ツバキの接待   作:再構築世界

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第6話 アキラの交渉(すぐ終わる)

 アキラの交渉が始まった。アキラが要求をたどたどしく述べる。来るまでの間にアルファに相談しながら考えていたので、意外とまとまっていた。

(よろ)しいですよ」

「え?」

 ツバキはその要求を全て飲んだ。

「いいのか? え、全部?」

「はい。この貸しは、きっと返していただけると信じてますので」

 ツバキは上機嫌な笑顔で言い切った。

 しかしアキラは固まった。これはつまり前の取引を請けろということだろう。区画の管理作業を手伝う。それが前回ツバキから持ち掛けられた、アキラが蹴った取引だ。ツバキはアルファが認めないことは言わない。そういう約束だったはずだ。だが前回の取引の仕事を請ければアルファとの契約の破棄に(つな)がる。ツバキは確かにそう言った。当然アルファが認めるはずが無い。だが、それを今この場でツバキに確認する訳にはいかない。

 アキラが混乱している間に話は進んでいく。またしてもアキラは、会話の推移を追うことになった。

 

 ツバキは、大きく露出させている胸の谷間に指を入れて、常盤色(ときわいろ)のカードを取り出した。そしてそのカードをテーブルの向かい側に座るシロウの方へと軽く(はじ)いて飛ばす。カードはシロウの胸元へ向けて飛んで行き、ぶつかる直前にふわりと上昇するようにして()まった。シロウは慌てて両手の掌で、落ちるカードを受け()めた。

 シロウがそのカードを手に持って見てみる。深緑や萌葱色(もえぎいろ)と言うには明るいが、緑と言うには暗い。にもかかわらず鮮やかで、くすんだ感じがしない。不思議な色だ。小さな円とその周囲に半円の円弧を幾つも並べたような紋章が描かれている。

 それが何かに気付いたシロウが、喜色を浮かべながらツバキに()く。

「早速使わせてもらってもいいですかね?」

「どうぞ」

 早速シロウはカードに目を落とし、文字通り椅子から飛び上がった。そのまま元通りに椅子の上に落ちる。見ていたアキラとネリアが驚愕する。

 シロウは、尻の痛み以外の要素で顔を引き()らせていた。そのシロウだけが見ているツバキが、にっこりと笑みを浮かべる。シロウはガクガクと首を縦に何度も振った。

「シロウ、どうした。大丈夫か?」

「大丈夫だ」

 シロウは(こた)えてから何度か深呼吸すると、叫んだ。

「やったぜー!」

 

           ◆

 

 シロウが受け取った常盤色(ときわいろ)のカードは、オリビアの白いカードと同種のものだ。さらに言えば、ヤナギサワが持っている黒いカードの方がより近い。

 黒いカードに描かれているのはこの国の紋章だ。常盤色(ときわいろ)のカードに描かれているのはツバキの管理区画である首都特別区844の、椿の花(カメリア)をモチーフにした紋章だ。

 

 このカードは、単純に名刺である。アキラが受け取った白いカードはオリビアの名刺であり、シロウが受け取った常盤色(ときわいろ)のカードはツバキの名刺である。

 名刺の第一義は、連絡先の通知だ。名刺があれば連絡を取れるようになる。

 このカードもそうだ。旧領域の連絡先が記載されていて、旧領域経由で連絡を取る時の物理認証キーとして働く。これがあれば未登録の通信元からの連絡でも出て貰えるのだ。この連絡には当然の副作用がある。連絡することは同時に、連絡先に対して念話する許可を与えることでもあるからだ。旧世界製の情報端末や旧世界の公衆通信接続機器などを使って連絡を取れば、この副作用を防ぐことが出来る。

 

 名刺には他にも副次的な意味がある。名刺を所有している事実は、名刺を渡された事実を証明する。本来の意味とは異なる意味でも物理認証キーになるのだ。

 例えば、オリビアはアキラを認めて名刺を渡した。何を認めたか。アキラが自力で窓口にアクセスした人間であることをだ。人間として認めた相手に渡したはずの名刺を使って金すら持っていない野良犬がお客様面して連絡してきたら、そりゃ気分を害するのも当然だろう。

 オリビアのような汎用人格がばら撒く営業目的の名刺であれば当人が気分を害する程度で済む。精々当人が所属する企業が懸念を抱く程度だ。しかし管理人格の名刺となると、それだけでは済まされない。特にツバキのような、公権力を持つ管理人格の名刺ともなれば。

 

 営業目的でばら撒かれるようなことがないので、そのような管理人格の名刺が渡されることは極めて稀だ。そうなると、名刺を持っている事実が特別な意味を持って来る。つまり名刺の所有者は特別扱いされている、特別な伝手を持っている証拠となるのだ。そしてそれはそれ自体が新たなる意味を生む。他者にその名刺を見せて良い。他者に見せることでその名刺を渡される立場にあると証して良い。他者にその名前を使える程の厚い信任を与えられていると主張して良い。そういう意味で名刺が渡された。第三者がそう推測する。渡す方もそれを分かって渡している。

 だからツバキの名刺はツバキの管理区画では絶大な威力を発揮する。例えば来る途中で並走してきた警備機械に見せれば、身元保証がされ治安維持上の問題が無いことが確認されるので、すぐに離れていくことになる。多少のことであれば事故、乃至はツバキの意を()んだやむを得ない事態だと解釈される。例えば無免許運転程度であれば。さらに交通法規を無視するなどの目に余るようになると監視や事情聴取ぐらいは受けてもらうし、度が過ぎたら拘束した上でツバキに正式に苦情を伝えることになる。

 とりあえず排除、という扱いをされなくなるのだ。

 

           ◆

 

 シロウが落ち着いてから、アキラが()く。

「で、それは何だったんだ?」

 だがシロウが何か(こた)えるよりも早くツバキが反応した。再び胸の谷間から同じカードを取り出すと、両手で持って満面の笑みでアキラに差し出した。

「欲しいのでしたら差し上げますよ!」

 その差し出された常盤色(ときわいろ)のカードを見てアキラは気付いた。これはあの白いカードと同じものだ。あの白いカードはアキラ宛にオリビアが残していったものだ。この緑のカードもアキラ宛にツバキが手渡そうとしている。大きさも同じ、材質も似てる、色がついている分だけ、何かが描かれている分だけ、直接手渡される分だけ、白いカード以上に厄が濃いに違いない。

「いや、遠慮しておく」

「また断られてしまいました。しょぼーん」

 落ち込んだような声でしょぼーんと口に出し、さらには落ち込んでいる表情まで見せながらも、手早くカードを胸に仕舞うツバキ。演技です、と伝わるように演技をして見せている。だがアキラはそれにどう反応して良いのかが分からない。

 また断られた。その言葉は以前にもアキラが断ったことを意味している。それは分かるのだが、以前にカードを貰いそうになったことは無い。だがそれを下手に尋ねて藪蛇(やぶへび)になるのも(いや)だったので、そのまま黙っていた。

 

 女心の分からないアキラにそれは悪手だろう。そう思ったネリアが助け船を出すつもりで言う。

「あら? 私には無いのかしら?」

 それが何かは知らないが、シロウの様子を見ればそれなりに価値のあるものだと分かる。自分は既に義体を貰っているのだ。さらに何かを貰おうと思っている訳ではない。ツバキが何か言う(きっ)(かけ)になることを期待して言ったのだ。

 期待通りツバキが顔を上げて何か言おうとする。だがシロウが先に(こた)えてしまった。

「貰ってもネリアさんは使えないぞ?」

 ネリアはシロウを見てちょっと考えた。ツバキ、アキラと視線を移して……またシロウに視線を戻す。

「旧領域接続者じゃないと使えない物なのね」

 ネリアの言葉を聞いたアキラが目に見えて狼狽した。

 

「なあ、アキラ。前々から言いたかったんだけどさ。その、一々顔に出してバラすのって何とかならねえのか? 何か情報を渡す時に毎回不安で仕方ないんだけど?」

「黙れ」

「黙らねえよ。なあ、ネリアさん。ここは一つアキラの為にさ、どうしてこいつが旧領域接続者だって分かったか教えてやったらどうだろう。こいつ本当に嘘も隠し事も苦手っぽいし、ちょっと鎌かけたら思いっ切り顔に出すんだよ。その癖、俺が友達甲斐(がい)にこうやって真面目に言ってやっても全然聴きやしねえんだ」

「どうしてって言われてもねえ……」

 ネリアは考える。いまや爆弾も無いので機密漏洩(ろうえい)を怖れる必要は無い。だが今度はツバキが恐い。ツバキの様子を見ながら少しづつ話せば大丈夫だろうか。だがツバキは先程、アミューズに描かれていた女性が誰かをシロウに対して誤魔化していた。となるとそれも悪手かも知れない。

 シロウが譲り受けた物が何か、それでシロウが何をしたのか、それによってツバキが何を出来るようになったのか。それを知らないネリアには、どこまで話をしても大丈夫なのかを推測することが出来ない。

「いろいろな情報を総合的に考えた結果よ」

「アキラさんの為になるのでしたら、詳しくお話した方が(よろ)しいのでは?」

 ツバキが、睨むアルファを無視して言う。

「そうそう。アキラはいつか絶対この所為で失敗するって。その前に何とかしてやろうぜ。まるで(わざ)とやってんのかってぐらいなんだ」

 さらにシロウも追従する。いろいろと上手(うま)くいくことが決まったので、変な遠慮が無くなったのだ。

 

           ◆

 

 ネリアは迷った。ツバキが自分から言ったことなのだから大丈夫か? それともネリアが何を知っているかに気付いていないだけなのか? 

 ネリアは難しい判断を迫られていた。

 

 ネリアが知っているアキラの行動は意外と多い。ネリアの立場からすると不自然なほどに多かった。

 最初は自分達の遺物強奪を阻止した。次は、後にヤナギサワが迎えられるようにして前人未踏の60階へ行った上にビルの管理人格と交渉して都市の防衛拠点にすることとなるセランタルビルで、その直前に行なわれた、賞金首討伐チームによって編成された威力偵察に、賞金首討伐に参加していないのに参加した。都市がスラム街の、安価どころか資金回収まで出来る一石二鳥の焼却を目論んだ大規模抗争の、表向きはそれが原因だとされている騒ぎを起こした。都市を襲撃した飛行型に輸送された大型の指令機のボスを倒す為に自分と共闘した。裏切りを誘う亡霊ことツバキとヤナギサワとが交渉している間、自分を回収した上に建国主義者を討伐した。坂下重工所属の旧領域接続者を狙った大規模襲撃の一部隊を、囮になって引き付けた上に撃破した。クガマヤマ都市を第2防壁建造計画が立ち上がるほどの未曽有の超好景気に沸かせている旧世界のリオンズテイル社とヤナギサワとが取引したことで発生した、リオンズテイル東部三区支店による都市襲撃の、表向きはそれが原因だとされている騒ぎを起こした。そして今日、坂下重工所属の旧領域接続者をツバキに会わせて坂下重工が出した要望の全てをツバキに飲ませた。

 

 この全てに共通して利益を得ている誰か。それはヤナギサワだ。次点としてはクガマヤマ都市だが、それはヤナギサワが都市の幹部だからだ。だからアキラが都市のエージェントでないのならば、ヤナギサワの秘密の私設エージェントだということになる。それを否定する要素は一つしか無い。だから今日まではそうなのだろうと思っていた。

 だが今日、アキラはネリアの目の前で、坂下重工の要望の全てをツバキに飲ませた。これもまた利益を得るのはヤナギサワだ。ヤナギサワが最近、坂下重工の重役と頻繁に接触して便宜を図っていることを知っているからだ。しかしそれでも否定する要素が一つ、相変わらず残り続けている。

 だがしかし、もしもツバキの態度を、特に坂下重工の要望を飲んだ時のアキラに対する態度を、普通なら想像さえ出来ないような仮説を立てて解釈するのであれば、否定する要素が一つもなくなる。そんな仮説が確かにある。その仮説が正しければアキラは、当然のように旧領域接続者のはずなのだ。

 

 もしもアキラがツバキのエージェントならば。

 

 だとすれば全ての辻褄が合う。

 あの時の女性が、アミューズに描かれていた女性が、今もあの椅子に座っているのであろう不可視の女性が、もしも旧世界の幽霊であったならば。

 本来ならあり得ないそれも、その出所がツバキであれば不思議では無くなる。雇い主が、自身の旧世界の幽霊仲間を、自身のエージェントに派遣した。それだけのことだからだ。

 そしてツバキとつながりがあったヤナギサワが、都市での権力闘争の道具として何かとアキラを借りていたのだろう。恐らくはネリアが知る以前から。

 

 遺物強奪の阻止は、他の幹部との折衝の結果だろう。あの仮説基地構築は、ヤナギサワが熱心に推進している遺跡攻略後方連絡線確保計画の初手だが、当時のヤナギサワが単独で主導するのは難しかったに違いない。だから、協力的な幹部に様々な利権を配分していたことだろう。そしてその幹部が利益の減少を(いや)()して経費削減を叫ぶのに圧された結果、警戒や調査が不充分になった。その隙を()くことが出来たからこそ自分達の遺物強奪が成功目前にまでいけた。だがヤナギサワが派遣したエージェントが単独で阻止した。あの旧世界の幽霊の能力を使って。ネリアが使った、クズスハラ街遺跡の全体マップを詳細にリアルタイムで表示する装置と同じ能力で。今になって考えてみればヤジマが唐突に都市を敵に廻しかねないような遺物強奪を企画したのも妙だし、死後報復依頼プログラムを仕掛けたのも妙だ。それも含めてヤナギサワの計画だったのかも知れない。そうやって計画通りに遺物強奪を阻止したヤナギサワの意を()んだエージェントは、計画通りに全ての手柄を都市に譲った。ヤナギサワが他の幹部の発言力を奪うに足る、充分な成果だったはずだ。

 セランタルビルの管理人格が交渉に応じたのも、威力偵察を名目としてアキラが根回ししに行ったからなのだろう。今ここにシロウが坂下重工の交渉に応じてもらう為に根回ししに来ているように。その為に賞金首討伐チームで編成するはずだった威力偵察チームにヤナギサワがアキラのチームをねじ込んだに違いない。そのチームのメンバーが、シロウのような根回し要員だったのだろう。この後に来る交渉役も坂下重工の中で、ヤナギサワのように統治系管理人格との交渉を成功させた凄腕だと高く評価されることになるのだろうか。

 都市を襲撃した飛行型や大型のボスはツバキの管理下にはなかったが、ツバキの管理区画の周辺区域でツバキが便利に利用していた配下だったとヤナギサワが言っていた。そしてあのボスは、どうしてもアキラを殺したいみたいだった。アキラを殺して自身の価値を示そうとした、上司が寵愛している部下に成り代わる為に。アキラが彼の女を奪っちゃった訳ではなかったが、似たようなものだろう。ツバキだって女なんだし。

 ツバキとヤナギサワとの交渉は、飛行型や大型を使った都市襲撃も含めて実は抗争だったとネリアは考えている。抗争と言っても、ヤナギサワの力量を見る為のものだったので大事なエージェントは抗争そのものには関わらせなかったのだろう。都市襲撃ではボスが暴走してアキラばかり狙っていたので、ヤナギサワの力量を見せることが出来なかった。だからヤナギサワが大規模遺跡探索を企画して再挑戦したのだ。先程の、ヤナギサワへの不満をツバキと言い合っていた中で分かったが、ツバキはヤナギサワを対等だなどとは認めていない。いつでも潰せるが、態々(わざわざ)潰すのも面倒臭い。そういう評価だ。そのヤナギサワがあの抗争で力を示した。それによりヤナギサワは、ちょっとエージェントを派遣してやる程度の関係から、高価な物資を直接取引する関係へと昇格した。ツバキに損害らしい損害は与えられなかったが、抗争そのものはヤナギサワの勝利だったということだ。

 これだけでもヤナギサワ大勝利なのだが、さらにヤナギサワは都市に未曽有の超好景気を(もたら)した。旧世界のリオンズテイル社との取引で、リオンズテイル東部三区支店による都市襲撃を容認したのだ。この都市襲撃の表向きにそれが原因とされている騒ぎもアキラ絡みだ。ネリアはあまり詳しいことを聞かされていないが、ヤナギサワが旧世界のリオンズテイル社との取引で都市襲撃の2週間以上前にセランタルビルまで行ったことを知っている。ミハゾノ街遺跡で防衛隊が派手な戦闘を起こしたあの日である。その翌日に表向きはそれが原因だとされている騒ぎが起きた。取引して早速アキラを借りて騒ぎを起こしたのだろう。或いは、あの都市襲撃の取引は元々ツバキの仲介だったのかも知れない。ツバキとヤナギサワとの抗争と同じような理由で旧世界のリオンズテイル社がリオンズテイル東部本店の力量を見たがった。その為にどこかの都市を使いたい。そこでツバキがヤナギサワを紹介した。そしてリオンズテイル東部本店と交渉し賠償金の名目で得られる巨額のオーラム目当てに容認した。後は計画通りにツバキのエージェントを相手に騒ぎを起こしリオンズテイル東部三区支店との抗争を起こし、クガマヤマ都市を巻き込む騒ぎへと発展させた。この抗争の結果をネリアは知らないが、アキラが無傷で生き残り、損害賠償をされて和平を結び遺恨無しになったこと、クガマヤマ都市が損賠賠償で巨額の予算を手に入れたこと、それがヤナギサワの所為であること、そしてそれがヤナギサワの所為であることは極秘になっていることを知っている。

 そして今日。坂下重工の要望を飲んだ時のツバキの態度を見れば、もう間違いないだろう。その分はアキラに働いて返してもらう。だから丸飲み出来たのだ。

 

 これをこのまま言うのは流石(さすが)に危険だ。大丈夫そうな内容から、少しづつ話していかなくては。

 最悪の失敗は、ツバキがシロウに隠そうとしていることを口に出してしまうことだ。

 その可能性が低く、それでいて核心を突いた内容。それを口にした時のツバキの反応で、なるべく多くの情報を得られそうな内容。

 ネリアは難しい判断を迫られていた。

 

「私がアキラと初めて会った時、旧世界の幽霊がアキラに協力していたわ。あれはツバキさんの差金なのよね?」

 

           ◆

 

 ネリアは、かなり際疾(きわど)いところを攻めてみた。

 シロウは既に、アキラとツバキが以前から知り合いであったことを知っている。どの程度の協力関係かは知らなくても、少なくとも敵対関係ではないことは知っている。だからツバキが一時的にアキラに助力したことがあっても不自然ではない。そうシロウは認識している。と、ツバキは認識しているはずだ。だからツバキが一時的に仲間である旧世界の幽霊を派遣したことがある。そうシロウに知られても問題は無いはずだ。

 ネリアの言葉を聞いたアキラが露骨に表情を変えた。もう見るからにその表情の変化で肯定している。アキラは今まで深く考えていなかった。あの時、なぜ見えないはずのアルファが反撃の隙を作れたのか。なぜネリアは背後に居たアルファを蹴ろうとしたのか。それはネリアには見えていたからだ。あの時は反撃するのに夢中で考えられなかった。今初めてそれを知り、驚愕したのだ。

 シロウも驚いた顔をしている。

 アキラとシロウの表情から、核心を()けたことは明白だ。ではツバキは。ネリアはツバキを見ながら、何気ない笑顔の裏で冷や汗を掻いていた。汗が出るのだ、この義体は。

 

 ネリアが見る前でツバキはアキラに言った。特に考える素振りも見せずに。だが少しだけ(とが)めるような口調で。膨大な計算量が導き出した最善手を。

「アキラさん? あれは誰にも知られてはならないはずですよね?」

 そっちの地雷か! ネリアは予想外の方へ飛んだ流れ弾に慌てて釈明を始めた。

 

 あの時自分はクズスハラ街遺跡の全体マップを詳細にリアルタイムで取得する接続機器を使用していた。それにアクセスして表示したから旧世界の幽霊が見えたのだ。その接続機器、接続技術に関してはクガマヤマ都市の秘匿情報だろうと思う。だから自分に見られたのは想定外の事故に過ぎない。だからアキラの落ち度ではない。

 

 ネリアの釈明を聞いて、アキラは事情が分かったので落ち着いた。肝心のツバキは変化が見られない。

 だがシロウが驚愕の表情で呆然と(つぶや)いたので話題が変わってしまった。

月定(つきさだ)は、そこまで協力関係を築いていたのか……」

 

           ◆

 

 調査員が遺跡で調査をしていたら偶然に裏切りを誘う亡霊ことツバキと接触した。取引は断ったが、高速念話の技術を持っていたお陰で殺されずに済んだ。立場を(わきま)えて大人しくしていたら少し話をするぐらいなら許されるようになった。それが何ヶ月か前。その程度の関係。そうシロウは思っていた。

 だからツバキの損にならないことなら可能性はある。例えば生かして帰すとか。そう期待していた。望外にも伝手を作れた。それどころか、上手(うま)く立ち回れば専用交渉窓口にだってなれる状況だ。しかしそれもツバキにとっては損にならない程度のことに過ぎない。現に念話で接続した瞬間に脅された。頭が破裂するかと思った。

 面倒だと思えばいつでも頭を破裂させれば済む。それで良ければ許してやっても良い。その程度の関係。実際にその通りだった。

 なのに旧世界の幽霊、正体は分からないが旧世界側のエージェントを派遣したという。ネリアが初めてアキラに会った時、つまりアキラが遺物強奪犯を撃退した時、1年以上も前、明らかにツバキの利益の為ではない時に。こそ泥同士の揉め事などツバキには興味も関係も無いはずなのに。

 それは単なる伝手ではない、協力関係だ。協力関係とは相互利益を与え合う関係だ。アキラ単独でツバキに、統治系管理人格に利益など与えられるはずがない。だとすれば協力関係を築いているのは月定(つきさだ)層建だということになる。

 

月定(つきさだ)?」

 衝撃を受けているシロウにツバキが()き返した。しかし(こた)えたのはアキラだ。

「ツバキさんまでこいつの妄想に付き合わなくて良い」

 もう既にヤナギサワに月定(つきさだ)層建のエージェントだと誤認されている。まだクガマヤマ都市には誤認されていないようだが、今後何か問題になる可能性はある。さらにツバキにまで誤認されると話が本当にややこしくなりかねない。

「そういうことにしてあるのですね?」

「違うんですか? じゃあ……まさかツバキさんのエージェント!?」

「まだ違いますよ。勧誘中ですが」

「勧誘中って……アキラ、お前、まさか交渉が決裂したって、エージェントになる話だったのか!?」

 アキラが言った交渉が決裂したとは、大規模遺跡探索の通信途絶していた時の交渉のことだ。だがシロウはそれを、アキラのハンターとしての活動の比較的初期の頃に交渉があったと勘違いした。少なくとも1年以上前、ネリア達遺物強奪犯を撃退するよりも前、アキラがハンターになってから4ヶ月以内、アキラのハンター稼業がクズスハラ街遺跡での遺物収集だった頃に。

 アキラがどう言おうか考えている間に、ツバキが(こた)えてしまった。

「その気になっていただけるように、色々と便宜を図っていますよ。今、この時のように。ですよね? アキラさん?」

 今、この時。それはアルファのことを誤魔化していることだ。だがシロウはそうは思わなかった。シロウの要望を全て飲んだこと、常盤色(ときわいろ)のカードをくれたこと、その全てを貸しにして後払いにしたことだと認識した。

「お陰様で、もうすぐ(ほだ)されてもらえそうです」

(ほだ)されてる訳じゃない」

「ですが、もうすぐなのですよね?」

 一瞬、アキラは何を言っているのか分からなかった。だがすぐに気付く。もうすぐアルファの依頼の遺跡を攻略する。そのことを言っているのだ。

「ん、まあ……多分」

 実際に攻略出来るかどうかは分からない。攻略した上で生還する。少なくともアルファはそのつもりで、その為に今まで待っていてくれたのだ。だからきっとアルファの依頼を達成して生還することになるだろう。

 そして生還したら、アルファの依頼を達成したら、ツバキからの依頼を請ける障碍、ツバキからの借りを返す障碍は無くなる。そうなったら今日の貸しを返してもらう。そう言われていることはアキラにも分かった。そしてアルファのことをツバキが派遣したエージェントだと誤魔化してくれたことは大きな借りだとアキラも認めざるを得ない。

 

           ◆

 

 アルファが認めないようなことを言わずにどうすればアキラに割の合わない仕事をさせられるのか。実はアキラは、それが可能だとは思っていなかった。だからあまり深く考えていなかった。あまり警戒していなかった。多分大丈夫だと楽観的に考えていた。ある意味では甘く看ていた。

 だが甘くはなかった。

 アキラはしっかりと割の合わない仕事をさせられることになってしまった。

 本来ならシロウとネリアから、割に合うまでたっぷりと搾り取れば済む話だ。しかし互いに助け合うという意識が欠けているアキラにとっては、貸しを取り立てることは心情的に容易ではないのだ。少々図々(ずうずう)しい頼み事をしても、怒らないで真面目に考えてくれる。どれだけ図々(ずうずう)しい頼み事でも怒られないかは貸しの大きさで決まる。アキラにとって貸しとは、その程度の価値でしかないのだ。

 

 アキラがこれまで、そういう意味で貸したことがあるのはカツラギだけだ。

 エレナとサラには一見すると貸したように見えるが、あれは強盗共を殲滅する為、逃がさず()き付け油断させ一箇所に集める為の囮にしただけだ。死んでも構わない捨て駒。そういうつもりで利用した。当然、捨て駒の負傷の様子など興味は無かった。それどころか、恨まれて報復とかされないように負傷で動けない間に誰だか分からないように急いで逃げ帰ろうとしていたぐらいだ。アルファに()かれた時にサポートして貰えそうな理由を探して助ける為だと(こた)えてしまったから、運悪くエレナに追い付かれてしまったから、助けを求められてしまったから、(ほう)って帰ったら助ける為だと(こた)えたことと矛盾してしまうから、仕方なく、貴重な回復薬を渡したのだ。

 シェリルにも貸しているように見えるが、それも違う。ちょっと助けてあげてみたら。そうアルファに勧められたからそうした。それだけだ。いつもそうであるように、互いに助け合うという意識に欠けた、見返りを求めない、一方的な行為でしかない。だから最初は、シェリルが期待しないように色々と注意していた。例えば初日の夜に拠点の前に転がっていた死体のことを誤魔化したのがそれだ。あれがアキラの仕業だとシェリルが知ったら、今後も敵がいたら守ってくれると期待してしまうかも知れない。敵がいるのに守らなかったと恨まれるかも知れない。だから誤魔化した。なのにうっかり助けるなどと口走ってしまった所為で、貸したどころか奉仕しているみたいになってしまっている。それでもアキラは貸しているつもりは無い。アキラからの手助けを足掛かりにして大成したら恩返しを期待出来るかも。そうアルファから言われたし、ヴィオラが何かの口実に負債扱いした38億オーラムも、返ってくるならそれはそれでありがたい。そう確かに思った。それでも返って来ると期待していた訳ではなかったし、況してや取り立てるつもりなど全く無かった。

 レビン達にも貸したことは貸したが、それは同行者としての義理であり、後払いの約束に過ぎない。だからすぐに現金で回収しようとした。

 ヴィオラはそもそも貸したのではない。預けているだけだ、ヴィオラ自身の命を。シェリルを儲けさせている間は。それは利息である。なのでヴィオラの命という元金はそのままだ。預金はそのうち引き出される。それがいつ、どのように引き出されるのかは未定だ。殺すのか、返すのか。それを選ぶのは預けた側だ。

 ヒカルを助けた時は貸したのではないのか。そう思う向きもあるかも知れない。だがあれも後払いの約束であって貸したのではない。レビン達と同じだ。

 だからアキラが貸したのはカツラギだけだ。自分が遺物をカツラギの店に持ち込む代わりに、シェリルの徒党に便宜を図ってほしい。そんな図々(ずうずう)しい頼み事をしたが、カツラギは怒らずに真面目に考えた。貸しがあったからだ。真面目に考えたのでカツラギにも利益になると理解出来た。だから頼まれてくれたのだ。そのカツラギへの貸しは非常に大きな利益となって返って来た。アキラにではなくシェリルにだが。このカツラギへの貸しが、アキラの考える典型的な貸しだ。

 

 ヴィオラからは遠慮無く取り立てるし、レビンやヒカルのような後払いの約束でも取り立てるのに心情的な問題は無い。ある意味では貸金だからだ。

 だが貸しは取り立てるものではない。それは義理であって、貸金とは異なる意味がある。少なくともアキラはそう考えている。返せば良いというものではないのだから。

 なのにシロウやネリアに対する貸しは、貸金に近い状態なのだ。

 つい最近、貸したつもりのないはずのシェリルに貸金として管理されていた膨れ上がる一方で気持ち悪く思っていた何だかんだを、理由を付けて相殺して帳消しにしてすっきりしたところだ。なのにまた貸金みたいな変なのが増えてしまった。

 アキラは軽く頭を(かか)えていた。

 

           ◆

 

 アキラの悩みが増えた以外は、全て(つつが)無く終わった。後はネリアの前の義体を受け取って帰るだけだ。

 と思ったが、まだあった。

 

 何度も死にそうな目に遭って、散々待たされて、キバヤシ、イナベ、坂下重工と伝手を辿(たど)って、そしてようやく、昨日になって手に入れた最前線向けの装備が、昨日の内に全損してしまったのだ。あれをもう一度手に入れなければ、アルファの依頼を完遂出来ない。ツバキに借りを返すのもその後になる。

 散々待たされたと言うが、実際には1年も経っていない。都市を襲撃した飛行型や大型のボスをネリアと共闘して倒してからまだ9ヶ月しか経っていないのだ。その9ヶ月の間に何回死にそうな目に遭ったのか。アキラはそれを指折り数えて、またしても両手の指を全部使っても足りなかったことに我が事ながら(あき)れた。

「そんなに大きな溜息を()くなんて、今度は何を数えているの?」

「ちょっとな。ツバキさん」

 アキラはネリアに軽く(こた)えるとツバキに向き直った。

「もうすぐの予定だったんですが、もう少し時間が掛かることになってしまったんです」

 

 ツバキはアルファの依頼のことを知っているはず。内容は知らないかも知れないが、依頼を請けていることは知っている。アキラがそう言って何度も断ってきたからだ。

 だから省略した言い方でも大丈夫だろう。それに事情を話すにしても、何度も自分語りをした所為で、説明にちょっと時間が掛かり過ぎると思い始めた。色々と省略して説明したい。

「えっと、後は強い装備が手に入れば終わらせられるってところまで来てるんです。それで昨日、その装備を手に入れたんです。だからもうすぐだったんですが、その強い装備を昨日壊してしまいまして」

「昨日手に入れて、昨日壊したのですか?」

「はい……」

 アキラは少し(うな)()れながらツバキの言葉を肯定した。省略し過ぎた所為なのだろうか。まるで自分が単に馬鹿なことを仕出(しで)かしただけのように聞こえてしまう。

「それで、その、再調達しなければならないんですが、どれぐらい時間が掛かるか分からないんです。昨日手に入れた装備も、10回以上も死にそうな目に遭って、金もものすごく使って、色んな人に頼んで、散々待たされて、ようやく調達出来たんです」

「装備が必要、ということですね?」

「あ、いや、そうじゃなくて、時間が掛かると言いますか予定が立たないと言いますか――」

 もうすぐではない。アキラはそう言いたかった。

 充分に強力な装備が欲しい。しかしツバキはそう解釈した。

 シロウとネリアは、ツバキの解釈を支持した。

 

 アルファの依頼をなるべく早く達成してあげたい。そう思っているアキラに抵抗する術は無かった。

 

           ◆

 

 カミーユと4人のウェイトレスに見送られて高級料理店グランメゾン・カミーユを出た。

「またのお越しをお待ちしております」

 カミーユがそう言って頭を下げると、4人のウェイトレスも揃って頭を下げた。

 エレベーターに乗る直前にシロウが何の気無しに振り向いてみたら、5人が揃って手を振ってくれた。予想外の出来事にシロウは驚いて、慌てて手を振り返した。ちょっと気分が良くなったが、本人にその自覚は無かった。

 

 エレベーターで移動した先は、ビルの従業員達からはチョクエーと呼ばれて親しまれている、ツバキハラビル運営理事購買部直営の、ビル内の事業者が使用する各種備品消耗品類の補充用の店だそうだ。

「なるほど、中間マージンの無い直営店だから安いのですね」

 シロウが企業の者らしい推測を述べた。

 しかしツバキが否定する。

「いいえ、割高です」

「え? 割高なんですか?」

「はい。平均で3(わり)()(りん)(もう)()(こつ)()(せん)ほど割り増しの価格が設定されています」

 シロウが混乱する。割高なのに親しまれている。それがなぜなのかが分からないのだ。ツバキが割高の割合を言ったのが細か過ぎたからだけではない。

 それにアキラが自分の解釈を述べた。

「荒野料金なんじゃないか?」

「遺跡価格か? そりゃ俺らから見れば遺跡だけど遺跡じゃないだろ?」

「そうじゃない。こんな高い所まで輸送して販売するために各種経費が掛かっております。御了承くださいってことだ」

「いやいや、エレベーターでひゅっと行ってくるだけだぜ?」

「だったら自分で行けばいいだろ?」

 利益至上主義が席巻する東部では、やるべきことがあると分かっていてやらないのは誰が見ても愚か者だ、という共通認識がある。労働が利益を生むのだから、労働しない者は愚か者だろう。泥棒や強盗でさえ(ある意味での)労働をするのだ。

 だがそれと同時に、或いは利益至上主義だからこそ、効率というものを重視する。特に、何に対する効率か、ということを細かく考える。どうせ動くならば効率の良い方で。そういう考え方だ。

 動くか動かないかであればどんなに効率が悪くても動くが、どう動くかを選ぶならば効率を重視する。

 荒野料金や遺跡価格がそれだ。自力で都市まで戻れば割増料金を払わなくて済む。もしも明日(あした)以降に備えて今日使った分を補充するのであれば、全員が全員、割増料金を払わずに都市へ戻るだろう。だがそうではない場合、都市まで往復する時間、燃料代、モンスターに遭遇すれば弾代に加えて命の危険まである。そういった諸々(もろもろ)と割増料金と、どちらの方が効率が良いかを考えるのだ。そうやって考えれば確実に割増料金を払った方が効率が良いと誰もが思う。そうなる割合で荒野料金が決まるのだ。

 現実にはもう一つ、ちょっとした要素がある。あいつらだけが儲けてる。そう思われない割合にすることだ。あいつらも儲けてるけど、自分達にも得になる。そう思われれば、多くの人が利用してくれるようになる。荒野料金で売っている連中が居るから大丈夫。そう思われるようになり、荒野料金が正当な料金として受け入れられるようになるのだ。

 実際に荒野料金を高いと思って都市まで戻ることを一瞬とはいえ検討したことがあるアキラと、荒野料金や遺跡価格という言葉を聞いた話でしか知らないシロウとの違いがそこにあった。

 荒野ならざるビル内にも各種経費はある。この場合には事務室(オフィス)内倉庫の家賃と管理費だ。必要な時に必要なものを必要なだけ買って来られるならば不要な経費である。ビルの内線で注文すれば事務室(オフィス)まで数分でお届けしてくれるのだ。物資を保管する場所代もあるが、それ以上に総務や庶務の人間を雇う人件費、より有能な人間をそんな雑務に従事させる無駄。それを規模の利益(スケール・メリット)で解決させる。それがこの直営店なのだ。

「なるほどー」

 

 そんな話をしながら、飾り気の無い店内を奥へと進んでいく。入口付近の食料品や雑貨が並べてあった場所は多少は店っぽかったが、奥の方は天井まである棚が並んでいるだけで全く飾り気が無い。売る気があるのか疑問になるぐらいだ。

 実は店頭で売ることはあまり想定されていない。本来は内線で注文を受ける品物を保管する倉庫なのだから。

 

           ◆

 

「こちらになりますね」

 ツバキが示したところにも、天井まである棚にあまり大きくない箱が大量に入っているだけだ。他と変わり映えは無い。

「ビル内の備品や消耗品として銃や強化服が売ってるのか……」

「警備隊や警察隊、防衛隊、護衛隊、自衛隊が使いますから。それに法定備蓄軍需物資として軍用もあります」

 シロウがそれを聞いて驚く。軍事施設以外にも軍用の遺物がある可能性があるのか。

 ハンターオフィスが遺物を買い取る時にはあまり関係無いが、企業が研究目的で遺物を買い取る時は軍事施設の遺跡で発見された遺物かどうかで値段が大きく変わってくる。軍事施設で発見された遺物は一見普通の道具でも何割か高く売れるのだ。それは軍用品だろうと推測されるからだ。軍用品ならば高性能だろう。高性能な品を研究した方が良い。そう思う。だから高く売れる。

 だが今の話から推測すると、軍事施設ではなくても軍用品があることがあるらしい。現に今、ここに軍用の銃と強化服がある。

 余談ながら法定備蓄軍需物資の廃棄は法定手順に従う必要があるので、廃棄時期が来たからと雑に廃棄品置場に移動する訳にはいかない。なので軍需物資がクガマヤマ都市に流れることは無い。

 

「これが軍用の強化服か」

 アキラがそう言って、型番以外何も書かれていない箱を取り上げた。

「ぶふー!」

 シロウが噴き出した。アキラとネリアがシロウを見る。

「あははははは!」

 アキラを指さして笑っている。

「どうしたんだ?」

 するとツバキが(こた)えた。

「格好良いですよ」

 だがアキラもネリアも分からない。

「そうですね。見えない方の為に立体映像(イメージ)で描画しましょうか」

 ツバキがそう言うとアキラの前に、手に持っている旧世界製軍用強化服を身に付けたアキラの立体映像(イメージ)が現れた。

「な!?」

 驚くアキラを(ほう)って、ネリアが立体映像(イメージ)を前から後ろから見て感想を言った。

「何よ、格好良いじゃない」

「格好良いですよね?」

「ええ、私も格好良いと思うわ」

「ほらアキラさん、格好良いですよ」

 両足に戦闘用長靴(ブーツ)、両手に戦闘用籠手(ガントレット)、首にネクタイ、腰にVフロントYバックのブーメランパンツ。それだけを身に付けたアキラが立っていた。

 シロウは文字通り笑い転げていた。

 

 これを着るのか!? そう呆然としているアキラに良い知らせが来た。

「そちらが二番目ですね。最上位製品はこちらです」

 ツバキがそう言って、棚の上の段を指さした。

 良かった、あんなのを着なくて済む。そう思っていそいそと棚に戻した。立体映像(イメージ)が消えた。

 最上位製品を手に取ったら、新しい立体映像(イメージ)が現れる。両足に戦闘用長靴(ブーツ)、両手首に袖口(カフス)、首に蝶ネクタイを着けた(カラー)、腰にはブーメランパンツ。

 シロウは床を何度も叩いて大笑いしていた。

 

 アキラは思い出そうとしていた。いつだったか、アルファと旧世界製の強化服を手に入れたら着るかどうかを話したことがあった。それともメイド服の戦闘服だっただろうか。結構前のことだったと思う。どうということのない雑談だ。あまり良く憶えていない。

 ただ、メイド服の戦闘服は着ないと言ったような気がする。それが強化服でも防護服でもそれ以外でも。だが旧世界製の強化服はどうだっただろうか。記憶には無いが、何となく着ると言っただろうと思う。確か女性用だったら売ると(こた)えた気がするからだ。だから男性用なら着ると(こた)えたはずだ。まさか男性用がこんなデザインだったとは想像もしていなかったからだ。

 嘘()きになりたくない。その思いが、この強化服(ブーメランパンツ)を断り難くしていた。もしも着ないとか、デザインによるとか(こた)えていたことを思い出せれば、断るのは簡単なのに。アキラは意外と体裁を気にする方だ。そしてアルファは、その数少ない体裁を気にする相手なのだ。さらにその体裁を公的自意識が補強する。嘘()きだと思われたくない。誰よりも自分自身に。

 アキラは一所懸命に思い出そうとしていた。だが、無かったことを思い出すことは不可能なのだ。

 

           ◆

 

 エントランスからビルの外へ出ると、階段の下の道を向こうから職員らしき女性が歩いて来ていた。その後をバイクと黒狼がついて来ている。

 出て来たのはツバキと、旧世界製の防護服を変な風に着て旧世界製の大型銃2挺と旧世界製のブレードとを装備して大きな紙袋を()げたアキラ、自前のAAH突撃銃4挺を装備したシロウ、旧世界製のブレード2本を装備して自分自身の義体を肩に担いだネリアの4人だ。

 バイクにアキラとシロウ、黒狼にネリア、黒狼がアキラの紙袋を掴んで逆の腕でネリアの義体を脇に(かか)えて、ツバキハラビルを後にした。

「早ければ嬉しいですが、無理をせずに最善を選んでくださいね」

 別れ際にツバキはそう言った。

 

 車両乗入部からツバキハラビルの敷地外へと出たら、アルファが現れた。

『お疲れ様。寂しかった?』

『寂しかったよ』

随分(ずいぶん)素直ね』

『色々と大変だったんだ。まあ、大体上手(うま)くいったけどな』

 念話にちょっと得意()な感情が乗ってしまう。アキラが得意()なのは、防護服で隠しているとはいえ旧世界製の軍用の強化服を着ているからだ。それも最上位製品。着るのを控えたいデザインだったが、アルファの依頼を一日でも早く達成する為に我慢したのだ。一応、以前にアルファに着ると言った通りにしたことも影響を与えている。

『そう。後で詳しく聞かせてね』

『ああ』

 アキラは、それは姿を消していたからだと思っている。居ない振りをしていたのに詳しく知っていたら不自然だから、話を聞く振りもしなければならない。もちろんアキラは、それに(だま)されている振りをするつもりだ。今まで気付いた色々なことに気付いていない振りをして黙っているのと同じように。

 

 だがアルファが後で、とした理由は違う。アキラが隠し切れなくなると思ったからだ。ビルの外壁を駆け下りながら戦わせた時にも、キャロルと別れた後で言った。今日もそうした方が良いと判断したのだ。

 正規の軍用品には誤射防止の安全装置がある。そしてアルファが依頼した遺跡は、この国の軍事施設だ。つまり正規に入手した軍用品を装備していたら、依頼の遺跡で何も攻撃出来なくなってしまう。

 ツバキは故意にやったのだろう。それは別れ際の言葉からも明らかだ。だがそれをツバキに問い(ただ)すことは出来ない。そんなことをすればアルファが軍事施設を強襲する計画がある証拠となり、叛逆罪で訴追されてしまう。ツバキには公訴権があるのだから。

 ツバキの細やかな嫌がらせ(ハラスメント)は、今回もアキラとアルファに被害(ダメージ)を与える予定だ。

 

           ◆

 

 なお、ネリアの新しい義体は治安管理844の制御指示や管轄指令が有効だ。そしてその管轄指令により、無期限でアキラの指揮下に入れられている。アキラは現在、区画844の外部工作員として認定されているからだ。なのでアキラに攻撃することは出来ないし、アキラの命令に逆らった行動を()ることも出来ない。

 そして何よりも有機変換炉が内蔵されている。

『だからエネルギー補給の為にここに戻って来たり、旧世界製のエネルギーパックや旧世界製の資材カートリッジを買ったりする必要は無いわ』

『あ、危なかった』

『私が一緒に居ない場合は確認するようにした方が良いわね』

『そうする』

 体感時間の圧縮をしながら念話している所為で、同じ問題が銃と強化服にもあることにアキラは気付けなかった。後で、アルファの遺跡の攻略には使えない話と一緒にアルファから指摘されることになる。

 ダブルパンチを受けて落ち込むアキラだったが、現世界製のエネルギーパックや資材カートリッジが旧世界製のそれと同じ規格になるように作られていることを教えられて大いに安堵することになる。弾薬の方も拡張弾倉ならば現世界製の弾薬がそのまま使えることを教えられる。

 さらに、同じ国の軍同士だと誤射になるが、同じ国でも警備隊や治安維持隊などが相手なら誤射とは判定されないので普通に戦える。なので普通の遺跡探索なら問題無く使えるのだ。だがそれはアキラの慰めにはならない。アルファの依頼の早期達成の為に貰ったものだからだ。無駄にツバキからの借りを増やしてしまったことに変わりは無い。

 今はまだ、それを知らない。

 

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