【ギルド総本山/コロシアム/一般席 [現地時刻 昼]】
試合場と観客席には、魔法障壁があります。
前回の獣王戦で破壊されて、修復された障壁は、揺るがないモノへと生まれ変わりました。
聖女様のお墨付きもありますし、徹夜で仕上げたギルド技術部もニッコリ。
観客席で勇者バーガーをたらふく食い、明日の休暇を考えて────
「────こ、これはァ! 思わず耳を塞いでしまいそうな轟音ッ!!」
そんな障壁が、激しく揺れています
観客は青ざめ、眼を覆い、見るのを諦めた観客もいます。
「────もはや、一方的な蹂躙といってもいいでしょう」
障壁内部で残念そうな顔をしているのは、獣王。
ヘンテコな鎧のゴンスさんは、壁に叩きつけられ、沈黙しています。
◇
【ギルド総本山/コロシアム/貴賓席 [現地時刻 昼]】
戦場を、障壁だけではなく、最上階の窓ガラスを通して見ている、少女2人がいました。
遠くから見てますから、彼女達の言葉もどこか、他人事のように聞こえます。
「一方的でちね」
「あら? 私はそうは思いません」
ガラスに映っているのは、小さな少女と、大きな少女。
小さな少女こと、マウスガールさんは、試合を見しています。
大きな少女こと、クイーンさんは、試合の後のことを見ています。
「ふーん、ならクイーンはどう見るでちか」
「私としては、早く試合を始めて欲しい、といった感じですね」
「それ、どういういみでちか」
「私としてはそのままの意味です」
「ちっ……いつもみたいにもったいぶらずに言うでち」
「なら私的には、彼女に聞くといいですよ」
クイーンさんの手は、離れた位置にいる
マウスガールさんは、歯を食いしばっている私に、あきれた視線をむけてくれます。
「なら、どう思うでちか。そもそも試合を見れていないキイロでちは」
「どうもこうも、こんなの────」
ゴンスさんは障壁に、再三叩きつけられます。
獣王は、息をつくことなく、拳圧を飛ばし、障壁に四度目の衝撃を鳴らします。
一方的な蹂躙。誰もが悲観的になり、下をむく観客が多かろうとも、それを応援する猫がいます。
彼女は、すでに輝きが失われた旗をふり、なおも声を出すことを止めません。
「────見て、られませんよ」
頬に涙がながれます。
己の無力さが悔しい。私が思うことはただそれだけです。
「当然でち。奇跡を起こそうとも、キイロがいなければ何も成しえないのは、見えてたでち」
「それは私としてはそれでは少しだけ困ってしまいますね」
私に1歩分だけ距離をつめるのは、クイーンさんです。
「平穏に終わるのは構いませんが、私としては停滞されるのが一番困るのです」
星の余命は短いですから、と小さく呟きながら、彼女は2歩目を踏みだしています。
「掲げられた旗は、彼の為だけではありません」
「クイーンはこちら側の人間でちよね......」
「あなたにも届いたハズですよ」
3歩目にして、私の真横に立っている、クイーンさんです。
「なら......囚われている私にどうしろって言うんですかっ⁉」
「私としては、それは勝手にあなたが思っているだけ、でしょうか」
「私が、思っているだけ?」
「ええ、走ることも、止まることも必要ですが、重要なのはどう知恵を使うかですよ」
私は、私の足に視線を向けます。
足への魔力はうまく回らず、いつものように快足とはいきません。
「ちょッ、クイーンッ、ようやく効き始めた意志を縛る命令を破らないで欲しいのでちッ!」
「私としては、こっちの方が面白いと思うんですが」
「面白さで私達の計画をひっくり返さないで欲しいでちッ!!」
ですが、私の足はまだ動けることに気づきます。
腕だって、動くのに私はなぜ弱気になっていたのでしょうか。
「ならば、いかねば────いけませんよね」
気づけば、拳を振り上げていました。
「────馬鹿なことは止めるでち、魔力を禁じる」
同時に蹴り飛ばすのは地面。
ただ拳を力ませ、おもいのまま叩きつけるのは、正面のガラスです。
「んでちっ! ガラスとは言え、ただの拳で砕くでちか!!」
「うーん、私としても見事としか」
「クイーン、感心している場合ではないでちッ!」
外へ飛び出していく私を、止めようとするのはマウスガールさんです。
手は間に合わず、ならばと彼女は命令を口にします。
「ちッ、キイロ────動くことを禁じる」
「視界がまたですかっ!」
契約による命令。
意思があればある程度は反発できますが、ある程度しかできません。
着地すら危うい私の足。そんな足を無茶苦茶に動かして、障壁に向かおうとします。
「私はいかないと、いけないんです、よ」
「いけないでちよ。そこで大人しく這いつくばって、結末でもみまもるでち」
上から降りかかる声も気にせず、足を────足が動きません。
ならばと身体をひねり、這いつくばって進みます。
「クソ、クソ、クソっ」
「どうした嬢ちゃん、こんな所に落ちてきて」
「お願いです、見知らぬ冒険者さん────私を、どうか、あの場所にっ」
既に動くのは口のみ。
身体の感覚もあやしくなってきましたが、まだ動く部位はあります。
「あの場所って、嬢ちゃん一人がいってどうにかなる試合でもねえだろ」
「してみせますよ、今度こそは」
「今度こそは? いや待て、アンタその顔は」
「ですから、早く「どうにもできないでいちよ────意識を禁じる」────く、頭が」
命令が脳に響きます。
私の身体は、糸が切れたように倒れ込み、意識は闇に。
にもかかわらず、彼女の手は、未だに前に進もうとしていました。
「まだ動くとか、気色悪いでちね」
そんな手を踏みつけるのは、マウスガールさんの足です。
「そこの冒険者、彼女を運ぶのを手伝ってほしいでち」
「それはいいんだが、その嬢ちゃんはゴンスの嫁というか……」
「気にすることはないでち。今ではただの借金まみれの奴隷でちから」
早くしろと言わんばかりのマウスガールさんの顔です。
ですが冒険者は、手伝うどころか、じっとしたまま動きません。
喉元がごくりとうなり、手が震えている様子。まるで宝物を発見したかのようです。
「────じゃあ、もしかして、この子が本物の、ゴンス」
「────はァ? そうでちうけど、そんなことはいいから早く運ぶでち」
余計な一言をいいましたね、彼女。
これだから未来を見ている連中は、今に足元をすくわれるのです。
だって、なぜ冒険者が止まっていたのか。そして彼らが何を求めているのかを理解しようと、すらしないのですから。
「やっぱりそうだ。ギルド闇派閥の連中が血眼になって探している少女はコイツだ」
「アイツら下級の俺らにも聞き回ってたからな」
「マジかよ。ホントにあの鎧を少女が動かしてたのか」
「マジだって、俺は地下で見てたんだからな」
小さな騒ぎは、気づけば会場内に大きく広まっていました。
同じように倒れている私の周りにも、冒険者が集まってきています。
「悪いが赤髪の嬢ちゃん、この少女はもらっていくぜ」
「なにをいっているでち、この奴隷の所有者は私でちよ」
「見りゃ分かる。だからこうするのさ────」
彼のポケットから取り出され、弾き飛ばされるのは、輝く硬貨。
「────ゴンスに銀貨1枚」
銀貨は、気絶した私の手元にゆっくりと転がります。
そしてそれはチャリンという音と共に、虚空に消えていきます。
「借金がわずかに、減った、でちか」
「まっ、俺一人ならこんなモンだろうな」
満足した冒険者は、お前らはどうするとばかりに、周囲の冒険者に笑いかけます。
周囲の冒険者は、もちろんとばかりに、ポケットに手を突っ込みます。
「なら、あっしは銅貨2枚」
「おいおいシケてんな、俺は銀貨3枚は出すぜッ」
「なら俺は金貨1枚だな」
「正気か? なら俺だって金貨1枚だ」
続々と投げ込まれていく、硬貨たち。
ひとつひとつはたいしたことの無い額。
ですがそう簡単には止むことのない、輝く硬貨の雨が降り注ぎます。
「な、なんのつもりでちか」
「どうもこうも、ただの掛け金だよ」
最初に投げた冒険者は、当然の口ぶりでいいます。
「いいか俺達はな、この会場で塩試合を見に来たんじゃねえ────魂が揺さぶれるような戦いを見に来たんだ」
本心は簡単です。
大会の決勝戦は早期の降参で終わり、その後のリターンマッチですら、この一方的な試合です。
満足できない。
別に戦場に立っているのが俺でなくてもいい。
だからせめて、俺らが出来ないような、そんな戦いを望む。
そんな気持ちが、冒険者達を突き動かしたのでしょうか。
「だから奴隷の少女を解放するでちか……正気ではないでちね」
「構わねえよ。俺が満足できるなら、悪魔だろうと戦わして見せるさ」
「だから、この手の連中は信用できなのでち」
すでに命令の効力が薄くなっているのを感じ取る、マウスガールさん。
もちろん、後ろでゆっくりと、私が立ち上がるのも気づいていることでしょう。
「あとはまかせたぞ、ゴンスの嬢ちゃん」
「いいか、お前のせいで散々負けちまったんだから、最後まで勝てよ」
「別に負けてくれてもスッキリするが、そんときゃ金は返して貰うからな、絶対踏み倒せよ」
皮肉が混じった声援がだんだんと遠くなっているのも、彼女には分かっているハズです。
ですから、最後に彼女は負け惜しみと分かっていても、こう言わざるおえません。
「む、無駄でち。もう試合は始まっているのでち、障壁が、」
ええ、そうですね。コロシアムの障壁は、試合開始とおなじく何人を阻むモノとなります。
それは奇しくも“絶対障壁”と似たような性質を持ったモノです。
「例え奴隷から解放されても、例え動けるようになったとしても、その障壁1枚だけはッ「だからアタシがいるんでしょうが」────うッ」
ですので彼女が、ツインテをゆらした少女が、障壁の前にいます。
「ふふっ、今回は手伝ってくれるんですか?」
「言ったでしょ、今回はきっちり協力してやるって」
「にしては登場が遅かったりしません?」
「うっさいわね。こっちはこっちで、魔粒子をあつめるのに必死だったのよッ」
黒髪のツインテールを束ねていた、ひもが解かれます。
髪に蓄積されていた魔力があふれ出し、空間をゆらします。
空間さえも塗り替える魔力は、禁止されているルールすら破り、一瞬だけの奇跡を起こします。
「───時空魔法、発動」
障壁が破られるのではなく、障壁を無視して、隔てた1点が繋がるのは一瞬。
ですが、一瞬あれば、私にとっては十分すぎるぐらいです。
「勝ってきなさいよ、馬鹿」
「もちろんですよ、ツインテさん」
私は障壁を越えて、戦場に転がり込みます。
正面には、それを待ちわびたように、満開の笑みを浮かべる、獣王。
「第二ラウンドのゴングとか必要ですかね?」
「不要だ。貴様と俺の仲だろ」
数秒後、障壁を貫くような暴力的な轟音が、開戦の合図となりました。
観客は固唾をのんで見守り、ようやく始まりましたかとクイーンさんは笑っているのでした。
余談(ギルド主任&龍ねえ)
「あららー、会わなくていいのー、お姉ちゃんは」
「バカ、こういう時に人外が出しゃばってみろ、風情とかが台無しだろ」
「そんなことを言って、金貨100枚も投げちゃってー」
「うるセえ、お前モ似たような額を入れてただろ、アホ主任が」
「私のは見物料よ、けんぶつ、りょう♡」
「どこが見物だ、ゴリゴリに手を加えてたダろ、どうせ」
「いいじゃない、闇派閥が動いたって、そしてそれを彼女が知らなくても」
「聖女の守護連中にも顔が利クとは、これだから腹黒は」
「まっさかー、今回は、私以外も頑張ったって話じゃないのかしら」
「本当かヨ?」
「本当よ、って言っても信じないでしょうけど」
「信じるサ、ウチの妹が関わっているからナ」
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