アウラが初めての料理をしてから数週間後
いつも通りの時間にアウラが起きるとハントは家の中に居らず、机の上を見ると書き置きがあった。
『街に研ぎ師の方が来ているようなので先に出ます。帰りも遅くなるかもしれないのでお腹が空いたら何かあるものでお願いします。いきなりですみません』
「なるほどね、まあいつも通り魔法の研究をして帰りを待つとしましょうか」
〜数時間後〜
「……ふぅ、とりあえず今日のところはこんなものかしら」
キリが良くなったところで魔法の研究を切り上げる。
あの人間が帰ってくるまでまだ時間があるだろうし何をしていようか、そんなことを考えていたところでお腹がなった。
「そういえば起きてから何も食べてなかったわね……あるものでどうにかしろって言っていたかしら。たしかそろそろ使わなくちゃいけない肉があったわよね」
何を食べるかを考えながら台所まで足を運ぶ。
「これは……ひとりで食べるには流石に多いわね。でもそろそろ食べないとこの肉は傷んでくるでしょうし……そうだ、あの人間の分も作ってやろうかしら」
たしかこういうことをすると人間というのは喜ぶはずだ。
今の状況でいきなり追い出されるようなことにはならないだろうが好感度は稼いでおいて損はない。稼げるときに稼いでおこう。
だが今のアウラが一人で作れるメニューもそう多くない、となると何を作るかは自然と決まってくる。
「ハンバーグとスープにしましょうか。それくらいなら私だけでも出来るでしょう」
作るものが決まれば後は取り掛かるだけだ、スープは簡単なものなら作り方は教わっているし、ハンバーグなら一度作ったことがある。
全部を一人でやるのは初めてだがまあどうにかなるだろう。
〜1時間後〜
「……ありえない……この私が……」
アウラは打ちひしがれていた。
スープは慎重に作りすぎた結末味が薄めになり、具材の野菜も火が通って柔らかくはなっているが切り方が汚く大きさもバラバラで崩れているものもある。
ハンバーグは丸焦げというほどではないがところどころ焦げているし、割れてしまいボロボロになっている。
アウラはヒンメル達に会うまで負けたことがなかった。たとえ勝てない相手に会ったとしても戦うことはせず逃げるなどして賢く立ち回ってきた。それは確かにアウラの自信となっていた。
だがその自信はヒンメル達に負けたことで打ち砕かれることとなる。
そして今回、たかが料理それも一度作ったことのあるものという侮りが、アウラに二度目の敗北を突きつけたのだった。
「魔王軍七崩賢であるこの私が……たかがこの程度のことで……」
無論食べられないということはない。確かにスープの味は薄いしハンバーグは焦げているが、しっかりと火は通っている。
だがうまく作ることができたとはお世辞にも言えない。
成功とは言えないが失敗だとも言い切れない、そんな微妙な出来になっていた。
「これならいっそ丸焦げにでもなったほうが……って私は何を言っているの!」
(食べれなくはないけれどこんな中途半端な出来のものを出すのは私のプライドに関わるわね……あの人間が帰ってくる前に食べて片付けておきましょう)
そんなことを考えているときだった。
玄関の方で物音がしたかと思うと、その扉が開かれた。
「すみませんただいま帰りました。思ったよりも早く終わったので今から夜ご飯を……」
「お、おお、おかえりなさいハントさん。あ、いえ違うんですこれはその……」
(嘘でしょ!? どうしてもう帰って来てるの!? 遅くなるって書いてあったじゃない!)
「もしかして料理してたんですか?」
「え、えぇ、まあはい。遅くなると書いてあったので疲れているんじゃないかと思いまして、ただあまりうまく作れなかったので……」
「これ、食べてもいいですか?」
「え? あぁはい大丈夫でs……待ってください! まだハンバーグは味見をしてなくて、あぁ……」
「これ、玉ねぎを入れたんですか?」
「そ、そうです。玉ねぎもそろそろ傷みそうだったので刻んで混ぜてみたんですけど……」
「これすごくいいですよ! 美味しいです!」
「…………え? そ、そうですか?」
「はい! 少し待ってて下さい、すぐにサラダを作りますので。そしたらご飯にしましょう」
「わ、わかりました……」
待てと言われたので座って待つことにする。
待っている間に自問する。何故あの人間が食べるのを無理矢理にでも止めなかったのか、何故慣れないことに自己流のアレンジなんかを入れたのか、そもそも魔族だから肉を生で食べても問題ないはずなのに何故料理なんてしたのか、何故あの人間の分まで作ったのか、それにあのときに感じた感情は一体————
「お待たせしましたアイラさん、できましたよ」
「ひゃあ!」
「す、すみません! 驚かせてしまいましたか!?」
「い、いえ大丈夫です。それよりはやく食べませんか?」
「そうですね、それじゃあ食べましょうか。いただきます」
「いただきます……ど、どうでしょうか? 変な味になっていませんか?」
(スープの方は味見をしたから大丈夫なはず。味は薄いれけど食べられないようなものにはなっていないはずなのだけれど……)
「うん、美味しいですよ」
「ほ、本当ですか? 味付けは薄くなってしまいましたし、具材の大きさもバラバラで……」
「確かに薄めの味付けにはなってますけど飲みやいですし、具材の方もちゃんと火が通っていて美味しいですよ。 それにこれぐらい大きいほうが食べ応えもありますしね」
「そう、ですか……?」
「はい、それにハンバーグは本当に美味しいです。玉ねぎが肉の油のしつこさを消していてあっさりとした味わいになっていてすごく美味しいです。初めての一人の料理でこれだけ出来るなんてすごいですよ!」
「……!」
このときアウラは昔のことを思い出していた。
それはアウラが魔王直属の幹部である七崩賢として認められた日のこと。
七崩賢として認められるということは、己の実力を認められるということ。それはすなわちそこまでに積み上げて来た自らの研鑽が認められるということであり、その生涯をかけて魔法の研究をする魔族にとってこの上ない名誉なことなのである。
(……そう、私は今嬉しいのね。こんな感情七崩賢になって以来抱いたことはなかったのだけど……まさか人間相手に褒められただけでこんなにも……)
「アイラさん……? どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません。お口にあったようでしたら良かったです」
「はい! すごく美味しいですよ!」
「ふふ、そう何度も言わなくても聞こえていますよ。でも、ありがとうございます。あ、でも教えていただいた通りに作った筈なんですけどハンバーグが割れてしまいまして、やっぱり玉ねぎを入れたのがよくなかったんでしょうか?」
「確かに玉ねぎはもう少し小さく刻んだほうがいいかもしれないというのはありますが……アイラさん、焼く前に空気を抜くの忘れていませんでしたか?」
「あ!」
「やっぱりそうでしたか。俺も同じ失敗をしたことがあるのでわかります」
「そうなんですか? ハントさんは昔から料理が出来ていたんだと思っていたんですが」
「そんなことないですよ、特に初めて一人で作ったときなんか酷くて…………
こうしてまた一日が過ぎていく。初めてのことをして失敗して、そんなありきたりで退屈な、けれどどこか楽しい、そんな一日が。