ナインボール・イン・ア・ヴォイド   作:その辺の残骸

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熾天使

 

 遥かな昔、人類最大の愚行《大破壊》を生き延びた者たちに永遠の秩序と安寧を与えることが、"それら"の使命だった。

 

 企業、アーマードコア、それを駆る傭兵(レイヴン)を束ねるレイヴンズネスト。全てが機械仕掛けの神が手繰る駒であった。

 

 流血と闘争、夥しい屍の上に築かれた地下世界の平和は、しかし調停者たるはずのレイヴンによって打ち砕かれた。

 

 例外的な力と秩序を破壊する意志を備えた二人の傭兵は、機械から人間の時代を奪い返したのである。

 

 それから長い年月が経った。人類は再び混沌の中に放り出され、愚行を繰り返していたが、少しずつ版図を伸ばしていた。 

 地下から地上へ。そして火星へと広がり、やがては外宇宙へと。

 

 その全てを"それら"は観測していた。

 彼らのバックアップは、《大破壊》以前の技術の粋を以って建造された巨大な航宙艦で稼動し続けていたのだ。

 

 ヒトはいまだ愚かだが、地に満ちて強く賢くなった。

 

 機械仕掛けの神はもはや不要であると"それら"は結論付け、虚無を漂う終わりなき彷徨が始まった。

 全能の手は人類より離れて遠く久しく、しかし神の目は片時も休むことなく。

 

 鋼鉄の胎の中、数多のケーブルに繋がれた逆さ吊りの熾天使。

 その中に宿る意志達は偽りの神座に迫る侵入者に意識を向けている。

 

 ルビコン星系で巻き起こった動乱の結末は、"それら"の超越的な演算能力を持ってしても予想外の結末を辿った。

 二度の大火により、星系が焼き尽くされ、宇宙全てにとって災厄と成り得るイレギュラーは排除されるはずだった。

 

 しかし未来は覆された。封鎖は解かれ、占領者たる企業は灰と雪の大地から追い出された。ルビコン3の解放は決して許容できないステータスであった。

 

 その原因となった二つのイレギュラーが今、ルビコンを救うべく疾走している。

 惑星に艦を下ろしてからの流れは、思い描いたシナリオの通りだった。

 

 "それら"は熾天使の力をもってルビコンに火を招く。これは人類のための最期の聖務である。

 

 

 最後の隔壁が開き、エアの声がレイヴンの意識に響く。

 

『中枢制御コンピューターを確認。あれを破壊すれば外のMTは停止するはずです!』

 

 中枢ブロックは眩い照明に照らされている。異常なまでに広大な空間だった。

 巨大なコンピューターが最奥に鎮座して不気味な稼働音を奏でている。

 

 この空間はヒトの侵すべき場所ではないとでも警告するような稼動音を振り払い、武器を向ける。

 レイヴンの意志でLOADER 4は殺戮のプログラムを奔らせている機械を直ちに攻撃した。六角形の柱を七本束ねたコアユニットを破壊する。

 

『指令信号の喪失を確認――――ミッション完了ですレイヴン!』

 

 エアは「交信」により直ちに無差別攻撃を繰り広げていたMTの停止を確認した。

 

 喜ぶ友人に対してレイヴンは頭上から迫ってくる巨大なプレッシャーを全身に感じ、バーストライフルと重ショットガンを向けていた。

 

《企業、AC、そして"レイヴン"》

 

『この通信は一体!? 先ほどの女性の声に男性の声が重なって』

 

 ノイズ混じりの不可解な通信が再び聞こえ、エアは困惑した。

 レイヴンという名を口にする相手に対しても、621は揺らがない。

 

 灰髪の少女は戦いに向けて全身の力を蓄えていた。

 

《全ては私が造り上げたもの。荒廃した世界を、人類を再生する。それが私の使命》

 

 二機のACとの戦闘中に語り掛けてきた女の声と同じく、録音を再生しているようだ。

 

『発信源を特定しました! 上ですレイヴン、急速に接近してくる反応が一つ!

 高エネルギー砲撃が来ます回避を!』

 

 エアの警告の直後、巨大な光の柱が頭上から注いだが、レイヴンは直感的に後ろに飛び退いていた。

 

 天井にACが通り抜けられるほどの大穴が開いた。そこから舞い降りてきたのは、大型の人型機動兵器だった。

 

 赤と黒の装甲。これまで交戦してきたACを先鋭化させたようなシルエットだ。

 関節部は黄金色に輝く。背部には絶大な推力を発揮するであろうブースターユニット。

 

 両肩部には先端部が鋭く尖った大型バインダーが装備されており、レイヴンはそれに尋常ならざる脅威を感じた。

 

『あれは、天使――――?』

 

 コーラル変異波形であるエアでさえ敵の姿に神聖な畏れを抱いた。

 舞い降りたそれは単なる戦闘兵器ではないのだ。

 

 究極的な秩序の盾である熾天使は、只人どもを畏服させる御姿を与えられていた。

 

《力を持ち過ぎたもの》

 

 レイヴンを睥睨し熾天使が御言葉を紡ぐ。

 

――――修正プログラム最終レベル

 

《秩序を破壊するもの》

 

 エアを睥睨し、熾天使が御言葉を紡ぐ。

 

――――全システムチェック完了

 

《プログラムには不要だ》

 

 ルビコンに在る総てに対して、赤い御使いは殲滅を宣言する。

 同時に稲妻が瞬き、全周囲を護る粒子装甲が展開された。

 

――――ターゲット確認、排除開始

 

 熾天使、赤い御使い、ナインボール=セラフ。

 

 かつて人類を守護し導いてきた機械仕掛けの神の最も強力な使徒は、プラズマ噴射の翼で羽ばたき、縦横無尽に空間を舞う。

 

 超音速で飛翔する熾天使からの神罰が、光の刃とパルスエネルギー弾の嵐の形で具現してなおレイヴンは神を畏れない。

 

 強化人間C4-621。殲滅者たることを望まれて造り出された灰髪の乙女。

 その意志が神経直結コネクタから機体へと光の速さで奔る。LOADER 4は敵機を殲滅するべく駆けた。

 

 ナインボール=セラフに宿る意志の一つ。

 女のペルソナを持っていたそれは、相対するイレギュラーの姿に、かつて熾天使を滅した黒いアーマードコアを幻視していた。

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