ツバキの接待   作:再構築世界

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第9話 スラム街への来訪者

 その半分近くをただの荒野にされてから2週間が経ったスラム街は、元の落ち着きを取り戻し――てはいなかった。(むし)ろ混乱は日に日に(ひど)くなっている。

 理由は複雑で、簡素(シンプル)だ。

 

 2週間前、アキラとリオンズテイル東部三区支店との抗争は、武力紛争を経て都市襲撃へと発展した。イナベはヒカルを通じてこの抗争の原因を知っていた。そしてリオンズテイル側の主張する建前を都市の重役として知った。だからクロエが死んだ段階で危険は去ったと判断した。

 だからイナベはその日の内に、息の掛かった建築業者にスラム街の復興を指示した。復興の名目があれば建物や道路を都合の良いように自由に配置出来るからだ。誰の都合か。シェリルの都合だ。その為に、瓦礫(がれき)の山から一定の範囲内の建物も撤去して更地にし始めた。

 その辺り一帯をシェリルの徒党の構成員に警備させれば、将来的に新しい下位区画の一部に出来る。そうなれば莫大な地代収入になるし、シェリルにも莫大な警備収入が入るはずだ。そして、スラム街の徒党を民間警備会社として機能させる総合支援強化服の実力。その意味では機領の宣伝にもなるから支援も得られるだろう。実現性は高い。

 それがイナベの目論見だった。その為にいち早く実効支配して主導権を得ておく必要があったのだ。

 

 ところが、都市襲撃の夜に防壁内、厳密には中位区画が大混乱に(おちい)った。地価が急騰し住人が即日で追い出される事案が急増。わずか1晩で治安が急激に悪化したのだ。放送されている番組は全て停止し、都市からの緊急速報だけになり、それは朝まで()まらなかった。翌日に和平が結ばれ抗争が終結したと発表されると一旦は落ち着いた。だが地価は高()まりで上昇を続け、追い出される住人は増え続け、宿泊施設は連日満室、警備会社の留置施設も連日満杯となっていた。

 実際に追い出された事案は1%にも届かなかった。偶然に契約更新のタイミングがその日だった運の悪い者達の内の、さらに超高額のオファーに舞い上がり少々強引な手法を選択してしまうぐらいに地主が欲深だった運の悪い者達だけだったからだ。

 だが高層建築が多く人口密度が高い防壁内で地域人口の1%も路上生活者が増えれば路上に人が(あふ)れる。そうなればトラブルが増え、充分に治安は悪化する。宿泊施設を探して歩き回る殺気立った人々。路上に散らばってしまった荷物を掻き集めている人。それを()けようとしてぶつかったことで始まる喧嘩。深夜まで怒号が止むことは無かった。

 それは路上に留まらなかった。沢山の荷物を(かか)えたまま野宿を余儀なくされた人達が、夜風を()けようとして高層建築の共有部分に無断侵入して廊下や階段、エレベーター・ホールなどを占拠する事案が多数発生。だが住人達が何度通報しても治安維持を担当する警備会社は来なかった。その能力を超える事態に対応し切れず、機能不全に(おちい)っていたからだ。

 外は地獄。守る物はドア1枚。どこからも助けは来ない。いつ終わるのかも分からない。

 

 悪夢の一夜が明けた翌日、上位区画在住なので事態を全く把握していなかった幹部達が超緊急で幹部会を開いた。都市の職員の1割以上が出勤不能だと聞いてようやく事態の深刻さを把握したのだ。その幹部会で第2防壁建造計画を進める案が急浮上する。幸いにして予算の確保は容易だ。実現性は高い。それを発表するだけでもかなり落ち着くはずだ。この荒唐無稽な程にその場凌ぎの案は全会一致で可決し、即時に発表された。

 直後に舞い込んだ和平締結の報。リオンズテイル東部三区支店の敏腕交渉人がアキラに和解金を払わせ、リオンズテイル東部三区支店が勝利した形での終戦。本能の(まま)に暴れ回る暴虐なハンターを企業の理性が抑え込んでの勝利。

 区外の半分近くをただの荒野に変えたレーザー砲が飛び交うことはもう無い。下位区画の住宅街をバターを削るように剥ぎ取っていった巨大ブレードが振るわれることはもう無い。それら理不尽な暴力に企業が勝利し、平和と安全とを取り戻してくれた。

 それは下位区画在住の富裕層に冷静さを取り戻させるには充分な内容だった。一秒でも早く防壁内へ引っ越す必要が無くなったからだ。

 そして冷静さを取り戻せば、第2防壁建造計画は非常に好意的に受け入れられた。主にその金の匂いが。地価の狂乱は、下位区画へと延焼していった。

 

 第2防壁建造計画自体は昔から10年に1回2回ぐらいの頻度で立案され、毎回予算の都合で先送りにされていた。立案資料には毎回似たような想定予算、毎回似たような建造候補地が載っていた。だからキバヤシは発表を聞いた時、その場で早退したのだ。

 同じことに気付いた者はキバヤシだけではない。だからキバヤシは、早退したというのに呼び出されたのだ、イナベに。

 イナベはアキラに直接()かず、シェリルに()いた。アキラに()いてもすぐには話が伝わらずに長くなる。そう判断したからだ。実際、シェリルにはすぐに伝わった。何度かのやり取りの後、都市の職員のキバヤシに()いて欲しいとアキラに言われたと伝えられた。だから呼び出した。キバヤシもそれを予想していたので、準備は既に終えていた。交渉は滑らか(スムーズ)に進んだ。

 アキラに伝手の無い者に好機(チャンス)は訪れなかった。

 

 余談ながらヒカルは、第2防壁建造計画が過去に立案されていたこと自体を知らなかった。入社前のことだったからだ。

 

 その後の2週間、イナベは何だかんだと第2防壁建造予定地の決定を引き延ばし続けた。

 今回の件で、ウダジマの立場は非常に悪化していた。都市から支援を受けていた訳でもないのにあれだけの騒ぎになっても都市に被害を出さなかったアキラと敵対し、逆に都市からの便宜を受けておきながら下位区画に甚大な被害を出し防壁にまで攻撃をしたリオンズテイル東部三区支店に味方したのだ。ウダジマ派はもはや数人のみ。ウダジマの発言力はゼロになっていた。

 そしてヤナギサワは第2防壁建造計画に興味など無い。

 だからイナベが待てと言えば、それは通った。

 その後もアキラの借家の周辺の住人は減り続け、賃料は低下し続け、地価は急落し続けた。最初の頃は、イナベが建造予定地の決定を引き延ばしているのはアキラを引っ越しさせるつもりだからじゃないかと正しく邪推した者達が買い支えた時期もあったが、すぐに諦めた。そんなところで金を寝かせるよりも他の区域の地価高騰に飛び乗った方が確実に儲かるからだ。そうやって底投げされた地価はさらに急落していった。

 だからイナベはほぼ底値で、周辺一帯のそれなりの範囲を買い占めることが出来た。ちなみに底値で買い占めたのは周辺一帯を管理している、アキラに借家を貸していた賃貸業者である。

 

 この第2防壁建造予定地の決定が引き延ばされていた間、同じく引き延ばされていたのが区外、通称スラム街の復興作業だ。

 上位区画の誰かの都合で、下位区画やスラム街の誰かが面倒事を(こうむ)っている。ただそれだけの話だった。

 

           ◆

 

 1機の黒狼が2機の黒狼と向かい合って立っている。1機の黒狼が人型兵器用の銃を構えて腰の落とし方を示す。2機がそれを真似する。1機が後ろに廻って肩を掴んで揺する。

 どう見ても人間の射撃訓練だ。サイズ感が違うだけで。

 

 機動性に難がある代わりに、移動砲台になるだけなら簡単な既存の人型兵器。黒狼は、それとは根本的に異なる。重装強化服の扱い易さと人型兵器の出力とを併せ持った、高性能人型兵器を安価に供給することを目指して開発された製品なのである。

 扱い易さ。その言葉が示す意味には2通りある。初めて触ったのに困ることなく操作出来る。それが誰もが認める扱い易さだろう。素人向けの扱い易さである。素人向けがあるのであれば当然、玄人向けもある。微細な操作が可能で、腕前さえあれば何でも出来る。黒狼は、玄人向けの扱い易さを具備する人型兵器なのだ。

 それだけに、ネリアやロゲルトのような力量のある者が搭乗すれば人型兵器としては無類の強さを発揮する。だが逆も言える。強化服が、慣れるまでは強化された身体能力に対応出来ずに何かするたびに何かを破壊するのと同じ理由で、重装強化服並みの扱い易さを誇る黒狼も、慣れるまでは巨体に見合った身体能力に対応出来ずに何かするたびに何かを破壊するのである。極めて精細な動作補正をしているのだが、何しろ大きさも重量も違うのだ。動作補正にも限度がある。

 

 そんなこんなで頑張って何とか立って歩くことが出来るようになった新兵は、次に射撃訓練をしなければならなくなる。

 その射撃訓練場として選ばれたのがここ、復興中のスラム街で働く作業員を護衛する仕事の現場だ。定期的に動く的が来るので、索敵警戒の訓練にもなる。しかもどんなに反撃されても傷一つ追わない。しかも仕事! 訓練なのに金が貰える! 太っ腹! 素晴らしい現場を紹介してくれてありがとうイナベ区画長! 

 そう言っている内に、何人かの集団がこっそりと近づいて来た。目的地は間にある大型の建築物のようだ。後方で重機を使って作業している作業員には影響は無さそうだが、新兵の射撃訓練の的なのだから撃たれてもらう。

 先ずは片方に撃たせる。一発も当たらない。もう片方にも同じだけ撃たせる。やはり一発も当たらない。

 新兵が生意気にも砲撃したがったので、少し考えてから許可してやった。というのは、目的地と(おぼ)しき大型の建築物も撤去予定なことを知っているからだ。結構頑丈そうだから、砲撃が当たってヒビでも入れば撤去作業も楽になるだろう。そう考えたのだ。

 許可してやったら、盛大に()(ぱな)しやがった。なのに全部外れどころかひっくり返ってやがる。訓練だから、ひっくり返るのは想定内だ。だから作業員達が働いている場所からは離れている。大丈夫だ。

 ひっくり返った方は、終わったら整備品の在庫の棚卸な。

 

           ◆

 

「ボス! 大丈夫っすか!?」

「俺は大丈夫だ。お前らは? 全員無事か?」

「大丈夫っす」

「誰も怪我一つ無いっすね」

「あいつら正気か!? あれは人様に向かって撃って良い弾じゃねえぞ?」

「どうするんすか、ボス。拠点にあった物資は全部諦めるんすか?」

「諦められるわきゃねえだろう!」

 この男達は、このあたりを縄張りにしていた結構大きな徒党のボスと幹部達だ。2大組織が健在だった頃は中規模扱いされていたが、大規模抗争の後は大徒党の一つに数えられていた。2週間前までは。

 

 3週間前にアキラが賞金首のままスラム街に入った時、縄張りがシェリルの拠点から離れていたので影響は無いと判断し、スラム街に居続けた。

 2週間前の都市襲撃の時には、シェリルの暗殺を目論んで総出で攻撃しに行った。元エゾントファミリーの縄張りの分割で、お世辞でやっと中堅としか言えないような弱小徒党のシジマの下につかされることになったからだ。シェリルさえ、アキラさえ居なければシジマ如き、睨んでやっただけで何も言えなくなるくせにだ。分不相応な利権を貪った報いを受けさせてやる。

 結果は、総合支援強化服を着たシェリルの手下に惨敗。装備が良いとは聞いていたが、まさか全員が強化服を着ているとは思わなかった。しかも、こっちは索敵機器を使っていたのに向こうから一方的に撃たれ続けた。その上、(すご)い強いハンターを何人も雇っていた。銃はしょぼいのか当たっても致命傷になることは少なかったが、それでも撃たれ続ければその内死ぬ。少しずつだが数は減っていく。他にも襲撃者は沢山居たが似たような状況で、こっちの死体ばかりが積み上がっていった。

 大型の重装強化服が景気良く進撃して行くのを見掛けたのでついて行ったら、突然レーザー砲らしき物で狙撃されて大型の重装強化服が真っ二つにされた。大型の重装強化服が打ち出そうとしていたミサイルが後ろに飛んで来て周辺一帯に()り注いだので慌てて逃げ出した。爆発が収まってからレーザー砲が来た方へ皆で撃ちまくった。死体が無かったので逃げられたのだろう。

 その後も何度か戦車や人型兵器が吹き飛ばされるのを見た。数が半数以下に減ったこともあり、残念だが勝機は無いと判断し、撤退した。拠点に戻ったら向こう側の建物が荒野まで全部が瓦礫(がれき)の山になっていた。翌日の報道で知ったのだが、超大型の多脚戦車の主砲で薙ぎ払われたらしい。運良く拠点まで届かなかっただけのようだ。知っていたら避難したが、その時は何が起きたかは分からなかったから、仕方なく拠点に立て篭もっていた。そしたら大量の異形のモンスターが襲って来た。死ぬ気で応戦して、異形のモンスターの襲撃が薄くなった時を狙ってわずかな生き残りを伴ってスラム街を脱出。下位区画にあるハンター向けの宿屋に避難した。

 翌日、和平締結の報道を見て戻って来てみたら、拠点を含む縄張りの半分以上が復興作業で立入禁止になっていた。

 

 以来2週間、最低でも拠点の物資を取り戻そうと奮闘している。何よりも金がまだ拠点にあるのだ。

 縄張りは半分近くは無事だが、人数が減ったので縄張りを維持するのも管理するのも出来なくなっている。それを知って縄張りを奪いに来ているやつらも居る。縄張りの全部が消失したり立入禁止になったりした徒党の連中が、縄張り荒らしをしているのだ。そいつらと戦うにも弾が足りない。弾の備蓄も拠点にあるのだ。

「もう人数もこれだけなんすよ、縄張りを手土産にどっかの徒党に入れてもらわねえとやってけねえんじゃないすか?」

「そうっすよ、ボス。縄張り荒らしが結構来てるんすよ? 奪われてからじゃ手土産さえ無くなっちまうっすよ」

 前までは弱小だった徒党でも縄張りが無事だった所為で、縄張りがただの荒野と化した徒党が丸ごと加入するなどして規模が大きくなっているところがいくつかある。それが悔しいことに、騒ぎの発端のはずのシェリルの徒党の周辺に多いのだ。

 まるで、あの騒ぎがシェリルの策略であったかのように。

 

 これには理由がある。

 一つには、シェリルの徒党の周辺に縄張りを持つ徒党は、ほぼ全員が避難したからだ。計画的な避難なので物資も可能な限り持ち出していたし数日経って落ち着いてから、改めて持ち切れなかった物資を取りに来たりもした。

 避難場所は色々だ。例えばスラム街のシェリルの徒党の拠点から離れた端の方を縄張りにする徒党に頼んで避難させてもらうとかだ。知り合いなど伝手があって、現金などのちょっとした手土産を出せる場合だ。或いは少人数であれば、同じように端の方の縄張りの中にある重要ではない場所の廃屋などに住む方法もあった。人通りの無い路地裏や、崩れている廃屋が連なっている場所のような、勝手に住み着いている者が居ても態々(わざわざ)排除しないような重要ではない場所も意外と多いからだ。そして金があるなら、下位区画にある宿泊施設に避難したり荒野仕様の車両に車中泊する方法もある。

 そうやって避難したので人的動産的な被害がほぼゼロだったのだ。

 一つには、リオンズテイル東部三区支店側の事情があった。当然だが、クガマヤマ都市と態々(わざわざ)敵対したい訳ではない。だから防壁は勿論(もちろん)、下位区画でさえも巻き込まないように気を配って位置取りしていた。その結果、下位区画と荒野との間、下位区画の周囲にあるスラム街を、シェリルの徒党の拠点との延長線上に下位区画を含まないような位置に展開、攻撃したのだ。これはある意味で、シェリルの徒党の拠点から最も遠い場所から攻撃を開始したと言える。特に都市侵攻用巨大多脚戦車の主砲だったレーザー砲は、百万が一にも下位区画に向かわないように接線方向へと撃った。言い換えると、シェリルの徒党の拠点以外の場所の被害が最も大きくなるように撃ったのである。

 しかも情報収集妨害煙幕(ジャミング・スモーク)の所為で有効射程と速度と威力が減衰していて届かなかったのだから、シェリルの徒党の縄張り以外の場所を破壊しただけの結果に終わった。その上それを終わらせた対滅弾頭が使われたのもその発射地点、つまりシェリルの徒党の拠点から最も遠い場所なのだ。

 だからシェリルの徒党の縄張り周辺は、都市襲撃による被害を受けた中では、不動産的被害が最も少ない場所なのである。

 一つには、アキラがシェリルの徒党の拠点に被害が出ないように、なるべく拠点から離れた位置に移動して戦ったからだ。周囲に展開している構成員やドランカムにも流れ弾が当たらない方が良い。バイクの機動力を活かして離れた場所まで移動して戦った。

 シェリル暗殺に動いたハンターも多かったし、戦車や人型兵器を持ち出して来た者も居た。だがそれも、リオンズテイル東部三区支店が用意した都市侵攻用兵装の部隊に比較すれば、誤差の範囲の被害でしかなかった。

 

 こういった事情が重なり、シジマの徒党を始めとしたシェリルの徒党の近くの徒党には手土産を持った加入希望者が殺到している。

 シェリルの徒党にもだ。大人は門前払いしているので大半は3週間前に逃げた構成員だ。再加入後の扱いはかなり悪くなる。それでも子供が他の徒党に行った場合よりもましな待遇だ。他の選択肢は無い。

 

           ◆

 

「ボス。ちょっと良いか?」

「良い訳ねえだろうが見て分かんねえのかてめえは目ん玉失くしたのか!?」

 この2週間、シジマは忙殺され続けている。3週間前に、幹部は現金や物資を持って下位区画のハンター向けの宿屋に避難していた。下っ端は徒党が所有している荒野仕様の車両に、換金の難しい物資と共に分乗して、スラム街の端の方のさらに外の荒野で車中泊していた。

 

 そして都市襲撃の当日深夜にリオンズテイル東部三区支店に半ば拉致されるようにして呼び出され、脅迫混じりの依頼をされた。アキラとの和平交渉の交渉人になれと。

 当然、可能な限りの役得は貪った。莫大な報酬に加えて守秘義務の契約金をゼロにした追加報酬、そして何よりも和平成立の情報。シジマは、和平成立をリオンズテイル東部三区支店に報告するより先に部下に伝えて、縄張りや管理地を押さえろと命令したのだ。

 残念ながらリオンズテイル東部三区支店は、報告したら即時に公表、報道してしまった。だから他の徒党に先んじて実効支配が出来た場所は期待した程多くはなかった。だが報道に気付かず出遅れて縄張りの一部を失った徒党が少なくなかったことを考えれば、最悪の事態は()けることが出来たと言える。

 

 金も物資も人も建物も車両も全部無事で、莫大な報酬を受け取り、復興作業の場所も縄張りから遠く離れている。だから異形のモンスターの死体を捨てたり、武装車両を巡回させて武力を誇示したりして治安維持に努める様子を見せることで実効支配をアピールするのに不都合は無かった。

 1週間放置されていた縄張りや管理地をその間も管理していた徒党から文句は来た。だが、それ等の徒党は異形のモンスターの襲撃で構成員が激減していた。今までは管理していたかも知れないが、これからは管理出来ない。つまり通常の手順で縄張りを奪ってやるだけだった。

 間も無く、シジマの徒党の装備が異常に良くなっているのに気付いた者達から、リオンズテイル東部三区支店に莫大な金で雇われてアキラに金を払わせる形での和平交渉を(まと)めた交渉人が実はシジマだったと情報が漏れた。3度目を求める者が現れて欲しくなかったシジマが箝口令を敷いていたのだが、ボスの快挙を自慢に思う部下が漏らしてしまったのだ。

 アキラはシェリルに入れ込んでいて、そのシェリルに手駒として便利に使われている。なのにシェリルは利権を渡すなどしてシジマの徒党と仲良くするように務めている。これは媚びているとも言える。アキラの名前を使えばシジマ如きどうとでも出来るはずなのにだ。そしてシジマは、アキラに負けを認めさせる交渉を勝ち取った。そこから導き出されるシジマの立ち位置は――加入希望者がシジマの徒党に殺到した。

 

 加入希望者の増加も仕事を増やすが、それは大きな問題ではない。大きな問題とは、端の方の一部を除いたスラム街全域で、一斉に縄張りが滅茶苦茶になったことだ。それに(ともな)う混乱で徒党間の揉め事が飛躍的に増加しているのだ。

 それだけなら勝手に殺し合え知ったことか、という話なのだが、それでは済まされない場合がある。揉めた徒党の両方が元エゾント・ファミリーの縄張りである現シェリルの徒党の縄張りを委託されて共同管理している徒党同士だった場合だ。その利害調整は管理を統括するシジマの仕事だと決まっている。そして人も金も武装も大幅に失った方の徒党に殺し合う選択肢は無い。無理でも無茶でも無様でも、シジマに問題解決を強硬に押し付けるしか無いのだ。

 

 もはや、別の徒党のチンピラ同士が女を取り合って殺し合った程度の話がシジマの耳に入ることは無い。どちらもこちらもそれどころではないからだ。

「結構デカかった徒党が縄張りを手土産に下につきたいって来た。それだけなら問題()えんだが事情がヤバい」

 聞けば人も拠点も物資も武装もほとんどを失い縄張りも半分以上が復興作業で立入禁止。残った部分も縄張り荒らしが頻繁に来ているという。最悪即戦争、もしくは事実上の手土産無しで加入を認めることになる。

 縄張り荒らしを抑えられるだけの人数を出せるのか? シジマが悩んでいると、さらにそれどころではない話が飛び込んで来た。

「大変だ! ボス! 坂下重工がシェリルに会いに来る! 都市の防衛隊が通過する道路とその周辺の廃ビルを制圧してる!」

 

           ◆

 

 いつ来るかはもうすぐ決まる、来るのは多分2人だ。そう聞いたシェリルは、4ヶ月前にイナベが来た時のような騒ぎにならなくて済みそうだと安心した。アキラが情報端末に連携している屋内通信経由の短距離通信で連絡してきただけというのは少し寂しい。だが拠点はすっかり広くなった、準備に奔走している自分を探して歩き廻るのが現実的ではないぐらいに。成り上がるのも良いことばかりではない。だが成り上がらなければならない。やっとアキラの役に立てた。これからもアキラの役に立ち続ける。誰よりも。どの女よりも。

 そんなことを思いながら準備を済ませて一息()いた頃、イナベから直通の通話要求が来た。

 

「はい? いえ、失礼しました。全てでしょうか?」

「そうだ。今日の予定は全てキャンセルしてもらう」

「まさかとは思いますが、また昨日のように統企連所属の方がいらっしゃるのでしょうか」

流石(さすが)にそれは無い。都市の幹部だ。役としては私よりも下だが実際は私よりも上で、ああ、以前にも話したことがあったな、ヤナギサワという男だ。私も一緒に行くが、情けないことに道案内と、君への紹介役だ。何の為に会いに行くのかも聞かされていないのだよ」

「それは……困りました。実はこれから坂下重工の方がお見えになるのです」

「なんだと? 坂下重工? 確認するが、統企連を構成する五大企業の一つである、あの坂下重工で間違い無いかね?」

「はい、間違いありません。ですのでこの後の予定は全て空けてあるのです。今はその準備を終えて、御連絡をお待ちしているところです」

 

 イナベが確認して掛け直すと言うので、シェリルは急いでアキラに連絡した。イナベからの通話要求を待たなければならないので部屋に行くと言って。部屋に向かう途中で迎えに来たアキラと合流した。来た道をアキラと一緒に戻る。

 

「はい。ヤナギサワという方で、イナベさんよりも上だそうです」

「だったら大丈夫だ。坂下がここへ来ると言ったら、ヤナギサワってやつがここまで送り届ける、書類も都市の責任で持って行くって言い出して、書類を渡さなかったらしい。時刻や人数が決まったら改めて連絡するつもりだったそうだ」

 シェリルから連絡を貰った直後に、シロウに念話で確認したのだ。それをそのまま伝える。

「そういうことでしたか。やっぱりネリアを口封じに?」

「それは流石(さすが)に無い。4千億オーラムの賠償以前に坂下を敵に廻すことになるからな。口封じなら別の機会にする。だから本当に居るかどうかを確認しに来る程度だと思う。それぐらいなら情報屋に頼むとか誰か適当な職員を遺物販売店に来させるとかすればいくらでも分かることだからな。頑張って今防ぐようなことじゃない」

 珍しくアキラが饒舌に説明したのでシェリルは少しだけ驚いた。だがアルファは驚いていない。以前からアキラはネリアに対して複雑な基準を持っていることを知っていて、既にその基準の解析は終わっているからだ。

「そうしますと、イナベさんとそのヤナギサワさんとが来るので最低でも4人ですね」

「前にイナベが来た時は護衛が4人来たよな?」

「はい。今度は護衛が16人の合わせて20人でしょうか」

「坂下の2人の片方は護衛だから、その2人の分の護衛は無いと思う」

「それでも12人ですか。大きい応接室に変更した方が良いですね」

「イナベより偉いんなら護衛も増えるかも……」

「やっぱり一番大きい会議室も押さえておきます」

「その、ごめん。俺が中途半端に人数なんか言った所為で(かえ)って二度手間三度手間になっちまったな」

「いいえ、何も分からないのが一番困りますから。会議室を押さえるぐらいどうってことはありません。徒党の構成員を混乱させない為のものでしかないんです。今日は元々誰も使う予定が無かったので全く問題はありません。それで問題が起きるようでしたら、最初から押さえたままにしておきますよ」

 

 そのまま準備した色々の変更の為に、二人で拠点内を少しだけ速目に歩きながら戻っていく。

 

「そういえばネリアは一緒じゃないのか?」

「拠点の中で護衛はつけませんよ。アキラも拠点の中ではいつも一緒という訳ではなかったではないですか」

 いつも一緒に居てくれたら嬉しいですが、と心の中で付け加える。

「確かに。そうか坂下が来た時に護衛で呼び出すのか」

「そうですね。口封じされる心配が無いのであれば連れて行った方が良いかも知れません。色々と証明にもなりますし」

「何度も言われたら心配になって来たな。ネリアは確か、ヤナギサワの護衛をしてたって聞いた気がする」

「後でネリアに()いておきます」

 

 間も無くイナベからの通話要求があり、アキラから聞いた内容を改めて聞かされた。護衛の人数を()いてみたら、拠点の内部までついていくだけで30人だと聞かされた。

 会議室まで移動するのに問題が出る。そう判断したシェリルは、大急ぎで一時滞留積荷倉庫(アキュームレイティング・ストレージ)に椅子やテーブルを運び込ませて臨時の応接場所にした。

 情報端末でエリオに(つな)いで、状況を説明。武力要員達に迎える体制を調(ととの)えさせた。

 

           ◆

 

「我々はクガマヤマ都市防衛隊である! 現在経路確保作業中である! 即時退去を求む! 即時退去を求む! 我々の指示に従わない場合、都市への敵対行為と判断する可能性が生じる! これは即時駆除対象の認定を含む!」

 路上の瓦礫(がれき)を撥ね飛ばしながら人型兵器がスラム街の道路を、足の裏にある移動機能を使用して路面を滑るように移動している。その人型兵器の外部スピーカーから合成音声で協力要請が放送されている。その人型兵器を追いかけるように重装強化服を着た兵士が周辺のビルを制圧していく。戦場を知らない者からすると、都市へ侵攻しているようにしか見えない。

 人型兵器と兵士との行列は、一定間隔と辻々とに歩哨として一部を残して周囲を警戒しながら経路を確保していく。こういった破壊力よりも柔軟な運用が必要な場面では戦車よりも人型兵器が有用になる。威圧感も違うので確保もし易い。

 下位区画ではそこの警備会社が経路確保を行なっていたが、スラム街には警備会社は無い。徒党がその役目を果たしているが、それは都市が求める水準には程遠い。だから防衛隊が派遣されているのだ。

 娯楽の少ないスラム街では見物人が押し寄せる。そして威嚇射撃される。

 

「それで、何でシェリルだの坂下重工だのだって分かったんだ?」

「さっきまでシェリルんとこのが(すげ)え慌ててたんで()いてみたんだよ。そしたら坂下重工がシェリルに会いに来るって言ってやがったんだ」

「ヴィオラが流した語弊混じりの噂って訳じゃなさそうだな。確実って訳じゃねえが、間違い()えだろう。坂下重工がシェリルのところに来た。他の徒党から()かれたらそう答えろ。この件に関する会議を要求してきたら、日時を調整中とだけ答えておけ。開くとしても、俺が先にシェリルから事情を聞いてからだ」

「了解。何ヶ月か前にも似たようなことがあった気がするぜ」

「ああ、都市の幹部が来た時だな。今度も本当なんだろうぜ。全く、どういう成り上がり方だ」

 シジマは今回の騒ぎとその調整に掛かる労力を想像して眩暈を感じた。溜息を()く元気も出て来ない。

 

「こっちだ」

 シェリルの徒党の拠点の敷地の入り口で、エリオが中へと先導する。その後を数名の、重装強化服を着た都市防衛隊がついていく。拠点の建物のやや端の方、駐車場に近い方にある大きな入り口を開いた。中に案内する。

 そこは一時滞留積荷倉庫(アキュームレイティング・ストレージ)だ。貨物車が入って来て、一旦荷物を()ろす場所。何台もが同時に作業出来るように結構な広さがある。ここで降ろした荷物は仕訳され、徒党や遺物販売店などの在庫保管場所(ストック・ルーム)へと運ばれるのだ。

「どうした?」

 エリオが()まったので、防衛隊の一人が()いた。

「ここだよ」

 それにエリオが短く端的に(こた)える。

「は? ここって……ここに呼ぶ気か? 坂下重工を!? お前、正気か?」

「あんたらみたいな重装強化服を着た護衛が30人も来るんだろ? 入り切らねえよ。いや入れる部屋はあるけどさ。制圧して安全確保したいんだろ? この建物の奥にある部屋じゃ困るだろ、お互いにさ」

「そりゃそうだが、お前、心証ってものがあんだろ。坂下重工だぞ? 都市のお偉いさんでも誰も逆らえないんだぞ? 心証を悪くしたら不味(まず)いんだぞ? 分かってんのか?」

「分かってるけどさ……ここはスラム街なんだぜ? ふかふか絨毯の真っ白なお部屋じゃなきゃやだー、とか言われても普通に無理だろ?」

「だからって倉庫で立ち話は無いだろう」

「おっと、悪い。立ち話じゃないんだ。これこれ」

 エリオはそう言うと、壁に立て掛けてあった折り畳み式の椅子とテーブル、その横にある大きな袋に入ったクッションのある場所へ案内した。

「これからこれを広げて並べるから、好きなだけ調べてくれ。この倉庫の入り口は今来たとこと、そっちのが隣の駐車場に(つな)がってるのと、あっちの段の上にある中に(つな)がってるのの3箇所だ。それとお茶とお茶請けぐらいは出すつもりなんだけど、それも調べんのか? 毒とか?」

 そうやって物怖じせずに重装強化服の防衛隊と話せているエリオは、スラム街の少年には見えない。若いが実力あるハンターに見える。防衛隊主導の作戦に参加して、共同で下準備をしているようだ。アリシアが見ていたら惚れ直したかも知れない。

 

           ◆

 

 緊急で呼ばれた都市防衛隊の工兵部隊が地面の穴を埋め瓦礫(がれき)を取り除いたスラム街の道路を、都市仕様の要人輸送車両が、坂下重工の社標が付いた物が1台と都市の社標が付いた物が1台、都市の社標が付いた何台もの荒野仕様の武装車両に囲まれて通過して行く。道路の左右と辻々とには、人型兵器と重装強化服を着た兵士とが歩哨を務めて安全を確保している。そして要人輸送車両が通過したら、制圧は解除された。

 人型兵器と兵士による回廊の終着点は、シェリルの徒党の拠点である。

 武装車両は拠点の門の前を通り過ぎ、中に入らないで()まる。要人輸送車両だけが拠点の門から中に入り()まった。すぐに防衛隊の兵士30人が取り囲み、6人と24人との二重の防御円陣を形成する。車の中から、ハーマーズ、ヤナギサワ、シロウ、イナベが()りて来た。全員が()りると30人が取り囲んだまま一時滞留積荷倉庫(アキュームレイティング・ストレージ)へと移動して行った。

 中には中央に大き目のテーブルと人数分の椅子が用意されていた。それを防衛隊の兵士24人の外側の防御円陣が飲み込むように吸収する。

 待っていたのは4人。シェリルとヴィオラが椅子の前に立っていて、それぞれの護衛としてネリアとババロドが椅子無しに立って左右を固めている。

 イナベが、ネリアが居ることに驚いて思わず()いた。この女はヤナギサワの護衛をしていたはずだ。

「君は……何故(なぜ)ここに?」

「債権者の意向よ」

 それにネリアが(こた)える。イナベは債権が譲渡されたことをまだ知らない。誤解してヤナギサワに訊ねる。

「そうなのかね? 彼女を使うならば防衛隊でこれほど厳重に固めずとも良かったのではないか?」

「俺の意向じゃないさ。新しい債権者だよ、多分ね」

「新しい債権者?」

「はい、イナベ様。私共の方へ匿名出資があったのです。それが現物出資で、彼女の債権でした。ですので私の護衛に使っております」

「ヤナギサワ。彼女の債権は都市の名義で出資する限度額を超えているだろう。幹部会で稟議を――」

「悪いんだけどさ、イナベさん」

 イナベが話しているところへシロウが割り込む。

「俺達はその話をしにここまで来たんだよねー。だからその話について知りたいなら、早いとこ紹介をお願いしたいんだなー。なあシェリルさん」

 見知らぬ少年から名前を呼ばれてシェリルは驚いたが、平気な顔をして返事をした。

「そうですね。皆様どうぞおかけ下さい」

 シェリルに勧められて、3人は座った。ハーマーズだけはシロウの後ろに立ったまま控える。ネリア、ババロドと同じように。

 

 イナベはシロウとヤナギサワに紹介する。

「こちらがシェリルです。ここの徒党の主であり、また私が個人的に出資している遺物販売店の主でもあります。隣がヴィオラ。シェリルの部下の情報屋で、クガマヤマ都市からも何度か正式に依頼を出したことのある優秀な事件屋で、忠誠心らしい忠誠心を持たない危険な策謀家で、(たち)の悪い女です。シェリル、ヴィオラ。そちらがシロウさんだ。坂下重工の所属だ。今日はシロウさんがシェリルに用があって来た。決して失礼の無いように。こちらがヤナギサワ。我等が都市の幹部であり、また長期戦略部遺跡管理課クズスハラ街遺跡係遺跡攻略主任を務めている。例のツバキとの取引を成立させた男だ」

 紹介を終えた途端に、シェリルが立ち上がった。

「初めましてシロウ様。その節は本当にお世話になりました。あの助けがなければ、私達全員アキラを除いて誰一人助からなかったものと思います。徒党構成員一同を代表して厚く御礼申し上げます」

「アキラから聞いてたのか? 秘密だって言っておいたのに。あいつ意外と恋人には甘いんだねー」

「いいえ。聞いていませんでしたが、お渡ししましたこのビルの警備システムの権限のアカウント名がシロウとなってましたので」

「そういえばなってた。確かに。気付かなかったぜ。俺が作ってたらそんなヘマはしないんだが、そうだよな。アキラはただのハンターだもんな。そこまでセキュリティ意識を持てって言うのも酷だよな」

 ヤナギサワも驚いて()いた。

「シェリル君は、シロウ君とは会ったことが無かったのかな?」

「はい。今この時が初めてです」

「その節っていうのは、半月前の都市襲撃だろう? シェリル君はその時ここに居なかったのかな?」

「いいえ、居ました。居ませんでしたのはシロウ様の方でして、知人の紹介で情報収集妨害煙幕(ジャミング・スモーク)の無力化や通信障害の対策、防衛戦の指揮などを遠隔でして下さいました」

「へー、あれ遠隔だったんだー」

 全然信じていません。そうとしか聞こえない口調でヤナギサワは言った。オリビアとの取引を優先させる為にシロウの身柄を確保しには行かなかったが、あの時シロウはここに居たとヤナギサワは確信している。答え合わせが出来ないのは残念だが、大きな影響は無い。

 イナベはそれに気付かず、当然の疑問を口にした。

「ん? 通信障害が対策出来たのなら、総合支援システムが指揮出来たのではないか? シロウさんの方が指揮が上手だったということか?」

「あー、違う違う。そっちはそっちでそれとは別に、大物殺し用に1人、アキラのお古の強化服と銃を持たせたのを(ほう)り込んだんだ。そいつの指揮だよ。他のやつらは総合支援システム? ってのが指揮をしてたよ」

「それは良かった。実はこちらはその総合支援システムの試験運用の意味合いもありましてね。あの時の戦果は開発元の機領でも大いに注目していて、宣伝に使っているのですよ。それが実は総合支援システムの指揮ではなかった。そんなことになるのかと冷や汗を掻きましたよ」

「シロウ君は何でシェリル君を助けたんだい?」

「あのまま護衛に死なれたら困るところだったからな。あんたも知ってる、月定(つきさだ)のエージェント()()()()ハンターだ」

 シロウの言葉を聞いてシェリルが疑問を抱く。

月定(つきさだ)? 月定(つきさだ)というのは、五大企業の一つの月定(つきさだ)層建でしょうか?」

 だがすぐにイナベとヴィオラから身振りで()められた。

「駄目よ、ボス。知りたがりは早死にするわ。今の言い方を聞いたわよね? 月定(つきさだ)のエージェント()()()()ハンター。そんなハンターはいくらでも居るわ。エリオ達だってそうでしょう? 意味の無い言い方だわ。そういう言い方は二人だけに通じる言い方で、つまり二人だけの内緒話なのよ。内緒話に聞き耳を立てた上に図々(ずうずう)しくも意味を()くなんて、美女としての(つつし)みに欠けていると思わないかしら?」

「私が美女かどうかはともかく、言いたいことは分かりました。失礼しました。物を知らない若輩者と鼻で笑っていただけると助かります」

 シェリルはシロウとヤナギサワとに謝った。どちらも気にしていないので問題は何も無い。ヤナギサワが話を変える。

「そう言えば君達のボスのアキラ君が来てないけど、問題は無いのかな?」

 ヤナギサワは遠慮無く()いてみる。この徒党はアキラの事実上の支配下にある。イナベと共謀してここへ引っ越したのも知っている。アキラの情報を軽く集めておこうと考えたのだ。アキラは旧領域接続者であり、旧領域接続者は少ない。月定(つきさだ)層建のエージェントか坂下に(くだ)ったかがはっきりしないが、いづれにせよシロウの代わりに使う候補に挙げてある。坂下重工からシロウを借り受ける話が難しくなりそうだからだ。勿論(もちろん)、なるべくならアキラは()けたいと考えている。

「ご安心下さい。アキラは私の恋人であって、私達のボスではありません」

 これで都市と坂下重工公認の恋人だ。そう思ってシェリルは余計な修飾語を追加しつつ説明する。

「それにアキラに関係がある話ではありません。アキラは昨日から先程まで徹夜で非常に厳しい依頼を請けていたそうで、非常に疲れていますので自室で休んでいます」

「なんだよー、顔ぐらい出してくれても良いのに。友達甲斐(がい)の無いやつだな。キャロルさんも居ないのか?」

「シロウさんはキャロルをご存じなのかしら? 私の友人なのよ。お望みでしたら今から呼びましょうか?」

 ヴィオラが口を(はさ)んだが、シェリルに手で()められる。シロウが来た時にはヴィオラは既に逃げていて居なかったので知らないのだ。

「シロウさんを私達に紹介してくれたのがキャロルさんなのです。キャロルさんはあれからこちらには来ていません。今お聞きの通りヴィオラの友人ですので、以前からヴィオラが呼んだ時ぐらいしかこちらには来ないのです」

「居ないのか」

 ハーマーズが(つぶや)いた。それを聞き付けたシロウが驚いた顔で振り向く。それに気付いたハーマーズは目を逸らした。

 

 その後もしばらくの間、互いを互いの知識範囲内で何者かを識別する為の雑談という名の情報収集が続いた。

 

           ◆

 

 ヤナギサワが、見るからに頑丈そうな保管ケースをテーブルの上に静かに置いた。(ロック)を外すと、くるりと向きを変えて蓋を開けた。中に入っている分厚い書類の束を指でぱらぱらとめくって、シェリルとヴィオラに見せる。

 それを差し出すのかと思ったら、そのままシロウを見た。

「どうしたんだ?」

「これを誰に渡すのか。誤り無く指定して欲しい。シロウ君。君が指定した人物にこれを渡せば、クガマヤマ都市は責務を果たしたことになる。だが君が指定する人物を誤れば、坂下重工だけでなくクガマヤマ都市も甚大な被害を受けることになる」

 シロウが少し緊張した様子で(こた)える。

「シェリルさんに」

 それを受けてヤナギサワは、シェリルの方へ保管ケースを移動する。

 シェリルはヤナギサワを見て頷いた。

「ヴィオラ」

 呼ばれたヴィオラが保管ケースを受け取ろうと手を伸ばしたら、ヤナギサワが保管ケースを取られないように引き寄せた。

 ヴィオラが不思議そうな顔をする。

「申し訳ないがシェリルさん。貴女(あなた)が直接受け取ってもらわなければならない。貴女(あなた)が受け取った後ならば好きにしてもらって構わないが、受け取るのは貴女(あなた)だ」

 ヤナギサワが先程までの軽い雰囲気を微塵(みじん)も感じさせない重苦しい雰囲気で言う。シェリルは元より逆らう気など無い。

「分かりました」

 改めて保管ケースが差し出され、シェリルがそれを両手で引き寄せる。

 と、明らかにヤナギサワとシロウが安堵する。

「これで(よろ)しいでしょうか?」

「ああ、大丈夫だ。すまなかったね、こちらにも事情があったんだ」

「お気になさらず」

「では確認してくれ。持参人式債権譲渡契約書だ」

「初めて見ましたが、随分(ずいぶん)と枚数があるのですね」

「それはもう、ネリアがそれだけ(すご)いことをやらかしたってことだよ。額面は聞いてるかな?」

「大体4千億オーラムだと聞いています」

「捕まえられた実行犯で按分した結果でそれだから、総合計はその何倍もあるんだよね。それだけの資料となると、それぐらいの量になってしまうんだ」

「なるほど、持参人式だからなのですね」

「そういうこと」

 ヤナギサワは指をさすような手振りに加えて、ウインクをして見せた。シェリルは一瞬だけだが顔を強張(こわば)らせた。だから(あき)れ顔になるのは防げた。

「一応、同じ内容の汎用規格の記録媒体を入れておいたんだけどね?」

 書類の存在感に比較するとあまりにも控え目なそれは、確かにあった。

 

           ◆

 

 持参人式債権譲渡契約書が問題無く渡された。それをお互いに確認した。それは周囲に居た護衛にも伝わった。護衛の中の一人がヤナギサワに()く。

「主任。これで護送完了で良いんだよな?」

「大丈夫だ。ご苦労さん! 気を付けて帰ってね!」

「了解! 任務完了! C班撤収!」

「「C班撤収!」」

 周囲を固めていた30人の内の23人が復唱した。そしてヤナギサワに()いた者を含めた24人が臨時応接室となっていた一時滞留積荷倉庫(アキュームレイティング・ストレージ)から出て行った。

 

 6人の護衛が残った、と思っていたら閉じつつある出入口の外が騒がしくなるのが見えた。持参人式債権譲渡契約書を護送してきた人型兵器や兵士達が撤収を始めていたのだ。

「本当にこれの護送だけの為に人型兵器まで出して来たのね。流石は4千億オーラムの債権、と言いたいところなのだけれど、採算は合うのかしら?」

 ヴィオラが驚いた振りをしながら()く。それにヤナギサワが胡散臭い笑顔を浮かべて(こた)えた。

「もしもそれが4千億オーラムの債権譲渡契約書を運ぶのに採算が合うのか、という意味なら全然合ってないねー。さっきも言ったけど、こちらにも事情があったんだ。その事情を考え合わせれば、採算がとれるのさ。そしてその事情が何かに関しては、君の耳に届くことは決してあり得ないから心配は要らないよ」

「心配ならオーラム経済圏から出ておくことをお勧めするぜー」

「シロウ君、そういう不安を煽るような発言は控えて欲しいんだけどなー」

 

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