アルビノ少女の異世界旅行記 ~私の旅は平穏無事にといかない~   作:影薄燕

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第85話 “聖獣の森”防衛戦

 

 聖獣の森で雪菜が撤退に追い込んだ部隊は、ようやく訪れた名誉挽回の機会に打ち震え、殺意を高めていた。

 

「皆、我らは先日のハンティングで謎の白い女に邪魔をされ、ノコノコと帰った――帰ってきてしまった部隊だ。私については力及ばず倒される始末。他の部隊からの風当たりも表だっては強くないが、弱い訳でもない。ここで確実に成果を出さねば、“狩人様”の評判にも傷を付けることとなる……心して掛かれ」

 

「「「「ハッ!」」」」

 

(白い女、キサマは今度こそ我らが狩る……!)

 

 この部隊の隊長であり、雪菜に丸太シュートを決められた男は心の内で本人が思っている以上に焦っていた。

 

 紆余曲折あり魔王教団の物資調達団に所属し、幹部である“狩人の仮面”の部下となって早数年。実力と指揮能力を認められ隊長となった。

 今回のハンティングにおいては聖獣の森での先行部隊として選ばれた。

 任務は聖獣の素材剥ぎ取り、奥地にある希少価値の高い植物の入手だ。

 

 隊長に選ばれた者以外は、仕事にマジメな者もいればゲーム感覚で生き物をいたぶるのが好きなだけの者もいる。

 だが、全員が実力者だ。

 上の命令には素直に従い、不測の事態が起きても対応できるように訓練されている精鋭たち。

 

 準備万端で失敗などあり得なかった。

 途中、どういうわけか獣人の子供が邪魔をしてきたが些細な問題だった。強くはあったが何故か疲労困憊なうえに、経験が浅いのかこちらの連携に終始翻弄されっぱなし。ジワジワと追い詰めて王手(チェックメイト)をかける……それだけのはずだった。

 

 

 だが、イレギュラーは突如として現れ、暴威を振るった……丸太で!

 

 

 思い出しても忌々しいとばかり、男は奥歯を力強く噛む。

 獣人の子供を追い詰め、その小さな体に刃を突き立てようとすれば、横から来た白い女が見た目からは信じられないような怪力をもって丸太を振るった。それだけで、男以外は直撃で吹き飛ばされてしまったのである。

 男は当たる直前で打点をずらし、即座に反撃に出たが結局は丸太の投合によって意識を駆られることとなった。

 

 悪夢である。

 屈辱である。

 

 その後、意識が戻った時には頭を抱えるような事態となっている。

 

 動けるようになった部下4人が応戦しようとするも、敵側の援軍と思われる少女まで現れて撤退を決意。本隊に状況を説明し、すぐさま目撃者の排除を目的に再び森へと足を踏み込もうとすれば、異常に警備が厳重になっている。

 それでもと夜に襲撃する可能性も考慮して準備を進めれば、“狩人の仮面”を含めた全員が謎の痒みに襲われる。

 

 まさに男にとって、そして組織の者たちにとって踏んだり蹴ったりな状況だ。

 

 そして今日という日を迎えた。

 聖獣の森関連の騒ぎがようやく落ち着き、薬の到着がなんとか間に合ったことで出撃の許可も下りたのである。

 

 

 ――全員が精神的に疲れた状態ではあったが。

 ――気のせいだと分かっていても、全員まだ痒みを感じていた。

 

 

『――ザザ、全部隊、所定の位置に付いたな』

 

 耳に付けた通信用の魔道具から“狩人の仮面”の声が流れる。

 

「……こちらA部隊、準備整いました」

 

『……確認を完了した。予定通り5つの部隊を動かし、森に潜んでいると思われるターゲット“白い女”“金髪の女”“獣人の子供”の3名をハンティングする。現在確認されているのはこの3名だが、他にもいる可能性はある。味方以外で森の中にいる人間は全てターゲットとして……狩れ。今回はオレも出る。ここ数日の“飢え”が限界なのでな……』

 

 

 ――“狩人様”が直々に出る。

 

 

 それはこのハンティングがすでに成功することが確定したのも同義。

 それ程、魔王教団幹部の実力は群を抜いているのである。

 

『では……ハンティング開始』

 

 そして静かながらも強い語気で開始が宣言された。

 

「行くぞ」

 

 男の言葉に部隊は動き出す。

 前回ターゲットが現れたのは聖獣の森でも奥の方だが、浅い場所にいないとも限らない。それもあって、男の部隊は高速で移動する最中も周囲を見渡し、人影の有無を確認した。

 

 そして森に入ってしばらく、各国の調査員たちが踏み込む範囲を超え始めた辺りで隊長である男は異変に気付く。

 

「待て」

 

 男の言葉に部下4人はすぐ歩みを止める。

 普通なら訝しむが、どんな状況であれ上の者の言葉は絶対であり、今回に限ってはその理由は非常に分かりやすかった。

 

「これは……糸か」

 

「前方の至る所で視認可能。侵入を阻むためのものと推測」

 

「チッ! あのガキ共かぁ?」

 

 

 男たちの部隊が行こうとした先には、糸が張り巡らされていた。木と木の間を塞ぐように何本も、横方向だけでなく斜めにも、嫌らしい配置で。

 どうやら視認できる範囲以外、かなり奥の方まで続いているらしい。

 

「魔力反応を調べろ」

 

 男は近くにいた部下へ指示を出す。

 指示を受けた部下はゴーグル型の魔道具を取り出し、装着すると辺りを念入りに調べだした。

 雪菜がその魔道具を見たなら「スパイ映画とかに出てくる赤外線センサーを見破る道具みてえだ」と言ったことだろう。

 

 実際、この世界では魔道具を使った罠が一般的であり、少しでも可能性があるなら掛かるわけにはいかないのだ。

 単純なものであれば一定範囲内に踏み込んだ瞬間、周囲の壁から大量の矢が発射されるぐらいである。

 しかし、これが貴重品がある宝物庫などに設置されている大規模なものとなるといったん罠の範囲に入ってから時間差で発動し、そのまま強固な牢屋まで直接転移させられる最悪のものまである。

 後者に限っては貴重な魔石や大量の魔力を用いる類いなので滅多にないが、魔王教団の中にはその罠によって捕まった者もいる。決して油断はできない。

 

「……反応なし。本当にただ糸を不規則に張り巡らせただけのようです。時間稼ぎ……でしょうか?」

 

「そのようだな。全く、舐められたものだ」

 

 とはいえ、邪魔であることには変わりない。

 糸はそこそこ丈夫な素材でできているようで簡単に刃物で斬ることができる程度だが、無理矢理引っ張って切れるほど脆くもなさそうだ。

 

「はあ……斬って先に進むぞ」

 

「それならオレに任せてください。ナイフ使いには自信がありますんで」

 

 部下の1人が糸を斬る役を買って出たので、その者を先頭に立たせて先を急ぐこととする。

 

「あらよっと! …………本当に何もないみたいですね」

 

 ナイフで糸を斬れば、ブツンッ!という音を立てて力なく垂れ下がった。

 念のため周囲を警戒するが何も起きずに拍子抜けする。

 

 それからは移動速度を上げながら、部下が邪魔をする糸を斬り続ける。

 隊長の男も周囲に怪しい影がないか注意をし、残りの部下たちにも魔力反応の有無と向こうからの襲撃に備えるよう指示を出した。

 

 

 状況が変わったのは10分ほど経った頃である。

 

 

「あん? 何だこれ?」

 

 いい加減糸を斬る作業に飽きを感じてきた部下は、これまでと違う糸が目の前にあることに目を細める。

 その糸が問題――というわけではなく、糸から看板が吊り下がっていたのだ。

 

 看板には攻撃的な荒い文字で『この先危険! 入るなオッサン共!!』と書かれており、“!”だけやけに強調されているのがイラくうえに、デフォルメされた黒ずくめの男がシクシクと泣いている絵が横に描かれていた。

 

「……これはオレたちのことか?」

 

 隊長の男はこめかみをピクピクさせながら、必死に冷静さを保とうとした。それは部下たちも同じである。

 確信はないがこの看板の文字と絵を描いたのは件の白い女のような気がする。さらに言えば、横の見慣れない画風の絵が神経を逆なでする。

 

 部隊全員の気持ちは一緒だった……メチャクチャうぜぇ、と。

 

「……魔力反応、なし。周囲に人影なし。罠の可能性なし」

 

「とっとと進むぞぉ……!」

 

 男の部下は先程までよりも低い声を出し、乱暴に糸を斬る。その際、地面に落ちた看板をゲシゲシ踏みつけて苛立ちを発散したが、

 

 

 

 彼らはまだ白い女――雪菜の徹底ぶりを知らなかった。

 

 

 やると決めたら最上級で! それがユキナクオリティー!

 

 

 

「……隊長。オレ、あの女殺したいです」

 

「言うな。たぶんオレが一番殺したいと思っている」

 

 そう、看板は1つだけではなかった。

 少し道を変えようが嫌でも目につく位置に看板が糸に引っかけられ、さっさと斬って進みたい男たちの行く手を遮るよう、足下の草に隠れた出っ張りや浅い穴が多くなる。糸も夜だと余計に見にくいような細いものが時々混じるようになる。

 必然的に歩みが遅くなり、雪菜の作った看板にある文字と絵が目につく。特に隊長の男を煽る文面が!

 

 

『あ~あ、オッサンが来たよ。あ~あ、あーあー……うざ』

 

『今そこの出っ張りに躓きそうになった人は挙手!』

 

『ねえねえ、いい年したオッサンが全身真っ黒の如何にも不審者ですって格好してることについてどう思う? ねえ、ねえったら、ね~え~♪』

 

『皆さーん! ここにいるのは子供相手に逃げた大人ですよー!』

 

『そういえば、隊長さんの口臭がキツかったです』

 

『見て見て! これ、隊長さんを倒した時の丸太! 記念品だよ!』

 

『オッサンたち加齢臭が酷かったよ? 女の子にモテないぞ☆』

 

 

 ドンッ!と、隊長の男が近くの木を殴りつける。

 特に大きく目立った看板の横に、どこか見覚えのある丸太が立てかけられているのを見てしまったがゆえに!

 

(落ち着け、落ち着くんだ。これは精神的な罠だ。あの女たちを殺せば何も問題ない。オレは至って冷静だ。ダイジョウブオレ!)

 

 全然大丈夫ではなかった。

 

 雪菜作の看板がことごとく男たちを煽る文面であり、横に描かれた様々な絵(涙目だったり、臭そうな匂いが出てたり、丸太にぶつかってる隊長と思われる男のデフォルメ姿)がイラつきを加速させているのもある。

 だが、男たちがイラつく一番の原因は単純に煽り耐性が低いから。

 良くも悪くも隊長を含めた5人の男たちは早い段階から魔王教団の中で生きてきた人間だ。本能的な恐怖や危機感には耐性があったが、逆に雪菜がやったような煽りの耐性が著しく下がっていた。

 

 そして、糸をずっと斬っていた男は若干沸点が低かった。

 

「があああああああああああああああ!! どこまでバカにしやがるんだ、あの女ぁあああああああ! オレはまだ25だ! オッサンなんて呼ばれる年齢じゃねええええええええええええええっ!!」

 

「落ち着け! 白い女の思うつぼだぞ!」

 

 別の部下が落ち着かせようとするが意味はなく、

 

「クソがっ!」

 

 今までと同じようにナイフで糸を斬りつけた。

 

 

――ブチンッ! シュルルルルルル!

 

 

(何だ、この音は?)

 

 隊長の男の耳には確かに聞こえた。何かが巻き付けられるような、紐がかなりのスピードで引っ張られるような音を。

 

「おい、警戒し――」

 

 

――プシュウウウウウウウウウウウウウウゥ

 

 

 警戒を促すための指示は途中までしか言えなかった。

 それより早く、周囲のいたる所から煙が吹き出したのだから。

 

「これは! ……まさか、罠だと!?」

 

「バカな! 魔力反応はなかったぞ!」

 

「各自、武器を構えろ! 目くらましなら何が来るのか分か、わ、わ……は、ハックッション! ブエックシッ!」

 

「隊長!? どうされ――ふわ、クシュン! クッシュン!」

 

 全体を覆う白い煙は遠距離からの奇襲か、逃亡のためによく使われるものだ。男たちも雪菜から逃げる際に使用した。

 だからこそ、武器を構えて陣形を整えようとしたのだが……全員が酷いクシャミに襲われていた。

 皆、涙目でクシャミをしていて忙しい。ただでさえ視界が悪いのに、これではお互いの位置を把握しているかどうかすら怪しかった。

 

 そして煙の中、悲劇は続く。

 

「ハックシュン! ハックしゅ? ――うわああああああああぁぁぁぁっ!?」

 

 部下の1人の声が急に遠のいた。それも下方向に。

 さらに続けて爆発音のような音まで聞こえてくる。

 

 

――ガラガラガラガラ!

 

 

「フクシッ! 何だ、滑車の音……? ――ゴフッ!!」

 

「おいどうし――ブベッ!?」

 

「作戦に支障あ、りぃいいいいいいいいいいいいい!?」

 

 続けて聞こえてくるのは部下の悲鳴。

 わずかに聞こえる音から何か(・・)が起こっているのは分かるが、何が(・・)起こっているのかが分からない。

 

(魔力反応が感じられないのに何故!?)

 

 何とかしたくとも解決策が思い浮かばない。

 そもそも、クシャミが辛すぎて考えること自体が困難だった。

 

 次の瞬間、隊長の男は急激に嫌な予感が高まるのを感じた。何かを考えることもなく、勘だけでその場を飛び退く。

 

 

――ヒュオン!!

 

 

 さっきまで自分のいた所を何かが通り過ぎた。それは――

 

「また丸太だとおおおおおおおおおお!? ――ックシ!」

 

 男にとって憎しみの対象にも入ってきた、ご存じ聖獣の森産丸太。

 そんな丸太が紐で縛られた状態で後ろから襲ってきたのだ。咄嗟に飛び退かなければ大変なことになっていただろう。

 

 なお、視界が悪かったため残念ながら見えていなかったが、丸太には大きく『安心安全をお届けします!』と彫られていた。

 

 ちなみに、当然ながら丸太は1つだけのはずがないので……

 

「ん? ――ヘブォア!」

 

 気付いて飛び退いたと思われる先にも、時間差で『おかわり入りま~す』と彫られた丸太が襲いかかった。

 空中にいたため避けることもできず直撃する。

 

(い、意識が飛ぶ……!)

 

 普段であればもう少し粘れたかも知れない。

 しかし届けられた薬で治ったとはいえ、前日まで続いた謎の痒みとそれによる疲労は男たちから想像以上に体力を奪っていた。

 

 それでも隊長としての意地で意識を保とうとして、

 

 

 

「オマエで、最後……!」

 

 

 

 見覚えのある獣人の子供が光る爪を振りかざしていた。

 

「――!? ぶ、ふぉ」

 

 紆余曲折を経て魔王教団に所属し、物資調達班で隊長にまで上り詰めた男が意識を落とす前に見た光景は、血を吹き出す首の無い(・・・・)自分の体であった。

 

 

 

「ユキナ、こっち、5人シんだぞ。……うん。次、アッチか」

 

 

 

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