構想を練ったり、書きたい展開を考えていたらいつの間にか時間が過ぎておりました。
エデン条約編 プロローグ
何度かミレニアムへの用事を済ませた頃、それなりにアビドスの外への外出が増えてきたシロコ。
ゲヘナの委員長との個人的な友誼やミレニアムのエンジニア部の実験やらに付き合っていたり、まぁ色々自治区外へ飛んで行く事が多くなっている事を、他の対策委員会メンバーは総じて好ましく思っている。
元々サイクリングで自治区内を活発に動き回っていた彼女だったが、アビドスでの事件以降その行動範囲が他自治区に跨るようになった。その結果として学校自体の存在感も以前に増していたり、いつもの賞金稼ぎのような荒事バイトではなくエンジニア部から回ってくるレポートバイトなど、安全に収入を得られる仕事も獲得出来ている。
シロコのアビドス以外の、他者との繋がりの希薄さを心配していた対策委員会だったが、予想以上の科学反応によって学園にとって良い影響まで出ているのであれば、最早外野がとやかく心配する様な事は何もなかった。
「うへ、珍しいね。今日は部室に居る日なの〜?」
「うん。今日は予定を入れてない日だし、何より条約締結の日だからね」
「風紀委員長ちゃん、相当頑張ってたからねぇ〜」
「最近シロコちゃんがアビドスを離れる事が多かったのって、それが理由だったんです?」
「ん、それもある」
ここ最近はゲヘナへの外出が多かったが、条約に直接関わる様な接触は出来ない事はシロコだって重々承知である。じゃあゲヘナにまで赴いて一体何をやっているのかと言われれば、条約を推進しているゲヘナ側の責任者とも言える人物──空崎ヒナの加速度的に溜まっていくストレス解消に付き合っていたのだ。一週間に一回はモモトークで呼び出されその度にメンタルケア要因で駆り出されているシロコは、縁の下の力持ちのというか裏の立役者というか……。
そういったバックボーンがあった事も関係して、本来であれば条約を間近で見守りたい気持ちもあったが、実質的に関係の無い人間であるシロコがそこまで接近する事は不都合になり得る。シロッコにそのように諭された事で納得した彼女は、対策委員会の部室でライブ配信を見守る事にした様だった。
「でも、アヤネとセリカには気を使わせちゃったかな」
「買い物はもう終わったって連絡ありましたから、じきに戻ってくると思いますよ」
「いや〜。先輩思いの後輩たちでおじさん鼻が高いねぇ」
「うーん……。別にみんな付き合ってくれなくてもよかったけど……」
シロコも元々自宅で配信を見ていれば良いかなと思っていたが、少しばかりの運動も兼ねて学校にやって来たに過ぎない。家に居続ける理由もなかったし、学校の方が居心地は良く感じているし。誰に言い訳しているのか分からないが、とにかく学校へやってきたシロコ。
その結果、示し合わせる訳でもなく勝手に学校に集まっていたのがアビドス対策委員会であった。シロコが到着した時には既に学校でのんびりしていたノノミとホシノ、見慣れた膝枕の体勢で寛いでいた。
一年生のアヤネとセリカも本来の登校時間に間に合うように学校へとやって来ており、結局シロコの到着が最後になってしまった。重ねて言っておくが、別に何かしら予定がある訳ではない。
「まぁまぁ。みんな特に予定もなかったんだし、偶にはの〜んびり過ごすのも悪くないでしょ?」
「ん、それはそう」
「ですね⭐︎ しっかり休まないと、身体がダメになっちゃいますよ!」
「近頃の若者は働き者ばっかりでおじさんはもう着いていけないよ〜」
「ホシノ先輩はだらけ過ぎなんですよ!」
プリプリ怒るノノミの姿を随分久しぶりに見たような感覚を覚えるシロコ。忙しかったとか疲れているとかそういう事はあまり感じていなかったが、改めて振り返ってみればこうして部室に顔を出したのも久しぶりの様な気がしてくる、実際はそんな事はないのだけど。
しかしながら、こうやって落ち着いてみんなと話すような時間はなかったかも知れない。そう思うと、自分がどうしてそのように感じたのかが何となく分かったような気がする。
「今日はホシノ先輩を見習う」
「おー? 良いねぇ。配信までまだ時間はあるし、おじさんと一緒に横になろうよ〜。とっておきのお昼寝スポットがあるんだよねぇ」
「ん、付き合う」
「もう……またお昼寝ですか?」
「悪いねノノミちゃん、アヤネちゃんとセリカちゃんが帰ってきたらよろしくね〜」
珍しい事もある物で、今日はシロコもお昼寝に参加する事に決めたらしい。配信予定時間までまだまだ余裕はあるし、何よりシロコ自身休める時にしっかり休んだ方がいい(意訳)というノノミの言葉もあったのが大きかったか。シロッコに夜の間に身体を貸している時間も相当にあったので、精神状態はすこぶる健康でも肉体面が伴っていないという事も自覚出来ていないだけであるのかも知れない。そう考えると、やはり休める今のタイミングを逃すのはナンセンスと言える。
シロコを伴って部室を出ていったホシノの後ろ姿は、心なしか雰囲気が弾んでいる様に見えた。これも一つのコミュニケーションと言えるのかも知れない、ノノミは小言を言いたい気持ちを抑えて笑顔で二人を送り出したのだった。
──そこは、生い茂る草木が整然と切り揃えられ、咲き誇る色とりどりの花々が良く映える庭園だった
その中央に置かれたティーテーブルの上には、紅茶の入ったポットにティースタンドに所狭しとお菓子の数々が盛り付けられ、飾り付けの花瓶やらがテーブルの上に並べられていた。
そして、その向こうに、誰か。
『……おや、迷い込んで来てしまったのかい。こちらから呼び掛けた訳でも無いというのに……』
『ふふ、たとえ一時の泡沫と消えてしまうとしても……」
狐耳と金髪に白い何処かの学園の制服。これまた良く映える組み合わせの、今にも消えてしまいそうな印象を受ける少女が座っていた。
「……ん、?」
ふと、目が覚める。
身体を起こすと身体を覆う様に掛けられたタオルケットがずり落ちて行く。ホシノのタオルケットの匂いに包まれたままのボヤけた意識で、何となく周りを見渡す。
目の前には未だに夢の世界へ旅立ったままのホシノ。そしてここは彼女に連れられてやって来た音楽室。ほとんどの古ぼけたグランドピアノと歴史的な音楽家の肖像らしい絵画が数枚残っているだけの、最早音楽室とは名ばかりの一室には心地の良い陽光が差し込んでいた。
そうだ、あの光が心地良くて知らぬ間に眠りに落ちていたのだった。ここまで疲れてしまっていたのだろうかと、シロコは自分の事ながら驚いていた。太陽の光を浴びたからと言って急激に眠くなるものか、身体と心の疲れが自分でも自覚のないうちに蓄積していたのだと言われた方が納得が出来た。
そうして、少しの間寝ぼけ眼で居続ける事数秒。
「夢……かな」
先程まで自分が居た、と錯覚していた空間はどうやら夢だったらしい。妙に現実感の薄い空間ではあったが、それが当たり前のような雰囲気だったのが何とも不思議な感覚だった。それに、あの対面に座っていた彼女──今となっては姿形は思い出せず、やけに透き通るような綺麗な声で話していた事だけを覚えているに過ぎないのだが──にしてみても不思議な印象を感じていた事だけは何となく覚えている、ような気がする。
「──んー、どんな夢だったの、シロコちゃん」
「……さっきまで寝てたと思ったんだけど、起こしちゃった?」
「んーん、ちょうど目が覚めただけー。それでそれで?」
「ん……」
いつの間にかむくりと身体を起こしていたホシノに聞かれて思い出そうとしてみても、謎の庭園で謎の美少女と謎に話をしていたような、そんなよく分からない夢だった事だけが思い出される。
「何だろう、お茶会の夢?」
「うへ、メルヘンチックな夢だねぇ。楽しかった?」
「うーん……、そんな感じじゃなかったかも」
「もう一回寝たら、おじさんも同じ夢見れたりしないかなー?」
「夢って、そういう物じゃないと思う……」
夢というのはその内容を覚えていないのが常であると言える。いくら夢の中でこの記憶を忘れてはいけないと念を押されても、そう出来ない事が殆どである。一定数仕方のない事ではあるがそれでも、それに縋るしか無かった彼女にとっては悔しさが溢れてしまいそうな悲しい事実であった。
あの場所へホストから招待されるでもなく、偶然の産物による奇跡のような出来事であったとしても、足を踏み入れたという事実は変わらない。それだけで価値のある人物であり、淡い期待を託すのに十分でなのだ。
もっとも、その期待を掛けられている事にまず気付く必要があるのは、何とも厄介な物だが。
もう少しで──あと30分程で条約締結のセレモニーが敢行されるという頃。
先生を除いたアビドス対策委員会の面々は部室にて、それが始まるのを今か今かと待っていた。
「そう……、先生は現地にいるんだ」
「はい、今はトリニティでシャーレの支援要請を受けていたみたいで、その繋がりから条約にも少し関わっていると」
「先生、ちゃんと休めてるのかな? 偶にアビドスにも顔を出してくれるけど……」
「うーん、どううだろうねぇ。元気に振る舞っては居たけど、空元気にも見えない事はないよね〜」
「実際本当に顔出しと私達の様子を見に来ただけみたいで、すぐに帰ってしまいましたし……」
「そうなんだ、先生も大変そうだね」
ちょうど話題に現地入りしている先生の話が挙がった。
シロコと違って、連邦生徒会直属のシャーレという組織の長である大人なので、この条約に関わっていない筈がない。おそらくは条約調印の見届け人みたいな役割が与えられているのだろう。連邦生徒会長不在の今、それと同等もしくは連なる存在である先生が居る事は不思議な事ではない。連邦生徒会長の代行を務めている七神リンは現地には赴かないという事前情報もあるので、この場の一切を任されているのだろう。
とはいえ、実際に条約を動かしているのはゲヘナ・トリニティ両陣営であり、事此処に至っては先生は決まった内容を承認する事しか出来ない。しかし、腐っても平和条約なのだ。これが新たな戦いの火種になるような事があってはならない。
胸騒ぎはしている。あそこまで険悪だった両校が、どういう心境の変化があればこれからは仲良くして行こうと手を取り合うのだろうか。絶対に一筋縄では行かない。条約の擦り合わせなどとっくに済んでいる、残った行程はゲヘナ・
ほんの僅かの歩みで、あと一歩で条約は成る。
配信では会場前の映像が映し出されているが、ゲヘナ・トリニティ両校の生徒会組織所属と思われる生徒たちが一列に向かい合って──相手憎しの感情のままにガンを飛ばし合っている光景を面白おかしく中継していた。いや、配信に少しだけ音声も拾われているか。やれゲヘナは野蛮だ品位が無い、やれトリニティは陰湿だ気に入らないと、音声に乗せる事も憚られるような汚い発言が聞こえてくる。
「ホンットに仲悪いのね、ゲヘナとトリニティは」
「歴史的に確執があるらしいけど、ここまで長い事いがみ合っていると逆に疲れちゃいそうだね」
「そうする事が学校のポリシーみたいな物なんだよ、きっと」
「それは……、少し悲しいですね。過去に縛られて嫌い合うなんて、今の生徒には関係が無い事なのに」
『どこまで行っても、人間は過去から逃れる事は出来ないのさ。君なら良く分かっているだろう、アビドスに根を張っている君であればこそ分かるはずだ』
「人は、過去から逃れられない……」
過去から逃れられないのは、アビドスだって一緒だった。仕方がない事とはいえ、誰かが残した負債を背負わされているのだから。
半分部外者のシロッコがわざわざ言葉にしなくても、シロコを始めとしたアビドス対策委員会は嫌という程実感させられている。アビドスを何とかする為に莫大な額の借金をして、その
それでも、現在を生きる彼女達はその過去に敢然と立ち向かっている。どんなに苦しい物でも、どれだけ辛い明日が待っていたとしても、明日を見る事から逃げなかった彼女達こそがアビドス対策委員会なのだ。
そういった点で言えばゲヘナとトリニティだって、アビドスとは形は違えど前に進もうとしていると言えるし、実際それが形になった物が今回の《エデン条約》なのだろう。
「分かったんだ。ゲヘナもトリニティも、このまま啀み合うだけじゃダメだって」
「……戦うだけじゃあ、疲れるだけなのにね〜」
ホシノが言うとまた少し違った意味に聞こえてくるのは、きっと彼女のその過去にあるのだろう。
彼女がアビドスで過ごして来た経緯は誰にも分かりはしないし明かされる事も無いだろうが、その片鱗を、ほんの一部分だけだがシロコは知っていた。
だから、その言葉にもちょっとばかり思うところがあった。
ずっと戦い続けて来たのが、その彼女だったから。
「そりゃあそうよね。戦うのだって色々お金掛かるんだし、戦わないで済むならそれが一番よね。会計の立場として言わせて貰うなら、無駄な出費は抑えるべきよ!」
「……会計ってセリカちゃん……」
「でも、最近のセリカちゃんはお金の勉強頑張ってますから」
お金の面からしても戦わない方がお得なのは確定的に明らかである。弾一発にもお金が掛かるし怪我をした時の包帯や薬にも、車両の維持費・修繕費・燃料に至るまでもれなく金が掛かる。であれば、争いが起こらなければそれに掛かるお金は0と言わずとも、大きく削減する事が出来る。結局のところ、突き詰めれば無駄なお金のほとんどは軍事費なのだ。
ちゃんと勉強しているらしい、セリカは戦うべき時以外は戦わない方が良いと分かっている。アビドスの懐事情も加味すれば尚更である。
そんな話を少しばかり続けているうちに、予定されていた番組の配信が始まっていたらしい。アヤネの手元にあるパッドからは、既に現地入りしているクロノススクールのリポーターが面白おかしく今回の条約に関する様々な情報を紹介しつつ、今後こうなるであろう予想をこれまた面白おかしく話続けている。喋り方や態度は万人ウケしそうな物ではないが、それでもリポーターが挙げている情報の数々は確度の高い物であり適当を言っている訳でもないのが、コンテンツとして見れば信頼出来る配信だろう。
「まぁ難しく考えなくても、良い事しかないよね〜」
「そうですね。きっと条約が結ばれた後でも争いは無くならないでしょうけど、今よりも状況は良くなるでしょうし……」
「後は時間が解決してくれる段階、という事ですか?」
「そーそー。学園間でやるべき事はこれでおしまいだろうね〜。エデン条約そのものが両校から人員を出し合って争いを回避するって目的だし、それに付随する形で共同事業でも興したりすれば、少しずつでも敵対心も薄まっていくと思うな」
「(そういうもの?)」
『ホシノが言っているのは、争う以上のメリットを与えれば良いという話さ。確かに今回の条約が成れば、後はアヤネも言った様に時間を掛ければ争っていたという事実が、未来の教科書に記載が残るレベルになるだろう。だが、それでも人類は愚かな生き物なのだ。結局、互いに武器を持っている状況を恐れて出し抜こうと躍起になる』
「(……)」
『それならば、争う必要がなくなれば良い。争っていては出来ない事──さっきの話で言う、両校で行う事業だな。奴らも金を出し合って大きな事業を共同で進めるとなれば、争うだなんだと言っている余裕も無くなるだろう。失敗すれば投資した資金も時間も無駄になる、なにが何でも成功させなければならないという使命感を植え付けられる』
『それは時に人間の理性をも上回る原動力になり、同時に拘束力にもなる』
「(そっか、利益が出れば良いんだね)」
『極論だが、
「(それが出来ないのは、お互いに傷つけ合い過ぎたから?)」
『フフ、そうだ。居ない物として扱うにも限度はある。彼女達はお互い、学園同士での悪感情を溜め込み過ぎた。そして、他人を傷つける事に慣れきってしまった。それの行き着く果て、立っている者が居なくなる状況を避けたいと思ったからこそ、だろう』
相手を滅ぼし尽くす事ではなく、両者共に生きていく事を最後に選び取った結果。それこそがエデン条約。シロッコはそのように纏めていく。
滅びが眼前に迫った今、崖下の奈落を覗き込める段階に至ってようやく手を取り合う事が出来た。それを褒めるべき事と称賛するのか、愚かな事だと罵倒の言葉を投げ掛けるのか、各人によって評価は分かれるだろうがしかし、まずはそのように評価出来るこの世界が守り抜かれた事は間違いのない真実であった。
──ただし。
崖下を覗き込んでいる彼らの背後に、既知にして未知の脅威が迫っている事を。
決定的な滅びを避けられたと手を取り合って喜んでいる彼らには、どうやっても知る事は出来なかったのであった。
式典に向けての最終調整は既に終わっている。ギリギリまで現場の監督を行なっていたトリニティ側の代表者である桐藤ナギサは、大聖堂へ続く道に敷かれたカーペットを一歩一歩万感の思いで歩いて行く。讃美歌に迎えられたナギサは、ゲヘナの代表団よりも一足先に調印の会場に入っていた。直前で到着が遅れる旨を聞かされた時は腑が煮え繰り返るような心地であったが、それも今日の調印が済めば関係が無くなる物だ。
ナギサは慌てる事なくプログラムの変更を指示し、その意の通りにトリニティ側の対応もスムーズに行えるように段取りの変更が為された。その事に関して、ゲヘナ側は初めから分かっていた様に対応が手早かったのがまた、彼女の苛立ちを加速させる要因にもなったがともかく。
式典は今のところで、取り立てて騒ぎ立てる様な問題は起こっていない。
──雲の隙間から現れた、ゲヘナ側の物と思われる飛行船が姿を現したとて、彼女は慌てないのだ。
何度か映像越しで対面していた万魔殿のマコト議長の顔面がこれでもかとプリントされた*1なんとも悍ましい*2見た目の飛行船が、トリニティの上空を悠々と飛行している。青筋がピクリと動いている事をナギサは全く理解しておらず、そんな表情を見た側近は恐怖を隠しながらなんとか平静を装った。
「あら、顔色が悪いですが、どうかされましたか?」
「い、いえっ! なんでもありません! 強いて言うのであれば、緊張しております……」
しっかりと動揺を悟られているのである。予想外の事柄が立て続けに起こり感情が揺れ動いたとしても、それでもトリニティを纏め上げているトップの一人だ。部下の様子一つ見ても、その観察眼が鈍るなんて事は万に一つもないのである。
「……ええ、分かります。私も柄にもなく、少しばかり緊張しています」
「な、ナギサ様でも……ですか?」
「私だって一人の人間ですから、大事を目前に控えた今の様な状況では流石に緊張しますよ」
信じられるかと、内心で側近は思った事を叫ぶ。
実際、ナギサは少しも緊張などしていないのだが。厳密には緊張などしている暇がない、という方が正しい。主にゲヘナのアホ連中のせいで。
つくづく想定通りに事が運べない、運ぼうとしないゲヘナに対して怒りを覚えるナギサであったが、流石に
「うへぇ〜、凄いね〜」
「ひ、飛行船ですか……」
「ゲヘナはあんなモノまで持ってるのね」
「分かり易い
「……」
飛行船でゲヘナが登場した同時刻。
部室で中継を見ていたシロコは、えも言われぬ不安感を感じていた。モヤモヤしてハッキリしない、漠然とした不安感だけがそこにあった。
『私も同じだ。これは何かあると見ていい』
「(何が、あるの?)」
『君も分かっていると思うが、ニュータイプはエスパーではないよ』
「(……ごめん)」
『直ぐに非を認められるキミのそういうところは、好ましく思っている』
焦っているのか、何に?
嫌な感じだ、このまま式典が進んでくれれば良いのに、きっと何か良くない事が起こると自分の中で確信してしまっている。
ヒナがあんなに頑張って尽力していた条約が、失敗するかもしれない。そう思うと居ても立ってもいられなくなるが、今のシロコに出来る事など何もないのだ。条約に直接的な関わりも無く、学校さえも遠く離れた彼女では。
「大丈夫ですか、シロコちゃん?」
「……ん、大丈夫」
「落ち着きがないみたいですけど、何かあったんですか?」
「いや、そういうわけじゃない。気にしないで」
精々が気丈に振る舞い、委員会のみんなに心配を掛けないようにしておく事くらいだった。そして、シロコは配信をBGMに瞑目する。目の前に映っている大聖堂で警戒の目を光らせている友達に向けて、無事に事が済むように祈りを送ることしか出来ないのだ。
……だからだろうか。
気付けたのは。
「──ッ!?」
『──ム……!』
思念の、それもとびきり強力な悪感情の奔流。
曇りなき憎悪と磨かれた執念。吸い込まれそうな程の空虚。何があればここまで純粋な『悪』が出来上がるのか。
いや、違う。今論じるべきはそこではないのだ。シロッコの意識は身体を共有しているシロコへと向けられた。
「な……何、これ……」
『他者の思念に引っ張られている……。一体何が起こったと言うのだ? 落ち着けシロコ、他人の感情に呑まれる必要はない』
「う、うぅ、寒気がする……。吐きそう、な、何なのっ……これ」
「シロコちゃん!? どうしたの!」
「何があったんですかシロコ先輩!」
突然蹲って苦しそう自分の身体を抱いているシロコの様子に、驚きつつも駆け寄る他の委員会メンバー達。加速度的に様子が悪化していく彼女の様子に得体の知れない恐怖を感じるが、それでもホシノは冷静に震えているシロコの身体をソファへと横にさせる。アヤネはケトルに水を入れて電源を入れる、温かい飲み物があれば気休めであっても状況は良くなってくれる筈だからと。
急に慌ただしく動き始めた部室と同じ様に、配信の方も動きが──。
「──えっ」
「嘘、よね……!?」
パッドの方から大きな爆発音が響く。この音、明らかに只事ではないだろう。
『不味いな、これは……』
「う、お、ぇぇぇ……。ぐ、うぅぅぅ……」
『しっかりしろシロコ! 意識を保て! 感情の波に呑まれるな!』
「い、や……! いた、い……くる、しい……!」
さっきの爆発があってからというもの、さらに多くの感情・感覚が流れ込んでいる事をシロッコは理解していた。さっきまでの憎悪や執念、それ以外存在しない空虚もあったが、痛み苦しみが強く向けられていた。十中八九トリニティの現場で何かしら起こったのだろうと思われるが、一体何があったのか。
頭に集中する鋭くも鈍い痛みは、いくら手で抑えようとも、いくら深呼吸しようとも、一向に治る気配はない。
追々教えようと思っていた事柄だがこんな事態が起こると分かっていたのなら、もっと早いタイミングで教え込んでおくべきだった。シロッコの中に悔恨の念が浮かび上がるが、彼の思考はそれまでだった。
『こ、こちらはトリニティ大聖堂です! こちらも大変混乱している状況ですが、大きな爆発が起こった様子です! 詳しく何が起こっているのかは未だ不明ですが、ここでも大聖堂が炎上している事が確認できます!』
「……行か、なきゃ……!」
寝かされていたシロコは配信から聞こえてきた音声を聞いた途端、やらなければならない事を思い出したのか、大事な何かに追われるように動き出している。よろよろと蹌踉めきながらも一歩一歩教室の出口へと向かっていくシロコを、流石に許容できないとホシノは止めに掛かる。
「駄目だよ、シロコちゃん」
「……、邪魔、しないで」
「大人しく休んでて、お願い」
「……あ、うぅ……。頭が、割れ……。叫んでばかり、でっ……! ──ぐぅッ、シロッコ……ッ!」
「何……、まさかッ!?」
部室の出口に向かっていたシロコは、急に逆方向にある窓へと走っていた。頭が割れるように痛い、流れ込んでくる感情が与えてくるモノではなく、流れ込む意思が膨大過ぎる為に脳のキャパシティを大幅に超えてしまっている為だろう。なんにせよ、それだけの頭痛に苛まれていながらまだこれだけ動けるとは、余程強靭な精神を持っているのか。シロッコは驚きと称賛を彼女に感じながらも、シロコの
彼女の言動に戸惑ってしまい一手反応の遅れたホシノはそれを止める事が出来ず、次の瞬間にはシロコは窓から飛び出していた。
「待って下さい! シロコちゃん!」
ノノミの悲痛な叫びが背後に聞こえるが、最早留まっては居られなかった。窓辺から身を乗り出したシロコはそのまま自由落下して砂塗れのコンクリートに身を打ち付ける……事はなく、すぐ下の落下地点で待ち構えていたグラシュティンに収まっていた。
そしてそのまま、背後を顧みる事なく、一路トリニティへと進路を取るのだった。
「一体どうしたって言うのよ……」
「……こんな状況だって分かれば、心配にもなるよね」
「だからって、シロコ先輩の調子だって万全とは……。いえ、寧ろ最悪に近い状況なのに……」
「私達も……! 何があっても良いように準備しておきましょう!」
そう言ったノノミの手には、一人分の枚数が減った彼女達のもう一つの
エデン条約編も恐らくはそう長くない話数で締める事になると思います。
想定通りに行けば5〜6話程度だと思います。
なんとか投稿を続けていきたいと思いますので、何卒お付き合いの程、よろしくお願いします。