すばらしきせかい【黒バス宝石パロ】   作:mizuhara_0-0

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[chapter:黒子編:いまはむかし]

 

気が付いたら、そこに存在していた。

街の雑踏。ざわめき。微かな風。

陽光にきらめく様々な商品に、威勢のいい声が響く。

 

そのままその場に居ることも出来た。とても居心地が良かったので。

だけど、夕暮れになり、人影が途切れてきたので、場所を変えることにした。

酒場に行った。陽気な歌声と笑い声。

民家に行った。優しい母親が、子供に子守唄を囁く。

草原に行った。風が吹く度に波打つ草。何かの獣の立てる音。

森にも行った。木の葉の囀り、虫たちの声、夜の鳥たちの歌が響いた。

最後の最後に王宮へ行った。

そこは夜でも煌々ときらめいていた。入り口付近には自分たちの同類が沢山いて、恰幅の良い男女が手を取り合って踊っていた。

 

暫く奥に行くと、更に様々な人間がいた。揃いの白いエプロンの女性たちが大皿を運ぶのを横目にずんずん置くへ向かうと、何やらあわただしい人々がいた。

人々が駆け込む部屋の中を覗くと、白い紙の山があちこちに出来ていた。「税」「経済」「戦争」「宗教」「王」「細工師」様々な単語が連なっていたが、まだ意味は知れないままだった。

「どんな意味なんですか?」

近くにいた、比較的暇そうな人間に尋ねると、ぎょっとされた。

「なんだ。お前、ひよっこなんだな」

産まれたばかりなのは確かだった。彼は頷いた。

「よし、俺が色々教えてやるよ。ただしお前、俺の仕事手伝えよ」

にやりとその健康そうな顔を歪ませてそんなことを言うものだから、通りがかった上司らしき人間に二人そろって叱られた。

 

***

 

初めに黒子が質問した少年も結構な下っ端だった。彼の名前は荻原といった。その日は一日中、荻原と一緒に重い書類をあちこちに運んだ。

「資料をお持ちしました」

「ありがとうございます。そこに置いて下さい」

その日の最後に、特別な部屋への遣いを頼まれた。

その部屋は建物の奥の奥にあり、最も高く、最も日当たりが良く、最も町が見渡せる場所にあった。

大きな窓は書類を山積みにしても夕陽を遮ることはなく、その場にいた初老の男性の姿を浮き彫りにした。

 

自分の主はこの人だ。

 

黒子は直感した。

ごほ、と王は咳き込んだ。黒子は慌てて、毛布はいるか薬師を呼ぶかと彼に尋ねた。彼は首を振り、ただの風邪だろうと笑った。

王は黒子のしぐさに何かを感じたのか、黒子を傍に寄せると優しく彼の頭を撫で、いくつかの質問をした。

黒子はなんだかくすぐったくなって、意味もなくそわそわした。問われるままに、街の喧噪、王宮の光景を口にした。

王は、またおいでと笑った。黒子は頷いて、また街を一周したら、と答えた。

 

***

 

次に行くと、今度は国の様子を問われた。不思議なことに、黒子は人々の視界に映らないらしい。黒子はどこにでも行くことが出来たし、何をしても咎められなかった。黒子は王のために、様々な話を見聞きした。だが民の噂ばかりでは、国全体を知るには限界がある。黒子は次に来る時がいつかは判らないが、もっとたくさんのことを知りに行く、と彼に告げた。

王は優しく頷いた。

 

***

 

様々なものを見た。港町の朝、山向こうの昼、有明の月、畑を耕す村人、罠を仕掛ける猟師たち。

街角に斃れる人、村外れに住む老婆、母に抱かれる赤子、盗み奪う人々、病に苦しむ一家。

黒子は会うたびに、見たまま、ありのままを王に話した。

 

ある時、一人の細工師の話をした。彼はなぜだか黒子の目に留まった。

その細工師はとても高名らしく、貴族の遣いが何度も彼を訪ねた。

細工師はとんでもなく高額な値を口にし、決してそれを譲らなかった。そのため商談が成立することは少なかったが、それに見合うだけの美しさを持つ細工物を作った。

そんな彼のところに、一人の若者が訪ねてきた。

金がないのは見ての通りだ。だが一つ、貴方に頼みたいことがある。

そう言って若者は、彼に細工物を注文した。

その細工師は依頼を聞いて、どうしてそんなものを注文するのかと尋ねた。若者は言った。

おれはとても世話になった人がいる。

世話になった人は妻に先立たれ、いるのは穀潰しの道楽息子だけ。

おれはあの人に自分の息子のように世話になった。

正直、あの道楽息子よりもよっぽどあの人を想う自信がある。

ところが、あの人の周りの人間は、息子の金銀財宝に目がくらみ、息子ばかりの機嫌を取る。

おれはそれがとても悔しくてならない。

おれが世話になった人が蔑ろにされるのが、哀しくてたまらない。

貴方はとても高名な細工師だと聞く。

貴方の細工はどれも貴方にしか出来ないものだと。

頼むからおれの大切なあの人のために、何か作ってくれないか。

細工師は暫く考え、ひとこと。

確かに、俺もあの人には世話になった。

細工師は、ひと月後に来るように若者に言った。

 

黒子はその話を王にした。

とても腕のいい人で。制作途中のものを見ても、まるで命があるかのようだったと。

王は頷いて、黒子の頭を撫でた。

 

***

 

黒子は、若者が細工師の家を訪れる数日前から、細工師の工房を覗いていた。

細工師の工房には、様々な作品があった。

紅玉の王錫、瑠璃の柄飾り、琥珀の王冠、紫水晶の帯飾り、緑柱石の額当て、薔薇石の懐刀。

作りかけのものも勿論あった。誰が注文したのかもわからない月長石と日長石。何かに倣ったのだろう黒曜石の指輪。木工細工の箱はその脈まで計算されているかのようだった。

 

細工師は若者が工房を訪れる前日に、そのほとんどを梱包した。

若者はそれらを受け取り、何度も頭を下げながら、その場を去った。

次に黒子が王に会いに行くと、部屋の片隅にあの紅玉の王錫が飾られていた。

 

***

 

黒子が伝える街の様子は、どんどんと不穏になっていった。

武具を売る店が増え、薬師を呼べない病人が増え、少しでも老いた人間は山の奥へ行き。貴族はそんな様子に顔をしかめ、更に争って宝石を求めた。

細工師は、あえて仕事を断る日が増えた。

おねがいします、おねがいしますとあえぐ住民の声に、それでも王は耳を傾けた。傾ける事しかできないのだと、その表情が物語った。

道楽王子は更に人を集め、暴動が起きそうになるたびに、街を巡り村を巡り人々を殺して回った。

その話をした時、王は黒子に言った。

色々な話をしてくれてありがとう。

とても楽しかったけれど、もう、ここに来てはいけない。

別のところで、生きて下さい。

そして、いつか見た灰色の若者に言いつけて、黒子を王宮から遠ざけた。

 

それからも何度か、王宮にもぐりこんだ。

ここ何年かで官吏の振りには慣れていた。

出世した萩原の手引きだったこともある。

官吏として自然なように、と文字だって覚えた。

 

それは何回目かの萩原の手引きで手伝いをしていた日。

突然、階下が騒がしくなった。

街で、暴動が起こったのだと知れた。普段のように、王が机に向かう間に王子かその取り巻きが排除するだろう。

黒子は茫洋と書類をめくった。

騒ぎは収まらない。

黒子は萩原に声をかけられ、書類を別室へ運ぶよう言われた。

王宮の同じ建物の、王の居室とは反対の高台にある部屋。

黒子は頷いて、書類を手に遠くの部屋へ足を運んだ。

騒ぎは収まらない。

萩原の仕事部屋は王宮でもかなり表側にあった。萩原の部屋を離れると、街の喧噪が遠のいた。騒がしいことが苦手な黒子は、ほっと息をついた。

書類を運ぶ先、そこは明らかに官吏の部屋ではなかった。

女官たちがさざめく。後宮だ。黒子は書類を置く場所を探したが、どうしようもない。困った黒子が声をかけると、桃色の少女が書類を笑顔で受け取った。宛先は間違っていないらしい。

少女は黒子に、王の居室へ行って伝言を頼んだ。後宮を抜けてすぐ、黒子は疑問を感じた。

騒がしい。

黒子は言われた通りに王の居室へ向かった。すれ違った兵士が何かを叫んでいた。

黒子は誰にも呼び止められないまま、主の元へ向かった。

 

向かった先で。

今まさに首を落とされる王と。

兵士に拘束された萩原と。

勝ち誇った笑みで、紅玉の王錫を手にする王子を見た。

 

黒子の主は、息を弾ませながらも誰にも気づかれていない黒子を見て、いきろ、と笑った。

そこからどう灰色のもとへ戻ったか、覚えていない。

 

***

 

「なんでですか灰崎くん!!」

黒子は吠えた。

「あの人は、王です!僕の王だ!何故僕がこんなところでぬくぬくと生きていけるというのですか!」

「俺だって納得してねぇよ!」

若者も、涙で割れた声で怒鳴った。

「けど、仕方ないだろ!それがあの人の望みだ!俺は!あの人の願いを叶えないと!」

「あの人の願いなんて知るものか!」

黒子は泣いた。泣いて、叫んだ。

「僕は、あの人に生きていてほしかっただけなのに!」

灰崎と二人で、どろどろになるまで泣いた。

散々泣いて泣いて泣いて、お互いの体にしがみつくようにしていないと立てないくらいに疲弊したころ、暖かいコップが差し出された。

「座れ。飲め」

短い命令に、二人でのろのろとしたがって、顔を上げた。

細工師が、二人に、暖かいコップを差し出していた。

細工師の工房だった。あれほどあった細工物は全て消え、伽藍の中に道具箱だけが残っていた。

二人はおとなしく、何かに加工されるのを待つ杉の木の上に座った。

細工師は向かいの工作台に凭れると、片手で顔を覆い、深く深く息を吐いた。

「……まさか、お前がこんなところにいるとは思わなかったよ」

その言葉に、黒子は首を傾げた。お前というのは灰崎のことだろうか?

「お前、名前、なんだっけか」

その問いははっきり黒子に向けたものだった。

「黒子と――呼ばれています」

「そうか。じゃあ、黒子」

細工師は、少しずつ、尋ねた。

「お前、自分のことをどう思っている」

「どう、とは」

黒子は首を傾げた。灰崎は、何かを思い出すかのように遠い目をした。細工師は、面倒臭そうに鼻を鳴らした。

「質問を変える。その腕輪」

と、細工師は黒子の左腕を指した。

「いつ、だれに貰った」

黒子は記憶を遡った。

王には、何も貰った記憶はない。頭を撫でてもらったくらいで。

萩原にも貰っていない。茶菓子や果物を共に食べたことがあるだけだ。

黒子本人は宝飾品に関心がない。自分からすすんで購入するとは考えにくい。

黒子は首を横に振った。

「覚えていません」

「外せるか」

黒子は腕輪を見た。スモーキークォーツの、黒みがかった半透明の腕輪だ。幅が広く手首を締め付けるように見えるが、黒子の手首が細いためある程度の自由はきく。本来、このタイプの腕輪はどこかがパックリ半分に割れ、挟み込むような形で腕にはめるのだ。この腕輪にはその割れ目が見つからない。

「あれ?」

細工師が、深く深く息をついた。灰崎は何も言わず、ちびちびとコップの中身を干している。

「やっぱりな。お前、『宝珠』だよ」

細工師が、断言した。灰崎は何も言わない。

 

→以下、あとがきとか設定とか

 

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