ツバキの接待   作:再構築世界

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第8話 シェリルの遺物販売店

 ネリアの報告が終わったら運転を替わる予定だった。だが報告が終わる前に、途中に簡易防壁で囲われた防衛拠点があるのにアキラは気付いた。それにもネリアが居ることを知られるのを()けた方が良いだろう。

「考えてみたら、後方連絡線は通過するハンターや業者を全部調べてるんだよな。だから都市に見付かることになるんだ。何かあった時に記録をしっかり調べられたらバレる」

「せっかく少しは返済出来るかと思ってたのに残念だわ。また奥でじっとしてれば良いのかしら?」

「いや、そこまでしなくて大丈夫だ。外から見えなければ良いから、リビング・ルームでごろごろしてて良いよ」

「えー。ここでおしゃべりしてるのも駄目なの?」

「短距離通信で繋ごうか?」

 アキラはそう言って、情報端末を運転席にあるホルダーに固定した。すぐにネリアがリビング・ルームへ行きながら短距離通信で通話要求を送って来た。

 

 後方連絡線の有料区間は、仮設基地の目前までだ。後方連絡線と仮設基地との間には、結構な広場がある。広場の向こうには先程の特別封鎖区画警備本部と同様の塀がある。簡易防壁ではない、安価だが重厚な防壁だ。それが結構広い範囲を塞いでいる。これは遺跡奥部から出て来たモンスター共が都市へと向かう時の障害物になる位置だ。(わず)かでも勢いを落とさせる。溜まり場が出来れば砲撃で殲滅出来るので都合が良い。都市への到着を1秒でも遅らせる。それを兼任する位置なのだ。

 それはモンスターに限らない。遺跡から出て来たアキラにも同じ効果がある。つまり大きく迂回しなければならないのだ。

「道が悪くなったわ。後方連絡線を抜けたのね?」

「ああ。しばらくはこっちに来ても大丈夫だ。だけどもう少ししたらまた隠れてもらうぞ。スラム街でも見られると困るからな」

「荒野の方が安全って変な話ね」

「全くだ」

 短距離通信を切断したアキラは、シェリルに通話要求を送った。

 

           ◆

 

 その半分近くをただの荒野にされてから2週間が経ったスラム街は、元の落ち着きを取り戻し――てはいなかった。(むし)ろ混乱は日に日に(ひど)くなっている。

 そんな混乱の中、スラム街の半分近くが厳密には荒野からただの荒野になった原因である騒ぎの中心であり第2目標でありながら、対滅弾頭もその爆風も4連発も5連発も全て離れた場所で、都市侵攻用巨大多脚戦車の主砲だったレーザー砲は届かず、巨人の口から(はな)たれた光波の2度の直撃に耐えたシェリルの徒党の拠点は、内部は落ち着いていた。

 内部は落ち着いているが、周辺は落ち着いていない。だから遺物販売店の営業は再開しているが、客はまばらだ。特に低価格帯のフロアは開店休業だ。この混乱しているスラム街に安物の遺物の為に訪れるのは割りに合わないのだろう。この混乱の中でも来る価値を見い出せる程の需要。シェリルもそれを分かっているので、少々えげつない程に値上げしている。危険を冒して来たのに手ぶらで帰るのは何だ。そう思った客が高くても買って行く。今の混乱したスラム街で営業している遺物屋が他に無い、あっても高額な遺物は扱っていないからだ。

「荒野料金か!? それにしたって高過ぎないか?」

「ある意味ではそうですね、荒野料金なのかも知れません。ですがわたくし共としましても、これでも日によっては赤字となることもあるぎりぎりの価格設定なのです」

 にこにこ笑顔で、だが強気に(こた)えるシェリル。これは買う客だ。態度を見れば分かる。

「本当に荒野料金なのかよ。でもまあ、確かに報道でも区外は厳密には荒野だとか言ってたからなあ」

「そうなのですよね。あ、ちょうど報道でもやっていますね」

 各価格帯のフロアそれぞれに大型の壁掛けディスプレイが設置してある。無料のレンタル品だ。防壁の上のアンテナで放送されている情報を字幕にして無音で表示する設定にしてある。無料の代わりに、基本的に消してはいけない契約だ。都市や統企連が流す報道や、都市がスポンサーになっている番組を広く放送させることで情報統制を行なう施策の一つである。なので常に都市に都合良く改竄された報道内容が放送されている。

『あれから2週間が経ちましたが区外の復興は遅々として進んでいません。区外に残存していた建造物を不当占拠している自称住人達の激しい妨害運動に晒されている作業員達の安全確保の為です』

 都市の報道官が話す内容が字幕で表示されると、画面が切り替わる。スラム街の瓦礫(がれき)の山の横に立つ黒狼が、遠くから隠れるようにして近づいて来る薄汚れた服を着た男に向けて人型兵器の武装で射撃する。威嚇射撃なのか一発も当たらない。だが近くの瓦礫(がれき)が破壊されて飛び散り、とても危険だ。男は驚いて慌てて逃げ出した。

『都市はこれを受けて、防衛隊が新採用した期待の新型機、吉岡重工製の黒狼、吉岡重工製の黒狼を作業員達の護衛に多数投入しています。ですが24時間散発的に繰り返される妨害工作に、防衛隊の皆さんの緊張は途切れることがありません』

 画面が再び切り替わって真っ暗になる。言われなければ気付かない程の小さな携帯照明の光が複数動いている。突然サーチライトで照らされるスラム街の瓦礫(がれき)の山。闇夜に乗じて近づこうとしていた十数人の男達が驚いて、慌てて逃げ出す。追いかけるように人型兵器の武装で当たらない射撃がされた。

『何度追い払っても()まることの無い妨害行為。都市は焼却の実施を検討していますが、決定には至っていません。それは妨害運動が誤解に基づくものだからです。妨害運動をしているならば知って下さい。妨害運動をしている知人がいるならば伝えて下さい。これは復興作業です。第2防壁の建造に(ともな)う新下位区画予定地の焼却ではありません。自称住人達を追い出しているのではありません。下位区画の延伸範囲はまだ決定していません。繰り返します――』

「焼却しないって、何でなんだろうな」

「復興作業をしているはずなのに焼却してしまっては、ただ(とど)めを刺しただけになってしまうからではないでしょうか?」

「そういやそうだ。ははは」

 都市が焼却しようとしない理由は単純だ。誰も妨害運動などしていないからだ。例えば黒狼が発砲した際に飛び散る巨大な薬莢は、スラム街ではそこそこ高額な落とし物になる。それだけでも拾いに来る者は後を絶たない。他にも、倒壊したビルの中の遺留物がある。瓦礫(がれき)の山の下に埋まっていたらどうにも出来ないが、重機で大きな瓦礫(がれき)が取り除かれた後ならば拾いに行きたくもなるだろう。それを狙って訓練で配備されている黒狼の新人操縦士が射撃訓練をしているのだ。

 

           ◆

 

 客は買ったら帰る。一人しか居ない客が帰ったら客は居なくなる。客が居なくなれば装う必要も無くなる。

 シェリルの表情が不機嫌に染まった。客が来ないから――ではない。

 

 実はヴィオラの伝手で働いていた従業員達は今は居ない。スラム街が混乱していて治安が悪化している。危険だから混乱が収まるまでは休んで良い。そう伝えたら全員が休んだのだ。下位区画在住なので職場がスラム街というのも内心では不満があったらしい。下位区画で働くよりも高給だから来ていたが、もしかしたら二度と来ないかも知れない。

 彼女達はそもそもヴィオラの配下の情報屋の子供とか愛人とかだ。その道の専門家でもなければ特に優秀だという訳でもない。それどころか下位区画では凡百で、良い仕事に就けないから来ていただけだ。その凡百に、シェリルの財布から金を出させて自分の配下の情報屋に恩を売った。ヴィオラの利権なのである。

 もしもカツラギの伝手で同じことを頼んだら、その道の専門家か、その子供が修行代わりに来たはずだ。知り合いの商売人にばかり声を掛けるからだ。そして能力に見合った高給になり、それに荒野料金が加わった額を払わされることになる。

 到達可能な最上位はカツラギの方が上だが、コストパフォーマンスはヴィオラの方が上だ。安かろう悪かろうも悪いばかりではないのだ、需要を的確に見極められているならば。

 そういう事情で、店内は徒党の構成員ばかりだ。つまり現金という意味での人件費が掛かっていないのである。遺物販売店は比較的粗利が大きい。その上に荒野価格で値上げまでしている。内装や警備にコストを掛けているとはいえ高価格帯の遺物が1日1個でも売れれば維持費は何とかなる。今の状態であれば全く売れなかったとしても1ヶ月は軽く維持出来る蓄えがある。

 だから客が来ないのは問題ではない。シェリルが不機嫌なのはその所為ではない。

 

 2週間ほど前にアキラから、借家を追い出されることになった、新居を建てるまで拠点に住まわせてくれと頼まれた。大喜びですぐに来るのかと思ったら、理由は言えないが2週間後の予定だ、この日付は勿論(もちろん)追い出されること自体も内緒ってことで頼む、と言われた。

 そして昨日、ついにアキラが引っ越ししてきた。これからまた毎日一緒だと喜んでいたら、荷物だけ運び込むなりハンター稼業に行ってしまった。

 そのまま今まで、アキラが帰って来ない。連絡も無い。昨日の昨日、昨日の今日で連絡をするのはどうかと思って我慢している。以前にも連絡が取れないと思っていたら入院していたことがあった。今回もそうかも知れない。アキラはしつこくすると簡単に機嫌を悪くする。それは分かっている。それどころか、少し放置気味にしておいた方が色々と良くしてくれる。そうこれまでの付き合いで分かっている。だからなるべく連絡を取らないで済ませたい。そうシェリルは考えていた。

 今まではアキラが消息不明になっても、シェリルが連絡を取ろうとするまでは消息不明であること自体が分からなかった。いつの間にかハンター稼業に行っていて、いつの間にか入院していた。

 だが一緒に住むこれからは違う。ハンター稼業に行ったことはその日に分かり、帰って来ていないこともその日の内に分かるのだ。誰よりも大切な人を失う可能性の高低に一喜一憂し続ける恐怖に、これからずっと怯え続けなければならないのだ。それどころか、今これが最後なのかも知れない。

 シェリルは自身の精神の軸が(いや)な音を立てて折れ始めていることに気付いている。それが今までの何よりも早い勢いであることも。

 現実から目を逸らす。現実から目を逸らせば精神は攻撃的になる。世界を攻撃的に認識すれば不機嫌になる。代わりに、焦りも不安も恐怖も誤魔化せる。

 

 そこへ通話要求が届いた。アキラからだった。

 

           ◆

 

 遺物販売店の制服から私服に着替えたシェリルが拠点の門の前で待っている。その周囲を機領の総合支援強化服を着た徒党の武力要員達が護衛している。シェリルの縄張りは、他の徒党の縄張りと違ってこれほどの護衛が必要なほどに治安が悪化している訳ではない。だが治安とは、それを維持可能な武力があると周知されていてこそ維持されるのだ。だから何かと武力を見せ付けておくことは重要なことだ。誰がボスかを知らしめることも。

 そこへ荒野仕様の大型キャンピング・カーがやって来る。運転席の扉が開いて、中からアキラが飛び()りて来た。

「アキラ」

 シェリルがアキラに抱き着く。何かと仲の良さを見せ付けておくことは重要なことだ。ボスの恋人が誰かを知らしめることも。

 なお護衛の武力要員達は、うっかりアキラと目が合わないように上を見ているので誰も見ていない。

「行くぞ」

 アキラは抱き着いているシェリルを片腕で抱き押さえ、運転席へと飛び上がった。シェリルの視界が一瞬だけ真っ暗にな(ブラック・アウトす)る。気付いたら助手席に座らされていた。

「大丈夫か?」

「あ、はい。大丈夫です」

 本来なら大丈夫ではない。だが医学的知識など持たないシェリルは大きな問題は無いと認識していた。多分先程までの不安とアキラに抱き締められて嬉し過ぎたのとの落差が激しくて、ちょっと意識が飛んでしまったのだろう。その程度の認識だった。

 運転席にアキラ、助手席にシェリルを乗せて荒野へと戻って行く。ネリアはそのキャンピング・カーのリビング・ルームのソファーに座って静かにしている。

(他の女を連れ込んでも、怒るどころか居るのがバレないように静かにして黙って待っている。私ってなかなかの()い女よねー)

 ネリアは自画自賛していた。

 

 キャンピング・カーがスラム街から荒野へと出た。そしてしばらく走ったら停車する。目的地、という訳ではない。都市から離れたからだ。距離としてはそれほどではないが、地形の関係で都市は見えない。

「こっちへ来てくれ」

 アキラが車内のリビング・ルームへシェリルを連れて行く。二人きりだと思っていたので、ソファに大人の女性――それも妙齢の美女で蠱惑(こわく)的で肉感的な肢体を薄手の半透明のボディースーツで半分しか(おお)っていない――が居たことに驚いた。その女性が笑顔で手を振ってきた。

「さっきも言ったが、これは極秘だ」

 アキラは頭が悪い訳ではないが、考えを投げる相手がいる時は、深く考えずに投げてしまう。だから、この面倒事への対処を投げるのに適した相手に投げることにしたのだ。

 つまりシェリルに。

 

 ツバキの管理区画。その存在をシェリルは知っている。ツバキと都市との取引により、ツバキの管理区画の遺物が都市へと流れて来ることに決まった。その遺物が、(わず)かではあるがシェリルの遺物販売店へ流れて来ているからだ。(わず)かと言ってもシェリルの遺物販売店の規模から考えれば結構な量になる。実際、ほぼ専用となっているフロアがある。しかもその売上の一部は遺物の卸先を決めるイナベに賄賂(リベート)としてキックバックしている。賄賂(リベート)以外にも様々な融通を利かせてイナベの裏金作りに協力している。イナベ以外の卸元もあるのだが、手間暇を含めて、ツバキの管理区画の存在感が大きいのだ。

 そのツバキと、都市には内緒で坂下重工が交渉を行なったそうだ。その交渉人が、ツバキが居るクズスハラ街遺跡の奥部へ行かなければならない。その護衛をアキラが請け負った。色々あった結果、ネリアに対して都市が持っていた債権をアキラが譲受することになった。

「だけど、都市も坂下も、貰ったのが俺だということを知らないし、俺も知られたくない」

「はい? えっと、報酬として貰ったんですよね? なのに支払った坂下重工が――」

「違う。あー、何て言えばいいんだ?」

「物々交換かしらね」

「物々交換か。ちょっと違うが、物々交換みたいな感じだ」

「物々交換ですか? あの、坂下重工と交換したんですよね?」

「そうだ」

「なのに坂下重工は誰と交換したかを知らないんですか?」

「そうだ。そういう方法があるらしい」

「持参人払の小切手の契約書版みたいなことをするみたいよ」

「なるほど、持参人式の契約書なんですね」

 シェリルの遺物販売店は持参人払の小切手を何度も振り出している。イナベへの賄賂(リベート)の為に。また裏金作りへの協力の為に持参人式の遺物譲渡契約書をイナベから買ったこともある。まだツバキと取引する前の頃で、イナベの区画の遺物の卸先が特定の業者に偏っているとウダジマに指摘されて問題になりそうになったことがあったのだ。これはカツラギに割高で売却した。カツラギは付き合いのある企業にかなりの高額で売ったらしい。普通ならそういった中小企業にまでは廻って来ない種類の遺物だったので、かなり喜ばれたそうだ。

 そういった裏事情の色々をシェリルは知っている。アキラの件も坂下重工との間で似たような裏事情があったのだろう。そう推測した。

 ここで話がまとまれば、向こうの準備が出来次第その持参人式債権譲渡契約書をシェリルの拠点まで持って来させるつもりなのだそうだ。

「その債権を私が都市に登記しに行けば良いのですね?」

「いや、都市じゃ駄目だ。ハンターオフィスにしてくれ」

「理由を伺っても(よろ)しいでしょうか?」

 前の債権者だった都市は、ネリアに都市の職員の直属護衛のようなことをさせていた。この所為でネリアは都市の後ろ暗いことを色々と知ってしまっている。万一都市がネリアの口封じをした場合、ネリアの債権を都市に登記していたら都市がそんな登記はされていない、損害賠償には応じない、とか言い出す可能性がある。

「それは心配ですね。分かりました」

 この時点でシェリルは、単に負債を登記する為に名義を貸すだけだと思っていた。(むし)ろ都市が口封じに来た方が速やかに現金化出来て都合が良い。それぐらいに考えていた。だからその登記が終わるまではネリアの居所を都市に知られないようにしておかなければならないのだと。

 だが、違った。

 

 色々な小細工の打ち合わせには、あまり時間は掛からなかった。シェリルが考えて、二人に伝えて、アキラが頷いただけだったからだ。

 

           ◆

 

 キャンピング・カーが再びシェリルの拠点へ戻って来た。今度はそのまま拠点内の駐車場へと入っていく。昨日引っ越しをした時に決めてあった駐車スペースへと()めた。カツラギが移動店舗にしているトレーラーと同じぐらい大きいので、入り口からあまり離れていない場所だ。

 周辺に居た徒党の少年達が集まって来る。それに助手席から顔を出したアキラが教えてやる。

「シェリルは後ろから出るぞ。今後ろを開けるから()けておけ」

「「あざっす」」

 少年達がキャンピング・カーの後ろに廻ってしばらく待つと、後部扉がゆっくりと開き始める。中の格納スペースにシェリルとネリアが居た。

 後部扉がすっかり開いた。斜めになったその上を歩いてシェリルとネリアがキャンピング・カーから()りる。

「「お疲れ様っす」」

 周辺に集まった徒党の少年達が、出て来たシェリルに頭を下げる。

「ヴィオラは来た?」

 小細工の計画が決まった時に呼んでおいたのだ。

「ヴィオラっすか? 来てないと思うっす」

「そう。来たらアキラを連れて私の部屋まで来るように伝えて。私が部屋に居なかったら情報端末に連絡して」

「了解っす」

 そのままシェリルはアリシアのところへ行って、夕方までで良いからネリアの私室を用意するように指示した。そしてヴィオラが来るまで、ネリアに拠点の中を案内した。

 

 シェリルが()りたら、後部扉がゆっくりと閉じていく。完全に閉じたらアキラが2挺の大型銃と紙袋とを持って、運転席から飛び()りた。その時には駐車場の中には誰も居なかった。みんな逃げたからだ。

 徒党の構成員は、幹部以外はアキラを見掛けたら逃げて良い決まりになっている。

 だからアキラは全く気にせずに、昨日荷物を(ほう)り込むだけ(ほう)り込んでおいた自分の私室に向かった。

 

           ◆

 

『当分はこの距離を何往復もしなきゃならないのか。屋内用の台車(ワゴン)を買った方が良いかもな。アルファはどう思う?』

 アキラが駐車場から自分の私室まで歩きながら、その距離を弾薬等を車両まで何往復かして運ぶ手間を想像して、アルファに()いてみた。今まで住んでいた借家では、車庫に隣接した倉庫に置いておいたから全く手間ではなかったのだ。シズカが経営する武器屋カートリッジ・フリークで購入して車両に積み込み、借家の車庫に入り、隣接する倉庫の前まで車両ごと移動して、倉庫に入れる。使う時は隣接する倉庫の前まで車両ごと移動して、車両に積み込む。だが今後は自分の私室を倉庫代わりにする。車両との距離が結構あるのだ。

『シェリル達が遺物販売店で使っている台車(ワゴン)があると思うわ。補助外骨格を使っても強化服でも、往復する回数は少ない方が良いものね』

『それもそうだな。後で()いてみるか』

 

 アキラに割り当てられた私室は結構広い上に運び込んだ荷物もそれほど多くはない。流石(さすが)にアルファと訓練出来るほどではないが、予備の弾薬を置くスペースなら充分にある。

 ベッドを含めた家具は既に使える状態だ。荷(ほど)きしていないだけだ。

 アキラは紙袋から壊れかけた強化服ロスカーデンを取り出した。そして全て荷(ほど)きしてロスカーデンの格納棚を探す。格納棚の修復機能で修理出来るかも知れないからだ。

 全部荷(ほど)きしたので、強化服サーベラスとLEO複合銃、AF対物砲が出て来た。

「あー、忘れてた。そういえばあったな」

『持って行っていたらもう少し楽が出来たわね』

 シロウがスルガ墓所遺跡と呼んでいた遺跡からの帰り道、特にツバキの管理区画まで行く間の、アルファの索敵でモンスターから逃げ隠れしながら進んだことを言っているのだ。だがアキラとしてはそれだけではない。今着ている、決して着たかった訳ではない旧世界製の強化服を着ないで済んだのだ。

「全くだ」

『声に出てるわよ?』

『おっと。だけど、まあ、収穫はあった。高くついたかも知れないけど』

 全損してしまった最前線向けの装備の代わりに、結果的にだが旧世界製の軍用装備を手に入れられたからだ。アルファはその話をしたがっている。アキラはそれに気付いている。だがアルファは知らない振りをしているので、アキラが話してからでないとその話が出来ない。何しろツバキから一緒に貰った防護服で強化服を見えないように隠しているのだから。

 アキラはロスカーデンの格納棚を見付けると資材カートリッジをセットした。ロスカーデンを入れてみる。

『やった。認識した。直せそうだな』

 これでやっておくべきことはやった。後はヴィオラが来たら、シェリルの作戦通りにネリアのことを話して色々な細々したことを頼む。そしてシロウの交渉が終わったら念話で連絡が来るから、ここに来てシェリルに渡すように伝える。実は小細工の計画が決まった時にそう伝えようとしてシロウに念話してみたのだが、忙しいから後にしろと言われたのだ。

 

 いよいよ、アルファに話が出来る。

『これで後は待つだけだな。待っている間に、アルファが居なかった時の話をしようか』

 アキラは得意()な感情を隠し切れていない念話でアルファに言う。旧世界製の防護服を脱ぎながら。

 ツバキの細やかな嫌がらせ(ハラスメント)は、予定通りアキラとアルファに被害(ダメージ)を与えた。

 

           ◆

 

 アキラの私室の扉がノックされた。

「開いてるぞー」

 ベッドの中に潜り込んで不貞寝していたアキラが、もぞもぞと出て来ながら(こた)える。扉が開いた。

「ボスが呼んでるそうよ」

 入って来たのはヴィオラだった。

「私が先に部屋に入っちゃったわ。やーん、キャロルに叱られちゃうかもー」

 棒読みなので思ってもいないことが良く分かる。それでもキャロルのことを話題に出すあたりは一応友人として応援しているからなのだろうか。本気ならキャロルより先にシェリルが怒る心配をするところだ。

「こんな時刻から寝てたの? ますますキャロルに叱られちゃいそうね。お目覚めの気分は如何?」

「不貞寝してただけだ。シェリルだな? すぐ行く」

「そうよ。寝起きが悪いのでなかったなら良かったわ」

 そう言ってヴィオラは、強化服サーベラスの付属品のインナーだけを着たアキラがベッドから出て来てサーベラスを着るのを眺めていた。

 強化服の付属品のインナーは肌に貼り付くように密着する構造となっている為、アキラの鍛え上げられた筋肉の凹凸までがはっきりと分かる。

 その雄の肉体を値踏みした後、興味を失って室内を見回した。

「それにしても、もう少し片付けた方が良いわよ? 言ってくれれば信頼出来る手伝いを呼んであげるから、いつでも言ってちょうだい」

 ヴィオラの言う信頼出来る手伝いとは、キャロルのことだ。だが元より頼む気の無いアキラは、それが誰かすら気にしない。

「引っ越ししたばかりだからな。荷物も多くないし、すぐに片付くさ」

「引っ越ししたばかりって、昨日でしょう? もう少し片付いていても良いと思うわ。それと引っ越すつもりだったのならもう少し早く教えて欲しかったわね」

「もう少しって、何日ぐらいだ?」

「最低でも3日前ぐらいね。出来るなら1週間は前に知りたかったわ」

「それじゃ出遅れてるな。どっちにしても儲け(そこ)ねたことに変わりは無いんだ。諦めて、しっかり反省するんだな」

「え、ちょっと。反省って何よ。どういうこと? 私が何か悪いことをしたの?」

「悪いかどうかは知らないが、失態(ミス)はしたな」

「何かしら?」

「シェリルの後ろ盾料みたいなやつを全部相殺した時があっただろう?」

「もう半月も前の話ね。あの時にはもう決めてたってこと?」

「あの時は気付かなかったけど俺、今後は俺の家の警備代とかで相殺してくれって言っちまってたんだよな。あの時に住んでた家の警備なんてシェリルには関係無いから、ヴィオラに家を出るのがバレた、口を滑らせちまったって後で気付いて不安になってたんだぞ」

 あの時はタイミング悪くヴィオラも冷静ではいられない状況だったのだ。しかも直後に生命の危機に(おちい)ったのだから、ヴィオラが細かな言葉の差異に気を払えなかったのを責めるのは酷だろう。

 

 着替え終わったアキラは部屋を出て、悔しがっているヴィオラと共にシェリルの部屋の前に来た。

 ヴィオラがノックする。

「ボス。アキラを連れて来たわ」

 

           ◆

 

 シェリルの部屋にシェリル、アキラ、ヴィオラ、ネリアの4人が集まった。

「彼女はネリア。今日から主に私の護衛をしてもらうことになりました」

「ネリアよ。(よろ)しく」

 遺物販売店に匿名出資があった。現物出資で、彼女の債権の全額。つまり彼女を強制労働させる権利だ。債権の書類は、後でここに持参人式債権譲渡契約書が届けられる予定だ。ハンターオフィスで匿名出資と債権とを登記をする。ヴィオラには、その後の返済と返済額から差し引く日々の経費、部屋代や食費代などの管理もしてもらう。

「分かったわ。債権は幾らぐらいなのかしら?」

「4千億オーラムぐらいです」

「4千億オーラムですって!?」

 それまで済ました顔で聞いていたヴィオラだったが、流石(さすが)に驚いた。キャロルの一晩100億オーラムやアキラの賞金首500億オーラムも大概だったが、さらに桁が上がるとは……

「そして、今の時点で既に5千オーラムが返済されています」

「分かったわ。仕訳は何かしら?」

「運転料です」

「運転料? 待ってちょうだい、ボス。運転しただけで5千万オーラムは流石(さすが)に不当だわ。例え――」

「5千万オーラムではありません。5千オーラムです」

「何ですって?」

「5千オーラムです。ゼロ万5千オーラム」

 驚くヴィオラと根気良く繰り返すシェリルとの横でアキラが頷いている。先程の荒野での話し合いの帰り道は、ネリアが5千オーラムで運転して来たのだ。

 

「シェリルさん、もしかして私もボスって呼んだ方が良いのかしら?」

「そうして貰えると助かります」

「じゃあボス。コロンの方は良いのかしら?」

「そっちは良い」

「コロン!?」

「良いんだから気にするな」

 シェリルの代わりにアキラが(こた)えたが、聞いていたヴィオラが驚く。アキラはそれにも気にするなと(こた)えるが、東部でコロンと言われたら気にしない方が難しい。

「気にするなって言われても、コロンよ? 気にしないなんて無理よ」

「ヴィオラぐらいの金持ちでもコロンは特別か」

「私なんて小金持ちでしかないわ」

 ヴィオラがそう(こた)えたら会話が()まった。その隙にネリアが続けてしまう。

「アキラにコロンの借りがあるのよ、4千億オーラムとは別に。その分も働いて返せって言われてるのだけど、返済の管理はアキラがするの?」

「さっき言った条件の時にその通りにすればいいんだから管理も何も無い。全額前払いだ」

「コロン払いの仕事って何なのかしら?」

 重ねてヴィオラが()いてきた。しつこい。そうアキラは思ったが、せっかくだからヴィオラにも聞かせておいた方が良いかも知れない。そう思ったので確認を兼ねてネリアに言わせてみることにした。

「じゃあネリア、言ってみてくれ」

 その内容を思い出して、シェリルの表情が(わず)かに曇った。アキラが死ぬ話だからだ。

 

           ◆

 

 アキラが死んだらヴィオラを殺す。

「は?」

 但しシェリルが生きていたら、シェリルがまだと言う間は殺すのを延期する。

「ええ!?」

「以上よ。どんな企業の幹部か高ランクハンターかと思ってたけど、見る限りとても簡単そうだものね。これだけで1千万コロンを返せるなんて助かるわ」

「意外とそうでもない。こいつは死後報復依頼プログラムで結構な賞金を懸けてるし、いつも高ランクハンターを護衛に雇ってるんだ」

 死後報復依頼プログラムと聞いてネリアの表情が一瞬曇った。ヤジマが死後報復依頼プログラムを仕掛けた所為で、良い意味ではアキラとの(えん)が出来たと言えるが、悪い意味では都市に捕まって今日までの1年少々の間、危険な強制労働をさせられたのだ。過去は振り返らなくても、強制労働させられているのは今なのだ。これからも(あまり危険ではないし楽にはなったが)強制労働をさせられ続けることに変わりは無い。

 これでアキラは、この部屋の3人の女性全員の表情を曇らせた。

「待ってアキラ! 私のことはシェリルにもう少し考えろって言ってくれるんじゃなかったの!?」

「それ以前に、俺が死んだらヴィオラを生かしておいて良かったと思うことは絶対に無くなるんだからな。シェリルの顧問になって稼げる徒党にする。その間は殺すのを保留してやる。その間に生かしておいて良かったと思わせろ。そういう条件だ」

「だから、少しは生かしておいて良かったと思ってくれたのよね?」

「違う。生かしておいて良かったと思うなんて絶対に無い。そう思っていたけど、意外とあるかも知れないなと思い始めた。それだけだ」

「私のお陰でシェリル達はかなり稼げるようになったわ。今アキラが住んでるこの拠点の建物だって、こんなに大きく便利になったのも、半月前の時でも倒壊もしないで残るほど頑丈で安全になったのも、私のお陰よね? なのに生かしておいて良かったとは思ってくれないの?」

「それを良かったと思うのは俺じゃなくてシェリルだ。今ここでシェリルがヴィオラのお陰だヴィオラを生かしておいて良かった、と言えば俺だって考えるぞ? でもシェリルはそうは思ってないみたいだからな」

 そう思っていないどころか、シェリルはヴィオラを始末したいと考えている。だがアキラにそれを伝えられていない。色々とタイミングが悪く、伝える好機(チャンス)が無かったからだ。伝えていたらアキラの考えも色々と違っただろう。

 ヴィオラはようやく、自分が失敗していたことに気付いた。

 

 アキラ当人さえ敵に廻さなければ問題無い。そうヴィオラは考えていた。アキラは手強い。だが頑固なだけだ。そう思っていた。

 シェリルはデコイかも知れない。そうシジマから情報を得た時、利用出来ると思った。その為には確認する必要があった。だから確認した。スリのアルナをエゾントファミリーに監禁させるように誘導した時、一緒にシェリルもエゾントファミリーに監禁されるように誘導しておいたのだ。

 シジマの情報通りだった。シェリルが監禁されていて殺されるかも知れない。そう伝えてもアキラは特に興味を示さなかった。エゾントファミリーを敵に廻す程の価値はデコイには無いからだ。それを確認した後でアルナが同じ場所に居ることを伝えた。予想通り乗り込んでいった。

 確定だ。シェリルはデコイだ。10万オーラムのスリ以下だ。ベタ惚れして何でも言うことを聴くから、(だま)して都合良く利用していただけなのだ。

 だからシェリルをどれだけ怒らせても問題無い。この徒党、この組織を、全てをシェリルの責任にした上で、ヴィオラが自由に使う工作用の組織にする。そのつもりだった。デコイにする以外に価値の無い女を、金になる女に変えてやる。そう言えば徒党の顧問にしてくれるだろう。建前はともかく事実上の全権をくれるはずだ。そう予測していた。そしてその通りになった。

 確定だ。シェリルはデコイだ。責任を全てシェリルに押し付ける為にも、建前上のボスはシェリルのままの方がヴィオラにとって都合が良かった。

 だからシェリルを、徒党を、ヴィオラが個人的に都市の幹部に取り入る為の餌にした。当時既にヴィオラは都市からも高く評価されていて、何度か外部工作員として雇われていた。だが、そのさらに上を目指したのだ。

 イナベを(だま)して陥れて潰す工作を手土産に、ヴィオラだけがウダジマに取り入ろうとした。イナベを潰した後で、都市を(だま)した詐欺の共犯者としてシェリルを(うった)えさせる計画だった。当然ヴィオラがその窮地からシェリルを助けることで、アキラに生かしておいて良かったと言わせる為にだ。デコイだからこそ過敏に反応する。疑われない為に。真実よりも建前の方が頑丈なのだ、守られているから。

 だが逆にウダジマの方が潰れてしまうという謎のトラブルで計画は頓挫した。計画自体は頓挫したが、計画が失敗した時の為の保険が、ウダジマが地位だけの無能だった場合に備えた保険が、想定とは違う形でヴィオラを救った。落ち目だった都市の幹部にシェリルが取り入った。それだけの話だったはずが、ウダジマが自滅した所為で、シェリルがヴィオラを使って都市の幹部を派閥争いに勝利させた立役者になった話になってしまったのだ。アキラに生かしておいて良かったと言わせることは出来なかった。だがヴィオラだけの利益の為にシェリル達を徒党ごと生贄にしようとした罪は発覚せずに済んだのだ。

 今考え直しても判断に失態(ミス)があったとは思えない。失態(ミス)が無いのに失敗したということは、虚偽の情報があったか、未知の情報があるかだ。そして虚偽の情報があったなら、今まで成功していたと誤認し続けることが出来たはずがない。つまり未知の情報があるのだ。

 

 アキラ当人さえ敵に廻さなければ問題無い。それは間違ってはいなかった。だが正解でもなかった。

 アキラはあの時、ヴィオラを殺す気は既に失せていた。一度殺したからだ。

 殺した。そう言うべき事象が何かは、確かにあの一件でアキラの中で大きく変わった。その後に頭を吹き飛ばしたはずの強盗ザルモが後日再び襲って来たりメイドや執事が頭が無いまま起き上がったりと、今ではそれ以上に大きく変わっている。だがあの時が最初だった。AAH突撃銃で、対モンスター用の銃弾で、胸に大穴を開けても、殺したことにはならない。ハンター崩れだったワタバは同じように胸を撃ったら即死した。だからシジマの拠点に乗り込んでいくことになったし、シジマも殺したと認めた。ヴィオラは椅子に座っていた所為で、ワタバと違って着弾の衝撃で後ろへ飛ばされることはなかった。だがどちらも胸に背中まで抜ける穴が開いた。

 殺した。そう確信した。

 アキラはあの時、理性ではヴィオラを殺した方が良いだろうと判断していた。生かしておいたらまた何かやらかすような気がしたからだ。だが感情ではヴィオラを殺す気になり切れていなかった。上手(うま)いことしてやられた。(だま)された自分が間抜けだった。そう思っていた所為で、感情的になれなかったのだ。だが何も無しに見逃すのは流石(さすが)不味(まず)い。説明させて丸め込まれるのはもっと不味(まず)い。何か見逃す理由は無いものか。みっともなく命乞いの一つもしてくれれば見逃す口実になるだろう。そう思って色々と質問したのだ。なのにヴィオラは死後報復依頼プログラムがあると挑発してきた。それでは見逃せない。次はシェリルを人質にした。当然見逃せない。それどころか、それは想定していた最悪の事態だった。だから逆に感情的にも殺せるようになった。だから殺した。

 それが生き返って来たのには大いに驚いた。

 もう最悪の事態を越えてしまった。もう感情的に殺す気になるのは無理だ。もう殺せない。どうしよう。

 そう思っていたタイミングでの、シェリルの徒党の顧問になる提案だ。アキラ自身が生かしておいて良かったと思うなんて絶対に無いだろう。だがシェリルならあるかも知れない。シェリルがヴィオラに感謝してヴィオラを生かしておいて良かったと言ったならば、見逃すのに充分な理由になる。逆にシェリルがヴィオラを殺して欲しいと頼んだなら、その理由によっては殺すのに充分な理由になる。アキラはそう考えた。

 ヴィオラは読み切れていなかったのだ。

 

 だがヴィオラは、一度の失敗で諦めるような経験の浅い策略家とは違う。成功したら次にどうするかを妄想する自称策謀家とは違う。

 失敗した時にどうやって復旧するかを考える策謀家なのだ。失敗するのは織り込み済み。失敗しても被害が出ないように策を巡らせてある。失敗したらどうやって立ち直るのかが始める前から練ってある。それが成功する策謀家なのだ。

 

           ◆

 

「匿名出資したのは誰なのかしら?」

「匿名です」

「それだと結構困るのだけれど……」

「どうしてですか?」

「どうしてって、4千億オーラムよ? 配当がどうなると思っているの?」

 ヴィオラはシェリルに熱弁した。

 現在、シェリルの遺物販売店に最も出資しているのはイナベだ。そして都市主催の立食会で紹介された、イナベ派の他の幹部や深いつながりのある企業の者達による出資額の合計が、さらにその数倍ある。そこへその何十倍もの増資をしてしまうと、既存の出資者への配当が何十分の1になってしまう。突然そんなことをしたら既存出資者が怒り狂う。遺物売買業の投資利回りが高いと言っても、何十分の1になったら紙切れ同然だ。

「紙切れを何億オーラムも出して買わされた。そう考えたら怒るのも当然でしょう?」

 ちなみにヴィオラは怒り狂わない側だ。投資ではなく融資をしているからだ。利益は利息分だけなので大当たりは決してない。だが当時は潰すつもりでいたのでシェリル個人に対する借金にしてある。遺物販売店が潰れようと徒党が崩壊しようとシェリル個人が生きてさえいれば取り立てられるようにしておいたのだ。

 さらに説得力を増す為に、細かな話を追加する。

「これは第三者割当増資なのよ。だから株主価値の希薄化が(ひど)いのよ。勿論(もちろん)、第三者割当増資をすれば必ず株主価値が希薄化する訳ではないわ。現物出資、それも事業に直接の関係が無い現物を出資されることが問題なのよ。だから増資を受けても私達の遺物販売店の利益は増えないの。なのに増資された分だけ配当を匿名の出資者に持って行かれてしまう。その分だけ既存の株主が受け取るはずの配当が減ってしまうのよ。増資された分、或いはそれ以上に利益が増える増資なら問題は無いわ。でもこれは違うでしょう?」

 問題を理解したシェリルが考え込んだ。それを見て、いけると判断したヴィオラはさらに畳みかける。

「ボス、分かるでしょう? 出来ることなら出資者全員に、最低でもイナベさんにだけは話を通さないと流石(さすが)不味(まず)いわ。交渉するにも、誰だ、匿名ですで納得する人なんて居る訳ないわ。議決権を使って経営権を奪いに来る可能性だってあり得るのよ? ボスが交渉してもらえるなら私は構わないけれど、イナベさんが納得するような相手なのでしょうね? そうでなければ、交渉すべき相手は匿名の出資者の方よ?」

 シェリルは困った。匿名の出資者は実はアキラだ。アキラは配当に関しては気にしていない。アキラに必要なのはアキラにつながらないアキラ以外の名義だ。名義自体はどうにもならないが、匿名出資であれば名義自体が不要になる。匿名出資なら自動的に無議決権株式になるので経営的な問題は無いと考えていた。だが無配当株式などあり得ない。

 最も困っているのが、隣に座っているアキラの表情すら分からないことだ。アキラがどう思っているのかを表情だけでも知りたい。だが、隣を向いて見上げてしまえば、アキラの様子を確認していることは明白だ。

 シェリルが困っている様子を見て、ヴィオラは勝てると確信した。(とど)めを刺す。

「ボス、その匿名の出資者と交渉をさせてもらえないかしら。会計と資本との知識の両方をそれぞれで上手(うま)く組み合わせれば色んな解決方法が編み出せるわ。きっとその匿名の出資者にとっての良い方法が見付けられると思うの。その方が匿名の出資者さんの為になるわ」

 どういう事情かは知らないが、4千億オーラムだ。この額面だけでも無碍に出来る相手ではないことは想像出来る。例え債権を9割引きなどの格安で手に入れたにしても400億オーラムだ。イナベ達全員の出資額の何倍も多い。先日のアキラの160億の買い物で腰を抜かす程度の経済規模のシェリル達にとっては、非現実的という意味で夢のような数字だ。無駄にすればシェリルは立場を悪くするだろう。それを救ってやる。かなりの恩になるはずだ。しかも出資者に伝手が出来る。

 早速軌道修正の好機(チャンス)がやって来た。有効活用しなければ。ヴィオラはしっかりと喰らい付いて(はな)さないつもりだった。

 

 シェリルは困った。誰かを言う訳にはいかない。匿名出資者に相談してみる。そう言って時間稼ぎをするのも難しい。後でここに持参人式債権譲渡契約書が届く予定なのだ。それが何時間後かは分からない。時間が決まらないのであれば、建前上は大急ぎでこの打ち合わせを終わらせなければならない。だから一旦解散とするのも難しい。情報端末を使ってこの場で通話して相談するのが普通だ。だがその相手はこの場に居るアキラなのだ。

 この問題は後回しにして他の問題を打ち合わせたい。坂下重工がいつ来るか分からないからだ。このまま打ち合わせが終わらなければ、アキラに坂下重工を相手に時間の調整(リスケジュール)をさせることになってしまう。

 なのにヴィオラは引き下がろうとしないのだ。

 

           ◆

 

「なあシェリル。ちょっと()いて良いか?」

勿論(もちろん)です」

 そのシェリルの勢いにアキラはちょっと引いた。アキラはどう思っているのか、顔だけでも見たいと思っていたシェリルにとっては、アキラの方を向く口実が出来たのだ。少々勢いが良くなってしまうのも仕方ないだろう。

「あー、その出資者ってのは、遺物販売店に出資したいって言ってたのか?」

「はい?」

 あまりにも予想外なことを()いて来たので流石のシェリルも()き返してしまった。ヴィオラも(あき)れたように()き返す。

「他の何に出資が出来るのかしら?」

「いや、もしも遺物販売店でなくても良いんだったら、前に言った俺が新築する家を警備して貰う話を民間警備会社にするとか、今はエリオ達が所属しているハンター徒党って扱いになってるけど、それを民間軍事会社にするとか、そんな感じで会社にしてそっちに出資するのはどうかなと思ったんだ。ネリアは近接戦や対人戦が強くて、以前は偉い人の護衛とかもしてたことがあるんだ。それに人型兵器の操縦を教える教官もしてたことがある。だから遺物販売店と違って、事業に関係無い出資じゃない。あと新しい会社なら他の出資者が居ないから、配当とかも問題にならないはずだ。もしも新しい会社を作るのが資金的な問題で難しいなら、10億オーラムぐらいなら俺が出しても良い」

 アキラは、少したどたどしかったが言い終えた。全員、露骨に馬鹿にすることなく聞いてくれる立場だから、言い終えられた。

 だが内心は色々と違った。

 

 ネリアは新展開が始まったと思っていた。面白くなりそうだからわくわくしながら聴いていた。民間軍事会社なら仕事だから給料が出て、その給料分が返済になる。一気に返済が進むことは無い代わりに細々一々交渉とかしなくて済むのは楽だ。休日には遊びに行ったりも出来るだろう。事実上の自由だ。アキラもハンターなんだしハンターになるのも面白いかも。そう考えていた。

 ヴィオラは馬鹿なことを言っていると思っていた。アキラでなかったら色々と言い募って言い負かしていたところだ。態々(わざわざ)言い負かさなくても却下される。そう思っていたし、アキラの機嫌を態々(わざわざ)悪くする意味も無いので、軽く皮肉を言うだけに留めておいた。ただハンター徒党を民間軍事会社にするのは面白そうではある。コルベやレビン、ババロドも加入させて、さらに遺物販売店の卸元にして、その上仲介業や保険業、金融業、ついでに武器屋とかも始めれば結構な大きさのコンツェルンを作れるはずだ。遺物販売店がカツラギの店の子会社になっているから、独立した民間軍事会社を設立してその子会社として武器屋を設立し、カツラギの店を吸収合併するのも面白そうだ。(むし)ろ匿名の出資者がどうであろうと関係無しに、民間軍事会社を設立するのは良い考えだと思い始めていた。

 シェリルは当人であるアキラが言った以上、そうしろという意味だと解釈した。元々匿名出資という形で名義を誤魔化す案はシェリルの発案だ。だから匿名の出資者であるアキラが遺物販売店に出資したいと言った訳ではない。

「確かに出資者様は遺物販売店に、とは言っていませんでしたね」

「は? ボス、貴女(あなた)本気で言ってるの?」

「本気です。民間軍事会社を設立しましょう。ハンター稼業も扱うけれど主業務にはしない方向で」

「待って、ボス。本当に大丈夫なの?」

「後で念の為に確認しますが、問題は無いはずです。それよりもヴィオラ、すぐに設立して口座をオンラインで作ってください。こちらも登記はハンターオフィスで。都市で登記するより面倒だし色々と厳しいのは分かりますが、取り急ぎ投資の受け付けと出納が出来るだけの仮登記で良いので頼みます」

「本当に大丈夫なのね?」

「大丈夫です」

 

 その後、ネリアにはシェリルの護衛の他に、シェリルや徒党に何かあった時に報復をさせる話をした。当然、拠点に居る時は防衛にも協力する。要するにアキラの代わりだ。それを広めるようにヴィオラに指示する。

 ヴィオラはそれを聞いてアキラが気を悪くすると考えた。徒党にとってのアキラの価値、つまりアキラの支配力が低下するからだ。だがアキラは逆に、これからは気兼ねなくハンター稼業に行けると好意的に受け取っていた。発案者がアキラだから当然なのだが、ヴィオラはそれを知らない。

 その後、この後に債権の書類が届いた時の対策を打ち合わせる。だが時刻も人数もどんな立場の誰が来るかも詳細は一切不明だ。

「来る前に俺のところに連絡が来ることになってる。その時になるべく()いておくよ」

「アキラに連絡がいくのかしら? ボスではなく?」

「シェリルとは会ったことが無いからな」

「出資の話をしたのではないの?」

「それは出資者だろう?」

「来るのは出資者ではないの?」

「違う」

 ヴィオラは混乱した。お互いに身分照会をしない、したくない、出来ない取引がある。それはヴィオラも知っている。そういう経験も少なくないし、変な話ではない。だが、これは明らかにそれとは違う。

「どういうこと? なら来るのは誰なのかしら?」

「ヴィオラ、今はそれが分からないという話をしています。単なる三社間取引、或いは中間省略です。不思議な話ではありません」

 シェリルが鶴の一声でヴィオラを黙らせる。三社間取引とは、これから来る誰か→出資者→シェリルの3社だ。誰かと出資者が取引した。そして債権を出資者が受け取ることになった。出資者がシェリルに現物出資した。だから債権をシェリルが受け取ることになった。結果として、これから債権をシェリルが誰かから受け取る。それだけの話だ。中間省略も同じだ。本来ならば出資者が債権を登記してからシェリルが登記するべきところだが、中間である出資者の登記を省略するのだ。どちらも良くある取引である。

 ヴィオラを黙らせたら、場所として念の為に大きい応接室と一番大きい会議室とを押さえておくなど色々と考え得る細かい対策を打ち合わせ続けた。

 

 最後に、ヴィオラが民間軍事会社を独立系で設立すべき理由を熱心に語った。何なら持株会社を設立して今後設立する会社は全てその子会社にする案も出した。そうすればコンツェルンが作れる。最初は下位区画の新区画候補から始めて、ゆくゆくは都市を建設して統治企業にもなれる。そう力説した。

 アキラがそれに、カツラギが喜びそうだと返してシェリルと笑ったところで打ち合わせは終わった。

 ヴィオラの、生かしておいた方がこの先役に立ちますよアピールは、何の効果も無かった。

 

           ◆

 

『助かったよ』

 自室に戻ってから、念話でアルファに礼を言う。先程の打ち合わせで民間軍事会社を起業しそっちに出資する案を出したのはアルファだった。そうしなかったら、アキラは最後まで会話の推移を追い続ける。そう判断したからだ。

『どういたしまして。ヴィオラに知られたら絶対に面倒なことになりそうだものね』

『やっぱりアルファもそう思ったか』

『そう思わない人は居ないと思うわ』

『全くだ』

 念話でアルファと雑談しながら、全部の箱から出した所為で部屋中に散らばっている荷物を片付けていく。雑談の半分は、旧世界製の強化服のデザインに対する愚痴だ。態々(わざわざ)ツバキにコロンの借りを作ってまで入手したのに、目的の遺跡では使えないのだ。せめて普段使い出来るデザインであって欲しかった。アルファも格好良いと言ってくれたが、それでも着る気にはなれない。さきほどまで防護服で隠していたが、そうしていると大半の機能が使えないのだ。

『メイド服みたいに荒野に出てから着替えれば良いと思うわ』

『そういう問題じゃない』

 

 部屋の中も大分(だいぶ)片付いてきた頃、シロウから念話が来た。

『アキラ、さっきは悪かったな。お陰で上手(うま)くいったぜ』

『そりゃ良かった。こっちも上手(うま)くいったって伝えようとしたんだ』

『分かった。いつどこへ持って行けばいい?』

『スラム街の、シェリルの拠点だ。時刻の方は5分前に今から行くとか言われるんじゃないかと思ってたからな。いつ来ても大丈夫なように大慌てで準備したよ』

 そう言うアキラは何も準備していない。暇なので自室を片付けていたぐらいだ。

『そうか。じゃあ何時頃行けるか決まったらまた連絡する』

『まだ決まってないのか?』

『まだツバキハラビルから出て来たところだ。坂下に戻ったら状況を()いてみるよ』

 もう持参人式債権譲渡契約書は出来ていてヤナギサワが持っている。だが直接渡すならそのまま渡せば済む話だが、誰かが持っていくなら、誰が持っていくかやその護衛計画が必要になる。そしてそれを決めるのはシロウではない。

『分かった。何人ぐらいかも分からない感じか?』

『渡すだけだからな。多分、俺とハーマーズだけだ』

『了解。伝えておくよ』

『じゃあ後でな』

 

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