シロコとシロッコ   作:メイショウミテイ

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大変長らくお待たせいたしました。

言い訳は後書きにでも置いておきます。


エデン条約編 4

 話は分かった。ヒフミが助けを求めている、『覆面水着団』のボスである彼女から要請されたのであれば行かないわけにはいくまい。

 

 一言二言ホシノとそのまま言葉を交わしてから通話を閉じる。

 

 

「おかえり。早かったわね」

 

「まぁ、ね」

 

「心無しか疲れたような表情に見えますが……」

 

「……でも、これは仕方ない事だから」

 

 

 仲間の了承を得ないで飛び出して来たのだ、これくらいの心労は背負って当然というものだろう。

 

 彼女の気持ち的にもう少しばかり此処に居たい気持ちはあったが、まずは装備を整える必要があった。合流予定座標は受け取っている、時刻の方も今の時点では相当余裕がある以上、装備の面を万全にしておきたい。またついさっき交戦した連中が現れるとも限らないのだから。

 

 

「それじゃ、私はここで」

 

「……もう、行くの?」

 

「うん。行く所ができちゃったから」

 

「気を付けてください……という言葉も、貴女には必要ないかも知れませんね」

 

「ありがとう。先生の事は二人に任せるから、よろしくね」

 

 

 そう言い残してシロコは近付きつつあったシロッコの気配を感じ取り、窓をガラッと開いて行く。

 

 

「シロコ?」

 

「どうして窓を──っ!」

 

 

 アコが言い切るより先に窓の下からフェードインして来たのは、シロッコが寄越したグラシュティンだった。

 

 

『さぁ、行こうか』

 

「ん」

 

『休息は取れたか?』

 

「もちろん」

 

『なら良い』

 

 

 グラシュティンに跨がり姿勢安定用のハンドルを握り込む。最後にヒナ達を一瞥して、飛び去って行く。

 

 病室に残った二人はそのまま暫く休息を取りながら、先生がいつ目を覚ましても良い様に支度をしておくのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「たとえ虚しくても、何もしないで受け入れるのは、嫌だから」

 

「その必要はない!」

 

 

 サオリが感情のままに叫びながら撃鉄を落とす。

 

 避ける事をしなかったアズサはそれを諸に食らい、意識が遠のきそうになる。襲撃事件が起こってから戦い続きでまともに休んでいない身体は既に限界が近い、迂闊にダメージなど貰ってはいられない。

 

 ふらつきそうになる身体をなんとか制御しようとするが上手くいかない。ガクリと力が抜け落ちてしまい膝を着きそうになる。

 

 

「……!」

 

 

 そんな彼女の両肩を背後から掴み抱き留める様に、ヒフミが立っていた。

 

 ヒフミだけではない。補習授業部という策謀で作られた部活でありながら、その濃密な時間を共に過ごして来た仲間達が其処に居た。

 

 

「……どうして、ヒフミ……。来てはダメだって……」

 

「ごめんなさい、アズサちゃん。私はアズサちゃんの言う通りには出来ませんでした」

 

 

 そう言ってヒフミはアズサの前に立つ。彼女を守る盾の様に立ち塞がり、ハナコとコハルも同じ様に前へ出る。

 

 突然の介入に苛ついたサオリだが、此処に来た以上はコイツらも始末しなければならない。同じ事だった。そんな事よりも古聖堂に戻って戒律の更新を行う事の方が先決なのだ、アズサは本来なら優先順位で劣る筈なのに。

 

 

「なんだお前は、お前達は」

 

 

 アズサを庇う様に立っている連中が、大事にされていそうなアズサの事が。

 

 ──姫を傷付けられ荒んでいたサオリの癇に障った。

 

 

「普通の、トリニティ生徒です」

 

「普通のトリニティ生徒が、どうしてソイツを守る?」

 

「友達だからです」

 

「友達……。フフッ、ハハハハハ!」

 

「何がおかしいんですか!」

 

「いや何、本当にアズサに友達が居たとはな。それもこんな場所まで助けに来てくれる様な連中だとは、こんなに面白い事はないだろう!」

 

 

 高笑いを続けるサオリを負けじとじっと睨み付ける*1ヒフミ。一頻り笑ったサオリはこれも良い機会だとばかりに小話でもしようと口を開く。

 

 

「なぁ、お前は知っているか。其処にいるアズサが、お前の大事な大事なお友達が、()()()だという事を」

 

 

 ハッタリだが、それだって使い様だ。相手の心を揺さぶって信頼を壊すのだ。

 

 

「……アズサちゃんは、人殺しじゃありません。アズサちゃん本人がそう言ってましたから、私はそれを信じます」

 

「ほう……?ああ、確かにそうだ。ソイツは人殺しじゃない。それにすらなれなかった、虚しい人間だ」

 

 

 意外だった。アズサが自分のパーソナルな部分を話して居るとは、それが受け入れられているという事が。だからこそ、アズサにもどうしようもない怨みが湧いてくる。アイツだけ光の当たる場所に立っている事が、どうしようもなく気に入らない。

 

 

「ヒフミ、ダメだ……。ここは、ヒフミの様な普通の人は来ちゃいけない場所なんだ……」

 

「……あの時見せてくれたガスマスクのアズサちゃんが、本当のアズサちゃんなのは分かりました。本来一緒に暮らすべきじゃなかったと、そう言いたいという事も」

 

「ヒフミ……?」

 

「でもっ!」

 

 

 大きく声を張り上げるヒフミに驚いたアズサは思わず閉口してしまう、このようにヒフミが声を荒げて意志を表明する事は稀な事なのだ。

 

 

「アズサちゃんは勘違いをしています! 私はアズサちゃんが思っているような『普通』の生徒ではないんです!」

 

「その証拠を、今お見せします!」

 

 

 そう言ってヒフミは肩に掛けたスクールバッグから何かを取り出す。そして、それを頭に被……る? 

 

 

「私は『覆面水着団』のリーダー、ファウストなんです! 

 

「……」

 

「どうですか! 恐ろしいでしょう! マスクを付けたアズサちゃんと並んでも見劣りしない程に不気味だと思われるハズです!」

 

「……えっと、ヒフミ……?」

 

だから! 私達は違う世界に居るなんて事はないんです! 同じです! アズサちゃんの隣に立てるんです! 

 

こうやって触れ合える距離に、私はアズサちゃんの側に居たいんです! 

 

「……虚しいな。どのような嘘で塗り固めたとしても──」

 

 

 サオリには目の前の自称普通の生徒であるヒフミが咄嗟のウソを吐いたようにしか見えていなかった。背後で驚いた表情をしているヒヨリの顔でも見えていれば、また違った決断にもなったかもしれないが。当然さっき交戦した覆面がヒフミが言っていた『覆面水着団』の構成員だという事を理解しているが、それもあって尚更目の前の普通にしか見えないヒフミがその首領だとはどうしても思えなかった。

 単なるサオリの勘違いではない、あの覆面と比較してみてもヒフミにはなんの恐怖も感じないのだ。きっと全力を出し切る事無く彼女を始末できるだろうと本気で考えている。

 

 実際、タイマンの実力だけを考えるのであれば、それは間違っていない……のだが。

 

 

「嘘じゃないよ~」

 

 

 間延びしているにも関わらず覇気を感じる声と共に、ヒフミの背後から突如として現れた三人の()()()()()()生徒達。

 

 

「いや~、どうやら大変そうな状況みたいだね~」

 

「ですね~♣」

 

「そんな事分かってた事でしょ!」

 

 

『1』と記されたピンクの覆面、『3』の緑、『4』の赤。ふざけた登場の仕方だが、この場の空気は連中が掻っ攫ってしまった。それ以上にサオリの心中に若干の動揺が走っていた。まさか本当に奴がリーダーだったのか、と。戦いに明け暮れる生活を送っていたサオリの目を以ってしても、奴が本物だとは見抜けなかった*2

 ヒフミたちの傍に立っていたハナコやコハルでさえその接近に気付かず、音も形もなく現れた覆面水着団の技量は計り知れない。

 

 

 

「目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く……」

 

「普段はアイドル活動をしていますが、夜になると悪人を倒す副業をしているグループなんですよ~?」

 

「ちょっと! 勝手に変な設定を生やさないで!」

 

『”覆面水着団”のリーダーであるファウストさんのご指示で駆け付けました!』

 

 

『0』の覆面を被った生徒がホログラムで映し出され、そこに居るファウストの指示でここにやって来たと。サオリは無性に腹が立っていた。あんな意味の分からない児戯(ままごと)のような口上を述べてやって来てはヘラヘラとした表情を崩さない。アリウスの生徒達が付けているガスマスクと同じように覆面で顔を隠しているが、私達とは全く違う色とりどりの覆面を見せつけられている。何を挙げてもふざけている連中だ。

 

 その癖連中は”やり手の”連中なのが分かってしまうのが、さらにそのイライラを加速させている。覆面何某の得物を見ればそんな事は一目瞭然だ。使い込まれた武器のキズや汚れを見れば、少なくとも多少の死線は潜っていると分かる。こちらは何から何まで本気そのものだというのに、連中は遊び半分で我々の邪魔をしようとここまでやって来たと、サオリにはそう見えていた。怒りの感情を抱くのは至極当然だろう。

 

 

「リーダー、連中そこそこやるよ。注意しておいた方が良い」

 

 

 耳打ちするミサキに分かっていると言葉少なに頷くサオリ。

 

 

「ふ、覆面水着団……。あと一人居るはずですが……」

 

「さっき交戦したヤツか、ヒヨリ?」

 

「そうです、何処かに潜んでいるかもしれませんねぇ……」

 

「奇襲を警戒。用心しておくに越したことは無いな」

 

 

 警戒を厳にする様に分隊(スクァッド)に共有しながらも、目の前の連中への警戒は怠らない様に気を張るサオリ。その視線は未だに戦意の消えていないアズサへと注がれていた。奴の戦意を挫く、思い知らせてやるのだ。ヒヨリに全部隊に現座標に集結命令を飛ばすように指示を下す。

 

 ──認めるものか、アズサ。

 

 彼女が手のひらに残った物を、その悉くを奪い去って、居場所は此処(アリウス)にしかない事を改めて教えてやらねばならない。

 

 

 憎悪の炎でその心を焦がしながら、サオリは手にした銃に施された刻印を手でなぞった。無機質な銃のボディに刻まれた、アリウス分校が掲げる願い(呪い)

 

『Vanitas vanitatum, et omnia vanitas』

 

 全ては虚しい、ハズなのだ……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『間違いない。先程のある時から、あの亡霊共の動きが何処かおかしい』

 

「ん、どういう事?」

 

『実際に見てみれば分かりやすい。……アレを見てみろ』

 

 

 合流地点に向かっている途中──ヒフミとアズサが再び邂逅する前。

 

 

 グラシュティンの上から規則正しく整列して行進している亡霊共(ハイレグガスマスク)の集団を見れば、彼の発言が正しい事を示している。軍隊の様に隊列を組んでいる連中とは別に、歩き方が酒を飲んで酔っぱらったかのように千鳥足を踏んでいる個体も居れば、自らの意思を持って列からはみ出している個体、頭を抱えて蹲っている個体等、色々観察してみればそれぞれに違いはあるがざっと半分近くは異常行動を取っている。

 

 

「一体何が……」

 

『いずれにせよ、これから我々がやろうとしている事に関しては良い方向に進む事は間違いない』

 

「それは、確かに」

 

『……哀れなモノだな。自らの意識もなく、糸引いた人形のように、彷徨い続ける……』

 

「……アレの正体が分かったの?」

 

『そういう訳でないが、正しく亡霊なのだろうさ。何度撃破しても即座に復活するという事実だけで、最早まともな存在ではない事は確かだ。こういった事態を想定していたトリニティの防衛装置的な備えであったのかもしれないが、そうであるならゲヘナはともかくトリニティが攻撃されてアリウスに従うのは矛盾している。まず間違いなくアリウスが何かしら嚙んでいるに違いない』

 

 

 その実態はユスティナ聖徒会がミメシス(模倣された存在)として顕現しているというモノだった。その昔、ユスティナ聖徒会はトリニティで行われた第一回公会議──複数の派閥に散らばっていたトリニティを一つの学園へと統合するきっかけになった──にて取り決められた戒律を遵守する集団・組織であり、それに従わない派閥への弾圧行為も行っていた一種の治安維持組織とも言えるモノだった。

 その第一回公会議にて、学園統合に最後まで断固として反対していたのが、何を隠そう今回の襲撃事件の下手人たるアリウス派であり、そんな彼女たちを弾圧していたのがユスティナ聖徒会という訳だ。定まった戒律を守る事なく反発を続けるアリウスは、紛う事なき敵となってしまったのだ。

 一説によればユスティナ聖徒会であっても一枚岩ではなく、中にはアリウス派のトリニティ自治区脱出を手引きした一派が存在していたともされているが、ともかく。結果としてアリウスは今世に至るまでその血脈を途切れさせる事無く受け継ぎ、歪な変化を遂げた末に今回の蹶起へと至ったのだ。

 

 これを利用しようと図った汚い大人の存在も少しばかり変数として考えるべきだが、結局はトリニティの醜い派閥争いが原因で起こった内紛のようなものと言って差し支えない。

 

 

 不可解な行動を続ける個体とそうでない個体、その違いはどこにあるのか。個体ごとに自我でもあると仮定したのならば、それぞれに異常が出る出ないの違いが表れるのは理解できる。ある問題に対しての対処法は個々それぞれであるように、エラーが起こった時に発生する発作もそれぞれなのだ。

 

 

『案外、事態は終局に近いのかもしれんな』

 

「勘?」

 

『半分はな。もう半分は経験だ』

 

 

 眼下では既に事態が動いていた。

 

 先刻交戦したアリウスの四人組、それに対するヒフミ達と対策委……覆面水着団が一触即発の雰囲気で睨み合っている。何かのきっかけがあればすぐにでも熱戦へと発展するだろうという状況。ユスティナ聖徒会が半分機能不全に陥っているものの戦力的にはまだまだ余力を持てているアリウスと、個々の戦闘力に関しては優越しているが絶対数の少ないヒフミ達や覆面水着団。

 

 

「私も降りるよ」

 

『そうか。ならば私は、この先を偵察して来るとしよう。少しばかり気になる気配がする』

 

「……ん、少し待ってて。私も着いていくから」

 

 

 グラシュティンを覆面水着団の近くへと降下させると、シロコはシールドとライフルを携行したまま軽々と飛び降りる。積み荷を降ろしたグラシュティンはそのまま上空にて待機、シロッコは妖しい何かを感じながらシロコが戻って来るのを待っていた。

 

 

「遅刻だよ~?」

 

「ん、ごめん」

 

「無事でよかったです、本当に」

 

「心配かけてごめん」

 

「体調は問題なさそうね?」

 

「勿論」

 

『帰ってきたらお説教ですよ! 電話では言い切れなかった事が山ほどあるんですから!』

 

「……優しくしてね」

 

 

 覆面水着団の面々に生存報告を兼ねて姿を見せてやるシロコ。彼女自身心配を掛けた自覚は大いに芽生えている訳で、ここで何の断りもなく黙って先の偵察を敢行した場合、全てが終わった際に顔を突き合わせた時に何が起こるか予想が付かないのである。特にホシノ。どういった条件があるのかは知らないが、偶に目の奥の光が消え失せているタイミング*3があるのが恐ろしい。

 

 

「ありがとうございます、対策委員会の皆さん」

 

 

 補習授業部の前で覆面(紙袋)を被り続ける事が恥ずかしくなったのか、そう言いながら取っ払ってしまうヒフミ。

 

 

「あっ、ファウストちゃんが紙袋を取ってしまいました!?」

 

「ま~、恥ずかしいよね~。結構真面目な雰囲気だし」

 

「コレ、ちょっと暑苦しいのよね……。耳が引っかかって取りづらい──っと、ありがとうシロコ先輩」

 

「ん、気にしなくていい」

 

 

 リーダーのファウストが覆面を取ったのだから、他の構成員が覆面を付け続ける理由はない。対策委員会の面々も倣って覆面を取って素顔を晒していく。

 

 

『改めて……対策委員会、今度はヒフミさんの力になる為に参上しました!』

 

 

 ホログラムからは現場組と同じように覆面を取り払ったアヤネが映し出され、決意に満ちた宣言を放つ。依然受けた借りを返す為、そんな事はただの建前だ。友達が助けを求めているのなら、何処にだって駆け付けようとも。あの時に結ばれた縁は強く結ばれて、簡単には解けない様に固いのだ。

 

 

「リーダー、ここにゲヘナ風紀委員会とトリニティの部隊が近づいてる。まだ正常に機能しているユスティナ聖徒会から報告があったって姫が」

 

「……無視できる範疇だろう、所詮は敗残兵の集まりだ。無限に増殖し続けるユスティナ聖徒会の戦力があれば圧し潰せる」

 

「……どうやら先生も居るらしい」

 

「何だと?」

 

「す、既に囲まれてるみたいですねぇ……」

 

 

 自らが手傷を与えた筈の先生が既に復帰している事実に若干驚きつつも、アリウスの最終勝利の為にはやはり先生の存在は邪魔になる。サオリの中に存在していたその認識をより強固なものへ改めるきっかけとなった。

 

 

「やはり優先して排除すべきは先生か。ゲヘナやトリニティがこのような事態の最中で再び手を取り合うなど、先生が間に入っているからに違いない」

 

「──、──?」

 

「ああ、そうするほかない。姫、出来るか?」

 

「──」

 

 

 コクリと頷きを返す姫。たとえゲヘナとトリニティの後詰が到着したとしても、こちらには無限の兵力を吐き出せるユスティナ聖徒会がある。その上、敵の大半は恐らくだが負傷兵が多いのは間違いない。

 

 

「ここに居る全ての人間に教えてやる。殺意と憎しみしか存在しないこの世界で、あらゆる努力は無意味、無価値、無駄なのだと!」

 

「どれだけ足掻こうとも意味はない! お前たちの抵抗は等しく、無駄である事を!」

 

 

 姫を中心にして地面から次々と生えて出てくるユスティナ聖徒会が、じわじわと包囲を狭めようとするゲヘナ・トリニティ連合を制止する為に展開していく。余力がある所の話ではない、本当に際限なく産み出される聖徒会は、兵站も体力のように人間であれば考慮しなければならない事情を何一つ勘定に入れる事無く運用することが出来る、正しく夢のような戦力であった。

 

 

 対するゲヘナ・トリニティ連合。

 

 戦力的に見ればトリニティの治安維持組織である正義実現委員会のツートップ、ツルギとハスミを始めとした主戦力が揃って参戦しており、ゲヘナからもヒナ率いる風紀委員会が出張っている。申し分ない戦力に見えるが、サオリの思った通りそのほとんどが傷の癒えないままの状態で出動している。

 正実のツルギ・ハスミも、風紀委員会のヒナであっても例外ではなく、頭数だけが揃っているような状態であった。無限に増えるユスティナ聖徒会を相手に互角に戦えると自信を持って言える程万全の戦力ではないが、それでも先生の指揮下に入っている事で能力の面でも士気の面でも対決できる土俵に立つことは可能だろう。

 

 着々と部隊が揃いつつある中、包囲の中心点に居るヒフミはアズサに改めて向き直った。

 

 

「アズサちゃん、私は怒ってます。……いえ、怒っていました」

 

「……いました?」

 

「はい。良く分からない理屈で私たちの前から勝手にいなくなってしまった事にです。でも、それ以上に心配していました。こうやって実際に無事な姿が見れて、ちゃんと話が出来て安心できましたから。もう怒っていません」

 

「……」

 

「ですが、あの方々については別です」

 

 

 そこで一区切りしたヒフミはアズサから目線を切って、目の前のガスマスクの一団へと視線を向ける。

 

 

「殺意だとか、憎しみだとか、虚しいだとか……、この世界の真実だとか。何もかも分かったようなことを言って、それを押し付けてきて……」

 

「私は、貴方達に怒っているんです」

 

 

 彼女らしくない、僅かばかりの怒りの込められた視線。

 

 隣に立っているアズサは、そんなヒフミの姿を見て驚いたように自然と口が開いてしまっている。

 

 暗雲の下、降りしきる大粒の雨をそのままに。ヒフミは集結しつつあったアリウス分校の生徒、敵部隊にも聞かせる様に声を挙げる。

 

 

私には、好きな物がありますっ! 

 

 

 ヒフミは自分の中に、怒りの感情が紛れ込んでいる事を自覚していた。それでも、怒りに呑まれる事無く理性で以て抑え込み、自分を表現していく。

 

 人間にとって感情は、明日へと進む原動力になる。最初の一歩を踏み出す為には大抵の場合感情が大きな役目を持つ。

 

 どのような感情であったとしても、それが例え怒りのような悪感情であっても。

 

 

平凡で個性もないような私ですが、好きな物に関しては絶対に譲れません! 

 

 

 もし戦う事に理由が欲しいのなら、理由がなければ戦えないのなら。

 

 自らが感じている怒りこそが、自分を正当化してくれる立派な理由になってくれる。

 

 

友情で苦難を乗り越えて、努力がきちんと報われて、辛いときは慰めあって、友達と励ましあって……。どんな困難も苦痛も乗り越えて、そして、最後は誰もがみんな笑顔になれるような……! 

 

 

 ヒフミの語る信念を聞かされているアリウススクワッドも思わず圧倒されてしまう。自分たちが教えられたままに切り捨てて来たそれらを、目の前のちっぽけで普通の生徒が大好きな物だと、絶対に譲れない物だと宣言する姿を見て。

 

 サオリは自らの過去を思い出し──止める。まやかしだ、コイツの語る事は。綺麗事だ、何も知らない癖に。

 

 

そんな……、そんなハッピーエンドが、私は大好きなんですっ! 

 

 

 沸々と心の底から湧き上がる憎悪と憤怒の炎は、小雨程度では消え去る事は無い。寧ろサオリの心をより一層強く焦がし呑み込んでいく。光が濃くなれば影もまた濃くなっていく様に、眼前に立つヒフミとその傍らに佇むアズサを。

 

 

 

「無理だ、そんな未来はお前たちには訪れない。私たちはアリウスだ、お前たちを滅ぼすまでは立ち止まらない」

 

「いいえ! この世界を、貴方たちの望むような暗い未来には、絶対にさせません! 私たちは、自分たちで物語を作っていくんです! 私たち自身が、決めていくんです!」

 

 

 真っ向から対立するサオリ。自分たちの信じる怒りと憎しみ──虚しさを、連中に知らしめねばならない。そんな夢のような未来など存在していない事を、夢想する事すら無駄だという事を。それこそがこの世界の立った一つの理なのだと。

 

 

「今がどれだけ苦しくても前に進むんです! どれだけ辛くても、悲しくても──虚しくたって、それでも! 私達は顔を挙げて胸を張って、前に進むんです!」

 

「無駄だ。……私たちは、その結果なんだよ。だから知っている! この世界には希望などありはしない! この世界には虚しさだけが広がっている! そうでなければならない!」

 

「自分の頭だけで考えないでください! この世界は、私達の住む世界は! そんなに暗いモノじゃありません!」

 

「それが誰に分かる? 何故分かる! 分かるものか、誰にも!」

 

 

 白熱する思いのぶつけ合い、信じる物の為に、否定する為に。

 

 

「どんなに今が苦しくたって、それでも私は信じ続けます! 私たちはそうやってこれからも進んでいくんです! 自分たちの物語を、これからも続けていくんです!」

 

「私たちの物語を!」

 

「私たちの、青春の物語(Blue Archive)を!」

 

 

 ヒフミのこれからの未来が明るいモノになっていく暗示の様に、それまでこの場を冷たく濡らしていた雨はいつの間にか止んでおり、雲間の隙間から太陽の日差しがこちらを覗き込んでいた。

 

 

「冗談でしょ……、天候操作でもしたっていうの?」

 

「陽射しが出て来た事でより周囲が見渡しやすくなりましたけど、集まって来たアリウスのみんなも一緒に囲まれてしまいましたねぇ……」

 

「……」

 

「まるで、奇跡みたいですねぇ……」

 

「バカな事を言うなッ! 奇跡などある筈がない! ……しかし、これは──」

 

 

 雨雲は見る見るうちに消え去っていく。この現象を引き寄せたと思われるヒフミにだってどうなっているのか分かりはしない。ただただ気持ちを、自分の内にあった熱を、伝えていただけだった。

 

 そうやって一心不乱に思いの丈を叫んでいたヒフミは、その時になって背後にある気配に気づく事が出来た。

 

 

「え、先生っ!? い、いつからそこにっ!?」

 

 ”ヒフミの気持ち、凄く伝わって来た。こんなにも強く熱い思いを抱えている子だったなんて。勿論、モモフレンズに関しての愛が凄い事は分かっているけどね”

 

「そ、そういう事は良いんです! お体は大丈夫なんですか!?」

 

 ”うん。もう大丈夫。色々な人が助けてくれたからね。──さ、後は私に任せて”

 

 

 そう言って先生は、今度こそ先生を守り切ると息巻いているツルギやハスミ達正義実現委員会と、いつも以上に張り切っている(ように見える)ヒナ達風紀委員会に見守られながら、威厳と調和を感じさせる声音で宣言する。

 

 

 ”連邦捜査部『シャーレ』の先生が、ここに宣言する

 

 ”私達が、私達こそが、新しい『エデン条約機構』である、と

 

 

 かつて連邦生徒会が目指し、遂に辿り着けなかった条約締結の瞬間。

 

 トリニティとゲヘナの、新しい明日を求める者の最初の一歩が。

 

 

 連邦生徒会長の名代である『シャーレの先生』の立会を経て、ようやくここに結実したのだった。

*1
睨み付けているつもりだが眼力が足りない。

*2
ヒフミ自身は普通の生徒に過ぎません。噓か真かは神の味噌汁。

*3
いつものハイライトオフホシノ。どこの世界でも大体そう。




前書きと重ねてですが、大変長らくお待たせいたしました。

累計四回ほど書き直しました、何というか自分の文章に納得が出来ず何度も書き直しました。その結果、今回の話が出来上がりましたが、自分の文才の無さを責めるばかりです。正直今回書き直して出来たお話も余り納得が出来たとは言えず、これ以上待たせては申し訳ないという妥協によって投稿するに至りました。

その途中で執筆環境(引っ越しの面と、執筆デバイスの面)が変化した事もあり、色々と執筆に掛けられる時間が取れなかったというのも、多少絡んでいる事情ではありますが、そちらは最早おまけの様なものです。


ほぼ一か月という長期に渡って投稿できなかった事をお詫びいたします。

そして、次回も未定です。謝罪申し上げます。


あと一本か二本くらいでエデン条約編も区切りが付けられると思うので、何とか踏ん張っていきたい所であります。年内にはエデンとミレニアム編のエピローグを書き終えて、上手くいけばヒナとシロコのゲヘナ観光かアビ夏イベント、もしくは最終編前段階のアビドス潜入編を書きたいと考えております。


長らく筆者の後書きにお付き合いいただきありがとうございました。今回はこの辺りでお暇いただきます。
最後になりますが、コメントや評価、お気に入り等色々なアクションを下さっている方々に感謝を。読んでくださっている方にも、同じく感謝を。
メイショウミテイです、ありがとうございました。
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