世界を救ったヒーローの元レッドですが、働く場所がありません。 作:仮乃英
「マスター、マティーニをひとつ頂戴」
「.......」
「あら、そんなに不服?私にお酒を出すことが」
「マスター、出してやってくんねえか。オレにツケといてくれていい」
「.......はあ。へいへい、承りましたよ〜」
渋々、と言った様子で源田は用意を始める。しかし、意識は常にカウンターの向こうの二人に対して向けられていた。
ある意味、歴史的な瞬間を源田は目の当たりにしている。これを逃すなんてことはありえない、あってはならない。
一言一句を逃してはならない。極力自分はこの会話の邪魔をしないようにと腹に決めた。
しかし。
「して、嬢ちゃん。こんな死ぬのを待つだけの木偶になんの用だい」
「───聞かせて欲しいの。七年前の事件の真相について」
既に源田の頭には血が昇って今にも噴火してしまいそうになっていた。
手に握られていたメジャーカップは、ミシリ、という音と共に、粘土でもこねているかのようなたやすさで、さながら現代アートのようにひん曲がる。
コイツはやはり生きていてはいけない存在だと、源田は確信した。
その話題は源田ですら聞くことはしない、いわゆる
人の心とかないんか?いや、ないのだろう。所詮ただ人の言葉を介す罪の塊。どこまでいってもバケモノはバケモノなのだ。
とにもかくにも、いっぺんこのドブカスはどつかなければ気が済まない。自分がどうなろうと知ったことか。これ以上赤司が辱めに合うのを見ていられなかった。
「おいボケコラ、ええ加減にせえよお前。ホンマにしばきまわしたろかこのアマ」
「まあまあ、
赤司が源田のことを『源ちゃん』と呼ぶ時。それは、対等な友人として接する時である。
それすなわち、今この瞬間だけは客とマスターという垣根を超えて、一人の人間として源田に物を申しているということに他ならない。
そして、その正義の炎が燃える瞳で『自分は気にしていない。だから今はその矛を収めろ』ということを言外に伝えているのだ。
本来なら、店の中ではその関係性を崩すことすら御法度である。それを察した源田は己を恥じた。恩人である赤司の顔に泥を塗ってしまったからだ。
バーのマスターとして、最低限の仕事はしなければならない。それは、酒を作り、そして客に提供すること。その前提をかなぐり捨てて、店主自らがこの神聖なる酒の席に『暴力』を持ち込んではならないのだ。
「チッ......唾入りでも文句言うなよ、クソボケが」
源田がマティーニ作りに戻ったことを確認した後、赤司はイヴの瞳を覗き込む。そして「うむ」と一つ呟き、問いかけた。
「どうも冗談や嫌がらせって訳じゃねえらしい。理由、聞いてもいいか?」
「あの時レッドは何を思っていたのか、当事者としてどうしても聞いておきたいの。それじゃダメ?」
イヴの問いに「ダメじゃねえさ」と返し、今日一番の深呼吸をした後、ゆっくりと話し始めた。
「───アイツは......イヴは、シン人類で唯一、人を傷つけなかった」
イヴは乱雑に渡されたマティーニに口をつけながら、赤司の言葉に肩を跳ねさせた。まさか、それに気づいていたのかとでも言わんばかりに。
「建物を壊すなんてこともなく、いつもよく分かんねえ山奥とか廃工場でばっか戦ってた。おかげで名乗りの口上がやりやすくて助かってたんだ」
「そう、だったのね」
今までに聞いたことのなかった赤司の言葉に、源田はただ口を噤んでそれを聞いていた。
「オレはよ、思ったんだ。コイツなら......もしかすりゃ人間と上手くやれんじゃねえかってな。
あそこにいた連中も別に悪くねえ。シン人類に家族や友達を殺された奴だっているだろうさ。けどよ、誰も傷つけてねえヤツが傷ついてんのだけは見逃すわけにゃいかなかった。仮にもヒーローだしな」
「......貴方たちのことは傷つけたじゃない」
「あん?まあ.......そうかもな?でも、
赤司はそう言って闊達な笑みを浮かべ、そして、右腕の袖をまくりあげた。
そこには夥しいほどの傷が刻まれていた。本来の皮膚の面積の方が少ないほどの、見る人によっては気分を害してしまうであろうモノが。
「ガキどもには消させてたが、オレはあえて傷は消さねえようにしてんだ。これは、オレたちが戦ってきた歴史と......死んでいった奴らへの償いや弔いみたいなもんだからな」
源田も何度もその傷を見た事があった。そして、この腕だけではなく顔以外のほぼ全てに、同じくらいの傷が刻まれていることも知っている。それらを見る度に、複雑な感情が胸に張り詰める。
どうしてこれほどの善人が報われなかったのだろうかと。どうして神は彼にこんな試練ばかりを与えるのだろうかと。人を愛し、人のために戦った彼の末路がこれとはあまりに残酷ではないかと。
赤司のやったことは正しくなくとも、間違ってもいないはずだ。
だが、それを許容できないくらいには、色々と環境が悪かった。人々にそれを受け入れる余裕はなかったのだ。
「あとは、そうだな。なんつーか......似てたんだよ」
「似てたって、誰に?」
「それがわからねえんだよなぁ......でも、オレにとってすっげえ大事な人だったってのはなんとなく、わかる」
珍しく赤司の表情には寂しさのようなものが漂っていた。
それもまた、普段の源田ではあまりお目にかかることのできない表情でもあり、ほんの少し目の前のイヴを妬み、そして認めた。
「私が、大事な人......」
やっぱり撤回。何を寝ぼけているのか、このバケモノにはそう聞こえたらしい。
水でもぶっかけて頭を冷やしてやろうかとも考えたが、すんでのところで自制した。もう赤司の顔に泥を塗るわけにはいかない。
「ねえ、赤司天生。貴方のことをもっと聞かせ───」
「ぐぅ〜、すぅ.......」
「寝てもうたみたいやな」
話している間に、どんどんと酔いが回っていたらしく赤司はシン人類を前に無防備に眠りこけていた。
これには流石のイヴも一本取られたという表情を浮かべ、それを隠すようにマティーニを一思いに煽った。
イヴはグラスを丁寧にカウンターに突き出し、今一度赤司の顔を覗き込む。
確かに赤司が眠っていることを確認すると、イヴは席を立ち、一枚の諭吉をカウンターに差し出した。
「アンタからは受け取る気ないねんけど」
「借りは作らない主義なので」
「......あっそ。釣りは」
「要りません。この方のツケにでも回しておいてください」
やはりこの女、どうにも掴みどころがなく、隙がない。つくづくやりづらい相手だと源田は内心辟易する。
ここまで言われて突っ返すわけにもいかず、受け取った諭吉を金庫にしまっていると、イヴは何かを思い出したように唐突に口を開いた。
「それに!こんな呑んだくれの髭面オヤジが私を救ったなんて到底思えませんし、思いたくありませんから!」
「あ、オイ!確かにそうやけど、もうちょい言葉選びや!」
「写真も消しておきます。そもそもこんな写真に価値はありませんし」
そう言って差し出された写真は、焦点などこれっぽっちも合っていないブレブレの写真だった。
「はぁ!?ワシらはこんなもんで脅されとったっちゅうんか......?」
「ふふ、どうか安心してこれからも存分に良い夜をお過ごしください、マスター?
それと......また来てもいいかしら、今度は客として」
「アホ抜かせ!二度と来んなこのアマ!」
「あら残念。それじゃあ、改めてごきげんよう」
余裕ゆえか、ゆらゆらとした足取りで扉へ向かい、妖艶な手つきでこちらに手を振り、出て行った。ようやく台風が去ったのだ。
少しの時間をおいて宵の闇にその姿が消えたことを確認すると、源田は店からあるものを引っ張り出す。
「塩撒いといたんねんっ!この、このっ!」
思い思いに入り口に塩を投げつける。それは源田が息切れを起こすまで続いた。もちろん盛り塩も忘れない。こんなんいくらあっても困りませんからね、と言わんばかりに積み上げておく。
さて、厄払いも済んだところで、店の中へと戻った。
すると当然、グラスを手から離すことなく、カウンターに突っ伏して穏やかなリズムで寝息を立てる赤司の姿が嫌でも目に飛び込んでくる。
「ホンマ、気持ちよさそうに寝腐りおって......」
人の苦労も知らずに、と源田は嘆息した。
とにかく今日は疲れた。色々と気を遣ったし、久しぶりにブチギレたから体力も使った。
とはいえ、締めの作業をしなければならない。店の掃除など色々済ませ、ふと時計を見るとちょうど午前二時を指していた。
「そろそろか」
そう呟いた時、今度は扉が三度叩かれた。源田は極めて冷静な足取りで扉の前へと立つと、一枚の板を隔てて向こう側にいる人間に問いかける。
「......合言葉は?」
「回転焼き。他の呼び方は認めへん」
「よっしゃ入りや」
「お邪魔します」
「邪魔するんやったら帰って〜」
「ほな帰るわ、また来るわ〜。───じゃないんですよ、もう何回目ですかこれ」
「だっていっつも君ノってくれるから......」
源田のオヤジノリに付き合わされた男はわざとらしく肩をすくめてみせた。
この、短く切り揃えられた青髪が清潔感をこれでもかと主張し、スリーピースとメタルフレームの眼鏡をスタイリッシュに着こなす、いかにもシゴデキな風貌の男。名を『
何を隠そう『テンメイブルー』とは彼のことである。
「はあ、まあいいです。僕もちょっと楽しみにしてるところはあるんで。しっかし、今日も随分と立派に潰れてますね」
「まいど、ほんますんません。ワシの方でも止めてるんやけど」
「いえいえいえ。こちらこそ、いつもうちのバカリーダーがお世話になってます。それにむしろ、眠りこけてた方がやりやすいですから」
赤司が酔い潰れては、時間を見計らってこうして青森が回収しに来るのだ。
イヴが来る前の会話で源田がちょっとした仲間批判をしたのは、この関係がバレないようにわざと潜り込ませた会話である。
赤司の反応を見るに、まだバレてはいない。そのことを定例報告のように青森に知らせるのもまた源田の仕事なのである。
「そういえば、店の前がやけに白かったんですけど、何かありました?」
「ああ、そうそう。少し耳に入れたい事があるんやけど......」
源田は先程までの出来事を、できるだけ事細かに青森に伝えた。
イヴの奴はバラすつもりはないという様子だったが、実際秘密というのはどこから漏れるか分からない。人の口に戸は立たないと言うし、壁に耳あり障子に目ありとも言う。
気をつけておいて損はない。直情的な側面もあるが、図体に似合わず、石橋をぶっ壊すかのような慎重さこそが源田のウリなのだ。
「リーダーの正体を知っている女性。しかもかの女幹部かもしれない......ですか」
「反応からしても、ほぼアイツで間違いあらへん。一応ウチでも探りを入れてみようおもてる」
「福音のやつ、勝手なことをするなとあれほど.......」
何やら青森がぶつぶつと呟いているような気がしたが、源田にはそれが何を言っているのかついぞ判別することができなかった。
どうせ教えてくれないだろうとは思いつつも「今なんか言うた?」と青森に聞いてみる。
「いえ?何も?.......とにかく、このアホを車に乗せてきます。おやすみなさい、また呑みにきます」
「え、ああ、はいはい。待ってます〜」
それ以上は特に言葉も交わす事もなく、そそくさと赤司を連れて行ってしまった。
そのことに少しばかりの寂しさを感じるが、まあ多分、若者には若者の世界があるのだろう。
頭ではわかっているつもりでも、なかなかうまくはいかないもんだなぁ。源田
っと、こんなところで若さとのギャップにへこたれてはいけない。明日からはあの女について聞き込みをしていかなければならないのだ。
───次の日の夜、通常営業の『Adam's』にて。
「こーんな感じのどえらいべっぴんさん、見覚えない?」
「おーん......悪いねマスター。見覚えないや」
「そかそか、おおきに!」
まず一人目の常連からは空振り。しかし源田は諦めない。
「ああその子!この町にある不動産屋の社長さんだよ!!!まだ若いのに凄いよねえ」
「ヘェ〜そーなんや〜......って、はあ???」
二人目の常連から、とんでもない爆弾が投下された。あの女がこの町に来ている?しかも不動産の社長???
「ああ、
「ホンマにいうてんの、それ?」
続く三人目の常連からの情報なんて、もっと信じられない物だった。あの瘴気丸出しの女が人助け???とてもじゃないが信じられない。
その後何人かの常連からも話を聞いたが、どれもこれもあの女を褒め称えるものばかり。自身のイメージと世間とのギャップに危うく風邪をひいてしまいそうになる。
本日何度目かわからないため息が源田から漏れる。まったく、我が恩人はなかなかに手のかかるヒーローだ。今までも、そしてこれからも、お守りしていかなければならない。
───もうその身体に、二度と傷が刻まれることのないように。
これが、赤司天生の厄介オタクの中では最も健全なオタク。源田総一という男である。
◆◇◆
月が真上に昇る頃。
深夜の幽玄なハイウェイを、星々が微かな光を振りまいて彩る中、ふたりの男女はその車内で対話を重ねていた。車の窓の外では夜の風景が次々と流れ去り、彼らの心は静かな道のりを共に歩んでいた。
「マスターから聞いたよ代表。貴女、リーダーに会いにいったらしいね」
「ええ。とっっっっっっても幸せな時間だったわぁ.......また行っちゃダメかな」
代表。そう呼ばれた、今にも蕩け落ちてしまいそうなほどの恍惚な表情を浮かべている彼女の名は『
シン人類の唯一の生き残り『イヴ』であり、現在、新進気鋭の不動産会社『天音不動産』を経営しているバリバリのキャリアウーマンである。
社名からもお分かりの通り、天生+福音で天音と名付けたのだ。そう、この女もまた厄介なオタクの一人である。
そしてその相手を務めているのは、同会社で顧問弁護士兼秘書として働いている青森始である。
なんの因果か二人は巡り合い、陰ながら赤司を支えているのだ。
「マスターに出禁食らったんだろ」
「マスター.......そうマスターよ!!!何よ、あのクマみたいに馬鹿でかい男!?めちゃくちゃ怖かったわ!!!」
「単純な肉弾戦だけなら、リーダーに次いで誇張抜きに世界で二番目くらいに強いからね、あの人」
「ワタシよりよっぽど化け物じゃない!?おかげでちょっと内に秘めてる罪出ちゃったんだから!」
「でもまあ、怒らせない限りはすごく良い人だよ。怒らせない限りは、ね」
始の言葉から、福音は思い出す。源田の怒りが有頂天になった時のことを。
あれはまさしく世界の終わりを告げているようなものだった。ただでさえ薄暗い空間が更に昏くなるのを感じたのだ。
あの後のことを考えるだけでも身震いが起きてしまうほどには、福音の心に深く恐怖が刻まれていた。
「正直、あの時は死ぬかと思ったわ」
「......報告を聞いてまさかとは思ってたけど、ホントに怒らせたの?源さんを?マジで?」
「ちょっとノンデリかましちゃって、それでね」
「......よく生きて帰って来れたね、君。尊敬に値するよ」
「うん、
「あぁ、なるほどね。眼には眼を、歯には歯を、バケモンにはバケモンをぶつけんだよってことか」
何がそんなに面白いのか、うんうんと赤べこの如く頷いている始をよそに、福音はあの日からずっと気になっていたことを問いかける。
「それにしても、天生様は本当に『知的で気が強くてミステリアスな女性』がタイプで合ってるよね?わざわざ慣れないマティーニ*1だって飲んだんだから」
「ああ、僕のデータベースに狂いはないさ。リーダーの趣向くらい、ゴミを漁れば知ることなんか造作もない」
「ちゃんと仕事もしてよね」
「君が言い始めたんじゃないか。それに僕はちゃんと仕事もしている。今日だってリーダーの部屋の中に一週間分の食料を」
「ちゃんと仕事もしてよね」
基本いつもこんな調子であるが、この二人がバカみたいに優秀であるために、仕事に支障は出ていない。
しかしこの青森始という男、ある意味で抜かりない。
赤司のタイプは『知的で気が強くてミステリアスな女性』などでは断じてない。そして、青森も実のところ赤司のタイプというのは計りかねている。
いっそ無欲だと断じてしまうのが自然なくらい、赤司の部屋には『そう言った痕跡』がない。詰まるところ、ゴミ箱を漁っても何も出ては来ないのだ。
にも関わらず、福音には『知的で気が強くてミステリアスな女性』を演じさせた。それはなぜか。
今までの経験上、赤司の好みのタイプはわからなくとも、苦手なタイプはおおかた把握している。
故に青森はわざと『赤司が苦手な三つのタイプ』を福音に知らせた。そうすることで、
どうやら、青森の方が一枚上手だったらしい。
青森はハンドルを握っていない左手の中指で、メガネのブリッジをほんの少し持ち上げた。
(───悪いね福音。君のことは尊敬しているが、僕の中で赤黒はちょっと解釈違いだ。少しばかり邪魔させてもらうよ)
ここにもまた厄介オタクが一人、潜んでいた。
好評であれば続きます。
なのでお気に入りや評価、感想などお待ちしております(乞食)。