ツバキの接待   作:再構築世界

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第4話 コロン払いの料理

「やったわ! アキラ、見て!」

 手術を終えたネリアが、大喜びで新しい義体を見せた。いろいろと露出の多いボディースーツがそれを蠱惑(こわく)的に魅せる。そしてくるりと回ると、最初に会った時と同じ長さに戻った髪が遠心力で広がった。

「義体らしくなったな」

「アキラさんはもう少し女心を学んだ方が良いかも知れませんね」

「相変わらず女の体の扱いは苦手なのね」

 アキラが(こた)えたら間髪入れずにツバキとネリアから苦情が来た。二人は顔を見合わせて苦笑する。

 

 ネリアがシロウに話を振る。

「アキラには恋人が居るって言ってたわよね? どんな人なの? つれなくされて喜ぶタイプなの? そういうのがアキラのタイプ?」

「え? 俺? 俺は安物の監視カメラで見ただけだからそこまでは分からないなー。それよりも、義体を替えるついでにアキラ好みの顔に変えりゃ良かったんじゃないかな?」

「それねえ……不細工だったから完全義体者になった。顔を変えるとそう言う男が増えるのよ。変えなかったからって居なくなる訳じゃないけど。生身の時からこの顔。それぐらいは言いたいじゃない?」

 そう言った後で、ネリアは蠱惑(こわく)的で肉感的な体をくねらせた。

「でも体付きは生身の時より良くしてるのよ? 生身だとどうしても腹筋が浮いちゃうのよねー」

 だが誰も反応しない。それもそうだ。シロウは外見だけなら年齢でも容姿でも、坂下重工からの報酬の一環でかなりの我が(まま)が通る環境だった。買う料金だけではなく、探して来るところまで報酬に含まれているのだ。恵まれ過ぎて(むし)ろ飽きていると言っても過言ではない。ツバキは性別的にも人造人格だという意味でも当然だ。アキラはあれだ。

 

 ネリアは誰からも反応が無いのを確認すると、今度は戦闘能力をアピールし始めた。

「それに出力が(すご)いのは想像してたけど、反応速度が(すご)いのよ。ほら」

 そう言って手刀をアキラの顔に目掛けて打ち込んだ。が、途中で()まる。

「あら?」

 ネリアが不思議そうに声を上げた。追いかけるようにツバキの声。

「アキラさんに攻撃など許されませんよ?」

「あ、はい。ごめんなさい」

 ネリアは素直に謝った。脳以外は全て顔も頭も含めて旧世界製の義体に換装してもらったが、以前の義体は処分されていないのだ。手術が終わった時に、後で来る時まで預かっていると言われた。後で義体を戻されるのだろう。往復の手術費用とレンタル代が無料だ。そうネリアは解釈した。

 爆弾と発信機は無くなった。だとしても都市側に使用者よりも高い権限が設定されている義体に戻されるのであれば、結局逃げることは出来ない。せめて以前の義体の管理者権限を使用者のみにするように頼みたい。看護師に可能か()いたら、不思議そうな顔で別料金だと言われた。不可能ではない。そうネリアは解釈した。

 だからネリアは、ツバキの機嫌を(そこ)ねないようにしようと考えている。後で頼み込む時の為に。

 

「その義体なら食事が出来るんだな?」

 アキラがネリアに()いた。

 だが(こた)えたのはツバキだった。

「はい。生身で出来ることは妊娠と痩身化(ダイエット)を除けば全て出来ます」

 アキラは、それは(すご)いと思った。

 ネリアは、排泄や発汗は流石(さすが)に出来ないだろうと思った。

 シロウは、自分は生身だと主張することは出来ないだろうと思った。

「それは(すご)いな」

 思ったことを素直に口に出したのはアキラ一人だけだった。

 

           ◆

 

 エレベーターを()りると、大きな喫茶店のようになっていた。多くの席とテーブルがあり、正面遠くの端に無人のカウンターっぽい場所がある。

 だがツバキはそちらへは向かわずに、横に向かう。進む先には入り口があった。良く見ると複数の店の入り口が各方向にある。大きな料理の写真に店名が書かれた看板や、簡素(シンプル)に店名だけ、看板の下に料理が並べられているケースがあるなど、店によって特色があるようだ。

 向かっている先は簡素(シンプル)に店名だけの看板。近づいて行くと、両開きの扉が開いて中から3人のウェイトレスが出迎えた。二人はそれぞれ扉を押え、一人は前に出る。アキラはメイドが出て来たと思ったが、メイドではない。ウェイトレスよりもメイドの方が見慣れているなどと言ったらどんな富豪か御曹司かと勘違いされるだろう。ウェイトレスの制服は元々給仕専用(パーラー・)メイド風にデザインされているので勘違いするほど似ているものだが、普通は逆だ。

「いらっしゃいませ、アキラ様御一行様」

 アキラの前まで来たウェイトレスが丁寧にお辞儀をすると、扉を押えていた2人もお辞儀をした。前に来たウェイトレスだけは手袋をしておらずスカートも短く、さらに服の胸元全体が大きく開いていて水着のような胸当てで(おお)い隙間から肌を見せている。しかし名指しされた上にしっかりと笑顔で見詰められているアキラには、そんなことに気付く余裕も無い。

「お、俺!?」

「はい。お席の方へご案内させていただきます」

 ウェイトレスはそう言うと振り向いて、お辞儀をしたままの2人のウェイトレスの間を通って店内へと歩いて行く。

 アキラが何故(なぜ)自分なのかとツバキを見る。ツバキは笑顔で、ついて行くように手振りで(うなが)した。

 

 店舗、特に飲食店では、接客係は女性であるのが普通だ。その方が売上が良くなるからだ。これは統企連調査の統計で明確な差が出ていることが公式に発表されている。この為、銀行から融資を受けて返済が滞った場合、強制的に追加融資を受けさせられて女性の接客係を雇わされることが多い。この為、利益至上主義が席巻する企業統治社会でウェイトレスを置かない飲食店なんて普通じゃない。

 その常識は逆に普通じゃない店、特別感を演出したい店、つまり高級店では、ウェイトレスどころか客から見えるところには女性従業員を一切置かないことで高級感を演出している。ウェイトレスが居なくても売れる。それほどに高級な品、高品質なサービスである。そうアピール出来るのだ。

 だからシロウは、ウェイトレスが出て来たことであまり高級店ではなさそうな、安い店のような印象を抱いてしまった。

(ツバキが高級店だと言っていたから高級店なんだろうけど……)

 旧世界の感覚と現世界の感覚とでは色々と異なるのかも知れない。シロウはそう思った。それはある意味では誤っているが、ある意味では正しい。

 旧世界――東部で言う旧世界――の人造人格は、例外的な極一部を除いて全て女性格である。当然ながらその人造人格が操る自動人形の機体も女性型だ。理由は接客係の性別の違いで売上が変わるのと同じだ。つまり旧世界も、女性の方が受けが良いという現世界と同じ感覚である。(ゆえ)に誤っている。だが、旧世界ではウェイトレスは大衆料理の象徴ではないという現世界と違う感覚である。(ゆえ)に正しい。

 シロウはアキラの後ろをついて歩きながら、周囲を観察していた。絨毯、椅子、テーブル・クロス、間仕切り、棚、花瓶、どれを見ても高級品――所謂(いわゆる)旧世界製の品々だ。

(現世界の俺らから見たら、旧世界製だから高級品だ。それは分かる。旧世界から見てどのぐらい高級品なのかは少しも分からねえな)

 旧世界では無料で手に入るありふれた品が、現世界では高額で売れたりする。逆に旧世界では高額で売れていた品が、現世界ではガラクタ扱いされることもある。

 その見極めは現世界側だけでも難しい。旧世界側の価値まで見定めるのはもっと難しい。

 

 シロウは店内の様子や備品などを観察している。滅多(めった)に出来ない経験だ。有意義に利用しなければ。旧領域で時々発見される仮想都市で見掛ける喫茶店などと色々な比較をする。だが仮想都市が違うのか、高級店だから違うのか、それ以外の理由で違うのか。何も分からない。

(それにしても広いな)

 強化インナーを着ているので、辛いとか疲れたとかは無い。でもこの距離は長いと感じる。

 近くに壁は無い。進んでいく先の(はる)か向こうに窓が見える。床から天井までの全てが窓になっていて、青で染まっている。遠すぎて横一本の青い線に見える。歩いている場所は窓から遠いが充分に明るい。その光は上から()り注いでいるのだが、天井に照明らしき光源は見当たらない。

(旧世界人はこの距離を歩いてたのか?)

 実際には距離としてはそれほどではない。店内を歩いているのだと考えると結構な距離だと感じられるだけだ。とはいえ、窓のところまで何百メートルかあるだろう。店内の広さだとは思えない。

 

           ◆

 

 歩き進んで(はる)か遠くに見えていた窓が近づいてくると、窓の向こうに見えていた景色が青一色から変化してくる。空の青さを映して白く輝く高層ビル群が見えて来たのだ。

「すげー!」

 シロウが窓に駆け寄って、貼り付くように外を見た。シロウが行くなら大丈夫だろうとネリアも追いかけて外を見る。

 外には、眼下一面に旧世界の街並みが広がっていた。

 先程廃ビルに偽装された防壁の上から見たのとは見晴らしが異なる。周囲の高層ビルの高さが意図的に低めに抑えられている上に、区内で最も高いツバキハラビルの最上階――実は綿密な計算に基づいて防壁より高くなっている――からの展望である。

「おい! シ――」

(よろ)しければアキラさんも御覧下さい。当ビル自慢の展望ですので」

 シロウを呼び戻しかけたアキラを、だがツバキが()めた。アキラは先導していたウェイトレスの方を見る。迷惑になるのではないか。そう思ったからだ。だがウェイトレスは笑顔でどうぞ、と(こた)えた。それでアキラも窓の(そば)まで行って外を見てみる。

 (はる)か彼方の地平線――の代わりに外側から見ると廃ビルに偽装されている防壁に(さえぎ)られるまで、この白い高層ビル群が続いている。その防壁はこちら側から見ると鏡面のようになっている。その所為でどこまで続いているのか一見すると見(まご)う。

 ツバキハラビルからの展望が良くなるように計画されて作られた街並みが、アキラ達を迎えた。

 

 しばらく黙って眺めていたシロウが突然、叫ぶように言う。

「クガマヤマ都市! クガマヤマ都市はどっちだ!?」

「え? どっち? というかどっちが北なの?」

 ネリアもそれを聞いて興味を持ったのか、方角を知りたがる。シロウが影がどっちだから太陽が時刻がと計算を始めた。

「あちらです」

 ツバキがそう言うとシロウは一方を見た。

「お、本当だ。車が走ってる」

 だがネリアもアキラも分からない。ツバキが汎用表示領域にクガマヤマ都市の方向を指す矢印を描画したのだ。その矢印が描かれている方向の近くを偶然、新しい処分場へ廃棄品を捨てに行っている輸送機械が一機走っていた。前回来た時にアキラが往復で走った垂直の道路に(つな)がる高速道路(バイパス)だ。

「あれはクガマヤマ都市が購入した物資を運んでいる自律輸送機ですね。近くにある結節道路(ジャンクション)まで行ったら高速道路(バイパス)()りて、クガマヤマ都市に物資を引き渡す場所へ向かいます」

 ツバキがシロウに(こた)える。流石(さすが)に物資引き渡し場所を処分場呼ばわりはしないし、運んでいる物資を廃棄品呼ばわりもしない。ツバキは商売人ではないが、高く買わせようとするのは商売人だけではないのだ。

「どこだ?」

「シロウさんは分かるの?」

「あっちだ。あそこから向こうへ長い道が――」

 シロウが指をさして輸送機械が走る高速道路(バイパス)を教える。さらに目印になりそうなビルの外観を説明してクガマヤマ都市のある方向も教えた。

「そのビルの間の、どのあたりなんだ? 真ん中ぐらいで良いのか?」

 アキラが教えられた場所のあたりを、情報収集機器で拡大表示までしてクガマヤマ都市を探す。スラム街から(家を借りていた頃は下位区画から)見上げていた防壁内のビル群が見えると思ったのだ。

「ああ、そうそう。ここからですとクガマヤマ都市は見えません。悪しからず」

「見えないのか……」

 ほんのわずかなブレでどこを見ていたか分からなくなる苛立ちを抑えながら集中して探していたアキラは拍子抜けした。その落胆振りをシロウが揶揄(からか)って言う。

「見えたらクガマヤマ都市からもここが見えるってことだろ? 今まで見付からなかったのは何でなんだってことになるじゃん。あの防壁もこのビルも、見えないように調整した高さなんだぜ?」

「はい。当ビルも建造当初は今以上に高かったのですが改築しました。防壁より高くして露見し易くするのを()けるように取引しましたので」

 その事情が無ければクズスハラ街遺跡の(はる)か遠景に見える最奥部の高層ビル群ほどではないにしろ、見比べられる程度の高さがあったはずなのだ。当然今見ている風景も、隣の区のさらに向こうの区まで見える、今以上に素晴らしい景観だったはずなのだ。だが今から150年以上前の坂下重工との最初の取引で坂下重工側の主張を受け入れ、改築したのだ。

 その取引の内容と、さらにそれとその後の取引を()ち壊しにしたのが坂下重工側であることを知っているシロウは、話を逸らす為にアキラの気を()けそうな話題を探した。

 態々(わざわざ)探さなくても、歩みを()めたことで先導していたウェイトレスの迷惑になっていると思っていたアキラは、景色は歩きながら楽しむことを提案した。

 

           ◆

 

 床から天井まで一面が窓となっている近くを歩くと、(ふち)を歩いているような錯覚を覚える。そんなことを思いながら先導しているウェイトレスについていく。

 すぐに用意された席まで来た。

 テーブルには純白のテーブル・クロスが掛けられている。その素材となっているナノマテリアルが清潔を保ち、料理をこぼしても全く汚れない。

 5脚の椅子があり、1脚はテーブルから離れた場所に置いてある。それ以外の4脚の(そば)には台車(ワゴン)が、前には高級感のある献立(メニュー)冊子(・ブック)がある。

 先導してきたウェイトレスが窓側奥側の椅子を引いてアキラを座らせた。(そば)に5脚目の椅子がある席である。

「お荷物はこちらへどうぞ」

 ウェイトレスはそう言って隣の台者を指す。そしてアキラが2挺のAAHを外すと、受け取って台車(ワゴン)に置いた。

 続いて奥側にシロウ、手前側にネリア、窓側手前側にツバキを座らせた。最後に、アキラの斜め後ろにある5脚目の椅子を引いた。その椅子にアルファが座った。描画していないだけで居るのだ。描画結果を見てから判断する者達には居ることさえ分からないが、描画情報を生成する元情報で衝突判定する者達には居ることが分かる。

 

 全員が席に座ったことを確認すると、先導してきたウェイトレスが手前側、ツバキとネリアの間の方から挨拶をした。

「アキラ様御一行様。グランメゾン・カミーユへようこそ。私は当店の管理人格を務めるカミーユと申します。テーブルを担当させていただきますので、お気軽にお申し付け下さい」

 そう言って先導してきたウェイトレス――店長? のカミーユはお辞儀して、数歩下がって待機した。

(あの椅子に座るんじゃないのか……)

 アキラは斜め後ろにある椅子をちらっと見て思った。何の為に用意されているのか分からない。あまりにも分からないので、カミーユが座るのかとまで考えてしまったのだ。

 

 アキラに見られたアルファは気になっていた。描画していないからアキラには見えないはずなのに。さらに、ツバキもアルファが一緒に居ることをアキラに教えないことになっている。これは取引に際しての、アルファ側からの要求だった。

 前回は、アキラとアルファとが切断していた間にツバキがアキラに取引を持ち掛けた。その交渉内容についてツバキが何も言わないのは理解出来る。だがアキラまで何かを隠しているのだ。その内容を知りたい。だが口を割らせる訳にはいかない。だからツバキの、アルファは口を出さない姿も見せないという条件を許容した。切断している。だから話を聞かれていない。アキラがそう誤認してくれる、勘違いしてくれる、うっかりやらかしてしまう。そんな(わず)かな可能性を期待したのだ。

 だがアキラは、アルファが姿を消して黙っているだけだと思っている。接続が切れている感覚が無いからだ。もう4度も切断経験がある。流石(さすが)に切断か姿を消しているだけかの区別が付くようになった。席を外す。それはアルファが姿を消して黙っていること。そういう意味だとアキラは解釈していた。

 アルファの目論見は外れていた。アキラと切断して、ツバキハラビルに中継を依頼すれば目論見通りになっただろう。勿論(もちろん)、そんな依頼はツバキが許さなかった。あの時のことを知られたら、アキラの義理堅さをアルファに知られたら、せっかくの(いや)がらせが台無しだ。権力が違い過ぎるツバキに出来ることなど、この程度の(いや)がらせが限度なのだ。勿論(もちろん)、アルファが認めないことを言わない約束をしていなかったならば快く請けただろう。そっちはアルファが許さなかった。

 アキラがアルファをちらりと見たのは、そこに居るだろうと思ったから。もしそうであった場合、アキラはアルファが居ない状態でツバキと話をしたいと考えている可能性がある。アルファはそこまで深読みしていた。

 ツバキの細やかな嫌がらせ(ハラスメント)は、本人が思っていた通りの効果もしっかりと上げていた。

 

           ◆

 

 各々が献立(メニュー)冊子(・ブック)を広げる。しかしツバキは形だけだ。献立を全て憶えているから。それはそれで正しいが、それだけであれば最初から広げない。アキラ達に料理を選ぶよう(うなが)す為に、率先して広げて見せたのだ。他人を滑らか(スムーズ)に動かす秘訣(コツ)である。

 ツバキの意図通り、全員献立(メニュー)冊子(・ブック)を広げて料理を選んで――いない。料理名が知らないものばかりなので選べないのだ。

 適当に選ぶ。それも一つの方法だ。だがリスクが高い。コロン払いの料理だから――ではない。支払いがツバキ持ちだからだ。何が出て来ても残さず食べなければならない。ツバキに払わせておいて残す。そんなことをすれば心証の悪化はどれほどのものか。ツバキの機嫌を(そこ)ねるリスクなど負いたくない。

『アキラ、何か一つでも分かるのは無いのか?』

『無い』

『一つぐらい何か食べたことはあるんだろう?』

『無い』

 シロウが考えている振りをしながら念話でアキラに助けを求める。しかしアキラも知らないので(こた)えられない。

『ないない言うなよ』

『そんなことを言われてもな』

 アキラもどれ一つとして見当が付かないのだ。もしもアルファが居ればシュテリアーナの時とは違って、どんな料理か全部分かっただろう。そうは思うのだが居ないのだから仕方ない。居ないなら居ないなりにやりようはある。だからアキラは慌ててはいなかった。

 

 悩み慌てているシロウに比べると、ネリアは静かにメニューを見ていた。アキラかシロウかが何かを注文したら同じ物を頼もう。そう思っているので、慌てていないのだ。ツバキが頼んだ物を頼もうと考えていないのは、高級液体燃料(リキッド・フューエル)潤滑冷却油(ルブリカント・オイル)などを頼まれたら困るからだ。メニューを見ても人間用と自動人形用とを見分けることが出来なかったので仕方ない。

 だがそんなネリアも不安になってくる。アキラもシロウも、いつまで経っても料理を選ばないからだ。

 と、アキラとシロウが互いに目配せをし始めた。

 シロウは、普段の会話と同じようにアキラの方を見ている。現場で働くエージェントではないので、念話をする時に周囲に見られて困る他人が居ることが無い。自分がどう見えているかを気にする癖がついていないのだ。

 逆にアキラにはその癖がある。いつもアルファと念話をしているが、アルファの存在は秘密だからだ。だが、いつも念話をしているアルファは感情を一緒に送って来る。それに比較するとシロウの念話は感情がほぼ無い。まるで抑揚を抑えて発声しながら会話しているかのように、非言語的意思疎通法(ノン・バーバル・コミュニケーション)に難があるのだ。だから、まだまだ子供で楽しみや抑圧(ストレス)に我慢出来ないアキラは、感情が見えない抑圧(ストレス)に耐えられず、ついついシロウの表情を見てしまう。それが目配せのように見えているのだ。

 

 ネリアは二人が念話をしていることに気付いた。

 旧領域接続者に念話が出来ることは、実はあまり知られていない。旧領域接続者の情報が一般には出回っていないからだ。

 逆に旧領域接続者以外の者が念話を行なう方法の方が良く知られている。頭の中に通信機を埋め込むのだ。最近はより高機能な情報端末を埋め込む方が多く、埋め込み用の情報端末も売られている。また念話というオカルト表現を()けて非空気振動式会話と呼ぶ者も少なくない。その名の通り声を出さずに会話が出来るので内緒話をするのに都合が良い。

 ネリア自身も義体化した時に一緒に埋め込んだので念話が出来た。過去形なのは、アキラと戦い都市に拘束され独房に入れられた時に、頭部内部の情報端末を除去されたからだ。

 さらに当時恋人だったヤジマが企画した遺物強奪に参加したグループの中にも、頭に情報端末を埋め込んだサイボーグが何人か居た。だから自分のみならず他人が内緒話をする為に目の前で念話していたのも見たことがある。その様子が今のアキラとシロウの様子に、とても良く似ていたのだ。

 

           ◆

 

「ネリアは決まったのか?」

「いいえ、まだよ。貴方(あなた)と同じ物を頼もうと思ってるわ」

 ネリアに見られていたことに気付いたアキラが()いたら、平気な顔で丸投げな返答が返って来た。

「シロウは?」

 実はシロウは、旧領域で時々発見される仮想都市で飲食店を見掛けたことがある。だが中に入ったことまではあっても、飲食どころか注文すらしたことは無い。コツコツと貯めた実コロンを無駄遣いしたくなかったからだ。その中には、店頭に料理と料理名とが並べて陳列されていた店舗もあった。あの時に外見だけでも憶えておけば良かったと思っている。

「俺も降参(ギブアップ)だ」

 アキラが分かっていながら()えてシロウに()いたのは、念話していたことを隠す為だ。シロウの返答は微妙に隠し切れていない気もするが、互いに同じ状況であるとしか思えないこの状況ならば、不自然ではないだろう。

 

 アキラは予想通りの状態であることを確認してから、同じ窓側で隣に座るツバキに向き直った。

「すみません、ツバキさん。実は俺達全員旧世界製の料理なんて全く分からないんです。ツバキさんのお薦めで選んでくれませんか?」

 それを聞いたネリアがすぐに続ける。

「そうね。私も()()()の料理のことは何も知らないのよ。ツバキさんのお薦めがあれば教えて貰えると助かるわ」

「俺も。うん、俺も、()()()の料理を食べたことはありません」

 慌ててシロウも言って、ツバキに愛想(あいそ)笑いを向けた。

 ネリアもシロウも、旧世界という現世界側の観点での一方的な呼び方をして、ツバキの気分を害することを()けたかった。せめて、自分は気を使っています、自分の方が下位だという身の程を(わきま)えています、というアピールだけでもしておきたい。

 

 二人にも解決出来なかった難問を、過去の経験を活かし、状況に合わせて、一人で、解決することが出来た。アキラはそう思ってちょっとした優越感を覚えていた。だが二人の反応が鈍かったので、少し残念に思っていた。

 それは当然だ。何しろアキラは難問を解決出来ていないのだから。単に選択をツバキに丸投げしただけ、押し付けただけなのだ。端的に言ってツバキに甘えたのである。甘えているので、この借りを借りだと認識していない。当然、返そうとも思っていない。ツバキの厚意があると思い込んで、本当にただ甘えただけなのだ。

 だがシロウもネリアも分かっている。だから賛意を表明するのに、態々(わざわざ)露骨に身の程を(わきま)えていますアピールを付け加えたのだ。ツバキの怒りが向かないように。アキラに向かわれても困るのだが、自分に向くよりはましなのだ。

 

           ◆

 

 アキラは借りは返そうとする。それは義理堅いからではない。借りを返す理由は責任感からではなく、公的自意識に()き動かされた結果だからだ。借りたまま返さないのは奪ったのと同じ。奪われたくない。そう主張出来る最低条件は奪わないこと。だから奪う人だと思われたくない。誰よりも自分自身に。その為に何としてでも借りを返そうとする。

 それは逆に、貸しを返されなくても気にしない、取り立てようと思わない、そういう非対称的な状態、借りるのも貸すのも互いに助け合うという意識に欠けた、極めて一方的で無責任な行為としか認識出来なくする。

 なので無責任にしか行動しないし、責任を負おうとしないし、些細なことであればあるほど、責任を負わされると思うと()けようとする。だから()けなかったなら、(いや)がらなかったなら、そうしなかった相手側に責任があると考える。つまり契約しなかったならば。契約無しに責任を負う心情が分かっていないのだ。

 だからツバキに責任を負わせたことにアキラは気付いていない。ツバキが何を選んでもアキラは文句を言わずに食べるつもりだ。選んだツバキに責任を負わせないつもりだから。だがツバキにはアキラ達に文句を言わせない責任を持って選ぶ。文句を言わない、ではもう遅いのだ。

 だがアキラは、自分が責任を負って選ぼうとはしないので、そのことに気付かない。(いや)なら断るはずだ。そう考えているからだ。

 当然、借りたことを認識出来ていない。

 勿論(もちろん)、返そうなどとは思ってもいない。

 

 ツバキは笑顔の裏でアキラの要請を検討した。責任を果たすべく。数ミリ秒にも及ぶ長い時間を掛けて各人に最適な可能性が最も高い料理を、ここまでで得られた情報から推測した。さらにその中から、全員に共通して最適な料理を選択する。保険の為だ。

 ツバキは保険として、全員が同じ料理を食べることを選択した。それはシロウとネリアとがアキラとどの程度親しいのか、助け合う仲なのかが不明だからだ。あまり親しくないのであれば、ツバキとの交渉が終わった後は用が済んだとアキラが忘れられる(おそ)れがある。だとすればシロウやネリアを優遇する意味は無い。

 しかしながらツバキは、アキラとの交渉によりシロウを優遇させられることになる。そしてネリアには既に爆発物と発信機の除去手術と義体の交換手術を無料で行なっているのだ。だから少しでもシロウやネリアがアキラに有利な行動を()るように仕向けなければならない。

 だが具体的に何等(なんら)かの行動を起こさせられる訳でもない。ツバキに出来ることなど限られている。滅多(めった)に食べる機会が無いであろう料理を共に食べさせることで、共通の思い出を持たせ少しでも仲間意識を持たせられないかと期待する程度である。

 

 シロウとネリアは露骨にならないように、だが見逃さないように、ツバキの様子を(うかが)った。ツバキは特に気分を害した風も無く、悩む素振りも見せずにアキラの請願を承諾してすぐに4人分の同じ料理を口頭で注文した。

 シロウとネリアの心配は杞憂に終わった。少なくとも外見上は。お薦めの料理を選ぶぐらいツバキにとっては造作もないこと。そう解釈した二人はツバキの機嫌が悪くならなかったことに安堵した。

 ウェイトレスのカミーユが注文を受けて下がって行く。料理が来るまで、また絞り出すように雑談をしなければならない。

 

           ◆

 

 そう思っていたのだが、意外と早く料理が来た。ウェイトレスのカミーユがさらに3人のウェイトレスを伴って4人それぞれが配膳台車(サービス・ワゴン)を押して戻って来たのだ。カミーユ以外は手袋をして普通の、アキラがメイドと見間違えたウェイトレスの服装をしていて、その押している配膳台車(サービス・ワゴン)の上には料理蓋(クローシュ)がしてある皿が一皿。一人一皿ならば、それほどの量ではなさそうだ。

 カミーユがアキラのところに料理蓋(クローシュ)をしたまま皿を置いた。

「アミューズでございます」

 言われたアキラは意味が分かっていないが、多分料理名なのだろうと思って気にしていない。気になるのは、銀の料理蓋(クローシュ)で隠されている料理の方だ。

 他のウェイトレスもそれぞれの前に料理を置いていく。全員がタイミングを合わせて一斉に料理蓋(クローシュ)を開けるはずなのだが、アキラは先に自分で開けてしまった。

「うお! (すげ)え! ……え?」

 中を見て驚く。そして疑問に思って固まった。手に料理蓋(クローシュ)を持ったままだ。カミーユが両手でそっと下から支えるように持つと、アキラはそれに気付きもせずに料理蓋(クローシュ)から手を(はな)した。

 他のウェイトレスはアキラとは別にタイミングを合わせて一斉に料理蓋(クローシュ)を開けた。アキラから一呼吸遅れて上がる驚きの声。

(すげ)え! 何だこれ。これで料理なのか!?」

「はい。ギューヒとコクトーを用いた物とで描いております。クロヨージでお召し上がり下さい」

 

 それぞれの皿の上には、白色半透明の薄いシート状の何かがあった。それは一部が濃い茶色になっていて、複数の線を形作っている。その線は速写画(クロッキー)素描(デッサン)のようになっていて、5人の人物を描いていた。左からツバキ、ネリア、アキラ、シロウ、アルファの順だ。

「え、これアキラか? 俺と、ネリアさんとツバキさんだ。右端って誰だ?」

 シロウが1人だけ興奮して声を上げている。他の3人、アキラとツバキとネリアは驚きはしたが黙っていた。

 アキラが黙っているのは、アルファが描かれていたからだ。

 アキラの目には見えていないが、店側はアルファを認識していることに気付いたのである。それにより、離れた場所にあるあの椅子がアルファの為の席だったことに思い至った。この店は、実在しない視覚情報のみの存在であるはずのアルファに、だから食事をしないので席は用意せず、だが客として椅子を用意したのだ。それがどういう意味なのか考えていた。だがすぐに考えるのを中断する。アルファの正体に関しては考えない方が良い。アルファはアルファだ。

 ツバキが黙っているのは、迂闊なことを言ってアキラにアルファが同席していることを知られたら問題になるからだ。

 実はアキラに気付かれてしまったのだが、それはツバキの所為ではない。ツバキの責任ではあるが、ツバキの所為ではないので釈明の余地はある。だがそれも、迂闊なことを言ってしまえば釈明の余地が無くなってしまう。

 ネリアが黙っているのはこの女性を、ここに描かれているがこの場に居ないこの女性を見たことがあるからだ。

 アキラは都市のエージェントではない。そう知らされた時に、そう知ってようやく思い至ったことがある。両断されて飛び散った血まで隠せる光学迷彩など聞いたことも無い。旧世界の技術に決まっている。あの時はそれで納得した。だがもしも旧世界を視野に入れるのであれば、見えて来る他の可能性も無いではない。旧世界の技術により流血まで見えなくするような(すご)い光学迷彩の存在を仮定するよりも、自然で簡素(シンプル)な可能性。

 見えない流血。両断されても何事も無かったかのように復活して攻撃してくる回復力。それを蹴り飛ばそうとしたのに何の抵抗も無くすり抜けた体と強化服。

 その全てをたった一言で説明出来る自然な仮説がある。もしもあの女性が、ここに描かれているこの女性が、旧世界の幽霊と呼ばれている存在であったならば。今もここに居て、アキラの後ろにある椅子に座っているのだとしたら。あの時と同じように、自分には見えないだけなのだとしたら。旧世界の者達――ツバキとカミーユには当然のように見えているのだとしたら。

 

「え? 本気で誰だこれ? カミーユさん……じゃないよな? アキラ分かるか?」

「クロヨージの使い方はお分かりで?」

「どれですか? これか?」

「私も知らないわ。クロヨージ? どれ? これ?」

 描かれている未知なる女性が誰かを知りたがっているシロウを無視して、ツバキはアキラに尋ねた。アルファが誰かを知りたがっているシロウに関しては、アキラも黙殺したいはずだからだ。だからきっとアキラは、話題を変える為に話の流れを作るのに協力してくれるだろう。

 アキラも完全に同意見だったので話に乗った。

 ネリアは完全にではなかったが、元々この女性が何者かの話題は危険だろうと認識していた。だから都市に拘束され取り調べを受けた時にも話さなかったのだ。都市がアキラとの戦闘の内容に全く興味を持たず()きもしなかった所為で運良く時期を逸した結果だ。クズスハラ街遺跡で旧世界の幽霊を見た。そう言ったらそれが誘う亡霊シリーズの一つだったのではないかと疑われて、徹底的に調べられただろう。あの時のその判断は正しかった。その後、誘う亡霊シリーズの一つである裏切りを誘う亡霊と取引した、乃至はその可能性があるハンター達に対して、ヤナギサワは苛烈な尋問を行ったのだから。それは逆に、知られる側のツバキにとっても都合が悪い内容のはずだ。だからツバキは誤魔化すようにシロウを無視して話を変えようとしている。だとすれば、話に乗らない選択肢は無い。

 シロウ以外の3人の思惑は一致した。

 

 シロウは、なぜ誰もこの女性のことを気にしないのかを不思議に思った。だがツバキの話を(さえぎ)る度胸は無い。大人しく口を(つぐ)んだ。きっと、後の二人も同じ思いなのだろう。

 

           ◆

 

「お、本当だ。切れる」

「甘いのか。不思議な食感だな」

「こんな小さな木の棒なのにいろいろ出来るのね。流石は旧世界の技術だわ。あまーい! んー!」

 ツバキの説明に従って黒楊枝を使い絵入り(イラストレイテッド)求肥(ぎゅうひ)を切り分け、一端を持ち上げ、折り重ね、刺し、口へと運ぶ。その全てを小さな黒楊枝で(こな)した。二又にすらなっていないのに、一本でナイフとフォークとの両方の役割を(こな)している。不思議な棒だ。きっと旧世界の技術が使われているに違いない。

 見た目(特に自分が描かれている)と弾力のある不思議な食感とを除くと、ちょっと変わっているが甘いだけだし量も少ない。料理で似顔絵とは意表を()かれて面白かったが、それだけだ。

 そしてそれはもう終わってしまった。あっと言う間だった。

 と思って間も無く、いつの間にやら下がっていたカミーユ達がまた向こうから配膳台車(サービス・ワゴン)を押して来ていた。同様に、料理蓋(クローシュ)がしてある皿が一皿づつ。

 今度は何の絵だろう。そう思っていたが違った。

「オードブルでございます」

 言われたアキラは意味が――いや聞いたことがある。何だったっけか。そう考えていたので、今度は料理蓋(クローシュ)が全員分揃って一斉に開けられた。

 4×3に仕切られた皿の上に、12種類の小料理が並んでいた。全てフォークで食べるのに適した一口サイズだ。

 ほんの(わず)か、ほんの一口だけだが、味が濃い。それはとても分かりやすい味だった。一口一口と口に入れるたびにはっきりとした、それでいて違う味なので舌が目紛(めまぐ)るしい。

 

 味としてシュテリアーナよりも上だ、という程の大きな差は無い。なのにアキラは、もう針路(コース・)献立(メニュー)の計画通りに翻弄(ほんろう)され全面降伏している。定められた針路という不自由を受け入れる代わりに、徹底的に計算され尽くされた味の快楽を得られるのだ。

「あー、なんか腹が減ってきた」

 唐突にアキラが変なことを言った。それにシロウが突っ込む。

「腹が減ったって、今食べてるじゃねえか」

「それが食べれば食べるほど腹が減ってくるんだよ」

「そんな馬鹿な」

 シロウは笑いながらも、食べれば食べるほど食欲が刺激されていくのを感じていた。

 そこへカミーユが助け船を出す。

「失礼いたします、アキラ様。食べれば食べるほどお腹が()きますのは正常でございます。オードブルとはそうなるように作られているものなのです」

「へー、不思議なもんだな。これも旧世界の技術か」

「売れば売るほど損をする。そんな感じなのかも知れないわよ?」

「どうかネリア様、経済に例えるのでしたら投資に例えていただけると嬉しいです。お金を払えば払うほど収入が増えます」

「いや腹が減ってるんだろう? 減ってるんだから合ってるんじゃないか?」

 そこへツバキも入って来る。

「この後に来る料理を食べられる量が増える。そう解釈すれば、投資に例えても(よろ)しいのでは?」

 この後に来る料理。そう言われても、アキラもネリアも意味が分からない。デザートのことかと思っていたら、心当たりがあるシロウが尋ねた。

「アキラ。これ、もしかして針路(コース・)献立(メニュー)ってやつか?」

針路(コース・)献立(メニュー)って何だ?」

「俺も良く知らないけど旧世か――()()()の料理の出し方らしい」

「知らないな。ツバキさん、そうなんですか?」

 相変わらずツバキに丸投げするアキラ。

「はい。針路(コース・)献立(メニュー)とは料理の提供の仕方の一つです。料理を最も美味しく、最も多く、最も多種の栄養を摂取出来るように計算された順序で提供します。ですよね、カミーユさん?」

「はい、然様でございます。()えて付け加えさせていただきますと、最も楽しく召し上がっていただけますようにとも気を配って提供しております」

 

           ◆

 

 アキラは(すご)い勢いで食べてしまったので、他の人が食べ終わるのを待つことになった。特にネリアがゆっくりと味わいながら食べている。

「ネリアは何年振りの食事なんだ?」

「もうすぐ3年になるわね」

「……そうか」

 アキラは驚いた。ネリアが遺物強奪犯として自分と戦ったのは1年ほど前だ。わずか2年間で都市と敵対する危険を冒してまで遺物強奪を選択するほど辛くなるものなのか。

 それは勿論(もちろん)アキラの思い込みに過ぎない。だが、そんな内心を一々口にする訳でもない。その勘違いは誰にも知られることなく、訂正される機会も無い(まま)だ。ネリアは食事可能な高級義体が欲しくて遺物強奪をしたのではない。当時恋人だったヤジマが遺物強奪を企画したので当然のように参加したに過ぎないのだ。

 そもそもアキラは、まだ1ヶ月少々しか経っていない最近にクガマヤマ都市の防衛隊に銃口を向けた。都市と敵対する可能性をおしてしまうのがどういう心境なのかを知っているはずなのだ。だがアキラにその自覚は無い。

 だからアキラが思ったのは、自費ででも良いから年に1回ぐらいはシュテリアーナに行った方が良さそうだ、という程度のことだった。

 

 同じく食べ終わってネリア待ちのシロウが言う。

「なんだアキラ。腹が減ったからってネリアさんの残りを狙ってるのか?」

「いくら腹が減ってるからって、3年振りの食事を取り上げるような非道な真似をする気は無い」

 そのアキラからは、次の配膳台車(サービス・ワゴン)が向かって来ているのが見えている。例えそれが見えていなかったとしても取り上げる気は無い。

「アキラ優しい! 大好き! あーん。おいひー!」

 

           ◆

 

「スープでございます」

 そう言われてようやく、アキラは今まで言われたアミューズやオードブルが料理名ではないことを理解した。そうやって考えてみると、確か立食会で出される料理の総称がオードブルだったような気がする。

 後でアルファに()いてみよう。そう思った、うっかり念話で()いてしまう前に。これも成長だ。

 料理蓋(クローシュ)が開けられるとスープが出て来た。

「スープを見たら咽喉(のど)が乾いてきた。(すご)いな、これが針路(コース・)献立(メニュー)か」

 アキラが子供みたいなことを言い出した。オードブルは食欲増進の為に塩味や酸味が強目に調整されている。その所為で咽喉(のど)が乾くのである。飲む物が見当たらない間は欲しいとは思わないのに、飲めると認識した途端に欲しくなる。ここからさらに、実は飲めないと分かると急に飲まなければ我慢が出来なくなってしまうのだから完全に子供だ。

 だがアキラはそれを、料理人が旧世界の技術で何か(すご)いことをした(すご)い料理だからだと考えていた。分からないことは何でも旧世界の技術だと思っているからだ。アルファがアキラに料理を教えていないことも大きな一因である。

 

 自分で料理をしないアキラではあるが、シェリルの拠点でシェリル達が料理しているのを見て知っている。シェリルの計らいで、徒党の構成員達と共に野菜の皮剥きを手伝ったことがあるからだ。アキラが徒党の中で充分に怖れられるのは必要なことだが、必要以上に怖れられても困る。だから、少し接点を設けようとしたのだ。アキラを怖れ過ぎて構成員が徒党から逃げ出す。そんな事態を防ぎたかったからだ。3週間前にアキラが賞金首になった(まま)スラム街に来た所為で結局逃げ出してしまったが。そういった事情でアキラも、料理が通常の技術であることは知っている。

 だがその経験をする前は、料理は旧世界の技術、旧世界製の調理器具で作られていると思っていた。スラム街の子供に真面な食事を与えてくれ。それをシェリルに頼んだ時に無理難題だと思っていたのはその所為だ。実際、現在のアキラの主食である携帯食品や冷凍食品を手作りするのは難しいだろう。そしてそれ以前の主食だったスラム街の配給は、その実態が治験であることから一人分が精密に量られて個分けに包装されている。治験であることを知らなかった頃は、多い少ないで喧嘩が起こらないようにする為だと法螺(ほら)を吹かれて信じ込んでいた。あの個別包装も手作りするのは不可能だ。

 

 (すご)い料理を食べている。そう思いながら食べると、ますます(すご)い料理を食べている気がして来る。しかも一品一品を分けて食べる所為で、それぞれの味や印象を憶えてしまう。シュテリアーナで食べた料理は一度に全部出て来た所為で目移りして目紛(めまぐ)るしく良く憶えていないのだが、この針路(コース・)献立(メニュー)だと一品をじっくりと味わうので印象に残る。

 この料理は、シュテリアーナで初めて食べた料理が与えたような衝撃をアキラには与えなかった。だが今後アキラが(すご)い料理の味を思い浮かべる時には、今日食べた料理の味を思い浮かべることになる。そしてその味は、ツバキと食べた料理の味として思い出すのだ。

 余談ながら、楽しかった食事を思い浮かべる時には、シュテリアーナでシズカ達と4人で食べた食事を思い出す。

 アキラには、ツバキが期待した通りの効果を(もたら)した。後の二人にはどうだろうか。今日のこの食事を思い出す時、少しでもアキラのことを思い出すだろうか。今日アキラに何をしてもらったのかと共に。

 

           ◆

 

 スープを食べ終わる頃にパンが出て来た。それも食べ終わるとポワソン、ソルベと続く。てっきりそれがデザートで終わりだろうと思っていたら、さらにアントレ、サラダ、フロマージュとぞろぞろ出て来る。その後に出て来たアントルメこそデザートだろうと思ったら、さらにフルーツが来た。それも食べ終わってからようやく、食後のコーヒーになる。

 

 長い長い食事になった。最近は結構な量を食べるようになったアキラだったが、そのアキラをしても驚くほどの量である。それがすんなりと腹に入ったことにもっと驚く。

 拡張弾倉の中では髪のように細いが、発射時には通常の大きさに変化する。それが装弾数増加系の拡張弾である。この料理にもきっと似たような旧世界の技術が使われているに違いない。アキラはそう考えて納得した。いつもならそうアルファに言って即否定されているところだ。つまり誰にも否定されなかったアキラの思い込みは、今後も修正されることは無い。

 

 この長い長い食事の間、無言でいた訳でもない。

 例えばポワソンが肉なのか野菜なのか分からない。そう言ったらトリュイットのムニエルだ、と答えが来る。トリュイットって何だ。ムニエルって何だ。トリュイットは魚だ。魚って河に居るとか言われている生き物か。クズスハラ街遺跡には河があるのか。河ではない養殖している。養殖って態々(わざわざ)育てるやつか。流石はコロン払いの料理だ材料も高級品だな。

 こんな感じだ。

 そういった雑談の中で気付いたことが色々あって、シロウは質問したいことが沢山あった。これまで施設で教わった旧世界の色々な知識に無いこととか、長らく疑問に思っていたこととかがあったのだ。だがツバキの機嫌を(そこ)ねたくない。そう思うと下手に口を(はさ)めない。

 その所為で、話しているのは主にアキラとツバキだ。シロウとネリアは時々アキラに突っ込みを入れることがあるぐらいで、ほとんど参加していない。

 たまに参加しても、すぐに黙ることになる。

 

 この雑談の様子を見ていれば、流石(さすが)にネリアも気付く。

 ツバキハラビルに着くまでは、アキラは単なる現地雇いの護衛で、シロウはどこかの大企業の交渉人なのだと思っていた。シロウが面会予約(アポイントメント)を取ってツバキに会いに来たのだと。噂では、一部の大企業は旧世界の管理人格や管理用の人工知能と取引をしていると言われている。旧世界の軍事生産拠点から軍事物資をコロンで購入して企業間戦争に備えているとか、そういう系の噂だ。そういった取引の為に企業が確保している旧領域接続者の内の一人。それがシロウなのだろう。そして旧領域経由で連絡を取り、ツバキと面会予約(アポイントメント)を取り付けた。だがツバキに伝手はあってもクガマヤマ都市には伝手が無い。だから大企業がクガマヤマ都市に圧力を掛けて許可を得た。それにヤナギサワが抵抗した所為で交渉に手間取った。だから現場に命令が来るのが遅れ、ネリア達が待たされることになった。そう思っていた。

 だがツバキハラビルの前での交渉役の押し付け合いを見て、それは違うと分かった。シロウは確かに大企業、それも五大企業の一つである坂下重工の所属だった。だがアキラはシロウと少なくとも同格で、多分より強い立場だ。

 その立場の強さの理由は、この雑談の様子を見れば明々白々。ツバキとの伝手がアキラのものだからだ。アキラは既にほとんど緊張していない。なのにシロウはネリアよりもガチガチだ。

 シロウは、どちらかと言えばアキラよりも自分に近い立ち位置なのだ。

 

 これはネリアにとって重要な情報だ。後で戻される義体の管理者権限を使用者のみにして欲しい。そうツバキに頼み込むつもりだからだ。その時にシロウは頼りにならない。これはとてもとても重要な情報だった。

 ネリアはフルーツの甘味をゆっくりと味わいながら思索を続けた。

 

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