家出をした魔王流   作:忍蜂

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思い出は蘇る

『はじめまして!草薙向日葵(ひまり)ともうしますっ!』

 

『……草薙桐也(きりや)

 

 夢を、見ている。酷く懐かしい夢だ。

 同世代の奴らと同じ道場に通っていた頃のことだ。

 

 実家にいた頃、他所の家と交流する機会があった。

 俺の家は『香坂家』と言い、魔王流としてそこそこ長い歴史がある、だが鞍馬神流としてはどこにでもあるような家だ。

 もう一家、そこに来たのが『草薙家』。実際に来たのはその分家筋だが、それでもウチよりもデカい家で有名なところだった。

 

 その両家で育つ子供を集め、さる教育係のシノビの元で鍛錬を積むのだと。

 要するに家同士の交流を兼ねた、次代のシノビ育成とその繋がりを強くするためのものだ。

 

 そんな草薙家と言えば『剣を持たせれば並ぶ者無し』。そんな噂話さえも聞こえてくる程、当代の剣士が強いと聞いていた。

 天賦の才があるだの、数世代かけてもこのレベルのものは現れてこないだの、聞こえてくるのはその姉弟に向けた薄っぺらい賛美と称賛の声。

 当時の俺は捻くれに捻くれたクソガキだった。

 

 

『うぜぇ』

 

 

 自分で言うのものなんだが俺には才能があった。剣を振るい、その身に宿る忌々しい化け物の血を上手く使う才脳が。

 それまで同年代はおろか、それより上の連中にだって剣でも喧嘩でも負けなかった。

 当時まだ8歳かそこらでも、下忍程度なら負けない程度には才気に溢れていたんだ。

 

 だから、魔が差した。家柄と噂だけの家なんざ、俺の眼中にはねぇと。

 そもそも俺より強い奴なんかいねぇと、正真正銘傲り高ぶっていた最悪のクソガキだった……。

 

 

『ふーん。じゃあ勝負しましょうよ勝負!一本取った方が勝ちで!』

 

『は、誰がやっかよ、お前らみたいな雑魚と遊んでる暇なんかねー』

 

『……香坂の男は、存外臆病か』

 

『あ゛ぁ゛!?上等だ!泣いても知らねぇぞっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

『いえーい!勝ちー!ありがとうございました!』

 

『クッッッッソ!!おいふざけんなもっかいだもっかい!!』

 

『始める前と綺麗に掌を返したな?』

 

『っせぇ!さっきの技はもう見た!次は返せんだから負けねぇっ!!』

 

『ふふーん、いいですよ?あっ、ただし次負けたらわたしをおね-ちゃんと呼んでもらいます!』

 

『次は俺が勝つっ!来いやぁっ!!』

 

 

 そうしたらどうだ。綺麗に一本取られて負けちまった。

 本当に、本当に汗顔の至りだ。今思い返しても恥ずかしい気持ちになる。

 喧嘩っぱやく、挑発に弱い井の中の蛙。自分がそれだと思い知らされたのが8歳の頃。

 

 

 

 

 その姉弟は、本当に強かった。

 

 

『ふざけんな!その速度の居合はズルだろ草薙(あね)っ!つーかいくら何でも死ぬだろっ!!』

 

『えー、だって右京君避けるじゃん。でも避けられる人初めて見ました!どうやってるんですか?』

 

『勘だよクソっ!よし次は避け……いっっっっでぇ!!』

 

『ダメだってー、避けに徹するのは君の良さを潰す悪手だって師匠も言ってたじゃないですかぁ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それはもう見た。手札はもうないのか?』

 

『おまっ、見たって……構えだけだろ!?』

 

『それだけ分かれば動作も起こりも予想できる。どうした?もう打つ手は無いのか?兄弟子』

 

『……あんま調子乗んなよ草薙弟……オラ上等だぶっ飛ばしてやらぁっ!!』

 

 

 二人は俺よりも強かった。

 俺より早く剣を振り、俺より早く対応して、俺より巧く剣を使う。

 膂力だけは俺の方が上だったが、それ以外のあらゆる分野で二人は上を行った。

 正直に二人に言えば『そんなことはない』と言われたが、それこそそんなことはない。

 負け無しだった俺が、勝ち無しになるなんて想像もしてなかった。

 けど、超えたいものがある生活は、思っていたよりもずっと充実してた。

 

 

『ほらほらっ、まだ終わりじゃないですよね?』

 

『ふざけんなちっとは休ませやがれぇ!お願いしまぁす!!』

 

『人間倒れ伏してここまでみっともない啖呵が吐けるものか。いっそ見事だな』

 

 

 何度か会う頃にはそいつらとは友達になれた……と思っている。

 如何せん物心ついた頃から周りに友達と呼べる奴なんかいなかった。

 強いか弱いか。強けりゃ倒す、弱けりゃ無視する。

 そんな擦れた幼少期を過ごしたせいもあり、距離間の掴み方にはかなり苦労した。

 

 

 

 

 

 

 

 けど、本当に楽しかった。

 何が愉快なのか、打ち合う度に笑顔を咲かせる姉。

 そんな姉について回る、何考えてんのか今も分からないクールな弟。

 そいつらと過ごした時間は、初めて得た『友達』との時間は俺にとってかけがえのないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『(すっげぇ技身につけてやったぜ!今日こそは絶対に勝てるぜこりゃあ!)』

 

 

 その日の俺は能天気に、道場へとやってきた

 今日こそは草薙姉(あの人)の技を見切って、あわよくば盗んでしまおうと考えてた。

 勝算もあった。次やれば確実に勝てる自信があった。

 普段よりも3倍ワクワクしながら道場の門を開けて、がらんとした道場を見てつい聞いてしまったんだ。

 

 

『はざーす!あれ、師匠?あいつらまだ来てねーの?』

 

 

 そんな時間が長く続いたもんだから、俺は忘れちまってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『右京。二人なら前の稽古が最後で御実家に戻りましたよ』

 

『……は?』

 

 

 俺達はどこまでも『血』と『家』に縛られる存在なんだと。

 

 

『嘘だよな?だってあいつら何も言ってなかったぞ!?おい隠れて見てんなら出てこいや!おい、早く……出て来いよ……!』

 

 

 叫んでも泣いても、その場にいるのは俺と師匠だけだという事実は変わらなかった。

 鍛えて磨いた俺の感覚が、周りには誰もいないと勝手に確信させた。

 

 

『……二人共、君に謝りたかったようです。何も言わずに済まないと』

 

『なんで……なんでだよ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺はまだ、勝ててねぇぞ……』

 

 

 その時俺はすとんと、何かを無くしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 布団は蹴っ飛ばされ、腹は出しっぱなしで目が覚める。

 ここまで寝相が乱れるのも俺にしては珍しい。それくらい酷い乱れようだった。

 

 

「……はぁ……バカみてぇ」

 

 

 のそりと上半身だけを起こし、ぼーっと夢の事を考える。

 才気溢れる生意気な子供(クソガキ)だった時の自分は、今よりもマシな人間だった筈だ。

 今じゃ見た夢一つに機嫌が左右される程ナイーブだ。今と昔、どっちの方が幼稚かなんて分かりゃしねぇ。

 ……家の都合だかなんだか知らないが、アイツらは俺の事友達だと思ってなかったんかな。

 

 

「……あれ、今何時だ?」

 

 

 ふと、起きた時鳴っていなかったアラームに気付く。

 周りを見渡してみれば自分の手の届かない遠くにスマホが落ちてる。

 どうやら寝ている間に手が当たり遠くにやってしまったみたいだ。

 

 

「……」

 

 

 今日は9時からバイトの筈。なのにスマホの画面にはアラームの表示が無い。

 勢いよく顔を上げ壁に掛かった時計を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

『08:55』

 

 

「───寝坊だぁぁぁぁ!!」

 

 

 家賃が売りの1Kボロアパートに、バカの絶叫が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはざーす!!間に合いましたっ!?」

 

「おお、遅刻一分前だね。タイムカード切っちゃいな」

 

「おっし……はぁ……マジで、終わったかと……!」

 

 

 何とかなった。俺がもし一般人だったのなら遅刻は免れなかっただろう。

 ズルはしていない。速攻で着替えて、人目につか(鬼影)ないよう全力(獣化)走って(大詰)きただけだ。

 道中屋根の上を走ったりもしたが問題はない。誰の目にも映らなければ問題にはならない。

 昨晩の任務よりも焦ったかもしれねぇ……!

 

 

「一回遅刻したくらいでそんな怒らないって。え、何時に起きたの?」

 

「……は、8時半っス。アラーム時間掛け間違えてみたいで」

 

「おぉ、結構ギリギリ。香坂君の家からそこそこ距離あるもんねぇ、スーパー(ここ)

 

 

 起きて5分でここに来たでは流石に嘘だと思われる。どんな怪物だよと。

 シノビという存在は一般人には秘匿されている。超常の力が露わになれば徒に混乱を招きかねないからな。

 朝の奇行?目撃者が0なら秘匿は守られてるってことなんだよ。

 

 

「ちょっと息整えてきなよ。こっちは大丈夫だからね、焦らないで」

 

「す、すんません……」

 

 

 それもこれもあの夢が悪ぃんだよ。くそっ、嫌なモン思い出しちまった。

 ナイーブも程ほどにしねぇと、私生活に響いちゃ周りに迷惑がかかっちまう。

 

 

(あいつらに会いたい気持ちと、会いたくない気持ちが混ざってる)

 

(……あんまりいい気分じゃねぇ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイトを終え、なんとなく気怠さを覚えながらの帰路。職場で買い物をしたせいで、荷物が大分かさばっている。

 必要がある度に一々買い物をするのも面倒で纏めて買うことも多い身だが、ビニール袋二つ一杯になるのは流石に買い込み過ぎた。

 とはいえこれでしばらくは食料に困らない。当分はこれで生活できるだろう。

 

 

「ただいまっと」

 

 

 帰宅、手早く買い物を冷蔵庫と冷凍庫にしまう。

 冷凍庫は高かったが買ってみて分かった。これは生活必需品だ。

 炊いて余った米、賞味期限の過ぎそうな食材、生もの。これらの急場を凌ぐには必要不可欠。

 自分のズボラさ加減はよく分かってる。計画性の無さもだ。

 だからこそ、これは必要だ。我ながらアホらしいが、これも健全な生活の為だ。

 

 

「たまには料理でもしてみっか……?いやでもめんどくせぇな……カップ麺でいいか」

 

 

 台所にしまってある真新しい包丁とまな板を思い出し、一瞬考えるもすぐに切り捨てる。

 独り暮らしをしている人達は、労働後の食事という難題をどうやってクリアしてるのか。

 全員が全員俺みたいにいつも出来合いの物を買って食べているという訳じゃあるまい。

 謎は尽きない。ただ自分が食生活に無頓着であるという自覚だけが残る。

 

 

「今日はきつねうどんの……あっ、煮込むやつ買ったんだった。やっぱこっちに……ん?」

 

 

 ちょっといいインスタントうどんに水を注いで火にかけようとした瞬間、家のインターホンが鳴り響く。

 時計を見れば今の時間は20時半。訪問にしては少し非常識な時間だ。

 そもそも今の俺に家まで来るような友達もいない。学校にも通っていない、生きるので手一杯な生活ではあまりに当然だけど寂しいもんだぜ……。

 

 

「ったく、これから飯だってのに……はいはい、どちらさんで?」

 

 

 無いとは思うが、いつでも武器を取れるよう注意を払う。

 それ以外には大した警戒もせず、家のドアを開いた。

 

 それがいけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんはー、この間はどうもです。へー、やっぱりここに住んでたんですねー。狭いっ」

 

「……は?な、なんて?」

 

 

 そこには背の伸びたスーツの女性……泣き黒子が特徴的な、紛れもない『草薙向日葵』が立っていた。

 

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