相当頑張っております。
次は期間開きます。絶対。
大遅刻の末にようやく現着した小鳥遊ホシノの前には、他自治区への出張を早めに切り上げて怪しい動きを見せていた風紀委員会を問い詰めようとしていた空崎ヒナが立っている。
アビドス自治区の実質的な長と、ゲヘナ風紀委員会の最高位。
一触即発の雰囲気が形作られる中、両者の傘下はその成り行きを静かに見守っていた。というより、既に平社員程度が口を出せる状況ではなくなっている。当然、今しがたこの事態の説明を要求されていたアコもそうであったし、まるで別人のように見えるホシノに対策委員会は声をかける事を躊躇っている様だった。何せ、いつもはポヤポヤした雰囲気を纏っている彼女だが、今は鋭い視線だけで周囲を射殺してしまえそうな圧力を放っている始末。*1
「アコ」
『はっ、はい!』
「通信を切って、寮の自室で謹慎していなさい。話は後で聞き出すから」
『……はい……』
明らかしょんぼりした様子の行政官は、そのまま消えてなくなってしまいそうな声で返事をした。それと同時に、青白いホログラムの光も消えて無くなってしまう。
深くため息を吐いたヒナは一度、対策委員会・便利屋と風紀委員会の対立構造へと目を向ける。
「……」
「……」
誰もが彼女の一挙手一投足に注目している中、真っ先に動き出したのは。
「……それで。ここで終わりにするのか、続けるのか、どっち?」
「その決定権は、貴女が握っているという事?」
「私はやったって良いけど」
『待ってください! どうして戦おうとするんですかシロコ先輩! 相手はキヴォトスでも一二を争う程の実力者なんですよ!? ここは下手に動かず交渉するべきです!』
「そんな段階はとっくに過ぎてるよアヤネ。こっちも、向こうも」
『それはっ、そうですが……』
「やるにしたって、負けるつもりはないし」
「……!?」
「それで、どうするの?」
ホシノとヒナの発する圧力によって誰も彼も固まって動けない中、シロコはまるで普段通りに言葉を放つ。すぐさま後輩のアヤネが考え直すように通信を入れてくるが、自分たちの後輩が相当な規模殲滅されているというのに今更後退をするような連中なのだろうか。やってしまったからには最後まで行くとも言われかねない状況だという事を、彼女は理解していないというのか?
もし仮だが、ここで対策委員会と便利屋が揃って討ち取られた場合、ゲヘナの思うように自体は解決するだろう。『便利屋を捕縛しようとした所でアビドスの介入を受けたので、これを揃って鎮圧し捕縛した』という風に、事態を捻じ曲げられてしまう可能性だって十分にある。結局は勝った方が正義になってしまうのが、いつの時代でもたった一つの理なのだから。混沌と自由を重んじる学校であるゲヘナ学園、そこの風紀委員会というのだ。一体何を仕掛けてくるか分かったものではない。
シロコの戦闘意思を感じ取ったのか、シロコの側にはいつの間にか起動しアイドリング状態で待機しているグラシュティンが、主人を守る番犬の様に控えていた。
その鉄の塊の姿に気づくや否や、ヒナの細く絞られていた目線が大きく見開かれた。如何にも驚いていますと言った様に見て取れる彼女の様子に、何か変なものを感じるのはシロッコであった。理由は分からないが、グラシュティンから目を離さずに具に観察しているらしかった。
「あの機械は一体……、まだ隠されていた遺産があったという事? 流石に万魔殿にも共有すべきかしら……」
「……?」
『どうやら、それどころではないらしいな』
一人ボソボソと呟き始めてしまったヒナの姿を見て、戦う気は無くなったと判断したシロコ。シロッコもグラシュティンを再びスリープモードへと移行させる事でバッテリーの節約を図る。核動力ではない以上、残りのエネルギー量を考えて抗戦する必要があるのは少々不便だが、事此処に至っては仕方のない事である。
「とりあえず。事態を収めるつもりがあると、思っても良いのかな、ゲヘナの風紀委員長ちゃん?」
「情報で知っているのとは、やはり違うものね」
「……私を知っている……?」
「まだ、アビドスに残っていたなんて。あの事件の後、アビドスを去ったとばかり思っていたけど」
「──そこまで……」
“事件”。
その単語が口から出た瞬間、ヒナに対し一層鋭く突き刺さるような視線を向けるホシノ。遠く離れた場所で成り行きを見守る対策委員会や風紀委員会には聞こえる事はなかったが、ヒナと交戦する気満々だったシロコは、その単語をしっかりと聞き取っていた。もちろん、彼も。
「いえ、これは今は関係ないわね。……チナツ?」
「えっ? はい!」
しかし、ホシノとヒナの会話が長く続けられる事はなかった。すぐに部下のチナツを呼び出して一言。
「撤収する。全員に準備させて」
「りょ、了解!」
「それと、イオリは何処?」
「……先程、暴れ回っていたそこの生徒を止める為に突っ込んで行ってから帰っていません……」
「ツインテールの子なら、そこら辺で倒れてるはずだよ」
撤収すると言うのなら、教えてやっても良いだろうとシロコは自分から伝えてやる事にした。恩を着せるつもりは無い、万が一見つからなくてアビドスに置いて行かれては、こちらとしても面倒だし。
「っ!」
「……教えてくれてありがとう。……あなた、名前は?」
「シロコ。砂狼、シロコ」
「そう。あなたには、別で聞きたい事はあるけど、今日はやめておく」
そう言って彼女は、チナツにイオリの回収を任せてから、シロコに一枚の紙切れを握らせて来た。小さなメモ用紙のように見えるそれには、急いで書いたのか少し字が崩れているが何かの番号のように見える。
「これは?」
「私のモモトークのID。登録しておいて欲しい」
「……?」
「質問に答えてくれたら、報酬を出すから。だから、登録しておいて欲しい」
「……分かった」
「ありがとう」
報酬が出るから了承したわけでは無い。シロコには分かってしまった、このお願いに込められた彼女の奥底から来る懇願の感情。何がそこまで彼女を駆り立てるのか全くの不明だが、流石の彼女も本気で頼み込んでくる相手を無碍にする事は無かったという事だ。
シロッコとしても都合が良い。情報は何よりも重いものだ、それがどんな些細な事だったとしても知っているのと知らないのでは、そこには明らかな違いが生まれるものだ。どういうつもりでヒナがシロコに対して連絡先の交換を申し出たのか、先ずはその真意を見極める所から始めなければならないが、それは連絡を取り続ければおいおい分かって来るだろう。
ヒナはシロコとの話はこれだけだったのか、再びホシノへと向き直って、頭を下げた。
「えっ?」
「頭を……」
「下げました……!?」
「先ずは、ゲヘナ風紀委員会のアビドス自治区への無断侵入、並びに武力行使。そして、ここまでの大きな騒ぎを引き起こしてしまった事。この一連の事件に関して私、ゲヘナ風紀委員会の委員長である空崎ヒナより、アビドス対策委員会へ向けて公式に謝罪する。必要であれば、後ほど文書に認めて送付する」
「今後、ゲヘナの風紀委員会がここに無断で侵入する事は無いと約束する。どうか許してほしい」
誠心誠意の謝罪であった。ゲヘナらしくない、とんでもなく真面目な生徒らしい彼女は、アビドスに対して自分たちの非を認めて謝罪を行ったのだ。
「……ホシノ先輩」
「うん。その謝罪、アビドス対策委員会委員長、小鳥遊ホシノが受け取ったよ。頭を上げて欲しいな〜?」
「……」
ホシノの一言を受けて、少しばかり柔らかな雰囲気になったヒナ。
とりあえず、細かい事後処理などは色々残っているものの、今回のゲヘナ風紀委員会によるアビドス襲撃事件は、一応の終着を見た。
便利屋の処遇やら柴関ラーメンに対する補償方法など、簡単にアヤネとヒナの間でやり取りが交わされ、それが終わってから風紀委員会の一糸乱れぬ大撤退が行われた。
何やら帰り際にヒナが先生に耳打ちしていた内容。それは後日おいおい話すと先生から伝えられたが、それ以外は特に何かが起こった訳でもなし。
強いて言う事があるとすれば。
「それで、シロコちゃん」
「アレは一体何なんですか!?」
アヤネが物凄い剣幕でシロコを捲し立てる。対するシロコはいつも通り、表情の分かりにくい様な普通の顔を張り付けていた。
アレ、とは勿論の事。先程の戦闘の際に猛威を振るっていた、あの機械の事だろう。
と、聞かれても彼女が作った訳ではないので何にも説明出来ないのだが、いや実際には彼女自身は作っている扱いになるのだろうか?
「(シロッコ、どうするの)」
『(いつかはこうなるものだ。早いか遅いかの違いしかない)』
「(いや、そうじゃなくて……)」
『(仕方あるまい。私が話そう)』
「(え)」
有無を言わさず身体を乗っ取ったシロッコ。もはや、シロコの状況は関係無いのだろう。
「……それで、何から聞きたい。言ってみるといい」
「え……」
「シロコ、先輩?」
「何か? 」
「あ、えっと……」
「ど、どうしちゃったんですかシロコちゃん……?」
急に人が変わった様な態度のシロコに対し、明らかに戸惑った反応を返す対策委員会のみんな。普段しないような言葉遣いに始まり、その座り方や雰囲気など、色々と違う所があると感覚的に分かるほどに彼女は別人だった。それでも、彼女は砂狼シロコでしかなかった。
「シロコちゃん」
「質問なら答えよう、小鳥遊ホシノ」
そして、これだ。普段のシロコとは明らかに違う、他人行儀な呼び方。シロコが誰かのことをフルネームで呼ぶ事などたったの一度もない事だった。そもそもアビドスという閉鎖された環境という事もあり、関係値の高い友人が外部に居なかった事も大きいが、この前ヒフミと行動を共にした時だって呼び捨てにしていたのだ。*2
この一幕で瞬時に警戒がマックスにまで引き上げられたホシノは、迷う事なくショットガンを推定シロコへと向ける。流石に引き鉄に指を掛けはしないが、それでも彼女は何かがあれば行動に移すつもりであった。
「ホシノ先輩!」
「お前は、誰だ!」
「見て、分からないか? 君たちの良く知る、砂狼シロコだろう」
「そんな直ぐに分かる嘘を!」
「……シロッコ。いくら何でもふざけ過ぎ」
「え、シロコ……ちゃん?」
「ん、ごめんねみんな。ちゃんと説明してもらうから」
ホシノでさえ上手く状況を飲み込めていないのだ、他の対策委員会メンバーは完全に置いてけぼりを喰らっている。
「流石の私もお巫山戯が過ぎたな、すまなかった。では、改めて自己紹介と行こうか」
「私は、パプテマス・シロッコという。今はシロコの身体に魂だけ残っている存在だ」
「「「「……え?」」」」
それからの流れは彼自身が来歴を簡単に紹介したり、自分の状態をまぁ分かりやすく説明したり、グラシュティンに関して楽しそうに解説したりしていた。
予想もしていなかった怒涛の展開に、またしても対策委員会は正しく面食らってしまっていた。まぁ信じられる事ではない、一時期行方不明になり必死に探していた自分たちの仲間が、その間に別の世界で宇宙空間へ飛び出していたとは。帰ってきたと思ったら、その時出来た縁が原因になって身体の中に2人目の人間が入り込んでいるとは。その人間が勝手に身体を動かして、元の世界の兵器を開発しているとは。
軽々と理解の及ばない話を繰り広げている彼に待ったを掛けたのはアヤネだった。
「わっ、分かりました! と、とりあえず、シロッコさんがどうしようもない理由でシロコ先輩の……、言うなれば第二人格のようになっている事は分かりました」
「そうか。それで、他に何を聞きたい。あのマシーンに関して、もはや話せる事はないが」
「いえ、その事はもう良いです……。色々と知らない技術体系の話をされて頭がパンクしそうですから……。そうではなくてですね。今回の事は恐らくシロッコさんにとっても、予想していなかった事態だと思います。しかしながら、こうなってしまった以上はシロコ先輩と運命を共にするしかない、という事ですよね?」
「その認識で問題ない。彼女の身体を使ってこの世界で成したい事もない」
「つまりは、『私達に協力してくださる』という認識で、よろしいですか?」
一歩踏み込んで確信を突いた質問をアヤネは口に出す。アヤネの中ではこの結論は一つの既定路線のように思っていたが、シロコの身体に宿っている以上はアビドスに協力してくれる、という事と考えていた。協力の度合いがどういったものか、という擦り合わせが必要にせよ。
しかし、思っていた通りには話は進まなかった。
「フム……。私は、あくまでシロコに協力するだけだよ。君たちの境遇は既にある程度は知っているし、同情もしよう。しかし、私は君たちの為に何かをしようという気は全くない」
「そ、それはどうしてですか!?」
「協力しない、とは言ったが。砂狼シロコという人間は、このアビドス廃校対策委員会の一員なのだろう? それなら、私も実質的に協力しているようなものではないかな? 」
「それは、確かにそうですが……。アレだけの高性能な兵器が作れるんですし、もしかしたら借金返済の鍵になるような事だって──」
「私に助力してほしい事が、キミの言ったようにアビドスの借金に関わるような事であるのなら、やはり協力はしないよ。私は、アビドス対策委員会の一員ではないし、そこまで君たちに肩入れする気はない。諭す様で悪いが、いつ消えるかも分からない私の事を当てにされても困るな。私の意識が消えるまでは砂狼シロコを見守り、彼女の助けになるであろう行動を起こす。それが、私のこの世界でのスタンスだよ」
「そこに関しては、この人が言ってることが正しいと思うな。おじさん達はあくまで、これまで通りのやり方で借金に対応しなくちゃいけないよ」
余り納得のいっていない様子のアヤネだったが、思わぬ所から助け舟が出た。それはこれまで沈黙を貫いてきた委員長ホシノであり、銀行強盗した時と同様の事を伝えていた。それは彼女達の一本通った芯の様な主張なのだろう。自分たちの手で借金返済を行う事で、彼女達が真に守りたいアビドスを保ち続けられるという。
その理念は立派であり素晴らしい事だと、シロッコは本心より評価する。が、現実はそう単純じゃない事もまた、理解しているのがシロッコであった。
「えっと、一つ質問……というか、個人的にハッキリさせたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「構わない、十六夜ノノミ嬢」
この対話が始まってから余程シロコの事が心配なのか、始終静かな視線を向けていたノノミからの問い掛けが挟まる。その質問も、対策委員会を大事にしたい、そして同じくらいシロコを大事に思っている彼女らしい問い掛けであった。
「つまりシロッコさんは、シロコちゃんの味方っていう捉え方で、良いんしょうか?」
「シロコの味方、そうだな。そのように思ってくれて構わない。私は何があろうと、彼女の味方であり続けると誓おう」
「……そうですか。それなら、私から何か言いたい事はもうありません。これからも、よろしくお願いします、シロッコさん」
「フフ……優しい心根を持った少女だ。こちらこそよろしく頼む、ノノミ嬢」
シロッコの返事を聞いて満足したノノミは、それ以上何かを聞いてくる事はなかった。それが聞けただけで、ノノミにとってはどんな言葉よりも信頼出来ると感じたのだから。
さて、それはそれとして。シロッコは先程までのノノミと同じように、一言も口を挟まなかったセリカへと目を向ける。彼女とも、一度言葉を交わしてみる必要があると考えていた。
「セリカ嬢、キミは何か聞きたい事はないかね? きっと、私自身とじっくり話すことが出来る機会は、今を除いて無いと思うが? 」
「……私はいいわ。他のみんなも納得しているみたいだし、私だってアンタが何か悪い事にシロコ先輩を巻き込もうとしてないって事は、分かる気がする。今までの話を聞いてみて、だけど」
「それならば、いい。キミも、これからよろしく頼む」
「ふん! アンタとよろしくする謂れはないわ! アンタがシロコ先輩の身体を使って怪しい事しないように見張ってやるんだから!」
「フフフ、それは怖いな。肝に銘じておこう」
彼女も彼女でこの対策委員会、延いてはアビドスが大好きなのだろう。そして、それと同じくらいにシロコの事も。
言葉自体は厳しく感じられるが、その節々からシロコを心配し思う気持ちが感じ取れる。そうした強い語調がなければ表立って感情を伝える事が出来ない、何とも可愛らしい少女らしい。
「これで、みんなは納得出来た?」
「今は、シロコちゃんかな?」
「ん、そう。色々分かりにくい事もあったと思うけど、全部ホントの事」
「俄には信じられませんが、それでも理解はしました」
「……ホシノ先輩は、どう?」
未だに微妙な表情のホシノを気遣ってか、シロコは彼女の反応を窺う。本当は心配だろうにそういった感情を隠してホシノは、いつも通り柔らかな表情を浮かべて気丈に振る舞うのだ。
「うへ、途中から何が何やらで眠くなって来たよ〜。でも、シロコちゃんは変わってないみたいだから、安心したよ〜」
嘘である。ホシノが一番、シロコの変化に気付いていた。それは戦闘面でも、そうでない時でも。これまでと変わっている彼女の一面を見つける度に、変わってしまった事を恐ろしく思ってしまったホシノ。
人間は絶えず変化していく物だが、本質的に変化を嫌っているのもまた人間である。ホシノはそうやって変化がないように周囲を観察して、今の平和を、生活を守って来たのだ。
「今まで通りとは、言えないかも知れない」
そんな気持ちを、全て分かっているかのようにシロコは話し始める。
「それでも、私は、砂狼シロコであり続けたいと思ってる。シロッコが余り信じられなくてもいい。その分、“私”を信じて欲しい」
「──シロコちゃん……」
「ホシノ先輩に信じ続けて貰えるように、私も頑張るから」
「……うへ、大丈夫だよシロコちゃん。シロコちゃんは、いつまでだって、私の可愛い後輩さんだからね〜」
「……ん」
寄り添ってくれたシロコの頭をすりすり撫でながら、ホシノは心配などする必要はなかったと思い至る。きっと、彼女達が居れば、アビドスは大丈夫だと、そう確信するに至った。
ホシノは心から、安心出来たのだろう。
だから、彼女は去く。
それを、守らんが為。気高く崇高な意思を、絶やさない為に。
それが、彼女にとっての最後の1ページになろうとも。
《メッサーラ・グラシュティン(第一形態)》
簡単に言えば、機首部分のハイパーメガランチャー抜きの状態が今。あと、シロコのドローンにも搭載されているミサイルを搭載している事と、核動力が再現不可能な為にバッテリー駆動になっている事以外は原型機と同じ物。
一応設定をここに。
ただそれだけです。