家出をした魔王流   作:忍蜂

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バイト、任務、家事炊事

 

 

 薄いカーテンから漏れ出した光が、ワンルームの狭い部屋を照らして酷く眩しい。

 それに顔を顰めながら薄い掛け布団をよかし、重い瞼を開けて起き上がる。

 

 

「……バイト行かねぇと」

 

 

 ピピピと鳴り響くスマホのアラームを切り、のそのそと立ち上がる。

 とりあえず布団はそのままに、洗面所で歯を磨きながら髪を整える。

 別にこれといって何かするわけでもないが、寝癖が立ったままじゃ接客の印象がすこぶる悪くなってしまう。

 

 

「ん、まぁこんなもんか」

 

 

 何度か水で顔を洗い目が覚めた頃、昨晩の残り物をレンジで温めてちゃぶ台に並べる。

 安いからと買い過ぎた総菜のアジフライ一つ、冷凍しておいた白米、インスタントの味噌汁、ついでにコップに水を注ぐ。

 野菜は無いが、一人暮らしの男にしてはまぁまぁ頑張った方だと思う。

 

 

「いただきぁーす」

 

 

 ろれつの回らない朝でも挨拶は欠かせない。

 昔厳しく躾けられたからというのもあるが、一番はそれが礼儀だと漠然と思っているから。

 日々曖昧に過ごしている俺にとって、意味は感じないけど無くしちゃいけないもんだと思う。

 

 カチャカチャと端が食器に触れ合う音、そこに自分の咀嚼音を足したものだけが狭い部屋に響く。

 家の外から響く環境音も、隣室から伝わる話し声も、洗濯機の音すら聞こえない。

 ただ漫然と、今日やることを考えながら箸を運ぶ。

 

 

(今日はバイトがトップからラスト……それ終わったら任務が一件。任務、めんどくせぇなぁ……あ?やべ、洗濯機回してねぇじゃん。帰ったら回さねぇと)

 

 

 色んな仕事をしてきたが、やっぱりバイトはいい。なにせ今働いているスーパーの人達は皆優しい。

 客層も穏やかだし、最近は挨拶をくれる人も多い。

 自分が作ったコーナーから商品を手に取ってくれる人がいると嬉しいし、それに命のやり取りも無く金が貰える。

 実家暮らしが嫌だった訳じゃない。けど、あそこを出たのは正解だったと思う。

 任務のことを考えると昔を思い出して、またちょっとだけ嫌になる。

 

 

「ごっそさん。洗いもん……帰ってからでいいか」

 

 

 しんどいながらに朝起きて、顔洗って歯ぁ磨いて、着替えて朝飯準備してそれを食って。

 そんな重労働の後には使った食器の洗い物は、家事の中でも上位に食い込む程面倒くさい。食洗器が欲しくなる。

 バイトして任務こなしてからやる方がしんどいのは分かってる。けど今やる方が、もっとしんどい。

 とりあえず水で満たした桶につけ、面倒な家事を先延ばしする。

 

 

「よし、行くかぁ」

 

 

 バッグを背負い、靴を履き、やっぱ洗いもんしとくか?と思い一瞬振り返って、帰ってからやればいいかと家を出る。

 鍵の閉め忘れも無い。軽く走りながらバ先に向かう。

 

 なんのこともない。いつも通りの俺の日常。

 どこにでもいるフリーター、兼たまーにシノビ稼業ってだけ、いつも通りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはざーす」

 

「あぁ、おはよう右京君」

 

「ども。今日混んでます?」

 

 

 スーパーの裏手から入り、道中擦れ違うスタッフの挨拶を交わしつつスタッフ控え室へと入る。

 既に早番スタッフは忙しなく動き回っていて、悠々と……なんて言ったら怒られるが準備を始める。

 先に部屋にいたチーフの早瀬サンはこの店でもかなりの古株。パソコンの画面に浮かぶ売り上げ報告書とにらめっこしていたのを中断し、こちらへと視線を向ける。

 

 

「そこそこだねぇ。いつも通りって感じ」

 

「りょーかいっす。んじゃ、行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 エプロンを巻き、名札があるかチェック。

 身だしなみに問題が無いことを確認し、売り場へと出ていく。

 出て行って早々、買い物途中のご夫婦が俺を見て声をかける。

 

 

「あっ、右京君じゃないのぉ!お仕事慣れた?」

 

「こんにちはー、お陰様で大分。今日は旦那さんもご一緒で?」

 

「そうなのよぉ、休みだからって家から動かないから無理やり連れてきたの!荷物持ちしてもらわないと。あっ、ごめんね邪魔しちゃって。またねっ!」

 

 

 夫婦と言ったが終始ご婦人が話しっぱなしだった。歩き去っていく奥さんを追う旦那さんの方は顔にありありと(たまの休みくらい家で過ごしたかった……)と書いてある。

 心の内でご愁傷さんとお祈りしつつ、せっかく来たのならぜひ売り上げに貢献していってほしいと願う。

 全体の品揃えを見て回りつつ、出せそうな商品を裏から持ってくる。たまにお客さんに声を掛けられつつ、また商品棚を整理する。

 時にはレジの応援に行き、暇なときは周辺スタッフの手助けに回る。

 

 

「あー……バイト楽しいっスねぇ……」

 

「そんなこと言うの、香坂(こうさか)君くらいだよ」

 

 

 昼の休憩時間、菓子パンを貪りつつ他のスタッフと駄弁る。

 俺からすれば年上スタッフばかり、先輩方からすれば息子程の年でかなり気後れしていたが、働き始めて二年経つと流石にお互い慣れる。

 皆よくしてくれるし、いきなり刀を抜いて斬り合うなんて血生臭いことも無い。

 ここは本当に、穏やかでいい所だ。

 

 

「香坂君もよくやるねぇ。家出して一人暮らしなんでしょ?大丈夫?」

 

「……まぁぼちぼちっすね。でも家にいた頃よりは全然、こっちの方が楽しいんで」

 

「今幾つだっけ、19?」

 

「17っス」

 

「え、そんな若かったっけ!?え、じゃあ15で家出してここ来たの!?」

 

「っスね」

 

 

 家にいるのが嫌になったのが、確か11の頃。んで、ここにいたくねぇって飛び出したのが12歳だった。

 この国では中学生以下の歳じゃまともに働けない(働かせられない)のでまともな働き口も無かった。

 仕方ないからと少しアウトローな窓口から任務を貰い、それで食いつないでいたのが14歳の春まで。

 色々無茶をしたり、なんとかアパートを借りて住めるようになったのが15歳。

 自分の事ではあるが、大分無茶してんなぁ。

 とはいえ馬鹿正直に言えばダメなことくらい分かる。なので、15で家出という設定だ。

 

 

「そん時親御さんからはなんか言われた?」

 

「いやあんまり。まぁ出てくのもしゃーないかって感じでしたね」

 

「ず、随分複雑な家庭なんだね……」

 

「しかし右京君やるなぁ。いや気持ちは分かるよ俺も。若い頃はやんちゃしたもん。俺ん時はさぁ……」

 

 

 ついに始まった古株おっちゃんの長話を全員で聞き流しつつ、和やかに時間は進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無心で働き続け、やがて迎えた終業時刻。

 

 

「あっ、もう20時か。香坂君!上がっていいよ」

 

「分かりました。んじゃ、お疲れさまっした!」

 

「はい、お疲れー」

 

 

 タイムカードを切り、残ったスタッフに一通り挨拶をしてから店を出て真っすぐ家へと向かう。

 まだちゃんと帰ってきたわけではない、挨拶は要らない。

 ただ忘れ物を取りに来ただけだ。

 

 

「行きたくねぇなぁ……怖ぇし……」

 

 

 隠し戸になっている棚を引っぺがし、中から布に巻かれた棒を取り出す。

 手早く紐を解き、布を払い、その中身を手に落とす。

 酷く握り慣れたそれは、持つだけで居心地が悪くなる気がする程に手に馴染む。

 

 

「ぱっと行って、ぱっと帰りてぇな」

 

 

 人目につかないよう素早く家を出て、夜闇の中を駆けだす。

 普段なら選ばない薄暗い路地を進んで曲がり、夜の奥へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 これからは兼業シノビとしての仕事……『任務』が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 低級妖魔『動死体』が二匹、街外れの廃墟で発生した。

 妖魔の影響を受けて動き出したとされる存在。脆く、遅く、柔く。普段なら決して対処は難しくない。

 寄って、斬る。寄られたら、斬る。それで済む。

 しかし俺が現場に到着した時点で、事態はそう易々と事が運ばない状況に置かれていた。

 

 

「一つ、二つ、三つ……六つ?依頼と違ぇな……」

 

 

 ふらふらと不自然に動き回る死体の数が報告にあった数と明らかに違う。

 そしてなにより、その内四つが身に纏う衣服は、あからさまに新しい。

 嫌な予感を感じ取り、すぐさまポケットにある依頼用端末を取り出す。

 そこにはメッセージが一通届いており、このように表示される。

 

 

『情報統制が甘かったようだ。被害者が発生している、引き続き対処を頼む』

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ざけんな、軽く言いやがって)

 

(誰が斬って、あいつらを殺すと思ってんだ)

 

 

 思わず端末を握る手に力が込められる。

 『動死体』によって殺された者は『動死体』になる。

 妖魔の影響で変異した『動死体』が殺害した人間はシノビにしろそうでないにしろ、同じ存在へと成り果てる。

 そしてそう成ってしまったものは、元には戻らない。ただ同族を増やすだけの、この世に存在してはいけないものとなる。

 

 

(……三つ、呼吸を整える)

 

 

 怒りを鎮め、刀に思いを馳せる。

 この瞬間だけでいい。激情は全部、斬り終えてから叫べばいい。

 

 

(二つ、想定する)

 

 

 無策で飛び込んでも負けはしない。それくらいの自負はある。

 だがそれではダメだ、時間がかかる。時間がかかれば心が腐る。

 心が腐れば、刃が鈍る。ならば勝負は一瞬でつける。

 ならばいつも通り。初手、全力(奥義)

 

 

(一つ……俺は、人間だ)

 

 

 穢らわしい血が四肢を巡る度に、身体が強靭に、戦う為に適した形へと変貌する。

 誰よりも怪物に近い血と身体。だからこそ、心は誰よりも人として。

 人として残った最後の矜持。それだけを胸に刻み刃を抜く。

 

 ゆっくりと彼らへと歩み寄れば、瓦礫の傍で犇めく化生達が一斉に俺を見る。

 それでいい。他には目をくれず、俺だけを見ていればいい。

 依頼を受けた後悔を心の奥底へと圧し潰し、前へと進み名乗り上げる。

 

 

鞍馬神流(くらましんりゅう)魔王流が一派、香坂(こうさか)右京」

 

「……どうせ聞こえちゃいねぇだろうが、悪く思うなよ」

 

「俺はまだ、死にたくねぇんだ。……だから、死んでくれ」

 

 

 奥義、開帳(範囲攻撃宣言)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったぜ。生き残りはいねぇ」

 

『そうか、ご苦労だったな。……すまない、面倒を掛けたな』

 

「ホント頼むぜ依田(よだ)サン。心構えがいくつあっても足りやしねぇよ」

 

 

 酷く胸糞悪い気分の中、任務完了の報告連絡を入れる。

 右手には刀、左手で電話。誰かに見られれば一発で()()()()人間だと思われてしまいそうな姿だ。

 端末からは聞きなれた任務仲介忍の声が響き、少しだけ安心する。

 比良坂機関所属のシノビであるその女性はクールな物言いをするが、ほんの少し俺の身を案じてくれているようだった。

 

 

『どうやらゾンビの噂を聞きつけ、肝試し感覚で向かったのが四人いたようだ。幸い、増えたとしても君の敵ではなかったようだが』

 

「……そりゃどーも」

 

『舞……君のお姉さんも心配しているんだ、たまには帰ってやったらどうだ?』

 

「もう切っていっすか」

 

『分かった、私が悪かった。後始末はこちらでやる。報酬はいつも通りだ、休んでくれ』

 

 

 俺の起源が急降下したのを感じ取ったのか、少し焦った風に言い残して電話は切れた。

 

 

「ふ───っ……はぁ───っ……」

 

 

 全てが終わり一段落してようやく、長い長い溜息を吐き出す。

 これだから任務は嫌いだ。敵を斬りましたハイ終わり、では済まないものが胸の内に溜まって込み上げてくる。

 あいつらだって生きてたんだとか、依田さんは指示するだけでいいよなとか、疲れたもう帰ってさっさと寝てぇとか。

 そういった鬱屈とした感情一つ一つに折り合いをつけて、心の荒波を静かにする。

 

 

(しょうがねぇ、妖魔のせいだ。あいつらの手に掛かっちまった以上、斬ってやるのがせめてもの情けだ)

 

(依田サンだって最善を尽くした。こうなっちまったのは誰のせいでもねぇ、妖魔連中(あいつら)が死なねぇのが悪い)

 

(今日は飯食って休む以外なにもしねぇ。それだけの働きはした。なんなら外食したっていい、今日は奮発して……こんな時間じゃどこもやってねぇか)

 

 

 任務で得た報酬はもっぱら家賃と食費に消費される。料理なんて滅多にしない上に、それなりに量を食う。

 バイトも任務も体力仕事だ、その分食わなきゃ身が持たない。

 けど料理なんてほとんどしたことがない、何よりめんどくさい。

 食事を毎回総菜やコンビニ、外食で済ませると驚くほど金がかかる。実家暮らしに比べると気楽だが、そこだけは難点だ。

 それだけじゃない、忍具だって使えば補充の必要がある。

 刀だってそうだ。折れればまた調達しなくてはならない。

 金のことを考えると途端に息苦しくなる。貧乏暇なしとはよく言ったものだ。

 

 端末の表示を見れば時間は既に21時を回っている。

 任務に思いの外時間を喰われてしまった。これじゃどこにも行けない。

 それどころか迂闊に外をうろついていたら補導なんて目に会いかねない。それは困る。

 刀を見られれば最悪補導どころじゃない。比良坂処理案件から一発で実家送りだ。

 

 

「あー……洗いもんしたくねーな……」

 

 

 今日は諦めて帰って冷蔵庫の中を漁ろう。何か残ってるかもしれない。

 飯が終わったらさっさと寝て、疲れを取ればいい。

 そしたらまた、明日のバイトも頑張れるってもんだ。

 

 

「……次は、もう少しマシな人生だといいな」

 

 

 鉄錆と腐敗臭が漂う現場からは、何も帰っては来ない。

 頬を撫でる風が生温く、慰めているようで気持ちが悪かった。

 

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