ナインボール・イン・ア・ヴォイド   作:その辺の残骸

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アセンション

 

 環境汚染性質を持つ粒子による球形装甲を纏ったナインボール=セラフは、粒子の性質により慣性を無視しながら大推力で飛び回り、あらゆる形の神罰を神敵たるイレギュラーに下す。

 

 両腕の大出力レーザーブレードを振るうことで放たれる光波、指の砲身から発射される集束電磁パルスの光弾。

 大型戦闘機めいた高速形態に変形しての突撃とハイマニューバミサイルの弾幕。

 さらにはレーザードローンによるオールレンジ攻撃。

 

 それら全てがACを容易く破壊する威力を持っていた。

 

 単純に高速で動き回り、火力を叩きつけているのではない。

 これまでレイヴンが交戦してきた、どのパイロットも上回る戦闘技術で制御されている。

 

 アーマードコアの兵装は熾天使に比べれば、遥かに非力だ。しかし、レイヴンという規格外が振るえば、神殺しの刃となる。

 

 ヒトの可能性と意志を表現するカタチ、それがアーマードコアというマシンの本質であるのかもしれない。

 

 攻撃を潜り抜け、人知を超えた戦闘機械の機動と演算能力の隙を突き、射撃を命中させていく。

 

 粒子装甲に重金属の徹甲弾を撃ち込んで減衰させ、弾を貫通させることで、眩い輝きが不壊の神鎧でないことを証明する。

 

『レイヴン、私には貴女を見守ることしかできません』

 

 エアは友人を助けることができない己の無力を呪った。

 

 Cパルス変異波形である彼女の知覚でも追いつかない速さで熾天使と灰色の乙女は戦っている。

 

 レイヴンは瞬間移動めいた速度で位置を変える熾天使を視界に捉え続けている。

 

 しかし、灰髪の少女の呼吸は荒く、苦し気だ。繊細な肢体を浮き彫りにする密着型スーツの下で、強化された肉体が極限まで酷使されている。

 

 加速度が10Gを下回ることは一瞬たりともない。被弾を最小限に抑えるにはそれだけの速度が必要なのだ。

 

 規格外の存在、レイヴンをもってしても、赤と黒の大型機動兵器は手強い相手だった。

 

 パルスアーマーを高出力させたような防御フィールドは集中攻撃で貫けるが、本体の装甲も並外れて強固。

 

『敵機胸部に超高エネルギー集束、来ます!』

「――――ッ!」

 

 エアの警告を受けて、弾かれたように回避運動を行う。

 

 滞空する熾天使の粒子装甲が薄らぐ。眩い緑色の輝きが胸部コアから露出した砲身に集まり、白へと変わった光の奔流が横薙ぎに放たれる。

 

 クイックブーストで右に跳ねつつ、アサルトブーストを点火。

 側面を晒しながら、敵を中心に円を描くように高速飛行するLOADER 4に追い縋る滅殺の光帯。

 

 熾天使が放つ光帯との距離は数メートルほど開いているが、それでも放射熱により装甲が溶けていく。

 

 装甲が融解しきる前に最後のリペアキットを使って修復する。深刻な損傷を受けてからでは間に合わない、今が使い時だった。

 

 左手の重ショットガンは熾天使に向けてある。

 粒子を用いた攻撃中のために粒子装甲が薄れているこのタイミングを狙って散弾を放とうとするが。

 

『レーザードローンが来ます! 迎撃を!』

 

 機体をバンクさせ、回転しながら咄嗟にショットガンを向け直す。

 エアが寄越してくれた位置情報を頼りにトリガーを引く。散弾が光帯の下から迫っていたドローンを撃墜する。 

 

 さらに身を捻り、ライフルのバースト射撃で敵の本体に多少の損傷を負わせた。

 

 警告がなければドローンのレーザーを浴びていた。エアのサポートに感謝しなければならない。

 

 熾天使が飛行形態で飛び回っている間は、攻撃は殆ど当たらない。

 ライフルで白煙を曳くミサイルの雨を撃ち落しながら、闘牛士めいた動きで突撃を躱す。

 

 同時にクイックターンをかけ、パルスブレードによる斬撃を浴びせた。

 

 電磁パルスによる高周波で物体を破砕するパルスブレードは、その原理から防御が難しく、質量比の威力に優れる。

 

 粒子装甲が切り裂かれ、薄緑色の刃による直撃を浴びた熾天使であったが、装甲は分子レベルの破砕に抗い、ブレードを弾き返した。

 

 天使の姿を取り戻すと、音速での切り返しを行ってレイヴンを翻弄する。

 

 すぐに反撃に転じないのは、レイヴンがアーキバスの置き土産であるスタンニードルランチャーを惜しみなく発射しているからだ。この帯電ニードル弾は粒子装甲とセラフ双方に許容できない損害を与える。

 

 三発目のスタンニードル弾を避け、パルスキャノンを向けて攻撃を開始しようとしたその時。

 熾天使の右手が弾けた。続く重金属の散弾が右腕そのものを全損させ、赤と黒の巨体は大きくバランスを崩す。

 

『敵特殊兵器の損傷を確認! レイヴン、今の爆発は貴女が!?』

 

 高みにある天使を墜とすには、その翼を捥げばいい。

 

 レイヴンは、赤い御使いの粒子装甲の一点を狙ってバースト射撃を行い、指の砲身に砲弾を送り込んでおり、それが爆発を引き起こしたのだ。

 

 最低速度が亜音速という御使いの未来位置を予測し、一点を狙撃するという神の如き業であった。

 

 パルスブレードの斬撃で粒子装甲が大幅に減衰していたこともあり、砲弾は見事に役目を果たしたのである。

 

 外宇宙にまで広がった人類文明の未来を予知可能な処理能力を、たった一機ACの排除に注いでいる"それら"であっても、予想できなかった攻撃だった。

 

 イレギュラー、例外、黒い鳥。吊られた男が愛した、不可能という神を殺す人間の可能性。

 それが再び熾天使の前に叩きつけられたのである。

 

 LOADER 4は猛撃する。片腕となったことで生じた死角を突く。

 

 片側のバインダーユニットを喪ったことで粒子装甲の出力が弱まっており、赤と黒の装甲に弾痕が刻まれ、度重なるブレードの斬撃が深い傷を残した。

 

 光波を回避するべく中枢制御コンピューターの亡骸を蹴り上げて跳び、レイヴンはアサルトブーストで突っ込む。

 熾天使がレーザーブレードを発振させ突撃を迎え撃つが、ACはこれを躱してそのまま通り過ぎる。

 

 絶妙なタイミングでターンをかけて、スタンニードルランチャーを発射。

 

 勢いをつけて腕を振るったため、赤い御使いの次の動きは遅れていた。背部大型ブースターユニットに帯電ニードル弾が三発突き刺さる。

 

 電撃を浴びて致命傷になる前にセラフはブースターをパージ。

 降下しながら残った片手でパルスキャノンを放ってレイヴンを寄せ付けまいとする。

 

 天空を己の領域としていた翼を喪った人型兵器の動きはアーマードコアに酷似するようになっていた。

 

 片側のユニットだけで展開した粒子装甲はバーストライフルとショットガンで削り取られていく。

 

 スタンニードルランチャーを構え、発射する素振りを見せるレイヴン。回避のためにステップするセラフ。

 

 しかしランチャーは発射されずパージされた。フェイントをかけつつ、身軽になったLOADER 4は、稲妻めいたジグザグ機動で間合いを詰める。

 

 左腕の武装をパルスブレードに切り替えつつ、バーストライフルの最後のマガジンを使い切る。

 

 ウォルターが621のために用意してくれた黒いパイロットスーツは、灰髪の少女を殺人的な重力加速度から守り抜いた。

 

『敵機ダメージ限界に近づいています! 決着を、レイヴン!』

 

 レイヴンはしなやかな肉体を機体と一つにしながら、パルスブレードを振るう。

 

 一撃、二撃。熾天使を確かに捉えた斬撃が駆動系にまで響いて自由を奪う。

 

 それでも墜ちない。スタッガーから復帰したセラフはLOADER 4を蹴り飛ばし、左腕のレーザーブレードから光波を放とうとする。

 

 それよりも速く、眩い光が熾天使を包んだ。ACのコアが開放され、放出されたパルスエネルギーの嵐だ。

 アサルトアーマーによる衝撃波は赤と黒のツートンカラーの装甲を引き剥がした。

 

 弾き飛ばされ、壁面に叩きつけられる人型特殊兵器。なお立ち上がろうとするが、機体の各部が火花を放ち、部品が脱落していく。

 

 神威を剥ぎ取られた今、熾天使は破壊された戦闘機械に過ぎなかった。

 

《生き残るがいいレイヴン。我らとお前、そのどちらが正しかったのか。

 お前にはそれを見届ける権利と義務がある》

 

 "それら"は朽ち果てながら、機械仕掛けの神の遺言を再生する。

 同時に動力部からは暴走したエネルギーが溢れ、破滅的な爆発を起こそうとしている。

 

『脱出しましょう、レイヴン!』

 

 エアに促され、レイヴンは全速力での離脱を開始する。

 

 かつて殲滅者に伝えられなかった言葉。記録ではない、『彼女』の言葉が少女の背中に送られた。

 

《レイヴン――――後はお前の役割》

 

 その言葉を最後に"それら"は虚無へと転がり落ちたが、ラナ・ニールセンはこの星の人々に託すべきモノを届けることができた。

 

 

 自爆シーケンスにより崩壊していく艦から逃れている最中、ACのCOMに膨大なデータが送信されてきた。

 

『このデータは!?』

 

 エアは事象そのものと、データの内容双方に驚愕していた。

 

 データは艦のサーバーから送られてきている。それはエアとレイヴンの望む未来を夢想から現実へ変えるかもしれないモノだった。

 

 熾天使との戦闘で著しく損傷しながらも、LOADER 4は脱出に成功した。ブースターが限界に達して、雪原に滑り落ちる。

 

 衝撃と心身の疲労を物ともせず、レイヴンはコクピットハッチを解放した。

 機体と繋がってない状態は大きなストレスとなるが、それでもレイヴンは自らの目で見届けたかった。

 

 雪原の白に灰髪の少女が纏う黒のコントラストが映える。

 

 崩壊した巨大な航宙艦の中枢部から光の柱が天高く昇っていく。

 それは熾天使の昇天であった。天から下ったモノは、天に還るのだ。

 

――――生き残る、必ず

 

 昇天する天使達に宣言する少女の赤い瞳。レイヴンの決意が揺らぐことは決してない。

 

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