ツバキの接待   作:再構築世界

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第2話 ツバキハラ方面

『なあアキラ』

『……何だ』

『もしかして道に迷っていたり、或いは適当に進んでいたりしていないか?』

「ない。そういうどうでもいい話なら口で言え」

 ここはもうクズスハラ街遺跡の奥部と言って良い場所だ。外周部であればキャンピング・カーの機銃でもシロウのAAHでも充分に戦えるが、奥部のモンスターを相手にするのは無理がある。戦えないわけではないが、戦える回数が少ない。残弾が多くないからだ。見付からないように進むしかないのだ、荒野仕様の大型キャンピング・カーで。

 その為に、ゆっくりと進んだり、()まったり、後退(バック)したり、また前進したり、同じビルの周りをぐるぐると廻ったりしている。そもそも車両が通れる道が少ないのだ。

「大丈夫なのか?」

「モンスターに見付からないように()けているだけだ、気にするな」

「そっちじゃない。声を出しても大丈夫なのか? モンスターに見付からないのか?」

「大丈夫じゃない。だけどお前の遅い念話の相手をするよりは楽だ」

「遅い? 遅いって何だよ。確かにお前の念話は(すご)いよ? 映像(イメージ)どころか感情まで鮮明(クリア)だ。俺達の教師だってここまで鮮明(クリア)じゃなかった。でもそれは遅いとかじゃないだろ?」

 アキラが念話で送信出来るのは映像(イメージ)や感情だけではない。意思や意図、計画なども鮮明(クリア)に送信出来る。アルファが訓練したからだ。シロウには出来ないどころか、出来ることすら知らない。それどころか逆に、感情がダダ漏れにならないように念話で感情を送らないように訓練されている。もしも印象を鮮明(クリア)に送信出来るなら思考誘導(マインド・コンドロール)、感覚なら洗脳、理解なら端末化という、悪質で隠密(ステルス)な精神汚染攻撃が可能になる。だが、アキラが言わんとしているのはそれではない。

「違う。遅いんだよ。こうやって話してるのと同じ速さだろ? もう少し速く出来ないのか?」

「速く!? どういうことだ!?」

『アキラ、無茶を言わないで』

『無茶なのか? 俺にだってこうやって出来てるんだぞ? シロウは俺より(すご)い旧領域接続者なんじゃないのか?』

『旧領域接続者としては(すご)くても、ハンターとして(すご)い訳ではないわ。こうやってアキラが高速に念話が出来るのは体感時間の圧縮をしているからであって、旧領域接続者としての能力ではないのよ』

「無茶か。そうだな。悪い。変な風に当たっちまったな。ちょっと強いモンスターが沢山居て()けるのが面倒で機嫌が悪かったんだ」

 

 自分もアルファに同じことを()いたことがある。だが八つ当たりなどされなかった。装備さえ調っていれば軽く殲滅出来る。そんなモンスターから逃げ隠れしなければならない。それは意外と大きな抑圧(ストレス)となってアキラの機嫌を悪くしていた。

(あの時のアルファだって、あの時の俺が登録しただけの自称ハンターのガキじゃなければ、例えば今の俺だったら、あんな風に行ったり来たりしなくて済んだんだよな。その原因である俺がやらかしても、アルファは俺に八つ当たりなんてしなかった)

 あの頃から自分はアルファに大切に扱われていた。そのことを再確認して、アキラの心が少し暖かくなる。アルファと出会う前の自分だったら取引しようとは思わないはずだ。それを否定することが、これから取引をする為に自分の機嫌を取らなきゃならなかったはずのツバキにさえ出来なかったのに。

 

 アキラは誤解している。ツバキは確かにアルファと出会う前のアキラとは取引しようとはしなかっただろう。だが、アルファと契約した直後のアキラとなら取引したのだ。しかし、この誤解は(むし)ろ都合が良い。アキラにとってもツバキにとっても。ただ、アルファにとっては、極めて都合が悪い誤解だった。もしもアルファがこのやり取りを知っていたならば、間違い無く詭弁を指摘し論理的な誤りを解説することで誤解を()いたことだろう。アキラが優秀だから取引を持ち掛けたのではない、アルファとの契約を破棄させる為に取引を持ち掛けたのだ、と。だがアルファにその指摘は出来ない。知らないからだ。

 アキラの、(ひど)い目に遭わせてくれたはずのツバキに対する憎悪の無さもこの誤解の所為だ。ツバキは自分を取引に値すると認めた。自分を認めてくれている。そう思っているから、(ひど)い目に遭わされたのではなく、運悪く巻き込まれてしまったのだと認識しているのだ。対応に困って慌てている内に気付かずに追求せず流してしまった内容を、後でよく考えていれば違ったのかも知れないが。

 ツバキはこの発言の後、アルファの契約者としてではなく、またアキラの実力によってでもなく、アキラの性格を高く評価したことで、アキラを本当に認めた。アキラが誤解をしているので、ツバキがアキラを高く評価している事実を、ツバキがアキラを認めている事実を、アキラは疑うことは無い。だがもしもアキラの誤解が解けてしまえば、ツバキがアキラを認めている事実はアキラに疑われてしまう。アルファの契約者を誘惑して契約を破棄させる為に(だま)している。そう思うはずなのだ。

 ツバキの細やかな嫌がらせ(ハラスメント)は、本人が思ってもいなかった方向でツバキに利益を与えていた。

 

           ◆

 

「いや待てって。落ち着けよ。速くってどういうことだ? 早口言葉みたいに念話するのか? どんな感じになるんだ?」

 念話が速く出来る。それはシロウの想像力を刺激した。

 遺跡でハンターが突然死亡する事例が稀にある。それは無自覚の旧領域接続者だった可能性が指摘されている。その自覚も制御も出来ずに遺跡から膨大な情報を取得してしまい、脳がその情報量に耐えきれずに脳死した。その可能性だ。

 膨大な情報を取得する――短時間に。即ち高速に。

 逆に高速な念話で膨大な量の情報を送信すれば、敵の脳がその情報量に耐えきれずに脳死させられるかも知れない。逆に自分が旧領域経由でクラッキング的に攻撃された時にも、もしもそれが実は高速な念話によって膨大な情報量を送って来たに過ぎないのであれば、高速な念話が可能なら無害だ。もしも今シロウが発声ではなく念話で会話をしていたなら、きっと期待や歓喜、聴きたさが感情となって隠し切れずにアキラにダダ漏れていたことだろう。

『アルファ、どう説明すればいいんだ? やってみても大丈夫か?』

『大丈夫よ。アキラに送信可能な程度の情報量ならシロウが脳死することはないわ』

 アキラは可能かどうかという意味で()いたのだが、やっても最悪の事態は()けられるという返答が返って来た。喰い違ってはいるが要するに大丈夫。そう解釈したアキラは軽く()いてみた。

「興味があるなら今やってやろうか?」

「頼む! あ、いや待て。ゆっくり。ゆっくりな」

 高速な念話をゆっくり。その矛盾した表現にアキラは苦笑した。自分も同じように考えていたからだ。

『なら最初は普通に。段々と速くしていこう』

『俺が()めたら()めてくれよ?』

『試しにやってみるだけだから安心しろ。俺はお前に借りがあるけどだからと言って坂下に報告されて目を付けられても良いって程の借りじゃないんだ坂下の勝手な都合で断り難い仕事を無理矢理に――』

 アキラはシロウに試しに送信する大量の情報として、アキラのことを坂下重工に報告して欲しくない愚痴を選んだ。それを念話で途切れることなく伝えた。息継ぎが必要無いので本当に途切れない。念話を続けながら少しづつ体感時間を操作していく。

 だがわずかに体感時間を圧縮した程度で、もうシロウの表情が驚愕に染まった。軽く圧縮した頃には困惑に。意識的に圧縮し始めた頃には苦痛に。意味がある程度に圧縮しようとしたら、シロウが降参(ギブアップ)した。

 

 シロウはやり方を()いてみた。まだアキラは本気を出していないのにこれほどの頭痛を引き起こせるのだ。全力を出したら脳死させられるに違いない。そう思ったからだ。実際にアキラが本気を出して高速念話しても、シロウの脳はそれをノイズだと判断して無視してしまう。段々と速くしていったことでノイズではないと判断するギリギリまで速く出来ただけだ。ノイズとして無視されないように送信する方法をアルファは教えていない。アルファなら問題無く受信出来るので不要だからだ。

「加速剤? 戦闘薬のか? あれってあんまり役に立たないって聞いてるぜ?」

「いや、念話でしか使わないから回復とか反応速度とか集中力とかは要らないんだ。身体補助薬の方の、知覚間隔加速調整剤で充分だ。戦闘薬は負荷が大き過ぎるしな。それと加速剤だけ使ってもあんまり役に立たないのは本当だ。速く思考出来ても速く動けるようになる訳じゃないからな。加速剤とは別に速く動けるようにする訓練をするとか義体やサイボーグにするとかしないと、殺されることがはっきりと分るようになるだけだ」

「そうか、念話だから速く動く必要は無い。なるほど……」

「で、俺は加速剤が無くても、その加速剤を使った状態になれる」

「そんなこと出来んのか!?」

「出来るやつは結構いるぞ。加速剤を使ってるのと違って速くなってる時とそうでない時とがあるから戦ってるのを見てると結構分かるもんなんだ」

「そうなのか……」

「薬じゃないから必要な時に短時間だけとか、どのぐらい加速するかとか、そういうのが自由に出来る。さっき少しづつ速くしたのも、薬だと出来ないはずだ」

「そう考えると、加速剤じゃ意味が無いんだな。その加速剤を使わない方法って、どうやって訓練するんだ?」

 シロウは雑談のような雰囲気で軽く()いた。どう考えても月定(つきさだ)層建の工作員の機密、秘術に違いない。うっかり口でも滑らせてくれれば――

「うーん。結構難しいんだよな。要は死の危険を感じた時に極度の集中力を発揮して死ぬほどの危機的状況を回避しようとして無意識にやるのと同じことを、危機的状況だと自分の脳を(だま)すことで意図的に操作出来るようにするんだ」

(口を滑らせた!?)

 シロウは驚愕と共に、その一言半句も逃さず記憶した。重大なヒントだ。迂闊にするとこれだけでも殺されても不思議じゃない。それが出来ることを今身を以って教えられたばかりだ。

 そして誤魔化す。伝わらなかった、大した興味は無い、そうアキラに思わせる為に。あれだけ強く興味を示しておいて今更だが。

「さっぱりわかんねーぜ、ははは。アキラは強いだけかと思ってたら結構すげーんだな。具体的にどう訓練すればいいのか想像もつかねーや」

 

           ◆

 

 突如200メートルほど高速後退(バック)して横道に入った。そこで停止する。

『ここでしばらく待つ。次をやり過ごせば、後は大丈夫だ』

 アキラが念話でシロウに伝えた。先程まで居た道の向こうからモンスターが来るから、そいつがこの横道のすぐ向こうの十字路を曲がるまで待つ。すぐ近くを通るから音を出さずに静かにしてろ。

『了解だ。大丈夫ってのはどういうことなんだ?』

『ここの道を抜けたら、モンスターが来ない場所に着く。そこまで行ければ安全だ』

 モンスターが来ない場所って何処だろうか。そうシロウは疑問に思ったが、()えて()かないことにした。しばらく待ったら索敵機器にモンスターの存在が表示された。こんな感じでアキラは今まで何度もモンスターが来るのを予言し、的中させてきた。多分この辺りにハンター稼業で来たことが何度もあって、地図屋並みに詳しくなったのだろう。ツバキの伝手があるのも、きっとその所為だ。

(いや、違うな。裏切りを誘う亡霊が派手に暴れた件か。例の、ヤナギサワがツバキと交渉した、あの大規模遺跡探索。あの時にアキラも取引をしたんだ。いやしなかったのか。決裂したって言ってたもんな)

 シロウは誘う亡霊シリーズの噂を、一つを除いて全て、その元々の噂から実際に何をやったのかまで含めて全てを知っている。坂下重工の記録に残っているからだ。だから裏切りを誘う亡霊が暴れる前には、複数のハンターと取引をしていたことも知っている。今回もそうだったのだろう。

(アキラはツバキと交渉が決裂した。だが殺されなかった。何故(なぜ)か。殺せなかったからなんじゃないのか? ツバキはクラッキング的に脳死させようとしたんだが加速剤のような速度で処理して無力化した。高ランクハンターだから身に付けた能力で。ツバキと交渉したヤナギサワは強い。アキラがそう言っていた。だとすると、ヤナギサワも加速剤のようなことが出来るんだろう。ハーマーズも出来るかも知れないな。確認しよう、訓練方法が分かるかも知れない。だとすると仮説が立つ。高ランクハンターとかの、加速剤のようなことが出来る旧領域接続者であれば管理人格と取引が出来る? ヤナギサワは実は旧領域接続者?)

 もしもヤナギサワが旧領域接続者であるならば、この仮説が信憑性を持つ。予算を与え何人かの(成績の悪い)旧領域接続者を潰してでも実験する価値があるだろう。シロウはそう評価した。それでなくとも高速な念話が出来ることは有益だ。本当に脳死させられるか実験する必要はあるが、もしも出来なかったとしてもあの頭痛だ。脅すのに使える。相手は脳死させられる力があると信じるに違いない。

(よし……この情報を持ち帰れば、ツバキとの交渉が失敗しても情報料である程度は相殺出来るはずだ。後はアキラが本当に俺が生きて帰れるようにツバキを説得してくれさえすれば、俺は助かる)

 価値ある情報である可能性が高そうに見せる。高く買わせる。その為の化粧箱は、何とかなりそうだ。

 

 シロウの推測は間違っている。ツバキがヤナギサワとの取引に応じたのは、ツバキがヤナギサワの弱味を握っているからに過ぎない。相手がヤナギサワであれば、約束を守らせる為の労力が少なくて済む。それだけの話だ。

 そしてそれ以前に体感時間の圧縮は、それ自体が脳に大きな負荷を掛ける。体感時間の圧縮をやり続け過ぎると脳死する。体感時間を圧縮しても脳死を回避することは出来ないのだ。

 だが、シロウはそんなことは知らない。

 化粧箱は所詮、化粧箱に過ぎないのだ。

 

           ◆

 

 索敵機器に映るモンスターの位置が離れて行く。まだそれほど離れていないのにアキラはキャンピング・カーを発進させた。

『まだ大して離れてないぞ!?』

「もう大丈夫だ」

「こんなに近いのにか? さっきは索敵機器に映らないほど遠くても高速で後退(バック)して隠れてたのに?」

「……この大通りには他にこのキャンピング・カーが隠れられる場所が無いからな。目視されれば見付かるから急いだんであって、音を聞かれるから急いだんじゃない」

「そういうことか」

 安心するシロウを見ながら、アキラはアルファに()いてみた。

『今のは流石(さすが)に感づかれたか? 大丈夫か?』

月定(つきさだ)層建も大変ね。一番大変なのは今クガマヤマ都市に潜入している本物の月定(つきさだ)層建のエージェントでしょうけれど』

『そんなのが潜入してるのか?』

『わからないけれど、潜入していないとは言い切れないわ』

 全部そいつに押し付ける。そう言わんばかりのアルファに、アキラは苦笑した。

『そんなやつが居たら、ものすごく運が悪いんだろうな』

『アキラの運の悪さを押し付けられているのだから、きっとものすごく運が悪いはずよ』

『俺の所為か?』

『そうよ』

 どこかの誰かの都合で、どこかの誰かが面倒事を(こうむ)る。珍しく自分が前者になったな、もしかしたら初めてかも。アキラはそう思って少し機嫌を良くしながら、当面の目的地へとハンドルを切った。

 モンスターが来ない場所――都市の警備部隊が強固で徹底的な警備体制を敷いている警備網の中へ。

 

『おい!? 先に言えよ!』

 シロウが慌てて迷彩機能を有効にして奥へ隠れた。

 アキラが運転するキャンピング・カーが進む先には、警備部隊に配属されている都市の防衛隊から派遣された人型兵器3機、戦車3両、荒野仕様の武装装甲車が1台、そのずっと向こうに、かつてアキラが戦って倒したことがある黒い機体――クガマヤマ都市が新採用した新型人型兵器、吉岡重工製の黒狼が1機、さらにその背後には、区画844の周囲を取り囲む廃ビルに偽装した防壁が見えている。

 シロウは坂下重工には見付かっても問題は無い。だがクガマヤマ都市、より正確にはヤナギサワに見付かると問題だ。シロウは表向きにはまだ脱走中であり坂下重工が捜索中ということになっているのだから。これは坂下重工が、可能な限り秘密裏にシロウをツバキと接触させたかったからだ。ツバキとの交渉準備が進んでいることすら知られないように。可能な限りツバキとの交渉をヤナギサワに干渉されないように。干渉する準備をする時間を少しでも少なくさせる為に。

 元々はクガマヤマ都市周辺で坂下重工から迎えが来る予定だった。坂下重工に報告したからだ。だがアキラが坂下重工に報告するなと言うので、アキラに詳しく伝えられなかったのだ。

 アキラはそのまま、敵性と認識されない程度の低速で荒野仕様の大型キャンピング・カーを走らせて近づいていく。その間に念話でシロウと認識の相違を罵り合いながら埋めていった。ついでに、今後のアキラの行き当たりばったりな計画(笑)についても認識を合わせておく。

『本当に行き当たりばったりだな』

『うるせえ』

 

           ◆

 

 近づくにつれて人型兵器3戦車3装甲車1が警戒態勢の配置に移動する。キャンピング・カーが囮である可能性に配慮した布陣だ。装甲車は荒野仕様の武装装甲車で、ハンター向けの多くの車両と異なり車載の機銃で攻撃する設計の、搭乗者が自分の装備で攻撃することが想定されていない車種だ。全体が箱型で屋根も側面もまっ平なので、力場(フォースフィールド)装甲(アーマー)式なのだろう。戦車は安価な戦力向上の為だ。そう思ってしまうのは、人型兵器と一緒に配備されて居る所為だろう。クズスハラ街遺跡は倒壊したビルのような大きな瓦礫(がれき)を除去出来れば戦車を運用するには悪い環境ではない。だから逆に、人型兵器の方が手近な戦力向上だった可能性もある。その人型兵器は都市の防衛隊だ。肩幅と同じぐらいの大きな脚を持ち、熟練者ではない操縦者でも転倒し難い設計の典型的な人型兵器だ。戦車と比較すると移動燃費は悪いし単純火力も劣るが、足場が悪くとも移動が可能で武装の変更も容易なので、高額さに見合う運用の柔軟性を持っている。

 それらが連携して警戒態勢に入った。その中から装甲車が近寄って来る。通常の警備、侵入者の身柄をある程度考慮する人道的な警備網に入ったからだ。人道的ではない警備網とは戦車達のさらに向こう側、黒い人型兵器、黒狼が監視している範囲だ。

 

 装甲車が充分に近づいて来たところで、アキラがキャンピング・カーを()めた。さらに屋根の上の機銃を全て、ゆっくりと横に向ける。それに合わせて装甲車も機銃を横に向けて、停車した。荒野仕様の大型キャンピング・カーの前では、荒野仕様の武装装甲車が小型車のように見える。

 お互いに一人づつ()りてきた。装甲車からはゆっくりと。キャンピング・カーからは飛び()りて。どちらも武装しているが、構えてはいない。

「こちらはクガマヤマ都市特別封鎖区画警備隊だ。そちらは我々の警備区域に侵入している。封鎖区画へ侵入する意図が無いのであれば引き返してくれ」

「封鎖区画に用がある場合はどうすれば良いんだ?」

 アキラが()くと、兵士は都市の方を指さした。

「都市から許可を得ているなら、ずっと向こうにある警備本部で申請して指示に従ってくれ」

「都市から許可を得てない場合は?」

「ふざけているのでないのなら、俺が交替した後で来る次の誰かに()いて欲しいね」

「交替するまで何分ぐらい待てば良いんだ?」

「おい、本気か?」

 兵士は驚いて聞き直しながら腕を動かした。要警戒、敵性の可能性あり。その軍用サインであることはアキラでも知っている。ハンターになって間も無い最初の頃、ハンターの基礎知識だからとアルファに言われてネットで勉強した内の一つだからだ。

 当然、それを見て向こうに居る人型兵器が巡航姿勢から防衛態勢へと関節部を変形させた。まだ攻撃態勢には入っていないが、いつでも攻撃態勢に移行出来る。

 

 封鎖区画はツバキの管理区画である。完璧に管理されている旧世界の都市。そこにある英知の価値は計り知れない。得られるであろう金、地位、名声、利権、好奇心は如何ほどのものか。それは、都市を個人で脅せる東側の領域の高ランクハンターにとっても魅力的であることは分かっている。そしてそんな高ランクハンターにとっては、クガマヤマ都市を敵に回すことなど造作も無いのだ。躊躇(ためら)うことなく兵士達を殲滅して封鎖区画へ侵入するだろう。その価値があるのだから。

 今のアキラは強化服を着てAAH突撃銃2挺だけを持った若者だ。一見して強敵ではない。だが兵士は都市の防衛隊から派遣されて来ている。防衛隊の座学で学ばされる近隣で流通している装備や車両の知識の中にアキラが着ている強化服ロスカーデンは無い。つまり、最近増えている東側の領域から来たハンターの可能性が高いのだ。だとすればAAHも、高額な改造品がたっぷりと詰め込まれているに違いない。

 出来ることならAAH愛好家(フリーク)で、AAHで黒狼と戦って勝った動画を撮影しに来たとかであって欲しい。黒狼は新型機だから、まだ誰もAAHで戦いを挑んでないから、とかさ……ワンチャンありそうなもんじゃないか? 

 

           ◆

 

 俺が交替した後で来る次の誰かに()いて欲しい。それが冗談であることぐらいは、流石(さすが)にアキラにも分かる。つまり、このままだと交戦は確実だ。だがそれはアキラの望むところではない。

 アキラは、目の前で緊張している兵士を無視してその後方へ向かって手を振った。すると(はる)か向こうに居る黒狼が気付いて手を振り返す。直後に情報端末に短距離通信による通話要求が届いた。ネリアだ。貸出端末ではなくアキラの自前の情報端末なので、勝手に接続させる権限は無い。

「アキラだ」

「久しぶりね、アキラ。私と戦いたくてこんなところまで来ちゃったの? 悪いけど今仕事ちゅ『こちらA01。E124、不確定名AAH愛好家(フリーク)はあのアキラである可能性が高い。本人に()いて身分照会してくれ。送れ(オーバー)』『こちらE124。A01、了解。現在不確定名AAH愛好家(フリーク)は情報端末で誰かと通話中。それが終了し次第身分照会を行なう。あのアキラとか勘弁してくれ。送れ(オーバー)』『こちらA01。E124、了解。無事は祈っておいてやるから怒らせないように目的を()き出してくれ。送れ(オーバー)』ごめんね、アキラ。すぐ済ませるわ。『こちらビーよんにー。エーまるひとー、不確定名AAH愛好家(フリーク)はあのアキラで間違い無いわ。今私と通話中よ。おくれー(おーばー)』うるさくてごめんね、私今しご『こちらA01。B42、確定名あのアキラと交戦経験があると記録にあるが間違いないか。至急必要戦力と推定戦域を送ってくれ。君以外の教官が二人とも搭乗準備に入った。10分以内に現着する。また近隣警備区画の一次警備要員を退避させる。気を引いて時間を稼いでくれ。送れ(オーバー)』」

「俺の確定名はアノアキラなのか?」

 アキラが思わず(つぶや)いた声に、情報端末の向こうとキャンピング・カーの奥から噴き出した声が聞こえた。

「ごめんね、ちゃんと言っておくわ。『こちらビーよんにー。エーまるひとー、通信が丸聞こえよ。確定名アノアキラから確定名アキラじゃないのかって苦情が来てるわ、通話中と言ったでしょう。交戦経験っていつの話かしら? 共闘経験ならあるけど、息もぴったりのベスト・バディーだったわ。それと確定名アキラは単独ではない可能性があるの。乗って来た車両から人の気配がしたわ。依頼人が一緒に居るなら交渉の余地があるかも知れないの。だけど通信だと内情がバレてやり難いのよ。一時離脱して直接交渉する許可が欲しいわ。おくれー(おーばー)』待っててね。すぐ『こちらA01。B42、確定名アキラとの直接交渉の為に一時離脱ではなく離脱を許可する。交代要員を送るから交渉後は本部に帰投せよ。分かるよな? 万一のことがあっても何とかなりそうな、離れた場所に誘い出して交渉してくれ。すぐ離脱しろ。送れ(オーバー)』『こちらビーよんにー。エーまるひとー、了解。すぐ離脱するわ。おくれー(おーばー)』すぐに行くわ、アキラ」

 だが通信は切れず、(はる)か向こうに居た黒狼が機体の足の裏にある移動機能を使用して地面を滑るように高速で移動して来る。代わりに、そばにいた兵士が装甲車に飛び乗って(すご)いスピードで離れて行った。

 

           ◆

 

「今日は近接武器を持ってないんだな」

「持ってるわよ?」

 ネリアはそう言うと、黒狼の背中からブレードを抜いた。奥の兵士達が戦闘かと(おのの)いたが、目の前で自分の何倍もの長さのブレードを抜かれたアキラは(あき)れただけだ。

「抜いて見せなくて良いよ。銃を持ってるのを初めて見たから、少しは真面な考えを持つようになったのかと思っただけだ」

「使う気は無いけど、部隊の規定装備だから持たないわけにはいかないのよねー」

 ネリアは不服そうに言いながらブレードを仕舞う。

「通話で話すなら、車内に戻って良いかな? 持ってるのも見上げてるのも面倒なんだ」

「良いわよ。場所を移動して欲しいからちょうど良いわ」

「奇遇だな、実は俺も移動したいんだ。あっちにだけどな」

 言いながら、アキラはキャンピング・カーに乗り込む。その視線は人型兵器や戦車の向こう、廃ビルに偽装した区画844の周囲を取り囲む防壁を見ていた。

 

 アキラが運転席にあるホルダーに情報端末を固定する。ついでだから映像(イメージ)送信を有効にした。ネリアも映像(イメージ)送信を有効にしたので、情報端末にネリアの顔が映る。笑顔で手を振っているのを見て(あき)れ顔になってしまう。

「それでアキラは何をしに来たの? 黒狼に乗った私と戦いたいのだったら確実な方法だと思うけど、そうじゃないのよね?」

「そうじゃない。戦わずに済むなら戦わずに済ませたい。そっちのデカい廃ビルの向こう側に行きたいんだ。向こう側に行くのを邪魔しないでくれれば、後は自分でやるよ」

「私は今それを防ぐお仕事をしてるの。大好きなアキラのお願いでもはいそうですかって通す訳にはいかないのよ。代わりに付き合ってくれるって言われても駄目なの。それに向こう側に行って何をするつもりなの?」

「ハンター稼業じゃないから大丈夫だ」

「大丈夫じゃないのはハンター稼業以外にも色々あるわ」

 駄目だろうとは思っていたが、アキラが想像していた以上に駄目だった。知り合いが居れば何とかなるかも、と思ってアルファに()いたらネリアが居て、他には居なかった。だからネリアのところに来た。だがネリアはアキラと戦いたがっている。その上でネリアは仕事に忠実であろうとする性格だ。そして何よりも、ネリアは狂人なのだ。金とか損得とか信用とか恐怖とか、そういった何かに悩んだり迷ったり疑ったり揺れ動いたりしない。ある意味で信用出来る人間なのだ。

「うーん……」

「何か取ってきたい物があるなら、誰かを代わりに取りに行かせられないか都市に掛け合ってみましょうか? それが探し物でも大丈夫よ。でも救援依頼を請けたんだったら都市が横取りすることになるけど、それは許してね?」

 返しようもなくアキラが困っていると、シロウから念話が届いた。

『アキラ、困ってるんじゃないか?』

『困ってる。だが坂下に報告するんじゃない』

『その辺はやりようってもんがあるんだぜー』

 

           ◆

 

 クガマヤマ都市長期戦略部――統治企業の経営のシンクタンクであり、優秀な問題児が集まっている。問題児は色々な問題を起こすけど長い目で見てあげてね、という意味で作られた隔離部署だ。15年前にそう冗談を飛ばして幹部会を凍り付かせた男が一番大きな事務室(オフィス)を与えられている。部長よりも大きいので初めて来た部長の客が間違えて入って来ることが時々ある。

「それもイナベに廻せ、新しい種類の遺物でなければ俺に()くな全部イナベに廻せ、区画の管理があいつの仕事だ、俺の伝手から来てるクレームも全部あいつにやらせろ、他にあるか? 無いな。よし次、後方連絡線の進捗、モンスターの種類も全部入力してから報告しろ全部だ、自動複写されないのがあるのはスペルミスがあるからだ、ミス候補に目視で登録して独創的なスペルミスをしやがった担当者に文句を言え。次。第2防壁、下位区画――」

「主任!」

「――延伸の担当者は……この忙しい中に割り込むぐらい緊急の要件なのかな?」

 ここ1ヶ月以上シロウ捜索に集中していた所為で、仕事が溜まっているのである。それが流石(さすが)に放置出来なくなってしまった。確実にシロウを捕獲出来るのであれば放置しても構わない。だが失敗する可能性があるのであれば、その後に再起する為にも、これ以上の放置は悪手だ。仕方なく大急ぎで処理しているところなのだ。相応に重要な要件でなければ許さない。

「坂下重工様のスガドメ専務から直通の通話要求が来ています」

「それは緊急だね」

 ヤナギサワは意図的に疲れた顔を浮かべた。

 

 長期戦略部でヤナギサワに与えられている巨大な事務室(オフィス)の一角に、情報漏洩(ろうえい)対策済の小さな執務室がある。部下にさえ漏らせないような機密作業を行なう為の部屋で、収納も印刷機も一切無い。データは全て社内通信によりデータ共有システムに格納する前提で設計されている。

 ヤナギサワは急いでこの執務室に入り、スガドメからの通話に出た。

「お待たせ致しました、ヤナギサワです。お久しぶりで御座います。シロウ君の捜索では未だ良い報告が出来ませんで――」

 

           ◆

 

勿論(もちろん)その結果、当社の交渉人や同行者達がどうなろうと、君やクガマヤマ都市に責任を問うつもりは無い」

 坂下重工の専務、スガドメの立体映像(イメージ)がいつものように落ち着いた口調で免責を明言した。だがヤナギサワもはいそうですかとは言えない。

「いえいえ、そちらは正直な話そもそも責任を負おうとも思ってはおりません。そちらではなく彼女の方に、なのですよ。何しろ弊社が契約しましたのは彼女でございますので、彼女に対して責任を負わなければならない立場なのです。その為に事前に彼女に話を通しておかなければなりませんので、今すぐと急に言われましても……」

 企業支配社会なのだから、契約を盾にすれば無理は引っ込むのが常識だ。契約はそれだけ重い。

 だがスガドメは引き下がらない。

「そちらの事情は理解する」

「ありがとう御座います」

 交渉は、相手の主張を認めなければ始まらない。相手の主張を無視して良い脅迫とはそこが根本的に異なる。だが認めた振りをするだけでは駄目だ。そしてヤナギサワは、認めた振りに(だま)されるような弱者ではない。

「しかしだ、君に話を通しても結果はあれだ。当社が当社の用意した伝手で再交渉をしたいと考えるのは当然なのではないかね? 君に手間を掛けさせようとは思っていない。今B42の兵士の前に居る当社が委託している人員が入るのを見逃しさえすれば、それで良い」

 それで良い、と言われても、それが一番良くないのだ。そもそもツバキの許可など全く関係無く、ヤナギサワの都合でヤナギサワ自身が誰も入れさせたくないのである。ツバキだの警備だのは全て、誰も入れないように封鎖する為の名目に過ぎないのだ。そんな名目が要る辺りが、たかだかビル一つに過ぎないセランタルビルとは根本的に異なる。

「ですので入れる為に、こちらから彼女に話を通させていただきたいのです。2時間ほどで結構です。お時間を頂戴(ちょうだい)できましたらご要望通り入れるように手配が出来ます。お約束いたします」

 本当にツバキに連絡するだけなら2時間も要らない。入れる前に様々な調査をしたいからだ。本当は今したいところなのだが、今する訳にはいかない。お互いの立体映像(イメージ)が見えているのだ、交渉中に怪しい行動をするのは危険である。相手の地位が上過ぎる現状では、礼儀に欠けた態度を指摘されれば変に圧されて面倒なことになるだろう。

 誰が、いつ、どうやって、どのように、ツバキとの再交渉の手筈(てはず)調(ととの)えたのか。今兵士の前に居る者の顔写真だけでも入手したい。

 一人はシロウだ。優秀な旧領域接続者が居ればツバキとの円滑な交渉に役立つ。そうヤナギサワ自身が言ったのだ。そういう名目で借りるだけ借りておいて、他の目的で使う為に。それを真に受けた坂下重工が強気になるのは当然だ。

 確定ではないが、もう一人居るはずだ。ヤナギサワの予想では、シロウは護衛としてアキラを雇っている。その為にあらかじめ接触していたのだろう、旧領域接続者同士で。ただ月定(つきさだ)層建のエージェントなのが気に掛かる。接触してみたら偶然月定(つきさだ)層建の所属だったのか? それとも最初から月定(つきさだ)層建と接触があってアキラを派遣されたのか? 確かに大流通の間引き依頼で予想外に強いモンスターとの交戦が多発し護衛予定だったハンターチームの依頼辞退が相次いで()いた穴にアキラが入っていた。だとすると、巨大都市間輸送車両のギガンテス3から脱走する前提で接触し、脱走する為に襲撃をさせた? 襲撃者に渡す情報が変に錯綜して、アキラと一緒に居る女かシロウかどちらが坂下重工所属の旧領域接続者だかわからなくなった? 今はまだ大勢に影響は無いが、いづれ問題になる可能性もある。警戒しておかなければならない。

 それよりも当面の問題は、肝心のもう一人、仲介者が今その場に居るのか、それともツバキに話を通しただけで一緒には居ないのか。一緒に居るならば調べるべきは警備隊だが、居ないなら警備隊を調べるのは無駄だ。ヤナギサワには、思い付く心当たりは2人しか居ない。少し前までは3人だったのだが死んでしまったからだ。そのどちらかか、それともそれ以外の誰かか。

「こちらも無理を言うつもりはないのだよ。先月の件で彼女の機嫌を(そこ)ねたと言っていたではないか。君を通してまた彼女の機嫌を(そこ)ねてしまえば君の身も危うくなるのだろう? だが君を通さなかったのであれば、君の失点にはならず、さらに警備費用を吊り上げる口実ともなるだろう。君にとって悪い話では無いはずだ」

 スガドメは直接的には時間を与えないとは言わない。だが黙殺することで時間を与える意思が全く無いことを伝えている。一言でも触れてしまえば、そこから話をどれだけ時間を与えられるかに限定されて、時間を与えると必らず言質を取られてしまうのだから。

「いえいえいえ、そんなご冗談を。相手が五大企業の一角たる坂下重工様とはいえ、ご要望に応じて契約を曲げたとなりましたら吊り上げるべき警備費用とは坂下重工様との決別費用だということになってしまいます。見捨てないで下さいお許し下さい、クガマヤマ都市もこのヤナギサワも、まだまだ坂下重工様のお力添え無しには立ち行かないのです」

 おべんちゃらを言っています、と顔に大きく書きながら露骨なおべんちゃらを言う。その文字は立体映像(イメージ)の向こう側でもはっきりと読み取れた。

 

           ◆

 

 シロウに待てと言われたアキラは、ネリアと雑談を装った情報収集をしながら待っている。話が通っているはずなんだけど通っていないなら遅れてるだけだと思うから現場に届くまで待っている。ネリアにはそう言って誤魔化している。いやネリアは少しも誤魔化されていないのだが、職務上問い詰めて開き直られると困ったことになるので同じことだ。

 間も無く交替の黒狼が来てネリアの代わりに配置に着いたが、それだけだ。何も起こらない。さらに雑談を続けたが、やはり何も変わらない。

 情報収集と言っても、聞けることは少ない。何でこんなところで警備をしてるのかとか、大規模遺跡探索の時に助けてくれた理由だとか、飛行型に輸送された大型モンスターの指令機のボスを倒した後に助けてくれた理由だとか。話が尽きたので、最初に戦った時に重装強化服に自爆装置が無かったと恨み言を言ってみたり。

 

 こんなところで警備をしている理由は、最近ヤナギサワがとても忙しいからだそうだ。それで護衛の仕事は無いからと遊ばせておく訳にもいかないので都市の防衛隊に黒狼の臨時教官として貸し出されている。先々週に第2期の新兵を送り出した。次に黒狼の納品が来るまでは訓練生が使う黒狼が足りないので教官の仕事が無い。それまでの間は他の仕事を割り当てられている。黒狼は既存の人型兵器と異なり大きな俊敏性を持っている。それだけ扱いは難しい。既存の人型兵器は近接戦や格闘戦は不得手とはいえ新人でも転倒し難いので、静止砲台ぐらいにはなる。だが黒狼だと立っていることすら難しい。立ち、ゆっくり歩き、射撃する。ネリアはそれが出来るようになるまで訓練する教官なのだそうだ。そしてそれが出来るようになった新兵は、その程度のことが出来れば役に立つ現場へと射撃訓練を兼ねた実戦経験を積まされに送り出されていくのだそうだ。

 ちなみに、最初に何でこんなところで警備をしてるのか()いた時は、アキラの所為だ、アキラが来なかったらもう少し向こうで警備をしてる、と(こた)えた。それを聞いて車内で隠れているシロウが噴き出した。

 

 大規模遺跡探索の時に助けてくれた理由は、予備の人型兵器が無かったからだそうだ。とても分かりやすい理由だったので一言で終わってしまった。だが現場に居なかったシロウには分かり難かったらしく、念話で解説を求められた。当然断った。念話が遅いからだ。この解説してくれと言われて断るまでの間だけで、ネリアに何を考え込んでるのかと不審に思われたぐらいだ。シロウとの念話は、目の前で内緒話をするには向いていない。

 それでふと思い出して、ネリアは加速剤なしに加速剤を使ったように出来るか()いてみた。アルファの推測通り脳改造手術を受けたらしい。本人は脳機能拡張手術だと言っていたが。これを聞いてシロウは脳機能拡張手術でも良い可能性があることを知って拳を上下に振っ(ガッツポーズし)た。キャンピング・カーが小さく揺れた。

 

「そういえば、当事者以外に聞かれると不味(まず)いんだけど、あの重装強化服に自爆装置なんか無かったぞ。(だま)されたじゃないか」

 守秘義務があるので慎重な言い方をしてみた。だが良く考えてみると、ネリアが機密保持契約などの守秘義務がある契約を結んだとは思えない。下手に暴露されると困る。この会話は部隊に筒抜けの可能性があるからだ。

 アキラは焦ったが、ネリアは暴露などしなかった。当事者以外に聞かれると不味(まず)い。その意味は分かる。ネリア達を倒したのはアキラではなく都市があらかじめ派遣しておいたエージェントだったことにしよう。そう都市が画策したことを知っているからだ。言い換えると、それを漏洩(ろうえい)することも脳髄に設置された爆弾の起爆条件なのだ。

「あの時は私を信じてくれて嬉しかったわ。それでいて私に頼らないで自力で重装強化服を倒しちゃうなんてアキラ格好良い! って感激したわよ」

 重装強化服を倒した。それは守秘義務の範疇だ。だが今のアキラは重装強化服を倒したことが何度もある。重装強化服を倒した経験そのものに守秘義務は無い。

 俺を(だま)しやがって。そう言ったアキラではあるが、それはもう終わった話だ。そしてアキラは、(だま)されたことそのものにはあまり大きな怒りを覚えない性格だ。(だま)されたことにも気付いていない。そう思われるのは流石(さすが)不味(まず)い。そう思って言っておいたに過ぎない。

 

 もう共通の話題は無くなってしまった。と思ったら、指令機のボスを倒した後に助けてくれた理由を()いていないことを思い出した。そしてそれも守秘義務を(ともな)う契約を結んでいたことを思い出す。

 俺の人生は秘密だらけか! と思ってしまった。アルファに関わる全部に、シェリルが実は恋人じゃないこと。ヒガラカ住宅街遺跡の地下室にあった旧領域への接続機器のこと、ネリア達の遺物強奪犯のこと、指令機のボスを倒した方法、ツバキのこともそうだし、旧世界製情報端末の出所がヒガラカ住宅街遺跡じゃないことも、それを遺跡で闇取引みたいに売ったこともだ。あの厄介な白いカードが何かを知っていること、リオンズテイル東部三区支店との和解金の額。現在進行形でシロウの絡みも全部だし、それとハルカのこと、というかシロウがスルガ墓所遺跡と呼んでいた遺跡に絡んだ全部。これも言う訳にはいかないはずだ。

 アキラは指折り数えて、両手の指を全部使っても足りなかったことに我が事ながら(あき)れた。

「そんなに大きな溜息を()くなんて、何を数えているの? 負債の残額?」

「俺は借金なんてしていない。飛行型に輸送された大型モンスターの指令機のボスを倒した時のことを訊こうと思ったんだけど、守秘義務があることを思い出しただけだ」

「ん? アキラがボロボロにやられた時のことかしら?」

「そうだ。あの時、なんで俺を助けたんだ?」

「あの時は味方だったからよ。あ、もしかして何もしなかったことを言っているの? 気絶してたからこっそりキスの一つもしちゃおうかな、とは思ったわよ? だけど味方だったから我慢したのよ?」

 助けてくれた理由は分かった。だがそれ以外の疑問が湧いてくる答えが返って来た。

 アキラがどう言おうか考えていたら、ネリアから制止された。

「アキラ、ちょっと待ってて。本当に何か来たわ。一旦切るわね」

 

           ◆

 

 ここは上位区画にあるヤナギサワの隠れ家だ。下位区画にある隠れ家と違って、あまり広くない。隠れ家と言っても、快適に住める程ではないのだ。

 代わりに都市の広域回線を使わずに直接部下達と連絡が取れる。最悪、ここから私設特殊部隊を指揮することも可能だ。

 今回下位区画ではなくこちらに来たのは、単に近いからに過ぎない。仕事が溜まっているのだ。移動時間さえ惜しい。スガドメとの通話の後でツバキに確認を取った。そして警備本部に指示を出した後は仕事を(ほう)り出してこちらに来たのである。

 

 スガドメとの通話が終わった後、すぐに旧世界製の情報端末でツバキに確認した。会いに来いと言われたら会いに行くつもりだったが、急いでいるので先ずは情報端末で連絡を取ってみたのだ。

 実はヤナギサワは、ツバキと念話する方法が無い。元旧領域接続者ではあるが、今は旧領域接続能力が無いからだ。だからツバキと連絡を取る為には、旧世界製の情報端末を使わなければならない。

 他にも、会いに行けば連絡は取れる。場所はツバキハラビルではない。警備本部の敷地内の立入禁止の特別な建物だ。かつてアキラがツバキと再会し、多数の旧世界製の自動人形を破壊した白い部屋があるビルである。その部屋で立体映像(イメージ)のツバキを呼び出すのだ。

 幸いにして会いに来いとは言われなかったが、それでも大したことは教えて貰えなかった。特に一番知りたかった坂下重工を仲介したのが誰かについては。一応、事前に連絡が欲しかったと文句を言ってみたが、ツバキの許可を得ただけでヤナギサワからも許可を得られたと誤認したのは坂下重工の落ち度だと返された。

 封鎖区画内に入る許可を出す権限を奪わない。そう好意的に解釈することも出来る。時間も無かったので、それで満足しておくことにした。

 

 警備本部に指示を出した時に、B42の前に居るのはあのアキラで、乗っている車両内に他にも誰かが隠れている可能性がある、交戦を()ける為に確認していないが必要ならば確認を試みることは可能だ、と報告を受けた。

 それが1人ならシロウだ。2人ならもう1人が誰かを知りたかった。だが坂下重工と揉めるのはまだ早い。残念だが、手出し無用と(こた)えた。

 

 問題はまだ残っている。ツバキとの交渉を仲介したのは誰かだ。最悪、敵の可能性がある。ツバキが誰かを隠したことも、その懸念を強くする。

(候補は2人。どちらも直接連絡可能。どちらから調べるか……)

 片方は時折連絡を取っているが、代わりに敵性がある要警戒な相手だ。相互利益があるから手を組んでいる。だが今回の件で彼等が絡んでいるのであれば相互利益は無い。下手に(やぶ)(つつ)けば敵対する(おそ)れがある。

(危険過ぎる。7年振りだが、安全な方からにしよう)

 ツバキとの交渉を仲介出来そうなもう一人の心当たり、実に7年振りになる相手に通話要求を送った。

 

「久しぶりー。まだ同じ情報端末で助かったよ」

「貴様、今頃よくそんな挨拶が出来るな。それとも考えた結果が出たのか? 良い結果なら今頃でも許容範囲内だぞ?」

「えー? 7年振りなんだから適切な挨拶じゃないかと思うんだけど?」

「うるせえ! あれしか試料が無かったってのに全部使って雑にスラム街の配給に混ぜやがって。追跡調査どころか誰が喰ったかさえ記録しないで実験になる訳がないだろ。それで実験は失敗だ!? ふざけるにも程があるぞ! 主導権を持って行っておいて勝手に下手を打ったんだ、そっちの責任だ。せめて試料だけでも返せ!」

 試料を全て使うような馬鹿なことはしない。まだ残余はある。だが返さない。使う予定があるのだから。

「その話については考えておくよ。ところで()きたいことがあるんだ」

「7年考えてもまだ足りないのか!?」

「いやー、色々と難しくてね。ところで最近ツバキとの交渉を仲介したかな?」

「……なぜ知っている? 貴様に関わりがあるとは思えないが?」

「何を言ってるんだい? まさか私が都市代表としてツバキと取引したのを知らないのか? ツバキに関わりがあることはどんなことでも、私にも都市にも関わりがあるんだよ?」

 ヤナギサワは言いながら逆探知をした。ツバキの管理区画を含んだクズスハラ街遺跡の奥部に絞る。結果はすぐに出た。居ない。

 誰かは分かった。仲介しただけで現場には居ない。もう警備隊を調べる意味は無い。

「そうかいそうかい。だったらツバキに訊けばいいだろ」

「それで、どんな交渉を誰に仲介したんだい?」

「答える義理も義務も責任も役目も意味も課題も利点も利益も価値も恩恵も嗜好も面白味も無いね!」

「えー? じゃあ気分とか気紛れとかあるんじゃないかな?」

「答える義理も義務も責任も役目も意味も課題も利点も利益も価値も恩恵も嗜好も面白味も気分も気紛れも無い!」

 ヤツバヤシが仲介したのはハルカだ。どんな交渉かは、ヤツバヤシが開発した高性能回復薬の量産化に投資してもらえるか実演(デモンストレーション)を見てもらえるようにだ。ヤツバヤシはハルカからそう聞いて仲介した。

 実際には、ヤツバヤシが開発した高性能回復薬を魔改造したモンスター製造薬の実演(デモンストレーション)だった。確かに興味深い機能は持っていたが、その機能にどれほどの意味があるのかまでは実演(デモンストレーション)出来ていなかったのだ。

 ヤツバヤシは今、シロウがスルガ墓所遺跡と呼んでいた遺跡に居る。クズスハラ街遺跡ではない。クガマヤマ都市ですらない。

「えー? そんなに毛嫌(けぎら)いしなくても良いじゃないか。八林診療所は役に立ってるだろう? あれだけの機材を秘密裏に用意するのは大変だったんだけどなー」

「確かに役に立っていたがスラム街は実験場じゃないし、それ以前に研究費はどうなってるんだ!?」

 

 ヤツバヤシとの通話が終わった後、ヤナギサワは珍しく本気の溜息を()いた。ネルゴ達――建国主義者達でなくて本当に良かった。

 

           ◆

 

「こちらビーよんにー。エーまるひとー、受信可能よ。おくれー(おーばー)

「こちらA01。B42、特務回線を開け。送れ(オーバー)

 部隊の通信回線では話せない内容のようだ。特務回線は、隊員個別で他の隊員とは共有しない仮想回線だ。通信されていること自体は漏洩(ろうえい)するが、通信規約(プロトコル)で通信内容が秘匿される。(もっと)も、それでも現世界製なのでシロウのような工作員なら全て傍聴(ぼうちょう)可能だったりするのだが。

「君のレンタル契約はこの通信を以って解除される」

随分(ずいぶん)急なのね。レンタル料は私の債務に充当されるんだから、そっち都合で解除したのに減額なんて言われても受け付けられないわよ?」

「残念ながら都市からの指示だ。その手の交渉や、新たな任務の価格交渉は直接やってくれ」

「新たな任務?」

「そうだ。都市からの指示を預かっている」

 今君の目の前に居る者に同行しろ。

 その者が封鎖区画内で何をしても邪魔をするな。

 だが何をしたかを報告しろ。

「最後に、今君の目の前に居る者が何者かを君が知る必要は無い。以上だ」

 

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