の塩焼きとかになっちまうかも知れねーけどいいか?」
「構いませんよ。ごはん味噌汁お漬物、くらいあればお腹いっぱいになりますから」
「いや、それは少なくないか」
「そうでしょうか? ……それは勿論、部活動ばかりでいつも空腹の人たちに比べれば多少は」
「悪かったないっつも食ってばっかで」
「美味しそうに物を食べるのは美点ですよ」
唇を尖らせる火神に、黒子はふふふ、と笑った。
「今に肥え太らせてやる」
「勘弁してください」
あっさり形勢逆転され、顔を見合わせる。
「あっさりしたもんって、なかなか作らねーから、良かったら意見聞かせてくれ」
「そうですね、出来ればバニラシェイク味のおかずを下さい」
「それおかずじゃねーよ。デザートだわ」
「お腹がふくれればいいんです」
「栄養バランス考えろよ。きちんと食わねーと、いつまで経っても筋肉つかねーぞ」
その言葉に、黒子は、確かに、と頷いた。
「筋肉は欲しいですね」
「欲しいだろ。ありすぎても持久力が落ちるらしいけど。黒子の場合は無さ過ぎだ」
その言葉に、黒子は火神を見上げた。
「僕も火神君くらい筋肉が欲しいです」
「お、おう……」
少し照れた。
「取りあえず、跳んで球を籠に入れたいです。だん、だんけしゅーと?」
「ああ、ダンク?」
「そう、それです」
「背丈が足りないんじゃね?」
「……バニラシェイク飲めば伸びます」
「いや、そこは牛乳と小魚だろ」
「バニラシェイクにも乳成分は含まれています」
「重要なのはカルシウムだろ。あと蛋白質」
「では火神君、僕が大きくなれるような料理を作ってください」
「いや、成長期ってもんもあるだろ。お前今何歳だよ」
「忘れましたが、肉体的には十六くらいだったと思います」
「え、十六? 高校生かよ」
「肉体年齢の話です」
「ってことは飛び級か。お前、相当頭いいんだなー……」
「ありがとうございます。こう見えても書痴の自覚はありますので、知識だけなら相当だと思いますよ」
夜道の下、月明かりが二人を照らしていた。