涼介⇒黄笠次男、双子と同じ年
三人が黛に預けられたある日の話。
「あれ?」
ビデオラックを漁っていたまどかが、声を上げた。
和真と涼介が、何だ何だとまどかの元へ寄っていく。
まどかは、もの探しが巧いのだ。彼女が見つけたものなら、絶対に面白いものだという確信が二人にはある。
「あの、黛さん。このDVDの中身、確認してもらっても良いですか?」
千尋はまどかに近づき、DVDを受け取った。それ一枚だけが、透明なプラスチックケースに入っている。薄っぺらで明らかに素人がコピーしたものだと判る真っ白な円盤には、これもまた油性ペンで端麗に書かれた文字で簡素に内容のみが記されている。
『20XX年度 WC決勝・準決勝
誠凛-海常
秀徳-洛山
誠凛-洛山 』
受け取り、思わず無言になった黛に、子供らはまどかへと視線を向けた。
「まどか、あのDVDなんだったの?」
「バスケの試合。高校の」
「バスケ!?」
「んだよ、NBAじゃないならいいや」
生意気なことをいう少年の言葉は、まどかの控えめな一言で百八十度変化した。
「たぶん、父さんたちの出てる試合だけど……」
「「まじで!!?」」
沸き立つ子供らに、千尋は溜息をついた。
「一試合だけな。どこのが見たい?」
「な、マジでキセキの出たやつなんスか?」
「まじで。って言っても、これに入ってるのは海常、あぁ黄瀬と笠松の所な。それと、緑間高尾。あとは赤司と黒子火神ペアだな」
青峰と紫原は入っていない、と伝えると、なんだ、と和真は溜息をついた。
「えー。火神大我対青峰大輝、見たかったのに」
「十分じゃん、パパと黒子っちと火神っちのやつあるんでしょ?」
「和真お前、自分の親のを観たい、とかはねーの?」
呆れて言うと、緑間家の双子は顔を見合わせた。
「……だって。いつも見てるし」
「ねぇ」
「あっそ」
お熱いことで、と嘆息し、DVDプレイヤーの電源を入れる。
会場のざわめきと、ひどく聞き取りにくいアナウンスが反響した。
『只今より 第XX回 全日本 高校 バスケットボール 冬季大会 準決勝を ――』
子供たちが見入るのを確認して、千尋は自分の仕事をするために自室に引きこもった。
*
パソコンを見続けて三十分。どうも集中できず、パソコンを閉じる。コーヒーでも飲むか、と腰を上げると、どうしてだか、静かにプレイ観戦をしていたはずの三人が涼介を中心に涙目になっていた。
驚いてテレビ画面を見ると、未だ誠凛・海常戦は終わっていない。
わざと足音を立てて近寄り、声をかける。
「泣くくらいなら、消すか?」
びくり、と涼介と和真の肩が跳ねた。まどかは驚く様子もなく黛を振り返り、そして涼介の表情を伺った。
試合は第四クォーターの初め。海常のエース黄瀬はベンチでタオルを被っている。黛が見ている間にもどんどんと点が動き、このまま誠凛が勝つのが容易に判る展開だ。火神が跳躍し、黒子のパスが飛ぶ。
試合の歓声と重なるように、涼介が首を振る。
「やだ」
ぼろり、と表情豊かな瞳から、大粒の涙が転がる。
「きちんと見る。だって」
ぼろぼろと、こぼれる涙をぬぐうこともせず、一心に子供は画面を見つめた。
かつて、自分の両親が戦った場所。
「母さん、がんばってる」
黛は画面を見た。
黄瀬が抜けた後で、大声を張りチームを支える、屋台骨。
かつて、海常にこの人ありと謳われた姿。
「お前の父さんも、まだがんばってるよ」
黄色い頭をさらりと撫で、子供の視線を海常のベンチへと誘導する。
確かそろそろ、
ピ――ッと甲高いホイッスルが鳴り、誠凛の得点を知らせる。それに、耐えられないと立ち上がる、青の精鋭が一人。
『選手交代――』
ぱぁ、と子供が笑顔になる。エースの戻った海常は目に見えて動き方が変わる。その劇的な復活に、観客は、聴衆は、子供は。
「パパ、行け――――!!!!」
涼介が叫ぶ。叫んだところで、結果は変わらない。七分間の接戦の末、海常高校バスケットボール部は、負けた。
約束の一試合の後で昼食にする。料理は特別美味いというわけではないが、子供たちは味よりも先ほどの試合について熱く語った。
「いや、マジで黒子さんすごかったんだな! あんなパスをビーッって走らせるの、マジでやってたんだな!」
オールコートからスリーを撃つ化け物の子供が語るが、涼介はそんなことより、と首を傾げた。
「なんであの時、パパは選手交代したの?」
海常は、パパがいた方がダンゼン強かった、と子供は頬を膨らませた。黛は淡々と言った。
「故障だろ」
「故障……?」
「でも、動けてたよ?」
「動きがどんどん悪くなってたんだ、確か。よくあることだ」
子供たちは首を傾げた。
「でも、黒子さんも交代してたよね。あれは?」
「あれは戦術」
黛は言った。
「バスケで選手を換えるのは、戦術か故障のどちらかだ。今の試合の時、黄瀬は確か、練習のしすぎで筋肉が壊れかけてた」
なにそれ、と子供たちが声を上げる。練習いっぱいしたのに、本番ででれないなんて、ひどい。
「仕方ない。当時の海常に、それを止める人間がいなかったんだろう」
「母さんは」
笠松幸雄は。
「あの人も選手だろ。オーバーワークなんて、自主練もつきっきりで見てないとわかんねーよ。よほど良い目を持っていない限り」
あるいは医者とかな、と続けた。
「プロになると専属の医者がついて、体調管理をしっかりさせられるんだと。スポーツドクターってやつ。確か木吉か誰かがなってた様な……」
すぽーつどくたー、と涼介は目を輝かせた。
「なにそれ、かっこいい!」
一方、和真は別の所を気にしていた。
「木吉さんって、ひょっとして有名? どっかで聞いたことある」
「お医者さんなら、父さんの知り合いじゃない?」
「そうかも……?」
ピンポーン、とドアベルが鳴った。子供たちの迎えだろう。
黛が扉を開けると、緑間と高尾が経っていた。
「皆、大丈夫でしたか」
「大人しかったよ」
「珍し~。あの三人、いつもはトラブルメーカーなんですけどね」
「だったら俺に預けるな。……バスケのDVD見せてた」
その言葉に、高尾は目を丸くした。
「黛さん、そんなん持ってたんですか」
会話する二人を余所に、涼介は緑間の元へ近寄った。滅多にないことに、緑間は目を丸くする。
「緑間っち」
「どうした、涼介」
緑間は、子供の背丈に合わせてかがみこんだ。双子が生まれてから覚えた仕草である。
涼介は、緑間の耳元に口を寄せた。
「スポーツドクターって、俺でもなれる?」
緑間は、一瞬、驚きに目を見開いた。子供の表情から真剣であることを見て取り、黒縁眼鏡の蔓を指で押し上げる。
「とても大変だ」
そして、微かに笑った。
「だが、人事を尽くせば、心配することなど何もないのだよ」