【前線基地/格納庫 [現地時間6:25]】
周囲が燃えていても、整備員達はレンチとドリルをもって戦鋼の整備を行います。
黒髪少女は未だに思考の海の中。
その様子を呆然と見つめています。
「前面装甲が足りねぇよ」
「おい、壁引っ剥がしてこい」
「そんなので守れるわけねえだろ」
「無いよりマシだ、ボケがッ」
現実に思考が戻ってきたころには、戦鋼の整備は終わっていました。
正面装甲は塞がれ、左手は簡易的に修理され、機体のエラーも少なくなっています。
乗り込んだ操縦席には、応急処置で衝撃吸収材が貼られていました。
「いいか、戦鋼は動くが無茶はしないでくれ」
正面装甲を確認しながらも話す、整備員。
「でも、まだ敵はいますけど」
「なら、全部倒した時に壊れる感覚で動かしてくれ」
んな無茶な、と思いながらも頷いておきます。
左のレバーを引き、左手の動きを確認。
何よりはマシな動きです。
「それで、どうすれば?」
「外のゴブリン共の討伐を頼む」
「外ですか」
格納庫外。壊れたシャッター扉から覗く景色は、炎で明るく、黒い影が幾多も見えます。
ゴブリンの数は数十というところですか。
「安心しろ、鬼殺し教官も外にいる」
「いえ、別に怯えている訳では「ドガンッ」────ぐっ」
格納庫内の散乱物を突き破り、壁に激突することで、飛んできた飛翔物はその姿を見せます。
「攻撃ですかっ────」『────いや、
脳内の幻聴の冷静な声。
よく見ればそれは青く塗られた、教官仕様の戦鋼。
「鬼殺し教官ッ!!」
「ちッ、退け。責任が取れんッ」
聞こえるは切羽詰まった、教官の声。
何があったは戦鋼の損傷が物語っています。
「そんな、ボロボロの機体で」
「少し焦げただけだ、心配ないッ」
全身いたるところが黒く焦げており、各部からは火花が飛び散る教官の戦鋼。
手に持っている、戦鋼用の剣は、刀身が真っ黒でした。
「鬼殺し教官が手こずるほどの魔物という事ですか……?」
基地内部まで、そんな魔物が────あれ、そういえば教官は外に行ったと。
(基地内部で戦闘を? それよりも格納庫の先は)
真っ赤。格納庫の先は赤く、黒く染まっていました。
無機質な壁も、普遍的な調度品も、何もかもが。
「修理はいい、ヤツがくる」
「大丈夫ですよ。そんな部品もないですから」
「なら下がっておけ」
「冗談を。後ろも地獄ですよ」
整備員と鬼殺し教官は愉快なやり取りをしていますが、それどころではありません。
私の目と、耳は、“奥に”囚われていました。
漆黒。輝く黒。暗黒。例えはさまざまありますが、
適切なのは、その敵は“ドス黒い赤に染まったいた”でしょうか。
「ばけもの……」
黒い鬼が、奥から私を覗いていました。
◇◆◇
【前線基地/格納庫 [現地時間6:30]】
徐々に穴の奥から現れた、黒い鬼は明瞭になっていきます。
鬼にみえたのは、武者の甲冑。
角の生えた鬼仮面は、妖しく笑い。
手にもつ刀にはぽつぽつと液体が滴っています。
(戦場には似合わない装備ですね)
機械と魔法が戦場を支配する中、鬼の装備は古典的な格好に見えました。
鬼は仮面を揺らし、こちらを笑います。
「肉付《にくつ》きの群れか。大量だな」
不敵に喋りだすは、人の言葉。
(言葉を話した?)
『東方の
「これがナビィの言っていた黒幕ですか」
『ああ、予想の中でも“最悪”の部類だ』
「具体的にはどの辺が」
『私でも知っている
幻聴曰く、大半の東の狩り人は滅んだそうです。
ですが生き汚い連中が逃げ、復讐の機会をうかがっているとか。
そんな事を語る幻聴はどこか軽蔑的です。
「ちなみに勝てそうですか」
『まだゴブリンシャーマンの方がマシなレベルだ』
あったら死ぬと言われた中級の方がマシなレベル、ですか。
「とはいっても」
後ろには退けません。整備員達は動けませんし、手負いの教官もいます。
「ここで殺るしか────」
『冗談よせ。いつからそんな善人になった』
「私は本気ですよ、ナビィ」
『思考も感化されている? いや乗っ取られているに近い、か』
私は最初から、彼らを守るために……あれ、なんで格納庫に来たんでしたっけ?
『深いことを考えるのは止めておけ。馬鹿になるぞ』
「うっ、分かりました」
鬼武者は、出方をうかがっているのか、視線を私に向けます。
「ほう、大玉か。砂利多しの
視線を向けられただけで操縦棒を持つ手が、震えます。
「後ろは任せた、キイロッ────」『────撤退しろ、死ぬぞ』
鬼殺し教官と幻聴の声は同時に届きます。
冷静な判断は幻聴《ナビィ》ですが、ここには退けない理由はあります。
『駄目だ、見捨てろ』
「断ります」
戦鋼で整備員を庇うように、動きます。
「────退路を奪っておくか。初級-火炎魔法」
鬼武者《おにむしゃ》が一言紡ぐと、周囲の炎が強くなり、私達を囲むように燃え盛ります。
『ちっ、逃がす気すらないとは』
「なら、どのみちですね」
整備員達は辛うじて残っている遮蔽物に避難して、私は戦鋼を構えさします。
「キイロ、整備員達を頼む」
一歩早く、動き出すは教官の戦鋼。
ドスンッと格納庫の床を踏み抜き、溜めの姿勢。
「やる気か? 肉付きの分際で────」
「────も”ち”ろ”ん”、命を貰うッ」
閃光。入りすらも分からない跳躍は、光の如く。
異常な速度をもって、鬼武者に食いつかんとします。
「今回は逃げぬのか────」「────生憎ッ、退く道が無いからなァッ!!」
つばぜり合い。鬼武者の刀と戦鋼の剣が火花を散らします。
◇◆◇
【前線基地/格納庫 [現地時間6:40]】
『馬鹿が、何故突っ込んだッ』
幻聴《ナビィ》の声が響きます。
「興ざめだな。中級-火魔法」
「甘い────ッ」
戦鋼での膝蹴り。零からの鋭利な一撃。
足一本で戦鋼を支え、死角から繰り出される一撃は、鬼武者に直撃。
「ぐッ、その程度で、止められるとでも」
ですが、攻撃は鬼武者の鎧に罅を入れるのみ。
勝負を決定つける一撃ともいかず、魔法の詠唱も健在。
「ちっ、
「守るべきものが無ければ貴様の勝ちであったな」
魔法、は発動します。
「────死ね」
鬼殺し教官は無残にも、壁に打ち付けられるのでした。
地面には炎の残り火が、教官の戦鋼は動かなくなります。
「安心しろ、確実に三途に送ってやる」
鬼武者は、教官に近寄ります。
眺めているしかない私、脳に響くは
『仕掛けるなら今しかないぞ』
「通ると思いますか、ナビィ?」
『なら遺言でも残すか? 聞いてやるぞ』
格上を狩るには搦め手しかありません。ですが、簡単に搦め手が通じる相手とは思えません。
なにせ、鬼武者は未だにこちらに殺意を飛ばしてきています。
『早くしろ。極上の餌が死ぬぞ』
「分かっていますよっ、ナビィッ」
右手は、操縦管を握る手は、ピクリとも動きません。
(どうしたんですか、なんで動かないんですか)
今更、敵が強くてビビったっていっているんですかッ。
「はやく、はやく動かないと「カーンッ」────っ」
鬼武者に金属が当たる音。
格納庫の床に落ちるは、整備用のスパナ。
「オイ、こっち向けッ。クソ武者ッ」
「馬鹿、そんなことしてどうすんだよ」
「知るかッ! どうにかするんだよッ!!」
整備員達は、スパナ、オイル、ナットとありとあらゆる工具を投げつけます。
幾つかは床に外れ、幾つかは鎧に弾かれ、結果は鎧が汚れるだけ。
鎧に傷一つ付かず、無駄な行動です。ですが、
「砂利共が。吠えるな」
鬼武者は不快感を顕わにします。
虫に刺されるのが気に食わなかったのでしょうか。
整備員達に、殺意の視線をむけます。
つまるところ────私から注意が外れたということです。
『勝機だな』
体は動きます。
いえ、動かないといけません。
ここで動かなければ、整備員達に失礼です。
「ナビィ、動力を────」『────最大まで回してる』
左右の
(今日乗った戦鋼に細かい操作を期待してはいけません)
私はそんな凄い人間じゃありませんし、奇跡を起こせるわけではありません。
「ですけど────」
戦鋼をブチ当てるぐらいはできるんですよ。
(エンジン全開の、質量攻撃ッ)
「────これでも食らっとけッ、って話ですっ」
「やる、な」
モニター向こう見た鬼武者は、虚を突かれたような様子。
刹那。
全身に痛みが、血流が一度止まり、視界が点滅します。
「どう、なりましたか?」
『見ての通りだ』
モニターの砂埃が晴れ、其処にいたのは、鬼武者。
一撃は、避けられることもなく、防がれることなく、直撃しました。
直撃は、しましたが、
「軽いな。威力も覚悟も足らん」
鬼武者は、動くことなく鎧だけで私の攻撃を止めていました。
(動きもせず、いや動く必要すらなかった……)
「そんな冗談みたいな『躱せッ、馬鹿!!』────っ」
「満足か?
炎は戦鋼に直撃、操縦席は赤く包まれるのでした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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