ちょっと思想が表に出ていると取られかねない部分がありますので、ご注意ください。
「・・・・・・は?」
「悪いがこれは、冗談じゃない」
「いや、まさか・・・・・・。深江さんだぞ・・・・・・?」
「ああ、そのまさかだ。親父は、享年六十で殺された」
「・・・・・・!」
秋月は、息を呑んだ。腐れ縁の友人の父親が、まさか殺されるとは──
ここ数ヶ月、抗争の話を聞いた覚えはない。つまり、宮ノ原深江は、何者かによって暗殺されたということになる。
「・・・・・・それにしたって、どうして僕に伝えたんだい? 警察でもいいだろうに・・・・・・」
「それじゃあダメなんだ」
切串は言い切った。
「俺らもまあ、脛に傷を持ってる身だ。サツの世話になるわけにはいかない。それに、サツなら司法に基づいて刑を決めるだろう?」
「・・・・・・成る程。確実に報復するために、ということか。だが、私に協力できることは、基本的にはない。それこそ、下手人を探るくらいだが・・・・・・」
「それをしてくれれば、大満足だ。もちろん、若いのにも話を通しておく」
「・・・・・・君じゃあないよな? 深江さんが死ねば、次の組長は君だ。まさかとは思うが・・・・・・」
「そりゃあ流石にない。親父が殺された時、俺は靖国に参拝していたからな」
「靖国、か・・・・・・。一体どんな用事なんだい?」
「実はな、願掛けやってんだ。御百度参りにしようかとも思ったんだが、ちと面倒くさい。そこで、東京23区内全ての神社に参拝する、ってことにしたんだ」
「それはそれで大変だねえ。車とか電車は使ったのかい?」
「徒歩に決まってるだろ」
「脳筋すぎやしないかい・・・・・・?」
「まあ、否定はせんよ。ともかく、そんなわけだから、俺に親父を殺すのは不可能だ」
切串は言い切った。秋月も、あくまで念押しをしたかっただけなので、素直に納得する。
「明日、通夜がある。お前も、参加してくれ」
「もちろんだとも。深江さんには、親子二代でかなりお世話になったからね、挨拶をしないわけにはいかないよ」
「ありがとな」
「礼には及ばないさ。ところで、葬儀には出席した方がいいんだろう?」
「そりゃあ、な。報復は、それからだ」
「・・・・・・わかった」
この日は、これでお開きとなった。ノーブルレッドの三人にこのことを伝えると、かなりショックを受けた様子だった。
「そんなわけで、明日と明後日は留守になるからね。店番を任せても大丈夫かい?」
「もちろんよ。でも、あの・・・・・・」
「ヴァネッサ?」
「いえ、なんでもないわ。店のことについては、かなりわかってきたから、大丈夫よ」
「そうだゼ。それに、アンタにとってその深江さんってのは第二の父親みたいなもんだったんだろ。送り出せるのは、ある意味じゃ幸せなことだかんな、大切にするんだゼ?」
ミラアルクは、体験したかのように言った。錬金術師の世界でも、抗争というものはたびたび発生する。その際、遺体すら残らないということはザラにあるのである。酷い時には、存在すらも消滅させられる場合もある。そのため、こうして葬式ができるというのは、それだけでとても幸せなことなのである。
「わかった。それじゃあ、頼みます」
「わかったわ」
「りょーかいだゼ」
「ガンス!」
「ありがとう」
翌朝、秋月は、通夜に出席するために、切串とともに葬儀場に向かった。車は、大柿組の若い衆が運転していた。
葬儀場には、一目で筋者だとわかるような者たちが集まっていた。彼らは皆、深江に何らかの形で世話になったのだ。池袋が粟楠会なら、この地域は大柿組のシマである。元は単なるチンピラでも、大柿組に世話になった恩義から与する者はたくさんいる。盃を分けられた者は、ごく少数であるが。
「これだけ人が集まるとは・・・・・・」
「親父は、それだけ人望があったってことだ。法の規制が厳しかったってのもあって、盃を交わしたのは本当に一握りだがな。ま、義兄弟と契ったのは、津久茂さんくらいだよ」
「・・・・・・父さんが?」
「知らなかっただろ」
珍しく秋月は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。まさか自分の父親(古本屋経営)が、ヤクザのしかも組長と義兄弟だったとは・・・・・・。今だからこそ明かせる事実なのかと訊くと、
「いや、そのうち打ち明けるつもりだったんだが、その前に亡くなっちまったから、機会を逃してたんだ」
とのことである。
秋月は、遺体に一度手を合わせることにした。
とても綺麗に整えられていた。
「綺麗なものだな。安らかな死に顔だ」
「ああ、葬儀社の方々には感謝だ。ここまで人間らしくしてくれたんだから」
その言葉に、疑問を抱く。口ぶりから察するに、元は綺麗でなかったように思える。いや、確かに、死に顔が本当に安らかだというのは稀だと聞いたことがある。だが、切串の言い方は、ヒトとは思えぬ姿だったということになる。
「どういうことなんだい? それじゃあまるで、凄惨な死体だったということになるが・・・・・・」
「これを見ろ」
切串は、スマホに写真を映し、秋月に見せた。秋月は、絶句した。
なぜならば。
「これは・・・・・・一体、誰が・・・・・・。いや、そもそもこんなことが、人間にできるのか・・・・・・?」
「ああ、俺もそう思った。親父の部屋に入った人間は、あの時いなかった。だから、こいつはいわゆる不可能犯罪だ。しかし、こうして親父が殺された以上、必ずどこかに犯人はいる」
切串は、断言した。不可能犯罪とは、要するに密室殺人のような、一見した限りでは絶対に犯行が不可能に見える犯罪のことだ。しかし、大抵の場合、被害者がいる以上、加害者がいるのが事件というものである。深江の職業の性質上、恨みを買う相手は多い。そういう観点で見ても、犯人がいないとは考えにくいのだ。
「だが、もうすぐ時間だ。まずは、椅子に座っとけ。もうすぐ坊さんが来る。お経をあげてもらおう」
秋月は、切串のすぐ後ろに座った。
参列者は続々と集まり、中には白髪に和服の老人もいた。
僧侶は、浄土真宗は天鳳寺の弦峰と名乗った。
通夜はつつがなく進行された。
この日は、喪主の切串は葬儀に使うホールに寝泊まりすることになっている。秋月も、それに付き合っている。
「そういえば、並々ならぬ雰囲気を持った方がおられたけど」
「誰のことだ? 親父の知り合いは、だいたいヤバいやつだがよ」
「あの、白髪に和服の」
「ああ、訃堂さんか。風鳴宗家の」
「風鳴というと、ツヴァイウイングの?」
「そう。確か、そのじっちゃんだったかな。結構なトシのはずなんだが、まだ歯は残ってるし体力もある。普段どんな仕事をやってんのかは知らねえが、かなりの大物だってことは確かだぜ」
「でも、いつの間にそんな人物と知り合ったんだろう」
「そりゃあ知らんよ。俺が生まれる前からの知り合いだからな」
切串は、ご馳走様と手を合わせた。夕食の仕出し弁当を平らげ、容器をまとめる。
秋月は、訃堂という人物に興味を持った。深江のことをどう思っていたのか、また津久茂のことを知っているのか、気になったのである。
それから二人は風呂に入り、就寝した。
翌朝、午前九時。参列者たちが続々と来場した。喪主である切串は、一人一人に、「本日は、わざわざご足労いただきありがとうございます」と挨拶回りをしていた。その間秋月は手持ち無沙汰になっている。何かしようかと切串に言ってはみたものの、「これは喪主のやるべきことだからな、お前はまあ散歩でもしてればいいんじゃないか?」と言われたので、訃堂を探すことにした。
訃堂の目印は白髪に和服だ。しかも、風鳴である。ツヴァイウイングの片翼、風鳴翼に髪型など似ているのではないかと考察した。
程なくして、目的の人物は見つかった。秋月は、恐る恐る、「・・・・・・風鳴、訃堂さんですか?」と訊いてみた。
「いかにも。儂が風鳴訃堂じゃが・・・・・・。お主、何奴か?」
「ああ、すみません。私は、飛渡瀬秋月と申します。しがない古本屋の店主です」
「ふぅむ・・・・・・、?」
訃堂は、なぜ葬式に無関係(に思える人物)なのに自分に話しかけてきたのかが気になる様子だった。
「なぜ、小僧の──宮ノ原深江の葬式に参列しておる? 如何なる関係か」
「ええと、深江さんはですね。私にとって、もう一人の父親だったんです。切串と同じくらい、よくしてもらってました。返せる恩は返したつもりではありますが、まだまだ返し切れていないんです」
「むう・・・・・・。そのような表現は止せ。故人に失礼であろう」
「ああ、すみません」
訃堂に、たしなめられる。秋月は、もしや彼は同じような経験をしたのではないか? と思い、その旨を問うてみた。すると、
「うむ。あれはもう、九十年は前のことじゃったか。儂がまだ、若者だった頃だ。鬼畜米英に、友を奪われた。
その目には、厳格な老翁が持つには似つかわしくないような、幼さの中の後悔を滲ませていた。
「儂はな、東京大空襲で
「・・・・・・!」
「であるからか、未だに儂は米英を恨んでおる。否、最早、日本以外の全てを嫌っておると言って過言ではあるまい。そして、儂自身のこともな・・・」
「でも、空襲は、一人の力では」
秋月は、不動の自己嫌悪を否定するために、口を開いた。だが、その後に紡がれる言葉は、すでに予想されていた。
『どうしようもなかった』
「と、お前は言うつもりだったのだろう。確かに、そうであろう。確かに、儂一人で何が変わったか──日本の敗戦を変えられたか、それは判るまい。だがな、それでも、
訃堂は、秋月の慰めとも取れる言葉を完全に否定した。親友を喪い、夷狄を憎悪するというのは、最早訃堂の生き様そのものである。確かに、後悔は数え切れぬほどあろう。やり直したいと思ったこともあろう。だが、だからといって慰めの言葉を受け入れて仕舞えば、それは自分の人生を、ひいては
「時に、秋月と言うたか。今の日本を、どう思う?」
「え──」
訃堂に投げかけられた問いは、すぐに答えることのできないものだった。そもそも、どういう観点で見ればいいのか? 治安ならば、世界最高峰を誇っている。政治家なら、多少の汚れこそあれど、清濁を飲み込んで国のために働く人間が多い印象を受ける。人間ならば──どうだろうか?
「どういう、視点で言えば──」
「人間だ。日の本に生きる人間は、果たして大和魂というものを持っておるのか。若者のお主からみて、どう思う?」
「それは──」
十秒ほど考え、秋月は持論を展開した。なお、彼の言動には、作者の思想が過分に含まれていることをご了承願いたい。
「ぬるま湯に浸かって生きてきた自分が言うのもなんなんですけど、やはり後退しているんじゃないかと思います」
「その心は?」
「礼儀がなっていない人間が多くなってきている。そう言う印象を受けることが非常に多いんです。いえ、子供たちはいつも、『おじさん、ありがとー!』とか、『ありがとう、おにーさん!』とか、そんな風に言ってくれるんです。・・・・・・おじさんと言われるのは傷つきますけどね」
秋月は、苦笑した。まだ、アラサーには遠いと思い込んでいるのだ。だが、五年と言う月日は意外とすぐに過ぎるものだ。作者も、ついこの間までは高校一年生だったはずなのに、もう受験生となってしまった。
「でも、人として当たり前の礼儀──挨拶したり、お礼を言ったり、そういうことができない人間が、大人に増えてきている。日本は、儒教の国というわけではないですけど、やっぱり礼儀には特段厳しい。それが、日本文化を形成してきたと言って過言じゃない。礼儀を失えば、日本はどんどん後退して、最後には何処の馬の骨ともしれぬ輩に支配されてしまう。私には、それが嫌だ」
「儂も、同意見よ。だが、一つ加えよう。古本屋のお主ならば、日本神話をいくらかは知っていよう」
訃堂は、戦前の教育を受けていた。当時は、日本神話、すなわち古事記、日本書紀の内容も歴史として教えていたという。それが、ナショナリズムを形成していたという面はあろう。だが、だからこそ、愛国心を持つ人間が多かった。もちろん、例外はいるが。
「ええ、教養として読んでおかねばならないと思ってましたから。稗田阿礼の如く、
「儂の時代は、皆がそうだったのだ。神話は、国の起源。起源を知れば、自ずと愛せるようになる。だが、今はそれがない。だから、お主の言うように、後退していっておる」
と、話し込んでいるうちに、切串が二人に声をかけた。内容は、もうすぐ僧侶が到着するので、着席してほしいとのことだった。
秋月は、「貴重なお話をありがとうございました、今度お会いできたら、その時は深江さんの話を聞かせていただけますか?」と言って、席についた。
葬式は、つつがなく進行した。切串は、弔辞を読み上げる際、男泣きを見せた。まだ、死んでいい器ではない──
それを知っているからこその涙だ。そしてそれは、この場にいる全員も理解していた。だから、自然と涙が溢れた。
火葬場で、宮ノ原深江は、完全に骨となった。遺骨は骨壷に納め、切串が持ち帰ることとなった。
「なあ、秋月」
「なんだい、切串くん」
帰りの車の中で、切串は唐突に切り出した。
「俺らも、親父みたく、盃を交わそうぜ」
「それはつまり、義兄弟になる、ということかい?」
「そういうこった。ま、実際に契るのは、四十九日を過ぎてからだがな。とはいえ、お前の意思は尊重する。どうする?」
秋月は、メリット、デメリットを考えた。
メリットは、大柿組がバックにつくことだ。とはいえ、それは今までと変わらない。あとは、何かあったときに、若い衆の力を借りられるということか。
逆に、デメリットは──?
思いつけなかった。せいぜい、暴対法に抵触する恐れがあるくらいだが、そもそも彼自身、違法スレスレの行為を行ったことがあるため、今更だ。
秋月は、この提案を受けることにした。
そして、四十九日後。お経をあげてもらった後に、二人は正式に盃を交わした。互いに対等な、義兄弟となったのだ。
その後、秋月は、深江の死亡時の写真を、ヴァネッサとミラアルクに見せた。初めはヴァネッサだけにするつもりだったが、ミラアルクが「死体は見慣れてる」というので、加えることにしたのだ。エルザには、情操教育の観点上、見せるのは好ましくないと判断した。
「──ひっでぇな、こりゃ。エルザに見せなくて正解だゼ」
「そうね。どういう思考をすれば、ここまで惨たらしく殺せるのかしら・・・・・・」
両者ともに、ドン引きしていた。
曰く、錬金術師の殺し合いでは、死体が残らないケースも多いそうだ。死体が残っている場合でも、外傷が残ることは少ない、とのことである。その理由は何故か。死体が残らぬのは、互いに全霊を──それこそ、己が魂の最後の一片まで燃やし尽くすほどの覚悟を以て戦ったから。できる限り外傷を少ない状態にするのは、全霊を以て戦ったものに対して敬意を払うためだ。無論、結社対結社ならばこの限りではない。一人一人に意識を割く暇がないからだ。
ともかく、秋月は、このような殺し方をする人物に何か心当たりはないか訊いてみた。なお、今回、瀬木戸に助力を請うことはできない。現在の彼は、北欧で修行をやり直している最中だからである。
「うーん、心当たりはないわね」
「残念だけど、ウチらじゃ力になれそうにないゼ」
返答は、芳しくなかった。
分かったのは、これが常識の埒外にある異端なる技術によって行われたということのみ。
秋月は、足で情報を稼ぐことになる。と言っても、今回は、大柿組の組長が殺されたのだ。大柿組は、秋月の調査に全面的に協力することになった。また、風鳴訃堂も、独自に調査をするという。その思惑は、秋月にはわからなかったが、些事だと判断した。
調査方法としては、まず、遺体から除去した剣の組成を調べる。錬金術で作られたモノならば、必ず現実にはあり得ない要素が混じっているのだ。何故そうなるのか? 錬金術とは、元を正せば卑金属──鉄などの金属を、金に変えるための技術だ。現実では、これは不可能であると分かっている。鉄と金とでは、そもそも原子が違うのだ。鉄を金に変えるということは、それこそ核融合なりなんなりして強引に鉄原子Feを金原子Auに変えねばならないのだ。それを行えるのが錬金術である以上、現実にはあり得ぬ要素があったとて何も不思議なことはない。なお、これは本作のみに適用される法則であることを明記しておく。
この凶器を回収したのは大柿組だが、解析はヴァネッサである。全身サイボーグの彼女の目は、電子顕微鏡と同等の視力を発揮できるのだ。
ヴァネッサによって、この剣は錬金術の産物であることが発覚した。炭素分子の特徴が認められたことから、空気中の炭素を金属化するタイプの術式が使われたと考察された。また、非常に細かい意匠だが、ところどころに「Colvac Werstera」という文字が刻まれていた。電子顕微鏡並みの視力を発揮できるヴァネッサでなければ、まず発見できなかっただろう。人名であることは想像がついたため、ここからは大柿組の出番だ。「コルヴァック・ヴェルステラ」という人物の国籍、年齢、住所、性別、そう言ったものを総力を挙げて洗い出す。もちろん、偽名の可能性もある。しかし、偽名なら偽名で、どこかしらに証拠は残る。若い衆が三日三晩徹夜で探した結果、コルヴァック・ヴェルステラの居所が判明した。
まず、コルヴァック・ヴェルステラというのは偽名で、本名は
秋月と切串、そして大柿組選りすぐりの五十人は、一斉に鞭葬の元へ殴り込んだ。と言っても、雄叫びを上げながら蛮族の如く殴り込んだわけではない。リムジンで邸宅──三階建てだった──まで行き、ネット上で話題になった大阪府警の如く、扉を叩いたのだ。違うのは、入ると言った直後に扉をこじ開けたことだ。ちなみに、秋月は、万が一のためにベルトとカードを携帯している。
果たして鞭葬は、二階にいた。二階は広々としたスペースとなっていた。それでも、五十三人が入るには狭いため、代表して秋月と切串が鞭葬と相対することにした。
「何の用だい?」
「惚けるな! お前が、我が父宮ノ原深江を殺したのか!」
鞭葬は、首を傾げた。
「誰、それ」
本気で、誰かわかっていない様子だった。
「惚くともいたづらなり。はやく凶器より、なんぢの偽名見つかれり。かくて、若き衆にとぶらはせしところ、めでたくなんぢの名浮上せり」
「凶器? あ〜、あれのことか! いや〜、先月くらいだったっけ、いい感じにできててよかった〜!」
怒る秋月を意に介さず、実験が成功したとばかりに喜んで見せた。秋月は、最悪の可能性に思い至った。
今回の件は、通り魔のようなものだったのではないかという可能性だ。
「何故、人の命を奪ひき?」
「あ? だってよ、試したいじゃん」
「・・・・・・何?」
「せっかくよ、面白いもんができたんだ。使わなけりゃあ損だろ」
──秋月は、理解した。眼前にいるこの男は、命を奪う覚悟も、
秋月は、己の心が冷えていくのを感じた。
低温火傷、というものがある。低い温度のものでも、触れ続けていると火傷するというものだ。秋月はちょうど、そのような状態になった。
そして、燃え盛るは怨嗟の炎。
轟轟と燃え上がるそれは、まさに悪意。ケミーに触れさせてはならぬ、悪意。
秋月は、ついに抱いてしまったのだ。
「・・・・・・許さぬ」
「お?」
「貴様は、この手で潰し、捻り、引き裂き、轢き、挽き、焼き、結び、抜き、殺し、貶め、その生すらも陵辱し尽くしてやる」
普段怒ると、古文で喋るのが秋月の癖だ。だが、完全に悪意に飲み込まれると、もはや古文で喋ることに脳のリソースを割くことができないのである。
『ジェット・・・・・・! ジェーット・・・・・・!』
ジェットスワローが、秋月に反応する。悪意に呑まれた秋月は、ケミーが融合しマルガムとなるには十分すぎる条件を揃えていた。
「唖々亞、噫亜嗚呼嗟!」
ジェットスワローを取り込んだ秋月は、その姿を怪物に変化せしめた。
胸には、死んで腐り果てた燕の頭が。腕のジェットエンジンは、すでにひしゃげており、プロペラが露出している。足の爪は襤褸襤褸で、もはやまともに機能するとは考えにくい。羽もまた襤褸襤褸で、飛行機としても、燕としてもその役割は果たせない。
秋月は、異形──スワローマルガムとなった。
「なんじゃあこりゃあ! おい秋月、こりゃあどう言うことだ!」
「切串、若い衆を連れて逃げろ。私は今、全てを殺したくて堪らない・・・・・・!」
「チッ、事情は後で説明してもらう! あと、殺すのは俺だ、絶対に殺すなよ!」
切串は、若い衆と共に安全圏に避難した。
そこまでは、スワローマルガムの理性は保った。
「心残りは消えた。これで、心置きなく、
理性が、完全に飛んだ。
スワローマルガム(以下、SMと表記)は、鞭葬に殴りかかった。
ひしゃげたエンジンの拳は、鞭葬の顔面を捉えた。しかし、余裕を崩す様子はない。
何故ならば。
「こうやって、怒ってるとさ、周り、見えなくなるよね〜。だから、こうやって防ぐことも可能ってわけだ」
殴られた部分は、
「宮ノ原深江だったっけ? そいつを殺した技術の応用さ」
「バラす!」
しかし、SMは鞭葬の発言に一切耳を傾けない。傾けている余裕がないのだ。
「バラすバラすバラすバラすバラすバラすバラす─────!」
ただ我武者羅に、拳を打ちつけているだけだ。そして、その全てが、金属光沢によって防がれる。
「はっははは、無駄なんだ、いくらやろうとも! 君が誰だか知らないし、そもそも野郎の名前なんて知りたくもないが、君の行動は全部、僕の前では無駄になるだけさ!」
だが、鞭葬の言葉に怒りを露わにする程度のことは、まだできる。SMは、拳を打ちつける速度を早めた。今までが一秒に三十発であるとするならば、今度は一秒間で九十発だ。それでも、金属光沢による絶対の防御は、崩れることはない。
「というかさ〜。復讐ってやつだよねこれ。でもさ、習わなかったのかい? 復讐なんて無駄だって、さ!」
「バラァァァァァァァアアアアアアアッ! すゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウッ!」
SMは跳躍し、屋根すらも突き破った。ひしゃげているとはいえ、エンジンはエンジンだ。点火すれば、不安定でいつ事故を起こすかわからないとはいえ、動かすことはできる。
そして、SMは、鞭葬を目掛けて急降下した。落下のエネルギーを利用して、ダメージを与えようという魂胆だ。
だが、頭に血が昇っているSMには、気づけなかった。
鞭葬の近くの空間が、歪みを見せたのだ。それに気づいた鞭葬は、さっと退避した。SMの攻撃は、無駄骨に終わったということになる。
「危ない危ない。一定のダメージを一度に受けると、流石にヤ〜バいから、避けて正解だったよ。でも、これは一体なんなんだ?」
歪んだ空間は元に戻っていた。空間の歪んでいた場所には、一人の男が立っていた。和服で、日本刀らしきものを持っている。そして、その顔は、SMにとって見覚えのあるものだった。だが、そんなことがあり得るのか? 眼前の男は、どう見ても老けている。どれだけ若く見積もっても、四十代がいいところだ。
「・・・・・・オマエは」
男を見て冷静さを幾分か取り戻せたSMは、単刀直入に訊く。
「全く、お前らしくもない、兄弟。なんだってこんな野郎のために、理性を失わねばならんのだ」
男は、質問には答えなかった。だが、自分を兄弟と呼ぶ──
今はそう呼ばれずとも、自分と兄弟分であることがわかる。そんな人物は、一人しかいない。
「・・・・・・切串・・・・・・?」
「ああ、その通りだ、秋月。健勝なようで何よりだ」
切串と呼ばれた男は、そう言って鞭葬を睨んだ。
いかがでしたか?
もしこの話を読んで不快に感じられたならば、ブロックしていただいて結構です。そうされることは覚悟の上で、本話を執筆いたしました。
ここで訃堂を出したのは、端的にいうと、人物を掘り下げるためです。本作においては、今の所ゲストに過ぎない彼ですが、戦前から生きているであろうことを鑑みるに、壮絶な過去を背負っていることは間違いない。
で、どうせ出すなら、なんか因縁あったほうがいいか、ということで、宮ノ原深江と交流があったということにした次第です。キャラが違う、という指摘は、真摯に受け止めます。私の中で風鳴訃堂とは、風鳴弦十郎とは別ベクトルのOTONAであると思っています。ただ、響たちと想いの方向が違っただけ。戦前から生きているということは、当然我が国の領土が蹂躙されたことも経験しているはずです。だから、護国の鬼たろうとした。もちろん、作中で、人として許されざる行為をした。それは知っています。擁護もしません。ですが、彼にも正義はあった。いや、戦姫絶唱シンフォギアシリーズに登場するネームドキャラクターは、全員自分にとっての正義を持っている。言い換えれば、矜持であり、誇り。根幹といってもいい。だから、私は、訃堂を単なる悪としては描きたくないのです。
さて、深江をここで殺した件について。何故こんなことをしたかというと、後半でスワローマルガムを出すためです。復讐心だって、悪意じゃないですか。究極を言えば。
秋月だって、これが抗争で殺されたというのなら許せます。だって、自分の父親がまさにそれなんですから。でも、そうじゃない。暗殺で、しかも通り魔。訳のわからぬチャランポランに殺されたというのは、到底納得できぬわけです。
ラストで、老けた切串を出したのは何故かも、ここで説明──釈明しておきましょう。ぶっちゃけていうと、なんとなくです。一応、案はあるんです。背景の。でも、まだ固まり切ってない。いずれ──まあ次回か次々回かに、掘り下げることにいたしましょう。
中盤で、秋月に今の日本について語らせました。あれは、もう100%私の意見です。一々、正座して三つ指ついて──そういうのをいちいち求めてるわけじゃない。人としてあって当たり前の礼儀というものを、今の日本人は、忘れかけているのではないか。そう思っています。礼儀を失えば、秩序の崩壊につながりかねません。今の我が国は、その分水嶺に立たされているのかもしれません。
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