勘を戻すのに苦労しましたが、何とか書き上げました。
年が明ける前には、もう一本くらい投稿したいと思っています。
ドローンの解析は思ったよりも早く終わってしまった事もあり、シロッコは暇つぶしがてら思いついた計画を進めていた。作り始めて一週間程だがほぼほぼ完成に近い状態へと組み上がり、後はテストをしてみてしっかりと起動するかどうかを確認するのみ、といったところだったが。
そんな最中にシロッコの自室に緊急で回線が回って来た。気になる内容はと言えば、彼が待ち望んでいた手掛かり、もしくは解決する手段でもある情報だった。
ジュピトリスにある日突然やって来た、砂狼シロコ。彼女は別の世界からこの世界へと飛ばされてきた人間であり、元居た世界へと返す方法は依然として分からないままだった。この世界へと飛ばされた理由も分からないままでは、その解決策を掴むことは容易ではないのだが、そのきっかけがようやっと得られたのだ。
報告によればジュピトリス艦内に、目視できる程度には大きな裂け目のようなモノがあるのだという。空間自体に直接生まれた裂け目らしく、裏側へと回ってみても同じように裂け目が存在しているようだった。あまり接近せずその場で経過を観察するようにし指示を飛ばしたが、続く報告によるとどうやら裂け目は次第に大きくなっていき人間が一人通れるサイズへと拡大した後、そのままの状態を保っているらしい。
しかし、空間に裂け目が出来るという事象は、当然だが原理が全く分からず、いつこれの規模が再拡大してしまうかも分からない状況だ。もし、裂け目の規模がこのまま大きくなっていくようであれば、ジュピトリスにも大きな被害が発生しかねない。最悪、このジュピトリスを喪失する可能性にさえ発展しかねない。
シロッコはこの裂け目こそが、シロコが言っているキヴォトスという世界へと繋がる扉の役目を果たしているのだと確信していた。それは自分の考えた予測と大きく外れていない事も理由の一つだが、何よりもニュータイプとしての勘がそう言っているのだ。通常の人間では感知できない世界を見せてくれるニュータイプの力、覚醒しかけているシロコであれば同じように判断するのではないかと、密かにシロッコは彼女に期待の眼差しを向ける。
自分の手元に置いておくには些か危険であるとシロッコ自身は判断したが*1、あの力が最後まで開花すればあるいは、シロコはキヴォトスにおいて今まで以上に立ち回れるだろう。
「……彼女の旅路が気になる、というのは欲張りだろうな」
本心からの発言だろうが、私にしては珍しい発言だとシロッコ自身、作成していた“それ”を手で弄びながら自室でそう振り返っていく。
別れの時は、すぐそこまで迫っていた。
朝目が覚めたシロコは今日はどのように過ごそうかと、今でも大きすぎて余り落ち着かない自室で保存しておいたエナジーバー*2を頬張りながら考えていた。別にシロコ自身ミニマリストのような気は無いが、それにしてもシロッコがシロコに与えた部屋は一人で生活するには広すぎるし、何よりも豪華すぎた。エアコンや冷蔵庫はともかく、ウォーターサーバーやそれに伴って設置されているドリンクサーバーはやりすぎだと今でもシロコは思っている。実際、こんなものが部屋にあっても落ち着かないし、使った事も数回しかなかった。
他にも、そういうのに疎いシロコであっても分かる程度には、調度品とか室内の装飾とかがピカピカしていてやかましい事この上ない。
ぼーっと、ベッドに腰掛けた状態でエナジーバーを咀嚼しながら呟くシロコ。
「いつまで私はここに居るんだろう……」
そのように思わずには居られなかった。何せ今日で一か月経ってしまったのだ、この世界へとやって来てから。
この世界に突然やって来た頃は生きた心地がしなかった事を今でも思い出せる。シロッコに上手く取りなしてもらってから、この世界の状況を知って色々な体験をした。だが、シロコの心はそれらを経験として吸収していく度に、キヴォトスの自分砂狼シロコとしてのアイデンティティが失われているような感覚に襲われる。宇宙世紀という世界に順応しつつある自分を、どこか他人事のように考えてしまっているのではないか。
慣れというモノは怖いモノだ。前までは目につくもの全てに警戒しなければならない日々を過ごしていたというのに、今となっては普通にジムに通って体を鍛え、その帰りに食堂で他の乗組員と食事を共にして、キヴォトスの自室よりも大きな部屋で眠る。
そんなことを何度も何度も。
「はぁ……」
ため息ばかりが口をついて出て行ってしまう。やり場のない感情ばかりが自分の中をぐるぐる、ぐるぐる、と。
らしくもない陰鬱な気分を振り払おうと、結局いつもと同じようにシロコはトレーニングルームへ行く事を決めたようだった。最近では、数人の女性乗組員もトレーニングを共にする事になっている。──キヴォトスから遠く離れた、時間軸すらも飛び越えた宇宙世紀の地でトレーニング仲間に出会うとは思っても居なかっただろう。本当なら一番最初にアビドスのみんなと、一緒に運動したり、それこそサイクリングをしたり、趣味を共有したかったと考えるシロコ。その表情には、どこか諦めが見え隠れしていた。
心を許し、共に進む事を誓ったキヴォトスの仲間たち。……ではない別の人間たちと、同じ趣味に興じる事にシロコはどのような感情を抱いている事だろう。その心中を察する事は、きっとシロコ自身にも不可能だろう。
シロコ自身気付いていないが、その精神は既に限界に近づいていた。
この一か月の間に様々な事が起こりすぎた。キヴォトスの世界であっても毎日重大な事件が起こっている程度には治安がクソだが、この世界も同じ程に危険な状態にある事をシロコは知っていた。
ニュースを見れば、毎日のようにどこかのコロニーで暴動が起こっては数十人、数百人、数千人の人々が命を落としている事を知った。キヴォトスで死人が出る事など限りなく稀な事態*3だが、この世界では毎日当たり前のようにポンポン人が死んでいく事実。
シロコ達キヴォトスの住人にとっては銃は、生活に無くてはならない必需品であった。
しかし、この世界では必ずしも銃を持つ必要はない。そんなものが必要でない程には、世界は平和であった。*4
『死ぬ』という概念を余り知らないシロコにとって、この世界の仕組みや成り立ちは些か衝撃が強すぎたのだ。
いつか帰れる、その時は必ずやって来ると思っていても、心の何処にはもう帰れないと訴えかける『自分』が表れる。砂狼シロコに良く似た姿の『自分』は言う。
「貴女は、こっちの世界に居た方が幸せかもね。皆と離れていても、貴女なら生きていける。皆の事は、忘れてしまった方がいい」
急に知る事になった死の概念と、未だに帰還の目途が立たない現状。憔悴して、摩耗して、薄れていく心。
スリングで肩に掛けられた愛銃──毎日欠かさず、こちらにやって来てからも道具を借りて整備を続けていた、自分の半身とも呼べるモノ──が、酷く重く感じた。
一日のメニューを熟したシロコは、共にトレーニングに励んだ乗組員たちとシャワーを浴びて、食堂で夕食を取ってから部屋へと帰る。部屋に帰ってからは、一日持ち歩いていた愛銃のクリーニングを簡単に行ってから眠りに就く。そういったルーティンが刻まれたシロコは、それ以外の行動を取ることなくさっさと就寝してしまう。
だから、シロッコが接触できるタイミングは部屋に入る前か、もしくは部屋に入って眠るまでのわずかな時間という事になる。きっとシロッコが声を掛けたならば、シロコはどのタイミングでも呼び出しに応じるだろうが、それはシロコに対してフェアではないと考えるシロッコはそういった行動を避けていた。これまでも、そんな感じで空いている時間を見つけて話を通して来たのだから。
そういう訳で。シロッコはシロコが就寝する前に部屋を訪れていた。
「コーヒーと紅茶、どっち?」
「わざわざ済まない。コーヒーを貰おう」
「ん」
コーヒーを受け取ったシロッコは、一度も使われた形跡の無い高そうな椅子に腰を落ち着ける。
「調子は、余り良さそうには見えんな」
「……うん。シロッコには分かるんだ」
「それはそうだろう。君の居場所はここではない。魚が海でしか生きられないように、君もキヴォトスのアビドスという場所でなければ苦しみ続けるのは道理だ」
「そう、だね。私はキヴォトスの……アビドスの二年生、砂狼シロコ」
シロコは自分に言い聞かせるようにそう呟いて、紅茶を口に運んだ。やはり、味がどうとかそういった事は全く分からないが、紅茶の効能のお陰なのか、それともシロッコが自分の思っている事を言い当てた事が関係しているのか、どちらにせよシロコの気持ちは多少落ち着いたらしい。
その様子を確認したシロッコは、本題とばかりにシロコが一か月待ち望んでいた話を切り出した。
「先日、ジュピトリスのある場所に空間に直接穴が空いたような、不思議な空間が発生した」
「! それって……!」
「ああ、私はその為に開かれたモノだと踏んでいる」
シロッコは確かにシロコを元の世界へ返す事を望んでいたが、時間を掛ければシロコがニュータイプへと覚醒していく様を間近で観察する事が出来るのではないかと思い、手元に置いておくことも悪くないと考えるようになっていた。危険な事に変わりはないが、扱い方を誤らなければ爆発する事は無い。万に一つも自分がその扱いを誤るとは考えていないシロッコは、シロコ自身の意思もあるが手放すことを躊躇うようになっていたのだ。
しかし、やはりというか、一週間ぶりに顔を合わせた彼女の様子はどこか気の抜けた感じであった。心ここに在らず、魂の抜けた、空っぽの入れ物。どの表現でも強ち間違いではない程に、シロコは限界である事を隠しきれていなかった。
「今すぐに帰る」
「私もそうするべきだと考えている。数日経過は観察させているが、消えそうな雰囲気はない。しかし、一晩経った明日も同じように存在し続けるとも言い切れん」
「うん、みんなも心配してるハズ」
「しかし、だ。その穴の向こうが君の生活していた世界であるという保証はない」
「それは……」
「それでも、君は行くというのか?」
シロッコにしては珍しく、感情の籠った物言いだった。彼も彼で、シロコという少女に未練があるらしい。
そのように感じる気持ちも分からない事はない。自分以外には、話でしか聞いたことのない『ニュータイプ』という存在。その片鱗が彼女の中にあり、彼女の覚醒を最後まで見届けたいという考え。
彼女は自分の理解者になってくれるかもしれない。シロッコは、運命をシロコに感じていた。
やり口としては汚いと思うかもしれないが、出口がキヴォトスではないかも知れない穴へ飛び込むよりこの機会を待ってキヴォトスからの接触を待った方がいいのではと、シロッコは言外に匂わせていた。
事実それも一つの手である。
今回の一件があったように、ジュピトリス内に何かしらのアクションが起こる事は判明したのだ。このまま待っていればいつかは分からないが確実に、キヴォトスからの迎えが寄こされる事だろう。
それでも。
シロコの意志は固く、シロッコとの道はやはり交わらないまま。
「それでも、ここでじっとしている事は私には出来ない。確かに、待つ事で帰れる可能性もある」
「……」
「でも、それも可能性の一つ。もしかしたら、迎えなんてもう一生来ないかもしれない」
「……そういう捉え方も出来るだろうな」
逆の可能性も考えられる事を、あえてシロッコは言わなかった。
迎えが来るかもしれない、でも来ないかもしれない。この機会を逃せばチャンスは二度と訪れないかもしれない。
「私は、あの時飛び込んでいればって、後悔はしたくない」
「……意思は、固いようだな」
「うん、案内してほしい、シロッコ」
「……分かった。私は外で待つ、荷物を纏め終わったのならすぐに向かう」
それだけ言い残して、シロッコは部屋を抜け出していく。彼の飲んでいたコーヒーは全て飲み干されており、どうやら諦めもついたらしい。
最初から交わる可能性などは存在していなかった、全ては元に戻るだけの話。
今回の出会いは、何かの間違いでしかなかった。
しかし、シロコとシロッコの邂逅は。
──この出会いの記憶は何人たりとも消すことは出来ないのだろう。
真に覚醒を果たしたニュータイプは、死人とだっていつでも会う事が出来るらしい。生きている者は、生きている間にやらなければならない事が残っている。
シロコもシロッコも、やるべきことはまだ残っている。
だが、全てが終わった後ならば、きっとまためぐりあう時がやって来る。
ニュータイプとは、そういうものだ。
「では、別れの時だ」
「うん、ありがとうシロッコ」
「礼には及ばん。これはきっと、私の役目だったのだよ」
シロコがこちらにやって来た時に所持していた荷物は、スクールバッグが一つとそれに入り切る程度のモノしか無かった。こちらにやって来てからも特に荷物が増えたり……というような事はなく、強いて言うのであれば、ハンドタオルやこちらの世界で使用する寝間着などを購入した程度であり、依然として持ち物は少ないままだ。
「じゃあ、行くね」
「その前に、選別として渡したいモノがある」
「渡したいモノ?」
そういってシロッコが手渡したのは、スクールバッグよりも少し小さめのプラスチック製の箱だった。
「これは?」
「開けてみるといい。手慰みで作ったモノだが」
手渡された箱を開けると、そこには見慣れたドローンに似たモノが入っていた。
「君から借り受けたドローンを解析して、設計図を組んだ。そして宇宙世紀の技術を使って同じようなモノを組み上げてみたモノだ」
「……凄い」
見た目の時点でシロコの持っていたドローンとは明らかに違う事が分かる。シロコのドローンはプロペラの回転によって得られる揚力を使って飛行するが、シロッコの作成したドローン*5には揚力を生み出す為の羽が小さいながらも四枚搭載されている。それに加えて、機体下部にはランチャーなどを接続できるハードポイント*6が設けられている。一応デフォルトの状態では機体の両側に機銃が取り付けられている。
材質や電源も宇宙世紀に使われている技術が盛り込まれており、一種のオーバーパワーを保持しているドローンとなっている代物だ。*7
「向こうに帰っても整備できるようにマニュアルはUSBに入れてある」
「わざわざありがとう、大事に使う」
「そうしてくれると、私としても作った甲斐があるというものだ」
小脇にドローンの入ったプラスチック製の箱を抱えたシロコは、今度こそお別れだとばかりに裂け目へと身体を向ける。
「こちらを向かなくていいから、そのまま聞いて欲しい」
「……ん」
どうやら、シロッコもシロッコで最後に何かしら言いたいらしい。言葉通りにシロッコに背を向けたまま話を聞く事にしたシロコは、彼が次の言葉を繋ぐのを待った。
「きっと、君のこれからの道程には、想像を絶する程の苦難が待ち受けているだろう。これは比喩や例えの話ではなく、私は確実に起こりうる事実だと確信している」
「きっと君の学校の規模を超えた、キヴォトス全体を巻き込む程の大きなモノだ。正しく未曾有の危機と言えるだろう」
「しかし、君の内に眠っていた力は呼び起こされつつある。その力の使い方を間違えなければ、君も、周りの人々も助けられるだろう」
話は終わりらしい。最後までシロコの内奥に眠るニュータイプとしての力の行先が気になっているようだが、それでもシロコが辿るであろう未来も憂いていた。なにせ明確に、ハッキリと
まるで、それ以外の結末を許さないとばかりに。強力なゲームチェンジャー的力を持った人物や要素でも登場しない事には、最終的にはこの道に収束してしまうだろう。
その道は、間違いなくシロコにとって苦難に満ちた茨の道になる。
「……うん。私は、私に出来る事をするよ」
「それでいい。……君のこれからの人生に幸多き事を祈っている」
「シロッコも。それじゃあ、また」
そうしてシロコは時空の歪みへと進んでいった。シロコを呑み込んだ歪みは、そこには最初から何もなかったかのように完全に消え去り、元のジュピトリスの艦内通路と同じ光景が広がっていくばかりであった。
「この出会い、私は偶然だとは思わんよ」
シロコが消え去った方を向き、シロッコはそう独り言ちた。彼の発言にはどのような意図が込められているのか、それは彼のみぞ知る所であるが……。
終ぞ、彼自身の口から語られる事は無かった。
その頃、砂狼シロコは無事にキヴォトスはアビドス自治区へと帰還を果たした。
一か月にも及ぶ間、宇宙世紀で生活を送っていたシロコだが、キヴォトスの時間では一週間しか経っていなかったらしい。とはいえ、いきなり何の言伝もなく消え去ってしまったのだから、対策委員会の面々は物凄く心配していたのは言うまでもない。一年生の後輩二人はお小言を言いながらも涙を流すほどに心配していたし、同級生にはムギュっときつく抱きしめられて、三年生のいつも気だるげな委員長はいつにも増して真面目な顔で怒り、そしておかえりと言ってくれた。
シロコは、どうせ言っても信じてもらえないだろうと、自身が体験した出来事を話したりはせずに自分の胸中に留めておく事にしたらしい。確かに、宇宙空間で巨大な船に乗っていたなんて信じられるはずがない。キヴォトスにおいて宇宙空間は人間の生活圏にすらなっていない事もあり、未だに謎多き存在である。
そういう事もあり、少し長めのサイクリングに行っていたが事前に連絡を入れておくのを忘れてしまった、と今回の件を言い訳した。悪い事をした自覚はあるが、余計な心配を掛ける位ならと割り切ったようだ。
多少の問題は起こったが、それでもシロコは再び『アビドス対策委員会』の下へと無事に帰還する事が相成ったのである。
これからも、苦難の毎日は続くもののアビドスの借金問題を解決すべく、五人で力を合わせて奔走していく事になるのだろう。そんな日々を想像して、シロコは顔を綻ばせた。色々問題は山積みだが、この五人でなら乗り越えていけると確信しているから。
その問題を解決へと導いてくれるファクターも、もうすぐこの世界に生まれ落ちるだろう。大きな混乱を伴って、世界を変革する楔が撃ち込まれる。
世界は『先生』を中心にして動き始める事になる。
しかし。
『また会えるとはな。シロコ』
「……え、嘘。どうして」
運命は、なかなか二人を引き離す事を許さないらしい。
──物語は既に、少しずつ違った方向へと進み始めている。
これで宇宙世紀時代は終わり!
ようやく次の話からブルアカ本編に入っていけそうです。
ここまで本編に入るまでのプロローグが長い作品があっていいのか?
大分振るいにかけている感覚あります。