その日、黛は珍しく家を空けていた。普段通り、編集者との打ち合わせだ。
黛は在宅業なので、普段は家に閉じこもっているが、別に引きこもりではない。むしろ体力を落としすぎないように、と定期的にジョギングをしているくらいだ。だが、昼に出る事は確かに少ない。その日はイレギュラーと言っても良かった。そういう日に限って、予期せぬ客が来るものだ。
黛が帰宅すると、赤司裕一郎が扉の前に座り込んでいた。
「また来たのか」
声をかけると、子供ははじかれたように顔を上げ、破顔した。
「ちひろさん」
赤司に、目鼻立ちはとても似ている。赤の双眼などそっくりだ。薄墨の髪が受け継がれていなければ、生き写しかと思うくらいに。
黛は、子供から目をそらした。
「入れ。寒いだろ」
お邪魔します、という少年を置き去りにして、暖房をつける。改めて部屋を見回して、我ながら酷いものだ、と顔をしかめた。
黛は、ごく当たり前の3LDKに暮らしている。ファミリー用に一人暮らしなのでやや広くはあるが、仕事部屋、資料置場と考えていくと、むしろ手狭なくらいだ。黛が子供を仕事部屋に連れて行くと、子供は部屋の惨状に目を丸くした。
「すごく、散らかっていますね」
「締切明けなんだよ。今日中にこれを片付けるから、あまり構えないぞ」
そうですか、と子供が肩を落とすのを見て、黛はしばし考えた。
今、小学校は冬休みだ。街にはクリスマスソングが流れていたし、本屋には小学生が多かった。
そして、ふと、思い出す。
――赤司の誕生日、これくらいじゃなかったっけ。
「暇なら、手伝っていくか?」
するりと、そんな言葉がこぼれた。
子供は目を輝かせて頷いた。
先ずは、と洗面所に向かう。また、子供は、うわぁ、と喜声を上げた。いつだったか、どこぞの黒子が「子供は汚い処が好きです」と断言していたと思う。ここ一週間ほどの服が洗濯機の中に積みあがって、山を作っている。原稿を書いてシャワーを浴びて外へ出たので、あれこれが目も当てられない。
目を輝かせる子供に、洗濯機の使い方を教える。
ピ、とボタンを押すと、ゴウン、と低い音が鳴り、うわあ、と口を開けた。
どれだけ世間知らずなんだ、と黛は頭を抱えた。
洗濯中は他にすることもない。次に仕事部屋へ向かう。散った本を棚に戻し、続き物は順に並べる。
次に大きさ順に並べ、その中で比較的分類ごとになるよう心掛ける。広い部屋ではないので、三十分もすれば終わる。
洗濯機が止まった頃に、服を取りだし、ハンガーにひっかける。裕一郎も手伝いたそうだったので、いくつかを渡した。ズボンの干し方が判らない様子だったが、洗濯クリップで実演してみせるとすぐに呑み込んだ様だった。冬日の暖かいうちに、風呂の掃除までしてしまおう、と、子供に濡れても大丈夫か質問し風呂場に向かう。スポンジを渡し、実演して見せれば、嬉々として取り組み始めた。
その場を任せ、台所付近のゴミを片付ける。たまった皿が減らないうちに水切り籠がいっぱいになった。洗った分だけ、片付ける。というか捨てる。黛の締め切り前の主食はカップめんだ。
台所がまだ見れるようになったところで風呂場に行く。随分きれいになっていたが、子供は片隅の細かい部分が気になっているようだ。ぐっしょり濡れた子供を引きはがし、大人用ではあるが乾いた服を着せる。濡れた服は干す。どんな洗剤を使うべきか定かではないので洗いはしない。
「ありがとな、助かった」
その一言で、子供はぱぁっと顔を綻ばせた。この素直さは赤司にはなかったからきっと俺の遺伝子だな、と勝手に納得しておく。好きに過ごすよう告げたら仕事部屋に向かった。そこには名作と呼ばれるラノベが揃っているので好きなだけ読むといい。時間を確かめて、子供なら甘いものが好きだろうと、台所に向かう。ホットケーキミックスを探し当ててた。一枚焼いて、子供を呼ぶと、湯気を立てたそれに目を丸くした。
「ありがとう、ございます」
ほんの少しはにかみながらの笑顔にこちらも照れて、わしゃわしゃと頭を撫でた。