ツバキの接待   作:再構築世界

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第7話 シロウの帰還

「それで、これからどうするんだ?」

 区画844の幹線道路をバイクで走りながら()いてみる。

「坂下に終わったことを報告して打ち合わせる。多分だけど特別封鎖区画警備本部まで坂下からの迎えが来ることになると思う。そしたら特別封鎖区画警備本部まで送ってくれれば良い」

「そしたら残額の340億オーラムか。割りに合わない仕事だったな」

「えー? 4千億オーラム前払いしたんだぜー? 坂下がだけど」

「3千万コロンの経費が掛かったんだぞ? しかも色んな伝手と時間を掛けた装備まで全損したしな」

「それは一緒にしちゃ駄目だぜー」

「何でだよ」

「装備が全損したのを買い直すのに3千万コロン掛けただけだろ? 経費別の契約なら装備は全損のままで代わりに3千万コロンを払うか、3千万コロンは無しで装備を再調達するかなんだぜ?」

 実際には3千万コロンの中には、ネリアの義体代と手術代、さらに2本のブレード代も含まれている。下手に口を出すと藪蛇(やぶへび)になりそうだ。そう思ったネリアは、情報端末越しに聞いていたが黙っていた。オーラムなら何とかなっても、コロンを稼いで来いと言われたら流石(さすが)に困るのだ。

「それに結局坂下にも目を付けられたしな。割りに合わなかったよ」

「えー? じゃあ坂下から仕事を斡旋しようか? 俺の護衛とか?」

「やめろ! もう二度とあんな襲撃なんか絶対されたくねえんだよ!」

 

 区画844の防壁の前、()りて来た場所へと戻って来た。そこで一旦バイクと黒狼から()りて、戻り方を相談する。発起人はシロウだ。

「ネリアさんの義体と一緒に手に(かか)えて飛んでもらいたいんだけど」

 防壁を駆け上がるバイクに乗りたくないと言うのだ。勿論(もちろん)、駆け下りる方も。

 ついでだからアキラも、ちょっとした注文をつけておいた。

 

 防壁の前に立った黒狼に向かってバイクが駆ける。充分に加速したバイクが、姿勢制御装置を応用して車体を(わず)かに上げると、黒狼に向かって跳躍する。そのまま黒狼の斜めに差し出された腕に着地しつつさらに車体を垂直近くにまで上げて防壁に向かって再度跳躍した。飛び上がったバイクは防壁に着地し、そのまま登っていく。

「あはははは! すごいすごい!」

「カッコイイじゃねえか……」

 往路では後ろに乗っていた所為で良く分からない内に大変な目に遭っただけだった。だから初めて外から曲芸(バイク・アクション)を見て、シロウも素直に格好良さを認める。自分も出来たら格好良いだろうとは思う。だが出来るとは思えない。そもそも練習中に失敗して死ぬ。絶対に頭がおかしい。乗らなくて良かった。

 

 防壁が偽装している廃ビルの壁をアキラが()りるより先にネリアの黒狼が荒野仕様の大型キャンピング・カーのすぐ後ろに着地した。腕には、アキラの紙袋を持ったネリアの義体が(かか)えられている。

 と、ネリアの義体が紙袋を持ったまま動き始めた。一緒に(かか)えられた、光学迷彩で見えなくなっているシロウが降ろそうとしているのだ。実際には義体が紙袋を持っている訳ではない。そう見えるようにシロウが持っているだけだ。シロウが見えなくなったまま遠隔操作でキャンピング・カーの後部扉を開いた。義体を(かか)えて入っていく。

 ネリアはそのまま黒狼の中で待機だ。光学迷彩も待機も、アキラがつけた注文である。

 

 少し経つと、アキラがバイクで地上へ()りて来た。防壁のこちら側は廃ビルに偽装している関係で、壁には元窓に偽装した穴がある。全面が平らな向こう側とは違って()りるのが難しく、時間が掛かったのだ。

 アキラがキャンピング・カーの後部の格納スペースにバイクごと乗り入れると車内のリビング・ルームからシロウが顔を出した。

『予想通り警備本部までに決まったぜ』

『了解』

 そう念話で(こた)えてアキラは、シロウが差し出した小さく畳まれた光学迷彩コートを受け取る。それとネリアの義体とを持ってキャンピング・カーの外へ出た。すぐ(そば)の黒狼の肩まで飛び上がる。

 しゃがんで黒狼の背面をノックすると、黒狼の背面が開いた。その中に光学迷彩コートを(ほう)り込む。中のネリアが受け取って、狭い操縦席の中でそれを羽織る。自動運転でキャンピング・カーの後を追いかけるように設定して、光学迷彩を有効にしてから出て来る。代わりにアキラがネリアの義体を(ほう)り込むと、光学迷彩で見えなくなっているネリアが遠隔操縦で黒狼の背面を閉じた。

 二人は飛び()りて、キャンピング・カーの後部扉から中へ入った。

 アキラが一人で黒狼の操縦席に気絶したネリアを(ほう)り込んだ。何も知らない他人が見たら、そう見えたはずだ。

 これから警備網のすぐ外を通って警備本部へ向かう。そこでシロウと黒狼とを引き渡せば依頼完了だ。

 

           ◆

 

 キャンピング・カーの車内は静寂に包まれていた。運転はアキラだ。ネリアはリビング・ルームの指定された場所で黙って大人しく座っている。そうアキラに指示されたからだ。

『ネリアは仲介人のところに行く。そう思うはずだ。だから俺と一緒にいれば、俺が仲介人を知っているか、これから知るかだってことが分かる。ネリアを仲介人のところに連れて行く訳だからな。例え俺自身が仲介人じゃないと確信していたとしても関係は無い』

『いやいや、そうとは限らないだろ? 途中でネリアさんを()ろすかも知れないじゃないか』

『そうだな。でもとりあえず俺に()いてみるぐらいはするだろうし、嘘を()いていると思うかも知れない。どっちにしても、色々と調べようとする』

『うーん……』

 シロウは何か反論しようと考えたが、アキラが鎌をかけられただけで簡単に顔に出すことを考えれば、調べられるだけでも致命的だろう。

『だけどネリアが一緒に居なければ、一人で仲介人のところに行ったと思うはずだ。俺は無関係。そう思われていれば面倒事は起こらない』

『分かった分かった、分かったよ。じゃあさ、持参人式債権譲渡契約書はどうするんだ? あ、そうだ。ネリアさんの負債額が決まったぞ。予想通り4千億オーラムとちょっとだ。細かい数字が要るか?』

『要らない。その何とか書に書いてあるんだろ?』

『書いてあるぜ。警備本部まで持って来てるって話だからそのまま持って帰れるけど持って帰らないんだよな?』

『当たり前だ』

『じゃあどうすんだ?』

『後で指定した場所に持って来てくれ』

『いいぜ、どこだ?』

『まだ決まってない。というよりもまだ承諾を得てないんだ』

『分かった。決まったら教えてくれ』

『ああ。なるべく遺跡の中なんてことにならないようにするよ』

『念の為に言っとくけど、本当にそんなことになったら坂下の護衛が山ほど付いてくるからな? じゃなきゃハーマーズだ。あの時ヤナギサワと一緒にいたやつだよ。本気で強いぜ?』

『その時には遺跡の中の指定した場所に置き去りにしてもらうことにするよ』

 ネリアの向かいのソファーに座っているシロウの表情がころころと変わる。どう見ても念話している。一人だけ参加せずに黙って待ってなければならないのはちょっと面白くない。少しの間だけだから我慢してくれ。アキラがそう言ったから我慢する。突然体を勝手に動かされた挙句に動けなくされるよりもずっと良い待遇だからだ。

 

           ◆

 

「これだけ広いのに車両を通れなくしているのは、何か意味があるのか?」

「通ってるよ? ほら」

 マツバラの言葉に(こた)えたヤナギサワが前方を指さすと、そちらから自動運転の輸送機械が走って来た。そのまま一行の横を通り過ぎて行く。天井が高いのと、すぐ横というほどの距離ではないので走行風(ドラフト)はほとんど無い。

 坂下重工所属の交渉人マツバラとハーマーズ、その護衛、ヤナギサワの一行だ。倉庫のようになっている物資引き渡し場所の中を、都市管理側と遺跡管理側との境界へ向かって歩いている。警備本部から物資引き渡し場所の前までは車両で来られるのだが、中に入ってからは徒歩だ。多数の自動運転の輸送機械が交通管制に従って、作業をしながら入り乱れて走行している。かなり広く作られているのだが、その中に混ざって安全に運転するのは難しいだろう。その隅の、保守点検用に人間だけが通る前提で細く作ってある通路を歩くしか無いのだ。

「我々が乗る車両の話なんだがね」

(すご)いなー、あの中を正確無比に運転する自信があるのかー。俺には無理だなー。ちょっとでも邪魔すると予定が狂って損害が大変なことになっちゃうんだよねー」

「手動で運転するのではなく交通管制に割り込めないのか?」

勿論(もちろん)出来るよ? もっと早く言ってくれればだけどね。先月も今日も今すぐにって言われても流石(さすが)に間に合わないって。こっちだけじゃなくてツバキの方の都合もあるんだからさ」

「確かにな」

 今日はその先月と違って、まだツバキに会う予定ではない。境界までシロウを迎えに行って、合流してからツバキが来るのを待つ、或いはツバキに会いに行くのだ。さっきまでは警備本部で待っていた。シロウがツバキハラビルでの予備交渉を終えて警備本部へ向かっている。そう坂下重工から連絡が入ったのだ。一刻も早くどころか寸刻を惜しんで、こうして迎えに来ているのだ。

 マツバラとしては、ヤナギサワは許可の通達だけしてくれれば良いのでお呼びでない。シロウに渡さなければならない重要な書類がある。そう言って、頑丈な保管ケースを持ってついて来ているのだ。目的が同じなので、一緒に来ると言うのを断るのもどうかと思うので一緒に来ている。こうして雑談相手にもなるからだ。それでも、ヤナギサワははぐらかすばかりなので本当にただの雑談にしかなっていない。先程の人員用車両の話も、最初から人員用車両専用通路を設定しておけば解決する問題だ。それをしない理由がはぐらかされている。

(喰えない男だ)

 マツバラは警戒心を新たにする。手に入れれば五大企業の勢力バランスを一変させるほどの何かがクズスハラ街遺跡に存在する可能性がある。坂下重工を含めた五大企業は、それが何かどころか、実在の確証さえ掴めていない。なのにヤナギサワは実在すると確信した上で、それを手に入れようとしている恐れがある。そうスガドメに言われた。先月、ツバキに会いにここに来た翌日の話だ。

 こんな些細な雑談にさえ秘密がある。その全体はどれほどのものなのか。ヤナギサワが裏に隠す闇の深さを想像すれば警戒せざるを得ない。マツバラはそう思った。

 

           ◆

 

 境界に到着した。物理的に線が引かれている訳ではないが明確に線がある。線の向こうは綺麗に舗装されているのだ。この線から向こうはツバキの管理区画であり、無断で越えれば問題になる。緩衝地帯すら設けられていない。

 このあたりには、輸送機械が通らない領域がある。都市側の輸送機械には、遺跡側の自律輸送機械と異なり積載装置が無いからだ。移動する先が据置式の積載装置がある場所へと集中するので、この周辺は通らない。絶対に通らない訳ではなく、予定が狂って順番待ちが発生した場合などに、待機用の停車領域として利用される。

 なお、順番待ちが出るようであれば都市側に大きな損害は出ない。損害分はツバキに請求するからだ。逆に到着しているはずの都市側の輸送機械が来ていない場合に損害になる。例えば予定外に走行している車両を()けた所為で遅れた場合などに。或いはその車両が何等(なんら)かの事故を起こした場合などに。

 

 空地のような場所で、坂下重工所属の重装強化服達が、マツバラとハーマーズと、ついでにヤナギサワを囲んでいる。ついでに囲まれているヤナギサワだが、マツバラの暇潰しの雑談の相手を務めている。ハーマーズは護衛側だから――という訳でもない。境界線の向こう側で忙しなく動く遺跡側の自律輸送機械を仁王立ちで眺めていた。後ろ姿だから表情は分からないが、実は子供のように目を輝かせているのかも知れない。そう思いながらヤナギサワと、情報収集の役に立たない雑談をしていた。

 

「付かぬ事を()くがな、ヤナギサワ」

 雑談が一区切りついたところを見計らって、ハーマーズが振り向いてヤナギサワに話しかけて来た。その表情は険しい。

「何でしょう?」

 それにヤナギサワもいつもの軽薄な調子で、だが丁寧語で(こた)える。

「向こう側のどれかの入り口からシロウが現れる。そういうことだな?」

「予想では。私はシロウ君ではないので、どこから来るつもりかは分からないんですよ。もしかしたら私達を驚かそうとして、意外なところから現れるかも知れませんねー」

「その予想の根拠を確認したい」

「根拠と言われてもねえ。根拠らしい根拠なんてありませんよ。他に出入口は無い。それだけです」

 マツバラも割り込んで来た。

「何か、ここを通ったことに疑わしい点でもあるのかね?」

「向こう側の輸送機械の動き方なのですが――」

 遺跡側の自律輸送機械の動きを見ると、車両でも徒歩でも、邪魔せずに通るのはかなり難しいのではないか。どちらが邪魔されたにせよ予定に異常が発生するだろう。だがヤナギサワの口振りからは異常が起きていないように思える。

「異常が起きて当然なので異常が起きた事実を気にしていなかった。そうなのであれば、シロウがこちらから現れるという意見に問題は無いと思います。ですが、もしも異常が起きていなかったのであれば、他のルートを通った可能性を考慮すべきなのではないかと考えた次第です」

「確かにな。考慮に値する意見だと思うね」

 はぐらかされるだけの、意味も価値も無い雑談よりは意義のある話し合いになりそうだ。そう思ってマツバラはヤナギサワに返答を(うなが)した。

「異常はありませんでしたね」

「おや、即答か? 異常があったことは即答出来ても、異常が無かったことは即答出来ないものではないのか?」

「ここで異常があると、ツバキとの関係、具体的には損害賠償とかに影響が出るんですよねー。なので何かあれば即時に私に報告されるようになってるんですよ」

「なるほど、異常が起きていたならば彼が通った時に報告があったはず。我々が来た時に報告が無かった時点で異常は起きていないと断言出来る。そういうことか」

 マツバラがやっと分かったと言うようにうんうんと頷いた。こんな呑気親父のような言動をしているが、五大企業の一つである坂下重工の重役の懐刀であり、交渉役として全権を委任されるだけの力量があると認められている凄腕なのだから油断出来ない。

 

           ◆

 

 車両であれば異常が起こる。普通ならば。

 だがシロウは高度な専門の訓練を受けて情報処理に極めて()けた工作員だ。交通管制にクラッキングして乗って来た車両を割り込ませれば、都市側では問題を起こさずに通ることが可能だ。その可能性も考えられる。先程マツバラにはああ言ったが、遺跡側の自律輸送機械は旧世界製の人工知能を搭載している為に対応能力が高い。都市側が少々遅れた程度ならば問題無く対応出来るし、予定外の車両が割り込んだとしても普通に運転していれば問題は起こらない。だから通ったけれど、どちらにも異常が発生しなかった。その可能性も充分に考えられる。

 それどころかツバキから許可を得ているならば、自分達と同じように都市側を歩いてきた数人の集団が、そのまま遺跡側へ歩いて行ったとしても問題は起こらない。ハーマーズは難しそうだと言ったが、実は都市側の輸送機械と違って遺跡側の自律輸送機械は、地上を歩く人を()けるぐらいのことは容易に出来る。路上に邪魔者が居たら壁や天井を走るだけの話だからだ。

 勿論(もちろん)、歩いて来たはずが無い。理由はいくつかある。ヤナギサワ達が車両を()めた場所に他の車両が無かったこと。警備本部に預けてここまで歩いて来たとも考え難い。距離があるからだ。なぜ距離があるかというと、ツバキと会う為の特別な建物の近くに区画警備本部を配置した所為だ。その所為で仮設基地から区画警備本部、そしてツバキの管理区画までと、意外と広い範囲が封鎖区画になってしまっているのだ。名目上は。実はアルファ達が現地協力者を捜索し取引するのを阻止する為だ。完全にヤナギサワの個人的理由で、広範囲を封鎖区画にしている。意味も無くこの距離を歩いて来たはずが無い。

 他にもあるが、これは言えない。進入許可を出した後でネリアの位置を確認した時には、既にツバキの管理区画の中に入っていたからだ。その短い時間で、この距離を歩いて来たはずが無い。

 

 ヤナギサワは肯定要素の検討を終えた。否定要素の検討に入る。

 ここを通らなかった。その可能性はある。例えば廃ビルに偽装された防壁を登れば。壁面歩行機能のある強化服を着ていれば不可能ではない。他にも、ネリアが乗っていた黒狼に(かか)えられれば飛び越えられるはずだ。

 だがなぜそんなことをする? ここを通る為には警備本部に話を通さなくてはならない。警備本部に顔を見せたくなかった? 仲介人であるヤツバヤシが一緒ならばそう考えることも出来た。だが実際に居たのは護衛のアキラだけだった。月定(つきさだ)層建のエージェントだから都市の防衛隊に顔を見せたくなかった? いや、ネリアの前に居た防衛隊の人員に顔を見られていて、身分照会はまだだが身元判定でアキラだと判明している。顔を見せたくなかったのはアキラではない、シロウだ。坂下重工を通してヤナギサワに通行許可を得たとはいえ顔は見せたくなかった。坂下重工というかスガドメ専務もシロウだとは言わなかった。それでも警備本部からアキラの他に少年が一人いたと報告を受けている。つまり顔を見せたのだ。だから、顔を見せたくなかったからではない。ならばなぜか。時間の節約? 物資引き渡し場所の中を見て通過するのは困難だと感じて黒狼で飛び越えることにした? 都市側ならクラッキング出来るが遺跡側は無理だと判断した? いや、その場合はここまで乗って来た車両が()められているはずだ。となると、物資引き渡し場所を通過する気は最初から無く、黒狼で飛び越えるつもりで(かか)えられてここまで来た? それは流石(さすが)に無理矢理に辻褄を合わせているだけだ。いや情報源が坂下重工というかマツバラで、ここの混雑具合を聞いていたから歩いて渡るつもりだった。だがネリアについて来たいなら()りろと言ったら黒狼で(かか)えて飛び上がることを提案された。これなら……駄目だ。車と黒狼とでここまで来てから言うのが自然だ。

 

           ◆

 

 手段はあるものの目的不明、動機も不明。

 肯定も否定も可能性はあるが、否定するには辻褄を合わせる為の仮定が必要になる。未知の情報が無い限りここを通った。ヤナギサワはそう推定した。

 そう推定したのだが、それをそのまま伝えるのは色々と問題がある。先ず、この筋肉が頑張って考えたことをあっさり否定すること。馬鹿にされたと感じるだろう。当然(よろ)しくない。しかも上司ではないとはいえ上役が居る目の前、上役が参加している話題の中、上役が考慮に値すると認めた直後だ。恥を掻かされたと思うだろう。極めて(よろ)しくない。

 ヤナギサワはセンシティブな問題へ気軽に対応した。何しろ自分は困らないのだ。

「なるほど確かに。他ルートを通った可能性は考えられますね。ではマツバラさん、如何しましょう。一旦警備本部まで戻りますか? それとも、ここを通ったにせよ何にせよ戻る時はここを通ると予想してこのまま待ちますか?」

 

 このまま待つか戻るか。それを決める為に、マツバラとハーマーズはシロウがここを通ったかどうかの確率を検討し始めた。

 無駄な計算だ。そう思っているヤナギサワは横でニコニコ笑顔を(ニヤニヤではなく)浮かべながら二人が結論を出すのを待っていた。ヤナギサワはシロウに直接会って話を聞きたいから持参人式債権譲渡契約書を渡す大義名分でついて来ているだけで、どこで待っていても構わないのだ。可能ならば警備本部の一室で、落ち着いた状態で雑談でもしながら渡したいところだ。なのにマツバラが、急ぐからここで待ちたいと言い出したので、仕方なくついて来ただけだ。だから戻る方が都合が良い。

 と、マツバラの情報端末に通話要求が届いた。検討という名の妄想発表会が()まる。

「はい、私ですが。はい? 今ですか? ツバキと都市との物資引き渡し場所に来ていますが――」

 すぐにヤナギサワの情報端末にも緊急用の回線で通話要求が届いた。この回線には長期戦略部の部下からしか連絡出来ない。

「俺だ。どうした」

 ヤナギサワは通話に出ながらマツバラとハーマーズとに向かって頭を下げ、重装強化服の包囲の外へ出て行った。出たらすぐに警備本部へ向かって走り出す。

「今特別封鎖区画警備本部から連絡が来たんですが、シロウと名乗る少年が来て、話が通っているはずだから中に入れろと言っているらしいんです。どうすれば良いですかね」

 

           ◆

 

「は? シロウがですか? 今? 特別封鎖区画警備本部に。はい――」

 マツバラが復唱するように通話するのを聞いて、そしてヤナギサワが急いで走り去って行ったのを見て、一瞬遅れて事態を把握したハーマーズも走り出した。

 急いで重装強化服の包囲の外へ出る為に飛び上がる。索敵機器は高速で動く物ほど鋭敏に感知する。重装強化服を着た護衛達は索敵機器の強い反応に驚く。思わず反応した場所を強く警戒してしまった。そこには(はる)か遠く小さく走り去るハーマーズが見えただけだった。

 

 ハーマーズは地面に伏せるかのように低い姿勢で走っているが、それでもヤナギサワに追い付けない。勿論(もちろん)、ヤナギサワも同じ低い姿勢だ。

 走るという行為は意外と難度が高い。特に超人や、超人並みの強化服を着ている者には。走ろうとして地面を蹴ると重心を中心として回転して頭を打つ。そうでなければ、斜め上に向かって飛んでしまうからだ。そして飛んでしまえば、空気中の色無しの霧による高速フィルター効果で速度が低下する。後は自由落下で地面に着地するまでの間は前進することなく、その自由落下さえ高速フィルター効果で一定速度までにしか上がらない。だから地面を蹴っても上向きに力が掛からないように工夫しなければならないのだ。

 その難度を差し引いても超人であるハーマーズが追い付けないということは、ヤナギサワが着ている強化服は超人並みの出力があることになる。楽な相手ではないとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。何よりもその出力を使い(こな)している。それも重く大きく邪魔な保管ケースを持っている状態で。流石(さすが)(かか)えるように持っているとはいえ重心が偏ることに違いは無い。様々な体勢、様々な武器を使った経験があるのだろう。文字通り比肩する強さのはずだ。

 走る。たったそれだけのことを見ただけでも、これだけ多くのことが知れる。そこから測れるヤナギサワの強さはかなりのものだ。苦戦するが問題無く勝てる。そう思っていたハーマーズだったが、その評価を修正した。最低でも五分五分。悪くすれば勝てない。

 

           ◆

 

 荒野仕様の大型キャンピング・カーが、警備本部と後方連絡線とを結ぶ大きな道路に近づいてきた。そこを曲がって警備本部の正門へ行く予定だ。

『これか?』

()まったぞ』

『どうだ』

『大丈夫だ、追いかけて来た』

 シロウがネリアの貸出端末を操作して、黒狼の自動追跡設定を遠隔操作で変更したのだ。解除したら黒狼が()まった。すぐに戻したら、またキャンピング・カーを追いかけて来た。

『よし。じゃあな、アキラ』

『後で連絡する』

 シロウがアキラに念話で言う。ネリアとも無言で手を振り合う。すぐに貸出端末を持ち、着ている光学迷彩コートを有効にし、外へ出る。そのまま黒狼の肩へ飛び移った。黒狼の足の裏にある移動機能で地面を滑るように移動しているので、上下の揺れは無い。強化インナーの接地維持機能のお陰で滑ることもない。

『結構早いな』

『もう少し速度を落とそうか?』

『いや、大丈夫だ。光学迷彩コートが風でめくれそうでひやひやするが、別にめくれても構わないからな』

『了解だ』

 間も無く大きな道路に出た。警備本部の正門へと向かって曲がる。機銃を逆方向に向け、敵性と認識されない程度にまで速度を落とした。もうすぐだ。

 

 警備本部の正門前に着いた。立哨に誰何される。アキラは運転席の扉を開けて顔を出して後ろを指さす。

「お届け物だ」

 そしてすぐにまた運転席の扉を閉めた。

 指さされた黒狼の肩の上で、シロウが黒狼の自動追跡設定を解除する。それから光学迷彩も解除した。

 立哨が本気で驚いて何度も索敵装置と見比べたりする一幕があったが、最終的にシロウが()りて来て中へ入れろと言った。しかし立哨に聞いていないと言われてしまう。

「いやいや、坂下重工から連絡が来てるはずなんだけど? 坂下重工の人間が来てるよね? マツバラさんがさ。合流する予定なんだけど?」

「悪いが、誰が来てるにしても、それを言う訳にはいかない」

「いやそうなんだけどさ!? その前に上に問い合わせてくれよ。坂下重工からここに来いって言われてるんだけど!?」

 

 揉めている間にアキラは帰ってしまっても問題無い。だが何も言わずに帰るのもどうかと思ったので、立哨が上と連絡を取っている間に念話で()いてみた。

『もう送り届けたってことで良いよな?』

『え、ちょっと待ってくれよ。もし何かの手違いで誰も居なかったら困るんだ。都市まで送ってくれよ』

『誰か居ればいいんだな?』

 ()いて即体感時間を圧縮してアルファに()いてみる。

『坂下重工の誰かが来てるかどうか分かるか?』

『少なくとも一人関係者が来てるわ。巨大都市間輸送車両でシロウと一緒に居たハーマーズという男性よ。それと都市の職員のヤナギサワと、背広の男性が一人。それを重装強化服の護衛が囲んでいるわ。ハーマーズは確実に坂下重工の関係者よね。ヤナギサワは確実に違うわ。他が坂下重工の関係者か都市の関係者かは私にも分からないわ』

『そうか』

 誰かが居る。それだけ分かれば充分だった。体感時間を戻す。

『誰か居ればいいけど、俺を迎えに来られるやつだぞ? 誰か居るのか?』

 そう念話している途中で、上と連絡を取っていた立哨が戻って来た。

「今本部が問い合わせている。返事が来るまで待ってろ」

「分かったよ。意外と大変なんだな、門番って。ただ突っ立ってるだけの簡単な仕事かと思ってたぜ」

「お前は知らないのか? 歩かずに立ってるだけでも普通の人間は10分も耐えられないぐらい辛いんだぞ?」

「へー、そうなんだ。ところで待ってるってのはここでか?」

「そうだ、ここでだ。もうちょっと離れたそのへんで待ってろ」

 シロウは言われた通り、少し離れた。

『シロウ、今ここに――』

『ちょっと待ってろ。今他と通話中だ』

 

 しばらく待っていたらアルファが教えてくれた。

『アキラ。ヤナギサワとハーマーズがこっちに全速力で走って来てるわ』

『は? 走って?』

『そうよ。ツバキの管理区画との境目からね。多分、ツバキの管理区画からシロウが来ると思って迎えに行ってたのだと思うわ』

『あいつか。顔を合わせたくないな。特にネリアが居るってバレたら絶対に面倒なことになるよな』

『そう思うのなら帰ってしまいましょう。シロウも迎えが来ているのなら問題無いと言ってたものね』

『よし、帰ろう』

 アキラはキャンピング・カーをUターンさせた。そのまま黒狼がついて来ないのを確認すると一気に加速する。

『おいアキラ! 何の真似だ!?』

『帰る! ヤナギサワとハーマーズがお前を迎えに走って来てる。仕事は終わりだ。振り込んでおいてくれよ』

 キャンピング・カーは(すご)い勢いで離れて行くが、念話だから落ち着いて会話出来る。

『は? 走って?』

『そうだ。この距離なのに索敵機器に反応があるってどんな速度だ?』

『そんな速度で走って来てるのか? 二人が? ヤナギサワも?』

『後にしてくれ。俺も今から色々と忙しくなるんだ』

『分かった。迎えが来てるなら問題無い。振り込んでおくよ』

『頼んだ。またのご利用をお待ちしねえからな!』

『ははははは』

 

           ◆

 

 ヤナギサワとハーマーズとが走りながら物資引き渡し場所を出た途端、一歩ごとに舗装が(えぐ)られる。速度は半分以下に落ちた。

 万全な状態であれば、この程度で旧世界製の舗装が(えぐ)られることは無い。だが管理人格が不在などで管理が放棄されていれば、修復用エネルギーが補給されず経年劣化によるヒビが生まれて脆弱になってしまうのだ。新しく作られた物資引き渡し場所はまだ大丈夫だが、その外は古いまま放置されている。

 強化服の出力が、超人の脚力が、舗装を(えぐ)ることに大半を奪われ最高速を出せないもどかしさがある。と、唐突に舗装が(えぐ)られなくなる。同時に速度が元に戻る。どちらも、履いている戦闘用長靴(ブーツ)の足の裏にある力場(フォースフィールド)装甲(アーマー)式の足場確保機能を有効にしたのだ。

 高速移動中は情報収集機器を使うのが難しくなる。それでもヤナギサワは高性能な情報収集機器と自分の技量とで、正門の様子を探っていた。それはシロウと(おぼ)しき人影、黒狼と(おぼ)し機影、キャンピング・カーと(おぼ)しき車影があることまでは把握出来ていた。

 音響解析(パッシブ・ソナー)が黒狼は無人であることを伝える。だがキャンピング・カーは――

二重像(ゴースト)か。車内だから当然だが、反響消去プロセスで消し切れないとは随分(ずいぶん)強い二重像(ゴースト)だな。車内に音楽スタジオでも作ってるのか?)

 ヤナギサワは秒以内で何度も人数が1人と2人とで切り替わる表示を拡張視界で見ながら考えた。反響消去プロセスでもギリギリ消せない、二重像(ゴースト)判定ギリギリの強い反響があるのだ。1人と表示されているが、反響が強くなった瞬間だけちらつくように2人と表示される。理屈の上では理解出来るが、初めて見る現象だ。

 驚きながらも走る速度は緩めない。閉じた正門の横の警備本部の敷地を囲む塀を飛び越えた。

 

 それを追いかけるハーマーズまで飛び越えるのは流石(さすが)不味(まず)い。確かにクガマヤマ都市は坂下重工の傘下企業だ。一応は横槍を入れても何とかなる。だが逆に言えば、傘下企業ではあっても独立した組織なのだ。横槍を入れたことで発生した損害は賠償しなければならない。賠償しないという横槍は、坂下重工の統治体制を揺るがすからだ。必ず賠償される。決して損はさせない。そう信じられているからこそ、横槍を入れる傲慢が、横槍という横暴が許される。そしてその横暴が統治体制を維持している。それを支える信用を、膨大な金を掛けて買い続けている。金で買える限り金で買う。それが最も安上がりだからだ。だが、その金の出所がどこかはまた別の話だ。無意味な横槍を入れた所為で発生した賠償は、その無意味な横槍を入れた馬鹿の財布から出て来るのが道理だろう。財布で足りなければ、債務を負わせるのだ。

「すまない。外に居るシロウという少年に用がある。開けてもらえないか」

 ハーマーズは正門横の守衛所に行き、正門を開けるように頼んだ。衝撃波(実際には風切り音)を発しながら走っていた男達の片方が向きを変えて自分に向かって走って来たのを見た守衛番の兵士はさぞや恐ろしかったことだろう。

 

 ヤナギサワは正門前の道路に着地した。猛スピードで走り去るキャンピング・カーの後ろ姿が見える。大急ぎで情報収集機器を音響解析(パッシブ・ソナー)優先で前方感度最強に設定変更して解析する。

(やはり一人だ。二重像(ゴースト)は反響消去プロセスでほぼ消えている。向きが変わったから反響強度が落ちた。車内の何かが偶然、反響板として機能していたなら自然なことだ)

 ヤナギサワはあっさりと(だま)された。それは自身の使用している情報収集機器の性能の高さと、それを使い(こな)してきた経験という実績があるからだ。

 そして、車内は動体探知で調べられないのだから音響解析(パッシブ・ソナー)で調べるしか無い。これは各種迷彩機能を使用した場合も同じだ。最上位の反響定位(アクティブ・ソナー)には及ばないとはいえ、大掛かりな装置が必要になる遮音消波迷彩以外では迷彩が難しい音響解析(パッシブ・ソナー)がそれに次ぐ最上の索敵方法の一つに数えられる所以(ゆえん)である。だからこそ、音響解析(パッシブ・ソナー)を錯誤させられれば見破られない迷彩となる。今アキラが行なっているのがそれだ。

 ネリアをリビング・ルームの、運転席の真後ろに座らせている。向きはこれも逆の後ろ向き(ネガティブ)だ。そしてアキラは、アルファのサポートで呼吸も心拍もタイミングをネリアと一致させている。こうすることにより、実は一つの心音しかしていないのに車内の反響で二重像(ゴースト)が発生して複数の心音が聞こえているものと誤認され、反響消去プロセスで解析結果から誤って消去されてしまうのだ。これは高性能な情報収集機器の方が多くの反響を正確に拾ってしまい無数の二重像(ゴースト)を検出して逆に機能低下する問題を解決する機能の穴を突いている。

 ただ、ネリアは義体だ。その心臓も機械仕掛けだ。その心音は、アキラの生身の心臓の心音とは微妙に異なる。その相違が大きくなった瞬間だけは二重像(ゴースト)ではないと正しく判定されて2人と表示された。だからちらついたのだ。今は3人が一直線上に並びタイミングが完全に一致したことで、個性的な心音の一人だと判定されている。

 キャンピング・カーはすぐに後方連絡線に到着し、曲がってビルの陰に入ってしまった。その曲がった一瞬に二重像(ゴースト)がちらちら検出された後は、もう情報収集機器でも探知は出来ない。気にするだけ無駄だ。ヤナギサワは興味を失い、改めてシロウの方を見た。

「暫くぶりだな、シロウ。このやんちゃ小僧め」

「やあ、ハーマーズ。やーっと心強い護衛が来てくれたぜー。さっきまで頼んでた護衛も弱くはなかったけど、やっぱり護衛は最強じゃないと安心出来ないよ。なあ」

 門になっている開閉式の防壁の隔壁が通れるほどに開く間も惜しんで、隙間から顔を出して声を掛けるハーマーズと、それに及び腰でお世辞を()くシロウとの姿がそこにあった。

 

           ◆

 

「おっと、これもだ」

 両肩を後ろからハーマーズに掴まれているシロウが、取り出した貸出端末をヤナギサワに渡した。

「これもそうなんだけど、これじゃないんだなー」

「あれー? 他に何かあったっけ?」

「都市の義体があったはずなんだけどなー」

「あ、そっちか。それは黒狼の中に入ってるぜ」

「そうだったんだ。やだなーもう、先に言ってよー」

 ヤナギサワは相変わらず軽薄な口調と表情で言うと、たった今渡された貸出端末を片手で手早く操作して黒狼の背面を開いた。そして保管ケースを持ったまま強化服の力で黒狼に飛び乗って操縦席を見る。ネリアの頭部までついている義体が服も無く無造作に(ほう)り込まれていた。服だけではなくイヤリングも無いが、ヤナギサワは気付いていない。

「死体か」

「死体じゃないぜー義体だぜー。脳が無いからなー」

 それを聞いて驚いたヤナギサワは考えた。

(脳が無い? まさか生きてる? いや返却の為に洗浄しただけか? だが爆弾は脳だけではなく頭部を破壊するはずだ。首から下が破壊されないように頭部全体ではないにせよ、後頭部から上半分は吹き飛ぶように調整されていたはず――)

 なぜそう調整されているのかは誰も知らない。安全性などを考えても脳だけを破壊した方が良いはずだが、どこでもそうされでいるのでそうしている。誰が決めたのか知らないが、態々(わざわざ)調べる意味もないので調べていない。誰かが脳だけを破壊するように調整したことがあり、やってみたらすぐに気付くような馬鹿々々しい理由があってすぐに元に戻された。そう誰もが推測しているからだ。なにしろ、脳内の爆弾を爆発させる債務者は滅多(めった)に居ないのだ。試すのはリスクがある。

 ヤナギサワの思考を()ち切るようにシロウが話題を変えた。

「そうそう。謝らなきゃなんだけどさ。月定(つきさだ)のエージェントだってのは俺の勘違いだったんだ。ごめんな?」

 シロウは(わざ)とらしく言った。嘘を言っているようには見えないが、悪いとも思っていない。隠していることが確実にある。それは分かった。分からせる意図があることも。

「へー、あれ勘違いだったんだ。本当にそうなんだと信じちゃったよ」

「悪い悪い。俺もあの時は絶対間違い無いって思ってたから吃驚(びっくり)しちゃったんだよねー。そういうことで(よろ)しく」

 シロウは(わざ)とらしく後ろ頭を掻こうとして、ハーマーズの腕に手をぶつけていた。

(坂下の意向としてそういうことにしておけ。そういうことか。坂下に(くだ)ったのだろう。なら当面の間は影響は無いはずだ)

 考えるヤナギサワの前ではシロウとハーマーズが肩の手をどけろ、駄目だ、もう逃げやしないって、とじゃれ合うように言い合っていた。

 

 ヤナギサワの目論見としては、シロウがマツバラと合流する前にゆっくりと話を聞きたかった。だが間も無くマツバラも到着するはずだ。ハーマーズも居るし、話を聞くのは難しい。

 とりあえず黒狼から飛び()りたヤナギサワはシロウの前まで行って、黒狼と義体とを受領したことを告げようとした。

 だがそれを、情報端末に届いた通話要求が邪魔した。死んだはずのネリアからだった。

(ネリアの情報端末を拾った誰か……ツバキか?)

 ツバキならヤナギサワの旧世界製の情報端末に連絡をしてくるはずだ。なら誰だ? ツバキハラビルの遺失物管理センターが拾得物処理手順に従って連絡を試みている? 現世界製の情報端末なのに? 

 ヤナギサワは不審そうな表情を浮かべはしたが、いつもの調子で通話に出た。

「はいはい。こちらはヤナギサワでーす。どちら様ですかー?」

 

           ◆

 

「もう大丈夫だ」

「あー、きつかった。んー!」

 アキラから完了を告げられたネリアは立ち上がり、声を出して伸びをした。

「義体でもじっとしてるのはきついものなのか?」

「気分の問題よ。生身だと動いていないだけできついけど、義体はそうならないわ。でも動いちゃ駄目なんだって思うときつく感じちゃうのよ」

「あー、何となく腹が減ったと思った時に冷蔵庫が空なのを見たら急にものすごく腹が減って来る感じか」

「そうそう」

 ひとしきり笑った後、運転をネリアに代わらせようとする。

「良いけど、労働するんだからその分は減額してもらうわよ?」

「減額って、ここから都市まで運転するだけだぞ? それも後方連絡線を使うんだ。ネリアの運転の腕前は知ってるけど、それでも5千オーラムぐらいしか出せないぞ?」

「5千オーラムね。分かったわ」

「え? 5千オーラムで良いのか? 負債は4千億オーラムもあるんだぞ?」

 アキラは相場を知らなかったので1日100万オーラムで雇われたことがあった。そんな安値で雇われてるんじゃねえ。その時にそう言われた。

「4千億オーラムあったって、4千万回往復すれば完済出来るわ。でもその前にちょっと連絡したいところがあるのだけど良いかしら?」

「了解だ。いや待て。連絡したいって、誰にだ?」

 アキラは、昔の遺物強奪犯仲間じゃないかと思って()いた。都市に捕まってから今朝まで強制労働をさせられていたのだ。そこから解(はな)された途端に連絡する相手など、それ以前の知り合いしか思い浮かばない。ネリアがまた遺物強奪をしようと昔の仲間を救い出そうと構わないが、自分が巻き込まれるのは(いや)だ。

「ヤナギサワよ」

 ネリアは当たり前のことのように(こた)えた。

 

「はいはい。こちらはヤナギサワでーす。どちら様ですかー?」

「ネリアよ」

 その通話内容がアキラにも聞こえる。リビング・ルームではなく、運転席のすぐ後ろの休憩スペースでスピーカーにして通話しているからだ。逆に言うと、アキラが何か言えばそれはヤナギサワに聞こえることになる。さっきまで黙らせていた意趣返しだろうか。ついそう思ってしまう。通話しているネリアの声や態度に少し機嫌が悪そうな雰囲気があるのもその所為かも知れない。心拍数まで抑えていたアキラの方がきつかったはずなのだが、ネリアはそれを知らないし、そもそもアキラの都合で勝手にしたことだ。

「……ネリア? 君は死んだはずだ。なぜ生きている?」

「もう貴方(あなた)は貸主じゃないのよ」

 ネリアの(こた)えを聞いてヤナギサワが黙った。その沈黙の裏で色々と深読みしているのだが、ネリアは単に過去を振り返らない主義なので気にしていないだけだ。

「それで、私は私の仕事を済ませたいのだけど、今済ませても良いのかしら?」

「仕事? 何だ?」

「報告よ。封鎖区画内で何をしたか報告しろと言われたわ」

 

 ネリアはぶっきらぼうに報告を続けた。廃ビルに偽装された防壁の前にキャンピング・カーを駐車して、バイクに乗り替えて封鎖区画内に入った。ネリアは黒狼に乗って飛び越えた。依頼人とアキラとネリアとの3人でツバキハラビルに行った。依頼人はツバキと交渉しようとしたが、その交渉の前に交渉内容や仲介人のことを都市に報告されたくないのでネリアの債権が買い取られた。

「だから私が報告するのもここまで。以上よ」

「そうか。その依頼人というのはシロウという少年で良いのかな?」

「何者かを知る必要は無いのでしょう?」

「そうだ。何者かを知らなくても何をしたかを報告出来る。だが知っているのなら報告するのが普通だろう」

「そうね。でもそういう仕事じゃなかったんだから、今の貸主に気を使っておくことにするわ」

「仕事が関係あるのか?」

「私、これでも仕事は真面目にやる方なのよ?」

 ヤナギサワは再び沈黙。その裏で色々と深読みしているのだろう。何をどう深読みしたのかは分からないが、唐突にいつもの少しふざけた態度で(こた)えた。

「そっかー。それで、これから君はどうするんだ?」

「この報告が終わったら車を運転しろと言われているわ。ちなみに行先は、まだ聞かされてないの」

「そうなんだ。もしもスラム街に行くんなら、隠れ住んでいる元再構築(リビルド)技研の研究者に人体実験されないように気を付けるんだね」

「そんなのが居るの? 気を付けるわ」

 通話は終わった。

「終わったわ。ところで、どこに向かっているの?」

「スラム街だ」

 アキラも、この(こた)え方は流石(さすが)にどうかと思った。案の定、ネリアの表情は引き()っていた。

「そ、そう……」

「あー、いや、違うぞ? 人体実験とかじゃないからな? そもそも元再構築(リビルド)技研の研究者なんて知り合いは居ないぞ? 知り合いの徒党の拠点があるんだ。俺も昨日から住むことになってて、いや昨日は荷物を運び入れただけで帰ってないんだけど――」

 

           ◆

 

 シロウとマツバラとを送り届けた後、ヤナギサワだけは警備本部まで戻って来た。ハーマーズと護衛達は、物資引き渡し場所の境界でシロウとマツバラとが戻って来るのを待っている。ツバキは区画内に入る許可を二人だけに出したのだそうだ。

 戻って来たヤナギサワは、保管ケースを持ってツバキと会う為の特別なビルへと入って行った。

 ビルは警備本部のビルの上層階からの渡り廊下を通ってしか入れなくなっている。ビルの中は真っ暗闇だ。窓が一つも無く、全階が吹き抜け――つまりただの箱――になっていて旧世界製のビルが丸ごと入っている。そのまま下まで飛び()りて、中のビルに入り最上階まで上がっていった。

 その最上階は単一の部屋で構成されている。窓もなく光源も見当たらないのに、この部屋の中だけは明るい。床も壁も天井も真っ白だ。床、壁、天井の境目すら見えず、遠近感を狂わせる無限の広大さを感じさせる。

 ヤナギサワはその部屋の中央に立った。

「事情ぐらいは聞かせてもらいたいんだけど?」

「必要性を認められませんね」

「えー?」

 現れたツバキの立体映像(イメージ)は、愛想(あいそ)も無く却下した。

 

 一言の元に即却下されたが、立ち去る程ではないようだ。

「じゃあ、シロウ君はこれから何度もツバキさんに会いに行くってことで良いのかな? 交渉人を連れて?」

「来るかどうかを決めるのは私ではありません」

「じゃあ、シロウ君が交渉人を連れてツバキさんに会いに行く為にツバキさんの管理区画に入ることを今後に渉って許したってことで良いのかな?」

「はい」

 全く愛想(あいそ)は無いが、質問には(こた)えている。態々(わざわざ)教える気は無いようだが、秘密にする気も無いようだ。

 

 交渉らしくはなかったとはいえ、一応交渉が成立した。

「シロウ君と同行者を通行可とするが、必ず事前に警備本部に連絡する。これなら良いかな?」

「私は構いません。そのあたりのことはそちらが坂下重工と勝手に決めれば良いことです」

「だから――まあいいや」

 封鎖区画内に入る許可を出す権限を奪わない。細かいことはともかくも、そう解釈出来ることに変わりは無い。時間を掛けても結果が同じなら、先程早目に切り上げた判断は正しかった。

「それならそっちは良しとして、今度はこっちだ」

 ヤナギサワはそう言って、横に置いてあった見るからに頑丈そうな保管ケースを前の床に出した。

「ご要望のこれ、持参人式債権譲渡契約書だ。これをどうすれば良いのかな?」

「それを決めるのは坂下重工です」

「いやいや、俺にも責任ってものがあるんだよねー」

「クガマヤマ都市の帰責性は、それを遅滞無く坂下重工、乃至は坂下重工が指定した者に渡した時点で消失します。その後に何かあった場合の報復対象はクガマヤマ都市を除いた坂下重工になります」

「は? 報復?」

「はい。ああ、そうそう、私の管理区画の周囲に展開しているクガマヤマ都市の部隊ですが、坂下重工への報復を開始する際には巻き添え被害(コラテラル・ダメージ)を受けると思われます。坂下重工の子会社だからという理由のみでクガマヤマ都市自体を報復対象に含めることはありませんが、報復の障碍となれば排除対象になります。悪しからず」

「待て……待ってくれ」

「どうしました?」

「報復って、なぜそんなことに!?」

 脂汗さえ流しているヤナギサワに、ツバキは嬉しそうな笑みを浮かべた。

貴方(あなた)失態(ミス)を犯すとは思っていませんが、貴方(あなた)でなければならない理由も無いのですよ?」

 出歩くだけではない。出歩く時の護衛隊だけではない。区844自衛隊の全軍を投入出来る。さらに国軍への出兵要請さえ可能になる。それが内戦だと認定出来さえすれば。

 そしてそう認定させる為の引き金を持たせることが出来た、どれが、何が、どうすることが引き金かを教えずに。

 引き金を引かれても良い。引かないように畏縮し野心を捨て必死になって誠意を尽くしてくれても良い。

 全てはツバキに都合が良いように進んでいる。そしてそれを隠そうとしていない。

 だからツバキは嬉しそうな表情をしているのだ。

 

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