玲さんの復帰が見込めないと悟った俺は、その後如何に穏便に彼女を家まで送り届けるか問題で苦心した。済んだ話なので具体的にどうとは言わないが、背負い送ることを諦め斎賀家お抱えの運転手をあの手この手で召喚させていただいたりはした。あとは推して知るべし。
正しくことなきを得たとは言い難い結果であってもある種重要な局面を越えたと言えるだろう。俺は、酷使した脳を労わるべく沈むようにベッドへ入り、明るい明日への願いと健康を祈り養生天ちゅ……もといログボ天誅をキめてから寝た。
「そっか……残念だけど、気持ち伝えて納得もできてるから。うん。ありがと」
「いやこちらこそ。戸惑ったけど嬉しくもあったんで、ホント感謝してマス」
「…………ね、後学のために聞きたいんだけど決め手はやっぱり斎賀さん?」
「え…………あー……言わないと駄目すかね」
「理由があった方が切り替えやすいしできれば」
すっきり目覚め、ひとりで登校し迎えた昼。保留の人こと仁科さんは、断りの言葉をすんなりと受け取ってくれた代わりに理由を求めてきた。切り替え次へ活かすためだと言われるとトライアンドエラーの精神を重んじる身としても、告白を断った立場としても素気なくあしらおうとは思わないが、しかし。
ここでもやっぱり斎賀さん、か。いやもう蓋を開けてみればまさにそうで何も否定はできないんですけどね? それはそれとしてだ。
「逆に聞きたいんだけど傍目に見た俺と斎賀さんってそんな?」
「……」
「こいつマジで分かってねぇなみたいなまなこは止していただきたく。……や、遠出のこと言われりゃそうだなって思うところもあんだよ。ただ
「はぁ…………ま、斎賀さんのことを思えば伝えてもいいんだけど、フられたばかりだし流石にちょっと癪よねぇ」
「ぐっ」
「ああ謝ってほしいとかじゃないよ本当に。……ひとつ言うなら、私は陽務くんが
「ソンナダカラ」
「そんなだから」
そんなだからとは。またオレ何かやっちゃいました? を素でいきたくはないぞ。……踏み切れたってことは俺の自覚のなさが問題だろうか。昨日までろくすっぽ意識していなかったのだから分からなくもないが、であれば只管シャンフロを強調し続けていた玲さんにも当てはま……いやそうすると昨日の言葉の説明がつかなくなるから彼女は違うという話?
ははは。わっかんねー。そもそも昨日の今日で気持ちが一変するわけでもなし、一先ず形だけ整えたようなもんだ。玲さんが落ちたので、厳密に言えば時間をかけて育て新たな名を得た武器を装備しようとした瞬間強制ログアウトを食らったようななんとも気持ち悪い整い方ではある。オートセーブは入ったものと思っちゃいるが、何れにせよ、玲さんとは今日の放課後にでももう一度話をしておきたいところだ。
良い感じに先の予定を立てたことでさてと正面へ視線を戻せば、何やら物言いたげな顔の仁科さんから「それで陽務くんの答えは?」をいただく。しれっとやり過ごそうかと思ったが、そうは問屋が卸さないらしい。意外と抜け目ないなこの人。
「ふー……ここだけの話でよろしく」
「うん」
「仁科さんの仰るとおりで。昨日自覚した」
「もしかして告白したから?」
「それもある。てか切っ掛けはそう」
「いやいや……うそぉ。東京まで二人っきりで出かけておいて?」
「……客観的にデートみたいだなぁくらいは、少し」
「これが……ゲーム脳?」
「斎賀さんも似たようなもんだよ」
「噂では聞いたけど、そんな風には見えないんだよねぇ……」
「外から見りゃそうだろうけど俺としては尊敬に値するレベルなんだわ。だから惜しくなった、とイイマスカ」
「……ふ、くく、なるほどねぇ。それは敵わないわけだ」
言葉尻がやや弱くなった俺の言葉に軽く肩を揺らし笑った仁科さんは、しみじみと、好ましさを孕んだような声音で「斎賀さんすごいね」と落とした。
完全な当事者である俺が言うのもなんだが、所謂恋敵を素直に称賛できるこの人も十分すごい。そう思わせる玲さんも玲さんだけど。ともあれ「満足した! もう行くね」と手を振った彼女の表情がとても晴れやかに見えたことには心底安堵した。比べる最悪がピザ留学なのでなんの参考にもならないが、悪くはなかったんじゃなかろうか。
斯くして俺は無事に第二局面を越えた。勿論ふたりの人柄に助けられた部分は大いにある。仁科さんのような素晴らしい人にはクソゲーハンターでも外道でもない良い奴が現れることを切に願っておこう。ただし、妙にタイミングよく現れ「お前今仁科さんと一緒だった?」「斎賀さんだけでは飽き足らず仁科さんにまで……」などと胡乱な目をする雑ピは除外だ除外。
因みにちょっとゲームの話(嘘は言っていない)をしていたと言えばすんなり引き下がられた。……いつもと何が違うんだよ。
「あら陽務くんだ」
「得間さん、ども。……斎賀さんってもう帰った?」
「玲なら今日は熱出して休みだよ」
「えっマジすか」
「うん。午後には下がったみたいだから連絡くらいならできると思うけど」
「あー……まあ、そんな急ぎでもないし明日以降で」
「そ? じゃあまたね~」
朝会わなかったなぁとクラスを訪ってみれば玲さんまさかの休みである。完。
てか熱って昨日の場所が悪かったからでは? 下がったみたいだけど俺のせいじゃん。後で詫びも合わせて連絡しとくか。うーん、本当は急いでなくもないが致し方ない。
『熱も下がりましたのでご心配には及びません』そう返ってきたのは朝方と言える時間帯だった。レスポンスの早い彼女らしからぬ時間の開きは恐らく眠っていたからだろう。比較的長い文量や連投がないのはある意味新鮮ではあるが、体調がよくないからこその簡素さかもしれない。ちゃんと良くなってりゃいいけど、とは起きぬけのぼやついた頭で思った。
その後、意識ぶっとばすほど混乱させたのだから急かすのは良くないよなぁ。と割と常識的な配慮でもって玲さんへの連絡は控えている。いるのだが、登下校中に留まらず移動教室の際も姿が見えないとはこれ如何に。しかも丸三日だ。熱で休んだ日を含めれば四日。更に土日を挟むためログインが被らなければ六日がほぼ確定したわけで……。
Q.もしかして避けられてるゥ?
と、思わずにはいられない。最後のメッセージどおり熱も下がり登校はしているらしい。病み上がりのため車で、分かる。朝練のため車で、分かる。放課後の部活が長引いたため車で……この時期の暗さと寒さを考えれば大いに分かる! が、今まであったものが綺麗サッパリなくなる違和感たるや。ここまで見かけないとなると逆に流石玲さんの領域に入ってくるぞ。
それから、声をかける側は決まって彼女だったことも、自ずと。週明けの月曜日、その翌日とこの状況が続けば続くほど、
「……そりゃ疑惑も生まれるわ」
切っ掛けを与えてくれていた彼女が、俺への気持ちを常に持っていたなら。最初からそうじゃなかったにしろ、時間を作って探して見つけて、話しかけてくれていたわけだ。車を降りて、少し遠回りしてまで。
「陽務くんがそんなだから」が今になってぶっ刺さる。あれ? とかもしかしてアレも? とか転がり出てくる疑問を直視する度に羞恥に似たなにかで顔に熱が集まるのも自覚する。スリップダメージだわ。じわじわ削られる。
あーーーーークソっ、ほんと、あの人どうしてくれよう。
通知を報せる音に重い頭を動かし携帯を手にすれば、努めて普通に送っていた玲さん今日インできる? のメッセージへNoの返答。忙しいとのことだが、『次は必ず!』とか『明日なら大丈夫です』とか、いつもあった次へのフォローはなし。うーん、A.避けられてる……確定じゃね?
いやいやいやいやいやいや。マジで何で? あの日、なんつーか、ふたりでいるほうが楽しいし良いよね! みたいな流れだったじゃん? えっ違った? ……落ち着け俺一旦クールになれ。…………付き合うってことでいいんだよね。から避けられはじめた現実を受け入れるなら玲さん的にはそうじゃなかったってコトォ? ……勘違いなら前代未聞の頭お花畑自惚れ野郎なんですが。んんん、あの特攻かましておいて流石にない……でしょ。いやないと思いたい玲さんの性格を考えれば。
真面目ゆえの混乱か或いは……自覚がある分あり得そうで怖いが、勢いで色々言っちまったことで逆に不信感を与えた線。あの日、強い恋愛感情を持って言葉を口にしたかと言われれば全くもって違うし、それは今も当てはまる。
ここ数日で徐々に意識もし、認識させられてもいるがそれでも一般的には薄い部類だろう。聡い彼女にその側面が伝わったとすれば引かれるのも一理ある。にしてもよ! ……あそこまで殺し文句を重ねておいて逃亡はナシだろホント……うん。
つまり、要するに、何が言いたいかと言えば。いいからちゃんと話しをさせろッ! である。
というわけで俺は今ロックロールに来ている。
こと恋愛において、岩巻さんほど特有の空気を読み取る能力に長けた大人を俺は知らない。リアルがどうなのかということはこの際置くが、
そしてこの選択が間違いなかったと証明するかのように────
「ところで陽務クン、玲ちゃんどうしてるか知ってる?」
「……てことはここにも来てませんか。どうも忙しくしているみたいで」
「ふぅん……? そんなキミは今日は何用で?」
「背水の陣を敷きに。まあその、ちょっと協力してほしいこ──」
「いいわよ」
食い気味も食い気味な快諾を得た。瞬発力がえっぐい。常連ゆえの気恥ずかしさもあるにはあるが、形振りかまっていては進むものも進まない。なら動くしかねぇ。
軽く事情を話すと岩巻さんは「ちょっとごめん」と断りを入れたあと盛大な、それはもうでかい溜息を吐いて顔を覆っていたが、以降はわざとらしく感じるほどのイイ笑顔を浮かべたまま改めて協力を約束してくれた。なんなら今すぐにでも、との提案ももらったが、玲さん曰く『忙しい』らしいので? うんうん俺は疑ったりなんかしねぇよ? 土日大人しくしといて月曜日に油断させようとか思ってませんしぃ?
あとまあね、相手があの玲さんな時点できっちり予定どおりとは思ってなかったよ。元から。
迎えた月曜日の放課後。今日も今日とて姿の見えなかった、しかし確実に校内にいる玲さんを先手必勝で捕まえる手はずだった俺は、担任に雑用を強いられたため数分のタイムロスを食らっていた。数分あれば彼女は車に乗り込めるし、部室に移動することもできてしまうというのにだ。
だからこその
急いで向かった先の玄関口に、玲さんはいた。正確には、記憶違いでなければ生徒会長──に腕を掴まれた玲さんが。
帰宅する者や部活へ向かう者がそれなりにいる中でも一切邪魔が入らないのは、相対するふたりが優秀でお似合いだと皆が認めるからだろうか。ああ、自分には関係のないふたりだからというのもあるかもしれない。知り合いでもなく特別用事がなければ関わらないようにスルーするからな。
勿論、そのどれにも当てはまらない俺はこれ幸いと割り込みますけどね?
「っ! ひ、陽づ」
「あー話してる途中悪いんだけど、俺彼女と
「なっ……君、」
玲さんを背に庇うように、不意を突き大胆かつ強引に割り入ることで無事腕は解かれた。よしよし。めっちゃ嫌な顔されてるけど下手に揉めたくないし、後ろの玲さんに逃げられるのだけは避けたい。
となれば如何に円滑に話を先へ進めるかだが、俺の知るスケジュール管理とは常に忙しないものである。ピザ留学で嫌というほど学んだ。つまり、勢いオブ勢い。
「会長? も今日約束をして……えっああ特にしていたわけではない? 雰囲気的にそうだろうとは思ったけど間違いないならよかった。じゃあ俺が先約ってことで何も問題はないわけだなよっしゃオーケー行こう、玲さん」
「っ!?」
「ちょっ、僕はまだなにもっ……おい!!」
知らん、聞こえん、それどころじゃない。あそこで引き止めていてくれたことには感謝もするが玲さんちょっと困ってたろ、んなもん差し引いた結果赤だわ。
取り敢えず正門を越えるまで、いや息の続く限りは駆け抜けたほうが身のためかな。
掴まえた指先の強張りに気付きながらも強く握り直し、俺は一目散にロックロールを目指した。