真・女神転生オタクくんサマナー 薄明記録あるいはキリギリス回想記 作:ほびー
あの頃の世間は混乱の坩堝だった。
滅びの預言、終末の予知、終わる世界の不安。
それらが悪魔業界から騒ぎ出して、表の世界にまでその動揺が伝播していた。
一歩間違えれば地獄のようになっていただろう。
人心は乱れ、治安は崩壊し、さながら世界の終わりが一週間後に迫ったと告知されたフィクションのように暴動、強奪、痛ましい出来事が広がっていたはずだ。
人間性というのは追い詰められて現れるものではなく、余裕という服を羽織ってようやく保てる熱だ。
先の警察機構、己が食い扶持のためとはいえ治安に貢献していた傭兵、その他にも逃げることなく残っていたものたちの尽力があったからこそ、あの時期に耐えられていた。
本当に薄氷の上だった。
だがいつか割れるものだと誰もが気づいていた。
そのヒビが広がり、足元から取り返しの付かない穴の先へと落ちるのだと。
それが現実だと知らされていたのはあの事件、羽田空港の崩壊。
あの頃の話か、ああ憶えているぜ。
あの日はくそみてえな会社の命令でイタリアに飛ばされるところだったからな。
一度言ったら最後数年は戻ってこない、いや、下手しなくても一生生きて帰れないところだったしな。
あの時の俺はどこにでもいるサラリーマンだったよ。
結婚まで考えてたハニーもなんとかドクターのおかげで治療も順調だったからさ、この不景気の中で辞めさせられたらたまらねえって必死に仕事をしてた。
いやあ社畜洗脳ってやつ?
こう見た目軽いし、この口も軽いんだけど、中身は重いっていうか、俺真面目さんだからさ。頑張ってたわけよ。
あ、ここの語りはいらないか、えとだな。
で、それで羽田空港にいたんだ。
なんとか謝り倒したマイハニーへの心配が六割、海外生活への不安が二割、飛行機落ちたりしないよなって心配が一割、残りがまあ色々って感じ。
そんで待機ベンチに座ってたわけだけど、なんか聞こえたんだよな。
建物の外からびりびりってなんか嫌な感じ。
いやあの時はまだ覚醒してなかったから感じるわけがないんだけど、そう感じたのよ。
オレってば元から霊力高かったらしいからさ、おかげでアプリサマナーやってるわけだし。
んで続きね?
なんかあったか? って思って思わず立ち上がっちゃってさ。
感じた先に向かおうとしたらすっと従業員用の出入り口から、なんか警備員が出てきてさ。
それが警棒……いや、今思えばそれに偽装したCOMPかな、を持ってジッとこっちみてたのよ。
そんだけ。
それだけでおっかなくてなんだぁ? ってオレも動けなくなっちゃって。
多分、なんかのテロとか警戒してたんだろうな。
俺がマジで動けなくなってるのをみて、スッスッって他に目線動かしてて、特にロビーガラスのほうを警戒してたんだわ。
思ったんだけど、これで下手にヤバイって思って走ってたりしたらボコられてんじゃねえかな?
まあーそれも、あのあとすぐに起きたアレで意味ないんだけどな。
あの怪獣でさ、みんな気絶しちゃったから。
空港というのは国内を飛び回る空の便であり、国と国を繋ぐ空の門だ。
必然務める奴にはモラルと意欲、そしてそれ以上に能力が必要とされる。
自分たち警備員も常に怪しい動きがないか、入るもの、立ち去るもの、どちらにも違和感がないか、隠した意図がないか厳重にチェックしながら務めている。
自分は組織で教育された
とにかく神経を使う仕事なのだ。
これは悪魔を使えるサマナーでも違いはないし、むしろ、有用性と高い特別手当が出ているが割に合っているとはいえない。
空港業務で悪魔を出すのは緊急時以外は許可がいる事項だからだ。
これを言うと何を当たり前なんだと言われるが、異界や表の世界で出したらいけないというモラルの話ではない。
悪魔は基本的に目に見えない。
エーテル体での待機状態*1ならば、一般人には何も見えないから出していても問題はない。
そう思われがちだが、そうではない。
空港を出入りする悪魔関係者、カンの鋭いもの*2 、
その上、悪魔共は自分が見える人間に興味を覚えてちょっかいをかけてしまう。
相応に規律正しい性格の悪魔ならともかく、ガキのような性格、いたずらをすることに楽しむ悪魔、バレなければいいという性質など、人間でも愚かしいやつがいるように、悪魔はその上をいく比率でいる。
悪魔を正すことは困難だ。諦めろ。
使うならば、使えるように合わせるのが正しい。
(そう告げる彼の目は鋼のように冷たく、ピンと伸びた背筋と同じように剛健だった。悪魔を使うものは悪魔に流されてはいけない、自分のスタンスを貫き、合うものはそれを好み、合わない者は使わない。
だから普段は悪魔を出すこともなく、それでもとっさの時に引き抜ける警棒型のCOMPと世情不安定によって配備されたPDW*4で勤務していたが、あの日は違った。
空港に外部からの襲撃、それも複数の武装戦力。
「呼応して内部での破壊工作の可能性あり、警備班は警戒するように。悪魔の使用を許可、第二対応にて射殺を許可する」
第一対応は武装、爆薬や銃器、刀剣などの所持を確認出来た時点。
第二対応は悪魔が見える素振りでのことだ。
もはやそれだけで殺していい、その必要性がある、それだけのことだった。
その指示を受けて、自分が向かったのは搭乗待合室だった。
まず自分が先に出て、
二人一組での活動指示で出たが、その時いたのはやや勘がいい一般人が一人と何も知らない素振りの一般人たち。
それもエーテル体の悪魔も見えなかったことから愚者だったのは間違いなかったし、むしろその後ろから誰かがロビーのガラスを突き破って飛行機につっこまないか警戒していた。
あの時既に乗客が乗り込んでいた飛行機があった。
それを爆発物や、それに準ずる魔法、威力を持った悪魔で襲撃されたら
単純に被害を出すという意味ならば空港を破壊して、それを使えなくなる日数的経済損失もでかいが、飛行機の破壊による財産損失もでかい。
機体だけならば保険会社が損失を被るだろうが、人間が死ねば、運営している航空会社が被るのだ。
巡り巡って、自分たちの食い扶持が減るとなれば働きに務めるというのが当然だ。
廻りの動きを警戒し、後方から相棒が出てくるのを感じながら、自分は窓を見ていた。
だからその瞬間が見えた。
ズンッと腹の底から響く内臓がひっくり返るような感覚と、飛行場に走った亀裂を。
そこから出てきたのは……すまない、少しまってくれ。
(彼は自分で用意したミネラルウォーターを二口飲んだ。ここまで淡々と語っていた鋼の如き人物であっても、あの場の衝撃はどれだけ恐ろしかったのか伺える)
あれが出てきた。
まるで爆発の、そう火山の噴火、それのような、それ以上の凄まじい土砂を伴って飛び出してきたのだ。
あんな巨体が、巨大なものが、我々の足元にいた。
恐ろしいことだ。
自分は、恥ずかしながら、ただ冷静に対処するのではなく、ただ身を守るために悪魔にテトラカーン*5の指示を出した
相棒はとっさに民間人たちに伏せろと叫んで飛び出してしまった。
善良な人間だったのだ。
その結果だろうか、彼は死んだ。
自分を悪魔で庇わせるまえに、万能相性の
奥側にいた自分や、気絶した一般人の男は、崩壊した土砂や天井辺などをテトラカーンで防げた。
だが、それでも救えたのは三割程度。
他にも崩落で、あの怪物の衝撃で死んだのはたくさんいた。
自分たちはわけもわからずに下がり、脱出し、距離を取るしかなかった。
あの怪物、高層ビルよりも巨大な、そうだな、ゴジラ、いや、キングギドラ? 首の数が合わないが、そういう映画のやつのような化け物と戦うものたちを見上げるしかなかった。
あそこから逃げたのには敵も味方もいなかった。
弱いから逃げた、生きるのに精一杯だった。
巨大な咆哮に、津波に攫われるような衝撃で、悪魔も、人間もひたすらごろごろ転がされて、子供を抱えた女が転んで、そのまま潰れて死んだ。
愚者は生き返れない。
覚醒したものでも潰れて肉片になってしまえば甦れない。
だから逃げて、ひたすら距離を取るしかなかった。
自分は戦っていない。
ただの生存者だ。
だからあの時、あいつが生きていたら自分は、はあ、そうだな、逃げていただろう。
逃げて逃げて、散らされて、終わるんだと思い知らされたんだから。
そうはならなかったから、今こうして話せている。
幸運なことだ。
あの時、彼がいたのだから。
英雄がいた。