部屋のドアが叩かれる。
その音はどこか弱々しく、ドアの向こうの人物の不安が感じ取れるようだった。
「……何かようかしら」
ドアは開けずに声だけを返す。
「その、夕食の準備ができたので…………えっと、良かったら部屋まで持ってきましょうか……?」
少し躊躇うようにして質問をしてくる。
「……必要ないわ、そっちまで食べに行くから待ってなさい」
「えっ? あ、はい、わかりました」
(……そんなに驚くことかしら?)
◇
リビングに着くとハントは席に座っていた。
どうやら律儀に私が来るまで待っていたらしい。
食卓に既に夕食が並べられているのを確認し、自分の椅子に座りハントと向き合う。
「アウラさんすみませんでした……!」
開口一番にハントはそう言い頭を下げた。
「……それは何に対する謝罪かしら?」
思いがけない言葉が自分の口から出てきた。
別に気にしていない、そう言えばこの話はここで終わらせることができたのに。
「俺が自分のことばかりでアウラさんの気持ちを考えられていなかったことについてです」
間を空けずにハントは返答する、どうやら彼の中では結論が出ているらしい。
「そう……それで?」
私が続きを促すと彼は少しうつむきがちに話を続けた。
「幼い頃父はすごく俺のことを気にかけてくれていました、多分母を亡くしたことで過保護になっていたんだと思います。別にそれが嫌だった訳じゃありません。でも、子供を守る親としての父は見たことがあっても愛する者をもつ夫としての父は見たことがないんです」
そう話すハントの顔は少し寂しそうに見えた。
「この家に来てからも、買い物に行くとき以外は街に行かないで家か山にいてあまり人と関わらないで生きてきました……俺は夫婦というものがどういうものなのかよくわかっていません、夫婦になる前と後で何が違うのか、何をしたら夫婦らしくなるのかも」
言い終えるとハントはこちらを向いた。
私を見つめる彼の目はまっすぐで、何か覚悟を決めたような、そんな目をしていた。
一呼吸おいてハントが口を開く。
「それでも俺はアウラさんと一緒にいたいです。もちろんアウラさんの夫としてふさわしくなれるように努力はするつもりです、それでも至らないところや不満に思われることも出てくると思います、沢山の迷惑もかけることになると思います。それでも、俺はアウラさんと一緒にいたいです! これからも俺と一緒にいてください!」
声は震えているし同じことを二回も言っている、顔だって凛々しいとは言い難く目に涙を溜めている。
お世辞にも堂々としているとは言えない、情けないようなみっともないようなそんな顔。
(全く、なんて顔してるのよ……)
震える声で、今にも泣き出しそうな顔で、必死にこちらへ懇願するその様はとても情けなくて、滑稽に見えた。
あぁでも、そんな泣きそうな顔が、情けないその様子が私にはどうしても────
「……私の夫にふさわしくなるというのならまずはもっと堂々とすることね」
「…………へ?」
「自分の意思を伝えることぐらいでいちいち弱腰にならないで堂々としていなさいって言ってるのよ」
「そ、それって……」
「はあ、全部言わないとわからないかしら? これからもあなたと一緒にいてあげるって言ってるのよ」
「あ、ありがとうございます……!」
私の返事を聞くとハントは好物をもらった子供のように顔を輝かせて喜んだ。
「はい、この話はこれで終わり、冷めないうちに食べちゃいましょう」
「あ、そうですね、食べましょうか」
話を終わらせ夕食を食べるように促す。
おそらく昼食を抜いていたせいだろうか、この日の夕食はいつもよりもおいしく感じた。
「そういえば、わたしを呼びに来たときなんだか驚いてる様子だったけど、どうかしたの?」
「あぁそれは、お昼のときにも呼びに行ったんですけど何も反応がなかったので……」
「それでさっきもまだ私だ怒ってるんじゃないかって?」
「はい……その、やっぱり怒ってましたよね……お昼に呼びに行ってたときって……」
「…………えぇ、そうね。声も聴きたくないぐらいだったわ」
「そ、そうですよね……」
「冗談よ」
「……へ?」
「アッハハハハハハハ! なんて顔してるのよあなた!」
「え、いや、だって……ア、アウラさん……!」
「どうせあなたのことだから私が許したところでしばらく引きずっているんでしょう? だからこれでお相子ってことにしましょう?」
「……え? あ、そう、ですね……ありがとう、ございます……」
他愛のない話をしながら食事をとる、昨日の夜ぶりのことなのになんだか少し久しぶりのことのように感じた。
「それじゃあアウラさん、おやすみなさい」
「えぇ、おやすみ」
食べ終わったら食器を片付けてそれぞれの部屋へ行く。
彼も言っていたが私も夫婦というものがどういうものなのかわかっていない。
でもそれがなんだ、わからないのなら調べればいい。いまさら研究内容が一つ増えたところで問題はない。
それにこれは私一人で考えるものじゃない。
時間ならいくらでもある、気長にやるとしよう。
◇
(待ちなさい、このままでいいの?)
ベッドに潜り眠ろうとしていたところでアウラは考える。
夫婦の在り方について考えていこうと言っておきながら今までと同じように別々の部屋で寝る?
そんな調子ではいつまでたっても変わらないのでは?
そうと決まればやることは一つしかない。
ベッドから起き上がり自分の枕を持って部屋を出る。
ハントの部屋の前まで行き軽く身だしなみを整える。
「入るわよ!」
そういいながらドアを開ける。
思いのほか勢いよく開いてしまった。
「ア、アウラさん!? ど、どうしたんですか?」
「………………」
「ア、アウラさん……?」
言葉が出てこない。
半ば勢いで部屋を出てきてしまったからなんと切り出そうか考えていなかった。
「えっと、その、枕をもってどうしたんですか?」
まずい、早く言わないとハントが気づいてしまう。
自分から部屋に来ておいて何も言えず相手に気づいてもらうのを待っていただなんて、そんな情けないことできるわけがない。
なにか、なんでもいいから何か言わなければ。
「その……俺また何かしてしまったでしょうか?」
「…………るわよ」
「え? す、すみませんよく聞こえなくって……」
「寝るわよ! 一緒に!!」
思っていたよりも大きな声が出てしまった。
「……寝るって、同じベッドでってことですか?」
「それ以外にあるかしら?」
「理由を聞いても?」
「これからどうすれば夫婦らしくなるか考えていこうっていう話になったでしょう?」
「そ、そうでしたっけ?」
「それで思ったの、夫婦となった男女が一つ屋根の下で暮らしているのにベッドどころか寝室まで別々なのははたして夫婦らしいと言えるのかしら?」
「それは、そう、ですね……」
「納得できたようね、なら早く半分あけなさい」
「その……狭いですよ……?」
「別にいいわよ」
「えっと……本当にいいんですか?」
「何度も言わせないでちょうだい」
「わ、わかりました……その、じゃあどうぞ」
そう言うとハントは壁の方によりベッドの半分のスペースを空ける。
確かに入ることはできたが二人で寝るには厳しいものがある。
ハントができるだけ壁側によってくれているおかげでベッドからすぐには落ちない余裕があるが、それでもハントと体が密着してしまっている。
自分のベッドをこちらの部屋に持ってこようか、それとも二人で寝られる大きさのベッドを用意しようか。
そんなことを考えながらアウラは寝ようとする。
(まあでも、これも案外悪くないじゃない)