最初は正直盛り上がりに欠けるかもな展開です。
何せお祭り見に来たお客さんという立場なので。
ミレニアム編 プロローグ
ミレニアムサイエンススクール。
キヴォトスの中で最も最先端の科学力を誇っている比較的新鋭の学園であり、キヴォトスで出回っている家電を始めとした大抵の機械はここで開発された物か、もしくはその技術協力を受けている物というのだから驚きだろう。科学に関する様々な分野において研究が進められており、本当に多岐に及ぶ研究テーマがこの学園に散りばめられている。
元々は『千年難題』の解を追い求める研究者の集まりが学園の始まりであり、その創設理由を知っている生徒は少数派だが、それでも学園生徒は嘗ての研究者達と同じ様に自らの追い求める答えに向かって邁進している。
科学を愛し、科学に愛されている学園。それがミレニアムサイエンススクールである。
そんなミレニアムでは一年に一度、『ミレニアムプライス』と呼ばれる学園中の部活が開発した成果物を展示し品評するという、キヴォトスでも最大級のコンテスト……というよりもお祭りみたいな感じだが。ミレニアムに所属する各部活動は、これまた一年に一度セミナー主催で行われる予算審議会において自分達に有利な展開を導く為にこの場を利用する、というのが普通の流れだろうか。
一泊をゲヘナで、もう一泊をミレニアムの宿で明かし、その翌日のミレニアム見物と相成った訳だが。
「凄いね、ミレニアム」
『あぁ、全くだ。キヴォトス一発展しているというのも頷ける。ゲヘナやトリニティの様な歴史的な街並みとは違った景色、私にとっては見慣れた物だが、キミにとっては全てが新鮮に見えるだろう。……アビドスが少々特殊なのは否めないが』
「自販機が自走してたのは……ちょっと驚いた」
『私の世界でも自販機は自走しない物だ。自販機が移動出来るからどうだという話ではあるが……』
想像以上に進んでいるミレニアムの学区は、これまでアビドスから足を外に運ぶ事が無かったシロコに大きな衝撃を与えていた。アビドス自治区に関しては学園で受けた様々な依頼の為に歩き回ったが、自治区の外は彼女にとって正しく未知のエリアであった。それはミレニアムに入る前に寄ったゲヘナでも同じ事なのだが。文化や特色の違いがここまで如実に表れているとは、彼女には想像も付かなかったらしい。
シロコの物心が着いたのは長めに見積もっても2年前、あの冬の日が彼女の最初の思い出だった。
その頃既に底無し沼の底の底へと沈み切っていたアビドスは、その街並みは崩壊しきっていた。誰がどうしたってアビドスはじきに滅ぶだろうし、同じように判断した連中から我先と長く親しんだ故郷を捨てて逃げ出した──『逃げ出した』と言うのは言葉が強過ぎるだろうか。残った者達からしてみればそのように捉えるしかないが、誰しも自分の生活と自治区の未来を天秤に掛けられたら、どうしたって自分の選ぶのは必定だ。
だから、アビドスの街は年々、いや日を追う毎に悪化の一途を辿り続けた。昨日まで営業していた飲食店が明日には貼り紙を残してもぬけの殻なんてのは序の口、明日が見えなくなって今日すらも不透明になった会社員や学生達が地域のスーパーを襲撃、自治区内の傘下に入っていた学校が全く統制の取れない無政府状態になって崩壊。といった感じで、加速度的な治安の悪化に見舞われたアビドス自治区は既に自力で立ち直る力を失って久しく、カイザーの援助(借金の押し付け)によって辛うじて呼吸をさせて貰っていたという事実。
明日が見えないのは当然、今日の事も怪しいと判断した連中は、間違いなく良い選択をしていた。
何が言いたいかと言えば、シロコがアビドスに住み着いた時には街と呼べる物は無かったという話。強いて挙げるのであればブラックマーケットだろうか。アビドス自治区からも比較的近く、アビドスが傾くに連れて規模が大きくなって行った街でもあるので、発展に無関係ではないだろうが。
地域のスーパーは既に廃墟と化し、昔は大勢の人で賑わっていた商店街もシャッターが下がっている店ばかり。住宅街も無事な建物を探す方が難しく、人の気配が殆ど感じられない。読んで字の如く、ゴーストタウンだったのだ。
そういった光景しか知らなかったシロコにとって目の前に映る光景は、とても眩し過ぎた。笑顔の溢れる街は、昔のアビドス其の物だった。
「……いつかは、アビドスもこうなれるのかな」
『現実は、単純ではない。それでも、キミ達は前に進むと決めたのだろう。それなら、進むべき場所まで進んでみれば良い。その先にどのような光景があるのか、目の前の光景のようになっているのか、その時になれば分かるという物だ』
「……いつも、シロッコの話は解りづらい。けど、ありがとう」
『折角ここまで足を運んだのだ。今は見るべき物を見て、得るべき知見を得るべきだろう?』
「ここまで来たのは半分以上シロッコの都合だけど」
『そう言うな、アヤネからもお使いを頼まれているのだろ。明日が本番なら、今日のうちに済ませておける用事は済ませておいた方がいい』
「ん、分かってる」
相も変わらないシロッコの周りくどい励ましも、最近のシロコは少し意図が掴めるようになって来た。前はシロッコの感情だけを何となく分かっていたに過ぎなかったのだが、時間が経って彼の物言いに慣れて来たのだろうか。
さて。
彼女達がアビドスから遠く離れたミレニアムにまでやって来たのには二つの理由があった。
一つはさっきもシロコがボソッと呟いていた『シロッコの都合』だ。端的に言えば、明日から開催されると告知のあった『ミレニアムプライス』に目的があった。肉体を失おうとも心は研究者なシロッコは、こういった催し物を見て見ぬふりは出来なかった。この世界にやって来ても色々開発しているし、作るつもりの無い設計図は多く積み上がりつつある。早い話がミレニアムの連中と自分、どちらが優れているのかを知りたかったのだ。
ミレニアムの殆どの部活動はこのミレニアムプライスで自らの制作物を披露して栄誉を得る事を目指している。そうする事で最も分かりやすい“実績”になり、来年度以降の活動がさらにやり易くなるからだ。
まだ新しい学校のミレニアムは、学校運営において何よりも実績を重んじる学校である。歴史があれば忖度や配慮が生まれてしまい、物の見方が偏った物になりかねない。実績というのは分かり易い判断基準であり、それがあればこそこの学校で幅を利かせられる。
もう一つ、これはオマケの様なものだが、こちらは学校の名義を背負った重要な依頼であった。
奥空アヤネは少し前に、ミレニアムのエンジニア部へある依頼*1を出していた。それは今まで彼女が使っていた物とはよりも高性能なドローンの開発であり、ブラックマーケットへと入っていくカイザーの現金輸送車を追跡するのに使われた物だった。ヘッドギアを装着して脳波を感知する事で思った通りにドローンが動いてくれる──どこかで聞いた事のある様な仕様だが──という機能の付いた特注品、それの運用レポートを渡す様に彼女に頼まれていたのだ。元々は彼女本人が渡しに行く予定だったが、折角ミレニアムに行くつもりのシロコが居るのであれば任せてしまえとお願いをする運びになった。
そもそもシロコがアビドスを離れてミレニアムへ行くというだけで、委員会のみんなからは意外そうな目を、寧ろ心配そうな感情を向けられていたのだ。まぁ当たり前ではある。科学や機械に関して興味を示していたとはとても感じられなかった対策委員会の面々に、根掘り葉掘り聞き出されてようやく出発が認められたのだから。わざわざシロッコが表に出てきて色々説明……弁明、釈明のような言葉を並べ連ねるハメにもなったのだ。問題が起こった後なのは分かるが、それにしても過保護過ぎると、シロッコは振り返ってみても同じように考える。私がいる以上はシロコに何か起こるハズがないと本気で思っている*2ので、少しばかり過干渉な委員会に対して辟易しているシロッコであった。
ミレニアムサイエンススクールの正門で受付を頼むと、事前にアポイントメントを取ってあるかどうかを訊かれる。アヤネの名前を出して用件を伝えれば少しの確認が入った後、案内がやってくるから待つように言われる。通された待合所も、何というか無機質な感じというか、ジュピトリスの内部を思い出すような雰囲気だった。違う事と言えば重力がちゃんとある事と、無重力帯を移動する為のグリップがない事くらいか。
「──お待たせしました。貴女がアビドス高等学校2年の砂狼シロコさん……で合ってたわよね?」
「ん、合ってる。貴女は?」
少しの間無為に時間を過ごしていれば、遠くからカツンかツンとヒールの靴音が響いて来たかと思えば、シロコの居る部屋の前でそれが止まる。待ち人がやって来た訳だ。
扉の向こうに居たのは、菫色の髪をツーサイドアップに纏めた、細くシンプルな造形のヘイローを頭に浮かべる生徒だった。
「私はセミナー会計の早瀬ユウカです。よろしくね、砂狼さん」
「こちらこそ、よろしく。私の事はシロコでいい」
「そう? なら私もユウカでいいわよ、同じ学年みたいだし」
お互いに顔を合わせて軽く握手を交わす。ミレニアムの生徒らしい人だなぁと、シロコは何となく思った。
「軽く自己紹介も済んだ事だし、それじゃエンジニア部の部室に案内するわね」
「ん、よろしく」
「本当ならエンジニア部に案内する前に、他にも案内しておきたい場所はあったんだけど今日は時間が無くって……」
「明日の準備で忙しそうだね、みんな」
確かにユウカの先導を受けて隣を歩き始めたシロコは気付くだろう、擦れ違う生徒達はみんながみんな必死そうな表情を浮かべて走り回っている事に。それだけ明日のコンテストが重要なのだろうと考えなくても分かる。シロッコもそんな事を教えてくれていたような気がするし。
「そうね。明日のミレニアムプライスは、ウチの学園ではとても重要な──言ってしまえば"試験"のような物なの。明日自分達が受けられた評価によって、来年度の予算が決まると言っても過言では無い。私も出来るだけ多くの予算を部活にあげたいのは山々だけど、それをしてたらただでさえ出費の嵩むミレニアムじゃ、簡単に破産しちゃうわ」
「……スケールが違う」
「そうね、アビドスの事情を考えればそういう感想にもなるかも。今でこそキヴォトス三大校みたいな感じで名前も挙げられるし、何かする度に天文学的な数字のお金が飛んでっちゃうから気が気じゃないわ。何か一つでもミスしたら、この学校終わっちゃうかもしれないのよ……」
「あー……えっと、ユウカも苦労してるんだね」
ミレニアムのセミナー、所謂生徒会に所属しているユウカは、その立場上様々な学校の情報に詳しい。つまりはアビドスが滅んでいない事も、つい最近までカイザーとの間で揉め事が起こっていた事も知っていた。まぁ、カイザー云々に関しては連邦生徒会が捜査に入ったとか何とかで、クロノス報道部*3が喧しくニュースにしていた事も合わせて思い出されるだろう。
同情できる事情があるというのは分かっているが、それはそれとしてミレニアムだって酷いのだ。お金はあるけどそれを超えるペースで消費されていて、適切な運用に失敗すると破産する学園の手綱を常に握らされている彼女の心労は、アビドス所属のシロコとはまた違った意味で凄まじい重圧だろう。
そんな風に他愛の無い会話をしているうちに、先程前歩いていた建物を飛び出して離れへと向かっていた。目の前に映っているのは長方形の三階建ての建造物であり、あの中にエンジニア部の部室があるのだろうなとシロコは感じる。
が、ユウカから齎された返答はその予想とは違った物であった。
「あの
「ん……、ん? あの建物?」
「ええ。エンジニア部はミレニアムの中でも相当上位の実力を持った部活なの。実績を重要視するミレニアムだから、建物一棟を丸々部室として提供する位の事もするわ」
「……へぇ」
驚いて声も出ないシロコだが、案内の役目を終えたユウカとはここでお別れになる。
「そういえば渡すのをすっかり忘れてたけど、これを腕に付けておいて貰える?」
「ん、これは?」
去り際のユウカは一つのデバイスを手渡してくる。腕時計に似た形状のそれは薄く青い光を点滅させている。
「ミレニアムの入館証みたいな物ね。数年前のエンジニア部が作ってミレニアムプライスで優秀賞を獲った製作物なのよ。簡単に言えば、このデバイスを付けていればミレニアムの公共エリアに入れる様になるっていう、まぁ鍵のような物。それに加えてGPSと簡単な音声案内機能も付いているから、迷っても大抵の場所なら連れて行ってくれる筈よ」
「こんな小さいのに、凄いね」
「ミレニアムでも特に彼女達は優秀だからね。偶に、というか結構な頻度で変な機能を付けた発明もするけど……」
「……」
ユウカの最後に言っていた言葉は聞かない事にしたシロコ。もしかしたらアヤネが気付かなかっただけで、あのドローンにもヘンテコな機能とか付いていたりしないだろうか。機体カメラで近距離に敵を察知した瞬間、プロペラが勝手に変形し敵を捕まえて自爆……みたいな。
実のところ、シロコと同じ事をユウカも少し気がかりに思っていたのか、彼女とアビドスに頼んで運用レポートを見せてもらう事も吝かではなかった。変な機能が付いていて知らない間に外交問題になっていたらホント最悪であるし、主にユウカの胃に対して。
ユウカは最後に、建物のインターホンを鳴らして用件を伝えれば反応があるはずと言い残して足早に去っていった。ゆっくり雑談しながら案内してくれたけどきっとユウカも人並み以上に忙しい事は確定だろう、セミナー所属と言っていたし。遠のいて行く彼女の背中にありがとうと声を掛ければ、振り向く事なく手をヒラヒラとさせて応えてくれたユウカ。
さて、と。
シロコは改めて目の前に聳え立つエンジニア部の部室へと向き直る。改めて確認してみれば二階と三階の外壁にはキャットウォークが迫り出していて、あそこまで到達できればインターホンで中に連絡を取る必要なく侵入できるだろう。考えたらちょっとやりたくなって来たシロコ、普通に目の前のインターホンを押しなさいよ。
『何を考えているシロコ。大人しく呼び鈴を鳴らせば良いだろう』
「ご、ごめん……」
シロッコにも結構なガチトーンで諭される始末。シロッコがいようといまいと、結局彼女は昔と変わらないままの砂狼シロコという訳なのかもしれない。
彼女の指先がモニター付きのインターホンの呼び出しボタンを確かな手答えと共に押下すれば、数秒の後に通話と映像が双方向に繋がった。画面に映っているのは長い薄紫の髪をそのままロングに伸ばしている、一目見て頗る顔が良い生徒だった。
『はい、こちらエンジニア部。ご丁寧にインターホンを鳴らしてくれる君はどちら様かな?』
「アビドスから来た砂狼シロコ。レポートを渡しに来た」
シロコの対応をしてくれたのはエンジニア部の部長であるウタハであった。
『あぁ、待っていたよ。今ロックを解除するか──』
直後、モニターの向こうから耳を劈く爆音が鳴り響いた。それと同時に今まで応対してくれていた紫髪の顔の良い生徒は、爆風を直で受けてどこかへ吹っ飛んで行ってしまった。
「え」
『む』
しかし、何事もなかったかのように隣の自動ドアが横滑りしてシロコを迎え入れようとする。が、中から大量の黒煙と共に数人の作業服を着込んだ人間が飛び出して来るので、慌てて横へズレて元居たインターホンの前へ。隣から明らかに異常が起こっている以上は現実逃避など出来そうにないが、一応念の為にもう一度インターホンの映像を覗き込んで見れば、さっき迄のイケメンフェイスは何処へ行ってしまったのか、顔面を煤だらけにした紫髪の元顔の良い女が何も変わらない様子で映り込んでいた。
『ようこそ、エンジニア部へ。歓迎するよ』
「うーん……。今日来たのは間違いだったんじゃない?」
『私に言われても困る』
とりあえず歓迎はしてくれるらしい。
元々は一本の話だったのを二つに分けて投稿しています。
明後日の8時にもう一本投稿を予約してありますので、そちらもお楽しみに。
それと、少し考えている事があります。
アンケートでミレニアム編を先に執筆して欲しいという方が多かったので、そのように投稿していく予定ですが、時系列の事を考えると少し変な感じになるかも知れません。何せ、ミレニアム編2章はエデン条約編3章よりも発生する時期が後なので。
まぁそこはおいおい考えることにします。