【ギルド総本山/中腹/工房倉庫 [現地時刻 朝]】
朝日が昇って、裏庭が照らされ、扉の隙間から光がひろがっていきます。
床に影をのばすのは、ボルトと、ナットと、電子基盤となっています。
「もう、そんな時間かニャ」
影に気づいて、火がついた油皿をゆらすのは、汚れた肉球です。
「とりあえず、いったん切り上げましょう」
視線を下にさげて、赤金髪少女は答えました。
視線を上にあげて、娘娘猫さんは言葉をかけてきます。
「足と、右腕しか動かないけど、本当に大丈夫かニャ?」
「十分ですよ。最悪、強化魔法で動かそうと思っていましたから」
二人が見上げるのは────戦鋼です。
木枠に固定されて、片膝をついた状態で鎮座しています。
左腕はなく、カメラが壊れているので、正面装甲には覗き穴がついています。
「せめてニャが昔弄っていた、人形があればニャ」
「そんな重要そうなことを今更言わないでください」
「いやニャもさっき思い出したのニャ」
「なら今から探します?」
「いいニャ。どのみち借金取りにもってかれたのニャ」
「ならもう、金属の延べ棒にでもなってそうですね」
ため息を1つ吐いた後、私は工具を片づけていきます。
床に飛び散っている油は……娘娘猫さんが拭いてくれてますね。
「助かります」
「これぐらいお安い御用なのニャ」
最後に扉を閉じてから、工房でほね休めをします。
◇
【ギルド総本山/中腹/工房 [現地時刻 朝]】
工房には、大きな瓶が3つ増えていました。
私は鉄のコップですくって、水をのどに流し込みます。
娘娘猫さんも、こくこくとコップを傾けています。
「水がおいしいですね」
「確かに、おいしいニャ」
「分かる。おいしいわよね、体に沁みるわ」
ふと、ふりむくと、ふんぞり返っているツインテールの少女がいます。
バケツに水をすくい取って、浴びるように飲んでいるのは、ツインテさんです。
「いつの間に帰ってきてたんですか……」
「さっきぶりに帰ってきたわよ」
そんな彼女は、妙に高そうな敷物を、尻にひいて、一服しています。
よくみると、床の木板が黒くなって、ジリジリと音を立てています。
「ニャン子、追加の水」
「ニャ、それはお客様用の水であって、ニャたちがガブガブ飲むものじゃないのニャ」
「うっさいわね、功労者なのよ、もっと敬いなさい」
「それを言ったら夜な夜な直してたニャ達だって功労者なのニャ」
「あー、ニャーニャーうるさいわね。今、頭が死にそうに痛いんだから、分かったわよッ」
ふて寝をするように、敷物を頭にひいて、倒れこむツインテさんです。
今度は床から焦げ臭いにおいがするのですが、これは大丈夫なのでしょうか。
「ちなみに、キイロニャも二杯目以降は有料ニャ」
「えっと、そんなに大事な水なんですか?」
「今度、お客様が来たときようの水ニャ」
娘娘猫さんは、誰かを想うように、声をだします。
「ふふ、いいですね」
「そうなのニャ。それにこれが終わったら、すぐに武器だって作っちゃうのニャ」
「では、最初のお客さんは「あっつうう!」────はい?」
ふと気づくと、視界が白い煙で包まれています。
「ニャン子ッ、水、早く水ッ」
「いやいや、ツインテさん何を────水うっ!」
「だから水はお客さん用────み、水ニャッ!!」
床から激しく出火している炎。
天井に達しそうな煌めきをおびた炎です。
それは息をのむほど美しいですが、見とれている場合ではありません。
「キイロ、そこの瓶の水、全部かけなさいッ」
「分かってますよっ」
「ニャも手伝うニャッ」
瓶が割れるのもお構いなしに、水をかけ続けますと、労力のかいあってか、なんとか火は消えます。
代わりに、水浸しになった床で、3人の少女達は倒れ込みます。
「ツインテさん……今度から、火の元なんて持ち込まないでください、よ」
「分かってるわよ……まさか、発火するほどキレるとは思わないじゃない」
「ニャ……終わりニャ、お客様用の水がにゃくなったニャ」
「また買ってきましょう「皆、ちょっと不味いことになった」─どうしました、ギルド主任?」
工房のドアを蹴り飛ばしたのは、紫美人なおねーさんです。
彼女は息が切れるのもおかまいなしに、二の句をつげます。
「────決勝戦が明日に延びたッ!」
おもわず耳を疑ってしまう私と、ツインテさん。
当然です。事実ならば、ここまでの努力が無駄となってしまうのですから。
「そ、それの何か問題なのニャ?」
「いいニャン子、キイロの返済期限は今日の夜までよ」
総金貨1500枚の借金。支払い期限は13日間。
正確には金貨600枚の支払日ですが、その金額すら途方もないモノです。
「冗談ではないんですね」
「会場にこれでもかと告知してあったわよ」
理由単純。コロシアムの障壁が直りきらなかったから。
ですがこのタイミングでの告知。疑わないほうが無理というものでしょう。
「どうする妹ちゃん?」
「私は受け入れますよ」
言葉はすんなりと出てきました。
以前の私ならカチコミでも仕掛けていたところ。
ですが、人生を急ぐだけでは駄目、とゴンスさんに言われましたからね。
「ですが、ただ受け入れるだけ、というのも性にあいません」
決断を1つ。
「ギルド主任、お願いがあります」
「妹ちゃんに化けても、借金の期限まではごまかせないわよ」
「いえ、武器を一本貸して貰おうと思いまして」
「武器を……はぁ、早めに返してちょうだいね」
ギルド主任は察したように、小さな槍を貸してくれます。
懐に入れますと、問題なく隠せる小ささで。
振ってみると空気を切り裂くほど鋭利です。
「待ちなさい。アンタ何をするつもりなのよ」
「借金を減らす為に、殺ってきます」
「……ッ。ちょっと待ちなさいよッ」
ツインテさんは、私の肩を握り、服が皺になるほど引っ張ります。
「止めないでください、ツインテさん」
「止めるわよ、アンタに殺人なんかさせるわけないでしょッ」
静まりかえった空気。彼女の力が増しますが、私をとめるには十分ではありません。
ツインテさんと私の視線が交差します。
「────悪いでちが、行かせないでちよ」
嫌な予感?とばかりに槍を握りこみますが、気づけば折れている槍の穂先です。
「全く大会に負けて、何をしているのかと思えば暗殺計画でちか」
「マウスガールさん・・・すみませんが、止めないでください」
赤髪の幼い少女は、ゆっくりと首をふります。
「駄目でち。私が来たのはキイロ来来を拘束するため」
「私を捕まえる?」
「そうでち。借金踏み倒しの重犯罪としでち」
「まだ1日あります」
「期限はちょっと誤魔化して貰ったでち」
急に、視界が歪みます。
「頭が、焼けるように熱い・・・」
「悪いでちが、キイロの借金の書類は抑えさせて貰ったでち」
「強制的な契約変更……マウスガールちゃん、一体何を犠牲にしたの」
「体の一部ぐらい安いものでちよ」
体は完全に動けなくなり、床に這いつくばるような姿勢になります。
「全く、最後までひやひやさしてくれたでち────本来は魂状態のまま封印するはずだっのに、勝手に蘇生して、なおも活動とかふざけるのもいい加減でち」
マウスガールさんがジト目で見るは、ギルド主任となっています。
もちろん彼女は何食わぬ顔で、マウスガールさんを見ます。
「いやー、そっちの方が面白いかと思いまして」
「そんな事だろうと思ったから、私が動くハメになったんでちよ」
顔は笑ってますが、口調は冷ややかなギルド主任です。
それはまるで、自分が誰かの命令で蘇生をおこない、私を復活させたといっているようなものですね。
「マウスガールちゃん、それは皆の総意なのかな」
「死にたくないという気持ちは、皆一緒だと思ってるでち」
言葉を聞いてギルド主任は口を閉ざします。
マウスガールさんが見つめるのは、口しか動かせない私です。
「これで私たちは平穏でち」
「なんで、こんなことを……」
「これはキイロがこの街を訪れたときから決まっていたでちよ」
「そんな馬鹿な」
「キイロの危険性は、冒険者登録をしたその日から、分かっていたものでちから」
「私の危険性……?」
「その体に含まれる多数の運命は、すでに予知できる限界こえつつあるでち」
「私、の運命。何を言っているんですか」
拳を握ろうにも力が入らず、せめて疑問だけでも晴らそうとします。
「人は運命に縛られる生き物でち。だけどキイロは運命を選択できる────」
薄れる視界に映るのは、青いひかりを放っているマウスガールさん。
「────そして、それに呼応するように、他人の運命が変わっていくのは、少々悪質がすぎるでち」
完全に気絶した私。
のちに現れた聖女直属の冒険者たちは、私を工房から運びだし、ギルドにある牢にぶち込んだそうです。
幸いな事に、反発しようとした娘娘猫さんとツインテさんはギルド主任が抑えてくれました。
これにて、キイロ少女の冒険は終了───といきたいのですが、
「うん、これはニャ?」
マウスガールさんは見落としました。
運命を信じているなら、真に止めるべきは、私ではなく、小さな獣人だったハズです。
「汚れた布切れニャ?」
工房の焼けおちて、灰が積み重なった山のなか。
小さな肉球が、手にした旗が────きらりと輝きます。
ここまでよんでいただきありがとうございます
誤字脱字報告があると作者が喜びます。