緑高長女→まどか
その日も、まどかは普段通りに図書室へ向かった。
洛山高校の図書室は充実している。彼女の弟も高校生だが、彼に聞く話と比べても蔵書が多いと思う。ただ堅いばかりの本だけでなく昨今流行の黒子テツヤの本も、ライトノベル作家千広ユウの文庫すら等しく棚に並んでいる様を、まどかは好ましく思う。
放課後だ。六月の実力テストは、昨日終わったばかりだった。図書室は閑散として、カウンターに委員が一人いる程度。まどかは本の返却手続きをこなした後で、新たな本を求めて書棚に向かった。
(フロイトは一通り読んだし、次は医学史でも読もうかな)
それともやはり、真っ当な文学少女を目指して文学全集でも読むべきだろうか。知り合いの作家の喜ぶ顔を思い浮かべながら、まどかは背表紙の群れを眺めた。その時。
書棚の奥に、人影を見た、気がした。
「……誰?」
眉間に皺を寄せる。声に驚いたのか、ばさり、と紙束が落ちる音がした。酷く曖昧で捉えにくい気配だが、まどかは昔から、かくれんぼは得意だった。
書棚を一回りして音源に向かうと、一人の男が紙に埋もれていた。スーツを着ているが、若い。先日紹介された教育実習生の一人だろう。薄墨色の髪を押さえている所、どうやらぶつけたらしい。
「手伝う」
「ああ、別にいいよ。順番通りに揃えるのは骨だから」
「頁数が振ってあるから簡単です」
そう言って、一纏まりの紙束を拾う。ペラペラと流し見て、頁の抜けがないと確認し、バラけた部分も手早く纏めた。それは書類にしては嵩張っていて、所々に朱色の訂正があった。近くに転がっていた赤のボールペンも拾う。最終的に相手が手を出す暇もなく、まどかが全て集めてしまった。立ち上がった相手に、まどかは紙束を差し出した。
「どうぞ。念のために、全部あるか確認して」
「あ、ありがとう…」
「それはこちらの言葉」
まどかがごく自然な口調で言うと、男は至極面倒くさそうに彼女を見た。
「その心は」
「こんなところで、千広ユウに会うとは思いませんでした」
彼は、僅かに目を見開いた。
まどかは、彼の目が、とても綺麗な赤色であることに気付いた。
(征くんみたいだ)
そうして見ると、彼はなかなかの美丈夫だった。背丈は平均より若干高い程度。薄墨の髪と線の細さは儚げな印象を与えるが、赤の双眸は凛とした意志の強さを感じさせた。
彼は、瞬きをしてから、言った。
「名前と所属は」
「高尾まどか。2年2組」
反射的に答えてから、しまった、と思った。まどかは相手のペンネームしか知らない。千広ユウは表情をにやり、と歪めた。
「バレてしまったなら仕方ない。折角だから、色々と尋ねたいことがあるんだけど」
有無を言わせぬ圧力に、まどかは頷くしかなかった。