キンコーン、とワンルームマンションの一室に、安っぽいドアベルが響いた。
はいはい、と立ち上がり、廊下に出て、玄関に片足をかけて、扉を開く。
「どうぞ。……って、え?」
予想していたよりもずっと低い位置に、間違っても予定していた担当編集のものではない、小さなつむじが見えた。
子供は黛を見て、満面の笑みを浮かべた。
「こんにちは、千広マユ先生」
思わず扉を閉めた。
どうしてこうなった。
黛千尋、ペンネームは千広マユ。売れない作家をやっている、ごく普通の中間種だ。大学を恙なく卒業後、就職した会社をいろいろあって辞めた。自棄になって出したラノベの新人賞に、入りはしなかったけどそこそこ良い処まで行ったらしい。今の担当編集からある日突然電話がかかってきて、処女作が出たのは成り行きに近い。現在、作家としては八年目。一つの雑誌連載とたまの長編書き下ろしで男一人何とか食べている程度。当然結婚はしていないし、子供と関わる予定もない。
混乱する黛の後ろで、子供がコンコンと扉を叩く。
「ちひろ先生ー。開けてくださいってば。ご近所に児童虐待のうわさが立ちますよー」
すぐに開けた。
とりあえず玄関まで上げると、子供は靴を脱いで「お邪魔します」と口だけは可愛らしく頭を下げ、短い廊下を通り抜けて、リビングへ一直線に向かった。当たり前のワンルームマンションの構造だ、子供が迷うことはない。その後ろを追いながら、黛は溜息をついた。その音を聞きつけ、子供は黛の表情を伺った。
「ちひろさん?」
赤の双眸が黛を見上げる。
黛は、無言で子供をちゃぶ台の前に座らせた。
辺りを勝手に触らないよう念を押し、台所に移動。子供にコーヒーを出していいものか一瞬迷い、爽健美茶のペットボトルを見つける。酒をロックで飲むための硝子のコップに適当に氷を入れれば、見た目だけなら夏らしい。自分用には使い慣れた濃紺のマグカップにインスタントのコーヒーを入れる。コースターなんて洒落たものも盆もないので、そのまま子供に手渡す。
「どーぞ」
子供は目を輝かせて、礼を言うと一息に飲みほした。炎天下の中歩いてきたのだ、見た目に出さなかっただけで随分と喉が渇いていたのだろう。黛のぶんのコップをテーブルの上に載せてから、爽健美茶のペットボトルも持ってくる。好きに飲めという意思表示だ。
子供が二杯目のお茶を注ぐ様子を、黛は無言で観察した。
容姿は十分すぎるほど整っている。赤の双眸が意思の強さを感じさせた。髪は清潔に整えられているが、額は汗で濡れていた。無地のTシャツと上着にジーンズは爽やかな配色でセンスの良さを感じさせた。夏服であるため、ぱっと見ただけでは生地の良さも目立たない。子供の体型に合わせて採寸されただろうボトムスのデザインなど気にしたら負けである。ペットボトルを扱う手つきはどこか危なっかしく、周囲の大人に十分に手をかけられて育ったのだろうと感じた。
片手間にスマホを操作すると、待ち合わせをしていた編集担当からは日程を変更してほしい旨の連絡が来ていた。溜息ひとつと了承の返事を送る。そうしているうちに子供のグラスは透明度を増し、飲み終えるとカラン、と涼しげな音が響いた。
子供が姿勢を正したのを見て、黛も子供の正面に胡坐をかいた。
「突然訪ねてきてしまってごめんなさい」
「そう思うならアポイントメントを取ってくれ」
「すみません。大人には内緒で来たので」
「だろうな」
黛は鼻を鳴らした。強い、猫の臭いがした。
「お前、重種だろ」
ダーウィンの進化説。ヒトはサルから生まれました。へぇそうですか。本当に?
サルから生まれたヒトもいる。けれど、犬から猫から蛇から熊からその他色々な動物から生まれたヒトもいた。ダーウィンは言いました。ヒトはサルから生まれました。それに猛反対した教会の連中は斑類だったと、そんな説話も残っている。
黛千尋は斑類だ。斑類はサル以外から生まれたヒトの総称だ。サルから生まれた猿人は斑類を認識できない。どうしてですか? 莫迦だからですよ。ある程度の家柄の斑類が一番最初に習うこと。サルから生まれたヒトが莫迦だから、斑類は猿人を見下し侮蔑する。そのせいで滅び行くのだから世話はない。現在の猿人の繁栄と斑類の現状を見るにつけ、猿人は本当に愚かなのかと黛は疑う。日本だって第二次世界大戦後、部落差別や人種差別撤廃運動のついでに猿人差別撤廃運動が生じて斑類の意識が改善したのだけど、あれは本当に差別だったのだろうか。斑類は猿人を差別していたのだろうか。差別の裏には得体のしれないものへの恐怖があったのではないだろうか。猿人は愛だの恋だのという斑類にはあってはならないものに、笑い、泣き、そして繁殖する。猿人への差別撤廃を真に受けて、多くの斑類の血脈が途絶え、あるいは吸収された。猿人は愚かなのだろうか。愛で恋で本能で自分の生き方の最適解を導き出す動物は、階級だの血脈だので心を狂わせ儚く散る斑類よりよほど賢いのではないだろうか。
斑類の数は少ない。元来孕みにくい遺伝子の上、完全なる階級社会と種族差別を展開して結婚相手を厳選している。幾つかの家系は病気持ちとも囁かれる。重種にこだわる家ほどその傾向が強い。
つまり、貴重種は、面倒なのだ。
「無防備に大人の一人暮らしに訪ねてくるって何事だよ、誘拐されても文句いえないぞ」
黛の言葉に、子供は拗ねたように見えた。
「半重種です。変え魂の合格点を貰っています」
「……まぁ、他人の家庭事情には口を挟まないけどさ」
傲慢とも言えるが、それに負けない程度の自信があるのだろう。自信ありげな子供の表情に、黛は目をそらした。
「で、何で来たの」
「その前に確認させて下さい。あの、……千広マユ、さん、ですか」
先ほどまでの表情から一転、若干自信なさげな口調だ。黛は口だけで笑った。
「そうだけど。何? 俺のファンとか?」
自虐だ。黛は作家だが、そこまで売れてはいない。何より黛の書く小説は、いわゆるライトノベルだのジュブナイルノベルスだの十代後半の中高生が好んで読むものだ。目の前の子どもは幼い。対象年齢範囲外である。しかし子供は戸惑いながら、うなずいた。
「そんな感じ、です」
子供は子供なりに緊張しているのだろう、と黛は結論付けた。
「千広先生のお話を、読みました」
ふぅん、と思う。別に十八禁のアダルト小説を書いているわけではないので、珍しいだけで、ないこともないだろう。
「どの話?」
「男の子が時を翔ける話です」
「……あぁ」
あれね、と黛はうなずいた。無表情だが一瞬にして内心は暴風雨が吹き荒れている。
あれかよ! よりによってあれかよ!
往々にして、デビュー作とは黒歴史になりやすい。
黛の心中など知らず、子供は言葉をつづけた。
「だから、」
「おう」
「僕のお願いを一つ、聞いていただけないでしょうか」
不安げに言った子供に、黛は何をそう不安がっているのかと首をかしげた。
「父に、あなたの小説を贈りたいんです」
「は?」
目を丸くした黛に、子供は慌てて、言葉を重ねた。
子供の父親が黛の文章を非常に気に入っていること。
書籍はもちろん、雑誌も全て捨てずに保管していること。
出張や大切な会議の時には、必ず鞄に一冊忍ばせていくこと。
疲れたときには棚から取り出して、とても大切に表紙を撫でること。
子供が手に取ったら酷く怒られ、同居人に窘められたこと。
黛は頭を抱えた。どうやったらここまで美辞麗句を並べ立てて黛ごときの本を重要そうに語れるのか。
「それで僕がこの本を買った時には」
「もういいから」
黛のうんざりした声に、子供は表情を明るくした。
「引き受けてくれるんですか」
「あーはいはい」
「ありがとうございます」
なぜか気づいた時には、黛は小説を一本、子供のために書くことになっていた。
「なぁ」
「はい」
黛は、手にした鉛筆をくるりと回した。
子供はほんの短い話でいいから、と言ったので、だったらこの場で草案を書き上げてしまおうと思ったのだ。その間子供は手持無沙汰になってしまうが、彼は黛が資料半分興味半分に集めた書籍に興味を示した。子供のころから精神医学に興味を持つとは、末恐ろしいものである。
「お前の父親って、お前から見てどんな奴?」
子供は手にした本から顔を上げた。『イヴの三つの顔』、とある精神病患者の物語。
「どんな、とは」
「色々。大人しいとか、何が得意とか、好きとか、嫌いとか。どうせなら感情移入させやすい登場人物のがいいだろ」
うぅん、と考えこんだ子供に、黛は首をかしげた。そこまで考えるような質問だっただろうか。
「別にそんな深く考える必要はないけど」
「……どう言えば伝わるのか判りませんが、仕事が好きです」
開口一番に仕事かよ、と黛は呆れた。
「そんな仕事人間なの?」
「仕事中毒とかじゃなくて。……勿論僕のことを大切にしてくれているのは理解していますが、それと同じくらい仕事に生き甲斐を感じているんでしょう」
「へぇ。羨ましいな」
黛の言葉に、子供は目を瞬かせた。
「あなたは、作家という仕事に生き甲斐を感じていないんですか?」
「生き甲斐っつーより自己満足だよ」
また、くるり、と鉛筆を回す。きらきらと好奇心に目を輝かせる子供に、どういえば伝わるのかと頭を捻る。
「俺はまぁ、それなりに健康体だ。こう見えて会社勤めをしていた時期もある。今からだってその気になれば雇ってくれる心当たりは複数ある」
例えば緑間医院に勤める高尾は何人かの事務員を採用する権限を持っているはずだし、フリーカメラマンとして世界を飛び回る葉山は日本で定期的に書類仕事をしてくれる人が欲しいとぼやいていた気がする。トップアイドル黄瀬涼太様には近寄りたくもないが、実渕はどこぞの大企業の秘書課にいるらしいから真っ当なサラリーマンにジョブチェンジさせてくれるだろう。根武谷と一緒に牛丼チェーン店のスタッフをやってもいい。某大学の麗しき助教授となった桃井に頼めば、心理学実験被検体アルバイトのお知らせと一緒にデータ整理の仕事くらいは飛んでくる(因みにこれは実体験だ)。日本に店を構える世界的パティシェ紫原にだって、土下座して頼めば、まぁ、店の掃除係にでもしてくれるかもしれない、もしかしたら。
「けど、そんなんより俺は家に引きこもって文を書いてる方が好きだ」
だから書いてる、と黛は言った。
子供はそれを見て、「僕の父とは全く異なりますね」とつぶやいた。
「立派な父親だ」
「ええ。自慢の父です」
「大切にしてやれよ。仕事と子育てを両立するのは難しいらしいから」
子供は、目を瞬かせた。
「どうして、僕に母がいないと知っているのですか?」
「へぇ、そうなのか。初耳だわ。尚更大変そうだな」
黛は鉛筆を動かしながら答えた。子供は不思議そうに首を傾げたが、己の早とちりということにしたのだろう、自分の話を続けた。
「そうかもしれませんが、代わりに、世話をしてくれる人がいるので」
「へぇ。どんなやつ?」
子供はまた、しばらく考え込んだ。首を傾げて、ぽつりと呟いた。
「優しい、人です」
「ふぅん」
「僕は、彼が怒るのを見たことがありません」
「へぇ」
黛は気のない返事を返した。子供はやはり裕福に暮らしているのだろう、黛はその程度の感想しか持たなかった。
「彼は元はテツ君の友人だそうです。実家の方と諍いがあり、初めは父の家に泊まりに来る程度だったのですが。僕の子育てを手伝ううちに、もう家人になれ、と父が言い出したそうです」
「再婚とかか?」
子供は目を丸くした。考えたこともなかった、という様子だ。
「……違います、たぶん」
「気を悪くしたなら悪い。じゃ、そいつ、猿人?」
「いえ、犬神人の軽種……だと思います。けど、実家が複雑らしいです」
ふぅん、と黛は相槌を打った。
「その同居人って、お前らとどういう関係なの?」
「僕にとっては歳の離れた兄、ってところです。父とは……どうなんでしょうね。友人かなぁ」
うん、とうなずいた子供に黛は茶化した。
「恋人や夫婦ではないんだな」
「違います。父が誰かと恋愛できるとは思えません」
きっぱりと言い放つ子供に、確かに、と黛は頷いた。
「誰かに振り回されるのは考えにくいな」
黙り込んだ子供をよそに、黛は一人うなずいた。
「その同居人、大切にしろよ」
子供の頭を撫でると、こくり、と彼は頷いた。
*
僕の父は、とても忙しい人だ。
かなりの大企業である赤司系列の会社の社長で、結構世界を飛び回っている。
一年の半分は日本にいないんじゃないかと思うけど、健康を損ねたという話は一向に聞かない。
そんな父だが、実は生物学的には僕の母だ。斑類のゲイミックスが子供を産むときにはどちらかが産む側に回らなければならないのだけど、父はどうしてか、僕を産みたがったらしい。
父は重種で、当時はまだ赤司の跡継ぎで、分家連中はこぞって父の子供を産みたがったのだけど、父は頑として自分で子供を産みたがったのだと。
僕の生物学上の父親には、会ったことがなかった。
いつだったか、父さんの秘書のレオさんに質問したことがある。
「どうして父さんは俺を産んだの?」
僕の生物学的な父親、顔も合わせたことがない人について、きっと父さんの回りの人は知っている。
けど、きっとそれは言っちゃいけないことなんだろう。
ハリー・ポッターの世界でウォルデモート卿の名前を口に出しちゃいけないように、ナルニア国でアスランを崇めるように、それはそういうものなんだ。
レオさんはこう答えた。
「征ちゃんが、あなたに産まれてきてほしかったからよ」
その時、僕は、そういう感情論じゃなくて、もっと論理的に答えて欲しかった。そんな時はテツ君に訊くのが一番だった。
テツ君は、父が世界を飛び回っている間日本で僕を引き取って面倒を見てくれた、いわば育ての親だ。フリ君と一緒に暮らすようになってからはお役御免となったけど、悩み事があったらテツ君に聴いてもらうのが一番すっきりする。さっちゃんは、「テツ君は聞き上手だからね」って言ってた。
その時、テツ君の家にはたまたま火神さんが戻ってきていた。(火神さんはテツ君の同居人だけど、アメリカで仕事をしているから日本にいることは殆どない。)夕食時、火神さんがキッチンでざくざくキャベツを切っている音を聞きながら、テツ君はゆるりと笑った。
「赤司君はね、幸せの限界を決めてしまったんです」
「幸せの限界?」
そう、とテツ君は洗濯物を畳みながら言った。
「愛する人がいれば幸せ、家族がいれば幸せ、友人がいれば幸せ、愛があれば幸せ、お金があれば幸せ、自分が生きていれば幸せ。幸せって、何でできていると思いますか?」
テツ君の質問に、僕は目を瞬かせた。
「僕は冷奴を食べる時が幸せかもしれない」
そう言うと、テツ君はふふ、と笑った。
「僕は火神君の隣でバニラシェイクを飲んでいる時が、一番幸せです」
「人によって違うって言いたいの?」
はい、と彼は頷いて、父親譲りだという僕の髪を撫でた。真っ直ぐの、薄墨の髪。パステルカラーなところはテツ君と同じ。存在感も似てるってよく言われる。父さんが僕をよくテツ君に預けるのは、テツ君が在宅業だからってだけじゃないと思う。
「意地の悪い言い方になりますが、君の家族は一般的に幸せな家庭と呼ばれるものではありませんね。君は父親の顔を知らず、赤司君は僕の所にばかり君を任せている。お金には不自由していませんが、だからこそ名家の跡取りという重責が付いて回る」
からかうような口調でテツ君は言った。
「緑間君のように、夫婦で子育てに参画しているわけでもない。黄瀬君の所みたいに兄弟同士が助け合っているのとも違う。お願いすれば、僕が親権を取得できるんじゃないかとも思ってしまいますね」
「でも、父さんは僕を好きだよ」
テツ君の前だと、こういう言葉がするっと口から出る。テツ君は笑った。
「ええ。だから君は、赤司君と家族でいるのが幸せ。赤司君も同じことを考えています」
「父さんは、僕がいれば幸せ?」
「はい。君のご両親――少なくとも赤司君は、そうなんです。君がいれば幸せ。千尋さんといれなくてもいい。自分が手にできる幸せはここまでだ、と限界を作ったんです」
「父さんは、僕の……もう一人の親のことを、好きだったの?」
「そう見えましたよ。大切に想っていました」
「その人がいると、父さんはもっと幸せになれるんじゃないの?」
テツ君は、僕の頭を優しく撫でた。
猫又と犬神人の臭いに混じって、火神さんが焼くソーセージの臭いがした。
「好きな人と一緒にいることが幸せとは限らない」
気のせいかもしれないけど、ちょっと悲しそうな声だった。
「赤司君は、自分のパートナーと一緒にいなくても、十分幸せなんです」
その日、火神さんは、ホットドックとコーンスープの夕食に冷奴を付けた。
*
そんなシングルマザーの父だが、数少ない趣味がある。
一つが小説。テツ君の書く純文学ではない。もっとライトなものだ。緑間先生なんかは絶対読まないだろう。ポップでキュートで現実離れしたジュブナイルノベルス。ライトノベルと一般文芸の間を行き来している、ある特定の作家だけを父は追い続けている。千広さんのことだ。父の学生時代の先輩。もちろん父さんはテツ君の本も読んでいるんだろうけど。
そしてもう一つはバスケ。学生時代の特訓のたまものだろかで、見どころのある選手は一目みてすぐ判るらしい。見どころのない人も。
全日本バスケ後援会には、父の代になってから赤司グループの名前が載るようになった。それくらい、父はバスケを見るのが好きだ。
父の友人にも、バスケ選手が多くいる。火神さんとか大ちゃんとか。
僕はミニバスをやっていないけど、中学になったらバスケしろって回りが五月蠅い。キセキの子供を寄せ集めてバスケチームでも作るのだろうか。洒落にならないのが怖いところだ。
毎年十二月二十日はテツ君の家でのクリスマスパーティーだ。それが元々は父さんの誕生日を祝う会も兼ねていたと教えてくれたのはテツ君だ。現在日本を牽引する奇跡の世代と呼ばれる皆は、年末年始とても忙しい職に就いてしまったので、その決起会もあるのだという。キセキの子供たちが生まれてからは、こういうパーティーは基本半年に一度となってしまった。そのうち一回は父さんに合わせられているのを見ると、赤司征十郎という人がどれだけ偉大なのか感じてビビってしまう、とはフリ君の言葉だ。僕は慣れた。生まれた時からだから。
乾杯は父が。それ以外はよくあるガーデンパーティーだ、屋内だけど。火神さんのお蔭でこの家の行事はアメリカナイズされている。中央にはむっくんのケーキがあるけど、特別っぽいことはそれくらい。
「裕兄ちゃん、遊ぼ!」
バスケットボール片手に話しかけてきた和真に、「バスケは食べてから」と言い聞かせる。僕が一番年上だから皆の様子を見ていないと。でも折をみて抜け出して父さんにプレゼントも渡したい。そわそわしていたら、ポン、と笠松さんが肩を叩いてくれた。
「親の所行くなら、行って来い」
こいつらは俺が見てるから、という言葉に甘えて、荷物を置いた部屋へと駆け出した。
プレゼントの包みを持って戻ってきたときには、父さんは会場の中心から少し外れたところで、キセキの皆で集まって話をしていた。きーちゃんがまず僕に気付いて、それから父さんが、テツ君との話をやめて僕を見る。
「どうした、裕一郎」
硬い声だけど、父さんの声は怒ってないから、きっと緊張しているんだと思う。
その声を聴いたら、いっぱい考えていたお祝いの言葉がすぽっと頭から抜けて、僕は無言で包みを父さんに差し出した。
「くれるのか」
頷く。父さんは、くすりと笑った。
「クリスマスプレゼントか。ありがとう」
その言葉に、首を振った。父さんは不思議そうに首を傾げた。慌てて、言葉を紡ぐ。
「クリスマスじゃなくて、お誕生日」
一言口に出すと、止まらなくなった。
「テツ君が、この日は元々父さんの誕生日会だって言ってて、じゃあプレゼントが必要だって思って、父さんの好きなものを考えてみたの。けど父さんの好きなもの、千広マユしか思いつかなくて、ちひろさんにお願いしに行ったの。そしたら、父さんにお話しを書いてくれたの」
父さんは動きを止めた。テツ君はちょっと驚いたように笑った。他の皆は目を丸くしていた。
「この話はこの本しかなくて、ちひろさんと一緒に作ったの。世界に一つだけの、父さんの話だよ。本当は題名つけるのは僕の役目なんだけど、僕どう名づけれないいのか判らなかったから、この話はまだ名前がないの。もし、もしよければ父さんが付けてもいいって、ちひろさんが言ってた」
一息に言って、僕はほっとした。ちょっと言葉が悪かったかもしれないけど、きっと父さんは笑ってくれると思った。普段通り、優しく笑って、「ありがとう裕一郎、大切にするね」とかなんとか言って頭を撫でてくれるんだと。
けど違った。
父さんは茫然としていた。
目を見開いて、真っ白な表紙を見ていた。
テツ君が、僕にそっと声をかけた。
「千広マユさんは、どんな人でしたか」
僕は目を瞬かせた。
「男の人だった」
ブフォ、となぜか高尾さんが噴出した。
「マユって名前だから女の人かもって思ってたけど、違った。雰囲気がテツ君に似ているね。あと、オセロと囲碁とチェスは弱かった」
将棋はやりたがらなかった。いつも負けるからだって。
テツ君は、そうですか、と僕の頭を撫でて、「赤司君」と父さんに声をかけた。
「いつまで固まっているんですか。それを読むなら、座った方がいいと思いますよ」
その言葉に、父さんは無言で会場の隅へ移動した。
ひょっとして何か悪いことをしたのかな、と僕はハラハラしていたけど、テツ君はにっこりと笑って僕を誉めた。
「がんばりましたね、裕一郎君」
その物語の装丁は、決して立派とは言えない。
画用紙に文字を綴って、糸で綴じて製本テープで見栄えを良くした程度だ。
その物語は、一人の男の子の視点で進む。
男の子には両親がいる。
男の子の母親は、バリバリの仕事人だ。普段は世界を飛び回っているけど、家に帰ってきた時は家族を大切にする。沢山の友人がいて、家族を愛していて、皆に好かれている。
男の子の父親は、在宅勤務をしている。日頃の家事も同居人に手伝ってもらいながら、母親の代わりに家を守っている。
その物語はそんな家族三人と一人の世話役の、とある休日の話。
朝起きたら両親が「おはよう」と言ってくれて、夜寝る前には「おやすみ」と言ってくれる。
物語に描かれるような、幸せで当たり前の家族の話。
その巻末は、ただ一言の作者からのメッセージで結ばれる。
――――産んでくれて、ありがとう。
黒バス斑類でモブ視点で黛赤です。火×黒・赤×降っぽい描写があります。このシリーズは他にもキセキ×相棒組を前提としています。斑類についての知識がなくても読めます。
これはCDで言うところのA面です。B面にあたるお話は黛誕までに上げる予定です。(2014/12/20)