【黒バス斑類】子供の箱庭   作:mizuhara_0-0

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子供の箱庭

十年前の俺は、相当ひどかったらしい。

らしい、というのは俺が数日間寝込んでいて、それ以降も心身ともに正常とは言い難かったからだ。すごく今更だが、重種に頭を揺らされるとこうなるのか、と実感した。赤司のことだから相応に手加減はしたのだろうが、それにしたって容赦がない。俺がまともに起き上れるようになったころには赤司の妊娠はそこらじゅうに知れ渡っていて、それから半年もすれば彼がその子供を生んだことで正式に赤司の後継に決まっていた。それらの知らせは高尾がすべて運んできた。

俺の体調が戻るまでのひと月ほど、緑間が絶対安静を強いた。物理的軟禁に近かった。その僅かひと月足らずで予想以上の見舞客が来た。

 

一人目は桃井だった。

大学で児童心理学を専攻していた彼女は、斑類の階級差により生じる精神的ストレスにも関心があるらしかった。赤司君どう怒ってた? 重種の圧力ってどんな感じ? 特にどの部分に負担を感じた? いつ圧力を感じた? 階級差って目を見ればわかるって本当? 様々な質問を向けられた。

静かに怒ってたよ、怖かった。プレッシャーって意味を感じたよ。やっぱ頭じゃね。怒った時。俺は目と体温かな。それに答えるうちに、自分の中の何かがすっと整理されていくのを感じた。答えながら、桃井が心理カウンセリングの心得もあることを思い出した。自己を客観的に見つめなおすための一問一答。生兵法でしっぺ返しを食らったらどうするつもりだったのだろう。

最後に彼女は爽やかに笑って、みどりんに黛さんのデータ貰うね! と言って去った。大事に使うね、って何にだよ。せめて匿名性は保持してもらいたいところだった。

 

二番目は黄瀬と青峰だった。青峰はなんだか苦虫を噛み潰したような表情で、開口一番に「さつきが迷惑をかけた」と頭を下げた。気にするな、と返した。黄瀬が「妊娠おめでとう」と無邪気に笑ったので「赤司に言え」と突き返した。二人は長居しなかった。売出し中のアイドル様とNBAプレイヤーだ、忙しいのだろう。アメリカ土産だという極彩色のキャンディと黄瀬がCMをしているスポーツドリンクを大量に置いて行った。

 

四人目のキセキは紫原だった。奴はそれまでの三人と違って、俺に好意の欠片も見せなかった。

「あのさぁ」

彼が病院のパイプ椅子にどっかと座りこむと、巨体に金具が悲鳴を上げた。

「俺、あんたは赤ちんの味方だって思ってた」

「そうか」

「赤ちんは強くて脆いけど、あんたが赤ちんといるなら大丈夫だろうって思ってた。あんたは弱いけど折れないから。黒ちんと同じタイプ」

「そうか」

「けど、違ったんだね」

「……」

突き放したような言い方だった。紫原は怒っている。俺に。赤司に。赤司の味方になりきれなかった俺を、見極めきれなかった自分に。

「否定、しなよ」

「さぁな」

自嘲するように笑うと、紫原は興味を失った様子で見舞いの花を置いていった。愛情の反対は無関心。もう、あいつは俺を見舞うことはないだろう。

 

赤司以外のキセキをコンプリートした後に、昔懐かし洛山の後輩たちから連絡が来た。緑間らが情報制限をしていたようだった。根武谷はお気に入りのメーカーの牛丼のタレをくれた。食品会社に就職が決まったらしい。幾つかの賞を獲得してカメラマンデビューした葉山は笑いながら俺の写真をばしばし撮っていった。お前の専門は風景だろうが。実渕は来なかった。とても忙しいのだという。謝罪の文章とタブレットPCが届いた。病院は暇だったので、パソコンは重宝した。

 

 

一通り皆が顔を出して見舞い客が落ち着いた頃、まぁ来るかもしれないなぁと思っていた奴が来た。

「赤司君に振られてどうなったかと思いきや」

無表情なりに呆れた声音を出し、黒子は溜息をついた。

「何やってるんですか、あなた」

「黙れよ旧型」

苛立たしく舌打ちすると、黒子はまた溜息をつく。どちらが年上か判ったものじゃないが、思い返せば黒子相手ならいつもこんなものだった。

「……赤司君に会いました」

「へぇ」

関心のない素振りをする。俺を見舞う全員が赤司を通じてできた縁者だった。黛千尋、二十三歳。大学卒業して半年。一応真面目に会社員してたし大学でもラノベサークルに顔を出していたのだが。まさか会社に出勤していないことにも気づかれていないのだろうか。影が薄いにもほどがある。目の前の水色の男のように、何か特殊な職業に就くべきだっただろうか。現実逃避に走りたい俺を余所に、黒子は厳しい表情だ。

「貴方がたの喧嘩の原因を聞きました」

「そうかよ」

「貴方は知っていたはずです。赤司君がどれだけ子供を欲しがっていたかも、家族から重圧を掛けられていたかも」

「まぁな」

黒子は俺をにらんだ。

 

「堕ろせ、と言ったそうですね」

俺は、目を伏せた。

 

赤司征十郎は斑類だ。斑類はサル以外から生まれたヒトの総称だ。サルから生まれたヒトが莫迦だから、斑類は猿人を見下し侮蔑する。そのせいで滅び行くのだから世話はない。斑類の数は少ない。元来孕みにくい遺伝子を持つ。

斑類は孕みにくい。特に重種は孕みにくい。それを見て科学者は考えました。だったら孕みやすくすればいい。

男でも孕めるように懐蟲を作った。重種らはそれに飛びついた。使い捨ての高価な妊娠誘導剤。そしたら金が惜しくなった。彼らはどうしたか。後天的な両性具有を作り出した。アンドロジーナス。初めから妊娠できる体を持っていればいい。そうすれば。そうすれば?

赤司征十郎は斑類だ。赤司家は斑類の名家だ、滅ぼされた翼種の流れを汲むもの、代わりのない貴重種、そして赤司はその跡継ぎだった。確実に血を繋がねばならぬ、出来るならばより濃い血を。赤司の血を汲むと立証するには赤司が子供を産めばよい、ふざけるな。斑類の子供は少ない、ばかげている。赤司家には征十郎しか直系がいない、それがどうした。だから。だから。だから。

 

赤司征十郎はアンドロジーナスだった。

 

「赤司君は怒っていませんよ」

黒子は穏やかに言った。少なくとも表面上は穏やかだった。

「貴方の気持ちを理解していました。貴方の子供を孕めたことを歓迎していました。赤司という家を疎み、彼個人を受け入れる人間がどれだけ貴重か。貴方は赤司征十郎というただ一人の存在をあるがままに受け入れ、非常に大切に扱った、その事実だけで赤司君は貴方の暴言を許しています」

黒子が無表情だと誰が言ったのか。彼の表情は雄弁だった。

「あなたは赤司君の恋人でしょう!? どうして今彼を支えてあげないのですか!」

「俺はアイツの恋人だったことなど、一度もないよ」

キセキの連中は知らない。赤司の事情を。征十郎も知られたくなかっただろう。

中学半ばから体を作りかえられて、そのせいで身長が止まったこと。インターハイ後の盆休み、実家に行きたくないと泣いた日を。部室の大掃除の最中見つかった、ごく当たり前のエロ本に怯えていた。黛の引退式の後、寮室にやってきて、初めて黛を押し倒した時の、震える手、涙を溜めた瞳。赤司征十郎が子供を産んだところで、そいつが俺の子だという確信はどこにもなかった。

「悪い、黒子。帰ってくれ」

 

 

入院して一週間後、就職したばかりの会社から、顔しか知らない同期が見舞いに来た。人当たりの良い男が、ぺらぺらと会社の上層部が忙しそうだと世間話を落としていった。俺の会社の代表取締役は赤司の親族だった。パソコンで調べて真っ先に後悔した。そいつが征十郎を抱いていたのかは知らないが俺が耐えられなかった。ネットで再就職先を漁ると、世の中には赤司の手先が多すぎた。たぶん俺がアイツの系列の会社に履歴書を送ったら即座に内定が出るのだろう。征十郎が何も言わなくても俺のことを知っている連中が気を利かせるだろう。そうして俺を使って征十郎を縛るのだ。

同期が二度目に来たとき、退職届を託した。

 

高尾には、会社の寮を引き払うよう頼んだ。

頼んで数日後には大量のラノベが病室に運び込まれた。俺がライトノベルを最も読んだのは、皮肉なことに高校時代だった。赤司はよく俺の部屋で、少女のイラストを眺めていた。赤司が特別気に入っていたタイトルを手に歩いていたら、リハビリ室で行き会った少年が読みたがったので、全巻気前よくくれてやった。残りの期間は読み飽きたラブコメを読んで過ごした。ライトノベルには斑類が登場しない。猿人は斑類の情報を「意味の分からないもの」として認識する性質上、斑類について書かれたものは小難しい読み物と敬遠されがちだ。ページを捲ると、自称平凡な主人公の周りを艶やかな少女たちが取り囲む。それは高貴な王女であったり強大な魔法使いであったり獣耳の義妹であったりした。

身分差など気にしません。

あなただから力を貸すのです。

いつまでも傍に居させてください。

好きです。

愛しています。

赤司征十郎はこんなことを言わなかった。俺も口にした覚えはない。

 

辞職した、と伝えたところ、高尾が住居を推薦してくれた。青峰不動産の系列の安アパートだった。敷金礼金は無料に等しく、家賃も破格に安かった。古ぼけた住居には時たま高尾と緑間が顔を出した。アパートの管理人は桃井で、俺は定期的に彼女に会いに行くよう求められた。キセキから与えられるものは赤司から与えられるも同義だったが、少なくともあいつらは征十郎を傷つけないという信頼があった。

数々のラノベに囲まれて、このままじゃダメだな、と漠然と思った。

実渕に貰ったタブレットを使ってテキストデータを作り始めたのはそれからだ。

 

 

千広マユ一作目は高校生の男女の話だった。互いに互いを思いながらも穏やかに過ごす二人。ヒロインの家庭はエグいもので、主人公はラストで初めてそれを知る。そうして、主人公は、知り合いの未来人に願うのだ。

「タイムマシンを貸してくれ」

主人公は好きな人が壊れる前に行く。中学時代の彼女の元へ。少女を必死で守って守って、それでも最後には少女が死ぬ。

主人公は何度も繰り返す。中学時代の彼女の元へ。彼女が死なない未来のために。彼女と二人で過ごす未来のために。

どうしようもなくなって諦める主人公を書いたら、編集から泣きが入って、ハッピーエンドを仄めかせるエピローグで話がついた。当然あまり売れなかった。

 

二作目(仮)はスポーツものにしよう、と担当編集と話し合った。生まれてこの方熱を入れたスポーツなんざバスケ以外になかったが、ロリに籠球させた素晴らしい先駆け作品がある以上バスケはNGだった。時代はサッカーだろサッカー。女キャラが足りなかった。なんだこのラノベ、登場人物男ばっかじゃねーか、誰得だよ、当然没になったので編集と酔って笑って盛大に泣いた。そういえば俺らの青春も男ばっかだった。俺に至っては童貞まで男に捧げている。救い様がなかった。

 

三作目は思い切りファンタジーにした。主人公が赤色っぽいヒロインに手を取られて異世界にトリップする話。これもシリーズのラストでヒロインを殺したら、くろちゃんねるで一つの噂が立った。

 

293 : ラノベ好きの名無しさん

そういえば、千広マユっていつも赤いヒロイン殺すよな。

 

好きで殺しているのではない、そのヒロインが自ら進んで死を選ぶのだ。赤いやつは皆自ら厳しい道に進む。お前らMか。そうだろうな。俺の知る限り例外はない。

 

四作目。そろそろ赤いヒロインが死ぬのは嫌だろうと思い、主人公の相棒兼親友にしてみた。男キャラだ。初心者な主人公とチートな親友が手に汗握って共闘する話、昨今流行のRPG系。編集にコンセプトを送ったところ、苦笑しながら書いただろうメールが来た。

『黛さん。これだと赤井くんが主人公です』

 

ちくしょう。

 

 

 

そんなこんなをしている間に、時々短編も依頼された。大抵はささやかで幸せな恋の話だ。千広マユは恋愛小説家だと思われることが多いのはこれが原因だ。長編になると悲恋ばっかりなのに。

 

短編の一つが映画化されることになった。主役の男女のほかに、キーパーソンとしてヒロインの男友達が登場する作品だった。三角関係である。男友達役はシャラッとした俳優が演じて、主役の男より人気が出た。爆発しろ。

 

講演依頼が来たこともある。珍しい、と思ってよく見たら緑間と高尾の依頼のついでだった。虐待被害を受けた子供たちのメンタルヘルスについて。児童医学は緑間の専門だし、心理療法士の資格を持ってるのは高尾のはずだ。詳しく尋ねるとジュブナイル小説を書く作家に児童心理を解説云々。知るか。断った。

 

共著依頼が来たこともある。こちらはまともだった。純文学作家黒子テツヤ殿だ。リレー小説風にかわりがわりに話を進めていった。バスケの話だった。僕は主人公側のストーリーを担当しますので、黛さんは悪役サイドをお願いしますね。勝手に決められて腹が立ったので、どうあがいても悲劇になるように世界を滅亡させてやった。予想外にウケた。

 

作品の資料に、と緑間の蔵書をあさっていたら、桃井から児童人権擁護活動へのコメントをお願いしたいという話が来たこともある。かつてのキセキのマネージャーは今や教育学部児童心理学専攻のホープだった。できるだけ多くの知識人にコメントをお願いしているということで、NBA選手や俳優、パティシェ、医師やカウンセラー、スポーツジムのコーチや高校教師からも集めているという話だった。それ本当に知識人なのか。適当に書いて送ったら、報酬だと言って赤司財閥のデータが送られてきた。何に使えっていうんだよアイツの現住所とか。

 

五作目のネタを考えている最中に、子供と触れ合う機会があった。

「父に、あなたの小説を贈りたいんです」

こいつを主役にしたらどうなるだろうと思って書いたのが、大昔からの定番、妖怪退治ものだ。

赤、青、黄、紫、緑。時々桃色水色灰色。橙色や藍色の大人に見守られながら少年たちは冒険する。

すると不思議なことに、千広マユの肩書が児童文学作家になった。さすがに義務教育中の子供をホイホイ殺すわけにもいかず、千広マユ初めての長期シリーズになり、やっと俺の収入は安定した。

 

 

妖怪退治物の元ネタは、依頼を終えても足繁く俺の家に入り浸った。

余りにも頻繁にやってくるので黒子に相談したところ、どうしてだか育児書を大量に押し付けられた。

余りにも入り浸るので、合鍵を渡した。挙句の果てには住まわせろなどという。

その前に一度家族に会わせろと言ったら、仕事命の父親の予定を合わせるのが難しいと言った。いつかそのうち、と曖昧に約束したその日のうちに面会日を決める電話が来た。

記憶と変わらぬ声で、朴訥に贈り物の感謝を述べられた。

 

 

子供の名は赤司裕一郎。

彼の薄墨の髪は、俺と非常によく似ている。




モブ×赤要素を含む黒バス斑類です。キセキ×相棒組を想定しているので、うっすら匂うかもしれません。他は友情です。斑類についての知識がなくても大丈夫どころか、男性妊娠が可能な世界観ってことさえ判ってればOKです(おめがばーすにしなかったのは、赤司君がどう考えてもαなのに黛赤を書きたかったから)。
このシリーズに関しては、この後設定資料集と短編集を公開する予定です。

これはCDで言うところのB面です。(2014/12/31)
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