シロコとシロッコ   作:メイショウミテイ

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新年如何お過ごしでしょうか。

私はぎっくり腰を引き起こしつつコロナに罹患するという離れ業を成し遂げ、新年早々生死の境を彷徨っておりました。
それ以前にこの話を執筆するだけで5、6回は書き直していた事もあり長いこと更新に時間がかかってしまいました。

何とか調子も良くなってきたのでようやく更新が出来ました。

皆様方も運動不足や体調不良には、くれぐれもご注意くださいませ。


アビドス編 8

その日の午後。

 

アビドス高等学校には珍しく大所帯の来客があった。ご丁寧に銃弾をプレゼントしてくださった団体客を先導してきた首魁は、しかし随分と具合が悪そうに見えた。なんというか、顔面蒼白といった言葉がこれほどまでに当てはまる事もそうない程でった。

 

 

「何よアンタ達!せっかくラーメンサービスしてあげたのに!恩を仇で返すなんて!」

 

「うっ……、ぅぅ……」

 

「それは本当にごめんね〜!でも、こっちもお金が絡んだ仕事だから、恨みっこは無しでお願いしたいな!」

 

「せっかく柴関ラーメンの良さを分かってくれる人が増えたと思ったのに……」

 

 

セリカとムツキが相対しながらも言葉を交わす。その発言を遠くで聞いていた根が超真面目なアルはただでさえ色素の薄くなった顔面を、さらに白くさせて居心地悪そうにしている。

 

ノノミも悲しそうに呟きつつも、ミニガンで前線の雇われ傭兵達に弾丸を横一列にばら撒いていく。流石にミニガンの火力は無視できるものではなく、雇われ傭兵達も手を拱いている様子。あの火力を継続して発揮されている内は身動きが取りにくい。

 

 

「社長、あの子を止めないと」

 

「わ、分かってるわ!私を信じてついて来てくれたみんなの為にも、仕事はキッチリこなすわ!それが便利屋としてのプライドよ!」

 

「っ! その意気だよ、社長」

 

 

途中まで戦いにくそうにしていたアルだったが、それでも便利屋としての矜持とついて来てくれた仲間の為に戦う事を決意した様だ。その証拠にと、手に持ったライフルを構え──

 

 

「ッ! ノノミ危ない!」

 

「シロコちゃん!?」

 

 

狙い澄ました一撃をノノミへと放つが、そこはシロコのカバーが光った。敵意を感じ取ったシロコがノノミを遮蔽物へ無理くり押し込む事で彼女たちは難を逃れたが、しかしその間はノノミの掃射が無効化される。結果的に便利屋の傭兵部隊は前線を押し上げ遂にアビドス高校の正門を突破することに成功し、アビドス勢はさらに苦しい戦いを強いられる事になる。

 

 

『ノノミ先輩無事ですか!?』

 

「シロコちゃんのお陰でなんとか!ありがとうございます、シロコちゃん」

 

「ん、礼には及ばない」

 

「とはいえ、結構厳しいねぇ〜。思ってた以上に彼女たちやり手みたいだよ」

 

「アイツら、練度はともかく数が多過ぎるのよ!」

 

 

アヤネが操るドローンによる補給を受けながら、この苦境を脱する手立てを模索するアビドス対策委員会。あまりにも絶対数が違いすぎる、彼我の戦力差は無視できない。

 

ホシノは単身で敵中に飛び込んで撹乱しようと考えていたが、ここまでの戦力差では中々厳しいものがある。何より飛び込んだ後のプランは何もなかった。戦闘中でもいつもと変わらない様子のホシノは、内心少しばかり焦っていた。

 

しかしそんな時こそ先生の指揮が輝くのだ。若干劣勢の状況だが、先生はこの逆境をいかにして挽回するのか。

 

 

“そうだね、この状況なら遅滞しながらどんどん敵部隊を学校に誘引していこう。校内には入れないように、時間を稼ぎながら後退してほしい。アヤネは場合に応じて爆撃と支援物資の使い分けをお願い!”

 

「ん、了解」「分かりました〜!」「やってやるわ!」『了解しました!』

 

 

先生には時間を稼いでさえいれば、補給の届かない便利屋サイドは必ずどこかで退却するしかないタイミングがあるという、確かな予感があった。しかしこの作戦には、広い校庭を利用して敵を誘引し時間を稼ぐ必要があった。しかし、それには敵を自分たちの学校の敷地に誘い込まなければならず、アビドス対策委員会の理解を得る必要があった。この作戦は自分たちの学校を土足で踏み荒らす連中に、一時的にとは言え敷地内に侵入を許してしまう事を意味するのだから。

 

 

「ちょっと待ってよ、先生」

 

“……何かな?”

 

「そうして引き込んで、耐え抜いて、その後はどうするの?」

 

 

現に、そこを指摘する声が挙がる。アビドス対策委員会委員長たる小鳥遊ホシノは、先生に対して語気を強めに尋ねる。先生の提示した作戦に意味があることは勿論分かっているが、それでも確実性がない作戦でなければ賛同するつもりはなかった。自分たちの後輩を勝ち目のない作戦で戦わせるくらいなら、自分が全て背負って戦い抜く覚悟を持っているからだ。籠城をしても援軍を見込めないのでは、その先の展開はない。ホシノには、それを問いただす義務が、そうせざるを得ない事情があった。

 

 

“気休めの言葉が欲しいわけじゃないよね。それなら、この作戦の利を簡潔に話そう”

 

“学校の校庭に引き込むって事は、自分たちのよく知る地形で戦えるって事だね。つまりは、どの位置から射線が通せるのか、この位置を取れば味方とカバーし合える、という風に敵に不利を押し付けて戦える。そうすれば、少しずつでも敵の数は減って行くし、負傷者も増やしていける。寧ろ負傷者を増やすことが、この作戦の肝なんだ”

 

「作戦の肝?」

 

 

セリカが理解しきれなかったのか、先生に真意を聞き返す。先生もすぐさまその質問にする答えを出す。

 

 

“そう、この作戦は遅滞しながら敵に『戦闘には参加出来ない程度の負傷者を増やしていく』っていう作戦なんだ。徹底的に戦闘不能を狙う事は、確かに数を減らさなければならない都合上重要だけど、それをするには数の少ない私達では少し面倒だ。だから、戦闘に参加出来ない程度に手傷を負わせて、敵の撤退を促すんだ。「まだこの程度の傷で済んでいる内に撤退しなよ」って感じにね”

 

「……なるほど」

 

 

納得した様子のセリカは猫耳をピコピコ動かしながら、先生のブレインを密かに評価した。結構考えることがえげつないとも思ったが。

 

ホシノも目的もなく遅滞戦術を行う訳ではないと分かった様子だ。

 

 

“それに、こっちは補給を気にしなくてもいいけど、向こうはそうはいかない筈だし。充足が切れてきたタイミングで反転攻勢したっていいね”

 

「分かったよ、先生。ごめんねー、余計な時間を取らせちゃってさ〜」

 

“いや、作戦の真意を分かってもらった方が戦い易いよね。配慮が足りなかったのは私の方だよ”

 

「そんな謝らないでー!ほらほら、早く作戦始めよ〜?」

 

 

ちょっとばかり強めに詰め寄ってしまった事もあって、そうしなければならない理由があったにせよ、ホシノは少し立場がなかった。作戦の趣旨を解説してもらった事だしと、さっさと作戦実行して空気を変えたいホシノが急かしながらも、ショットガンの弾倉にショットシェルを素早く詰め込んでいく。その様子を見て他の委員会メンバー達も武装チェックを行い、完了したタイミングを見計らって先生が号令を掛ける。

 

 

“敵の戦闘力を削るだけでいいよ。こっちは戦力が限られている分──いや、そういうのは違うかな。ここを凌ぎ切って、みんなで無事にラーメンを食べに行こう!”

 

 

先生の檄を受けて、アビドス対策委員会は勝手知ったる校庭へと繰り出していった。

 

 

 

 

シロコの精神を少し間借りさせて貰う形で今回の先生の作戦を聞いていたシロッコは、この作戦の大きな欠点に気づいていた。

 

そもそもの話、遅滞戦術は増援の可能性が見込める場合か、もしくは遅滞を行う意味が無ければ作戦として成立しない。それなら先生が遅滞戦術を行う意義を話したじゃないかと思われるだろうが、シロッコが言いたい事は作戦の目的として話されたその理由が、()()()()()()()()()()()()という根本的な話だった。

 

時間を稼ぎながら敵戦力の漸減を狙うとは、言葉にすれば簡単に思えるが、その実は遅滞を行うにしても戦力差が多すぎる上に誘引できるフィールドにも限りがある以上、必ずどこかでタイミングで破綻する事が定められているのだ。いやそもそもだ。

 

 

『援軍の可能性もないというのに、遅滞戦術とは……。無能な奴め』

 

 

その言葉が全てであった。時間を稼いで、援軍が望めるのであれば良い。こんな辺鄙な、滅びかけの学校を誰が救いに来る?まず来ないだろう、学校として成立しているかも怪しいアビドスを救う価値などない。他人事のようにシロッコは断言した。

その点で言えば、ホシノの指摘は至極正しいものだった。作戦の意義が破綻しているというのに、そのような作戦に従う道理はない。

 

 

『戦力の集中運用──前線部隊が4人しか居ないのであれば、ホシノの殲滅力を活かすしかあるまい。ホシノ以外の3人で前線を維持し、突出してきた敵部隊をホシノの機動力と火力を生かし各個に撃破。いわゆる機動防御の方が、戦場の幅が柵に囲まれた校庭という場所であれば、その方が効果的に敵戦力を減らしつつ防衛出来る。ホシノの負担は計り知れないが、そこは後方からの支援を適宜飛ばす事で十分対応可能だろう』

 

 

シロッコの居た世界の人類よりも、キヴォトスの生徒の戦闘能力の方が比べるまでもなく遥かに高い。それは銃弾を耐える事ができるという点に限らず、運動能力や知覚能力に至るまで。その事実をシロッコは何度もまざまざと見せ付けられている。

 

発揮できる能力を正しく理解し、それに見合った作戦を提示する。それは指揮官の責務である。

 

この時点でシロッコに取って先生という存在は、前に抱いていたような感覚ではなく、ただの一般人に過ぎないと判断されていた。戦闘の様子を見ていて、確かに補給の指示や撤退ルートの提示など、ただの人間にしては的確な指示が多い事は認めるところであるが、それだけだ。

作戦如何によっては勝ち目のあった戦闘を、みすみす負け戦にしようとしている先生に対して思う事は最早無かった。

 

 

『こうなれば、シロコだけでも生かす手立てを考えねばな』

 

 

判断したシロッコは捨てても良いモノを瞬時に切り捨て、シロコの生存を最優先に思考し始める。幸い敵の士気はそこまで高くなく、技量もそこまで目を見張る程ではない。しかしこのままでは、ジリジリと押し込まれていくだけだ。

 

 

『シロコ』

 

「くっ……!敵が多い! どうしたのシロッコ!?」

 

『ミサイルを搭載したドローンで、あの敵の後方へ攻撃を加えられないか?ドローンとシロコ自身の同時攻撃であの敵を無力化できれば、幾らか楽になる』

 

「っ! やってみる!」

 

 

幸いにしてシロッコ・シロコ間の信頼関係も良好で、先生の指示とは違うがこちらの指示にも従ってくれている。手早くドローンを準備したシロコは、浮上してミサイルを掃射するソレと共に眼前の敵を抑えていく。遅滞しながらもジリジリ後退していくセリカやノノミ、戦線を維持し続けているホシノと違って、シロコの戦域は逆に戦線を押し上げていけそうな雰囲気も感じる。シロッコの力で通常のシロコよりも割増で能力が向上している事もあり、明らかに敵を圧倒できている。

 

シロコにしかない強みであるドローンからの援護とブーストされているシロコ自身の突破力で、敵の隊列を奥深くまでダメージを与えられている。奥深くまで侵攻していくシロコはしかし、獲得した縦深を放棄し元々位置取っていた遮蔽物へと帰還する。

 

 

『良い攻撃だったシロコ。今はこの縦深を利用して態勢を整えるのだ。他のメンバーもこちらの奮闘に負けじと戦線を押し上げているようだ』

 

「はぁっ……、ふっ……。ん、上手くいったね」

 

 

息を整えるシロコを褒め称えるシロッコ。戦いながら考えることはシロコには出来た芸当では無かったが、適時シロッコから出される指示に従って戦うことは出来る。自分で考えなくて良い分目の前の敵に集中出来る、ここ最近のシロコの戦果はこれまでのモノよりも明らかに増えていた。

 

 

 

 

 

そんなシロコを放っておいては部隊に大きな被害が出る事は、便利屋サイドも良く理解していた。

 

 

「まずいね……、あの子が居る方面の部隊が痛手を受けているみたい」

 

「いっその事、()()使っちゃう?」

 

 

ムツキは得物を持っている方とは逆の手で、足元のスクールバッグを弄ぶ。

 

ムツキが作戦のたびに用意してくる、便利屋の奥の手とも言い換えられる超火力。

 

これを使えば戦局を持ち直す事は十分に可能だと考えられる。しかし、土地や校舎に傷をつける事は、くれぐれもとクライアントから禁止事項として言い含められていた。

 

Need to Knowの原則、雇用主との間にある暗黙の了解。なぜアビドスを排除する為に、校舎に被害を与える事ができないのか。それだけに留まらず、何故土地にまで被害を与える事を禁止されたのか。アルたち便利屋はそれを知る事を許されていなかった。雇用主である企業はアビドスに多額の金銭を貸し付けている事を、カヨコは下調べの段階で知っており、尚更疑問が深まるばかりであった。

 

債権を持った企業が、何故債務者であるアビドスを滅ぼそうとしているのか。

 

それは、アル達便利屋の知る必要のない真実である。

 

 

「それはダメ。土地に傷を付ける訳にはいかない。とはいえ、何か手を打たないとね……」

 

「いっその事、カヨコちゃんが抑えてくるのは?私はミニガンの子を抑え込むので正直手一杯だしさぁ〜」

 

「……それしかないか。社長の方も心配だけど、仕方ない」

 

「アルちゃんの方はハルカちゃんも居るし大丈夫だって!」

 

 

抑えられる人間が向かわなければ、あの青いマフラーの子にあの一帯の味方が殲滅されてしまう。

 

意を決したカヨコは勢いよく遮蔽から飛び出して行き、シロコの陣取る戦域へと迅速に移動していった。

 

 

 

 

 

 

『シロコ、新手だ。ラーメン屋で出会ったツノ付きの少女だ』

 

「手強い……、ピリピリする感じだ」

 

『そうだシロコ、彼女は一筋縄ではいかないだろうな』

 

「それでも……!」

 

 

シロッコに忠告されるまでもなく、シロコはカヨコの接近に勘付いていた。彼女の放つ独特の雰囲気を、シロコの感覚はしっかりと覚えていたらしい。鋭く突き刺さる視線、カヨコから浴びせられたソレを受けてシロコは再び臨戦態勢を整える。

 

 

「ふッ!」

 

「っ!」

 

 

走り寄り射程に捕らえた瞬間、カヨコの得物(デモンズロア)が三度火を噴く。

 

遮蔽を利用して攻撃を凌ぎながらも、シロコは反撃に移るべく考えを巡らせる。

 

 

「シロッコ、何か良い手はある?」

 

『フム……』

 

 

考えを巡らせているのはシロコではなくシロッコである。さも自分が考えるみたいに言うな。

 

 

『敵の手法を探る事が先決だ。しばらくは積極的な攻撃には移るな、先生が言うには時間が稼げれば良いらしいしな』

 

「ん、分かった」

 

 

ブレインからの指令が降りた。シロコは消極的に、しかしあわよくばと言った具合に攻撃を開始する。敵との位置関係を頭の隅に置きながら有利なポジションを探りながら、カヨコに対して走り撃ちで圧力を掛けていく。

 

対するカヨコもリロードを挟みつつも適宜冷静に、正確に狙いを付けて射撃。

 

 

「……狙いは正確、目で追うのがやっとなくらいに素早い。厄介だね」

 

「シロッコ」

 

『接近戦だけ避けていれば、こちらの有利は間違いないな。どうやら敵はハンドガンしか携行していないらしい。しかし、油断はするな。おそらくカスタムが施されているのだろう、あれはハンドガンの火力ではない』

 

「どうしてそんな事まで分かるの?」

 

『フ……、今はそんな事を語っている暇ではない事は、キミが一番よく分かっているだろう?』

 

「……それは、そうっ!」

 

「余所見なんて……!」

 

 

余所見をしていたつもりはないが、シロッコと話していた事で気が抜けていたように見えたのかも知れない。その隙を見逃さないのが、数多の苦境を切り抜けて来た*1カヨコである。

 

カヨコは距離を空けられていては不利と判断し一気に距離を詰めに掛かる。それに対してシロコは距離感を維持しようと後退しつつ射撃を加え、カヨコの動きを阻害しようと試みる。しかし、後退しながらAR(アサルトライフル)を撃つというのは相当に難しい。一方で前進しながら拳銃を撃つのは、当てるのは置いておくとしても実行自体は簡単にできる。当たれば儲け物、火力が出るHG(ハンドガン)を連射されているだけである程度の威嚇にはなるし、敵方としてはそんな物を乱射されているとなれば、否が応でも意識を割かざるを得ない。

 

 

「くっ……!」

 

「捉えたよ」

 

 

近距離、シロコの足下にまで潜り込んだカヨコは銃火器を取り上げるべく、そのままの低姿勢から蹴り上げを繰り出す。狙いの分かっているシロコはその攻撃を回避──し切れず、銃の先端をカヨコの足先が掠っていき、体幹を若干削られる。そこに一瞬生まれた僅かな隙を逃さず、カヨコは連撃を叩き込み流れを一気に引き寄せようとその攻勢を強めていく。殴打と蹴撃、加えて所々で差し込まれる銃弾

 

 

「……やるっ……!」

 

『こうなれば、形勢は一気に不利だ。こちらは満足に戦えないが、向こうはその逆。味方からの援護もあまり期待はできない』

 

 

他のアビドス勢もシロッコが見た感じでは、自分達よりも多数の敵に対してよくやっているという感じだ。しかし、それだけだ。少しずつ、ジワジワと押し込まれている劣勢の状況。傭兵の数も減らせているものの、まだまだ傭兵達の数も多い上に便利屋も全員健在である。ただの傭兵だけならばアビドスが負ける理由はないが、流石に便利屋68の面々は実力が抜けていた。雑兵の中に混じる歴戦の戦士、対処に困る事は間違いない。

セリカの対面にはハルカが陣取っており、いくら攻撃を当ててもものともせずにショットガンを打ち返してくる彼女は、はっきり言って異常だ。まるで痛覚がないのかと錯覚する程で、突発的にショットガンを乱射してくるタイミングもあり対処に困っていた。ノノミもムツキ相手に戦線を押し留める事で精一杯であり、弾幕を撒き散らしながら相手の侵攻を鈍化させてはいるが、それにも限界はあった。加えて、いつの間にか背後に設置されている地雷も、彼女の精神的な疲労を蓄積させる原因になっている。

 

ホシノはアルの狙撃を盾で流しつつ、一人一人確実に人数を減らしている。たとえ背後から弾が飛んできたとしてもホシノであれば簡単に対応できる*2だろうが、今は背後に学校を背負っている都合上避ける事はできない。()()()盾で受けながら威力を減衰させつつ受け流すという、意味不明な技術で捌き切りつつ正面の傭兵をプチプチ潰している。相対しているアルはホシノが普通に使っているその技術の異常性がなんとなく分かっているので、内心ヒヤヒヤしながら狙撃を繰り返している事だろう。普通にぶつかったら、瞬殺されるかもしれない、と。

 

 

『ホシノは余裕がありそうだが、セリカとノノミはいっぱいいっぱいだろうな。こちらに助けを求める事なく抑えてくれているだけ、彼女達は優秀だという事か。しかしホシノの武器ではこちらの援護など望めまい、やはりここは独力で切り抜けるしか無いな』

 

「(どうすればいい?シロッコ)」

 

『フム……、私ももう少し力を貸すとしよう。付け焼き刃ではこの苦境は打開できまい、基礎的なスペックの力で敵を圧倒するぞ』

 

「(勿体ぶらずに、最初からもう少し協力して欲しいんだけど……)」

 

『それではキミの為にならないだろう。私だっていつまでキミを見ていられるか分からないのだぞ?』

 

「(うーん、それはそうだけど……)」

 

 

けんもほろろ、相変わらずな様子のシロッコに思わず嘆息する。喋っている言葉の真意が分かっているし何も言い返せないのは事実だが、それでも苦戦している状況で力を隠したままたすけてくれないのはなんだかなぁと思ったりはする。

 

脳内シロッコと語らっている間でもカヨコの猛攻は止まらない、むしろその勢いは加速していると言える。が、それを捌きながらシロッコに苦言を呈すことが出来ているし、案外シロコは余裕なのかもしれない。

 

 

「っ……、まだまだ余裕そうな感じだね」

 

「こうやって返事ができる位には」

 

「その余裕、いつまで続くかな」

 

 

上段からの踵落としを銃を使って受け止め逆に押し返したシロコと、攻め手が悉く受け流されている事に少し焦っているカヨコ。言葉を使って揺さぶりを掛けてもあまり効果があったようには思えない、やり難い手合いだとカヨコは改めて認識した。シロコの側も別に接近戦が苦手とかではない上に時間を掛けてカヨコの攻めに適応しつつある事もあって、戦局は徐々にシロコ有利に傾いて来ている。

 

今度はARの銃床を槍のように使いながら攻め立てるシロコと、敵の急な攻めにもしっかりと対応しているカヨコ。身体中がピリピリするような感覚と、急に攻めに転じてきたシロコに違和感を覚えながらもその攻めを躱し続ける。戦闘中に気分が乗ってきた事で動きは鋭敏化する事は考えられるが、それにしたって動きが良くなり過ぎているとカヨコは考えていた。事実不思議な事に、彼女はシロコの行動の全てが高速化していたり、狙いが鋭くなっているような錯覚を覚える。繰り出される突きも蹴りも、被弾すれば確実に戦闘力を奪える膝や肘などの関節部を正確に狙ってきているし、距離が離れた瞬間銃撃を飛ばしてくるがその狙いもやはり関節部。適当な攻撃が一切ない、実に手強い強敵と言える。

 

 

『身体能力は既に彼女を圧倒している以上、あとはそれに反応し切れるかという点に尽きる』

 

「っ!(膝蹴り!)」

 

『ならばその感覚を底上げしてやればいい、それでこの戦いは優勢を保てるだろう』

 

「次!」

 

 

確かにシロッコは力を貸しているが今回のそれはまた一味違ったものだった。それはシロコの身体能力を上乗せする形の強化ではなく、彼女自身の精神力や五感をブーストする形の強化だった。ニュータイプ的な感覚を身に付けていてもまだ未熟、繰り出されるだろう攻撃を予測して対応する領域には至っていない。シロッコが目指しているレベルとはまさにその領域であり、飛んでくる敵の攻撃を、その意思・思念から感じ取り対応出来るようにする。実際、それが出来るのが真に覚醒したニュータイプであり、どのような状況下でもシロッコは今言っていた事が出来る。

 

しかし彼女にはそれを求めるにはまだまだ足りない、足りな過ぎる。過去にシロコ自身も自覚していない状態で攻撃を察知した瞬間があったが、あれが日常的に、そして正確に出来なければならない。

 

だからその感覚──攻撃を察知する感覚を覚えさせる為には、覚醒したニュータイプの感覚を覚えさせる事が必要だとシロッコは考えた。しかも、模擬戦ではなく、命の掛かった実戦の場でこそ。

 

 

「(凄い……!敵の攻撃が分かる……、これもシロッコが?)」

 

『そうだ。キミの五感と私のそれを結び付けて共有しているのだ。あくまで一時的にだが見て捉える力、捉えた情報を処理して考える力、そしてそこから感じて反応する力が増幅されて、普段では意識下に留め置く事も出来ない事象を知覚するようになっているのが今のキミの状態という訳だ』

 

「(???……つまり?)」

 

『……端的に言えば今のキミは、擬似的にだが()()()()()()()()()()()()という訳だ。それが私の普段感じている感覚と言い換えても良い』

 

「(これが、ニュータイプ……なの?)」

 

 

実際のところは少し違う。

 

シロッコがやったのは、シロコとの親和性が高いことを利用して互いの感覚を同調させただけに過ぎない。シロッコの考えた事はシロコにも分かるし、シロコが目で捉えた感覚をシロッコは感じられる。『砂狼シロコ』という肉体に宿ったパプテマス・シロッコが感じた全てを、砂狼シロコは同じように感じ取れるようになり、その情報を瞬時に理解し反応する事が出来るようになる。*3

厳密に言えば感覚をブーストするとは違うのだが、大きく見れば同じような事だ。

 

シロコは戦闘中且つ戦闘に関する事であれば頭の回転は早い方だ。弱点を見つけてそこを重点的に攻撃したり、敵の行動を見極めて素早く行動できたり、戦闘ならばIQは高い。しかし、そんな彼女であっても今まで感じたことのない感覚が、砂狼シロコを包み込んでいる。目に見えるものを素早く判断する事は出来ても、見えないものは見えないままなのだ。それが普通であり、人間の限界であるからそれは当然である。

 

しかし、今のシロコは極限まで深い集中状態にあり、それを活かし切る事が出来る反応速度と思考能力を持っている。例え背後の一突きにだって、背中に目が付いているかのように反応しカウンターができるだろう。*4

 

いくらカヨコが歴戦の兵士であったとしても繰り出す攻撃の悉くを躱され続けていては、敵の攻撃を捌き続けていたとしてもジリ貧になるのは想像に難くない。それはシロコ側も同じでは、という当然の疑問にはシロッコのチートじみたスーパーパワーが存在している限り、シロコが体力切れに陥る事はなかった。シロコ自身は全く気付いていないが、実のところ体力面も底上げされているのだった。*5

 

 

「(強い……、間違いなく勝ちきれない。こうやって抑える事が精一杯、他のみんなは上手くやれてるけど、それでも押し切れてはいない。あまり使いたくはなかったけど、ここはムツキの奥の手を切るべきだね)」

 

 

別に自分が目の前の敵を排除できなくても良い、結局はアビドス高校の土地を制圧できれば良い。勝利条件を忘れたつもりはないが、奥の手を切ってしまっては完璧な作戦にはならない。二つの思考が一瞬せめぎ合うが、それでもカヨコは実を取る。報酬の取り分は減ってしまうだろうけれど失敗するよりは良い、そう判断してカヨコは作戦のキーマンであるムツキに指示を掛ける。

 

 

「ムツキ!」

 

「……! へえ、本当に良いの〜?」

 

「この膠着状態を崩すには、それしか──」

 

 

カヨコの決断があと1分早ければ、その作戦は一定の効果を挙げていたに違いない。しかし、その1分が致命的なまでに便利屋を追い詰めていた事を、カヨコは気づかなかった。

 

 

キーン   コーン   カーン   コーン

 

 

どの学園であっても聴かない事はないであろう、学生という身分であれば毎日聴くはずの音。学園によって特徴が見られたりもする──トリニティのような宗教色が強かったり長い歴史の中で形成された学校であれば、今でも鐘塔で鳴らしたりもするのだが──ような、アレ。

 

そう、チャイムである。

 

 

 

キヴォトスの学校において教師が教壇に立ち授業を行うなんて事は遥か昔に廃れており、現代においてBD(ブルーレイディスク)に収録された授業映像を見て各自で勉強するという形が主流である。*6学校組織の運営も各学園の生徒達が集まって委員会やら大本営やら生徒会やら、まぁそういった団体を組織して一般生徒を導いていくのが主流である。詰まるところ、学校の職員としてロボット・動物職員は居る事はいるが、授業を初めとした学校生活において何か先に立ってくれるような大人は存在しない。

その為、生徒は各自で勉強したい教科のBDを確保して好きな時間に勝手に勉強する、という形式が一般的になっている。言うなれば、大学のように履修を登録して講義を受けるような単位制のシステムと言い換えても良い。大学と明らかに違う点といえば『授業をいつどのタイミングで受けてもいいという事』だろう。*7

 

それでも、昔の学校生活で授業が対面で行われていた名残りなのか、決まった時間にチャイムが鳴らされている学校が多いのだ。

 

 

さて、つまり何が言いたいのか。

 

砂まみれで全校生徒僅か5人しかいないようなアビドスにも、決まった時間にチャイムが鳴るように設定されている。そして、それは一時間毎になるようになっている。

 

 

 

先程のチャイムは17時をお知らせするチャイムが校庭に鳴り響いている。そこで戦っているアビドス対策委員会や便利屋68にしてみれば、17時のチャイムがなったから何だっていう話なのだが。しかしそのチャイムが多いに関係している連中も、アビドスの校庭にはまた存在していた。

 

 

「んあ〜〜〜、ようやく17時か〜〜、長かったなぁー」

 

「ホントだよ。今日帰り何か食べに行かない?」

 

「さーんせー!柴関行こう!」

 

「がっつり働いたし、がっつり飯食うしかないっしょ!」

 

 

チャイムが鳴り終わるや否や、意識のある傭兵達は数秒前に自分たちがやっていた事は忘れ、思い思いに話をしながら校庭を後にしていく。意識のない傭兵も他の傭兵に叩き起こされたり、起きないヤツは引き摺られていく形で現場を後に。

 

その光景に唖然としたのは便利屋もアビドスも同じだが、相手よりも早くに意識を取り戻したのは便利屋の方だった。

 

 

「ちょ!ちょちょちょっと待ってよ!まだ終わってないわよ!」

 

 

声を荒げるアルに対し、傭兵団の1人が足を止めて口を開く。

 

 

「だったら、残業代ちょうだいよ。もちろん現ナマでね。ただでさえ今日の仕事も全員値切られてるんだから、それなりのモノ貰わないと引き受けないから」

 

「うっ……!そ、それは……」

 

 

言いたいことは言い終わったのだろう、アルに物申した傭兵は先を行っている友達の傭兵達に追いつく為に駆け出していく。その姿は、年頃の学生のように笑顔を浮かべており、銃火器がこの場には似合わないと思える程に美しい光景だった。

 

 

 

さぁ。

 

後に残されたのは防衛側のアビドス5名とシャーレの先生、それに攻撃側の便利屋68の4人。

 

 

「はぁ……時間切れ、か」

 

「まだやるつもりなら……」

 

「やらない、今回は私たちの負け。大人しく引き下がるよ」

 

 

明らかに戦意の感じられなくなった様子のカヨコも、銃を納めて後退していく。その途上で他の便利屋メンバーに声を掛け、素早く帰り支度を纏めて全員で撤退して行った。

 

 

「こ、これで終わったと思わない事ね!私達は必ず戻ってくるわよアビドス!」

 

「好き勝手して帰って行くなんて……!」

 

「……まぁまぁセリカちゃん。ここまで長引くなんて便利屋たちも想定外だったろうし、直ぐにやって来る事はないと思うよ」

 

“それよりも先に、私たちにはやるべき事がある。……だよね?小鳥遊さん”

 

「……そうだねー。聞きたい事も出来たし、すこ〜しだけ()()に付き合ってくれると嬉しいな、先生?」

 

“私に答えられる事なら何でもね”

 

 

 

無事学校を守り抜いた対策委員会は、学校施設の被害報告やら使用した弾丸やガジェットの管理やらで済ませておく事が山盛りになっている為、各々の家にはまだ帰れないらしい。先生も無事生徒からの要請で残業が確定してしまったし、この機会に粗方仕事を片付けてしまうつもりだろう。

 

 

『自分の言葉を撤回せざるを得ないとは、全て見えていたのか……?』

 

「(何の話?)」

 

『……いや、私個人の中で納めておくべき話だ。気にする事はないよ』

 

「(そう?なら、いいけど)」

 

 

珍しく驚いた様子のシロッコに思わずシロコも声を掛けてしまったが、途端に張り詰めていた雰囲気がパッと消え去り普段の様子へと戻ってしまった。違和感を感じながらも校舎内へと戻っていく彼女の様子を見て、手応えを感じていた男が1人。

 

 

今はただ、少しの間でも休息を。

 

次の戦いも、そう遠くはないのだから。

*1
実際、カヨコのバックボーンめちゃくちゃ盛っても納得できるくらいに強そうなんだよね

*2
ガチで背中に目ん玉がついてる人

*3
シロッコがシロコの身体を動かしているのとほぼ変わらない、という状態。大分分かりやすく説明したつもりだが、分かりにくかったら申し訳ない。ガンダムわからない人に簡単に説明するならば、反射神経とか思考力とか情報処理能力とかを滅茶苦茶に強化して、飛んでくる攻撃の初動だけを見て「あーこれ左のパンチくるなー」って予測できて、「じゃあその攻撃にはどう対応すればいいかなー」って事が瞬時に分かって、「じゃあそのように動いてみようか」って出来る能力。

*4
天パ。

*5
そうでなくても、アウトドアなシロコにはキヴォトス人でも上位のスタミナは持っていると思うけど

*6
『ア』で始まって『ス』で終わる異形のお母さんが一つ一つ懇切丁寧に教えてくれる学校も例外としてある。学校として機能しているかは兎も角だが。

*7
調べてみたけど、決まった時間に授業を行っているような記載は見つけられなかった。




後書きで書きたい事は何かないかなと思って探していたのですが、やはり何も思い浮かばなかったので無駄にお時間取らせるのも悪いので、ここで終わりとさせて頂きます。

トランジェントガンダム、強過ぎワロタ。
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