ナインボール・イン・ア・ヴォイド 作:その辺の残骸
ハッキングが成功した。開閉信号に従い、隔壁が解放される。
中量二脚のアーマードコア「LOADER 4」はいつものように単騎で駆ける。
進路上に敵影はない。薄闇の奥、次の隔壁の向こうは解らないが。
火花を散らしながら滑走しつつ、道中の戦闘でマガジンが空になったバーストライフルを再装填する。
十数メートルの人型兵器に合わせた空のマガジンが放り出され、質量相応の音を通路に響かせる。
隠れていたサブアームが起き上がり、弾薬を満載した新しいマガジンを装填した。予備弾薬はまだ十分にある。
『間もなく中枢部です、警戒を』
強化人間C4-621あるいは独立傭兵レイヴンは、脳に直接響く友人(エア)の声に言葉なく頷いた。
LOADER 4のシートに座しているのは、灰色の髪の少女だ。
この上なく綺麗に整った、儚い印象の顔立ちに感情が浮かぶことはない。
黒を基調とした、完全密着型のパイロットスーツで浮き彫りになっている、洗練された肢体は戦闘に不要な要素を排除してある。
しなやかなで、かつ強靭であるように造形されていた。
素肌に直接着用する極薄のデータスキンに、四肢や局部に申し訳程度の装甲が施されただけのスーツであった。
年頃の娘なら羞恥心を強く刺激されてもおかしくないのだが、かつてC4-621という番号だけで呼ばれていた少女は、合理的以外の感情を抱いたことがなかった。
幻想的な造形美を備えながら少女は、心身ともに戦闘機械を構成する部品として作り直された存在だった。
首のコネクタにケーブルが繋がれ、機体と直結している。無機質なコクピットと相まって、どこか残酷な光景だった。
大口径機関砲を搭載した、ルビコンでは流通していないモデルのMTとの戦闘を最小限の被弾で切り抜け、広大な艦内通路を駆け抜けている。
恐ろしく巨大な艦だ。
艦内ネットワークに侵入してマップを取得してくれたエアのサポートがなければ、短時間でここまで辿り着けなかっただろう。
通路の中ほどに達する。ACの移動速度を鑑みても、長大な通路だった。
『隔壁の向こうに高熱源反応が二つ。待ち伏せではありません。こちらを待ち構えています』
エアの声音は緊迫していた。
この艦の主の意図が何であれ、レイヴンは全てを真っ黒に焼き尽すのみだ。
隔壁を解放する。貨物庫めいた広大な空間が広がっている。中央でACが二機待ち構えていた。
赤と黒のカラーリングの中量二脚、同一のアセンブル。
『データ照合――――やはりダメですね。旧式のACのようですが、一致するパーツはありません。
敵ACの性能は未知数です。慎重にいきましょうレイヴン』
友人に応えながら、レイヴンはブースターのスロットルを全開にする。
武器を構えつつ、先に撃たせて回避に専念した。
赤と黒のツートンカラーのACが右手に握っているのはレーザーピストルらしき武装。
それはマシンガン並みの発射レートで、高密度に圧縮されたエネルギー弾を吐き出してきた。
敵の手持ち武器は見た目より遥かに致命的だ。
そこに背面ポッドのミサイルによる攻撃が加わってくる。
LOADER 4が大きく弧を描く機動で二機の火線を切る。転倒寸前まで機体を傾け、高速でターンする。エネルギー弾の連射は振り切れたが、ミサイルがしつこい。
左腕の兵装、重ショットガンを向け、思考でトリガーを引く。
LOADER 4がショットガンの物理トリガーを引くことで最終安全装置が外れ、発射信号が伝わる。
発射音が虚しい空間に轟くより速く、ミサイルを全弾撃墜した。
散弾の弾速は音速を超えているため、発射音は着弾の後にやってくる。
オレンジ色に瞬いて咲いた爆炎に見惚れている暇はない。
アーマードコアの戦闘は高速であり、状況は目まぐるしく動くのだから。
LOADER 4はクイックブーストで右に滑ってから跳躍する。
足元を徹甲榴弾が通り過ぎた。跳躍のタイミングが一瞬遅ければ被弾していた。
正面に捉えた敵にライフルを叩き込む。有効射程距離で着弾させているのだが、有効打になっていない。
ACのように見せかけているだけで、相対している敵は装甲材からして別物だ。
側面に回ってきたもう一機の執拗な攻撃を躱して、重ショットガンを放つ。
側面側のACが散弾を回避して生じた隙を突き、正面側を撃墜にかかる。
アサルトブーストの加速でシートに押し付けられながら、レイヴンはショットガンからハンガーシフトで持ち替えたパルスブレードを展開。
斬撃でエネルギー弾の掃射を払いつつライフル弾を喰らわせ続ける。度重なる被弾に耐えられるほど装甲は硬くないようだ。
横薙ぎで振るわれたブレードを跳んで避け、ブーストキックで頭部を蹴とばす。
ACの質量と加速力は、機体そのものを強力な打撃武器に変えることができる。
着地するとクイックターンで180度の高速回転。621の視界で世界が廻る。
パルスブレードのエネルギーが突きる前に背後からジェネレーターを狙って一突きした。
機能停止した敵機を盾にして、残り一機のACのエネルギー弾の乱射とミサイルを防ぎながら距離を取る。
破損したACの行き場を失ったジェネレーターのエネルギーが破裂する。
爆発の向こう側から徹甲榴弾が次々に飛んできた。
驚くようなことではない。機体の敏捷性をフルに発揮した左右への切り返しで避ける。
レイヴンはセンサーと同調し、爆風で身を隠したつもりの敵ACに合わせてLOADER 4を疾走させる。
《お前たちは何故現れる》
ドッグファイトを開始した時、赤と黒のACから通信が入った。女の声だった。
621は応えない。ただ、真っ黒に焼き尽くすだけだ。
『敵ACは無人機です、艦内のどこかから中継された音声のようですが』
女の声には得体の知れないものがあった。レイヴンはルビコニアンの友人に大丈夫だ、と声を掛けた。
《なぜ邪魔をする》
レイヴンが相手の側面を取った時、再び女の声がした。
かつて別の誰かに向けた言葉を再び発しているようにレイヴンは感じた。
同時に敵の肩に描かれたエンブレムが見て取れた。ビリヤードという遊戯に用いるらしい、9が記されたボールを描いている。
無人機に描くにしては、妙に人間的な印象のエンブレムだった。まるでヒトの乗った機体に見せかける偽装のよう。
想いを巡らせた瞬間に、赤と黒の機体が大きく動いた。重ショットガンの致命的なダメージに装甲で耐えながら、その衝撃を利用して回転。
背面グレネードキャノンのバレルは既に展開済みだ。
徹甲榴弾が連射され、レイヴンが収まったコア目掛けて飛んでくる。
『レイヴンっ!』
エアの叫びが赤いパルスとなって奔る。回避は間に合いそうにない。
アサルトアーマーを起動。ジェネレーターのエネルギーを破壊的な嵐として解放する。
砲弾がエネルギーにより目の前で爆発。
パルスエネルギーの爆発半径に巻き込まれた敵ACも完膚なきまでに叩きのめされていた。
パルスエネルギーの残光を払うように機体をターンさせ、レイヴンは残身した。
灰色の少女は大きく息を吸って吐く。油断していた。
『新たな敵性反応はありません。レイヴン、ここまで強行軍でした。小休止にしませんか?』
エアの言う通りだ。
先日中央氷原に墜落した、この所属不明大型航宙艦に侵入してから、ノンストップで中枢まで進んでいた。
シートに深く身を預け、レイヴンは一瞬だけ目を閉じて体を休ませた。