2話で解決すると言いましたが、すみません、1話で終わっちゃいました。
江田島庵に、一人の来客があった。
「おやおや、これは十石堂ではありませんか。お店の方はお休みですか」
「ええ。自分の店の本を懐に入れるわけにもいきませんから」
秋月と親しげに話すのは、十石堂秋彦だ。歳は、秋月と同じ。大学の同級生である。現在は、古書店「山名堂」を経営している。実家は寺だというが、そちらは弟が継いでいる。名を、冬彦という。三つ年下で、現在立派な住職となるために修行中である。
「処で、飛渡瀬くん。最近、君のところに妖がいるという噂があるのだが、本当かね?」
「まさか。そんな、よくないものを引き入れるようなことはしませんよ」
「そうだといいがね」
十石堂は、吸血鬼と狼男に関する本を買って行った。
「今のは? 何か、空恐ろしいものを感じたのだけれど・・・・・・」
ヴァネッサが、顔を出す。
「彼の名は、十石堂秋彦。寺の長男で、謎の多い男だよ。ああして古本屋『山名堂』をやっているのも、何かのカモフラージュなんじゃないかと思えてくるほどだからね。口癖は、『この世に不思議なことはなし』。ひょっとすれば、君たちにとっていちばんの天敵かもしれない」
秋月は、十石堂の動きを警戒する事にした。
***
十石堂は、顔が広い。秋月と似たような要因なのだが、彼の場合、専門は怪異である。妖怪騒ぎがあったなら、そこに出向いて解決する。それが、彼のもう一つの顔なのだ。
「なあ、ジッコクドーよぉ。あの江田島庵によぉ、妖怪がいるってまじか?」
「どうだろうか。現時点では、なんとも言えんな。それに、この世に害をなさないのであればどうということはない」
「そーは言ってもよぉ、妖怪ってなあやっぱし悪だろ。なぁ、いつも見たく『憑き物落とし』、やってくれよなぁ」
不良らしき人物が、そう言って十石堂に絡んでいた。十石堂は鬱陶しそうに、
「私のそれは見せ物ではないし、妖怪=悪というのも解せない。妖怪というのは、古来より説明できぬ事象に形を与えたものなのだ。座敷童を例にとれば、『あの家は調子がいいなあ、困っているところを見たことがない。きっと、幸運を呼ぶ何かがいるんだ』という具合であろうし、砂かけ婆にした処で『こんなところに砂が飛ぶはずはない、きっと砂を投げている何かがいるのだ』、もしくは『なんだあの婆さん、なぜ狂ったように砂を投げているんだ』という具合なのだろう。そこは、調べねばわからんがね。だが、私は、そういうものに敬意を表している。出鱈目な正体を与えるのではなく、誰もがそうと認めるような正体を与える。それが『憑き物落とし』なのだ。君のそれは、妖怪にも、『憑き物落とし』にも敬意を表していないものだ。わかったら疾く失せるがいい」
不良は、きまり悪そうに去っていった。
それから、散歩を再開すると、さまざまなところから、「江田島庵にはよくないものがいる」ということを聞いた。その噂の出所はどこかと聞くと、皆一様に「先奥さんが言っていた」という。その先奥という人物について軽く調査したところ、このような情報が入手できた。
本名:先奥有清 性別:男性 年齢:三十代半ば 主義:伝統を否定する
十石堂は、先奥にコンタクトをとった。なぜあのような噂を流しているのかを問いただすためである。
すると、先奥はこのように答えた。
「何故ってそりゃあ、江田島庵が邪魔だからだ。私の理想を実現するには、お前とあれらが邪魔で邪魔でしょうがない。そんなわけで、まずは特に戦闘能力を有している江田島庵を潰し、それからお前を潰そうと考えたわけだ。ああ、だが、お前に潰してもらうのもありか。所在は割っているしな」
「・・・・・・なんだと?」
「お前の両親と弟については、すでに所在を知っていると言ったんだ。やろうと思えば、いつでも殺れるようになっているからな。人質というわけだ。殺されたくなかったらば、協力しろ」
そう、先奥は圧力をかけた。
十石堂にとってそれは、アキレス腱に等しい。彼が実家の寺を離れ、姓を変え、古書店をやっているのは、彼らに負担をかけぬためだ。自分の持つ、特異な力による影響を懸念して、離れたのだ。しかし、まさかそれを探られ、あまつさえ握られるとは──
十石堂にとって、最大級の誤算であった。
「おのれ・・・・・・」
「まあ、殺されても何も思わぬというのなら、いいが」
「・・・・・・彼らを害すれば、家族は助かるんだな?」
「ああ、もちろんだ」
それを聞いた瞬間、十石堂の脳内に閃光が走った。閃きの稲妻である。
「・・・・・・わかった、不承不承了承しよう」
その腹の奥底には、彼の誠意が渦巻いていた。
一週間後、ことは起こった。
和服に身を包んだ十石堂が、江田島庵に姿を現したのである。普段は洋装であるため、いつもと違う、ただならぬ雰囲気を感じさせる。
「頼もう、飛渡瀬くん。
戸を叩いて、そう叫ぶ。彼としては、迚も不本意なことであった。
「どうかしたのかい、十石堂・・・・・・と、これは・・・・・・」
「申し訳ないが、祓いにきた」
「・・・・・・」
緊張した面持ちなのは、互いに共通している。
「参考程度に聞いておこう。識っているのか?」
「深い事情までは知らない。だが、少なくとも、お前が雇っているものたちがその類であることは聞いている」
「出処は?」
「先奥有清と云っていた。本名かまでは判らなかったがな」
「そうか・・・・・・」
秋月は、彼がなんの理由もなしに自分を襲撃しないことを知っている。おそらく、その先奥という人物が糸を引いているのであろうことを推察した。そして、この難事を退けた後、必ずや報復することを決意した。
「扨、だ。居るのだろう、奇っ怪な輩よ」
十石堂は、ノーブルレッドを呼んだ。
「奇っ怪なってのは、ウチらのことか?」
「なんの用でありますか?」
「変なことをしようとしたら・・・・・・」
三人とも、警戒を露わにしている。しかし、ここで出てきてはいけないということは、考えなかったようだ。
「ははは、これはなんとも奇っ怪だ。まず、そこの君は、そうか。
十石堂が、ヴァネッサに向けてそう云った瞬間。ヴァネッサは、
「あら? いけないわね、早く仕事に戻らないと」
そう云って、ヴァネッサは、江田島庵の中に戻った。新しく在庫が入っていたので、それを棚に並べるのだ。
秋月は、この現象に、ちょっとした覚えがあった。大学時代の休暇で、肝試しに廃墟に行った時のこと。現れた悪霊を、ものの見事に正体を与え、退散させたその御業。
「まさか、『憑き物落とし』・・・・・・!」
「なんのことだ? 私はただ、
十石堂は、そう云いつつも、次にエルザに目をつけた。
「いけないなあ。こんな小さな子供が、こんな時間にほっつき歩いているだなんて。それに、
すると、
「秋月さん、バサ丸は軒先に繋いでおきますね。私は、店番に戻るであります!」
エルザも、トテトテと店に戻って行った。自分がノーブルレッドであったことなど、完全に忘却してしまっていた。
「チッキショウ、こうなったら・・・・・・!」
ミラアルクは、実力行使に打って出ようとした。
「ほう、向かってくるか。ならば、こちらも実力で打って出るまで。さあ現れよ、餓鬼!」
十石堂が形代を使って呼び出したのは、餓鬼と云う式神である。仏教と陰陽道が混ざっているが、気にしてはならない。
ここでいう餓鬼とは、あくまで鬼の一種である。しかも、最下位の鬼である。しかし、十石堂には、これで十分である。
「カイロプテラ!」
「待ちなさいミラアルク、十石堂にその攻撃は・・・・・・!」
「その通りだ飛渡瀬くん。最下位の鬼とは云えど、最低限の攻撃を弾く程度の力は有る。それに、私の式神は怪異殺し。正体不明の存在とあれば、その攻撃は──」
翼を腕に巻きつけて餓鬼に殴りかかったミラアルクの攻撃は、餓鬼にガキン! と防がれてしまった。
「この通り、通ることはない」
そして、十石堂は、ミラアルクの正体を観察し、考察する。
その間にも、ミラアルクは餓鬼を破壊しようと試みる。
「チクショウ、硬すぎるゼ・・・・・・!」
「十石堂!」
「申し訳ないとは思っているさ。だがね、こうせねば身内に危害が及ぶのだ」
「悪質な手を・・・・・・!」
「なんとでも云うがいいさ。身内のために友を裏切るような人間で有ると!」
「そんなヤツを、誰が蔑めるんだゼ・・・・・・!」
江田島庵に身を寄せるまで、ノーブルレッドは、ずっと三人だけで暮らしていた。その日暮らしで食い繋ぎ、時にはダーティーな事にも手を染めた。そんな中でも、特に裏に手を染めたのがミラアルクなのである。身内のためならばそれ以外の全てを切り捨てられる──それが、ミラアルクである。だからこそ、十石堂に共感を見せたのだ。
「君も同種と云う訳か・・・・・・! だが」
「遅い!
『憑き物落とし』を喰らう前に、ミラアルクが先手を切った。今の十石堂には、迷いが生じている。したがって、
「何を・・・・・・ぐっ!?」
「ミラアルク、今のは一体・・・・・・」
「
ミラアルクは、十石堂を見る。
「成る程、精神に揺さぶりをかけ、そこにつけ込む、か・・・・・・。
十石堂は、
「やっぱり・・・・・・!」
「詐欺師としてなら大成できるのではないかね?」
「そんなフウに云われンのは初めてだゼ・・・・・・! 大体の場合、怪物だの化物だのとしか云われてこなかったから、な!」
そう云ってミラアルクは、なんと力任せに餓鬼を蹴り飛ばした。カイロプテラを推力がわりにしていたこともあり、その威力は凄まじい。然し、正体不明、すなわち怪異の攻撃は、餓鬼には通らないはずである。だと云うのに、一体何故──
「何故だ、君の攻撃は通らぬ筈──」
「あくまで人間の範疇で攻撃したから、な。昔のニホンのアニメには、『早く人間になりたい!』と云ってた妖怪がいたそうだが、ウチの場合、『戻りたい」ってだけだ。それに、ウチは今、『ブースターを点火して、肩が外れることも厭わずにアンタにドロップキックを
数文字で纏めよう。屁理屈で「自分は人間として攻撃している」と自己認識したためである。要するに、アホみたいな暴論である。
「訂正しよう。君は、脳味噌まで筋肉でできている」
「そこまでアホじゃないんだゼ」
軽口を叩き合った後、二人は、狼の如く目を細める。交戦的な笑みだ。秋月は、手を出さない。いや、出せない。二人の戦いに、自分が首を突っ込んではならない。
──だが、彼女も『憑き物落とし』を食らったならば・・・・・・
──その時には、私が戦うしかないか・・・・・・
扨、ミラアルクは、直接十石堂を殴ることにした。鳩尾を殴り、上手く嵌れば気絶させられると踏んだのだ。然し、それは十石堂も想定済みである。拳が届く瞬間に跳び上がり、そのまま空中で一回転して脳天に踵落としを喰らわせる。
「へぶぇ!?」
「耐えるか・・・・・・!」
「これしきで倒れるわけはないんだゼ・・・・・・!」
「中中に根性のある若者だな・・・・・・!」
「アンタも若者だろ!?」
互いに、友情じみたものを見出していたその時。
陰から、この戦いを見ていた者──先奥が、茶々を入れた。入れてしまった。
「何をしている、十石堂! 早く、その
しかも、大きな声である。そのため、この声は、ヴァネッサ、エルザに届いてしまった。先奥にとって、最悪の展開である。
「あの阿呆・・・・・・!」
十石堂も、毒づいた。何故ならば、『憑き物落とし』の効果は──
「
ヴァネッサとエルザは、己が何者だったのかを思い出した。そのまま、秋月の元へ馳せ参じた。ついでに、バサ丸は消失した。
「な、どう云うことだ! 十石堂、『憑き物落とし』はきちんとしたんだろう!?」
「無論だ。だが、お前の思惑は、お前自身の手で潰えたのだ!」
「何を云っている! 『憑き物落とし』は──」
「あれは万能ではない! 慥かに、『憑き物落とし』は、正体を与え、無力化する。だがそれは、暴露されぬことが前提なのだ!」
十石堂は、流石に怒った。
「然しまあ、お前も自分の立場を解っちゃいない。お前が反逆すれば、その時点でお前の家族は死ぬ」
「云うな!」
「慥か、東京は八王子近郊、洋奏寺だったか。大事な家族のもとに、すでに我が式神は待機している」
「云うなと云っている!」
「ならば、変身!」
秋月は、ついに重い腰を上げた。素早くジェットスワローとスタッグバインのカードをベルトに装填し、グレイムとなる。
「洋奏寺か、ワイルドモード!」
判断は早い。ワイルドモードとなり、先奥が口にした場所に飛んでいった。
数秒後、グレイムは帰還した。式神だったものを携えて。江田島庵前に、その式神をペッと投げ捨てた。
「これか?」
「なん・・・・・・だと・・・・・・」
「なんなんだ、その姿は・・・・・・!」
先奥は顎が外れ、十石堂は呆然とした。
「先奥とやら。これが、その式神だな?」
「な・・・・・・ががが」
グレイムは、これを肯定と受け取った。
「十石堂、もはや君が彼に従う必要はない!」
「感謝する、飛渡瀬! 後日謝罪に向かいたいが、よいか?」
「それは、彼女らに云ってくれたまえ」
顎を治した先奥は、恐るべきプレッシャーを感じた。ノーブルレッドである。
彼は、彼女らの逆さ鱗に触れてしまったのである。そもさん、今回『憑き物落とし』が解けてしまったのは、ひとえに彼が、彼女らを卑き錆色と大声で云ってしまったからである。
「ち、畜生・・・・・・。斯くなる上は!」
そう叫ぶや否や、先奥は懐から瓢箪を取り出した。栓を抜き、中身を飲み干す。
「何をしようと云うの・・・・・・?」
「お、のれ、を、変、革す、るの、み!」
その酒は、どうやら肉体を変質させる効能があるようだった。先奥の肉体はみるみるうちに膨張し、服が弾け飛んだ。全裸で有るが、刑法に引っかかることはない。何故ならば、肉体は膨張するだけでなく、異形に変質したからだ。
「大きいのであります・・・・・・」
「だが図体がでけーだけだゼ。苔威もいい処、さっきの十石堂のが強そうに見えちまう」
ミラアルクは、グレイムの変身を強引に解いた。
「何を・・・・・・」
「アイツは、ウチらで殺る。卑き錆色と見下した罰を、喰らわせる」
その目は、有無を云わさぬ迫力があった。もし異を唱えようものなら──
「・・・・・・解った。その代わり、怪我はしないように」
秋月は、了承した。
「つーワケだ。ツケは、払ってもらう、ゼ!」
口火を切ったのは、ミラアルクだ。先ほどの餓鬼と違って、攻撃はなんの小細工をせずとも、なんの屁理屈を練らずとも通る。
カイロプテラを纏わせた剛腕による一撃は、絶大な衝撃を与え、先奥を動揺せしめた。
「くらいなさい!」
そこに、ヴァネッサが全身に内蔵された火器を解き放つ。ジャケットを脱ぎ捨て、ミサイルも放った。爆風が、江田島庵を中心をした半径数メートルを覆う。
「ガンス!」
そして最後に、エルザがテール・アタッチメントを展開し、文字通り先奥を八つ裂きにする。
これにて一見落着、かと思われたが・・・・・・
「フハハハハ、この程度で終わると思うな! 我が真髄は、再生能力にあり!」
「なん、ですって・・・・・・!」
「ざっけんじゃねぇゼ・・・・・・!」
「どうすればいいのでありますか・・・・・・!」
先奥は、勝ち誇ったように叫ぶ。背後には、彼と瓜二つな、モヤのようなものが有った。それを見た十石堂は、絡繰を即座に看破した。
「
その瞬間、先奥は只の巨大な爬虫類となった。『憑き物落とし』は、神秘に正体を与える御業である。故に、先奥の変身した姿の優位を、断つことができたのだ。
「今だ、やってしまうがいい!」
「ようし、それじゃあ
「・・・・・・ガンス!」
「へっ、ここで
三人は、先奥を取り囲むように立ち、両の手を前に掲げた。
すると、先奥を中心に、キューブの様な物が形成されていく。これこそが、ノーブルレッド最大の切り札。アステリオスことミノタウロスが閉じ込められし、ダイダロスの迷宮を元にした、最大三十八万キロメートルの迷宮。それこそが──
『ダイダロス、エンドッ!』
ダイダロスエンドは、先奥を、ものの数秒で閉じ込めた。だが、この技は、消耗が圧倒的に激しい。短時間で、決着をつけねばならない。
「ウチが、ケリをつける」
ミラアルクも、迷宮に殴り込んだ。
「ミラアルクちゃん!」
「ミラアルク!」
「迷宮を維持してくれだゼ! あと秋月さん、岸谷
「・・・・・・承った!」
秋月は、携帯電話で新羅に連絡を取った。新羅は、急な予定外のその依頼に、声を裏返らせた。
迷宮に殴り込んだミラアルクは、カイロプテラを両の腕に纏わせる。
「さて、だ。確かに、ウチら──いんや、ウチは、目的の為なら手段を選ばない。だけど、其れは必ず自分でやる。だが、手前は他人にやらせた。まずこの時点でワンアウト。次に、十石堂の家族を人質にとってたって時点でツーアウト。最後に、ヴァネッサ、エルザを卑き錆色と罵ったこと。これで、スリーアウトだ。覚悟は、出来てンだろうなァ!?」
その言動は、彼女の怒気を隠さない。
「な、や、やめろ! 私がどうなってもいいというのか! 私の才能が」
「知るもんかよ! ンなもんより、ウチの家族の方が大切に決まってンだゼ!」
ミラアルクは、先奥をタコ殴りにする。最早、先奥が生きていようが死んでいようがどうでもいい。そんな感情が篭っていた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!」
「やめろぉぉおおおお」
先奥の形がどんどん歪んでいく。傷が、どんどん増えていく。衝撃が、彼の体を襲う。逃げ出すことはできない。そして、三十秒後、ついにその時が来た。
「これで、決着、だッ!」
「ぐふるあああああ!!!」
先奥は、爆散した。同時に、ダイダロスエンドも解けた。
「うう・・・・・・。お姉ちゃん疲れちゃった・・・・・・」
「私もであります・・・・・・。うにゅう」
ヴァネッサとエルザは、体力を使い果たしてしまった。
先奥は、人間の姿に戻っていた。ご都合主義によるものか、先ほど吹き飛んだ筈の服を身につけた状態で。
「さて、彼については、警察にでも突き出すこととしよう」
秋月は、気絶した彼を担いで、交番前に持って行った。その際、A5サイズの紙に、「この者、恐喝犯」と書いて、先奥の額に貼り付けておいた。当然、匿名である。
こうして、江田島庵を襲った一大事件は、幕を閉じたのである。
***
「さて、どうしてこうなったのかは訊かないよ」
「かたじけない」
池袋。秋月と新羅は今、露西亜寿司で、寿司をつまみつつ対談していた。
「それで、どうなんだい?」
「どう、とは?」
「ああ、これは僕の訊き方が悪かったかな。要するに、あの三人についてどう思っているか、だ。俺が聞いたところでは、どうやら色々ととんでもない事をしたと云うからね」
「ああ、そう云う事ですか。そうですね・・・」
湯呑みを手に取り、お茶を一服する。緑茶だった。
「あ、美味い」
「ここは、結構美味しいんだ」
閑話休題、話を戻す。
「彼女らについては、とうの昔に日常の一部と化していますよ。だからまあ、今更受け入れるだのなんだのは、ぶっちゃけあまり意味のない議論という感じはします」
「・・・・・・そうかい。それなら、私から云うことは何もない。・・・と、云いたいところだが」
新羅は、いくら軍艦をつまんで食べた。いくらが、幾つか溢れ落ちる。
「其の言葉、決して裏切ってはいけないよ。そんな事をすれば、其の時こそ彼女らはヒトで無くなってしまうだろうね」
「・・・・・・肝に銘じておきます」
それから彼らは、注文した寿司を食べ切った。会計は、当然の如く割り勘である。
「そういえば、恋バナとかそう云うのは」
「ありません」
「あらそう・・・・・・」
***
「先日は、本当に申し訳なかった。これは、お詫びの品だ」
新羅と共に寿司を食べに行ってからさらに二日後、十石堂が、江田島庵に、菓子折りを持って謝罪に訪れた。
「これはどうもご丁寧に・・・・・・。僕は気にしていないのだけれど」
「いや、こちらの気が済まない。いくら脅されていたと云えど、あの様な事はすべきでは無かった。毅然として居られれば・・・・・・!」
慚愧の念を滲ませる十石堂。其れに反応したのは、ミラアルクだ。
「だーかーら、ウチらは気にしてないんだゼ。家族が大事だってのは、ウチらもよーく解ってる。もし、ウチがヴァネッサとエルザを人質に取られたンなら、まず間違いなくアンタと同じ事をする。だから、アンタが気に病む必要はどこにもないんだゼ」
「そうか・・・・・・。あとの二人は、何処に居られるかな?」
「ヴァネッサとエルザなら、棚のチェックをしてる処だゼ」
「ならば、邪魔をしない方がよさそうだ」
十石堂は、秋月に言伝を頼んだ。
「あー、そうだ。ウチらについて──ってかヴァネッサについて、『可哀想に』っつったろ?」
十石堂が店を出る直前、ミラアルクが云った。
「ああ、そうだが──」
「確かに、世間一般で見れば、ウチらは可哀想に映るのかも知れない。けど、ウチら自身は、そうは思ってねー。ノーブルレッドと云うのは、日本語に直せば高貴なる赤だ。確かに、こんな体になっちまったのは災難とも云えるさ。だが、同情を引こうとはちっとも思ってねーし、アンタの『憑き物落とし』で治されるっつーのもメーワクだ。あくまでウチらは、ジブンの手で──ジブンらの手で、元に戻す。秋月さんに協力してもらってる──っつか、もう殆ど任せっきりになっちまってるけど、其れにも最大限報いる。其れに──」
「其れに?」
「『憑き物落とし』は、全部忘れちまうんだろ? ウチは、そんなのは嫌だゼ」
「・・・・・・そうか。何れだけ掛かるかは判らんが、頑張り給え」
そう云い残し、十石堂は去っていった。
秋月は、店を三人に任せ、或る人物の元に訪れた。其の名は、部屋瀬戸瀬木戸。少し前に、ムスペルトとして秋月=グレイムの前に立ちはだかった男である。
「知って居る事を話して貰いたい」
「おっと此れは物騒な。何が有った?」
「先奥なる人物に、襲撃を受けた」
「成程・・・・・・」
部屋瀬戸には、思い当たる節があるようだ。
「飛渡瀬、この間云ったとは思うが、其のベルトとカードを狙って居るのは、私だけではない。数多の錬金術師、魔術師陰陽師、様々だ。道士なんてのも居た。他にも色々居るが、全貌は流石に知らん。私の師は、関心が無さげだったがね。恐らくは、其の先奥とやらの狙いも其れだった可能性は有る」
「どうも彼奴は、僕と云うより、ノーブルレッドの三人を狙って居る様だった。彼女らは一体何者なんだ?」
「ノーブルレッド、か・・・・・・。噂半分にしか聞いた事は無かったが、まあ私の知って居る事を教えておこう。覚悟はいいな?」
そう前置きして(それと、これは真実とは限らぬと予防線を張って)、彼はノーブルレッドについて話し始めた。
「単刀直入に云おう。あの三人は、とある巨大な錬金結社による実験体だ。しかも、其の失敗作だ」
「失敗作、だって? あんな強さで失敗作とは、じゃあ成功体は何れだけの強さを・・・」
「其処までは知らぬさ。まあ、彼処はそこそこ高望みをして居たと云うことだ。と云うか、成功体で有れば、定期的な透析及び稀血の補給は要らん。まあ、私の──と云うより、我等が結社で有る『黄金竜の燐光』とは決して相容れぬ命題では有るがな。向こうは完全なる肉体、完全なる神秘を追求して居る。然し、此方は、神秘を再興することを念頭に置いている。何を至上の命題とするかは、各々に委ねられて居るがな。まあそれは、向こうも同じだろう。私の場合が、北欧神話の竜、ファーブニルに到達する事で有る様に、な。まあ、ノーブルレッドについて知っておかねばならんのは、或る錬金結社の実験体であると云う事、定期的に稀血を得ねばならんと云うことくらいだ。・・・そうだ、そう云えば。お前の命題はなんだ、グレイム」
一通り話した後、強引な程に話題を転換してきた。
「私の命題、か・・・・・・。先日、私の友人の御業を目の当たりにした。神秘に正体を与えるという、君たちにしてみれば天敵と云って過言では無いし、僕としても敵に回したくはない。其の時、ふと思ったのだ。神秘とは、如何にして成立したのか? と」
「・・・・・・成程。確かに、私も考えた事が無かったな。私の場合は、成立した物を再現するのみ、成立の過程は考えたことが無かった。・・・・・・待て、ならば真逆、お前の命題とは・・・・・・」
部屋瀬戸は、戦慄した。秋月の掲げる命題が部屋瀬戸の想像通りだった場合、神秘の淘汰されつつあるこの時代──科学が席巻する世界に於いて、文字通り、神秘が捲土重来を果たしかねない。
そして、其の予感は的中した。
「そう、この飛渡瀬秋月の命題は──
秋月は、瞳孔を開いてそう云った。
「それは──下手を打てば、この時代が崩壊しかねないぞ。其れでも、やると云うのか」
「もちろん。僕は、其れを心の何処かで望んで居るのかも知れない」
「ならば、私は止めない。だが、相応の覚悟は背負っておけよ」
部屋瀬戸は、釘を刺した。
いかがでしたか?
まず、ダイダロスエンドについて、大きく設定と異なる部分があったことをお詫び申し上げます。
なんとしても、ミラアルクに先奥を殴って欲しかったからというのが一番の理由です。
今回登場した十石堂は、ゲゲゲの鬼太郎に登場したという一刻堂なる人物を元ネタとしています(と云っても、ウィキで齧った程度の知識しかありませんが・・・)。『憑き物落とし』は、本編でも触れた通り、「神秘に正体を与える」というのが大まかな効果であると私は認識しています。ノーブルレッドにとって、最大の弱点と云って過言ではないのではないでしょうか。
秋月の抱える二つの問題というのは、「ノーブルレッドを受け容れるのか」「命題は何か」でした。今回、強引に思われるであろう形ではありますが、解決できたので、肩の荷が降りてちょっと安心しています。
部屋瀬戸瀬木戸の再登場は、唐突に思いつきました。時系列としては、倉橋に行った二週間後くらいに池袋に行って、さらに其処から十日後に今回の事件が起こった、という想定なので、まだ瀬木戸は日本にいるわけです。なんなら、彼の住居は東京23区内にあると想定してますし。
多分、十石堂は何処かのタイミングで再登場します。ここで退場させるには惜しいキャラだと云う事はわかってるんですが、『憑き物落とし』をどうしたものか・・・。ここぞと云うタイミングで出せればいいなと思っています。
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