ツバキの接待   作:再構築世界

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第10話 スラム街の未来

 やらなければならないことが終われば、やるべきことをやらなければならなくなる。

「ところでだな、シェリル」

「はい、イナベ様」

「4千億オーラムもの増資となると、色々と――」

「配当のことなら、安心してもらいたいわ」

 言い掛けたイナベに、ヴィオラが笑顔で割り込んだ。

 シェリルの徒党の構成員の武力要員の大半はハンターになり、名前の無いハンター徒党に所属していることになっていた。これは、ハンター徒党がハンター・チームと同様の任意団体であって、それ自体にもその構成員にも、登記や登録申請などが無いからだ。

 これを民間軍事会社として起業し、ハンター徒党でもある民間軍事会社として、徒党の構成員の武力要員をを全員雇う形にする。

 4千億オーラムは遺物販売店ではなく、この民間軍事会社に投資する。その投資の実体であるネリアもここに所属させて労働させる。

「だから4千億オーラムの増資は無いのよ。(よろ)しいかしら?」

「ですが今後、配当が下がることは否めません」

 ヴィオラが安心させた後、少し不穏なことをシェリルが伝える。シェリルとヴィオラは相談も無しに息を合わせていた。配当が減る。その悪い知らせを印象が悪くならないように伝える為に。

「今まではアキラに無料で甘えたり私の徒党の構成員を無料で()き使ったりしていた警備料や護衛料を、今後は新設した民間軍事会社に経費として支払うことになります。当然、それは利益を圧迫します」

「それは構わない。決算書に記載してあれば問題は無いとも。(むし)ろ今までが割りが良過ぎたのだ」

 イナベの頭の中では既に、紹介した出資者達に何と説明するかが組み立て終わっていた。株券が紙切れになることに比べれば、配当が多少減ることなど心配する内に入らないのだ。

 

           ◆

 

 やるべきことが終われば、情報交換、情報収集が始まる。特に現状のスラム街の混乱具合だ。

「そうすると死者数も増えているんじゃないかな?」

「はい、御慧眼の通りです。幸い、私の徒党の縄張りの周辺ではあまり増えていません。ですが、ある程度離れたところではかなり増加していると聞いています。もう2週間も経っています。そろそろ焼却されるのではないかと不安に思う者も多いのです。だから強引に縄張り荒らしをしてでも焼却されないようにしよう。そういう面もあるようです。イナベ様が()めていたのでしたら、もう復興が始まるものと思っていたのですが……」

 シェリルが言いながらちらりとイナベを見た。

「相変わらず手厳しいな。第2防壁建造予定地の調整中なのだよ」

 

 イナベが買い占めたあたりは、当然第2防壁の内側、新中位区画に含まれる。これは確定している。それはイナベが所有しているからでもあるが、単純に好立地だからである。

 だが、今その他の新中位区画候補地が狂乱する地価によって奪い合いになっている。イナベも忠実な配下が買った場所は候補地に含めたい。だが全員は無理だ。今回は泣いてくれ。そう言わなければならない相手も出て来る。そう言う相手が忠実で長年の付き合いがある者なら言うだけで済む。いづれ必ず返す。そういう信頼関係が築かれているからだ。だがそれ以外の者には目先の交換条件が必要になる。特にウダジマを見切って来た新参者には。

 その究極はイナベが買い取ってやることだ。当然、そのまま買い取れば大損することになる。何等(なんら)かの方法を使って損をしないように工夫する必要がある。言い換えると、損をしないように工夫出来る場所を買ってしまった者に泣いてくれと言いたい。それを含めた調整をするのが大変なのだ。

 

 現下位区画は、新中位区画と旧下位区画とに別れる。そして現スラム街も、新下位区画と旧スラム街とに別れる。そして旧スラム街の外側の荒野に、追加の新スラム街が作られる。

 地価という賭場では旧下位区画が外れになっている。だが考えようによっては、これまでは下位区画の端のスラム街目前という悪い立地だった土地も、その先に新下位区画が出来れば変わって来る。下位区画の中程となればそれほど(ひど)い立地ではない。また現下位区画でもクガマビル周辺が好立地であるように、上手(うま)くすれば好立地に変えることも出来る。

 そしてスラム街の復興は新下位区画の造成になってしまった。確かに最初はイナベもそれを目論んでいたが、飽くまで今はスラム街のつもりだった。何の利権も無く誰も気にしないスラム街。それを努力によって新下位区画にする予定だったのだ。

 だが今や意味が異なる。そもそもスラム街を復興するのではなく、最初から新下位区画として造成するのだ。勝手に進めれば利権問題で大騒動になる。確かにイナベは大きな発言力を持っているが、これを鶴の一声で抑えようとすれば、流石(さすが)に求心力は大きく下がるだろう。新しく権力争いの派閥が出来る可能性もある。そしてその時には、きっとウダジマが裏で糸を引くだろう。ウダジマは無能ではない。シェリルに会ってからのイナベは幸運に恵まれ勢いが留まることなく伸び続けている。だがそれ以前、半年とちょっと前までは、ウダジマの後塵を拝していたのだから。

 

「イナベ、調整にはまだ時間が掛かるのかな?」

「いや。あまり時間を掛ける気は無い。数日程度の話だ」

「そうか。シェリル君。ここからもう少し下位区画へ向かったあたりに八林診療所という小さな病院があるんだ。そこへ行けば格安で治してくれるはずだよ。困った時は行ってみてくれ。入院施設もあったと思うから、かなりの重症でも助かる確率は上がるはずだよ」

 ヤナギサワの言葉にシェリルが驚く。都市の幹部がスラム街の医者のことを知っていたからだ。

「はい、ヤツバヤシ先生でしたら存じてます。残念ながら都市襲撃の何日か前から診療所は閉まっていますが、物騒な場所ですので、このあたりに住む者は全員大変お世話になっていて、中立地帯みたいになっている程です。知らない者は誰も居ません。逆に都市の幹部の方に先生のお名前が届いていたことの方が驚いてしまいます」

「私も不思議だね。どうすれば区外の医者など知る機会があるのだ?」

「治験で報告書が挙がっているからだよ。自分で開発した薬をスラム街の住人に治験で投与して治して治験報告書を上げているんだ。スラム街だと治験の精度が低いから、あんまり使用実績として有効じゃなくてね。なのに諦めずに何年も続けてる所為で悪目立ちして有名なんだよ。腕は良いんだけどね」

「腕が良いならスカウトはしないのか? 予算を付けて普通に治験をすればすぐに終わるのだろう?」

「イナベがスカウトしたいと言うなら()めないけど、面倒なことになっても私を巻き込むなよ? センスが旧世界なやつだからな?」

「センスが旧世界? シェリル、そうなのかね?」

 ()かれたシェリルは少し考えた。主に診療所の外観を。とても胡散臭い。それがシェリルの感想だ。本人が旧世界のセンスだと言っていた。確かアキラがそう言っていた。

「そのようですね」

 肯定されたイナベは想像してしてしまった。

 白衣の下はブーメランパンツ一丁の名医。

 うん。やめよう。

 

           ◆

 

 ヤツバヤシへの風評被害で話を煙に巻いたヤナギサワは、心の中で断定していた。仲介人はヤツバヤシだ。それを確定出来る話が聞けた。

 八林診療所の名前を出した時にシェリルが驚いたのは分かった。それが匿名のはずの出資者の名前が出たからなのか、それとも本人が言った通り都市の幹部がスラム街の医者を知っていたからなのか、それは流石(さすが)に判別出来なかった。

 だが以前からシェリルの徒党がヤツバヤシと資金的な協力関係があることは、機領の製品の性能評価試験で露見していた。今その話が無かったのは、そこから出資者を推測されることを()けたかったからだろう。それでも何の(つな)がりも無い振りをしなかったのは、この近辺では貴重な医者として重宝されているらしいからだ。なのに(つな)がりが全く無いと言ったら逆に怪しくなってしまう。

 最後のピースが揃った。あり得る流れは単純だ。

 

 アキラと会って話をして月定(つきさだ)層建のエージェントだと誤情報を伝えられたあの時。あの時には既にシロウはアキラと契約済みか契約交渉中で、あの後に合流する予定だったはずだ。契約したのはミハゾノ街遺跡。あの騒ぎの直前に接触して交渉を開始した。その所為で位置が露見したから急襲出来たのだ。契約締結前だったので取り急ぎオリビアを護衛に雇った。その後、賞金首になるなど少し想定との違いはあったが、あの数日後にスラム街で合流した。

 そしてヤツバヤシに仲介を依頼した。数日後に都市襲撃が発生するまでは偽装の為に態々(わざわざ)遠隔で介入したらしい。緊急切断した所為で消し切れなかった痕跡が示していた接続元はこの拠点の中だった。中継器にされていたアキラが外で戦っていた時だから、中に居たのは本人だ。

 ツバキに会いに行ったのが今日になったのは、坂下重工から最前線向けの装備が届く前に行くのをアキラが拒否したからだ。相手がツバキである以上、万一のことを考えれば最低でもそれぐらいの装備が無ければ護衛など怖くて出来ないだろう。黒狼の部隊が傷一つ負わせられずに敗退したことを、アキラはネリアを助けた時に聞いていたはずなのだから。

 昨日受け取り、今日まで強化服の個人用の調整を念入りにしていた。個人用の調整は数時間もあれば出来るものだが、それだと万全の戦闘態勢とは言えない。どこかの遺跡であまり強くないモンスターを相手に慣らし運転をしていたのだろう。ツバキが相手だ。全力を出せるように念入りに調整したに違いない。

 シロウにヤツバヤシを紹介したのはシェリルか、或いはヴィオラかと思っていたが、どうやらアキラだったようだ。馴れ馴れしく人懐っこいあの爺のことだ。俺の時と同じようにお仲間とは嬉しいね、などと言いながらアキラにも近寄って行ったに違いない。目に浮かぶようだ。そもそもシェリルとヤツバヤシとが資金的な協力関係にあったのがアキラの紹介だったのだろう。在野の旧領域接続者同士、相互扶助は強固だったはずだ。

 アキラは月定(つきさだ)層建で戦闘訓練を受けてから派遣された。それ以前の経歴の信頼性など全く無いスラム街の出身者として、ハンターランク1から開始させられた。その後、ある意味では(わず)かな、ある意味では2ヶ月もの時間を掛けてハンターランク10に上昇。これは戦闘訓練だけで遺物収集訓練をしていなかったから手間取ったのだろう。遺物ぐらい、専用班を派遣するなりして代わりに取って来た方が良かったと思うのだが、月定(つきさだ)層建は最初に戦闘訓練をした以外には何のサポートもする気は無かったようだ。だから翌月の都市襲撃の日、定期巡回などの遺物収集以外のハンター稼業を始めた初日から驚異的な戦闘能力を見せ1日でハンターランクを17に上げ、その後も――戦闘能力以外はビルの制圧に異常に時間が掛かってしまうなど不手際を見せながらも――(わず)か1週間という異常な速度でハンターランクを20まで上昇させた。それをあのキバヤシが目を付けて長期戦略部から指名依頼を出し、初日に早速ヤラタサソリの大群をほぼ単独で撃破、2日目にはまたしても探索で実力不足通告を受けながらも3日目にはネリア達遺物強奪犯の首謀者3人を撃退した。それから1年少々の間、ハンターランク調整依頼の期間中を除いて単独での遺物収集の成果はたったの一件、戦闘面のみで大きな戦果を挙げ続けながら今日という日を迎えた。

 月定(つきさだ)層建はもう少し真面にサポートしてやっていれば、或いはもう少し重用していれば、アキラに離反されずに済んだかも知れない。だがあの性格だ。もしかしたら単に経済圏の外に捨てられただけの可能性も考えられる。何か良い情報を報告しろ、内容が良ければ戻してやる。そんな感じに雑に言われてここまで連れて来られて(ほう)り出された。そんな可能性だ。いづれにせよ、結果としてアキラは坂下重工の軍門に(くだ)ったと推測される状況だ。

 ヤツバヤシはツバキとの交渉の仲介の報酬の後払い分をネリアの債権で受け取った。元々はもっと額面の小さな現金の予定だったはずだ。仲介だけとはいえ相手が相手だ。前金20億成功報酬100億ぐらいが妥当だろうか。交渉中の色々の所為で後金を債権で受け取ることになってしまい、慌てて金策、つまり資金的な協力関係にあったシェリルを頼った。だがどんなに割り引いても、例え9割引きであっても、即時に現金化、つまり買い取ることは難しかったのだろう。だから苦肉の策として投資にした。そしてヤツバヤシは旧世界勢との(つな)がりを隠しているので匿名投資になった。他に融通を利かせてくれそうな金持ちの伝手が無かったので、少しでも現金になるなら、他に方法は無いから、ゼロよりはましだから、と仕方なく遺物販売店以外の新しい事業でも良いと了承した。

 

 全てが事実に沿って無理無く自然に(つな)がる。ヤナギサワは充分な情報を得られて満足した。

 

           ◆

 

 情報交換、情報収集は高度に政治的な話へと移行していく。都市の事実上のトップと、スラム街の事実上の最大勢力のトップとの会談である。互いに互いの力量を推し測る。それは雑談という名の情報収集でもあり、互いに興味を持つ範囲が高度に政治的な範囲に偏っているからでもあり、滅多(めった)に無い好機(チャンス)を逃すまいとしているからでもある。

 取り残されているシロウは、最初は歴史が作られていく瞬間だと面白そうに聞いていた。工作員が歴史を変える為に様々な工作をする=戦うのとはまた異なり、互いに相手の利益を気遣いながら自己の利益を確保しようとしている。奪い合い勝者が総取りするのではない歴史の分岐点を、興味深く観察していた。だがすぐに飽きる。知らない都市の知らない地理や構成の話をされても右から左だ。

 シロウが座る隣にヤナギサワが座っている。その向こうにイナベだ。反対側には、()いている椅子が一つ空席となって置いてある。ハーマーズがシロウの護衛だと知らなかったイナベが、シェリルに護衛以外は4人だと言ったからだ。

 椅子は重厚なソファーではなく折り畳み式だ。それにクッションを乗せてある。重い物じゃないし、簡単に運べるだろう。

 そう思ったシロウは、立ち上がって椅子を持って移動した。

 

「シロウ君。どうしたんだい?」

 だが立ち上がったところでヤナギサワが()いて来た。イナベ、シェリル、ヴィオラに注目されている。

「あー、いやいや、何でもないんだ。難しい話が続いているからさ。ヴィオラさんと余り物同士ちょっと雑談でも、と思っただけさ」

「あら。でしたら私がそちらに行くわ」

 ヴィオラが立ち上がり、シロウの隣へとゆっくり歩いて行く。ババロドがそれに先回りして、シロウが移動しかけた椅子を引いてヴィオラを座らせた。

 

 ヤナギサワとシェリルとが交渉にも似た打ち合わせをしている横で、シロウとヴィオラとの話が盛り上がった。内容は主に共通の知人であるキャロルの話だ。話をしながらシロウは、ハーマーズの様子をちらちら見る。

「なんだ?」

 ついに無視し切れなくなってハーマーズは()いた。ただの護衛なのだから本来なら口を出すのはご法度だが、護衛対象がこれでは仕方ない。

「別にー? 少しは喜んでるかなーって?」

「あら、そちらの超人のお兄さんはキャロルがお好みなのかしら? 良ければ紹介するわよ? あの子は強い男が好みだと言ってたもの。きっと喜ぶわ」

 言いながら情報端末を取り出すヴィオラ。坂下重工の護衛を務める超人との個人的な伝手を得ようとしているのだ。

 なお、強化服を着ていない生身の護衛というだけでは義体者や身体強化拡張者の可能性があるので超人だと断定することは出来ない。例えばシェリルの横に立っているネリアがそうだ。だが、それに加えて素手(但し手袋はしている)となれば、超人の可能性が飛躍的に高まる。

 余程の事情が無い限り、超人になるのは趣味嗜好の範疇だ。どうしても生身で強くなりたい。そういう思いでもなければ、普通じゃない鍛え方を続けることが出来ないからだ。そして苦労して鍛えた者は高確率で、自慢の身体を誇示する為に素手で戦いたがる。

 高確率で超人。そしてもしも超人ではなかったとしても、義体者や身体強化拡張者であれば超人と言われて気分を悪くすることは無い。

 ヴィオラはそこまで計算して話し掛けていた。

「ハーマーズだ」

 だがハーマーズは名乗るだけで反応しない。しかもシロウが邪魔をする。

「辞めてあげて欲しいな、ヴィオラさん。こいつ、こんな(なり)して下ネタお断りな純情派なんだ。可哀相だからキャロルさんの副業の話をするのは辞めてあげようぜ?」

 そう言って、またちらっとハーマーズの様子を伺うシロウ。何かを期待しているような、楽しそうな表情で。

「あら、純情派だったの? アキラと同じね。最近キャロルはアキラにお熱なのに振られ続きみたいだから、もしかしたらハーマーズさんが慰めてあげたら案外簡単に落ちてしまうかも知れないわ」

 ヴィオラが笑顔でしつこく(うなが)す。だがシロウが意地悪く言う。

「ああ、そうだハーマーズ。もしもキャロルさんと話をしたいんなら俺に言えよ? 俺が彼女に会いに行けば護衛としてついて来れるぜ?」

「ご存じなら先に言ってあげれば良かったじゃない。黙ってるなんて意地悪なのね、シロウさんは」

 妖艶な笑みを浮かべて、甘えるような口調で苦情を言う。

「そりゃな。同じ情報をあちこちに売り捌くような悪辣な情報屋に比べれば、これぐらいは可愛(かわい)いもんじゃないかなー。何しろあの所為でアキラが2千万コロン以上の損失を出したんだぜ? 死にそうな目にも遭ったしな。それが誰の所為かはまだアキラに言ってないけどさ」

 ヴィオラの笑顔が固まった。

 

           ◆

 

 シロウとヴィオラとの雑談を無視して、ヤナギサワとシェリル、時々イナベで交渉だか折衝だか打ち合わせだかが進んでいく。都市と徒党との関係、今後の下位区画延伸、スラム街新設計画、どこに何をどの程度の数を建てるか。高度に政治的な話だ。

 ヤナギサワが、簡単な治療をするだけの小さな病院なら作れるかも知れないという話をした。

「そちらも治験なのでしょうか? 使用実績として有効ではないと先程伺いましたが」

「治験じゃないよ。薬じゃなくて人さ。武清製薬が制定している医師養成課程に臨床経験2年ってのがあるんだけど、これを幾つかの大きな病院が利権化しちゃってて面倒なことになってるんだよねー。だから区外でも良いから臨床経験を積める場所があれば牽制になるかなーってね」

「あの、武清製薬というのは五大企業の?」

「そうだよ。統企連の一角として、薬と医療を独占して市民の健康を人質にして君臨している悪徳企業だ。坂下重工も製薬会社や医者の教育機関を幾つか設けてるんだけどね。勿論(もちろん)食品会社も。だけど流石(さすが)に最先端の薬や医療技術まではどうにも追い付けなくってさー」

 

 東部に限らず、医療技術は重要だ。食料も重要だ。無毒化の為や、少しでも効率良く栄養を摂取する為など、様々な理由で薬品(やナノマシン)で食料を加工し、混ぜ、食べることになる。その薬品を作る企業は当然に食品を扱うし、薬品を作る企業が医療を支配するのは当然のことだ。そして食料と薬とを支配する企業は命をも支配することになる。そんな企業が統企連の一角として君臨しているのは当然のことだろう。

 食料、薬、医療技術、ナノマシン、義体や身体拡張、健康、育毛、美容。武清製薬が扱う分野は多岐に渉る。そしてその恩恵を求めて人が集まる。統企連の中で永世中立を標榜していながらも、その経済圏を超えて東部全域に強大な支配力を維持し続けている目の上の巨大なたんこぶなのである。

 武清製薬以外の五大企業、例えば坂下重工は車両や輸送機、重機、大型兵器を製造する。だがこれは、各統治企業の子会社に製造可能な企業がある。月定(つきさだ)層建は建築だが、並外れた高層建築や迅速な建築や解体でなくて良いならば、他の五大企業の子会社にも同じようなことが出来る企業がある。最高精度さえ求めなければ、大抵の分野のことは大体何とかなるものなのだ。

 だが医療技術、特に膨大な種類の医薬品の使用を前提とした医療技術となると、最高精度以外だと命に係わることになる。武清製薬は、その最高精度を維持する医師を支配する為に医師免許を発行、定期的に更新をさせている。義務付けられた細かい報告書の提出がされていれば医薬品の発注が認められる。その医薬品は定期的に新商品が出て旧商品は姿を消す。製品型番からして変わるので、どれがどれだか分からなくなる。主要成分は同じでも用法用量が変更されている。常に医師免許を更新して最新情報を受け取らなければ適切な用法用量が分からなくなるようにしているのだ。当然、武清製薬の意向に逆らえば何だかんだと理由を付けて医師免許を更新しなくなる。そうなれば医療行為が出来なくなってしまうのである。

 

「それと、その坂下重工の医者の教育機関を卒業した医者って人気が無くってさ。特に新人は。だから臨床経験があるって箔付けになるかなって打算もあるんだよねー。保険も効かないから薬は高額になるけど治療費は安く出来ると思うよ。薬も安くしたいなら治験どころか実験になっちゃうかなー。それは流石(さすが)にお薦め出来ないよねー」

「はあ……」

 シェリルは武清製薬に関しては薬や食料品を作っている五大企業の一つ、という程度の知識しか無い。アキラが常用している回復薬の製造元で、坂下重工傘下の製薬会社の回復薬よりも非常に高価で非常に効果が高いとアキラから聞いている。聞いている、というのは、アキラから貰った回復薬の効果も価格も知っているが、それ以外の回復薬は見たことすら無いからだ。だから医師養成課程や免許戦略のことなど全く知らず、だからそれを知っている前提で話をされてもさっぱり分からない。だが相手は都市の事実上のトップだ。下らない質問をするのは失礼だ。シェリルに出来ることは頷くことしか無い。

「詳しいことは分かりませんが、無料で診察を受けられるのでしたら、怪我や病気で死ぬ者が減るので助かると思います」

 

 ヤナギサワの目論見は今のところ外れている。スラム街に医者を増やしてヤツバヤシの影響力を下げようと考えたのだ。

 スラム街にヤツバヤシ配下ではない医者を数多く配置する。医者達は表向きはヤツバヤシに協力的に動く。例えば治験への協力だ。距離があり過ぎるのでスラム街中から八林診療所へ治験しに行くはずもないだろう。だからスラム街の各地に、代わりに治験を行なう医者を配置する。ヤツバヤシにとっては嬉しい話だ。だが医者達は面従腹背でスラム街への影響力は医者達が獲得していくことになる。ヤツバヤシは次第にスラム街の住人から怪しい医者だと思われて孤立していくことになるだろう。

 だが、シェリルに頼みそうな気配が無い。頼まれてもないのにそんなことをすれば敵対行為になる。だからシェリルから頼まれなければならないのだ、責任をシェリルに押し付ける為に。

 

           ◆

 

「現在はイナベ様個人からご支援を頂戴(ちょうだい)していますが、クガマヤマ都市のご意向としてのご支援を頂けないものかと」

「ん? 私個人でもなく、ということかな?」

「はい。エゾント・ファミリーとハーリアスとの2大組織の例もあります。都市の意向に逆らった巨大徒党が起こす厄介事の被害と比較すれば、初めから都市の息が掛かっている徒党を用意しておくことも(よろ)しいかと思います。その徒党にスラム街を掌握させておけば、今後の統治も安価で可能でしょう。その辺りを加味すれば、ヤナギサワ様やイナベ様という幹部個人ではなく都市の意向とするべきかと思いますが、如何でしょう」

 ヤナギサワは変わらぬ笑顔の裏で考える。拡張視界に映るイナベの表情を注視しながら。

(イナベでは頼りにならんということか? だとしても、イナベの目の前で堂々と言うことか? イナベの様子が変わらないということは、イナベにとっても想定内のようだが……以前にも言われていたのか? 或いは、そう言われても仕方ない失態(ミス)を何かしたのか?)

 

 イナベにとって想定内、と言う程ではないが予想可能な内容ではあった。イナベはこの徒党をアキラの徒党だと考えている。それはシェリルがアキラの意向に逆らえないからだ。

 アキラはハンター稼業以外の面からも金と力を求める野心に(あふ)れたハンターだ。それは、3週間前にスラム街に潜伏するアキラに武器を届けた武器商人のカツラギについて調べた時に確信した。アキラ、シェリルにくっついて色々と小間使いをさせられているだけの零細企業のくせに、将来は統治企業になるなどと周囲に嘯いているのだそうだ。常々アキラがそう言っているからその気になっているのだろう。その野心を満たす為にアキラは、この徒党を後ろ暗い活動の隠れ蓑にしていた。後ろ暗い活動の一例が、例の旧世界製の情報端末だ。金と伝手を求めて活動し続け、キバヤシ、自分、そしてついに坂下重工にまで伝手を得た。分不相応に強力な装備を得る為に。そして昨日、とうとうそれを得たと情報が入っている。次にアキラが何をする予定なのかはまだ分からないが、それは自分や都市にとって問題のあるものではないはずだ。そう思えるだけの信頼関係を築けている。イナベはそう確信していた。

 シェリルは表向きのボスであると同時に、窓口でもある。シェリルには縄張りの一部を下位区画化する計画を教えてあり、協力の約束も得ている。今回の民間軍事会社を設立する話は寝耳に水だったが、その方が下位区画化もやり易くなるだろうし、都市を建設して統治企業となるのにも都合が良い。アキラの指示だろう。

 統治企業となるには、様々な知識が必要になる。どうやって経済を掌握するのか。その具体的な方法も重要な知識だ。被支配者である限り永遠に不要な知識でもある。そしてそれを手に入れる最も確実で手っ取り早い方法は、都市の忠実な手先になる振りをして()き使われることでその技術を盗むことである。

 だから都市の手先になりたがることは、イナベにとって予想可能な範囲内なのだ。

 

 だがヤナギサワはこの徒党を、月定(つきさだ)層建の部隊が活動する時の隠れ蓑にする為に確保された偽装組織だと考えている。完全義体者の部下を1人少年型の義体に換装させて潜入させてみたのだが、アキラに関する機密情報が一切得られなかったからだ。特に、アキラとシェリルとの関係に関する詳細は何一つだ。恋人だ。そうである証拠が三つ四つ。それだけだ。機密漏洩(ろうえい)対策が不自然なまでに完璧なのに、あるはずのものが足りなさ過ぎる。どんな無能でも偽装だと分かるだろう。

 逆に言えば、隠れ蓑にする為の様々な準備以外でアキラが徒党に関わるのは都合が悪い。理想的には全く関わらない方が良いが、流石(さすが)にそれは出来ないので少しだけ、恋人だからと表向きの理由付けをした上で関わっている。

 だからこの徒党がアキラの支配下にある事実は、ヤナギサワにとっては何の意味も無い。

 

(これはシェリルの勇み足か? 或いは坂下重工に(くだ)ったから、もう偽装組織としての価値が無くなった? アキラはもう徒党に興味は無い? シェリルは切り捨てられる前に伝手を活かして都市と接近し、経済活動に勤しむつもりなのか?)

 ヤナギサワは考える。イナベではなく都市に、ということは、イナベの切り捨て準備とも受け取れる。落ち目の幹部と手を組んで政敵を陥れて恩を売って、都市の中枢へと侵入し、用済みになった落ち目の幹部も陥れて捨てる。自身も15年前に似たようなことをして都市の幹部になったこともあり、そう推察して辻褄を合わせた。

(なら、次の行動も読める。危険は無い)

 ヤナギサワの目から見ると、イナベは夢見がち(ロマンチスト)なところがある。どうも頼りにし切れない。良く言っても中堅が精々のクガマヤマ都市に愛着を持ち過ぎているのだ。それに比べるとウダジマの方が目的を利益のみに集中する分だけ成果を挙げるし、行動も読み易く制御し易い。シェリルも同じように考えていることだろう。

(後はシェリルが防壁の内側への野心を持っているかどうか……)

 防壁の内側に住まわせてやる。それを餌に出来るなら……

 

           ◆

 

「スラム街の裏経済を効率良く管理する。その対価として都市からの支援が欲しい。そういうことで良いのかな?」

「対価とまでは言いません。便利に使って下さい。そういうことです。経費さえ頂ければ構いません。経費と、まあ、維持費ぐらいで」

「維持費か。維持費は駄目かなー。君の聖女活動費が含まれちゃうからねー」

 シェリルは密かに、聖女の肩書(タイトル)で呼ばれている。スラム街の子供達に無償で真面な食事を与え、読み書きを教え、仕事まで斡旋していると噂になっているからだ。

 

 この噂の出所はカツラギだ。

 最初は屑鉄の売り先を紹介してやっただけだった。それでも、ハンターオフィス運営の買取所で職員が小遣い稼ぎに買い叩くのに売るよりも金になる。その次は自分の店で日当300オーラムで()き使ってやった。それである程度使い物になるぐらいに仕事を憶えたら、具体的には勝手に触るなとか口答えするなとか盗むなとかを憶えたら、知人の荷物運びの仕事をいくつか仲介してやった。そうして3週間ぐらい経った頃、シェリルがホットサンドの販売をしたいと言い出した。さらに半月ぐらいして儲けが安定してきたら、料理道具と教育資料が無いか()いて来た。徒党の構成員や縄張り内の子供達に真面な食事と読み書きの知識を与えたいと言う。それにホットサンドの儲けのほとんどを費やすと言うから、何の利益があってそんなことをするのか()いてみたら、中長期的な投資だと言われた。

 懐疑的な目で見ていたが、それから1ヶ月もした頃には読み書き計算に多少の常識まで備えた子供が現れ始めた。その頃になってシェリルから遺物屋を始めたいと相談されたことで、遺物屋を始める準備だったことが分かった。先を読んで計画的に動いている。その商才を超えた経営戦略に感心したものだ。

 だがこれが、思わぬところで思わぬ事件へと発展した。荷物運びを仲介した先から変な疑いを持たれるようになってしまったのだ。本当にスラム街の子供なのか。下位区画の家出少年達を集めて窃盗団などの犯罪組織を作ろうとしているのではないか。

 これは、スラム街の少年達を集めて銃を持たせ、下位区画の倉庫に集団で飽和攻撃するという犯罪が時々起こるからだ。民間警備会社の装備ぐらいなら、数人の警備員に対して30人ぐらいで突撃すれば何人かの被害は出るにしても勝てる。トラックの荷台に少年達を満載して横付けし、一斉に銃撃させるのだ。警備員を全員殺害したら倉庫に突入し、運び出した荷物を一つでも多くトラックに(ほう)り入れる。警備員の増援が来たら少年達を置いてトラックは走り去る。そういう手口だ。

 もしもこれを、教養ある下位区画の少年達で行なえば被害は甚大なものになるだろう。緻密な計画を立て、精密な訓練を行ない、綿密な連携を行なえば、最初に殺される少年も少なく、ほぼ全員を回収して毎日のように繰り返して襲撃出来るようになるのではないか。武装はカツラギの専門分野だ。そうとう強力な武装強盗団が出来上がることだろう。今はまだ人数が足りていないので、充分な人数が集まるまでの間の喰い扶持を稼がせているのではないか。

 それを聞いた、ホットサンドの仕入れ元だった業務用食材の卸業者から情報が(もたら)された。その時から1ヶ月半前にカツラギは、結構大きな企業の御令嬢が経営の勉強をしていると称して、御令嬢とまでは言えないが明らかにスラム街出身ではない少女に軽食店を経営させる世話を焼いていたことがある。その軽食店はもう閉店しているが、食材は今でも仕入れている。

 怪しい。何かがおかしい。窃盗団や犯罪組織とまではいかないのかも知れないが、間違い無く自分達を(だま)している。厄介事に巻き込まれるのは御免だ。そう考えた知人達に取り囲まれたカツラギは必死になって弁明した。それが噂の出所だ。弁明された知人達はその場は納得した振りをして、それぞれが個別にこっそりと、裏を取る為に別の情報屋に調査を依頼した。それで噂が広まった。

 

 シェリルという名の少女が居る。彼女はスラム街の子供達に無償で健全な食事を恵み、読み書きを教えている。その献身に心打たれた善良なる商人達が彼女に助力し、その子供達に仕事を斡旋している。

 その噂は話題となり、理想化されたり真偽を疑われたり建国主義者の陰謀扱いされたりして、一時はとんでもなく巨大な尾ひれが付いて聖女とまで呼ばれるようになった。その噂も今では大分(だいぶ)落ち着いている。それは半年以上前に噂の当人が実は以前から社交界にいたことが判明し、実在が証明されたからだ。

 聖女は都市主催の立食会に出席する程の有力者の娘で、若い高ランクハンターを恋人に持ち、都市の幹部に才能を認められ、心ある支援者達に支えられ、今もスラム街の恵まれない子供達に慈悲と慈愛とを施している。

 この噂の中にシェリルの美しさは一切含まれていない。防壁の内側では、誰かを美しいと評することは先ず無い。枕営業をしている。そう言ったと受け取られることが少なくないからだ。美しくはない。そう扱わなければ、その成果が実力によるものだと表現出来ない。美しいと評価することは無能と評価することに等しいのだ。

 

 シェリルは噂の出所がカツラギだということを知らない。ヴィオラと会う前から噂になっていたのでヴィオラの所為だとも思っていない。特に隠そうとしていなかったこともあり、自然発生的に流れた噂だと確信している。

 そして都市主催の立食会でも聖女と呼ばれて散々質問をされたり、変な深読みをされて変に邪推されたりして大変な思いをした。

 アキラが名前を出すなと言ったのはこれが(いや)だったからかと納得するぐらいに大変だった。噂が自然発生して大変な目に遭うことをアキラは予測していて、だから無理難題だと考えていたのだと確信している。まさか料理の仕方を知らなかったからだとは想像もしていない。

「聖女活動とは独創的な表現ですね。聖女呼ばわりは()めてもらえませんか?」

「何と呼べば?」

「中長期的な投資活動、と言って頂ければ」

「投資は維持費じゃないよねー」

 

           ◆

 

「本日は視察の方は大丈夫なのですか?」

「視察?」

「不要だ」

 シェリルの問いにイナベが(こた)える。3ヶ月半前にイナベがアキラと交渉する為にシェリルの拠点に来た時は名目上の来訪理由が必要だった。それがシェリルの遺物販売店の視察だった。だから今回も必要だろうと考えていたのだ。

 だが今回は、坂下重工がすることに都市が協力した形であり、それがそのまま名目上の来訪理由でもあるので不要なのだ。

「視察って、シェリルさんの遺物屋か?」

「……前回はそうでしたな」

 興味津々に()くシロウに、イナベは途惑いながら(こた)えた。上位企業、それも五大企業の所属ではあっても役職は(はる)かに下だ。年齢に至っては下どころか、息子か孫か愛人の子かという歳である。上位企業に伝手を持っていないイナベにとっては、シロウとの距離感が難しいのだ。

 そんなイナベの途惑いに全く気付かずにシロウが言い募る。

「いいね視察。視察しよう。視察視察。俺スラム街の遺物屋って初めて来たんだよねー」

 

 浮き浮きしているシロウを連れて、全員で遺物販売店を視察する。視察と言うよりもシロウの見学に付き合っていると言う方が正しい。一旦外に出て、入り口から中に入る。シェリル、ネリア、シロウ、ハーマーズの後ろに、6人の護衛に囲まれたイナベとヤナギサワ。そしてヴィオラとババロド。

 この人数でも少しも狭く感じない、珍しい遺物販売店の視察が始まった。

 

 最初はヒガラカ住宅街遺跡で集めた遺物を露店で売るだけのつもりだった。だが始める前からアキラに遺物の売却を頼まれた。遺物売却の代理店、所謂(いわゆる)遺物代理店だ。遺物代理店は遺物屋の一種だが遺物を買い取らず、預かり物を売るのが特徴だ。委託元からの個人的信用さえあれば元手ゼロで始められる。スラム街の遺物屋の大半がこれであり、シェリルはまさにその典型だった。

 なおスラム街の代理店は委託元の素性を問わない場合が多い。つまり遺物が盗品だった場合だ。被害者が取り返しに来たら知らぬ存ぜぬで遺物だけ返して済ませてしまうのだ。委託元が来ても(鉢合わせでもしない限り)事情を察して逃げられるように取り計らっておく。胡散臭い遺物屋の代表格だ。防衛力が皆無のシェリルは胡散臭い遺物屋は()けたかった。だが資金が無いので代理店しか選択肢が無かったのだ。

 カツラギの移動武器店の子会社として正式に登記したのは、危険なので現金の取り扱いを()けて口座決済にしたかったからだ。カツラギの伝手で預けられた遺物や、予想外にデイル達から貰った遺物などの高額遺物があったお陰で、営業を開始してすぐに当時のシェリルにとっては大きな、当時のアキラにとっても今のシェリルにとっても端下金な収入が得られた。上手(うま)く行ったと喜んだが、10日も経たずにザルモ達強盗に襲われて閉店した。

 間も無く発生した2大組織による大規模抗争を経てヴィオラが徒党の顧問に就任することになった。そのヴィオラからの強い勧めで拠点を改装した。収益の柱にする為に遺物の預かり元も増やす。その為に充分な防衛設備を整えなければならない、と説得された。ヴィオラから10億オーラムという巨額の融資を提案された時には、(だま)されていないかと何度も検証した。

 その後はあれよあれよと言う間に希少な旧世界製の情報端末を多数入手し、それをイナベに廻して取り入って、上質な遺物の仕入れ元になってもらい、遺物売却代理店として預かるのではなく遺物販売店として仕入れるように方針転換、総合支援強化服を配備し、都市主催の立食会で支援者から投資を募り、ツバキの管理区画から流れて来た遺物を卸してもらい、さらに拠点を改装して、と急激に発展した。

 今やシェリルの遺物屋は、防壁の内側でもなかなか見ないような、大規模な遺物販売店となっていた。

 

 1階と2階は一般遺物のフロアだ。主にハンターオフィスの買取所に持ち込んでも捨て値や端下金でしか売れない物、という基準で選ばれている。いづれにせよ、あまり高額では売れない小物だ。

 1階はその中でも実用性の薄い物を集めている。買取所が1階に設けてあるのだが、買取所だけではフロアが大幅に余ってしまうので陳列しているだけだと言っても過言ではない。ただ、ちょっとした特設コーナーにアクセサリー類が集められているのが目を()く。現世界の技術でも似たような物を作れる所為で価値はかなり低いのだが、分類されて綺麗に並べられていると購買意欲をそそるらしく、かなり強気の値段設定でもそこそこ売れている。恋人に贈る気になって来るらしい。大半はカツラギが荒野に捨てようとしていたゴミなので、このフロアの稼ぎ頭になっている。

「へー、結構工夫して儲けてるんだねー。あれ? でも買い取る時はどうするんだ? 買い取らないのか?」

「いいえ、買い取りますよ。買取価格が30オーラムぐらいなだけです」

「30オーラム!? これとかが? 2万オーラムって書いてあるぞ?」

「はい。現世界の技術でも作れる物ですので鑑定が難しく鑑定料がとても掛かってしまうのです」

「そういうことかー」

「はい。そういうことにしてあります」

「ええ!? 違うんだ!?」

 

 2階はもう少し実用性が高い遺物、皿や調理道具、筆記用具などの雑貨、機械部品の少ない調度品などを集めている。通常の遺物屋が扱わない種類だからか、数が多いからか、3週間前までは(冷やかしも含めて)一番賑わっていたフロアである。

 既に全て売れてしまっているが、シェリル達がヒガラカ住宅街遺跡で集めて来た遺物の内の良質の物は露店に出さずにこちらに並べられていた。

「包丁が1万オーラム。なあシェリルさん。旧世界製のナイフで戦車が切れるとか聞いたことがあるんだけどさ。そんなのが1万オーラムで良いのか?」

「こちらは料理用の包丁ですので。料理をするのに戦車は切りませんからね。戦車が切れるのは工作用のナイフです。4階で扱っていますよ」

「なるほど。戦車を喰う訳じゃないもんな。包丁にそんな切れ味は要らない訳か」

「工作用のナイフにも要らないと思いますけどね」

 

 3階は二つに分かれている。衣服類のフロアと、高額遺物のフロアとだ。物理的には同じフロアだが、別フロアとして扱っている。

 衣服類のフロアは服屋ではないので、高額なのに試着などが出来ない。買うには勇気が要る――かと思ったら、拡張現実情報を受信して立体映像(イメージ)に変換する大型の装置が設置してあった。本来は持っている人が着た姿を拡張現実で表示する為の機能だが、これは服だけを装置の上に乗せなければならないので服しか立体映像(イメージ)にならない。遺跡の店舗跡にある、拡張現実表示領域に描画する機能があればシロウにも見えるのだが、建物にも装置にも遺物にもその機能は無いので見えない。

 並べてある遺物の前にその立体映像(イメージ)の写真があるので、大きさや背面のデザインなどの詳細を確認したい場合に装置の前まで持って来るのだ。

 なお開封済みの遺物は普通の衣服類と同じように陳列してある。未開封の物と価格に差は無い。開封済みでも需要は高いのだ。

「あれ? この装置ってかなり高くなかったっけ?」

「高いです。購入するのに結構悩みました。ですがこのフロアの売上の桁が三つも増えましたからね。買った価値はありました」

「桁が三つって、100倍以上の数が売れるようになったってことだよな? 確かに見えなきゃ売れないだろうけど、(すご)い違いだな」

流石(さすが)にそこまでは。10倍以上に値上げしても10倍以上の数が売れるようになっただけです」

 

 高額遺物はハンターオフィスの買取所に持ち込めばハンターランクの上昇に大きな影響を及ぼす種類の遺物であり、所謂(いわゆる)スラム街の遺物屋が主要に扱う遺物だ。当然ながら買取所が買うよりも高額で売られている。

 だが、これ等を買うのがハンター崩れなどの後ろ暗い連中だけかと言えばそうでもない。中小企業の代理人が多く買いに来る。ハンターオフィスが高く買う遺物は例外無く、中小企業がとても高く買うのだ。

「いよいよ遺物屋だ! って思ってたんだけど、今までと同じ普通の店だな。見えてたから分かってたけどさ」

「それは、まあ、遺物販売店ですので。どのような店を期待していたのですか?」

「こう、狭くて薄暗くってさ。ゴチャゴチャしてて、奥の方に半分サイボーグなおっさんが座ってる小さな受付台(カウンター)があって、ナントカさんの紹介で来たんだけど、とか言うと奥に連れて行かれるみたいなの!」

「そういう遺物屋はちょっと……私が奥に座っていたら毎日強盗が来そうです。知り合いの遺物屋がそういう感じですが、この混乱ですから今は閉めているのですよね。(よろ)しければ落ち着いた頃にでも紹介しましょうか?」

「え!? いいの? やった!」

「やめろ馬鹿。お前にそんな胡散臭いところへ行く許可が下りるとでも思ってるのか!」

 

 4階は特別枠のフロアだ。大半はツバキの管理区画から流れた遺物だ。床はふかふかの絨毯で、広々とした店内にはソファーやテーブルがあり、ロビーのようになっている。落ち着いていて、如何にも高級そうだ。

 なお、ツバキの管理区画から流れた遺物であっても、このフロアでは扱わない遺物も多い。衣服類や雑貨などは、それ用のフロアで扱うからだ。しかもツバキは処分に費用が掛かる廃棄品から順に都市に流す。それでもオーラムが足りない場合にのみ旧世界製の情報端末などの高額で売れる遺物を流して来るのだ。

 なので再利用部品の少ない衣服類や雑貨、調度品などが大量に流れて来る。そうなると、そもそも需要が少ないのでやたらと余る。シェリルの遺物販売店は、イナベがそれらを押し付ける先としても機能していた。一般的な遺物屋より1階2階の遺物の取り扱いが多いのはその所為だ。

 それら以外の需要が高く高額で売れる遺物がこのフロアで扱われている。流れて来る数も少ないが、場所を広く取った高級感の所為で在庫が少ない感じはしない。

「これはもう完全に防壁の内側の店だねー」

「高級感を出す為にそのように作ってありますので」

 

 他に客が誰も居なかったので、シロウは存分に楽しむことが出来た。防衛隊が入り口を封鎖している所為だが、封鎖されていなかったとしても誰も来なかっただろう。

 

           ◆

 

明日(あした)にでも長期戦略部治安管理課の誰かを挨拶に来させるよ。細かいことはイナベの調整が終わったらそいつと打ち合わせてくれ。イナベ」

「何だ?」

「ついでだから、下位区画の延伸もやっといてくれ。どうせ区外と一緒に更地化してまとめて造成するんだ。調整もまとめた方が楽だろう?」

「お、応。任せてもらおう」

 この短い遣り取りで、新下位区画を割り振る利権は、何の問題も無く全てイナベのものとなった。

 

「じゃあシェリル君。連絡先を交換しよう。もしも担当者に不満があるようなら遠慮無く連絡してくれ」

「あ、はい」

 もしも本当にそんなことになったらイナベに言えば済む話なので、シェリルにとってはヤナギサワと連絡先を交換する必要は無い。だがシェリルに断る選択肢は無い。情報端末を差し出すと、何の問題も無く連絡先の交換が終わる。

「ありがとうございます。お手を(わずら)わせるのも何ですので、基本的には今まで通りイナベ様を通すことになると思います」

「あれ? もしかして誤解させちゃった? 大丈夫、ナンパじゃないよ」

「いえいえ、そこまで自意識過剰ではありません」

 何でそう思ったと判断したのだろうか。シェリルは自分の言動に何か不手際が無かったか検証しながら(こた)えた。

 都市の事実上のトップと伝手を得た。だが、どうも胡散臭い。都市の状況を細かく把握していて頭の回転も速く機転も効いて如何にも有能だ。だが、何とも言えず胡散臭い。

 シェリルは何となく、何かに巻き込まれているような気がしていた。

 

           ◆

 

「じゃあな。アキラとキャロルさんに(よろ)しく言っといてくれ!」

 何台もの荒野仕様の武装車両に囲まれた2台の都市仕様の要人輸送車両が出て行った。

「シェリル!」

「シジマさん。どうしました?」

 待っていたかのようにシジマが門から歩いて入って来た。4人の護衛も一緒だ。武装車両で来ていたのだが、門の前で防衛隊に武装解除として()ろされて、今まで待っていたのだ。

「どうしたじゃねえ! 何があった!」

 ヅカヅカと速足でシェリルに近づいて来るシジマを、だがネリアが間に立って(さえぎ)った。それに対峙(たいじ)するように、シジマの護衛達も前へ出た。

「何だてめえは!」

 疲労と抑圧(ストレス)とで目が血走っているシジマには、ネリアとの実力差を測る余裕が無かった。当然、その露出度の高い服装から義体者である可能性を考慮する余裕も無い。

「ボスの護衛よ。悪いけど、強化服を着て怒り狂って冷静さを失っているような男をボスに近づける訳にはいかないの」

「シェリルの護衛だあ?」

「彼女はネリア、今日からシェリルの護衛よ。今朝まではヤナギサワって都市の幹部の護衛をしていたそうよ」

 ヴィオラが代わりに(こた)える。その横にはババロドが控えているので、シジマ如きが暴れても怖くはない。

「都市の幹部? イナベってやつじゃねえのか?」

「そのイナベも来ていたわ。ヤナギサワを紹介する為にね。クズスハラ街遺跡の管理人格と取引した都市幹部が居る。ちょっと前にそう話題になったわよね? その都市幹部がヤナギサワよ」

 待たされてイラついていたが、新情報が飛び込んで来て考え始めれば、落ち着いて来る。

「……坂下重工じゃなかったのか?」

「坂下重工も来ていたわ」

「シジマさん、その辺りは後でゆっくり話しましょう。急いでお願いしたいことがあるのです」

「その前に説明しろ!」

貴方(あなた)の縄張りが焼却されるかも知れないのよ? 説明なんてしている場合ではないのよ」

「あと数日で都市が焼却する場所を決定します」

「な!? 焼却!? どういうことだ!」

 シェリルとヴィオラとに言われて混乱気味のシジマ。混乱を抑える為に話を聞こうとした。シェリルの思惑通りに。シェリルとヴィオラはまたしても、相談も無しに息を合わせていた。

 

「第2防壁建造計画は知っていますね?」

「当然だ。ちっとばかし儲けてるが」

「数日後に建造予定地が決定します」

「やっと答えが出るのか」

「馬鹿ね。確実に儲けたいなら答えが出る前に売るのよ」

「何でだ!?」

「ヴィオラ、それは後にして。建造予定地が決まれば、その内側にある下位区画は中位区画になります。つまり下位区画が減ります」

 下位区画が減った分、現在のスラム街を下位区画にして補充する。するとスラム街が減るので、現在の荒野にスラム街を作る。その過程で、現在のスラム街を下位区画にする為に更地にする。つまり焼却だ。

「建造予定地が決まるまでは下位区画になる場所も決まりません。だから焼却予定地も決まりません」

「待て待て。下位区画にするからって必ず焼却する訳じゃねえだろう」

「焼却します。必ず焼却するんです。例えば八林診療所があるあたりです。7年前に都市が下位区画を拡張しようとして一度しっかり建てた。だけど頓挫して放置されている。そう言われています」

「ああ、知ってる。確かにその前にあの辺りは焼却された。お前は知らねえだろうが、ありゃ焼却されて当然だったんだ。下位区画にするからって焼却したんじゃねえぞ」

「逆です」

 

 下位区画とスラム街との間には明瞭な相違がある。都市と契約した警備会社が居ない、という話ではない。物理的な相違があるのだ。

 その端的な例が大通りだ。下位区画の大通りは、防壁からほぼ等距離となる同心円弧状の環状線と、クガマビルを中心とした放射線とがある。だがスラム街の大通りは環状線しかない。しかもその大通りから荒野側へと向かう通りは数が少ない。逆に都市側に向かう通りは沢山あるが、大半は袋小路になっていて都市側にある隣の大通りには(つな)がっていない。

 これは、荒野側から侵入したモンスターが大通りを通って下位区画へと雪崩れ込むのを妨害する造りになっているのだ。モンスターが都市へ向かおうとして行き()まりの大通りに入れば、大幅な足()めになる。

 スラム街は、その足()めの為に存在しているので、足()めが出来るように作られる。下位区画はそんな役目は無いので、便利に移動し易いように作られる。

 つまり八林診療所の周辺はスラム街として作られたのであって、下位区画にするつもりなど最初から無かったのだ。

「スラム街の造りでは不便で資産価値が低いので、都市はそのまま下位区画にする気はありません。だから更地にしてから改めて下位区画として作り直すのです」

「更地にするってことはつまり焼却だって訳か」

 シジマはシェリルの言うことをある程度認めた。大規模に建て直す、それも地割りや道の敷き直しまでするのなら、焼却した方が安価に済むだろう。この場合の焼却とは、焼夷弾を大量にばら撒いて焼き払う部分は省略してあるが要するに更地にする、という意味だ。

「しかしだ。その話には致命的におかしなところがある」

 

 スラム街と下位区画とは造りからして異なる。そうシェリルは言った。だがそうだとすると、都市はスラム街をスラム街にするべく作った、スラム街は全て都市が作ったことになる。スラム街の住人にその費用など出せるはずもない。となると無料で、ということになる。スラム街の道路や建物の全部を無料で。

勿論(もちろん)、その通りです」

「そうだろう? 無料で作るわけがねえ」

「いいえ、違います。スラム街の道路や建物は都市が作ったのです。全部。無料で。そしてこれからも作るのです。都市が。無料で。先程言いましたね? 下位区画に補充された分スラム街が減るので、現在の荒野にスラム街を作る。その新しいスラム街をこれから作るのです。都市が。無料で」

「本当か!?」

「本当です。正確な場所は未定ですが、大体の場所と規模は貰っています。あと、簡単な消毒や応急処置を格安でしてもらえる小さな診療所を幾つか作ってもらえることになっています。それを含めて、どこに、何を、どの程度欲しいかを、都市に要望を上げて建設計画の地図製作と移住計画とを打ち合わせることになりました。数日後に」

「な……んだと?」

「それでシジマさんにお願いしたいのは、各徒党の拠点の規模や人数、縄張りの面積、経営している店舗があるようならその業種と数や配置ですね。そういった意見や要望をまとめておいてもらいたいのです。建設計画の地図製作会議に参加した時に、それを元に都市と交渉したいと思います。新しいスラム街のどこを誰の縄張りにするかの配分が必要になりますし、それに基づいて拠点となる建物の大きさ、規模、間取りなどもその時に要望しなければなりません。意見が無ければ私が適当に決めます。あと建設と同時に焼却も進めていく予定ですので、現在の拠点の位置も必要ですね。今の拠点が焼却される前に行先になる新しい拠点が作られるような順番にしてもらえるように交渉しなければなりません。そういった情報や要望を、全部の徒党の分をお願いします。数日後には必要になりますので、それまでに」

 

 全ての縄張りは滅茶苦茶になっていて、揉め事が発展した抗争が多発している。散り散りになっている徒党もあれば、縄張りが立ち入り禁止になったので他の徒党の下に入った徒党もある。どの時点での徒党、どの時点での縄張りなのかも問題だ。

 その100を超える徒党の意見をまとめる。数日で。

「……ボス? ボス!」

 シジマは意識を失った。

 

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