――上手くいったみたいだね。
ほっと、月島は息をついた。
「え? え?」と日向は辺りを見回すが、菅原も唖然としている。影山はまだ緊張を緩めていない様子で、獣は二人の前を歩いている。澤村と清水は辺りを見回し首を傾げた。谷地は、抱きついていた清水が息をつくのを感じて、そっと目を開いた。
第二体育館の入口には、誰もいなくなった。
谷地は、自分の目を疑った。
「山口君は……?」
それだけではない。バレー部員を拘束しようとしていた他のテロリストたちも全員、こつ然と姿を消していた。夢ではない証拠に、テロリストたちの私物だろう、荒縄やガムテープ、タオルの類が残っている。山口のスポーツバッグについた土が生々しい。
「そうだ、山口っ」
日向が入口に駆け寄り、影山とその獣が後を追う。澤村は辺りを見回している。清水は、その場にくずおれた谷地を安心させるように話しかけていた。
「月島」
菅原が、ゆるく笑みを浮かべる月島に話しかけた。
「……何か、知っているのか?」
「これが、山口の魔法です。菅原さん」
「山口の魔法?」
渦中の人物の名前に、日向らの視線が月島に集中する。だが、視線には答えず、月島は壁際に置いたタオルを拾い上げた。
「帰ります」
「待て月島、説明が足りないべ?」
「そーだそーだ! きちんと説明しろー!」
納得の行かない日向たちに、月島はそっけなく答えた。
「これは山口の問題だから僕が話すわけにはいかない」
そのまま踵を返して部室に向かおうとする月島に、澤村は声をかけた。
「待て月島。……山口は無事なんだな?」
「そのうち判ります」
月島は言葉少なに答えた。
数十分後、皆して混乱している中、どうしてだか疲労困憊した山口が戻ってきた。
だから言ったのに、と憮然とした月島に、日向が「知ってたなら教えろよ!」と掴みかかった。
*
薄暗い世界で、山口は目を覚ました。
その場所はどことも知れぬ山中で、夕暮れの生暖かい風に満ちていた。
緩慢な仕草で周囲に目を向けると、先ほどまで自分に銃を向けていた男たちが右往左往していた。
当然だろう。先ほどまで完全に日が沈んだ烏野高校の体育館にいたのに、一瞬にして見知らぬ夕暮れの樹海にいるのだから。
一人の男が山口が目覚めたことに気付いて、胸倉をつかみあげた。
「おい! お前!」
「……」
体が重い。固有魔法を使ったら、いつもこうだ。
「一体何をした! ここはどこだ!」
答えずにいたら、そのまま解放された。聞き出すよりも、山の麓に降りた方が得策だと考えたらしい。
どうやら男たちは山口の魔法を瞬間移動の類だと思い込んでいるようで、なんやかや話しながら歩いて行った。そもそも山口は、どうして彼らがここにいるのかも忘れてしまったのだが。
頭痛が酷い。
血の様な赤い空が徐々に暗くなっていくのを確認して、息をつく。
目を閉じ、幼馴染の様子を思い出す。
縛られた縄の痕跡も、地面を転がった土埃も、不自然なまでに消えていた。
どこか遠くで、蛍のような光が点滅した。
その光に引き寄せられるように、少年は一歩、踏み出した。
*
山口=人間を異界へ連れ去る能力。発動条件が限られているが、安心できずに鞄の中に制御グッズを入れている。基本的に山口に悪意を持って致命傷を負わせた相手を反射的に異界へ連れ去る。異界というのは「自分の内なる別次元」なので、理論上は山口以外の人間が異界を開くことはできない。また、異界は山口の思い通りになる世界なので山口が受けた傷も治る。「山中異界」「神隠し」。人間を簡単に際限なく消せるため、魔法使いの集まる学校にしか進学できないよう法律的に制限をかけられている。月島のような魔法使いがいないと、自分を異界に飛ばしてしまい戻れなくなる。定期的に保護司と面会しなければならない程度に重要。代償として、人を閉じ込めたらその人に関する思い出が消える。バレーに影響のない魔法。
魔法覚醒時に、その場にいた友人を異界に連れ去ってしまっている。