見てもいいし、見なくてもいいよって感じにしております。
……実はこれが書きたかったやつの一つだなんて言えない。
——光が強くなるほど、影も濃くなっていく——。
空高くから世界を照らす存在を見上げる度に、その言葉が身に沁みてゆく。
この言葉を何処で覚えたのかは忘れてしまったが、こうして『助手』としてあの人と旅をしてからなのだろうと結論付ける。
「……」
誰も居ない、遮るものすら無い陽の光だけが差し込む花畑の中で、瑣末に石を積まれた『墓』に手を合わせて祈る。
——お久しぶりです、お父様
手を合わせたまま、心の中で呟いた。
過ごした時間は少ないけれど、思い出すことは沢山あった。楽しいことも、辛いことも。憶えている限りのことを全て、もう一度思い返す。
——母は私が物心つく前に亡くなっており、私を育ててくれたのは、父だけだった。
私の家はミドガル国王や名だたる貴族に比べたら小さいかもしれないが、父は『子爵』と呼ばれるほどの地位を持った実力者だった。ブシン祭にも出場出来るほどに剣の腕も良く、父からはよく剣を教えてもらっていた。
父の教えが良かったのか。それとも私自身がそれだけの才能があったのか。ミドガル学園に主席で入れるほどの才能があると言われた時は、私以上に父は喜んでいた。私も父の喜んだ姿を見て嬉しくなっていた。
——けど、幸せはいつまでも続かなかった。
声を出すことすら辛くなるほどの痛みと、手足が腐敗していく様を見ることしか出来ない状態に、ただただ歯痒さだけが心の中を燻っている。
どうやら私は『悪魔憑き』と呼ばれる奇病を患っているらしく、手足が腐り出したのはそのせいらしい。
「……私、助かるのかな……?」
「心配するな……!悪魔憑きは父さんが絶対治してやる……ッ!だから、そんな顔をするな……」
私に心配させまいと、精一杯笑顔を作りながら、父は私の頭を撫でる
父が私を救おうと色んな医者を呼び、助けを懇願する。けれど医者は皆首を横に振り、私を見捨てろと忠告する医者も居た。
そして父は、私を救うためにある組織と手を組んだ。でも、まだ意識がはっきりしていた私の目に写っていたのは、父が涙を流している姿と……
醜悪な笑みを浮かべて私を連れ去らんとしている奴らだった。
痛い……。寒い……。
もう喋ることも出来ず、肉体が腐敗し切ることもなく、ただ痛みと自分の醜態をぼんやりを見せつけられる苦痛が続くだけ。
父はどうしているんだろう。もう会えないんだろうか。私が『悪魔憑き』になったからだろうか。
醜悪な身体でなんとか声を出そうとした。『父には会えないのか』と。
周りに居た人達は怒りに任せて蹴るなり叩くなりして罵声を上げていた。
——なんで、こうなってしまったんだろう……。
もう希望もない私は、いっそ死ねればどれだけ楽だろうと嘆き、絶望した。
——あの人が来るまでは。
「——魔力暴走の兆候の消失を確認。
抑揚の無い声が聞こえる。誰なのかと目を開こうとして——違和感に気付いた。
「——え、私の身体……戻ってる……」
霞んで殆ど見えなくなっていた視界がはっきりと分かる。それに、腐敗していた肉体も元の状態に戻っていた。
「五感に違和感があるか問診を要求。倦怠感、魔力の流れがあれば即時報告を」
自分の身体が元に戻ったことに呆然としていると、先程の抑揚の無い声がこちらに問いかける。その声の方を向くと……
青い髪の綺麗な女の子が、私の身体に触れて異常がないかを確かめていた。
「え、あの……、特に、無いです……」
久しぶりに声を発するためか、少し辿々しい喋り方になってしまったが、何とか不調も無く、手足が腐る前の身体と遜色ない状態ことを伝える。
「……脈拍、心拍共に正常。バイタル、クリーン。——
診察を終えると、抑揚の無い声の少女が私を抱えて歩き出す。その細い腕からは信じられないような怪力の持ち主なのだろうか。軽々と私を抱えていた。
「あの、貴方は……?ここは何処なんですか……?」
意識がはっきりと戻ってから辺りを見渡して、やっと自分が見知らぬ建物の中にいると気付く。石造のような、遺跡らしさを感じる洞窟だと。
「——アスタルテ。現在、ディアボロス教団が根城にしている小規模の基地の研究室。ここに来るまで貴方と似た症状の亡骸を確認。魔力暴走——『悪魔憑き』の研究をしていたと推察」
「ディアボロス……?研究……?」
急に聞き覚えのない単語が多く現れ、理解が追いつかない。
と、青い髪の少女——アスタルテさんは何かを感じ取ったのか、少し警戒したような表情で扉の先を見据えている。
「……説明は後ほど。現在の拠点から、ディアボロス教団の残党がこちらに接近中。迎撃と脱出を開始」
そう言って私を抱えながら、この洞窟のような場所から流れるように脱出していく。
「——居たぞ!あの女がこの拠点を攻めてきた奴らだ!」
「相手は一人……待て!あの抱えてる奴は誰だ……?」
続々と黒尽くめのローブを被った奴らが現れ、剣を構えて道を塞がんとする。
「……」
私を抱えたまま、大人数の奴らに対峙するアスタルテと名乗る少女。
「……もう、大丈夫……です。私を置いて逃げて、ください……。このままだと、貴女が……」
「要求を否定。この場所に入った以上、貴女を含めて生きて帰すつもりは無いと断定」
その言葉に、一人の男が邪悪な笑みを浮かべて此方にやってくる。
「その通りだ。どうやって我々の名を知り、拠点を見つけたのか知らないが……知った以上は死んでもらう。恨むなら己の不運を恨むことだなぁ……!」
にやにやと醜い笑みを見せつけながら、ゆっくりと剣を向けて近づいてくる。
せっかく元の身体に戻ったのに、私はこうして知らないところで朽ちてゆくのだろうか。あの薄れゆく意識の中で見た、悲しみに満ちた父の顔が頭を過ぎる。
ただ一人、私を抱えている少女は違った。
「目視による計測。30弱の人数と推定。彼女を抱えたままの戦闘は困難と判断、及び多人数戦闘に於ける有効手段を実行」
「何だ?まさかこの数を相手に勝つってのか?言っておくが、コイツらは王都の近衛騎士団に匹敵する強さを誇るんだぜ?一人二人倒せても、この数を相手にどうやって相手取る気だ、侵入者よぉ!」
その問いにもはや耳を貸すまでもない、と言うかのように、抱えている私に目を向ける。
「……目を閉じ、しっかりと私を掴んで離さないように」
「え……?」
「
この状況下なのに、何でこの人は焦ることもなく淡々と会話出来るんだろうか。
けど何故か、この人は信頼できると感じた。確実に、ここを切り抜けられるほどの何かがあると。私の勘が告げていた。だから——
「……っ」
言われた通りに目を閉じ、ギュッと離れないように彼女の身体に掴まった。
「……何だぁ?ついに諦めたか?」
その言葉を言い終わる前に、アスタルテさんが動き出す。
「……まぁいい。そこの女ともども可愛がってやるよ!」
多くの奴らが襲い掛かる。目を閉じ、襲い掛からんとする男たちの叫び声が聞こえる。
だから私は祈った。
——『どうか、私とアスタルテさんをお救いください、と』——。
その祈りが届いたのか、はたまた私が無意識に声を出してしまったのか、アスタルテさんが何かを唱えるように呟いた。
——多分、私にとってこの瞬間は、父と過ごした思い出と同じく忘れられない出来事になった——。
「……ん、あれ……ここは」
気付けば寝ていたようで、目を覚ますと知らない天井に居た。どこか年季を感じさせる城であるはずなのに、そらを感じさせぬ造りの天井。
身体を起こすと、自分が柔らかいベッドの上に居たことに気付く。簡素ながらも清潔なベッドで、自分の身体の不調が無いあたり、あの洞窟にいた時より何倍も快適に眠れていたのだと分かる。
感嘆な表情で辺りを見回していると、部屋の扉からノックが聞こえる。私は「どうぞ」と許可を出すと、出てきたのはあの青い髪の少女だった。何故か
「起床を確認。身体の不調、魔力の流れに違和感は?」
「あ、えっと……大丈夫です。魔力も……寧ろ、昔より洗練されているというか……」
彼女の問いに、自信なさげに答える。確かに不調は無いが、違和感と言われると、昔より魔力の扱いがしやすくなったくらいだ。
「……
「……えっと、つまり……?」
「……朝食の準備が完了しました。食堂まで案内します」
そう言われて、急にお腹が鳴る。……恥ずかしいことに、あれから何も口にしていなかったのを思い出した。
久々に口にした食事は、私が悪魔憑きになる前と比べて質素なものだったが、彼女曰く「しばらく食べてない状態なので、胃や臓器に負担をかけないものを用意した」とのことだった。
「……ありがとうございます、アスタルテさん。もう二度と戻らないのかと……」
「……礼には及びません」
この人は本当に不思議な人だ。感情の起伏が一切読めない。こうして食事をしていた時も眉ひとつ動かすこともなかった。
悪い人ではないのだけど、少し怖いと感じてしまう。
「……何か?」
少し萎縮していると、アスタルテさんがこちらに目を向けて問いかけてくる。
威圧的な表情はしていないが、感情が見えないのが、威圧感を醸し出している。
「え、えっと……」
「……萎縮させてしまったのなら謝罪します。貴女は私に情報の開示を要求している。……要求を承認。但し——この情報は貴女の人生を変えるほどの内容のため、私個人としては非推奨」
……私の人生を変えてしまう情報。もしかして、悪魔憑きが治った経緯も含まれるのだろうか。そもそも悪魔憑きが治るなんてことも聞いたことがない。でも……
「……私は一度悪魔憑きになって消えた身です。聞く覚悟はあります」
決意を秘めて、アスタルテさんに向き合う。アスタルテさんは私の決意を受け取ったのか、一息付いてから「アクセプト」と呟いてから、彼女がこれまで見聞きしてきたことを語ってくれた。
「——以上が見聞した情報となります」
……アスタルテさんからの話を終えて、私は頭を抱えていた。信じていたものが全て崩れるような、自分の常識を全てひっくり返すような内容だった。
悪魔憑きはかつての英雄の呪いであり、所謂魔力の暴走だということ。そして、魔力暴走を起こした子たちを『悪魔憑き』と吹聴して忌み物として扱い、それらを葬っていたのは、ディアボロス教団だということ。——そして、アスタルテさんはそこで生まれた存在ということ。
「……そんな。じゃあ、父が私のために、そんな組織に加担したの……?」
アスタルテさんは何も言わない。彼女は持っている情報を伝えただけ。
「……」
何も言わないまま、ほんの少しだけ憐れむような表情で食堂を後にしようとしていた。
「……一つだけ聞かせてください。アスタルテさんが旅をしていた中で、父に会いませんでしたか……?」
「……名前と特徴の開示を要求」
「……名前は、『オルバ』です。身体つきも良く、私と同じ銀色の髪をした人です……」
その言葉を聞いたとき、アスタルテさんは僅かに目を見開いた。そして、彼女は少し話しづらそうにしていた。
「……話してください。父は、オルバ子爵はどうなったんですか……!?」
私が声を荒げそうなくらい問いかけて、アスタルテさんは観念したのか、そのことを話す。
——それが、私にとって一番の衝撃だった。
「彼らからの又聞きの為、信憑性は保証できないと予め警告。——ある組織がディアボロス教団の小規模基地を壊滅。その壊滅した基地の中に、『オルバ』の名前を確認。彼らの言葉から——
『死亡した』と推察します」
あれから一週間が経過した。アスタルテさんは城の掃除を行なっていて、時折部屋の窓から彼女が掃除をしているのが見えた。
私はあれからずっと考えていた。
ディアボロス教団、悪魔憑き、父の訃報。
その上で私は、アスタルテさんに頼み込んだ。
「アスタルテさん。貴女の旅に、私を連れて行ってください」
「……その回答に至る理由を要求」
「……ディアボロス教団に復讐したい気持ちもあります。けど、私には情報もありません。実力も足りません。だから、貴女と一緒に世界を見て回りたいです」
私は何も知らない。世界のことも、父のことも。だから知らなきゃならない。じゃないと、剣を振るう資格すら貰えない。そう感じたからこそ、この人に付いて行きたい。
「……
彼女はじっと私を見据えている。——人を殺すこともある、と彼女は言っているのだ。……確かに人を殺すのは怖い。けど——
「覚悟はできています」
絶対に逃げたくない。だから、アスタルテさんの冷たい目を背けることなく見つめ合った。
「——
こうして私は、アスタルテさんと世界を見て回る旅をした。
それから数年が経過した。
アスタルテさんの旅に同行し、その間に魔力の扱い方、剣の扱い方。そして武神と呼ばれた人に会ったこと。
——そして、色々なことも知った。
悪魔憑きの謎。ディアボロスという存在。災厄の魔女。どれも頭が痛くなるものばかりだった。
「……」
閉じた瞼を開け、祈りを終える。
瞼の裏に残った思い出は霧散し、質素な作りの墓と花畑が、私の目に映る。
お父様に伝えたいことはもう伝えた。後は、せめてあの人の魂に安らぎが在らんことを。
「……また来ます、お父様」
そう呟いてから墓を後にして、花園から出る。
入り口には、私の師匠——アスタルテさんが待っていた。
「……。」
この人は相変わらず口を開かない。会話をしても、一言二言だけで、感情を読み取るのが難しい。でも、これだけは分かる。
この人は、悪い人ではないと。
「——お待たせしました、師匠。……今日の手合わせをお願いします」
「
私は腰に下げていた剣を抜いて構える。対するアスタルテさんは、素手で構えもせず、佇んでいる。
——本当に、悔しいな……。
一見すると、武器を持った私の方が有利に見えるだろう。だが、私に魔力の扱い方、武器への効率的な魔力の流し方を教授してくれたのは、他ならない師匠——アスタルテさんだ。
彼女にとって、私はまだ『素手』止まりなのだろう。それでも……。
「今日こそ、貴女から一本取って見せます」
「……激励、とだけ贈答」
——私は父を越えて、貴女を守れるようになりたいから。あの時助けれくれたように、私も——
私の名前はミリア。ブシン祭にも出場した実力者であるオルバ子爵の娘にして——師匠アスタルテの一番弟子。
感想、要望、そして誤字報告お待ちしております。
……はい、すみません。誤字ばっかりで本当に……。
番外編、どれから書くべきか。
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